運命は呪いを喚ぶ   作:ポリウー

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 黒いのは、嫌いだ。


2月1日:UNREST

「黒いのが! 黒いのがいるよ!」

 

 とある街、とある一室で僕は何事か喚いていた。それが何時の話かはもはや定かではない。だって、眼に映る全ては僕の根源的恐怖そのものだから。

 

「あなた……この子、呪いを……!」

「智、しっかりしろ! 智!」

 

 そう、呪いだ。僕はその頃呪いを踏んだ。だからこれは当然の対価。

 黒。黒。黒。そこかしこから滲み出るソレが僕の視界を埋めていく。

 

「しっかりして智! もう大丈夫よ! 大丈夫だから!」

「この子に死なれるわけにはいかない」

 

 僕に呼びかける二つの懐かしい声色。安堵には程遠い。けれど、それでも必死に手を伸ばす。助けて欲しい、救って欲しいと想いを込めて。すると願いが聞き届けられたのか、僕の手が何かを掴んだ。

 

 

 

 

 ナニカ。それは、黒い――――■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

「黒いのがいるよ!」

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 

「黒いのがぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

 ――――夢を視ていた。

 

「はぁ、はぁ…………!」

 

 今では思い返すことも少ない、当時のトラウマ。だってのに深層心理にしっかりと根付いているのだから困りものだ。

 

「……今、何時……?」

 

 携帯には午前五時三十二分と表記されている。アラームが鳴った形跡はない。こんな早くにセットしてないんだから当たり前だ。汗で張り付くパジャマが気持ち悪い。桜たちが来る前にシャワーだけでも浴びよう。

 

「……ん? なに、これ……?」

 

 

 

「おはようございます、先輩。今朝はどうしますか?」

 

 カラスの行水を済ませて迎え入れた桜に尋ねられる。

 

「昨日のカレーが残ってるよね。食べきっちゃおうか」

「ならわたしは付け合せにサラダでも作りますね」

「うん、お願い。僕はお皿並べとくから」

 

 食器棚から三人分のお皿を取り出し、ご飯を盛っていく。そうして桜の目の前に置いた時、彼女が気付いた。

 

「――――先輩、その右手……!」

「……あちゃー、やっぱ気が付いちゃうか」

 

 それは痣だ。右手を注視すれば確かに血が滲んだような痕がある。シャワーの前に見つけたけれど、いくらゴシゴシ擦っても消えない。これで右腕を晒す気が()()()()失せた。

 

「そん、な……先輩が、どうし、て――――」

「う~ん……寝てる間にどこかにぶつけたのかな。今朝は嫌な夢も見たし」

 

 ふと前を向くと、桜の顔がすっかり青ざめていた。そんなに痛々しく見えるだろうか。

 

「あっ、大丈夫だよ。痛みは全然ないし、こんなの湿布と包帯ですぐ治るから」

 

 心配のされすぎで病院に担ぎ込まれるのはなんとしてでも阻止するつもりだ。検診結果で性別がバレた、なんて冗談でも笑えない。

 

「だから、ね。騒ぎ立てるほどのモノじゃないし、気にしないで」

「……わかりました。先輩がそう言うなら……」

 

 その後の朝食、健啖家の桜にしては珍しく食事にほとんど手を付けなかった。何だかこっちまで申し訳ない気持ちになる。何か埋め合わせをしなければ。

 

 

 

 あっという間に時は過ぎ、放課後。こちらも珍しいことに遠坂さんがお休みした2-Aの教室では、いつもの三人組と〈女傑〉さんが遊びの予定を話し合っていた。

 

「映画の日か……。今日は帰りに何か見て帰るかね?」

「ハイハイ! 『シャークラーケン』がいいと思います!」

「無論却下だ。蒔の字はやはり当てにならんな。美綴嬢、何かオススメの一本はないだろうか?」

「それならエジソンの映画が来てるぞ」

「おお! 偉大な発明王の伝記物語か!」

「いや。発明品と電気魔法〈直流〉を駆使して、悪の天才ニコラ・テスラと戦うバトル巨編!」

「かなり、どうかと、思う」

 

 ガールズ(?)トークに花を咲かせる四人。このまま居残ったら巻き込まれてしまいかねない。さっさとお暇しよう。

 

「みなさん、ごきげんよう」

 

