今回はすらすら書けたので早めに投下出来ました。
では、本編をどうぞ!
戸塚強化計画を始めて早一週間。
この一週間、雪ノ下は初日の宣言通り戸塚にボールを打って打って打ち続けた。緩急やフェイントなどを織り混ぜ、戸塚の癖である見てから考えるという余裕を無くし、その感覚を体に覚え込ませるための結構なスパルタ式の練習である。まぁ、流石に雪ノ下だけが打ち続けるのは体力的に無理なので俺と由比ヶ浜と交代しながらなのだが。何はともあれだ。どうやら、雪ノ下はスポーツに関しては鬼となるらしい。
「戸塚君、反応が遅れているわよ」
「は、はい!」
現在は昼時、昼休みの
「比企谷君、次!」
「……おっと、あいよ」
流石に疲れてきたのか、戸塚の動きに鈍りが出てきているが、それでも衰えないやる気に感心していると雪ノ下に催促されてしまった。
こちらに差し出された白魚のような手に、新たなテニスボールを渡してやる。今は打ち手が雪ノ下で俺はボールの供給係、由比ヶ浜は球拾いだ。基本的にこの役割をローテーションで回している。
時間的にそろそろ打ち手を由比ヶ浜と交換する頃だ。いや、戸塚の疲労状態からして、一度休憩を挟んだ方がいいのか―――
「うぅむ、戸塚氏も大分様になってきおったな。今ならば! 我が魔球を伝授してもいいかもしれんッ!」
などと頭の中でスケジュールを立てていると、後方から尊大な声が聞こえた。思わず声の聞こえた方に胡乱な目を向けると、そこには大柄のメガネ男子が一人、腕を組んでふんぞり返っていた。説明せずとも分かるだろうが、いつでもどこでも中二全開の材木座である。
この男、さも自分も関係者だと言わんばかりに堂々と立っているのだが、はっきり言って部外者だ。この練習を始めた時は、フェンスの外から眺めているだけだったのが、二日三日と過ぎると徐々に内部に侵入。今ではこうして仲間内にいる(ように擬態している)
本人的には自然に溶け込んだつもりなんだろうが、そんな訳はなく、ただいちいち突っ込んでいると面倒だと判断されて放置されているだけだ。二人もこいつの扱いには慣れてきたようでお兄さん安心しました。
だがしかし、いい加減このまま突っ立って居られるのは鬱陶しいので、由比ヶ浜の手伝いでもさせよう。ぶっちゃけ、何故に俺が働いていてこいつが働いていないんだって話だからな!
「おい材木座。魔球でも駄球でもどっちでもいいが、突っ立ってんだったら球拾いでもしやがれ」
「ッ! ……フハッハッハッハァ!! 八幡よ貴様、何者よりもいと高き存在であるこの我に、そのような下賤なことをしろというのか! 何という傲慢! その無知蒙昧さ、万死に値するほどの罪であるッ!! ……が、しかしだ。普段ならば首を出させる案件だが、貴様は我がただ一人友と認める奈落の支配者。なればこそ、我にふさわしき供物を用意するというのなら考えてやらないことも」
声をかけた俺に、「キター!」とレンズの奥で目を輝かせた材木座が高笑いと何時もの戯言を垂れ流し始めた。……反応が貰えてそんなに嬉しいのか。泣けるぜ。そして何よりうざってぇ。
やはり反応という名の餌を与えたのは間違いだったかと、後悔していると隣からものっそい重圧が溢れた。漫画的表現だとゴゴゴ!って感じだろうか。……怖い。
「……材木座君」
「イエス、マム!」
声高に宣言するいと高き存在()に、スパルタンゆきのんが満面の笑顔を送るとすぐさま直立不動で敬礼。そのまま脱兎のごとき勢いで走り出し球拾いに向かった。うん、やっぱり真の上位者には勝てませんよね。
材木座を駆り出し気を取り直した雪ノ下は再度、戸塚に目掛けボールを打ち出した。今回のボールは、戸塚からやや離れたコースをたどり結構なスピードで飛んでいく。だが、今までの練習のおかげで慣れてきた戸塚はしっかり反応できている。って、あ。
「っえ? あ、グッ!?」
「さいちゃん!」
ボールに反応して走り出した戸塚なのだが、疲労が足に来ていたのか、走った勢いで足をもつれさせて盛大に転んでしまった。それを見た由比ヶ浜が慌てて駆け寄り、俺と雪ノ下も後に続いた。
