運命は呪いを喚ぶ   作:ポリウー

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 いつの間にか眠りについていた僕を、幾つもの衝撃が襲ってきた。


2月3日:和久津家ノ食卓事情

 深山町の欧風住宅街に建つ一際豪勢な屋敷、遠坂邸に家主である凛は舞い戻っていた。彼女の眼が自身の右腕に向けられる。そこに刻まれる三つの令呪の内、早くも一つ目の輝きが失われていた。

 

「よかったのかい、マスター。尻尾巻いて逃げるような真似しちまって」

「……仕方ないじゃない。唯でさえ厄介なセイバーがいた上に、実力が未知数な和久津さんもいたのよ」

「ああ、あのべっぴんな嬢ちゃんか」

 

 キャスターの脳裏につい先程の光景が浮かび上がる。あれこそまさに騎士を伴う姫君の姿。敵でもなければ口笛の一つも吹きたくなる一瞬だった。

 

「和久津智、だったな。学校にはマスターがいないはずだが、こりゃあ一体どういうことだマスター?」

 

 確かにそのはずだった、と凛は悩む。冬木の地に縁深い魔術師の家系など自身の属する遠坂、マキリ、アインツベルンしかない。これら御三家の出身ではない和久津智が魔術師だった。彼女の存在は第五次聖杯戦争の兆候が表れるより以前に確認している。ならば外来の魔術師ではなく、管理者の凛に面通しせずに勝手に彼女の家系が住み着いていたことになる。〈和久津〉という魔術師の家系など心当たりがまるでないことが気がかりだが。

 

「わたしにもさっぱりよ。でもこれだけは言えるわ。彼女――和久津さんは間違いなく強敵」

 

 己が領地に土足で足を踏み入れられていたというのに凛は不敵に笑みを浮かべる。そこに含まれるのは見知ったはずの憧れの存在がマスターだったことへの期待と強がり。思い返すのは先の邂逅。会話の主導権を完全に握られた結果が喪失した一画の令呪だ。あの時の和久津智は凛の知らないもう一つの顔、魔術師としての和久津智を見せた。優秀な存在だとは常々思っていたが、あれほど狡猾だとは思ってもいなかった。今まで彼女の正体の片鱗に気付きもしなかったのも頷ける。

 では、これから彼女たちにどう立ち向かうか。仕返しの予約は既に取っている。後は周到な準備が必要だ。

 

「だから、心を入れ替えましょう。好き嫌いなんて言いっこ無し、わたしたちがもっとも優位に立てる戦い方をしなくちゃ! ね、キャスター?」

 

 

 

 

 

 ――そこは燃え盛る戦場だった。

 視界の全ては積み重ねられた屍で埋まり、戦士の雄叫びと慟哭がこの地獄を彩っている。丘の頂点には目にも麗しき蒼と黄金の騎士。対峙するは猛々しき赫と白銀の騎士。その騎士の名はモードレッド。そして此処はカムランの丘。かのアーサー王伝説終焉の地だ。であれば結末も決まっていよう。モードレッドはアーサー王に致命傷を与えるも、王の持つ槍――ロンゴミニアド――によって事切れる。刺突の衝撃によって敗者の兜が真っ二つに割れた。それに今まで覆い隠されていたのは――――

 

 

 

「――――なさい」

 

 現実に呼び戻されていく。意識が判然としない。いつもだったらアラームが鳴るはずなのに、今日の僕を起こす役目はその声の主に譲られている。相手には見当がついていた。僕を守ってくれた騎士。その名も――――

 

「起きなさい、智ちゃんっ!」

「……あれ? 大河、さん?」

 

 それはいつもと些か違う、けれど日常の範疇にある風景だ。重厚なプレートメイルに身を包んだ騎士など何処にもおらず、代わりにいるのは吠え立てる虎だ。もしやアレらの出来事は全て夢だったのだろうか。だってそうだろう。この場にはお伽話に出てくる騎士や怪物は居らず、僕と大河さん、そして見知らぬ少女がいるだけなのだから。――待て。三番目からして既に非日常に足を突っ込んでいる気がする。

 

「訊きたいことがあったから来たんだけど、その前にもう一個尋ねるわ。あの子、だれ?」

 

