運命は呪いを喚ぶ   作:ポリウー

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 僕一人が呪われている。そういう運命だと悟ったつもりでいる。


2月2日:Fate/cursed one

「…………ぁぅ」

 

 また悪夢を視た。追いかけっこの最後に殺されるなんて、我ながらなんて夢のないオチだろう。そんなラストのインパクトのせいで、元がどんな夢だったか忘れてしまった。妙にリアルな光景だった気もするけど……。

 

「ま、いっか。起きよ起きよ」

 

 たしか今日は大河さん来れないんだっけ。

 いつも通りの癖で携帯を手繰ると、新着メールが一件。桜からだ。どうやら今週の土日は来れないらしい。そういえば本日は土曜日だ。ということは、今朝は一人で過ごすことになる。起きがけにバタバタする必要がない感覚は久々だ。寝ぼけて隙を晒す、なんてピンチの発生確率が0%なのは素直に素晴らしいと思う。

 緩慢な足運びでキッチンに向かいながら、ここにいない二人のことを思い返してみる。そもそも彼女たちが我が家に押し掛けるようになったのはいつ頃からだろう。

 大河さんは僕と切嗣さんがこの屋敷に住むようになってからすぐに入り浸っていた。彼女のご実家の伝手でここを貰い受けたのだから、それがキッカケだったのだろう。当時女子高生だった大河さんは、アラサーの危うい魅力にコロッといってしまったらしい。対する切嗣さんも彼女をよく甘やかしていた。理由を問えば、初恋の女性に似ていたからだという。彼に不似合いなセンチメンタリズムにププッと笑ってしまったのは、今思えば失礼だったろうか。

 桜の方は――――

 

「あっ、焼けたみたい」

 

 五年前から愛用しているポップアップトースターからパンが飛び出してくる。一人暮らしが始まるにあたって衝動買いした燻し銀のにくいヤツだ。ジャムを塗り、片手間に作ったハムエッグを添えて完成。人に食べてもらうモノでもないし、朝は簡素に済ませる。土曜は午前で授業が終わるからお弁当も必要なし。怠惰な週末を有意義に満喫しよう。

 

 

 

 余裕たっぷりに家を出て校門にたどり着いた七時四十五分。付近に設置されている掲示板では異様な光景が広がっていた。

 

『ハンガリーから堂々来日! 期待の超新星アイドル、2月2日19時より穂群原学園体育館にて怒濤のゲリラライブ開催! この瞬間を見逃すな!!』

 

「うわぁ……」

 

 アポとか取って……ないんだろうなぁ、コレ。何故異国からわざわざ日本の我が校にアイドルがやって来るというのか。所業を見るに偶像(アイドル)というより掟破りの馬鹿(ロックスター)って気がする。可愛らしいドラゴンが描かれたチラシ。十中八九イタズラだろうけど、それを踏まえてもなお多くの注目を集めていた。

 

 

 

 朝の教室。ここでも先程のアレが議論の的になっていた。ここまで話題になればイタズラの犯人さんも本望だろう。

 

「ハンガリーといえばバートリ・エルジェーベトが有名だな、リアル残虐超人として」

「蒔ちゃん、もうちょっと言い方変えようよ……。ほら、吸血鬼カーミラのモデルになったとかさ」

「科学の視点で見ると特にコンピュータの分野で知られている。後はたしかルービックキューブの開発元でもあったか。和久津嬢、他にも何か知らないかね?」

 

 〈パンサー〉さんが歴史、〈日だまり〉さんが文学、〈探偵〉さんが科学と、それぞれ得意分野のウンチクを語っている。次は僕の番だ。ここは趣味の料理関係で攻めてみよう。

 

「そうですね……三大珍味のフォアグラといえばフランスが挙げられるけど、実はハンガリーもフォアグラの消費量がフランスに次いで多いくらい伝統があるんですよ。最近では鳥インフルエンザの影響で、日本で食べられるフォアグラもハンガリー産にシフトしましたし」

「なるほど。そういえばフランス産のフォアグラも、実際は大半がハンガリーで飼育されたガチョウやカモから作られたモノだと聞いたことがあるな」

 

 フランス料理好きの〈探偵〉さんが食いつく。そんなこんなでオンナノコに相応しいお話に興じていると、

 

「……おはようございます」

 

