「さて、そんじゃ場も整ったワケだしおっ始めようか」
「……あの、獅子刧さん」
「なんだい、お嬢さん」
「ここじゃなきゃダメなんですか……?」
「何処が相応しいかといえば此処が最適だな」
「おいトモ、ココはいったい何なんだ? 見たところ現代の宿泊施設のようだが……」
「うわー、いいお部屋だねマスター! 今度からココに泊まろうよ!」
部屋に通されて、今まで霊体化していた二人が揃って実体化する。どうやらここがどんな場所か気になっている様子。聖杯サマもこんな知識は授けてくれなかったらしい。だから答えた。
「……ラブホ」
「ラブホって?」
「えと……その」
聞き返さないでください。だって、僕には生涯縁のない場所だから気恥ずかしい。そんな様子を察してくれたのか、獅子刧さんから援護射撃が届く。
「一般的には男女が睦み合う場所だな」
「……はァ?」
「判りづらかったか? 要するに、セック」
「言わんでいい! つーか、ライダーのマスター! まさかお前、そういう目的でオレのマスターを連れこんだのか!?」
セイバーが僕を庇うように前に出る。その行動は頼もしいけれど……。
「まァそう取られても仕方ないわな。だが一応言っておくが、俺はそんなつもりで来たわけじゃないぜ」
「あー、わかったよマスター! ボクとトモのために用意してくれたんだね! まったく気が利くなぁ、このこのー!」
「違ぇ」
「……話し合いの場を設けたかったから、でしょ?」
時を遡ること三十分前。迷宮を抜け出して新都にいた僕らは、これからどうするべきか悩んでいた。時刻は十一時。日付が変わろうとしても尚明るい繁華街の中、獅子刧さんが閃いた。
『そうだ、ラブホに行こう』
あれよあれよと連れ込まれて、いつの間にかフロント前。もちろんサーヴァントの二人は姿を隠しているから傍目には男女一組にしか見えない(二重の意味で)。受付の人が鋭い目で僕を見るのはきっと女子学生と中年男性というアブナイ組み合わせからだけど、僕にとってはジェンダーアイデンティティの危機で気が気でなかった。
『いやぁ智ちゃん。前のナース服もよかったけど制服姿も似合ってるねー』
『もうっ、オジサンったら変態なんだからー。制服だなんて僕の歳考えてよー、ウフフ☆』
僕の体面を気遣ってか獅子刧さんが小芝居を打ち、僕もすかさず同調する。イメージするのはコスプレ嬢。受付からの視線が緩む。騙されてくれたらしい。こうして冒頭に至る。もちろん風俗嬢風の演技で死にたくなったのは言わずもがなである。
「こういった場所は足がつき難いからな。密会の場としては上等だ」
僕の問いに肯定を返す獅子刧さん。いきなりどちらかの拠点に集まるより安全なのは確かに頷ける。
「……それにしたって、もう少しマシな場所があったんじゃ……」
「冬木ハイアットホテル、って知ってるか?」
「なんです、それ?」
「十年前に爆破テロで崩壊したホテルだ。そこの最上階スウィートルームには第四次のランサーのマスター、前代エルメロイが泊まっていたらしい」
「ここでいいです、ごめんなさい」
すぐさま手のひらを返す。というかテロってなんだ。僕の聞いた限りでは魔術師同士の戦いだから一般人に被害は出ないはずではなかっただろうか。
「第四次のアインツベルンの雇われマスターの仕業さ。俺ら魔術使いの間では“魔術師殺し”なんて伝説と化している。もっとも、そいつの最盛期は二十年近く前だから、俺自身に面識はないがな」
話を聞く限り報酬の振込先がスイス銀行の殺し屋みたいなとんでもない危険人物だ。
「もしかして前回の優勝者ってその人だったりするんですか?」
「さあな。そいつは戦争後行方知れずで、今回アインツベルンはあのバーサーカーのマスターを送り込んだんだ。そいつが答えじゃねえか?」
「……それが、イリヤ」
二日前と今日にあどけなさと残忍さという異なる二つの顔を見せた人形めいた美少女。
「確かにイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと名乗っていたな。知り合いか?」
「いや、それが何故か知らないけど目を付けられてて……」
「可笑しな話だな。お前さん、魔術師ってワケじゃないんだろ? だってのに開戦早々御三家の一角に狙われてやがる」
