偽を演じて…   作:九朗十兵衛

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どうも、一年近くたってしまって申し訳なく思う九朗十兵衛です。

何とか書き上げたので投稿させていただきました。


では、本編をどうぞ




第三話 由比ヶ浜結衣は永遠の少年に憧れる

 夜空に無数の星が輝き、真円を描く月が海上を淡く照らす。

照らされる海には空の星空が映し出されていて、まるで波うつ黒い絨毯に宝石を砕いて散りばめたようだった。

夜の海では海鳥も飛んでおらず、聞こえるのは波の漂う音と時折魚が跳ねて水面に潜る音だけで、とても静かな時間がただゆっくりと過ぎていく。

 

 

 しかし、そんな世界に突如異物が混ざりこんだ。

 

 

 宝石の散りばめられた黒い絨毯を、真ん中から裂くように一隻の帆船が夜の海原を荒々しく駆ける。その帆船からは静寂を嫌うかのように、喧しいくらいの音が響いていた。

 

 甲板の上ではランプが煌々と輝き、その光の下ではこの帆船の船員と思われる屈強な男たちが樽のジョッキを煽って酒を飲んで笑ったり、アコーディオンを抱えて軽快な音楽を奏でたり、そんな音楽に合わせて図体に似合わない軽やかなステップで踊っていたりとまるで祭りのような光景が広がっていた。

 

 その祭りのような騒ぎが起こっているデッキを見下ろせる船尾甲板に、二人の男女が佇んでいた。

 男の方は黒い長髪を後ろで括り、涼しげな目元と鼻筋の通った高い鼻、優しげに緩んでいる口元には整えられた口髭と彼が身に纏う赤のコート、腰に指したサーベルと格好だけを見れば社交界で持て囃されそうな貴公子然とした男である。

 眼下で繰り広げられる騒ぎを眺めながら、口元の笑みを絶やさず男は隣の女に語り掛けた。

 

「楽しんでいるかな? ミス・ダーリング」

 

 そんな偉丈夫に笑みと共に話しかけられれば、大抵の女性は顔を赤らめ恥ずかしそうに俯くのであろうが、隣の彼女は違った。

 

「…………」

 

 笑みを向ける男に無言で睨みつける女。いや、その容姿はまだ少女と呼ぶのが正しい程に幼い。

 長い栗色の髪をリボンで結い上げ、船に乗り込むには不相応な青いナイトドレスを身に纏う

幼き少女、ウェンディ・モイラー・アンジェラ・ダーリングは自分に笑いかける男、この船の船長であるフック船長に答えることなく沈黙を貫いていた。

 

「あぁ、ミス・ダーリング。そう、怖い顔をしないでおくれ。君のような可憐な乙女に睨まれては、緊張と恐怖で私の小鳥のように繊細な心臓が張り裂けてしまうよ」

 

 沈黙と共に怨敵を睨むような視線を向けるウェンディに、芝居がかった仕草で胸に手を当てて語るフックだが、彼の口元は先ほどの優し気な笑みから、ネズミをなぶる猫のような嗜虐的なものに変わっていた。

 そのフックの笑みに、わずかに恐怖で身を震わせるウェンディだが、その恐怖に負けぬように体に力を入れて口を開いた。

 

「……私を攫ってどうするつもりですか?」

 

 彼女は海賊であるフック船長の船に乗っているのは彼女の意思ではなく、横で嗤っている男に攫われてきたのだ。

 

「ふむ、君を我が船へ招待する理由は一つしかないだろう?」 

 

 気丈に振る舞う少女の姿に嗜虐の笑みを深くするフックはそう答え、己の脇にあるテーブル

の上に置かれた籠からボトルとグラスを取り出し、右手に装着されているカギ状の義手で器用に栓を開けグラスに注いでいく。

 フックが掲げたグラスに注がれた、血のように赤いワインを眺めながらウェンディは自分が攫われた理由が思った通りのものだと確信を得て俯いて唇を噛む。

 

「……ピーターを誘い出すためですか」

 

 少女の口からでた名前にフックは口元の笑みをより深くするが、瞳に隠しきれない憎悪を宿しワインを呷る。

 喉を通る美酒を味わい、鼻を抜ける芳醇な香りを楽しみながらフックは隣の少女に歌う様に呪詛を吐くように告げた。

 

