「さっきのはファインプレーだったな、マスター。最初に見たときは何処ぞのお姫サマかと思ったが、中々太い肝をお持ちのようで」
ようやく全ての危機が去り、争いの渦中にいた騎士が口を開く。なんだかんだあったけど、少なくともコイツは僕の味方らしい。
「とにかく、助かりました。僕は和久津智。君の名前は?」
「おう、オレはモー…………は?」
「“セイバー”って呼ばれてたけど、アレってRPGみたいな職業でしょ? 本当の名前は、えーっと……モー、さん?」
「……真名知らないっつーことは触媒もナシに? ……いや、この言い方はまさか…………」
重厚な兜を俯かせて唸るモーさん(仮)。しばらく思案に暮れた後、僕に向かってまず第一に聞くべきだったことを問い掛けてきた。
「……マスター、“聖杯戦争”って知ってっか?」
「知らないよ。……あ、コレってマズイのかな」
「…………はああああぁぁぁぁ」
一際大きな溜息。やっぱりマズイらしい。
「……なァ、マスター」
「智でいいよ。マスターってのもよく判らないし」
「じゃあトモ。言いたいコトは山ほどあるが、取り敢えず一つだけ言ってやる。お前、ペテン師の才能あるよ」
「あ、あはは……ドウモ」
僕だって好きで嘘ついてるワケじゃないやい。
「なんつーかアレだ。一言で言えばお前は殺し合いに巻き込まれた」
「さすがにソレは察してるよ。魔術師同士の戦いなんでしょ、コレ」
そうじゃないと説明できない
「物分りがいいな、トモ。てかお前素人ってワケじゃねえな?」
「うん。まぁコレにはやむにやまれぬ事情があると申しますか……。取り敢えず、僕自身は魔術師じゃないよ」
「……もしかしなくてもハズレ引いたか、コレ? まァ何にせよこれだけは訊かなくっちゃなあ……。トモ、お前自身に戦う気はあんのか?」
「そんなの、あるわけないじゃない」
当たり前だ。ただでさえ危険が身近に存在するのに、好き好んで地雷に突っ込むバカが何処にいるというのだろう。
「そうなるわな。死にたくないんなら仕方ねェ。オレも無能のマスター抱えて戦場を練り歩くようなイカれた趣味はない。とっととトンズラこいちまいな」
「……この場合は、教会に逃げればいいのかな」
“まだ戦争が始まったばかりの段階で教会に保護されるわけにはいかないものね”
遠坂さんが去る間際の台詞を思い返す。多分敗退したマスターとやらは、そこに行けばいいのだろう。
「割りと出来のいい頭してるのが勿体ねえが……まあいいさ、そこまでは護衛してやるよ」
「いいの? 別に見捨ててくれても構わないのに」
多分マスターには戦う義務があるはずだ。それをコッチの都合で放棄するのだから、それこそ手のひら返されて斬り殺されてもおかしくない。
「あのなァ……仮にも守ると言った手前、最後まで面倒見なきゃ騎士の名折れだろうが」
「あ、うん……。ありがとう、モーさん」
「それ、やめろ。馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえ。オレのコトはセイバーと呼びな」
鬱陶しいとばかりに頭を振るセイバー。混乱の真っ只中にいる僕だけど、一つ判ったことがある。コイツ、イイやつだ。
結局、何事もなく教会の前まで辿り着いた。さっきまで姿を隠していたセイバーが真横に現れる。何やら透明になれるらしい。人目が気になる身の上としては羨ましいかぎりだ。
「ここまでありがとう。君のおかげで心強かったよ」
「心配して損したがな。ま、何はともあれここまでだ。達者でな、トモ」
離れ行くセイバー。その後ろ姿を見送ろうとして、
「……ねえ、セイバー。一緒に入ってくれないかな?」
思わず引き止めてしまった。
「何故だ? ココにいりゃ安全なんだろ?」
「えーと……勘!」
「ならイイぜ」
「いいの!?」
僕は昔から勘が鋭い。それの恩恵で今まで屍を晒さなくて済んだと思っている。でも、他人にソレを信じてくれだなんて言うつもりはない。どこまでいっても勘は勘。信じる根拠なんてどこにもない。だというのに、セイバーは即決してくれた。
「オレも直感なんてスキルを持っている以上、耳を傾けるべきかと思っただけだ」
「まあ何だっていいや。それじゃもうちょっとお付き合いしてね」
「しょうがねェな……」
甲冑に覆われた首元を擦りながら悪態をつくセイバー。でも、その足を僕に並べてくれた。では、行こう。意を決して扉を開く。そこにいたのは、
「随分と早い再会ですね、和久津さん」