 返事がないくらい白熱している。注目されないのはいいことだ。では、このまま帰ろうか――――と考えて、歩む方向を変える。行き先は一年の教室。

 

 

 

「桜」

「先輩……?」

 

 果たして目当ての女の子は自身の教室に居た。一人きりで。

 

「やっぱり、元気ないね。今日は部活休んじゃう?」

「……大丈夫、です。あそこには兄さんがいますから」

「……間桐くん、か」

 

 兄を呼ぶ桜の顔が陰る。直接事情を訊いたことはないけど、さすがに兄弟の仲が良くないことくらいは察している。僕が彼を毛嫌いしている一番の理由は、僕が桜の味方側に立っているからだ。

 だから、プチ仕返し。

 

「ねえ桜」

「なんですか、先輩? わたし、そろそろ行かな」

「部活、サボっちゃお?」

「くちゃ……――――え?」

 

 口を可愛らしく開けて惚けた顔。そんな表情を見るのは一日ぶりだ。

 

「そろそろ春物を揃えたいんだけどさ、見ての通り怪我してるでしょ、今の僕。――――だから、桜には僕の荷物持ちを命じる!」

「え? ……えーーーっ!?」

「先輩の言うことは絶対! 問答無用っ!」

 

 そう言って包帯を巻いた右手で桜を引き摺る。春物も怪我も全部方便だ。落ち込んだ彼女を元気づけるには無理やり連れ回すくらいがちょうどいい。心のなかで〈女傑〉さんに詫びながら校舎を出る。あと、間桐くんにも一言こっそり告げておこう。

 

「あっかんべーっ、だ」

 

 思えば、僕たちが知り合った三年前もこんな感じだったな。

 

 

 

 

 学園からバスで新都に一直線。そこからヴェルデへ徒歩で。ショッピングモールであるここには、大抵の店が揃っている。とりあえずは宣言通り服屋さんへ。店先を冷やかしながら、気になったお店に入ってみる。当然進むのはレディースのエリア。お隣の紳士服売場が視界に入ると、何となくもにょる。

 

「先輩はどんなのにするつもりですか?」

「……フェミニン、かなあ」

「やっぱり。先輩はいつもそんなコーデですよね。すごく似合ってると思います」

「は、はは……ありがと」

 

 人を騙すにはまず第一印象から。性別を騙るにはまず髪型と服装を整えなければならない。生まれてこのかた伸ばし続けている自慢の長髪、女の子女の子なゆるふわ系ファッションで世間様の目から隠れる日々だ。穿くのは亡き母の言いつけ通りいつもスカート。パンツルックはよっぽどの事情がない限り選択肢にあがらない。とりあえず適当なトップスやフレアスカート、ワンピースを数着。出費を気にしなくていいのは唯一の救いだ。

 

「そうだ、せっかくだから桜にも何か買ってあげるよ」

「いえ、そんなっ。先輩に迷惑はかけられません」

「迷惑掛けたのは僕の方だし。ま、ここは一つお詫びってことで」

 

 そうして桜を着せ替え人形にしていく。僕と同じような清楚系ファッションが似合う桜。違う点といえば、やはり胸のボリュームか。

 

「桜って最近どんどん胸が大きくなるからいいよね。……僕と違って」

 

 セクハラにしか聞こえない言葉。男が女に言ったらアウトだけど、女同士で言えば単なる戯れだ。……いやまあ、僕らの関係は実際のところ前者なんだけど。

 

「だ、大丈夫ですよ! 先輩は今のままが一番ですから!」

「同情するなら胸肉をくれ!」

 

 正直、自分の胸のサイズとかどうでもいい。あくまでこれは「僕は貧乳で、そのことについてコンプレックスを持ってます」というアピールでしかない。ブラもパッドも付けない僕のささやかな矜持を守るために吐いている嘘だ。

 

「あ、これなんてどうかな。白のワンピース。ちょっと着てみて」

 

 目ぼしい服を取り、試着させてみる。カーテンを閉じた向こう側から聴こえる布の擦れる音が艶めかしい。数瞬後――――

 

「どう、ですか先輩? わたしは大丈夫だと思いますけど……」

「……いい。すごく似合ってるよ、桜」

 

 ロング丈の白いワンピースを身にまとった彼女からは、清楚で侵しがたい印象を受けた。やっぱり桜は美人さんだ。

 

 

 

