運命は呪いを喚ぶ   作:ポリウー

2 / 13
 学園一の優等生、演じるには荷が勝ちすぎると思う今日この頃。ズレた歯車は致命的なうっかりを引き起こした。


――Side:凛――
1月31日:優雅なる一日


 幼いころ、わたしは英雄に会ったことがある。獣の耳と尻尾を生やしているのに不思議と上品な女の人。父に招かれた彼女だけれど、その英雄様はどうしてか父に辟易気味だった。曰く、あのように過度な誇りを持てばいざという時に足を掬われる、と。

 当然わたしは怒った。人生の大目標をバカにされた気がして、相手が人外だということも忘れて憤ったのだ。ところが彼女はわたしの様子を見て腹をたてるどころか、

 

「そうか、汝のような子供にとって親とは神に等しいのだったな。私の失言だ、許せ」

 

 と頭を下げたのだから、開いた口がふさがらなかった。

 英雄とはただ力が強いだけでは務まらない。その度量も含めてこその世界に名だたる英雄という存在なのだと、彼女の翠の眼に宿る父や母に似た暖かい何かを感じながら、わたしは漠然とそう思った。

 だからこそあの胡散臭い兄弟子と尊敬する我が父の無事を彼女に託せた。

 

「子供に乞われたならば仕方あるまい。仮令(たとえ)引き摺ってでも生きて帰すと誓おう」

 

 ああ、彼女ほどの女傑なら大丈夫だ、と安心して彼らの後ろ姿を見送った。

 ……結果、3人のうち誰も帰っては来なかった。それが10年前、第四次聖杯戦争における我が遠坂家の辿った敗退の記録である。

 

 

 

 

 

「…………ん」

 

 不意に快音がじりり、じりりと鳴り響く。まだ微睡みから抜け出たがらないわたしにとっては不快な音でしかなかったけれど。

 

「……うるっさいわねぇ。こちとら昨夜は徹夜だったのよ……」

 

 触媒の手配、父の遺言の解読と、為すべき課題のハードルは未だ若輩の我が身には高すぎた。それでもなんとか意地とかプライドとか克己心とかを総動員して、わたしは遂に成し遂げたのだ。だからこのベッドの感触はその報酬。せめて使用人が起こしに来るまでは是が非でも布団に張り付いて――――

 

「……そういえば、暇を出しちゃったのよね」

 

 冷静になって視線を目覚まし時計の針に向ければ、七時を指している。そして普段の起床時間は六時三十分。――――かくして逃げ道は塞がった。

 

「……起きよ」

 

 私室を出て居間に辿り着くまでに、こんな事態になった原因が二つ判明した。

 一つは冬の冬木にあるまじき気温の低さ。でも寒いだけなら暖房が点いていれば問題はなかった。

 そう、問題の二つ目は今、我が家からは使用人が出払っていること。部屋が暖まらなければベッドから抜け出る気力も湧かないというもの。

 無論こんな不便な思いをしてまで彼女達を追い出したのは、給与が支払えなくなった、なんて亡き父が聞けば勘当を言い渡されるような情けない理由からではない。――――もうすぐ、この冬木の地で戦争が始まるからだ。

 

 

 

 

 昨夜発掘したペンダントをお守り代わりに持ち、ちゃんと『鍵』を閉めてから我が家を出る。時刻は既に七時半。外は行き交う学生と社会人でごった返しに――――なっていない。どこか疑問に思いつつも、寝不足と寝起きのダブルパンチで頭が回らないから気にしないことにした。むしろ普段より綻びのある自分を知らない誰かに視られない分、都合がいいんじゃないだろうか。そんな思考の迷路に彷徨いながらうつらうつらと船を漕いでいると目的地に到着した。

 誰もいない。

 

「えー……」

 

 学園の校門周りには制服姿の生徒はわたし以外一人もいない。校庭にはジャージを着た運動部の姿がチラホラ。平日の登校時間にあるまじき風景だ。この事態を説明できる理由は二つ。

 

「おはよ、遠坂。こんな時間にここで立ち止まって、どうかしたの?」

 

 どこからやって来たのか、同じ2-Aのクラスメイト、美綴綾子がわたしに声を掛けてきた。……しかたない。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言うし。

 

「おはよう、美綴さん。笑わないで聞いて欲しいのだけれど、今日は祝日だったかしら?」

 

 二つある爆弾の大きい方を処理することにした。これがヒットしたらそれこそお笑い種だ。一学期の衣替え以来の学校での大ポカになる。

 

「…………遠坂、いくらなんでも寝ぼけ過ぎじゃないの?」

「……平日か祝日のどちらかって聞いてるんだけど」

 

 こんな反応されるぐらいなら、いっそ笑ってくれたほうが良かったのに。

 

 

 

 

「……要するに、父さんの十年越しの悪戯にまんまと引っかかったってわけね」

 

 寒空に放り出されて凍えていた身体に熱い日本茶が染み渡る。綾子に連れてこられた道場で、先程の異変の正体についてひとりごちた。

 

「なんか言った?」

「そろそろいいヒトは見つかったかしら、綾子?」

 

 綾子が目を丸くする。わたしの方からこの話を振るなんて考えてもいなかったのだろう。さっきの仕打ちに対するささやかな仕返しだ。

 

「あと二ヶ月と少しでわたしたちも三年生。タイムリミットは刻一刻と迫っているわ。あんまりのんびりしてられないんじゃないかしら」

「……へぇ。言うじゃないの遠坂。アンタがそこまで言うってことは、もう相手がいるってことよね?」

 

