運命は呪いを喚ぶ   作:ポリウー

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 学園随一のお嬢さま。そんな僕の一日が今日も始まる。


――Side:智――
1月31日:嘘つき村のご当地ヒロイン


 ――――夢を視ている。

 

 夢の中の僕はまだ子供で、周りには見慣れない大人たちが笑いかけてくれていた。……保護されていた。一家殺人事件、唯一の生き残りとして。父も、母も、姉も、僕がおつかいに出ている間に三人まとめて帰らぬ人になった。当時は連続殺人鬼なんてのが街に出回っていたから、恐らくソイツの仕業なんだろう。それでも悲しみに暮れる暇はなかった。僕の心が強いから、なわけがない。今の僕の住処、冬木市が未曾有の大災害に覆われたからだ。悲しみをさらに強い衝撃で塗りつぶされて、呆然としていた僕の元に――――

 

「こんにちは。君が智ちゃんだね」

 

 ヨレヨレのスーツを着た胡乱な中年が現れた。

 

「率直に聞くけど。孤児院に預けられるのと、初めて会ったおじさんに引き取られるの、君はどっちがいいかな」

 

 年端もいかない女の子を胡散臭いオジサンが引き取る。今のご時世で見れば、アウトな絵面だ。親戚か、と訊けば、警察にはそういうことで話が通っている、なんて答えてきた。怪しさ大爆発だ。

 でも、何故だろう。確かに僕にとって見知らぬ人がたくさんいる孤児院は致命的なはずだけど、だからといってコイツについていくという選択肢はなかったはずだ。どうして僕はこの時、彼といっしょに行こうと決める気になったのか。

 

「そうか、良かった。なら早く身支度をすませよう。新しい家に、一日でも早く慣れなくっちゃいけないからね」

 

 そう言って、手続きに必要な書類を、アレでもないコレでもないと散らかしながら用意していく。不器用すぎて見ていられない。途中から子供である僕まで手伝った始末だ。そんな共同作業の終わりに、彼は言った。

 

「おっと、大切なコトを言い忘れた。うちに来る前に、一つだけ教えなくちゃいけないコトがある」

 

 会話のキャッチボールの締めに彼が投げたボールは、

 

「――――うん。初めに言っておくとね、僕は魔法使いなんだ」

 

 安全ピンの抜かれたパイナップルだった。いい年したオッサンが何を言っているのだろう。そんな冗談にしか聞こえない言葉に僕は、

 

「――――なら、僕は呪われてるんです」

 

 本気の言葉で打ち返した。以来、彼は僕の新しい同居人となる。

 男の名は衛宮切嗣。

 僕の名は和久津智。

 家族のように、とは最期までいかなかった。

 

 

 

 

 

 ピピピ、ピピピと規則的な音が耳朶を打つ。枕から頭だけ動かして携帯の画面を見た。午前五時五十分。

 

「ねむねむ……」

 

 寝た。我が身にスヌーズ神の加護があらんことを。さっきから自己主張激しいアラームがようやく冬眠する。春の訪れは五分後、それまでベッドの感触を楽しんで――――

 

『ピンポーン』

 

 どうやら今年の冬は暖冬らしい。

 

 

 

 ガチャリ、ガラガラ。鍵を開けて戸を引くと、美少女がひとりぽつねんと佇んでいた。

 

「おはようございます、先輩。今朝はとくに寒いですねっ」

「ん~……おあよ、桜。……やっぱ冬眠してきていいかなあ?」

「はい、先輩は眠っていてください。その間にわたしが朝ごはんを用意するので」

「……わかったよっ、手伝うよっ」

 

 玄関を潜った桜を連れてキッチンへ。いくら後輩属性値が高くとも、亭主関白気取りはいただけない。

 

「それじゃ僕は着替えてくるから。先に始めちゃってて」

「はい、ご飯は残ってますか?」

「おひつには無いよ。冷蔵庫のやつ解凍しなきゃだね」

 

 あれこれ指示を出してから、自室へと舞い戻ってくる。この家は純和風造りの武家屋敷。学生が一人暮らしするには些か以上に大きい。だから、僕の根城である西側の洋室と居間以外の部屋の掃除はけっこうサボタージュ気味。でもそれは逆説的に僕の部屋の整理が隅々まで行き届いていることになる。……そう。どこのだれが見ても、完ッ璧にオンナノコの部屋だ。