 一昨日ぶりに遠坂さんが教室に入る。若干元気がないのを見ると、やはり昨日は体調が悪かったのだろうか、と訝しんでいると、

 

「おはようございます、遠坂さんっ。……ところでその」

「おはようございます、三枝さん。どうかしましたか?」

「後ろの男の人は知り合いですか?」

 

 〈日だまり〉さんが意味不明なコトを言い出した。だってそうだろう、彼女の後ろには誰も――――

 

「ちょっ、由紀っち!? 季節外れの怪談はもうお腹いっぱいだって!」

「こ、公園の時の天丼はよせ由紀香! 笑えん冗談だ!」

 

 え、なに、まさか――――そうなの? 〈日だまり〉さんってみえるひとなの?

 

「あの、今しゃべ」

「しゅ、守護霊でもいるのかしら? わたしにはさっぱりだけど不思議な話ね」

「?」

 

 遠坂さんが露骨にビビっている。もしやとは思うが、遠坂さんの不調の原因って、そういうよくないモノに憑かれてるからじゃ……。遠坂さんは見て分かる通り美人だ。付け加えて言うなら、言いたいことはキッパリと言うタイプの美人さんだ。善人なのは確かだけど、逆恨みの相手には事欠かないだろう。最近なら間桐くんの件とか。うっかり“そっち”の道に住む人種の恨みでも買って、呪いでもかけられたのかも。変な知識だけはあるくせに、僕にはどうすることも出来ない。こういうのを無用の長物と言うのだろう。

 

「おかしいなぁ……和久津さんにもあのヒト、見えなかったですか?」

「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ……」

 

 結局僕に出来るのは対霊汎用呪文を唱えることだけ。どうか杞憂でありますように。そんな僕のカタチだけの念仏に遠坂さんが反応した。その眼が僕の右手に向けられる。包帯で巻かれたソレを見て、彼女は心配そうに言った。

 

「……和久津さん? その手、怪我でもしたのかしら?」

「あ、コレですか? それが僕も気付かないうちに痣が出来ていまして」

 

 昨日の朝、前触れもなく現れた痣だ。結局一夜経っても消えはしなかった。()()()ならまだしも、こうも見えやすい場所だとやはり人の視線が気になってしまう。早く引いてくれやしないだろうか。

 

「痛みはしないかしら? 念のため病院へ行ったほうがいいわよ」

「だ、大丈夫ですから。心配いりませんからっ」

 

 その選択肢こそ命に関わるので勘弁してください。僕が鉄壁の意思を貫くと、遠坂さんも話題を変えてくれた。

 

「そういえば和久津さん。昨夜あなたと桜がヴェルデを出るところでアレを目撃したんだけど……」

 

 “アレ”――――そう形容するようなモノなど一つしかない。

 

「……ああ、あの外国人ですか?」

「ええ、どうやら桜と一悶着あったらしいけど……どんな内容だったの?」

 

 どんな内容といっても、そんなモノは僕にも巻き込まれた彼にも判らない。真相を知っているのは桜だけだ。で、そんな彼女から訊いた話は本当かどうか正直怪しいところ。そんな情報としては三流な話だけど、訊かれたのだから一応話しておくべきか。

 

「うーん、彼女が言うには昔の知り合いにそっくりだったらしいけど……」

「男の方に見覚えはなかった、と?」

「はい、そうらしいです」

 

 遠坂さんが腕を組んで唸る。僕だってホントはそうしたい。いったい桜の身に何が起こったのか。……そういえば、遠坂さんは時折こんな風に桜の身を案じて、僕にそれとなく彼女のことを訊こうとする。僕の知らない繋がりがあったりするのかもしれない。と、ここまで考えて気付いた。

 

「ありがとう、和久津さん。参考になりました」

「いえいえ。……でも、ちょっと意外」

「意外? なにがかしら?」

「アレを見たってことは、遠坂さんったら昨日は学園、ズル休みしちゃったんですね」

 

 遠坂さんの顔がさっと赤く染まる。どうやら図星のようだ。彼女の意外な一面が見れて、なんとなくほっこりする。今日の学園は楽しく過ごせそうだ。

 

 

 

 四限目の授業が終わる。時刻は十二時。土曜日なので当然お昼休みではなく下校の時間だ。でも桜は部活で弓道場に向かうはず。追って昨日の続きを訊きに行こう。

 

「あれ、蒔ちゃんは?」

「ヤツなら正義を執行しに行った……」

 