「そう、君は餌だ。あのドブネズミの様に汚らしい糞ガキを誘い出すための、蜜のように甘い餌だ」

 

 右手の義手で俯くウェンディの顎を上げ、瞳をのぞき込む。その瞳にはこの男に屈してなるものかという強い意志があった。

 しかし、その意志の中に潜む己に対する恐怖に、今味わった美酒以上の甘美なものを感じながら、その恐怖をさらに育てるために続ける。

 

「あの糞ガキは君にご執心だから、必ず追ってくるさ。……たとえ罠だと知っていてもね」

 

 いたぶる様にゆっくりと耳元にささやかれるフックの言葉に、胸の内に氷のように冷たい恐怖が広がり逃げるように振りほどき後ずさるウェンディ。

 目元に涙があふれるのを自覚して体が縮こまってしまいそうになるが、自分を母の様に慕ってくれる子供たちと、自分が淡い恋心を抱いている大空を舞う様に飛び何物にも束縛されない風を具現したような少年を思い浮かべて、心に絡みつく恐怖という名の鎖を砕くように叫ぶ。

 

「貴方なんかに、ピーターは負けない!」

 

 少女の叫びに喧しい程響いていた音楽と笑い声が止み、船体を叩く波の音のみが響く。

 バカ騒ぎを止めて少女を見つめていた船員たちだが、その言葉の意味を理解すると大口を開けて大笑した。その屈強な大人たちが、自分の言葉を嘲る様に嗤う姿に挫けそうになるが、決して下を向かず目の前の男を睨む。

 

「風の様に自由な彼が、貴方の様な海賊なんかに捕まえられるわけない!」

 

 力の限り叫び恐怖を払うウェンディに、フックは初めて口元の笑みを消して、上向いていた口の端を下げて忌々し気に歪めて舌打ちする。

 彼女の恐怖に歪む顔を堪能したかったのだが、意外なほどの胆力で恐怖を克服したウェンディに己が望む結果が出ず不機嫌になったフックが鼻を鳴らして吐き捨てた。

 

「ならば君のその希望を散らしてあげよう。空を飛び回る羽虫の様なあの糞ガキを引きずり下ろし、羽を捥ぐように手足を切り飛ばしてワニの口に放り込んでやる」

 

 そうウェンディに吐き捨て、切り取られた右腕を抑えながらその時を夢想するフックに頭上から陽気な笑い声が降り注いだ。

 船上の誰もが空を仰ぎ見ると、真円を描く満月を背にした小さな影が腰に手を当て胸を張った堂々とした態度で船を見下ろしていた。

 その影を見てウェンディは花咲くような笑みを浮かべ、フックは獲物の前で舌なめずりする狼の様な猛々しい笑顔を浮かべる。

 

「はっはー! だったら僕は、船長に残った左手をワニに食べさせて上げようじゃないか! そうしたらバランスも良くなってちょうどいいだろうからね!」

 

 空に浮かぶ影が徐々に降下していき、船のマストの先端に降り立つ。

 影は少年だった。服に無数の葉を散らし、腰に短剣と角笛を携えた少年は、真珠の様に白く輝く歯を見せつけてフック船長に笑いかける。

 そしてその隣のウェンディに視線を向けると、おどけた様に手を差し出して告げた。

 

「さあ、迎えに来たよウェンディ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウェンディにそう告げたピーターパンは、マストから飛び降りると手に持った短剣でフック船長に挑みました」

 

 お布団に入ったあたしは、一緒に横になって絵本を読んでくれているママに早く続きを読んでとせがむように目を向けていた。

 寝なくちゃいけないのは分かっているんだけど、何度聞いても飽きない大好きな物語に眠気なんて吹き飛んじゃったんだから仕方ないよね。

 そんなあたしを見てママは、困ったような笑顔で頭を撫でてくれる。ママのぽかぽかして温かい手が頭を撫でるたびに嬉しい気持ちが溢れてしまうが、続きが聞きたいあたしはほっぺたを膨らませて駄々をこねてしまう。

 

「ママ、つづき~!」

 

「もう、結衣は本当にこのお話が好きなのね」

 