 

「おきがえおきがえ、っと」

 

 部屋の鍵をちゃんと確認してから、着ているパジャマを脱いだ。姿見に映るのは華奢な身体。薄ら寒さで、つい反射的に胸元を掻き抱いた。気分がホッとしたり、ムズムズしたりでやるせない。

 誤魔化すように、ハンガーに掛かっている制服を手に取る。制服とは戦闘服だ。和久津智二等兵の主武装はシャツ、ブラウス、リボンタイ、そしてスカートから構成されている。

 

「僕はスカート、僕はスカート……」

 

“あなたは、スカートです”

 

 記憶の片隅にある亡き母の棚には、洗脳めいた胡乱な言葉がラベリングされていた。心のアルバムを開いても、帯にしっかりとレリーフ刻印されているから、その内母さんの事を思い返すたびに、条件反射でその言葉が口を衝いて出るようになるかもしれない。パブロフのスカートだ。こんな思いをするなら、いっそワンワンに生まれたかった。

 

「どんな悪いことしたら、畜生道に堕ちる羽目になるのやら」

 

 ささやかな愚痴も許されない、優等生の肩身の狭さを大いに味わう。そうしてブルーな気持ちに沈んでいると、二つ目のインターフォンが鳴った。いよいよ我が家の真の亭主のお出ましだ。制服はとっくのとうにバッチリ。さあ、さっさとあの肉食獣相手に、檻を開けて餌を与えてやらねば。

 

 

 

 今朝の献立は白米、長ネギの味噌汁、紅白膾、煮豆、ヒラメのムニエル。一汁三菜(無敵艦隊)の完成です。

 

「大豆、節分用に買いすぎちゃったんだよね」

 

 豆まきをやろうやろう、と急かしてきた元凶に意味ありげな視線を送りながら呟く。ちょっと反抗的な気分。

 

「もう、智ちゃんったらオッチョコチョイね。それでは、いっただきま~すっ!」

「……いただきます」

 

 後で食費の緊急徴収をしてやろうか。

 

「この煮豆、甘くないけど美味しいですね」

「醤油ベースで作ってみたの。ほら、二週間後には甘いイベントが控えてるわけだし……」

「あははっ、もうモテモテね、智ちゃん!」

 

 来たる14日には、日頃の感謝(恨み)を込めたプレゼント(テロ)トリュフ(カビた)チョコをくれてやろうか。

 

「桜の作ったムニエルもよく出来てるじゃない」

「あ、ありがとうございますっ。先輩にはまだまだ及びませんが……」

「おお、まるでヒラメが舌の上でシャッキリポンと踊っているようだわ……!」

「大河さん、さすがに焼き魚は踊らないよ」

 

 ごちそうさまでした。

 

 

 

 食後の皿洗い。僕と違って二人は部活動の朝練がある。そろそろ家から出ないと間に合わない時間だ。

 

「だから僕が一人でやっておくから大丈夫だって」

「いえいえ、これも後輩の務めですから」

 

 実に愛くるしいことを言ってくれる我が後輩。是非とも一家に一台欲しいところ。……手を動かしながら、なんとなく桜の肢体を眺めてしまう。最近ますます肉付きが良くなっている気がする。女性的な魅力に満ちた彼女の身体は、僕のソレとはあらゆる意味で正反対だ。目の毒なのは明らか。本能に生存欲求の力で抗っていると、

 

「そういえば先輩……まだ、弓道部に入ってくれる気にはなりませんか?」

 

 突然、新部員勧誘が始まった。シーズンからは二ヶ月くらいフライングしている。……まあ、彼女たちのコレは今に始まったことじゃないけど。

 

「前にも言ったでしょ? 僕はどの部活にも入る気はない、って」

「……その、わたしと一緒の部活はいやですか?」

 

 潤んだ眼で問い掛けてくる。先輩特攻持ちの攻撃は精神ダメージが深くなるから勘弁して欲しい。

 