 わたしの言葉の応酬に綾子はカウンターを打ってくる。……正直彼女の追求から逃げ切るのは難しい。とっとと白状するか。

 

「残念ながら……脈なしよ」

「そんなことだろうと思ったよ。ちなみに、あたしもピンと来る相手はだーれも」

「適当に誰か見繕って、彼氏です、って言い張ればいいじゃない。それこそ間桐くんでも弟くんでも」

「そんな情けない真似するわけないでしょ。あたしは試合にも勝負にも勝ちたいの。遠坂凛ってライバルにね」

 

 武道家らしい一本筋の通った言葉だ。これが美綴綾子という人間の魅力であり、並の男が手を出しに寄ってこない原因でもある。

 

「さすが穂群原三大美人様はおっしゃることが違いますのね」

「だまれ、同じく三大美人兼ミス穂群原V2。……ったく、この称号、いったい誰が言い始めたんだか」

「まあまあ、今までのに比べたらまだマシじゃない」

 

 『穂群原で敵に回してはいけない人物トップ3』だとか『穂群原三大仏敵』だとか、とかく物騒な呼び名が我が校には密かに広まっている。そして遺憾なことにわたしたちはその二つに名を連ねているのだ。だからそれらと違って美人と持て囃されるのに悪い気はしなかった。……単純に、容姿の整っていて学内で人気のある生徒が、まとめて同じクラスにいたから呼ばれるようになっただけだけど。

 

「その三大美人の三分の二が、こうして男日照りで駄弁ってるんだから世も末だな」

「大丈夫よ綾子。どうせ次のバレンタインデーには求めずとも向こうから寄ってくるから」

「女子がな! あはははは! ……てめえ、ナメたこと言いやがって」

「羨ましいわ、美綴さん。わたしって、ソッチの趣味があるような素敵な子とはとんと縁がないから」

「ああ、あたしも心底羨ましいね。男子にモテモテで、特にウチの副部長サマから執念深くアタックを繰り返される遠坂が」

 

 うふふふふ。カチンと来た。コイツめ、人が気にしていることをよくも……! 自分のことは一先ず棚に上げて、綾子に言い放つ。

 

「ふぅん、そう。そんなに欲しいならこの偶像(アイドル)という立場、譲って差し上げましょうか?」

「いらんわ! あたしらの歪んだ恋愛事情をドッキングさせるなんて、始める前から合体事故が目に見えるわ!」

 

 ちょっと想像してみる。男女問わず慕われ、あのキザな女たらしから熱烈なアプローチを受ける人物――――

 

「……それってまんま和久津じゃん」

「……ええ、わたしもその結論に至ったわ」

 

 それが穂群原が三大美人最後の一角、和久津智(わくつとも)というクラスメイトだった。文武両道、才色兼備、高嶺の花、深窓の令嬢、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、etc。これら美人を形容する言葉の数々は、この学園では一般的にわたしと彼女を指して使われる。そして言うまでもなく、普段のわたしは誇り高き遠坂の一人娘として大仰な猫の皮を被っているわけで。

 要するに、わたしの猫の皮は『和久津智』というお嬢様像を投影して鞣したモノなのだ。

 

 

 

 

「遠坂にしろ和久津にしろなんで運動系の部活に入らないんだ? 体力測定のコトとか思い返すたびにいっつも疑問に思うんだよ、あたしはさ」

「あら? 確か和久津さんは去年の体力測定、受けてなかったはずでは?」

「球技大会と体育祭があっただろ?」

「……ああ、確かセパタクローとホットドッグ早食い選手権だったかしら」

 

 話題はいつのまにかわたしたちの寒々しい恋愛戦争から、和久津さんについてのあれこれにシフトしている。互いの傷口に塩を塗りたくるよりも、こちらの方が面白いと現実逃避した結果だった。そして綾子が彼女の話をすると、決まって同じ流れに行き着くのだ。

 

「そうソレ! それまでは線の細い子だとしか思ってなかったけど、アレで印象がガラリと変わったね! そんで今でもウチの部に勧誘してるんだけど……」

「またそれね。で、色よい返事は返ってこない、と」

「そ、遠坂と一緒よ。一応、間桐兄妹の方面からもアプローチかけさせてるんだけどね」

 

 ……妹はともかく兄の方がマトモに勧誘するとは思えない。十中十九、告白紛いのナニカになっているはずだ。わたしと同じ経験をする羽目になる彼女に心から同情する。

 

「それ、人選ミスよ。早く諦めてしまいなさいな、彼女にもいい迷惑でしょう?」

「う~ん……でも、ありゃあ逸材だ。ああいう美人が武道をやるってのは、氷室風に言うと絵になるよな」

 

 もったいないもったいない、と綾子はしきりに呟く。『美人は武道をしていなければならない』という考えは大変結構だけど、それに付き合わされる身にもなってほしい。

 

「はいはい、新人獲得に意欲的なんて美綴さんは真面目な主将ですわね」

「おだてるな。アンタから褒められたら、かえってゾッとするわ」

「わたしだけの意見じゃないわよ、今の。だってあなた、藤村先生のお墨付きなんだから」

「そ、そうなの? ……じゃあ素直に受け取るしかないな。たかが二、三年の経験しかない若輩者だけど、他ならぬ藤村先生がそう言ってくれるなら、精一杯がんばらせていただきますか!」

 

 そう言って気合を入れ、立ち上がる綾子。時刻はもう七時を回っていた。

 