 

 

「おかしいな……いないのかな……」

 

 もうすぐ一時になる。けれど道場には人っ子一人現れない。どういうわけか当てが外れたらしい。なら仕方ない、後日改めて――――

 

「おい、お前!」

「あ、はいっ。もしかして弓道部の――――ぉぉぉおっ!?」

 

 迫り来る高飛びのポールをすんでのところで避ける。奇襲を外されたことで舌打ちする容疑者は――――

 

「……あの、蒔寺さん。何やってござりますか?」

「おのれ間桐慎二! よりにもよって和久津に扮するとは卑怯なり!」

 

 大宇宙の深淵でも覗き込んだかのような狂気の発想だ。ぶっちゃけ正気の沙汰とは思えない。取り巻きの〈探偵〉さんと〈日だまり〉さんも、こんな時に限って何故か不在だ。

 

「だが姿や声を変えても行動だけは真似出来なかったようだな……。帰宅部の和久津が普通こんな場所に来るわけがないだろう!」

「いや、あの、僕は桜に会いに」

「言い訳は聞かん! さあ、遠坂と生徒会への好感度稼ぎのためにここで躯を晒すがいい!」

「お、お助けーーーっ!」

 

 〈穂群の黒豹(パンサー)〉改め〈穂群の猪(バカ)〉が猛進してくる。僕がとっさに反応できるような速度ではない。スプリンターの才能をこんなコトに発揮しないでほしい。どうにかしないと、と焦っていると救世主がやって来た。

 

「なんだい、和久津。桜に会いに来たのか?」

 

 縋った藁の正体は特徴的な髪型の男、間桐慎二だった。

 

「なに!? ふえる間桐だと!? あたしはいったいどっちを海にリリースすれば……?」

「はあ? なにワケのわかんないこと言ってんの、蒔寺。まあいいさ、桜ならここにはいないよ。今日は藤村がいないから、ついでにウチの部も休みなんだ」

 

 成る程、それは納得できる理由だ。彼女の今の身の上を考えれば、当然の帰結といえる。

 

「そ、そうなんだ~、ありがとうございます間桐くん。……じゃ、僕はこれで」

「待ちなよ、和久津。せっかく足を運んでくれたんだ、少しは僕に付き合ってくれてもいいじゃないか」

 

 笑みを浮かべる彼が一歩近づくたびに、心臓が早鐘を打つ。ドキドキ、ドキドキ。もちろん期待や好意とかそういったモノではなく、不快感や焦りからだ。〈女傑〉さんが煽るまでもない。コイツは僕を狙っている。それも三年も前から。

 

「別に間桐くんに用があったわけじゃ……」

「昨日は桜を連れて遊びに行ったんだろう? アイツをサボらせたコトは不問にするよ。だから、今日は僕とデートと洒落込もうぜ」

 

 よりにもよって桜を引き合いに出してきた。不快ゲージはとっくに振り切っている。……もう我慢できない。そのニヤケ面、引っ叩いて――――

 

 

 

 

 

 

「――――――――っ」

 

 唐突に、今朝の夢を思い出した。その衝撃で思わず出すはずの腕を引っ込める。

 

「おや。またぞろいつものナンパですか、慎二?」

 

 代わりに間桐くんの暴走を縫い止めたのは、見慣れない男子生徒の出現だった。

 

「……なんだよ、言峰。今いいところなんだ、邪魔しないでもらえるかな」

 

 苛立たしげに話すところを見るに、どうやら間桐くんはご存知らしい。でも、白髪で褐色の肌なんて判りやすい外見を持った生徒なんて、この学園にいただろうか?

 

「……ねえ、蒔寺さん。あの男子、誰だか判ります?」

「ふんっ、敵と話すことなぞ何もないわ!」

「……んっ」

 

 いい加減そのノリもうんざりだ。生徒手帳を突きつける。

 

「……和久津智。二年、女子……」

 

 三秒膠着。からの土下座。しっかりと礼儀を弁えた姿で汚名挽回を図る。あと、名誉は元々無いから返上出来ない。

 

「あの、もういいですから。さっきの質問に答えて」

「へっ? アイツですかい? ……あ~、確か2-Cの言峰だったかな」

 

 ……見覚えも聞き覚えもない。別のクラスだからと割り切るには印象に残りやすい姿だ。僕の知らない間にやって来た転校生なのかも。

 