「……あの、親身になって考えてくれるのは嬉しいんですけど。……いいの?」
聖杯戦争がルール無用のサバイバルだと知った今、彼の行動は些かお節介に映る。“魔術師殺し”とやらの同類ならばいきなり殺されてもおかしくないはずなのに。
「いいんだよ。媚売ってるんだから」
「……正直が美徳だなんて信じてる風には見えませんけど」
「相手が俺以上のホラ吹き上手だからな。恥ずかしがらずにノッてくるのは俺も予想外だった」
「……うう」
会計が自動精算じゃないのが呪わしい。
「……で、なんで僕に取り入るんですか? 獅子劫さんなら僕なんかよりずっと強そうなのに」
「逆に訊くが、お前さんは自分のサーヴァントがこのアンポンタンだったら生き残れると思うか?」
「…………う~~ん」
傍らにいるライダーを指差す。仮にも密談という重要な場だというのにポカンと間の抜けた顔をしている。これが本物の女の子なら素直に可愛いと思えるのに……。
「ちょっと! マスターもトモもボクに失礼じゃないかなっ! ボクが弱いってのは認めるけども!」
「よく考えろライダー。これはお嬢さんと恋仲になるチャンスだぞ?」
「協力しよう、トモ! セイバー! キミたちが頼りだ!」
「即決!?」
要するに。いくら
「オレたちに何のメリットがあるんだ、ソレ?」
「……セイバー。お前の見解を訊こうか」
「まず初対面に等しい敵陣営を信用できん。先の“魔術師殺し”のように卑劣な手段をオレのマスターや無辜の民に用いないとは限らない。そして戦力についてだが……わざわざ説明がいるか? オレ一人いりゃ足りるだろ」
セイバーの言に僕も頷く。こんなおっかない人を信じられるほど僕は能天気ではないし、セイバーの強さは僕が信じるに値するものだ。……単純に、ライダーなんて文字通りの地雷を傍に置きたくないのもあるけど。夜這いとか仕掛けるような性格ではなさそうだけど、好奇心の塊というのは実に厄介だ。まかり間違ってPCの
「要は俺たちと組むにあたって、戦力増強というメリットが有らず、裏切られるというデメリットしかないってことだな?」
「自分たちの状況がよく判ってるな。切り捨てずに話を訊いて貰ってるだけ有り難いと思えよ」
「ああ、ありがたくて涙が出てくるね。聞いてくれるんならもう少し話を続けようか。……まず、俺がお前たちを裏切ることはない。そう思ってくれていい」
「何を根拠に言っている?」
「俺の不肖のサーヴァントだ」
「え、ボク?」
名前を挙げられたライダーが首を傾げる。
「ライダー。俺がお嬢さんを殺せと言ったら従うか?」
「イヤだ!」
「俺がお嬢さんを殺そうとしたらどうする?」
「止めるよ!」
「……獅子劫さんが令呪で僕を殺せ、と命じたら?」
「コイツのステータスを視てみな」
言われた通りライダー――アストルフォを注視する。僕に見つめられて頬が赤らめているのはこの際無視。流石に真名を知っているからか、先のアーチャーやバーサーカーよりも鮮明に情報が――――性別を示す染色体の判別結果のラベルに落書きがされている。XYのYの字に棒を一本足してXXにするというしょうもない情報撹乱。……いや、隠されているのは性別だけじゃない。
「対魔力:A……?」
「……オイオイどういうこった? オレレベルでもBなんだぞ? Aなんて父上のような大物でもなきゃ……テメェ、どんなカラクリだ」
イマイチその凄さが判らない僕よりも、セイバーが強く反応する。父上……このヤンチャな騎士の父親も英雄なんだろうか。そんな僕の明後日な方向に向いた興味を他所に、ライダーが種明かしする。
「ジャジャ~ン! この
そう言って取り出したのは一冊の如何にもそれらしい本。というか果たしてその名前はどうなんだろう。……いや、聞いている身としては効果が容易に想像できるから助かるけど。
「成る程、その宝具の恩恵か。つくづくライダーのクラスに相応しい宝具頼りのモヤシ野郎だな。……んで、さっきの問いの答えは?」
「こいつの宝具の効果によって現代の魔術は尽く弾かれる。令呪も例外ではない、ってコトさ」
「そうかァ? そこまで強力なブツには視えねえが……。つーかお前、オレやライダーの目が届かない場所にいたらどうすんだよ?」
「決まっている。そんな状況に追いやられたお前の落ち度だ、セイバー」