「あら、もうこんな時間。わたし、もうお暇するわね」

「なんだよ、少しぐらい見ていけばいいじゃない。それに今のあたしなら自分史上最高の射をアンタに見せつけられるはず……!」

「射る前から余計な雑念が入っているわよ。それじゃ邪魔にならないうちに」

 

 席を立つと同時に、他の部員も入ってくる。

 

「おはようございます、主将」

「おはよう間桐。で、今日の戦果は?」

「……糠に釘です」

「だよなぁ……ま、悪いのはアンタじゃないよ。全面的に兄が悪い」

 

 部外者が部の内情を勝手に知るのも不味い。さっさと立ち去ろう。

 

「失礼しました。美綴さん、頑張るのはいいけれど程々にね?」

「アンタに言われずともわかってるよ。後でね」

「……おつかれさまです、遠坂先輩」

「――――ありがと。桜もめげずに頑張りなさいね」

 

 

 

 

 道場を出ると、あまり会いたくない顔がいた。

 

「やあ、おはよう遠坂。こんな時間に訪れるなんて、もしかして誰かに会いに来たのかい?」

 

 間桐慎二だ。一応彼の名誉のために言っておくけど、ルックス()イケメンだ。

 

「おはよう間桐くん。今日はただ早起きしすぎて手持ち無沙汰になっただけよ」

「へえ、そうなんだ。でも道場から出てきたってことは……」

 

 続くセリフをもったいぶりながら、慎二がニタニタと笑みを浮かべて迫ってくる。

 

「もしかして、自惚れていいのかな、僕は」

「……はい?」

 

 普段から自惚れてるでしょ、と言わなかったわたしを褒めてあげたかった。そして彼はわたしが呆けているのをいいことに、次々と都合のいい根拠を捲し立てる。

 

「遠坂ってさ、別に弓道に興味があるわけじゃないんだろ?」

「あら、誰から聞いたのソレ?」

「美綴からだよ。彼女、君や和久津がウチに来ないのをいつも愚痴ってたからね」

 

 Uターンして、綾子に情報漏洩の迂闊さについて説教したくなってきた。

 

「だってのに、遠坂ったら放課後になると射の様子を遠くから眺めてたろう?」

「……目敏いのね、間桐くん」

「そりゃあ、残心の時にかぎって君とよく目が合ったからね」

 

 そして彼は一歩踏み出す。こういう手で他の女子達はコイツに引っかかるんだろうな、とわたしは思考をお空の遠くに飛ばしていた。

 

「要するにさ、遠坂。君がわざわざここに出向いたのは、僕に会いに来てくれたからじゃ」

「ないわ」

「……ないの?」

「ええ。まずあなたに興味が無いわ。だから残念なことに色よい返事は返せないの。そこのところは謝るわ、ごめんなさい。それじゃ、さよなら」

 

 制服のスカートを翻して、校舎へ向かう。別にコイツと話すことなんてない。だってのに、

 

「ま、待ってくれよっ。遠坂っ!」

 

 だなんて呼び止めてくる。仕方ない、もう一言ぐらいくれてやるか。

 

「そうそう、間桐くん。二兎を追う者、一兎をも得ずってことわざがあるわよね?」

「え? そ、それがどうかしたのかい?」

「別に。部員勧誘、がんばってね間桐くん」

 

 少なくとも、軽いノリの慎二に彼女が引っかかるとは思えないけれど、ね。

 

 

 

 

 七時を過ぎた。廊下を歩いても生徒の姿は見受けられない。その代わりに、一人の女性がうんうん唸っている。

 

「おはようございます、藤村先生」

「……あ、おはよう遠坂さん」

 

 ふと疑問が浮かぶ。

 目の前にいるのは藤村先生。快活な教師であり、みんなからは「冬木の虎」と呼ばれ、慕われている。だけどそんな普段の彼女とはいささか異なった、今のアンニュイさはいったい……? なんて考えてたら、藤村先生から質問が飛んできた。

 

「ねえ、遠坂さん。一つ参考までに聞きたいんだけど、いいかな?」

「ええ。わたしに答えられるのなら何でも」

「ありがとう、遠坂さん。……あのね、遠坂さんは卒業後の進路ってもう考えてる?」

「……英国の大学に留学するつもりです」

 

 嘘は言っていない。時計塔で学ぶために渡英するのは本当だし、そもそも書類上では一大学として処理されるのだから。そんなわたしのグレーな回答を聞いた藤村先生はというと、

 

「そうよねぇ。遠坂さんみたいに成績優秀な子は、やっぱり進学した方がいいわよねぇ……」

 

 などと言いながら、更に表情を曇らせた。

 

「……あの、何かご不満な点が?」

「あ、違うのよっ。遠坂さんのことじゃないの。ただ…………はぁ~」

 

 大きな溜息を吐きながら、弓道場へトボトボと歩いて行く。朝からローテンションな藤村先生なんて珍しいモノを目撃した。明日には槍が降るかもしれない。

 

 

 

 

 時刻はまもなく七時半。相変わらず校内に人気はない。少しは面白みのあるものが見つからないかと、廊下を散策していると、

 

「――――げ、遠坂」

 

 と、開口一番に轢かれたカエルみたいな声を上げる男子と遭遇した。

 

「あら柳洞くん。一生徒への挨拶としてソレはあんまりな物言いじゃないかしら」

「こんな時間から出没するとは思ってもいなかったのでな。それに、俺にはおまえにこういう態度で接する権利があると考えるのだが」

 

 あからさまに敵意の眼差しをわたしに向ける我らが生徒会長。……面白いから、ちょっと茶化してやろうかしら。

 