「間桐は間桐でも、いやなのは間桐慎二くんの方」

「……あー、兄さん、ですか」

「捕まったら最期、シャバに帰ってこれなくなりそうで……」

「そう……ですね。ごめんなさい、兄がご迷惑をお掛けして……」

「……あの、ソコは否定してよ」

 

 本気で意気消沈している桜。……こんな時にこんな所でこんな姿になってほしくない。何故なら、僕の第六感が嵐の到来を予知したからだ。

 

「あーっ! 智ちゃんが桜ちゃんを泣かした! イーケないんだ、イケないんだぁ!」

「泣かしてませんっ! ……あの、泣いてないよね?」

 

 多分この人にはキッカケなんてなんでもいいんだろう。宣戦布告の合図とともに、前門の虎から波状攻撃が仕掛けられる。

 

「少しは桜ちゃんの頼みを聞いてあげたっていいじゃない。間桐くんなら、私もちゃんと見張っておくからさっ」

「部活はせめて文化系がいいのぉ!」

「どうやら悪魔文化部リーダーが酪農部の奥義、乳搾り(ハリ●ーンミキサー)を体験したいみたいね……」

「……あ、はい。僕、このまま帰宅部でいいや……」

「と・い・う・か! 智ちゃん! お姉ちゃんは不思議でなりませんっ!」

「……何が?」

「進路希望調査のコト! 葛木先生から訊いたわよ!」

「あー……」

 

 あの進路希望調査の紙、たしか就職希望って書いて提出したなぁ……。

 

「智ちゃんの成績なら上位の大学も狙えるでしょ? それに、お金のことなら遺産がバカみたいにあるんだから問題ないじゃない」

 

 勿体無い、と言わんばかりの大河さん。時として純然たる善意は、半端な悪意よりも人を傷つける。……だから、僕は傷跡に唾を付けて誤魔化した。

 

「……人より目立った生き方なんてしたくないんだ。どっかの事務員にでもなって周囲に埋没して暮らすのが、僕の夢」

「いやあ、ソレは無理があるでしょ」

「はい、先輩は美人さんですから」

「あーうー」

 

 人の夢と書いて儚い、とは誰から聞いた言葉だったか。天は二物を与えず。僕の人より恵まれた母親似の容姿は、僕を生かす才能であり、僕を縛る呪いとなっていた。サン(フ●ッ)キュー神さま。

 

 

 

「それではお邪魔しました、先輩」

「今日は夜も来るから、私たちより先に帰ってこれる?」

「万年帰宅部ですから、そこはご心配なく」

 

 六時半、弓道部に向かう二人を玄関で直接見送る。彼女たちはこの家の鍵を持ってないから、戸締まりは僕の役目だ。

 

「お弁当は持ったね。それじゃ、二人ともお達者で~」

「はい、先輩もまた後で」

「うう、智ちゃんってば意固地なんだから……」

 

 二人が屋敷から離れていく。いってらっしゃい、とは言わない。僕らは家族じゃないんだから、当たり前だ。僕と他人の間には超えてはならないラインがある。『KEEP OUT』のテープでぐるぐる巻きになっている物騒な境界線だ。

 誰もいなくなった玄関を、なんとはなしにツッカケを履いて外に出てみる。門を出て道の先を眺めてみれば、親指大の小さな人影が二つ。後ろを向いて表札を確認すれば、「衛宮」の二文字。

 ここの本来の家主は和久津智ではなく、衛宮切嗣だ。思えば僕同様、秘密の多い人だった。僕を引き取った時の魔法使い宣言は、哀れな三十路男の勲章という意味ではなく(というかあの時点ではギリギリ二十九歳だったからビックリ)、ほぼそのまま彼を言い表したものだった。

 正確には魔術師というらしい。色々お話を聞かせてもらった。僕のブルーブルーな事情を打破できる望みを託して。ま、ダメだったワケだけど。結果として残ったのは世界の裏側という日常生活に一切必要ない知識だけ。魔術そのものは最期まで習わなかった。彼自身僕を鍛えるのに乗り気ではなかったし、僕もそれ以上他人を踏み込ませるわけにはいかなかったからだ。

 養父――切嗣さん曰く、魔術師とは世間から隔絶された偏屈集団らしい。そう説いた切嗣さんも確かに中々のキワモノだった。でも、キワモノレベルで言えば少なくともレア度という点において、僕は彼以上だと自負する。