 あの子――指さされた少女を見やる。サイズの合わないぶかぶかなワイシャツとパンツだけという大胆すぎる格好。刺激的すぎて思わず朝のオトコノコ事情に悩まされそうになるも、彼女の顔を見た瞬間その気は消し飛ぶ。

 

 

 

 それは夢で視たセイバーの正体そのものだった。

 

「モー……さん」

 

 思わず彼女の本当の名を口にしそうになり濁す。真名がバレるとマズイと昨夜話には聞いているし、部外者である大河さんから万が一にも漏れる可能性がないとは言い切れないからだ。

 

「モー? モーちゃん、っていうの? こんな友達、智ちゃんにいたっけ?」

 

 友達なんて元からいません。

 

「さっき来てみれば智ちゃんの代わりにこの子が出てきたのよ。どういうこと、って訊いてみれば、トモが説明する、って言っていたんだけど……」

 

 えぇー。

 大河さん越しにセイバーを見ると気まずそうな顔を向けてきた。だからいつもみたいに口から出任せを言うことにする。

 

「切嗣さんの知り合いのお子さんなんだ。急に来ることになっちゃって僕もびっくり」

 

 無理のない話、だと思う。生前の彼が健在な頃は頻繁にこの家を空けていたから何処に人脈を作っていてもおかしくない。

 

「へぇ~っ、そうなんだ! でも智ちゃん、この部屋に来るまでにところどころ変に散らかってたり、さらには窓ガラスが割れてたりするんだけど、どうして?」

 

 アーチャーから逃げた跡を消すのを失念していたことに内心舌打ちする。

 

「ちょっと喧嘩しちゃってね、それがどんどんヒートアップしてああなっちゃったんだ。彼女も服が台無しになったからこんな格好でして」

「あ~、なるほど。見るからに不良娘ってカンジの子だものねー、もしかして家出かしら」

「…………」

 

 視界の端ではセイバーがどんどん剣呑な顔つきになっていく。誤魔化すためとはいえ勝手に話を捏造されては確かに怒りもするだろうけど、その表情は単純な怒りではすまないくらい熱を帯びていた。

 

「――それで、モーちゃん!」

「…………ん?」

 

 くるりと振り返ってセイバーに顔を向ける大河さん。その動きを察知したのか、さっきまでの異様な雰囲気はすっかり霧散していた。……まだ若干不機嫌そうだけど。

 

「このお屋敷、広いのに智ちゃんだけしか住んでないから遠慮なく好きなだけ泊まっていっていいわよ! 彼女と仲良くしてあげてね!」

「……ああ」

「あーあ。モーちゃんといっしょ、ってことは昨夜のは勘違いだったのかなぁ……」

「それって本来訊きたかったこと?」

 

 なんとか異邦人の滞在を認めてもらうと、大河さんは次なる疑問に首を傾げた。恐らく今も大変であろう彼女がわざわざ訪ねてきたのは何故なのだろう。

 

「うん。ウチの組の人がね、智ちゃんとゴツい男の人が繁華街でいっしょにいるのを目撃したらしいんだけど……」

 

 ひでぶっ。

 

「き、気のせいだよ~っ。だって僕は昨日セ……モーさんと――」

 

 ――唐突に場違いな音楽が流れる。音源は僕のケータイだ。着信アリ。宛先は獅子刧さんだ。なんてバッドタイミング! ここで終話キーを押したら確実に怪しまれる!

 

「出ないの? まさか……」

「で、出るってば! ……もしもし」

『――よう、和久津。今電話大丈夫か?』

「大丈夫じゃないです。後でかけ直しますので」

 

 返事も待たずに通話を切る。獅子刧さんなら何も言わずとも察してくれるだろう。

 

「……ねぇ智ちゃん。やっぱり今のって――」

「ち、違うよ……?」

「大丈夫よ智ちゃん! お姉ちゃんが代わりにガツンと言ってあげるんだから!」

 

 言うが早いか僕の手にあるケータイが瞬く間にひったくられる。

 

「ちょ――――!」

 

 恐るべき速度だ。さすがは冬木の虎。僕なんかじゃ止められはしないし、止めてくれそうなセイバーはジト目で僕らを眺めていた。そんな余裕な顔してる場合じゃ――――

 