「なに間桐くんみたいなこと口走ってるのよ。まさかあなたまで……」

「たわけ。んなわけあるかっ! 会計の件だ、会計の。よりによってあの女怪と結託しおってからに……」

「元はといえば部下の手綱を握ってなかったあなたが悪いじゃない。そんなだから氷室さん達に付け込まれるのよ」

「う……」

 

 ()()()()という言葉に露骨に呻いている。何故だか知らないけど、彼女の存在はコイツのウィークポイントの一つだ。

 

「……まあいい。俺は仕事に戻る。おまえはとっとと教室に行くがいい」

「部室の見回り? 朝から一人で大変ね」

「なに、所詮俺は門外漢だからな。亡くなった備品にチェックを入れるだけの簡単な仕事さ」

 

 とはいえ校舎を駆けまわっていれば、始業まであっという間だろうに。ここは彼の言葉に大人しく従っておくか。

 

「それじゃあね、柳洞くん。文化系への肩入れも程々に」

「……相変わらず一言多いな、遠坂。もう少し慎みというものを持たんか。ちょうどおまえのクラスに良い見本がいるだろう?」

「……蒔寺さん?」

「それは悪い見本だ」

「じゃあ氷室さん?」

「違うわっ! あの陸上部三人組から名を挙げるなら、せめて三枝にしろっ」

「わかってるわよ、誰のことを指しているかなんて。からかって悪かったわね。それじゃ、ごきげんよう」

 

 残念ながら、彼女を見本にした結果が今のわたしだけど、そんなことを言えばあまりの模倣技術の低さに彼がショックで気絶しそうなので黙っておくことにした。

 

 

 

 

 教室に到着。当然2-Aの教室にはわたし一人。ホームルームまであと三十分。他のクラスメイトが来るまで大人しく予習して――――

 

「おはよー遠坂! 来月の休み、サメ映画見に行こうぜ、サメ映画!」

 

 しょうもないポスター片手にハイテンションで捲し立てるマキジ。ちょうど陸上部の朝練が終わったのだろうか。……『シャークラーケン』か。こんな低俗な映画でも、彼女と見に行くのは楽しいかもしれない。けれど……。

 

「おはようございます、蒔寺さん。でもごめんなさい、来月……というかしばらくは一緒に遊べそうになくて」

「な……! あのサメ映画だぞ!? 『シャークトパス』の続編だぞ!? サメのなにがいけないんだよーっ!」

「薪ちゃぁあぁあぁん!?」

 

 ショックで灰になる蒔寺。仕方ないけど、これ戦争のせいなのよね。すると、次は自分とばかりに今度は氷室さんが寄ってくる。

 

「バカだな蒔の字。遠坂嬢、ならばたまには私とどうだ? 甘味処で川瀬巴水の話でもしつつ――」

「だからごめんなさい、氷室さん。来月からはお付き合いも難しいんですよ」

「は、巴水だぞ……! 日本美術界の偉人ぞ……!?」

「鐘ちゃぁああぁあん!?」

 

 ショックで風になる氷室さん。戦争で無事勝ち残ったなら是非とも誘いに乗りたいけど、今は心を鬼にする。

 

「本当、ごめんなさいね」

 

 人から逸脱してしまった二人を三枝さんが必死にサルベージする。そして誘いに乗らなかったのは氷室のせいだ、薪のせいだと言い合っている。……原因は完全にわたしのせいなのに、それを伝えられないのが心苦しかった。そんな風にひとり悶々としていると、

 

「おはようございます、遠坂さん」

 

 と、わたしを呼びかける声がした。そちらに振り向いて挨拶を返す。

 

「おはようございます、和久津さん」

 

 すらりとした体躯、ロングのストレートヘア、透き通る花の(かんばせ)。清楚という言葉が嫌味なくらい似合う少女、それが和久津智だった。

 

「遊びのお誘い、お断りしていたようですけど」

「ええ、残念だけど家の事情でして。なんでしたら、代わりにあなたが彼女達に付き合ってあげればどうかしら?」

「いえ、僕も都合が合いそうにないので……」

 

 そんな彼女の変わった点を挙げてみよう。

 たとえば一人称。女性なのに「僕」という変わった言い方をする。綾子曰く「僕っ子」というもので、中性的で危うい感じを内包する萌えのジャンルのひとつだとかなんとか。……さっぱり意味がわからないけど、フェミニンな彼女がそれを用いる姿は、不思議と様になっていた。

 

「おはよう遠坂、和久津。二人とも、間桐が迷惑かけて悪いね」

 

 朝練の終わった綾子が会話に加わろうと挨拶してきた。そんな彼女の言葉に心あたりがあるのか、和久津さんは頬を膨らませて言葉を返す。

 

「おはようございます、美綴さん。……あの、そろそろ間桐くんのアレを止めて欲しいんですけど」

「ほぉ~。ということはようやく観念してウチに来るってことね」

「……なんで、そういう話に?」

「和久津。――――あんたがッ、弓道部に入るまで、間桐を止めないッ!」

「えぇぇぇ……」

 

 これはひどい。慎二をけしかけていると聞いた時は何事かと思ったけど、綾子ったらそこまで考えて……。和久津さんはといえば、彼女にしては珍しく頭を抱えて悩んでいる。その姿をもうちょっと見ていたい性悪なわたしもいるけれど、ここは助け舟を出してあげるか。

 

「あーうー」

「大丈夫よ、和久津さん。あんなの一度こっぴどくフッてしまえば、それまでなんですから」

「……そうしたいのは山々ですけど、なんだか嫌な予感がするので。それに……」

「それに?」

「間桐くんは人気者だから、その彼を恥ずかしい目に遭わせると皆さんから目の敵にされそうですし」

 