 魔術師はたとえ世間様に背を向けたキ印だとしても、徒党が組める。

 僕は違う。日常にも非日常にも溶け込めない純度100%の異物だ。

 この世界に、僕の同類はいない。

 

「僕の分のお弁当作ろ。……あと、お化粧も」

 

 

 

 ナイーブな思考と顔色はクリームファンデとパウダーにより隠蔽工作完了。胸元にはフローラル系のオードパルファム(香水)をさっと2、3プッシュ。これで何処に出しても恥ずかしくないオンナノコの完成だ。余暇に今朝の余り物でお弁当を用意したら、とうとう出荷のお時間です。

 家から学園まで三十分。走れば短縮できるけど、優等生サマはそんなはしたないことしないのだ。そんなこんなでぶらり登校徒歩の旅、放送時間を終えて無事校門に辿り着く。

 

「お、おはようございます、和久津先輩っ」

「おはよう、今日もいい天気だね」

 

 顔を紅潮させた見知らぬ生徒の挨拶に、思考停止のルーチンワーク。いい天気なもんか、なんだ今朝の気温の低さは、とは思うけど僕も相手も気に留めない。そんなことを男子にも女子にも数度繰り返して昇降口に。下駄箱を開けるとお手紙が四通。今日は平均より一つ多い。送り主は男子3:女子1。

 

「どっちでもうれしくない……」

 

 後で目立たないように捨てておこう。相手の心を鑑みれば、可哀想なコトをしてるかもしれない。でも、それよりもなによりも僕は自分の境遇が可哀想でならなかった。「憧れのお姉様」をわざわざ演じている身としてはツライところだ。

 

 

 

「お?」

 

 なにやら2-Aの教室が騒がしい。入る前に窓を覗くと〈探偵〉さんと〈パンサー〉さんが二人揃ってメタモルフォーゼしていた。すわ、何事かと訝しむ。さっそく教室に入ろう。

 

「さては遠坂嬢に何かやらかしたな、蒔! まさか彼女の目の前でストリップでも?」

「バッ……おま、フザケんな、メ鐘! あたしみたいな超絶美少女がそんなお色気攻撃したら、鉄の遠坂どころか金剛石の和久津ですら指先ひとつでダウンだろーが!」

 

 ……それはちょっと見てみた、ゲフンゲフン。事情を聞くにはヒートアップしている二人よりも、仲介役に徹している〈日だまり〉さんの方が相応しいか。

 

「おはようございます、三枝さん。そちらのお二人はいったいどうしたんですか?」

「あっ、おはようございます、和久津さん。……その、遠坂さんに遊びのお誘いを断られてしまって」

「は、はぁ……なるほど」

 

 この姦しい三人組に付けているアダ名は全部イメージ優先だ。

 氷室鐘は、探偵じみたマネをするから〈探偵〉さん。

 蒔寺楓は、「穂群の黒豹」と呼ばれ(たがっ)ているから〈パンサー〉さん。

 三枝由紀香は、ほんわかと暖かいから〈日だまり〉さん。

 実際に馴れ馴れしくそう呼んだりはしないけど、他にも印象深いクラスメイトには心のなかでアダ名を付けている。……もっとも、一人だけ例外がいるんだけども。

 

「おはようございます、遠坂さん」

 

 呼びかけに振り返る彼女。つられて揺れるツインテールが眩しい。

 

「おはようございます、和久津さん」

 

 美少女、遠坂凛。この学園におけるもう一人の「憧れのお姉様」だ。……正直、恐縮してしまう。僕なんかが、彼女と並び立って評されることに。

 

「遊びのお誘い、お断りしていたようですけど」

 

 話の取っ掛かりにと、先程の話題を持ってきてみる。確かに彼女はガードが固いほうだと思うけど、付き合いを全てあしらうような人ではなかったはずだから。

 

「ええ、残念だけど家の事情でして。なんでしたら、代わりにあなたが彼女達に付き合ってあげればどうかしら?」

「いえ、僕も都合が合いそうにないので……」

 

 まあ、ガード云々のことに関しては、僕も人の文句は一切言えないけど。

 

「おはよう遠坂、和久津。二人とも、間桐が迷惑かけて悪いね」

 