漆黒のカソックに身を包んだ僕の仇敵二号、言峰くんだった。
「なにやっとんのねん」
「見ての通り神父をやっております。別れ際に教会にいるとお伝えしたでしょう」
“ええ、お困りでしたら何時でも教会に訪れてください”
……ああ、そんなコトも言われた気がする。なにせ彼から逃げる最中だったし、濃すぎる一日のせいで今までスッカリ忘れていた。
「そして、横にいるのがあなたのサーヴァントですか」
隣の時代錯誤な甲冑騎士にそんな問いを投げ掛けてくる。ということは、やはり彼も聖杯戦争の関係者なのだろう。……彼に関しては驚きよりも納得が強いけど。
「ああ。……とは言っても、もうすぐコイツのサーヴァントはやめるけどな」
「……む。それは辞退される、ということですか?」
「そういうことです。聖杯戦争なんて初耳だし、ほとんど事故で巻き込まれたみたいなものだから」
「なるほど、それは災難でしたね。一般人がこの儀式にマスターとして巻き込まれるケースなど、私も聞いたことがありません」
苦笑いを浮かべ、安っぽい同情を聞き流す。と、あるフレーズが耳に引っかかった。
「……
「ええ、二百年前から此度までで計五回行われております」
二百年とか五回とか言われてもイマイチ実感が沸かない。何故なら僕はその戦争についての知識が全くないからだ。だからコレが魔術師の世界ではありふれた出来事なのか、彼らの中でも尚異端の事態なのか見当がつかない。
「ふふ。気になる、と顔に書いてますよ。なんでしたら聖杯戦争についてご教授しましょうか?」
「そりゃあ気にはなるけど……マスターを辞めるのに時間かかったら悪いし」
「それ自体は一瞬で済みますのでご心配なく。では語りましょうか。まずは魔術師についてですが……」
「あっ、その辺りは大丈夫。存在だけは知ってるよ」
「説明の手間が省けて何よりです。そう、聖杯戦争とは詰まるところ魔術師たちの決闘なのです」
それもセイバーから聞いたから知っているけれど、あまり彼の会話のテンポを崩すのも悪いし黙っていることにした。
「もう少し詳しく言えば、七人の魔術師が聖杯を求める争奪戦です」
「聖杯って“最後の晩餐”とか“アーサー王伝説”に出てくるあの?」
「ええ。それの事です。……おや、どうなさいましたセイバー。私が彼女に聖杯戦争の説明をするのがお気に召しませんか?」
「……セイバー?」
横にいるセイバーから物騒な気配が伝わってくる。彼の説明に地雷ワードでも含まれていたのだろうか。
「ああ、気に食わないね。お前が今からするのは飢えた馬の目の前に人参を吊るすようなモンだからな」
「それは心外ですね。……では、話を戻しましょう。その聖杯を手にするために、魔術師たちは特別な使い魔を召喚します。それがサーヴァント」
「例えばセイバー、みたいな?」
使い魔と聞いて、納得半分、疑問半分といった具合になる。なるほど使い魔ならば人並外れ過ぎな戦闘力にもある程度理解できるかもしれない。けれど、セイバーや僕を襲ったアーチャーを見ると、使い魔なんて非人間的なモノとは到底思えない。彼らは間違いなく一個人の意思を持っている。
「ええ。全てで七クラスあり、内訳はセイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーとなります」
「そもそもサーヴァントって何なのさ?」
さっきからの疑問点。恐らくそれを訊けば、普通の使い魔とサーヴァントとの違いを知ることができるのだろう。
「サーヴァントとは過去、現代、そして未来において偉業を成した英雄を召喚したものです。当然他の使い魔とは比較になりません」
「……そんなコト、できるの?」
確かにそれは異端だ。となれば横にいるセイバーも何らかの英雄になるのだろう。それに遭遇したアーチャーやキャスターも。そしてまだ見ぬ四人のサーヴァントも。コレが異常な儀式だということは理解した。けれど次の疑問が噴出する。どうやって英雄という存在を喚び出すことができるのだろうか。少なくとも僕個人の力では不可能に決まっている。
「それを可能にするのが聖杯です。魔術師たちはそれを求めて殺し合いを繰り広げます」
「教会は動かないの? 聖杯って要するに聖遺物なんでしょ? だったら魔術師よりもよっぽど欲しがりそうなモノだと思うけど」