 和久津さんの変わった点、その2。

 これほどまでの美貌を持っているのに、彼女は謙虚に振る舞うことを怠らない。必要以上に誰かと親しくなることはなく、けれどその人柄から誰もが慕う。もちろんわたしも、その「誰か」のひとり。

 だって彼女は――――

 

「周りの目なんて気にせずに、いっそスッパリと言った方が楽じゃないかしら?」

「遠坂さんみたいに強くないですから。僕には、こんな生き方しかできません」

「……そう、難儀な性分ですね」

 

 わたしが目指し、憧れる理想の人間像そのものなのだから。

 

 

 

 

 4限終わりの昼休み、陸上部三人娘最後の難関、三枝さんが勝負を仕掛けてきた。

 

「あ、あの、遠坂さん! もしよければお昼ごはん、いっしょに食べませんか?」

 

 ほにゃっとした笑顔を浮かべ、弁当箱片手ににじり寄ってくる三枝さん。手強い。断りづらい。善意100%の誘惑、コレに比べたら慎二のナンパはカスみたいなモノだ。……まあ、本当は断る必要なんてない。先程の二人のお誘いを断った手前、これくらいは応じるのがマナーだろうし。問題はソレに応じたが最期、彼女の手によって身も心も絆されるかもしれないこと。あくまでわたしの身勝手な妄想だけど、三枝さんと接していると思わず素の私が出かかってしまうのだから、当たらずとも遠からずなのだろう。それになにより――――

 

「ごめんなさい、三枝さん。わたし、今朝は忙しかったからお弁当作れなかったんですよ」

 

 もちろん忙しくなかったからといって、弁当を作るわたしではない。そもそもわたしは朝に弱いのだ。だから普段は使用人が用意してくれる。それが今はいないだけのこと。

 

「あ、そうですか……。こっちこそ、ごめんなさい。そうとは知らないで……」

「いえ、三枝さんが謝ることではないわ。では、わたしは学食に行きますので。よろしければまたお誘いください」

 

 そう言って、教室を出る。

 ドアの向こうでは、落ち込んでいる三枝さんに和久津さんが声をかけていた。するとパァっと表情が明るくなる三枝さん。

 

「……そういえば和久津さん、普段はお弁当だったわね」

 

 以前中身を見せてもらった時は、女の子らしく趣向をこらしたランチだった。それに対してわたしは学食。……うう、あそこって味が濃いからどちらかと言うと男子向けなのよね。女子力の決定的な差を味わいながら、学食に向かう。

 

 

 

 

 少しだけ見栄を張った。手元には購買で買ったサンドイッチとホットドリンク。屋上で青空を背景にして優雅にランチ。

 

「……いや、これはさすがに優雅じゃないでしょ」

 

 かといって無様というほどではない、と思いたい。綾子みたいにカロリーを気にせずにガツガツ平らげるよりは、よっぽど女の子してるはず。

 

「……なんて、なっさけない考え方よね」

 

 仮にも遠坂たる者が、下と比べてどうするんだ。……そう、気を抜けばすぐそんな考えが頭を過ぎる。多分わたしの本性は、遠坂の家訓である優雅とは程遠いんだろう。それでもわたしはソレを演じ続けてきた。自分自身と一族の誇りのために。その甲斐あっての優等生、遠坂凛だ。でも、この学園においての優等生とはわたしのためだけの言葉じゃない。

 和久津智――彼女こそがホンモノ。そんなホンモノの和久津さんを、ニセモノのわたしが演じている。

 ……さっきから思考がループしていた。

 

「なんというか、打ちひしがれてるのかな。わたしったら……」

「おや。ということは辞退されるのですか?」

 

 わたしから漏れ出た弱気に思わぬ返事が返される。いつの間にか俯いていた顔を上げると、そこには見慣れない白髪の男子生徒がひとり笑っていた。

 

「……なんの話かしら?」

「もちろん聖杯戦争です。どうやら未だサーヴァントは召喚してないご様子ですが」

 

 ――――いきなり何を口走ってるんだ、コイツは!

 彼は確か2-Cに属している――――いや、違う。

 あのクラス、それどころかこの学園には褐色の肌と白髪という分かりやすい記号を持った人間などいない。だというのに、それを誤認しかけた。……暗示、けれど簡単に抵抗(レジスト)可能。ともすれば他のマスターかとも思ったけど、サーヴァントの気配も感じない。見れば胸元には十字のアクセサリー。そして会話内容。

 要するに――――

 

「あなたが今回の()()()ってことね」

「ええ、その通りです。()()とお呼びください」

 

 「言峰」とは、なんとも因果な名だ。10年前、我が兄弟子、言峰綺礼は父の璃正神父共々帰らぬ人となった。それ以来、言峰教会は新たに派遣されたディーロ神父によって運営され、わたしも教会とは疎遠になる。だから昨今の教会事情は認知していないし、こんな奴が来たのも知らなかった。……顔つきはあの親子とは似ても似つかない。言峰という名は、あそこに配属されたから名乗っているだけの偽名なのだろう。

 

「へえ、言峰くんって言うの。ところで一つ質問があるんだけど」

「はい、何なりと仰ってください」

「なんでわざわざ監督役自身がこの学園に潜入してるのよ」

 

 確かに彼の姿は学生として違和感がまるでない。潜入自体は問題なく出来るだろう。でも、わざわざ何のために? 事態のもみ消しの為に忍ばせるなら、使えるスタッフなんていくらでもいるだろうに。そんなわたしの問いに、彼はいかにも真剣に考えました、ってフリをして答えた。