「大丈夫!? って血が出てる!」
「いたた、……だ、大丈夫、気にしないで由比ヶ浜さん。ちょっと擦り剥いただけだから」
「で、でも」
「……今日はこのくらいにしておきましょうか」
膝を擦り剥いて血が出ている姿に心配する由比ヶ浜に、問題ないと手を振る戸塚に雪ノ下が練習の中止を提案した。確かに足をもつれさせるほどに疲労が溜っているならそうした方がいいかもしれない。オーバーワークとまではいっていないが、だからと言ってこのまま続けてもっと大きな怪我をしては元も子もない。だが、その提案に戸塚は首を横に振った。
「少し休んだら動けるから、もう少し続けさせてもらっちゃだめかな?」
雪ノ下を見つめる戸塚の表情は、困ったような気弱そうなものだ。だけどその瞳に宿るやる気という炎は今だ衰えていない。それどころか、より強く燃え盛っている。こういう所は男だなと思わされる。……いや、こういうのに男も女もねぇか。ただ単純に、戸塚に根性があるってだけだな。
やる気を見せる戸塚に見詰められ、雪ノ下は呆れた様に一つため息を吐いた。だが、その顔はどことなく嬉しそうだ。雪ノ下的にこういう人間は好感が持てるのだろう。
雪ノ下の様子から続行するだろうと思った俺は、しゃがんでいた体を起こしコートの出口に向かって歩き出した。
「続けるにしても手当はしておいた方がいいだろうから、救急箱持ってくるわ。戸塚はそれまで休んでろ」
「っ、ありがとう!」
背後から聞こえる声に手を振ってさっさと保健室に向かうことにする。雪ノ下が戸塚に好感を持ったように、俺も戸塚のような奴は……まあ、嫌いではない、からな。
◇
「さいちゃんはすごいなぁ」
遠ざかっていくヒッキーの背中を、嬉しそうに見つめるさいちゃんを見て思わず呟いた。
この一週間さいちゃんは常に一生懸命だった。いっぱい走って、いっぱい打ち込んで、あたしだったら一日で根を上げちゃうだろう練習を一度も愚痴をこぼすことなく頑張ってた。愚痴どころか、どれだけ過酷なメニューでもそれをこなすさいちゃんは、苦しくても楽しそうで―――本当、すごい。
それにすごいのはさいちゃんだけじゃない。あたしが入部した奉仕部にいる二人だってそうだ。
ゆきのんは美人で勉強は出来るし、運動も得意で性格だって良い。うちの学校じゃ、知らない人はモグリ呼ばわりされちゃうぐらい有名で、生徒はもちろん先生にだって頼られる。そんな漫画とか映画の中から飛び出して来たような女の子。
あたしも一年の頃に、ゆきのんと何度かすれ違うことがあったけど、何時もゆきのんを中心に笑顔で溢れてた。
事故の時にお互い認識はしていたけど、ちゃんと話したのは奉仕部に依頼した時が始めてだった。その時にゆきのんは優しいだけじゃなくて、怒ると怖いことがわかった。……うん、本当に怖かった。でも、だからこそ嬉しかったな。
だって、怒るってことはさ。真剣にあたしの事見てくれてるってことだと思ったから。
あたしがもしあの時のゆきのんの立場だったら、そんなことはできない。もし相手に反発されちゃったらとか、嫌な気持ちにさせちゃったらとか、そういうこと考えて、結局なあなあで済ませちゃうだろうって容易に想像できてしまう。
そしてもう一人の部員であるヒッキー。
ヒッキーは、皆に認められ頼られるゆきのんとは違って、いっつも一人でいるような男の子。普段のヒッキーはどよんとした目をしていて、何時も気だるげでやる気なしと本当ゆきのんとは正反対。
一年二年って同じクラスで、あたしは事故の事があったから話しかけるためにヒッキーを気にしてたんだけど、あたしが見た限りで誰かと話してるのを見たことはなかった。
教室では、寝てるか音楽聞いてるかスマホ弄ってるかで、存在が希薄っていうか、ぶっちゃけ存在感が全く無かった。あたしみたいに注目してないと風景に溶け込んで分からなくなっちゃうんじゃないかな? ……あれ、こう考えるとヒッキーってある意味すごい? いや、いやいや、あたしが感じてるすごいはこういうんじゃないから!