「もしもし!」

 

 ――ヤバイ。さてどうしよう。間違いなく話が面倒な方向に転がる。頭を抱えていると通話口から声が漏れ聞こえた。それは重厚な男のものではなく、軽快な少女のような声音だった。

 

『――もしもし! トモ……じゃないよね。キミはだあれ?』

「……あれ? ええと、私は藤村大河です……?」

『そうなんだ。ボクはアストルフォ、よろしくタイガ! ところでトモに代わってくれないかな!』

「ん、わかったわ。……智ちゃん、アストルフォちゃんって子が代わって、って」

 

 た、助かった。誰にでも明け透けすぎるライダーだけれど、今回は功を奏したようだ。大河さんからケータイを受け取る。

 

「もしもし、今日は四時くらいにアーネンエルベで待ち合わせはどうかな?」

『うん、楽しみに待ってるからね、トモ!』

 

 ――ケータイを閉じる。今後の戦略上不可欠なミーティングのアポは取れたし、さも友達と遊びに行くかのようにお誘いした。もう大河さんから疑惑の眼差しは消えている。

 

「ね、勘違いだったでしょ?」

 

 

 

 

「それじゃ智ちゃん。お友達とのお買い物、楽しんできてねっ!」

 

 それから数分もしない内に嵐は過ぎ去った。元々忙しい身の上だし、問題が解決したのだから居座る理由なんてなかったのだろう。大河さんがいたままではマトモに会話もできない僕たちにとっても都合が良かった。

 

「……ふぅ」

「おい、トモ」

 

 となりのセイバーを見て、すぐに目を逸らす。姿はさっきからずっとワイシャツパンティーのまま。甲冑を大河さんの前で着るわけにもいかず、僕より十センチくらい背の低い彼女に合う服など置いてないのだから仕方ないんだけれど、僕としては気まずさでいっぱいだ。女同士だからとこんな扇情的な格好を放置した大河さんの罪は重い。

 

「なにさ、モードレッド」

 

 頭の中の煩悩を悟られないようにお腹に力を入れて聞き返す。彼女の真名を呼んだのは、相手の内情を知りたいという僕の意思表示からだ。

 

「オレは大層ご立腹だ。何が原因か判るか?」

 

 唐突に問い掛けてくるセイバー。その表情は先程垣間見たときと同じ激憤に染まっている。アレは何が引き金になっていたのか。勝手に自分のことを悪し様に言われたから――ではないだろう。彼女の気持ちがチンプンカンプンなので、発想を転換して自分に当て嵌めて考えてみると自ずと理解できた。

 

「性別と家族、でしょ?」

「そうだ。口にはしていないはずだが、よく判ったな」

「脛に傷持つ間柄、ってことで」

「お前もワケありか。ま、呪いなんてモン背負っている以上仕方ないわな。……とりあえず、これから先の二つに関しては気をつけておけよ。二度目はねぇぞ」

 

 念入りに忠告してくる。それらが恐らく彼女の地雷なのだろう。言われなくても突っ込むつもりは僕にない。僕の持つ地雷も彼女と同じ、或いはそれ以上のモノだからだ。

 

「りょーかい、王子サマ」

「……お前なあ。確かに女扱いするな、ってことだが露骨に男扱いされんのも嫌だぞ、オレは」

 

 宙ぶらりんなジェンダーに悩む様はまさに思春期男女そのものだ。言ったら殺されるかもだし、僕自身人のことは一切言える立場ではないからお口にチャックしておく。代わりに口から出たのは懐柔の言葉だ。

 

「ごめんごめん。お詫びに昨日のハンバーグでもどうかな?」

「サーヴァントに食事の必要は――」

「食べたくないの?」

「バカ言え。食うぞ」

 

 

 

「……おい、どういうことだ。なんでマッシュポテトがこんなに美味いんだよ!?」

「え、そっち? ハンバーグの方は?」

「んなモン美味いに決まってんだろ、肉だからな! だがマッシュは納得できねえ! こんなのただの磨り潰した芋じゃねえか!」

「なにその蛮族的クッキング!? 普通は牛乳とかバターとか他にも色々入れるんだよ?」

「知らねぇぞ、んなレシピ! あーもう! あのクソッタレメシマズロリコン野郎が!! おかわり!!」

 