 

「久しぶりに帰ってきた母国の地で、勉学に励みたいという我儘ですよ」

「ウソおっしゃい」

「嘘ではありません。それに、これは必要なことですから」

「必要なこと、って?」

「こう見えても、腕力には自身があるんですよ」

 

 ……ああ、要はこの監督役は「代行者」でもあるわけか。で、そんな荒事が得意な人間がウチの学園にいる必要がある、ってことは――――

 

「……え、何? もしかしてわたし以外のマスターも、この学園にいるっていうの?」

「さあ? それよりも遠坂さん、サーヴァント召喚の準備は万全ですか? もしも棄権されるのなら、盟約に基づき貴女を我が教会で保護しますが……」

 

 などと言ってくる。遠坂の悲願、聖杯戦争から背を向けるならば遠慮無く手を取れ、と。

 ――――バカにするな。闘う覚悟も、手に取る武器も既に整えている。

 

「それこそ余計なお世話よ、監督役さん。サーヴァント、それも三騎士を喚ぶ触媒をすでに用意しているもの」

「それは何より。ならばどのクラスが埋まっているかを言うのも無粋ですね」

「聞いても教えてくれないくせに。……さよなら、言峰くん。もう直接顔を合わせることはないでしょう」

 

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。足早に彼から離れる。正直、コイツの顔はもう見たくない。……だって、彼の顔に張り付く笑顔は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな去りゆくわたしの背中に、彼は呪いじみた言葉を投げかけてきた。

 

「……いえ、また相まみえることになりますよ。遠坂さん」

 

 

 

 

「ではHRを終了する。日直は日誌と戸締りの確認を。部活動のない生徒は速やかに帰宅するように」

 

 担任の葛木が恒例の台詞を残して消える。相変わらず機械のような正確さだ。

 

「遠坂、もう帰んの?」

「ええ。また間桐くんに捕まるのも面倒だもの」

「いんや、しばらくは間桐もアンタに粉かけたりしないよ。()()()には、ね」

「……え? え?」

 

 綾子の眼が帰る支度をしていた和久津さんを捉えて、妖しく光る。困惑する彼女を尻目に綾子は告げた。

 

「いやあ、間桐ったら遠坂にフラれた時に変なスイッチ押されたみたいでね。まずは和久津から攻略してやる! ……とかなんとか」

「――――」

 

 和久津さんの顔色がみるみる土気色に変わっていく。許せない、一体誰がこんなことを!

 

「フラれた相手にターゲット絞れとか言われたら、そりゃあんなことにもなるさ」

「遠坂さああああん!!」

 

 はい、導火線に火を点けたのはわたしでした。

 

「まあまあ。逆に考えてみて、和久津さん。あの間桐くんだって、軟派な性根が改善されればイイ男でしょう?」

「そういう問題じゃないのぉ!」

「う~ん、仮に一皮剥けた間桐が無理となると……もしかして和久津ってソッチの気が?」

「ないですないです、ありません」

 

 美人を苛める二大仏敵の図。ぐぬぬと悶える和久津さんを見ていると、なんだかこっちがイケナイ気分になってしまいそう。

 

「……帰ります、最速で」

「そのほうがいいな。間桐にエンカウントしないのを祈るよ」

「ごきげんよう、和久津さん」

「はい。ごきげんよう、遠坂さん。美綴さん」

 

 はやる気持ちを抑えて、優雅に別れの挨拶を交わし下校する和久津さん。その姿を何とはなしに見つめて、綾子はとんでもないことをほざきはじめた。

 

「……あれでも化けの皮は剥がれないか」

「もしかして和久津さんのこと? ……何言ってるのよ、美綴さん。彼女にかぎって、そんな人なわけないでしょう」

「いーやっ。アレはアンタと同類のタヌキだね。何だったら遠坂の魂をかけてもいいね」

「……根拠は?」

「女の勘!」

 

 ……呆れた。女子力という言葉と縁のない綾子が、女の勘を持ち出すとは。

 

「あなたの眼って節穴なのかしら。いいわよ美綴さん。彼女が本物の淑女だということに、あなたの魂をかけましょう」

「……思ったんだけどさ、コレって勝ったほうが損しないか?」

「言い出したのはあなたでしょうに」

 

 ――――ああ、なんてくだらない戯れ合いだろう。思わず浸っていたくなるくらい。でも、そうはいかない。わたしにはこれから大仕事が待ち受けているんだから。

 

「わたしもそろそろ行くわ。ちょうど和久津さんがスケープゴートになってくれたし」

「まったく悪どいね、アンタったら。それじゃ、また明日」

 

 また明日、と返そうとして思い留まる。わたしは明日も今日と同じように学園に来れるのだろうか。明日からわたしの聖杯戦争は始まるのだから、それこそ明日死んでもおかしくない。……彼女相手に出来ない約束はしたくなかった。

 

「ごきげんよう、美綴さん」

 

 

 

 

 自宅の門を潜り、地下室へ直行する。飾り気の無い部屋。だが此処こそが遠坂邸の魔術工房たる心臓部なのだ。亡き父も十年前に、ここでサーヴァントを召喚したという。父の面影に想いを馳せながら瞑想すること数時間、時刻はまもなく深夜の二時を差し掛かる。草木も眠る丑三つ時、それがわたしの魔力のピークタイムなのだ。

 

「……さて、始めるとしますか」

 