 と、そんなところへ割り込んで挨拶してきたのは〈女傑(美綴)〉さん。桜の兄、間桐慎二を僕に繰り出してくる弓道部主将(ワカメントレーナー)だ。

 

「おはようございます、美綴さん。……あの、そろそろ間桐くんのアレを止めて欲しいんですけど」

 

 ただでさえ他の生徒からのラブレターだの告白だのでまいってるのに、そこへあんな劇薬を投げ込んでくるのは本気で勘弁して欲しい。

 

「ほぉ~。ということはようやく観念してウチに来るってことね」

 

 ん? 会話が食い違っている気がする。

 

「……なんで、そういう話に?」

 

 疑問を投げかけると、〈女傑〉さんから返ってきたのは即死呪文だった。

 

「和久津。――――あんたがッ、弓道部に入るまで、間桐を止めないッ!」

 

 指差すその姿の背景に『ドォ――――ンッ!!』という文字を幻視する。

 

「えぇぇぇ……」

 

 そういう策略だったのか!? 見事に嵌められた! この鬼畜マユゲめ!

 

「あーうー」

 

 思わず呻き声をあげる。すると見ていられなくなったのか、遠坂さんがアドバイスをくれる。

 

「大丈夫よ、和久津さん。あんなの一度こっぴどくフッてしまえば、それまでなんですから」

「……そうしたいのは山々ですけど、なんだか嫌な予感がするので。それに……」

「それに?」

「間桐くんは人気者だから、その彼を恥ずかしい目に遭わせると皆さんから目の敵にされそうですし」

 

 正直何度言っても懲りないのだから、彼にはそろそろビンタの一発でもくれてやりたい。でも、それは僕の生存戦略に反する。“敵を作らず”、“誰とも必要以上に関わらない”。それが僕の優等生を演じている理由だ。

 

「周りの目なんて気にせずに、いっそスッパリと言った方が楽じゃないかしら?」

「遠坂さんみたいに強くないですから。僕には、こんな生き方しかできません」

「……そう、難儀な性分ですね」

 

 ……遠坂さんの言う通りだと思う。こんな生き方では将来肩こりと胃痛に悩まされるに違いない。

 そう。こういう目に遭う度、僕は彼女の何者にも侵されない強靭さに憧れを抱いてきた。

 

 

 

 

 お昼休み、〈日だまり〉さんが遠坂さんに特攻した。弁当箱片手に果敢に勝負を挑んでいる。

 

「うーん……たぶん無理だ。由紀っちは玉砕! かけてもいい」

「ならば私は成功するほうに美綴嬢の魂をかけよう! ……フフ、勝手すぎるかな?」

 

 横では〈パンサー〉さんと〈探偵〉さんが好き勝手言っている。とはいえ、これで下馬評は一対一。はてさて、結果は!

 

「あ! 玉砕したっぽい」

 

 残念でした。

 

「そもそも今の遠坂ん家は家政婦さん休んでるから弁当も持ってこないはずだぞ」

 

 家政婦(メイド)かぁ、さすがはお嬢様。なんとも優雅な暮らしっぷりに思いを馳せてみたりする。

 で、出鼻を挫かれ、トボトボと敗走してくる〈陽だまり〉さん。僕の目の前には、中身の詰まったお弁当。……なんだかなぁ。

 

「あの、三枝さん。 よろしければ、僕といっしょにお弁当を食べませんか?」

「……え? 和久津さん、いいんですかっ」

 

 パァっと顔が明るくなる〈日だまり〉さん。……うん、いっしょにお昼ごはんを囲うくらいなら問題無いだろう。

 

「オイオイ、思わぬ棚ボタだね、由紀っち。和久津ってば、飯時は救われなきゃダメ系女子だと思ってたから意外だよ」

「蒔、せっかく和久津嬢から誘ってくれたんだ。あまり失礼なことを言うでない。……まあ、珍しいのは確かだが」

「あ、あはは……。まあ、たまにはね」

 

 当然いつもの二人も寄ってくる。ただの気まぐれがこんな発展をするだなんて。

 

「それで、和久津嬢はどんな弁当を用意してきたんだ? 非常に興味が唆られるのだが」

「別に大したものじゃないですよ。朝のヒラメが余ってたので即席漬けにして……」

 