 ママはあたしを撫でながら絵本の表紙の絵を眺める。そこには『ピーターパン』と書かれていて、空を飛ぶ男の子と女の子が描かれていた。

 何度も読んでもらっているせいか少しくたびれてしまっているけど、あたしの持っている絵本の中で一番のお気に入りで寝る時に読んでもらうのは大体この絵本だ。

 

「うん! だいすきだよ!」

 

「あらあら、結衣もピーターパンにネヴァーランドに連れて行ってもらいたいのかしら? そうなってしまったら、悲しくてママ泣いちゃうわ」

 

 あたしの返事にママが目元に手を当てて俯いてしまった。ママが泣いちゃうとあたしも悲しいし、それにママは勘違いをしてる。

 

「だ、大丈夫だよママ。ゆいはねゔぁーらんどに行ったりしないよ?」

 

「あら? そうなの?」

 

 目元に当てていた手をどけて不思議そうな顔をして聞いてくるママ。どうやらウソ泣きをしていたらしく、すっかり騙されてしまったあたしは、「む~」と唸ってママを叩いてしまう。

 そんなあたしに、優しい笑顔で謝って頭を撫でてくるママ。その手が温かくて、胸の奥が温かくなって怒っていた顔が緩んじゃうのが我慢できない。

 

「ごめんないね。てっきりウェンディのようになりたいのかと思っていたわ。じゃあ、結衣はこの子たちの冒険を見たいからこの絵本が好きなの?」

 

 

 ママの温かい手で撫でられて、眠くなってしまったあたしは首を横に振る。

暴れたせいでズレてしまった布団を掛け直してくれたママに、ウトウトとしながらもその絵本を読んでもらってから心の中に芽生えた夢を教えてあげた。

 

「……ゆいね。ピーターパンになりたいの」

 

「ピーターパンに?」

 

 あたしの答えに驚いた顔をするママに笑ってしまった。

 今まで誰にも教えてなかったあたしの夢。女の子のお友達はこの絵本を読むと、皆はウェンディの様にネヴァーランドに連れていってほしいって言うけど、あたしはピーターパンになりたいって思った。

 別に男の子になりたいわけじゃないよ? ただこの絵本で知ったピーターパンの様に、自由なまま誰かの手を引っ張って笑顔でいたいんだ。

 

「ぴーたぱん……みたいに、ね。かぜに……なってね」

 

 どんどんとぼやけていく意識の中で感じたのは、おでこに触れるママの唇と胸の中に広がる暖かな何かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッヒグ……ウゥ……グス」

 

 目からあふれる涙をそのままにあたしは夕日に照らされる公園の中、滑り台のついたドーム状の遊具の中で蹲って泣いていた。

 ママにあたしの夢を教えてあげてからしばらくが経ち、小学生になったあたしはピーターパンになろうと頑張った。

 ピーターパンがロストボーイのみんなをまとめ上げる姿をイメージしながら、みんなで遊ぶときに率先して提案をしたんだ。だけど―

 

『え~、あたし違う遊びがいい』

 

『……え? でも、あたしは』

 

『ねえ、おままごとのほうがよくない?』

 

『あ、それいいね! ゆいちゃんもそれでいいよね?』

 

『……うん! いいよ』

 

 お友達の一人があたしの提案した遊びを嫌がり、違う遊びを提案した顔を見てあたしは自分を通せなかった。

 このままわがままを言ってはみんなに嫌われてしまうんじゃないかって思ってしまい、気持ちが萎縮してそれ以上何も言えなくなって、みんなの決定に笑顔を作って答えてしまった。

 心の中に広がる冷たい何かを振り払う様に次こそと意気込んだが、その次もそのまた次も、みんなの顔を見るとどうして、ただ笑顔で同意することしかできなくなってしまう。

 思い描くピーターパンの様に振る舞えない自分が情けなくて、でもどうすることもできなくて、みんなと遊んだ後に一人になって夕焼けの公園を見ると、心の中のものが溢れて涙がこぼれてしまった。

 

「ヒック……あたし、ピーターパンに……グス、なれないのかな」

 

 その泣き言と流れ続ける涙に、夢まで流れて行ってしまうんじゃないかと怖くなったあたしは何度も何度も目元を拭う。

 それでも止まってくれない涙にひりひりと痛みだした目元にどうすればいいのか分からなくなってしまった時に頭上から声が降ってきた。

 