「ハッ、違いねェ」
いささかドライな感じが否めないけど、ある程度信用は出来そうなことが判った。
「だがまだ組む魅力を感じねえな。確かにその宝具があればキャスター相手には無敵かもしれんが、そもそもアレの相手はオレ一人で十分だ。あのバーサーカーだってオレの宝具を使えば――――」
「その宝具、使えるのか?」
「――――何?」
兜越しに苛立ちを隠そうともしない声が響く。どうやら彼の言葉はセイバーの癇に障ったらしい。
「侮辱するか、魔術使い。我が必殺の一撃を」
「別に威力に関しちゃ心配してねえよ。訊いてるのはその宝具の真名開放にお前とお嬢さんが耐えられるか、だ」
「……僕?」
獅子劫さんの弁解により、緊迫した空気が緩む。セイバーはどうやら納得したらしい。けれどどうしてそこで僕のことが挙げられるのだろう。
「魔術師じゃないんだよな?」
「さあ、どうでしょう」
「アインツベルンとの問答では魔術を習ってないそうだが?」
「……ブラフかもよ?」
「それなら魔術師じゃないと仮定して、だ。セイバー、お嬢さんからの魔力は十分に供給されているか?」
「それは……」
マスターとサーヴァントの関係。サーヴァントが戦うために魔術師であるマスターは彼らのエンジンである魔力を与える。言うまでもなく僕は魔術師じゃない。ならばセイバーは遠からずガス欠を起こすことになる。そんな当然の帰結にどうして今まで気付けなかったのだろう。やっぱり僕は舞台に迷い込んだ場違いな子羊なのだろうか。
「魔力がないんじゃ戦うことも儘ならない。なら魂喰いでもするか?」
「莫迦言え。そんな手段に手を染めれば騎士の名折れだ。それに、心配せずともパスは構築されている。マスターからはキチンと魔力を貰ってるさ」
「――――え、うそ?」
その言葉にこの場の誰よりも僕自身が驚く。魔力を生み出すには魔術回路が必要だ。それを持っているのは魔術師だけ。でも僕は普通に育ってきて――――
“僕も魔術を覚えれば呪いを解けるようになるかな?”
“さて、どうだろうね。なんにせよ僕の魔術の弟子になるのなら厳しい修行を受けなくちゃいけないよ”
――――最初は期待していた。超常の力には同じ超常の力をぶつければいいと楽観視していた。
“……困ったな。もう少し肌を晒してくれないと、君の適性を計れない”
“……それ、お巡りさんの目の前で言ったら手錠掛けられるよ?”
――――早くも躓いた。
“切嗣さん、この薬品はなに?”
“それはサキュバスの体液を含んだ検査薬さ。男性の血液や老廃物に反応する、ね”
――――関わるべきではない、と悟った。
“うん、そうだね。こんな血なまぐさい世界は智ちゃんみたいな女の子には似合わないよ”
だから僕は普通に育ってきた。魔術と何の関わりもない世界で後ろめたさを隠しながら。
「本人も知らない、って顔だな。親が実は魔術師だったりするかもしれないぜ?」
「いや、それは……」
僕の身に宿る呪いは母の血筋から受け継いだモノだ。和久津の家系には時折僕と同じ呪いを持つ人間が生まれる。だから僕は母さんに対処法を教われた。そんな唯でさえ厄い家が更に魔術師の家系だったとか笑えない冗談だ。そうじゃなければ父。いつも出掛けてばかりだったから、我ながら薄情だけど印象が薄い人。呪われた和久津の家に婿養子に入り、つい最近莫大な遺産を残していたことが判明した。どちらも叩けば埃が出そうだ。
「兄か姉がいるんだったらそれで正解だ。魔術の後継者に選ばれなかったヤツは碌に魔術を教わることが無いからな」
「……双子の姉なら、いました。母も、父も……」
「……そうか。悪いコト訊いちまったな……」
そう。僕の家族は十年前に通り魔に殺されている。本当に魔術師だったのなら、ただの一般人に殺されるはずがない。だから僕の家族は魔術師ではなかったことになる。でも、それならどうして僕はマスターになれたのだろう。
「ま、詮索は止めにしようか。だがよ、たとえ素質があっても素人未満だったら危険なことに変わりはねえだろ? それにこんな一級サーヴァントを支えきれる魔力量がお前さんにあるとは到底思えん」
「ブーブー、何その言い方っ! マスターはボクを三流だと思ってるの?」
「劣悪な燃費に釣り合わないコスパに関しては間違いなく一流だ」
「そんなボクを問題なく運用できるマスターはボクと違って超一流だね!」