 それとライスに適当な葉物。後、大豆。今度はひじきと和えてみました。

 

「ほほう、手堅くまとまっているな。どれ、訊いたからには私も見せねばなるまい」

 

 そう言って〈探偵〉さんが最初に取り出したのは保温ポット。中を覗くと、温かいスープが入れてある。ランチボックスにはパンと野菜がオシャレに詰まっていた。

 

「わあ、キュイジーヌ」

「ポトフ、人参のグラッセ、バゲットといったところだ。……立派なのは見て呉れだけで、味は普通だがな」

 

 去年の調理実習を思い出す。確か〈探偵〉さんの得意分野はフレンチだったっけ。

 

「あ、悪魔風とかカエルとか脳みそじゃない……だと……!?」

「フランス料理の知識が一年前から凍結してやいまいか、蒔。そういう汝はどうなのだ?」

「栗ごはんにきんぴら、後はぶりの照り焼きだな。氷室と違って激ウマだぞ」

 

 そうそう、〈パンサー〉さんは実家が意外にも呉服屋なのも相まって、実は和の鉄人だったりする。ほんと、人は見かけによらないモノだとしみじみ思う。

 

「あっ、わたしはね、アジフライと切り干し大根を乗せたのり弁当だよ」

 

 対する〈日だまり〉さんは期待を裏切らない昭和テイスト。横に備えてある、魚を模したプラスチックの醤油差しも芸術点が高い。

 

「みなさん、今日はご自分でお弁当を用意したんですね。それに比べると今日の僕のモノは見劣りしてて……」

「なに、今日はたまたま私自身の手が空いていたから張り切っただけで、普段は母に頼りきりだ。一人暮らしなのに律儀に弁当を作る和久津嬢には及ばんさ」

「わたしも弟たちのお弁当作ってるけど、お料理も身だしなみもしっかり両立する和久津さんはすごいよね」

「ホント、由紀っちといい勝負だよ、和久津。それでいて垢抜けてるんだからオトコ共が寄ってくるのもやむなしってカンジ」

「……ありがとう、ございます」

 

 最後が余計です、〈パンサー〉さん。

 

 

 

「あーそうそう。さっき遠坂にも聞いたんだけどさ、和久津は今月空いてる日ある?」

 

 食後のクールタイム、〈パンサー〉さんが尋ねてきた。こういう時、返す言葉はいつも決まっている。

 

「……ごめんなさい、しばらく予定の空いている日はなくて」

「そ、そうだよね……こっちこそごめんなさい、和久津さん」

「ですよねー。ま、和久津の付き合いの悪さは、遠坂と違って今に始まったコトじゃないし」

「だから蒔の字、失礼な事は言うなと。……ああ、すまんな和久津嬢。コイツが余計な一言を言ってしまって」

「いえいえ、蒔寺さんの言うとおりですから……」

 

 そう、僕に他人とプライベートを共有するつもりは一切ない。だから申し訳無さでいっぱいになる。だって僕がこれから彼女たちに掛ける言葉は「もう誘うな」なんて刺々しいモノではなく、

 

「よかったら、またお声掛け下さいね」

 

 その気もないのに相手に期待だけさせるお茶濁しなのだから。

 

 

 

 

「ではHRを終了する。日直は日誌と戸締りの確認を。部活動のない生徒は速やかに帰宅するように」

 

 終業のチャイム音よりも無機質な葛木先生の声が教室に響き渡る。お気楽な我が校風だけど、それとは反りが合わなそうなこの教師に一目置く生徒は意外と多い。かくいう僕も、基本こちらへ不干渉の彼には大いに助かっている。

 

「遠坂、もう帰んの?」

「ええ。また間桐くんに捕まるのも面倒だもの」

 

 傍では言葉を交わす〈女傑〉さんと遠坂さん。どうやら遠坂さんも彼には悩まされているらしい。

 

「いんや、しばらくは間桐もアンタに粉かけたりしないよ。()()()には、ね」

「……え? え?」

 

 なんでそこで僕を見るんデスカ?