「本当に、ありがとうございます。先輩っ」

「うんうん、やっぱり桜は笑ってるのが一番だね」

 

 元の制服に戻った彼女のはにかむ顔からは、さっきまでの暗い影が完全に拭い去られていた。互いに買い物袋をぶら下げて歩く夜。もう七時を過ぎているし、次は夕食を食べに行こうか。大河さんには今夜は留守だと連絡してあるから来ないだろうし、問題無いだろう。

 

「結構混んでるね。ピークタイムなのかな」

 

 チェーンのファミレスはかなり混雑していた。入り口に人が並んでない以上、入ることはできるだろうけど……。

 

「申し訳ありません。只今のお時間ですと、ご相席となりますがよろしいでしょうか?」

 

 案の定。桜に目を配ると頷き返される。店員さんに大丈夫だという旨を伝えて奥の席に案内されると、そこのテーブルにはターミ●ーターみたいな人がいた。

 

「――――」

 

 訂正。ター●ネーターがいた。

 

「お、お客様! 只今大変混み合っているので他のお客様とのご相席となりますがよろしいでしょうかっ」

「おう、構わねぇよ」

「お、お邪魔しますね……」

「ああ。お嬢さん方、俺のことはいないもんだと思って気にしないでくれ」

 

 ――――無理に決まってるだろッッッ!!!

 漆黒のサングラスとジャケットで身を固めた、ごつい図体の男。恐ろしく不似合いな笑顔を浮かべたスカーフェイスが眩しく輝いている。

 

「藤村組でもここまでスゴイ人はめったにいないかも……」

 

 大河さんのご実家、藤村組は市内で幅を利かせている某自由業社だ。以前一度お邪魔した時に危険なカンジの漢たちが沢山いたのを覚えているけど、目の前の漢は下手すればヘッドの雷画さんレベルの威圧感を放っている。店員さんがビビりまくりなのも納得だ。

 

「と、とりあえず何か注文しましょう先輩っ」

「そ、そうだねっ。僕はコレにしようかな。桜は何にする?」

 

 殺戮マシーン(仮)を視界から追い出して、二人でメニューをにらめっこする。桜がハンバーグセット、僕がアラビアータを注文して、メニューを店員さんに預けると、クリアになった視界にはHe is back(漢が戻る).

 

「……僕たちに、何か?」

「あ、いや悪い悪い。微笑ましい光景だもんで、つい見入っちまった」

 

 そう言って笑いかけてくる。見た目は著しく物騒だけど、案外気さくな人かもしれない。そんな風に認識を改めていると、どこからともなくバイブ音がする。僕のでもないし、桜のでもなさそうだ。ジャケットに手を突っ込む姿を見ると、どうやらこの人の携帯らしい。

 

「……あの野郎、何考えてやがる」

 

 着信画面を見て膠着している。携帯を持って一旦外に離脱しようにもこの人混みでは容易に抜け出せまい。

 

「あ、出ても大丈夫ですよ。気にしませんから」

「ああ、すまんな……ったく」

 

 逡巡から抜けだして通話ボタンをプッシュした。いったいどんな会話をするつもりなのか、少し気になって聞き耳を立ててみる。

 

「……おい、さっき呼んだのに無視しやがったな、お前。それどころかコッチの方に連絡寄越すとか何考えてんだ。俺の方はな、さっき重要な情報を……ああ、…………ああ、…………あ?」

 

『もうボク我慢できないよ! 早く来』

 

 

 

 携帯を閉じたその顔は、まさに修羅だ。というか修羅場だ。さっきの彼の言動といい、通話を切る間際に聴こえた女性の声といい、どう考えても……。

 

「あの……失礼ですけど、あまりふしだらな関係は控えた方が……」

「違ェよッ!? そんなんじゃねえよ! ああ、頭痛くなってきた……」

 

 「もしかしたらいい人かもしれない」度が急降下した。まあ、人間そんなものだろう。

 

 

 

 

 おっかない人のおかしな姿が記憶に新しい八時過ぎ、買うものもなくなったので連行作戦はお開きにする。

 

「それじゃ帰ろっか、桜」

「そうですね。これ以上遅くなったら、兄さんに更に怒られちゃいます」

 

 そう言っておどけてみせる桜。気力も十分に回復したようで何より。

 ヴェルデを出る。未だ照明の消えない街中では、いろんな国籍を含めた人が行き来している。外国人も冬木では珍しくない。例えば今目の前から歩いてくる白人の青年だって、ビジュアルが飛び抜けて良いこと以外はよくいる通行人だ。だから僕は気にも留めないで歩いた。