切嗣さんから聞いた話によれば、神秘の世界には二つの巨大な組織があるらしい。一つは魔術師が集う魔術協会。どんな組織かは読んで字の如くだ。もう一つは聖堂教会。某一大宗教の裏側に巣くう狂信者集団だ(多分この辺り切嗣さんの偏見が入ってる)。二つは対立していて、理由さえあればいつでも小競り合いをしている。今回のコレにしたって、神父一人を派遣なんてせずに代行者とかいう戦闘集団を大量に連れてきて聖杯を強奪してもおかしくない。
「その点に関してはお気になさらず。教会は冬木に顕れる聖杯が神の血を受けぬ贋作だと確認しています。ですので魔術師たちを監視するための監督役を派遣するに留めているのです」
「その監督役が言峰くん、ってワケだね。でも、偽物ならなんでそれを欲しがる人がいるのさ?」
「無論強い力を有しているからです。それはサーヴァントなんて埒外な代物を召喚できる点からも明らかでしょう。魔術師にとっては真贋など考慮に値しません」
「なんか、腑に落ちたかも」
聖杯という胡散臭いブツがあったとする。それがどういったモノか調査するのは科学者、偽物だと決めつけるのが宗教家、そしてあるなら使っちゃうのが現実主義者だ。魔術師が名前とは正反対のリアリストだというのを、僕は切嗣さんを通して知っている。
「ま、僕には関係ないよね。最後に聞かせてよ。聖杯がすごい力を持っているなら、それを欲しがる人たちは何をしたいの? ただのコレクションってワケじゃないんでしょ?」
「聖杯とは、願いを叶えるアーティファクトです」
「…………願い?」
「他の六人のマスターとサーヴァントを破った主従は聖杯を手にし、互いにどんな願いでも叶えることができます」
七人のマスターとサーヴァント、願いを叶える聖杯。どこの超有名漫画だと言ってやりたい。でも、そんな有り得ない光景が今目の前に具現化している。僕が召喚したというセイバーだ。夢物語だと切って捨てることなど僕には出来なかった。
「願い……それってホントに何でもいいの? 誰かを生き返らせたいとか、不老不死になりたいとか、お金持ちになりたいとか、……呪いを解きたいとか」
我ながら現金なヤツだと思う。セイバーの予言通り目の前に揺れるエサに飛びついてしまった。
「眼の色が変わりましたね。ですが聖杯を掴むのは容易ではありません。魔術師でないあなたには尚更です。それでも叶えたい願いがあると?」
「…………あるよ」
「では、参戦されるということでよろしいですね? いや、良かった。とにかくこれで漸く七人のマスターが揃いました」
時刻は十時を過ぎている。その後も説明を聞いていたらもうこんな時間になってしまった。
「じゃあ僕、そろそろ帰るよ。行こ、セイバー」
「……ああ」
結局、僕はこのまま戦うことにした。他人を傷つけるコトの恐れを無視して、我が身可愛さ故に。来た時と同じようにセイバーを伴って外に向かう。
「お世話になりました、言峰くん。……もう一回お世話になるかもだけど、その時はよろしくね」
「いえ、ご心配は無用です。あなたなら最後まで勝ち残るでしょう」
そう言って笑みを浮かべる彼の顔。それは空っぽで見覚えのあるものだ。いつも鏡の前で見る顔。他人の前で浮かべる表情。僕も彼に倣って笑みを返した。
「ふふっ。ありがとう、お世辞でも嬉しいよ」
「世辞ではありませんが……まあいいでしょう。道中お気をつけて」
見送られて外に出た。彼の姿が視界から消えた後に、セイバーが僕の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「……何すんのさ、セイバー」
「正気か、トモ……! 魔術師でもない素人のお前が殺し合いの世界に放り込まれて何ができるって言うんだ!」
「それは大丈夫だよ。言峰くんもマスターの方は必ずしも殺す必要はないって言ってたし」
「オレが危惧してるのが何か判ってはぐらかしてるんだよなァ、お前?」
無論それが判らないほど僕は鈍くない。……でも。
「それでも……叶えたい願いがあるんだ」
「くだらねェ欲望じゃねえだろうな」
「大それたコトなんて望まないよ。僕はただ、呪いを解きたいだけ」
「呪いって?」
「詳しくは……言えない。でも、それがある限り、僕は幸せになれないんだ」
“
僕に課せられた呪いだ。コレのせいで僕は日々命懸けだ。それに後十数年もすれば魔法使いの汚名を免れない。……言ってくる相手なんていないだろうけど。
「……しゃあねェな」
万力のように胸を締め付ける手が解ける。渋々納得してくれたみたいだ。
「トモ。お前アレだろ、頭が回るバカだろう。そう言うのはタダの無能よりもたちが悪いぞ」