 まずは魔法陣。消去の中に退去、退去の陣を四つ刻んで召喚の陣で囲んだもの。実はサーヴァントの召喚に際して、複雑な儀式は必要ない。彼らの主たるマスターは依り代であり、召喚は聖杯というシステムがやってくれる。……でも、万が一の失敗も許されない。本来血で描く魔法陣も、今回は溶かした宝石を使う大盤振る舞い。

 次に触媒。魔法陣の中心にイヤリングを安置する。もちろん、このイヤリングは特別製。原初のルーンが刻まれた、『伝承保菌者(ゴッズホルダー)』である名門フラガ家伝来の値打ちモノだ。

 

「コレをものにするまで大変だったわね……」

 

 これまでの苦労が走馬灯のように頭を過ぎる。

 現当主であるバゼット・フラガ・マクレミッツ女史は強情であり、当初は協会枠のマスターとして、この触媒を携え、聖杯戦争に馳せ参じるつもりだったという。交渉は難航。そこでわたしは協会内の立場というカードを切った。

 かたや魔術特許を幾つも持つ遠坂の一人娘。

 かたやどの派閥にも靡かない腫れ物の執行者。

 ――――趨勢は決した。かくして彼女の家宝は我が手に。……ついでに彼女の恨みも我が手に。

 はてさて、そんな苦労をしてまで手に入れたコレがいったい誰を喚び出してくれるのか。

 答えはクー・フーリン――――アイルランドに名高き赤枝の騎士である。

 かのクランの猛犬から、まず第一に連想されるのは魔槍ゲイ・ボルクだろう。となれば充てがわれるクラスはランサーとなる確率が高い。また、他にもかの大英雄にはクルージーンという光の剣、マハとセングレンという二頭の名馬が牽くチャリオット、変わったものでは狂化の逸話など様々なモノが存在する。

 ようするに、クー・フーリンはセイバー、ランサー、ライダー、バーサーカーの中から一つのクラスを得て現界するのだ。

 もちろん第一希望は最優のクラス、セイバー。だがこれが叶わずとも第二希望のランサーも三騎士だし、宝具もゲイ・ボルクと間違いなく一級品だし、そもそもクー・フーリンといえば槍使いというイメージが一番強いから、このクラスが選ばれる可能性が最も高い、と文句なしである。残るライダー、バーサーカーは出てこないことを祈るしかないけど、それでも英雄としての地力とわたしの実力でなんとか優勝へとこぎつけてみせる。

 まったくこのような最高峰の触媒を授けてくれたミス・バゼットには感謝してもし足りない。……相応の財はくれてやったし、足りない分は買った恨みでチャラだけど。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 締めの詠唱。一字一句過たずに諳んじる。前述通り、ほとんどは聖杯が勝手にやってくれるのだから、途中で一節くらいトチっても問題ない事が過去の文献にも記されている。……まあ、そんないい加減な態度でこの儀に臨むのは、遠坂としての沽券に関わるのだけど。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 緊張感で冷や汗がどっと湧き出る。それでもわたしはナイフを容赦なく己の心臓に突き立てて、いつもの様に一言呟いた。

 

「――――Anfang(セット)

 

 自己暗示完了。イメージと一節によって人は魔術師へと組み替えられる。取り込む外気(マナ)の奔流に、わたしという我は為す術もなく陵辱されてしまう。

 

「――――――――」

 

 わたしを満たし、侵すソレが『遠坂凛』の力へと着色されていく。それに伴い、わたしという存在が人間から剥離していく。

 人としての肉体が軋みを上げる。

 魔術師としての肉体が歓喜を叫ぶ。

 そして板挟みとなって苦しむわたしを、左腕の魔術刻印がトドメとばかりに叩きのめした。

 一族の残した執念の象徴。こんなものを後生大事に聖痕扱いするんだから、魔術師という人種は案外呪われているのかもしれない。

 

「――――――――」

 

 痛みの中、そんな取り留めのないことを考えていると、ふと時計の針の進む音が聞こえた。燃料はもう満タン。始まったカウントダウン、わたしはスタートラインに立つ。

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 逆巻くエーテル。視界を塞ぐ暴力的な魔力を堪え、遂に最後の一節を紡ぐ。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 

 

 

 

 

 来た……! アルスター最強の勇士がわたしの元に!

 

「――――よう、お嬢ちゃん。オレがサーヴァント、クー・フーリンだ。アンタがオレのマスターかい?」

 

 地下室に飄々とした声が響く。前方から感じるのは圧倒的な神秘の具現。瞼を開けば、そこにいるのは――――

 

「ええ。わたしは遠坂凛。貴方のマス」

 

 ()を持った偉丈夫がひとり。

 杖。

 杖……。

 杖――――!?

 

「つ、つかぬことを聞くけれど……貴方のその得物って剣? 槍? それとも手綱?」

「あん? その目ん玉は飾りか、マスター? こんなのお前、どこからどう見ても杖だろ」

「……杖で殴る、バーサーカー?」

「このオレが狂戦士に見えたなら、狂ってるのはアンタの方だろうぜ」

 

 ……考えろ。

 考えろ遠坂凛……!

 クー・フーリンの英雄譚を思い返せ!

 クルージーン、マハとセングレン、狂化の逸話、そして師スカサハから与えられたルーン魔術とゲイ・ボルク――――ん?

 ()()()()()……?