歴戦の魔術使いであるはずの獅子劫さんでさえ、セイバーより力の劣るライダーに手を焼いている。ならば何の経験もない僕がセイバーと戦い抜くことができるだろうか。
「セイバー……」
セイバーの意思を確認したくて、つい呼んでしまう。まだ本当の名前も知らない僕のサーヴァント。その表情は兜に隠れてまるで判らない。それでも、何となく察してしまう。お前に任せる、と言葉を発さずとも騎士は物語っていた。
「……よろしくお願いします。獅子劫さん、ライダー」
その後、僕たちは連絡先を交換して別れた。
『やだやだ! トモのお家に行きたーいっ! もうあんなお墓はコリゴリだよ~!』
別れ際に拠点に関する重大な情報をポロッと吐いたライダーをぶつ獅子劫さんの姿が印象深い。……それにしても、お墓が拠点って。なんでも
「アレで良かったの? セイバー」
「ん? ああ……」
ついさっきのアレが不安になり訊いてしまう。僕の勘違いだったとしたらどうしよう。
「問題はねえよ。あのゴツいオッサンを味方に付けるべきだとはオレも思ったからな」
「それも勘?」
「お前も大差ないんだろ?」
「まあね」
我ながらなんていい加減な戦況判断だろう。でも、僕にはセイバーがいる。不確定な直感が肯定されているような気がした。
「あ、着いた。ただいま」
なんて話をしながら歩き続けていたら我が家に着く。同時にセイバーが霊体化を解いた。
「……実体化には魔力を使うんじゃなかったっけ?」
「微々たるモノだ、許せ。地に足が着かなきゃ、どうも落ち着かなくてな」
リビングに向かう。そこにはアーチャーに襲われて以降放置していたハンバーグがあった。でもセイバーはその付け合せに注視した。
「……げ、マッシュポテト」
「嫌いなの? マッシュポテト」
「忌々しいロリコンを思い出す」
「なにそれ?」
苦笑交じりに料理を片付ける。結局殆ど手を付けなかったから冷蔵庫行きだ。
「あっそうだ。これ、セイバーは食べる?」
「オレは食わなくても支障はない。それよりお前はどうなんだ、トモ?」
「僕もいいよ。なんだか疲れちゃって食欲もないし、すごく眠い……」
遠坂さんの言葉を思い出す。もしかしたらこれがサーヴァントを喚び出した反動なのかもしれない。そして気付けばいつの間にか着替えもせず、シャワーも浴びずに自室のベッドに倒れ込んでいた。
「いいのか? そのまんま寝ちまって」
君の眼があるから服が脱げないのです。そんな反応を口の中に留める。黙っていると次第に泥のような眠気が襲ってきた。
「……セイバーは寝なくていいの?」
「サーヴァントに睡眠は不要だ。心配せずともキチンと見張っておいてやるさ」
「そういうことじゃないけど……その、ありがと」
僕が心配したのはそんなことじゃない。けれど、そんな想いも睡眠欲が押し流した。最後に残ったのは一つだけ。
「……ねぇ、君の名前を教えて」
戦略だとかそんなことどうでもよくて、ただ君のことが知りたいんだ。
「……ああ、約束だったな。いいぜ、その寝ぼけた頭によく刻みこんでおけ」
しっかりと頷く。そしてセイバーの次の台詞を聴いた直後に意識を手放した。
「我が真名はモードレッド。偉大なる王に剣を向けた叛逆の騎士だ」
「あ、茜子……ホントに行くんだね」
「そう言ったでしょう。智さんも口では嫌々言いながら、期待に胸膨らませて、性欲に股間膨らませてますから、相変わらず素直じゃないですね」
「……もうっ」
素肌の茜子と手を握りながら目の前に聳え立つ魔の城を臨む。
「……ラブホだね」
「そうですね」
「僕たち、一応女の子同士だよね」
「世間一般的には。まだ智さんは女子で通ってますね」
呪いを解呪してから数ヶ月が経っていた。あの頃から僕らは恋人だ。男と女だからエッチなことも沢山した。でも、同盟の仲間以外にはまだ僕が男だとは言っていない。バレれば物理的にはセーフでも社会的に死ぬ。だからこんな冒険も本当はするべきではない。でも……
「……わくわくする」
「安心してください。路地裏のニャー共によればあのホテルは自動精算機があるので、人の目は気になりません」
「……なんで猫がそんなことを?」
「猫撫で声、ということです」
「ハハッ、こいつぅ~」
その後、ひたすら茜子の猫撫で声を堪能した。