あの一年前の事故の時、轢かれそうになったサブレを前にあたしは何もできなかった。道路に飛び出したサブレが震えている姿を見て、ただ茫然と見ている事しかできなかった。今にも家族が死んじゃいそうなのに、自分の不注意で死んじゃいそうなのに、足に根が生えた様にその場を動くことが出来なかった。そんな情けない自分に泣きそうになった時に、彼が現れたんだ。
反対側の歩道から飛び出した男の子が、サブレに向かって走り寄って抱きかかえたのを見て心底驚いたのを覚えてる。だって、その時には黒い車がクラクションを鳴らしながら突っ込んでくるところだったんだもん。距離的にもう避けることは出来ない。サブレだけじゃない。助けようとする男の子まで轢かれちゃう! って思ったあたしは叫びそうになった。
そこからはまるで現実じゃない。そう、映画のワンシーンみたいだった。サブレのもとに駆け寄った男の子は、震えるサブレを抱きかかえてからその場で止まることなく動き出す。でもそれは歩道に向かってとかじゃなくて、今にもぶつかりそうな車に向かってだった。男の子に車がぶつかる正にその瞬間、サブレを抱えたまま車に向かって飛び込んで―――そして、空を飛んだ。
あの時あの瞬間、時間がまるでゆっくり流れるみたいに感じた。空に飛びあがった男の子は空中をクルクルと回ってて、あたしはそれを見上げて、「あぁ、あたしのせいでこの人は死んじゃうんだ」って全身から血の気が引いていくのが分かった。でも、空中で回る男の子の顔が見えた時、そんな考えが吹き飛んだ。男の子が―――あたしを見て笑っていた。
事故にあった人が自分を見て笑う。普通に考えたら怖い話だけど、不思議と怖くなかった。怖い気持ちよりも驚きの方が何倍も強かったんだ。
だって、男の子の笑顔は楽しげで何処か悪戯めいてたから。
その笑顔は、あたしが夢見る"あの男の子"が重なるものだから。
その笑顔は、幼い時に一度だけ会ったことのある"あの男の子"を思い起こさせたから。
この時の気持ちを人に話したら馬鹿にされるか、頭がおかしいとか言われると思う。
だって、あたしはこの人がこのまま空高く、そのまま
もちろん、実際に男の子がそのまま飛んでいくことなんてなかった。すぐに地面に向かって落下して、そのままゴロゴロと道路を転がって、ガードレールに足をぶつけて倒れこんだ。で、あたしもそれを見て現実に引き戻された。
その後はもう大変だった。男の子がって、もうヒッキーでいっか。ヒッキーが救急車で運ばれて現実に引き戻されたあたしも、車の人と一緒に警察に事情聴かれたり。連絡して駆けつけたお母さんに怒られたりしていろいろあった。その後あたしに怪我はなかったから、そのまま学校の入学式に出席した。正直、同じ現場にいたゆきのんが、新入生代表で挨拶してたのが記憶にないぐらいには動揺してたっけ。
「……改めて思い出すと、すごかったなぁ」
「ん? どうかしたの由比ヶ浜さん?」
「あ、うぅん、何でもないよ」
ぼうっと考え事してたら、さいちゃんがあたしを見て不思議そうに首を傾げてた。っと、いけない。いつの間にか一年前のヒッキージャンプに考えが移ってた。考え込んでる暇はないぞあたし!
今思い出して改めて確認できた。ゆきのんの強さとカリスマ、ヒッキーの誰もが動けないような場面で動ける行動力と度胸。あたしにはないそれらを持っている二人にあたしは憧れている。
そんな二人がいる奉仕部で頑張れば、あたしも夢に近づけるんじゃないか。そう思って奉仕部に入部したんだ。具体的にどうやってとかは分からない。だからこそ、今は目の前の事に集中するんだ。まずは―――このさいちゃんの依頼を達成するために全力で頑張る!
「さいちゃん、頑張ろうね! おー!」
「え? う、うん。お、おー……」
俄然やる気がみなぎって、むん、っと気合を入れたあたしが両手を突き上げて叫ぶと、さいちゃんは戸惑いがちに手を上げてくれた。でも、それじゃ元気が足りないよ。もっと気合を入れて!
「声が小さーい! おー!!」
「お、おー!」
声の出ていないさいちゃんにもう一度、今度はもっと大きな声を上げて叫ぶ。
そんなあたしにさいちゃんは顔を赤くしながらも続いてくれた。そんなさいちゃんに、ニッと笑顔を見せて頷く。よし! ヒッキーが帰ってきたらあたしがボール打ちだから、バンバン打ちまくるぞー!!
「あー! テニスやってんじゃん」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
話が進まねえ! 半分ガハマさんの独白で終わってしまった。しかも、次回はテニス……年内に書き終わるだろうか。
では、また次回です!