 

「いやあ、間桐ったら遠坂にフラれた時に変なスイッチ押されたみたいでね。まずは和久津から攻略してやる! ……とかなんとか」

「――――」

 

 あーあーあーあーあー。ショート寸前の脳がゲームのRTA走者がつける主人公の名前みたいな文字を出力していく。いったい何だってこんな目に――――

 

「フラれた相手にターゲット絞れとか言われたら、そりゃあんなことにもなるさ」

 

 下手人、特定完了。

 

「遠坂さああああん!!」

「まあまあ。逆に考えてみて、和久津さん。あの間桐くんだって、軟派な性根が改善されればイイ男でしょう?」

「そういう問題じゃないのぉ!」

 

 あんなのはデッドボールもいいところだ。よしんば性格がマシになったとしても最大の問題が残っている。

 

「う~ん、仮に一皮剥けた間桐が無理となると……もしかして和久津ってソッチの気が?」

「ないですないです、ありません」

 

 正真正銘、天地神明に誓って異性愛者です。

 

「……帰ります、最速で」

 

 送り狼には常に警戒度MAXなのが僕だ。

 

「そのほうがいいな。間桐にエンカウントしないのを祈るよ」

「ごきげんよう、和久津さん」

 

 恨み言の一つでも言ってやりたいけど、背に腹は代えられない。

 

「はい。ごきげんよう、遠坂さん。美綴さん」

 

 下手に走れば目立ってしまって逆効果だ。いざとなればダンボールを被るぐらいの覚悟で臨まなければ。

 

 

 

 三十分経過。周囲の標識には深山町北■丁目と書かれている。そして一人。ミッションコンプリート。

 

「こちら和久津智。敵を撒いた、これより帰還する」

 

 有名なゲームを真似てボソッと独り言。ダンディな声にならなくて悔しかったり。いや、なったらなったでオンナノコとして問題なんだけど。

 ひとり虚しい遊びを繰り広げる帰り道、その終着には和の邸宅に似つかわしくない者が立っていた。

 

「……あの、どうしたのかな? ここは僕の家なんだけど」

 

 銀髪と赤眼。なんとも現実離れした容姿を持つ女の子。そんなお人形さんの口が開く。

 

「お姉ちゃん。あなたも()()()なの?」

 

 表札を指差しながら問う彼女。そこには「衛宮」の二文字。

 

「ううん、違うよ。僕は和久津。和久津智っていうんだ」

 

 そう。僕の家族は十年前に死んだあの人たちだけ。僕には「衛宮」を名乗る気も資格もない。

 

「ふぅん……。ワクツトモ、っていうのね。わたしはイリヤ。あなたとは赤の他人よ」

「見ればわかります」

 

 なんだろう、若干電波のかほりが漂ってきた。早く親御さんに保護してもらいたい心境だ。

 

「お姉ちゃんじゃないの、ね……。そう、なら……」

「あのー大丈夫? 近くにお母さんかお父さんはいなかったりしない?」

 

 何事かブツブツと呟くイリヤちゃん(推定八、九歳)を見てますます不安になってくる。一刻も早くこの子を迎えに来て欲しい。

 

「いないよ。誰もいないの。トモもそうでしょう?」

「え、あ、うん」

 

 つい反射的に返してしまう。……いや、こんな小さな子を野放しって普通に考えてダメだろ。

 

「ふふっ、心配しなくても迎えなら来るよ。ほら」

「あっ……」

「お嬢様、お迎えに上がりました」

 

 イリヤの言葉と同時に、彼女に似た女性が現れた。たぶん親戚の保護者なのだろう。……それにしては仰々しい服装と言葉遣いだけど。

 そんなことを思っていると、件の女性に睨まれた。思考が顔に出てしまったのかもしれない。

 

「……お嬢様。その者は衛宮の娘ですか?」

「違うよ、セラ。彼女はワクツトモ。キリツグとは関係ないみたい」

「そう、ですか……。では和久津様、お嬢様がお世話になりました」

 

 セラと呼ばれた女性が、イリヤを連れて去っていく。帰り際にこちらに手をブンブン振るイリヤ。お返しに、と僕も手を振ってみる。すると顔を綻ばせるイリヤ。そんなやり取りをしていたら、いつの間にか姿が見えなくなってしまった。

 

「……なんだったんだろう」

 