 

「――――どうして、あなたがいるんですか」

 

 桜には、どうやら違って見えたようだ。

 

「今更なんで出てきたんですか。わたしは、わたし、は――――」

「ちょっ、ちょっと桜? この人がどうかしたの?」

 

 桜の様子が明らかにおかしい。さっきまで活発な表情を見せていた顔は、今朝のようにまたもや青ざめている。発端はどう考えても目の前の外人だ。でも、そんな彼の反応は、

 

「だ、大丈夫ですか? 僕はいったいどんな失礼をしてしまったのでしょう?」

 

 落ち着かない桜を見て、心配そうに見つめていた。流暢な日本語を話す、見た目通りの好青年だ。少なくとも桜を泣かすような人格ではないだろう。

 

「……あの、この子のお知り合いですか?」

「いえ、初対面のはずですが……」

 

 困惑したまま話す青年。嘘を吐いてるようには見えない。……とりあえずこの場を取り繕っておかなくちゃ。

 

「すみません、彼女が失礼しましたっ」

 

 頭を下げて、混乱中の桜の手を握る。あまりこんな珍事を他人に見られたくない。相手が怒らないうちにさっさと帰宅しよう。

 

「いえ、お気になさらず。そこの彼女もお大事に」

 

 突然意味不明なコトを言われたにも関わらず、彼は嫌そうな顔ひとつせず、こちらに笑いかけてくる。こういう心優しい人間が出来たヒトを、世間では紳士と呼ぶのかもしれない。

 

 

 

 

 結局、新都からのバスを降りて間桐のお家に辿り着くまで、桜の顔色は戻らなかった。

 

「昔の知り合いにそっくりで、つい驚いちゃったんです。先輩にはご迷惑をお掛けしました」

 

 別れ際にそう言って頭を下げる桜。もっと問い質そうと思ったら、間の悪いことに門の向こうから扉の開く音が聴こえてきた。

 

「それじゃ桜、また明日っ」

 

 返事も聞かずに飛び出す。やっぱり間桐くんには近づきたくない。

 

 

 

 

 家に着くと同時に、携帯に着信アリ。大河さんからだ。

 

「もしもし、今日は晩ごはん作れなくてごめんね」

『ううん、いいのよ智ちゃん。それに、明日もソッチに行けなくなりそうだし……』

「…………?」

 

 なんだかいつものうるさいくらいのテンションが行方不明だ。大河さんにしては珍しい。

 

「……何かあったの?」

『……う~ん、遅かれ早かれバレるんだし、いっか。ちょっとニュース点けてみて』

 

 言われた通り、居間のテレビを点けて、ニュース番組にチャンネルを合わせる。ちょうどローカルニュースの時間にシフトしていたその番組で、この地域お馴染みのキャスターが口を開いた。

 

『――――本日午後八時頃、冬木市にて指定暴力団藤村組の構成員■■■■氏が遺体で発見されました。遺体には刺し傷があり、現在県警が犯人を追って捜査中とのことです――――』

 

「大河さん、これって……」

『見た? そういうことよ。色々悪どいことに手を染めてたみたいだから、こんな目にあっても文句は言えない人だったけど、それでもウチの仲間だからね。忙しくて明日はたぶん顔出せないと思うわ』

「まさか大河さん、敵討ちに行くつもりじゃ……」

『ないわよっ。少なくとも私は葬儀の準備があるから違うわ!』

 

 それってつまり他の組の人は報復に……。

 

「まあ、わかったよ。大河さんならたぶん狙われても返り討ちにできると思うけど、一応夜道とかは気をつけてね」

『智ちゃんも気をつけるのよ。これから冬木も物騒になりそうだもの』

 

 通話を切る。原因の関係者が何を言っているんだと思うけど、彼女の言葉は否定できない。

 なんとなく、予感がする。非日常の到来を。呪いの足音を。

 せめて願う。僕のこれからの未来に――――

 

 

                “安息が訪れますように”

 

 

 誰かの声が聴こえた気がした。懐かしいようで聞き覚えのない不思議な声だった。




今回もいろんな要素をぶっこんでみました。桜の白いワンピースは映画のキービジュアルが元ネタです。
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