 こんな角度から自分の料理が褒められるとは、と感心していると、いつの間にかお皿の上の料理は丸々平らげられていた。ずいぶんな健啖家だ。もしも彼女のような人を支えるためにそのロリコンさんが料理を質から量に切り替えたのだとしたら、同情を禁じ得ない。元から味音痴のパワーファイターな方だったら小一時間説教してやる。とりあえず現在進行形で量より質に拘っている僕から、今の彼女に言える言葉は一つだけだ。

 

「おかわり? そんなもの、ウチにはないよ……」




「というわけで、今日は伊代と天ぷらを作ってみたよ」

 僕を含めたいつもの六人組の今日の集合場所は我が家だ。彼女らを家に招くにあたって、当然のごとく伊代との性生活の証拠は完全デリートしてある。残っているのは壁にかけられている二着のエプロンという夜の概念武装くらいだ。

「とりあえずるいにはちくわの天ぷら」
「あんがとー。トモ、とりあえずマヨネーズ貸して?」
「ちょーっと待った!」

 いつものようにちくマヨを作ろうとするるいを止める。

「実はそのちくわの衣、卵の代わりにマヨネーズを使ってるんだ。そのほうがカラッと仕上がるからね」
「おぉー! トモちん賢い! さっすが私の嫁!」
「ごっほん!」

 隣で露骨に咳払いする伊代を余所にちくわにがっつくるい。その期待に満ちた目は、しかし咀嚼する度に輝きを失っていく。

「……あれ? もしかして変な味になってた?」
「マヨネーズの味がしない……」

 グチグチ言いながら残ってるちくわの穴に余さずマヨネーズを詰めていく。カロリーを考えない暴挙にぐぬぬと伊代が悶えた。

「ま、まあいいや……。次はこよりん! 君にはハンバーグの天ぷらを作ってみました!」
「美味しいものプラス美味しいものイコールすごく美味しいものの法則ですね、ともセンパイ!」

 某チェーン店のポスターを見て思いついたわけでは断じてありません。

「デミグラスソースをかけて召し上がれ」
「いっただきま~す! モグモグ……オイシイです! ……ん? でも……」
「でも……?」
「これってメンチカツとあまり変わらない気がするであります……」

 字面のインパクトを追った結果、ありふれた料理になってしまった。料理に限らず、こういうことは多々としてあると思う。

「花鶏はパセリの天ぷらだよ」
「ふふ、よくわかってるじゃない智」

 満足気に頷く花鶏の後ろで引き気味の一同。彼女のパセリライスの餌食になった経験のあるるいと茜子は一層渋い顔をしている。

「パセリは天ぷらにすると苦味が全然気にならなくなるんだ。たぶんこよりだって食べられるんじゃないかな」
「どれどれ~。……ホントであります! 不肖鳴滝、これなら好き嫌いせずに済みそうです!」
「……わたしは逆に苦味がないのが物足りないわね」

 天ぷらにすると元々の食材の味とは結構変わるものがあったりする。例えばナスとか。僕は普通のナスより天ぷらのナスの方が好きだけど、世の中には逆の人もいるだろう。要はそんなありふれた意見の相違だった。

「では茜子さんの番ですね。ヴァイオレンスな天ぷらを期待してますよ」
「……茜子には、アイスの天ぷら」
「なんと」

 どうやってと疑問に思うだろう。高温に晒されればアイスなんて瞬く間に溶けてしまうのではないかと。答えは簡単、アイスを油に触れさせなければいいのだ。食パンでアイスを念入りに包んで揚げたら案外上手くいった。

「熱いようで冷たくてヴァイオレンスな味ですね」

 ご期待に添えたようで何よりです。

「じゃあ伊代。僕らはタラの芽の天ぷらでも食べようか」
「わたしには奇抜なモノは出さないのね」
「だって伊代だし。……それに、好きな人にはちゃんとしたものを食べてもらいたいから」
「……もう、あなたったら」

 天ぷらパーティはとりあえず成功に終わった。次はカレーパーティでも開いてみようかな?

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