 謎の少女、イリヤ。かわいい女の子だった。どうやら切嗣さんと関わりがあったみたいだけど、僕には検討もつかない。……当たり前か。僕たちは互いに一定の線引きをしていた。彼が僕の事情に踏み込まなかったように、僕も彼の内情をほとんど知らない。やっぱり僕らは家族でもなんでもない。今までだってそれは自覚していた。でも、他人からそれを指摘されるのは多少なりとも心に影を落とす。僕らの五年間はいったい何だったのか、と。

 

「てきとーにカレーでいいや……」

 

 今日の気分じゃオシャレな料理は作れそうにない。〈女傑〉さんお得意の大量生産料理にしよう。

 

 

 

 

「あー美味しかった! ごちそうさま~」

「ごちそうさまでした、先輩」

「うん、お粗末さまでした」

 

 じっくりコトコト一〇〇時間かけて煮込んだカレー(製作期間、二時間)を食べ終わる。大河さんの舌は騙し通せたみたいでなにより。

 

「それじゃあ僕はお風呂沸かすから、今日はお開きってことで」

「えー、お姉ちゃんもっとゆっくりしてたいなぁ~」

「ダメダメ、桜送っていくんだから遅くなっちゃマズイでしょ?」

「それだと帰りはひとりかぁ……。あっそうだ、智ちゃんもいっしょに送ってかないっ?」

「話、聞いてたの? お風呂見張ってなきゃだし、そもそも今の間桐くんに近づきたくないから」

「ブーブー」

 

 説き伏せが難航する。この虎、一休さんが縛ってくれたりしないだろうか。

 

「藤村先生、先輩もお困りのようですし早くお暇しましょう」

「う~ん、桜ちゃんがそう言うなら……」

 

 ようやく引き下がってくれる。強情な大河さんも、可愛がっている桜には逆らえないようだ。

 

 

 

「それでは先輩、おやすみなさい」

「またね~、智ちゃん」

「はい、二人ともおやすみなさい。気をつけてね」

 

 玄関で彼女たちを見送る。戸と鍵を閉めて、

 

「はぁふ……」

 

 ホッと溜息をひとつ。幸せが逃げていくと言われているけど、僕から逃げていくはずの幸せはとっくの昔にスッカラカンだから無問題。それよりもやっと一人きりになれたことの方が重要だ。誰かが家にいたんじゃ、おちおちお風呂に入ることもできやしない。居間からタイマーの音が聞こえてくる。どうやら沸いたらしい。

 

 

 

 脱衣場へ行く。誰もいないのを改めて確認してから服を脱ぎ始める。ブラウス、タイ、スカート、シャツの順にパージすれば着ているものはキャミソール、ショーツとそれを隠すために履いているブルマだけ。ブルマを脱ぐ。中身はかわいらしい女性下着、けれど中心部に違和感が見える。キャミを脱ぐ。ブラも付けていない胸は起伏なしのまっ平ら。だいたいこの辺りで他人に見られると人生終了だ。ショーツを脱ぐ。違和感が遂に白日の下に晒される。

 「和久津智」。性別は()()と各種公共機関に保証されている。どの書類を漁ろうと、ボロが出るなんてことはない。そう、誤魔化しきれないのは身体の方だ。鏡に映る華奢な姿。手足はほっそりとしているし、肩幅も狭い。髪を伸ばした僕の見た目は疑う余地なくオンナノコ、ある二点を除いては。無意識に胸と股間を隠していた腕を下ろす。

 胸。無い。何も無い。貧乳だとか無乳だとかAAAとかそういう次元じゃない。僕のはオッパイではなく胸板だ。

 股間。そこには本来あってはならないモノが揺れている。工事したとか生えただとかそういうファンタジーじゃない。100%天然産だ。

 これこそが優等生という仮面で覆っていた、死ぬまで隠し通さなければならない僕の呪い。

 

 

 

 

 

           ――――実は僕、男の子だったのです――――

 

 

 

 

 




はい、ようやく主人公視点です。
この子、士郎と比べて周囲との距離感ありまくりですが、原作の智ちん見たらまだコッチの方が人付き合いがある不思議。この辺りの描写は、書きたくて書きたくないジレンマに襲われました。
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