「何やってんの?」

 

「ッ!?」

 

 あたししかいないと思っていたから、凄いびっくりして悲鳴を上げてしまい慌てて頭上を見上げる。見上げた先、ドームの屋根に開いた穴の一つから帽子を深くかぶった男の子がこちらをのぞき込んでるのを見たあたしは固まってしまった。

 目を見開いて固まっているあたしを見て、男の子はその穴に飛び込んであたしの目の前に危なげなく降り立ち、見上げるあたしの顔をのぞき込んでくる。

 薄暗いのと深くかぶった帽子でよく顔が見えないが、涙と鼻水で汚れたあたしの顔を確認すると、男の子はポケットの中からハンカチを取りどして優しく拭ってくれる。

 あたしは為されるが顔を拭かれながら、先ほどの身のこなしとハンカチ越しに伝わる暖かさに思ったことが口からこぼれた。

 

 

「……ピーター、パン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―キャン、ヒャン

 

 

 

「ゔぅ~ん……ん?」

 

 何かが顔を濡らしていく感覚に、意識が浮上していき目を開けるとサブレがあたしの顔をぺろぺろと舐めていた。

 まだはっきりとしていない意識の中、体を起こして暫くぼうっと部屋を眺めていると布団の上で元気よく尻尾を振っているサブレが挨拶するように鳴き声を上げた。

 

―ヒャン!

 

「……うん、おはようサブレ」

 

 愛犬の元気な様子を見て顔が緩んでいくのを自覚する。ぼやけていた意識がはっきりしてきたので最後の一押しに、背筋を伸ばして体をほぐしていく。

 寝ていたことで固まっていた体が解される気持ちよさを感じてから息を吐いて、改めて朝の挨拶と共にサブレの体を撫でてあげると喜ぶように跳ね回った。うんすごく可愛い。

 サブレの姿に満足しながらベット横の時計を見ると、朝の散歩の時間より若干遅めで寝過ごしてしまったらしいのが分かった。

 ベットから起き上がったあたしは、べた付く顔を洗うために洗面所に立ち蛇口をひねった。勢いよく流れだした水をすくい、顔を流すとハンドタオルで優しく水気を取って、目の前の鏡を見つめる。

 鏡の中にいるあたしは、先ほど見ていた夢の中のあたしよりずいぶんと成長している。まあ、今日から高校生なので当たり前だけどね。

 手早く寝ぐせを整えながら、久しぶりに見た夢を思い出す。あれは確か、小学生の低学年ぐらいだったかな? 思い描いた自分と、実際の自分の落差に感情が爆発しちゃって公園で泣いていたら一人の男の子と出会った時の夢。

 

「ん~、よしっと」

 

 寝ぐせが整ったのを確認して一つ納得するとニッと笑顔を作ってみる。なりたいと思っている永遠の男の子の様に、あの時であった男の子の様に、見る人を元気にする笑顔。

 あの後も結局、変われなかったあたしは、小学校中学校と、周りに合わせて過ごしてきてしまっている。もはや癖になってしまっているのだろうと思うと、少し嫌になってしまうが、心の中の次こそはと思う気持ちだけは手放さないようにしている。

 笑顔の確認をしていると、追い掛けてきたサブレが催促するようにズボンの裾引っ張てきた。

 

「ごめんごめん、すぐ用意するから待っててね」

 

 ご機嫌をとる様にサブレを撫でてから自室に戻ると、手早く着替えていく。上着を羽織り鏡で確認して一つ頷くと、アクセサリー類を置いている棚から一つのペンダントを取り出して首元に取りつける。

 胸元に下がっているペンダントは、お店に売っているようなちゃんとしたものじゃなくて、小さな小瓶にひもを括り付けた簡素なもので小瓶の中にはキラキラと金色に輝く砂が入っている。

 デザインだけで見ると年頃の女の子が付ける物じゃないけど、あたしにとっては大切なお守りみたいなものだ。

 準備が出来たあたしはサブレを連れて家を出る。よく晴れた青い空を見上げて、今日はいい事が起こりそうだと気分が良くなったあたしはサブレと共に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、彼の物語が動き出しあたしが夢を掴む。その物語が始まる一年前のある朝の出来事。

 

 

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