 

「ま、まさかアンタ……! ()()()()()なの!? あのクー・フーリンなのに!?」

「……そうだ、悪いかよ。いや、オレだってどうせ喚ばれるなら()()()()が良かったが」

「いやいや、そう言うなら素直にランサーになってから出直して来なさいよ。チェンジ!」

「それが出来れば苦労しねえわ! まったく何が悪かったのやら……。ランサーのクラスが埋まってたのか? それとも……」

 

 クー・フーリン改めキャスターがわたしをジロジロと不躾に見る。

 

「な、なによ……?」

「なあマスター。なんで本調子じゃないってのにサーヴァント召喚になんて及んだんだ?」

「……はあ?」

 

 彼は何を言ってるのだろう。わたしの魔力が最も高まる時間は午前二時。そしてその時間の通りに召喚したんだから何の問題も――――ん?

 ()()……?

 

「……おーい、マスター? どうした、他に止むに止まれぬ事情があんのか?」

「……こんなの呪いよ。呪われてるわ、まったく……」

「そうか、呪いじゃ仕方ねえわな」

 

 そう。呪い以外の何者でもない。

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが遠坂家が魔導と共に脈々と受け継いできた血の宿命なのだ。……せっかく朝に時計が狂ってたの気付いたんだから、ちゃんと覚えておきなさいよ、わたし。

 

「それにしてもキャスターか……。わたし、籠城って趣味じゃないんだけど」

「同感だな。陣地に引き篭もってるより、敵を見つけ出して狩っていくほうが性に合ってるぜ? オレもアンタも」

「今のあんたじゃソレも難しいでしょーが。三騎士なんて()()()持ってるのよ? キャスターでどうしろってんのよ……」

「まあ落ち着けよ、マスター。何も対抗手段がないワケじゃねえ。オレのスキル、見えるか?」

 

 キャスターに促され、彼のステータスを覗いてみる。マスターにはこのようにサーヴァントの情報を垣間見る事ができる。見え方はマスターによって様々だけど、分かる情報に差はない。とりあえず、わたしには本をパラパラと眺めるイメージ。言われた通り保有スキルの項目を眺める。陣地作成:Bやルーン魔術:Aを見て考えるに、彼自身が言うほどクー・フーリンはキャスターに向いていないわけじゃないんだろう。

 

「違えよ。ソッチじゃなくて、矢避けの方だっつうの」

 

 ……あった。矢避けの加護:A。コレってようするに……。

 

「アーチャーに対して無敵ってこと?」

「正しくは投擲されたモノを捉えたなら、よっぽどの規格外でもない限り対処可能って優れモノさ」

「凄いじゃない、キャスター! ……でも、アーチャーの対魔力が高ければ千日手に成りかねないわね」

 

 そう、わたしがキャスターというクラスを忌避する一番の理由。それは三騎士、及びライダーがクラススキルによってデフォルトで持つ対魔力の存在である。ランクが高ければ高いほど魔術に対して抵抗力を得る特性上、魔術師とキャスターにとっては悪夢のようなスキルだ。下手に対魔力:Aのサーヴァントと対峙した場合、少なくともわたしの宝石魔術では傷一つ付けられない。彼のルーン魔術はAと神代の英霊に相応しいランクとなっているが、それでも分が悪いことには変わらないだろう。

 

「あのなぁ、そういう時のためにあんのが()()だろ?」

「……あるのね。対魔力を突破する手段が」

 

 わたしの言葉にキャスターは笑みを浮かべて頷く。……安心した。最初に魔術師のクラスと知った時は思わず卒倒しそうになったけど、この条件なら全然戦える。むしろ逆境に燃えてきたって感じ。

 

「おっ、イイ顔になってきたじゃねえか、マスター。はははっ! やっぱり女は気の強いのが一番だな!」

「言ってくれるじゃない、キャスター。こうなったら三騎士の一人でも倒さないと気が済まないんだから」

「応よっ! せっかく衣替えするハメになったんだ、たまには知的に攻めてみましょうかねぇ!」

 

 ……なんだかんだでこういう滑り出しも悪くないと思う。サーヴァントが圧倒的な力を持つよりも、これくらいの強さの方がかえってやりがいがあるし。それに何より相性。聖杯戦争を勝ち抜くためには、相棒であるサーヴァントとの連携が大事になっていくだろう。その点に関しては一切文句なし。なんというか凄いしっくり来る。これでクラスがセイバーかランサーだったら言うこと無しなんだけど……。

 

「あ、そういえば衣替えとか言ってたけど、セイバーとかランサーの場合どんな衣装になるの?」

「セイバーのオレは想像つかねえな。ランサーの場合はひとことで言うと……」

「ひとことで言うと?」

「全身青タイツ」

 

 目の前のケルティックな民族衣装に身を包んだ男を見る。その服装を青タイツに脳内変換してみた。

 ……うわぁ。

 

「……あんた、キャスターの方が似合ってるわよ」

「そうか? まあ、そう言ってくれるならこの姿で喚ばれた甲斐があったってもんよ」

 

 

 

 

 

 ――――かくして、今宵六人目のマスターが聖杯戦争という舞台に立った。

 聖杯戦争――――万能の願望機を巡る、魔術師達の血で血を洗う生存競争。

 残る一席、そこに据えられるマスターには如何な因果の糸が絡みついているのか。

 運命は呪い、未来は嗤う。

 ()()は最後のひとりを待ち続ける――――




なぜ、キャスニキなのか。
若奥様がいない最大の理由は、ルルブレの存在がギルティだからです。
他にも原作と比べ様々な描写の差異が見受けられます。
凛がわりかしリッチなのは某モジャ公が死んでるからだったり、
一成が一人でいるのは衛宮士郎がいないからだったり、と。
それにしても言峰神父、いったい■■シロウなんだ……!?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。