「セイバーはそういうの、嫌い?」
「まさか」
今度こそ、本当の笑みが溢れた。
「セイバーって、やっぱりイイやつだね」
「何言ってやがる」
「聖杯が願いを叶えるってコト、僕に隠してたんでしょ。素人が興味本位で戦いに参加しないように」
だからこそ、戦う事を選んだ僕を叱ったんだろう。
「バーカ! あくまでオレのためだ、頼り甲斐のないマスターだと困るのはオレの方だからな! 勝手に妄想してろ!」
「うん、そうしてる」
照れ隠しに姿が朧気になるセイバー。霊体化するらしい。……と思ったら、再び明確に像を結ぶ甲冑。
「……待て、トモ。周囲を見回してみろ」
「周囲って…………コレは!?」
いつの間にか、僕たちのいる空間が変化していた。それは上下左右を石壁に囲まれた暗い空間。進む道は前後だけ。
「コレって迷宮……だよね? まさか……」
「ああ、間違いない……。敵サーヴァントだッ!」
前方からわらわらと湧いてくるクリーチャーたち。そいつらに向かって突貫するセイバー。そして一閃。僕たちの聖杯戦争が遂に幕を開けた。
ある昼下がりのこと。僕らはいつものように高架下に沈殿していた。社会の除け者、六人組。世間の冷たい風から身を隠すようにして寄り集まる僕たち。そんな連中が何をやっているかというと……。
「うう……。トモぉ、ごはん……」
物乞いをしていた。ひもじさに思わず涙がよよよと零れる。
「るいさんや。お昼はさっき食べたでしょう?」
「だってぇ。せっかくトモが作ったハンバーグ、誰も食べずにそのままでしょー。そのままだともったいないから私が食べようかなー、って。……とうっ!」
「ちょっ……るい!?」
フェンスを越えて川の水面に飛び込むるい。バシャバシャ。戻ってきた。
「ダメでじだ……ズルズル……」
「……馬鹿だ」
「馬鹿ね」
「バカですね~」
「いやはや、コレも暴食魔人のなせる技でしょうか。茜子さん感服しました」
「何やってるの、あなた! この時期でもびしょ濡れになったら風邪引いちゃうじゃない! も〜、子供じゃないんだから……」
るいの今の暴走はまさに絵に描いたお餅に突っ込むが如しだ。僕も花鶏もこよりも大いに呆れる。茜子はいつものように無表情で棒読み。伊代はガミガミといいんちょっぷりを発揮した。
「それにしても納得いかないわね」
「清玄ってお兄さんがですか? でも、花鶏センパイならともセンパイに対していつもアレの百倍ヒドいセクハラしてますよね?」
「こよりちゃぁ〜ん? ……お股で大根をすり下ろしたいのかしら?」
「野菜で素股はイヤァ〜〜ッ!?」
花鶏の百倍ヒドいセクハラの餌食にされるこよりん。なだらかな起伏のない胸と、脂肪の足りない太股へ指を這わせる性欲魔人の姿は確かに非道かった。
「大延髄チョップ!」
「げぶぅ」
ずぶ濡れのるいが花鶏の息の根を止める。怪獣大決戦はるいゴンの勝利に終わった。
「待ってください。ロシアン落ちぶれ貴族めの言いたいことをこの茜子さんが当ててみせましょう。……赤いうっかりの人が金持ちなのが許せない!」
「茅場、おまえ絶対死なす」
「げ、復活した」
「わたしが気に入らないのはね! 目の前にカワイイ女の子が三人もいるのに手出しがまるでできないことよ!」
「三人って、僕とこよりと伊代のコト?」
「違うわよ。手どころか舌だって出し入れした仲じゃない」
「わたしとこの子はそこまでいってないわよ! ……まあ、あなたの方はご愁傷様だけど」
「あーうー」
伊代の中途半端なフォローに涙する。思い浮かべるのはこの暴虐レズビアンとのファーストコンタクト。さめざめと泣いた。
「そうじゃなくて、凛って子と桜って子、そしてあっちの智よ」
名前を列挙する花鶏。それらは僕らの世界にはない名前。水面に像を結んでいた幻の登場人物。そして僕。
「前の二人はいいとして、あっちの僕? それって今いる僕とどう違うの?」
「大違いよ! ……いいわ、智。わたしがあなたにその違いをグッチョリねっちょり指導してあげるからぁ〜〜ッ!!」
「ぎにゃーーーーッ!?」
脱兎のごとく逃げ出す僕。とりあえず目の前にいる逃げ遅れた伊代をスケープゴートにする。
「待ちなさい、智〜っ! ……まあいいわ、今日はこのオッパイで勘弁してあげる」
「妥協で人にセクハラするな、この変態!」
カウンターの伊代アッパーが豪快に決まる。花鶏、本日二度目の撃沈。
「あははっ」
賑やかで変わらない日常。どうかずっと続きますように。