「あーあ、何だか白けちゃったじゃないか……。お前のせいだぞ言峰、今度何か埋め合わせ用意しとけよ!」

 

 イイ雰囲気(少なくとも彼にとっては)を台無しにされた間桐くんが撤退していく。

 

「いつの世も、海藻類と悪の栄えたためしなし……」

「蒔寺さん。僕、アレと間違えられたコト一生忘れないから」

「ヒィーッ!? こ、ここは逃げの一手! 現行犯を防げば令状が無い限り捕まらんのだァッ!」

 

 散々好き勝手言ってくれた〈バカ〉さんも逃げ去っていく。二人とも呪われちゃえ。

 そして気付けばこの場には僕たち二人だけ。とりあえずお礼を言っておかなくちゃ。

 

「えと、言峰くん、でしたか? さっきはどうも、助かりました」

「いえ。和久津さんの助けになれたのなら、私としても鼻が高い」

「あ、僕の名前……」

「有名人ですから」

「あ、あはは……お恥ずかしい限りです」

 

 好きで目立ってるワケじゃないやい。

 

「ふむ、それにしても……」

 

 何やら顎に手を当て思案顔の言峰某。その眼は僕の顔に向けられている。

 

「……あの、何か?」

「失礼、つい見惚れてしまいました」

「うへぁ」

 

 一男去って、また一男。間桐くんとトレードした言峰くんが、真面目な少年から敵性生物に進化した。

 

「はいありがとうございまーす失礼しますねー」

 

 僕も先の二人に倣って、にげるコマンドを選択した。

 

「ええ、お困りでしたら何時でも教会に訪れてください」

 

 うまくにげきれた!

 

 

 

 ところ変わって商店街、マウント深山。お昼を適当に買い食いで済ませて、晩ごはんの為、いざ行かん食材の旅。お肉屋さんで合い挽き肉を買う。長い旅が終わりを告げた。思えば短い道程だった。隣を向けば、苦楽を共にした頼もしい仲間が――――

 

「あ、昨夜の……」

「こんにちは。またお会いするとは奇遇ですね」

 

 隣にはいつの間にか昨日の謎の中心人物が立っていた。美形なのに存在感が希薄な青年。羨ましい。爪の垢を煎じて飲めば先程の二人からステルスできるだろうか。

 

「昨日は連れが失礼しました。どうやら知り合いと間違えちゃったらしくて」

「……それは、僕と似ていた、という意味ですか?」

 

 彼の端正な顔が不快に歪む。あんな風に槍玉に挙げられる人物と間違えられたなら確かに良い気はしないだろう。

 

「似ているとは言ってましたが、なんでも昔の知り合いらしいのであなたとは別人だと思いますよ」

「そうですか! いや、よかった。昔の話なら僕とは無関係に違いないですから」

 

 ほっ、と安心した笑みを浮かべた青年。最近移住した外国人であれば、僕のフォローが功を奏したのだろう。とはいえ、この反応を信じるなら、少なくとも彼は桜とは無関係となる。本当に彼女の勘違いだったのだろうか。

 

「おうおうハリー、えらい美人さんやんけ。抜け駆けは許さへんで」

 

 話していた僕たち二人に割って入る白い影。

 

「違うよ、セイゲン。僕はそんなつもりで声を掛けたんじゃないんだ。といっても君は納得しないだろうけれど」

「あ、お知り合いの方ですか?」

「せや。この色男はハリー。そしてわいは時任次郎坊清玄や。よろしゅうな!」

 

 朗らかに右手を差し出してきた清玄さん。よく見るまでもなく特徴的な格好をしていた。白い法衣を着て、頭に小さな頭巾を乗せている。そして首には法螺貝。まるで天狗のコスプレだ。右目の眼帯と、袖を通してない左腕は……いや、これ以上の詮索は失礼か。

 

「僕は和久津智っていいます。よろしく」

 

 内側のよくない思考を紛らわせるように握手に応じる。所々に傷の走る逞しい手だ。ひょっとして修行僧だったりするのだろうか。

 

「へ~。素直に手ぇ握ってくれるなんて、智さんはええ子やなぁ」

「ちょっ……」

 

 さすりさすり。握っている右手で器用に擦りあげられる。急いで手を離した。

 

「……セクハラですよ、今の」

「なんやねん、人聞きの悪い。ケツやムネ触ったとかチューしたならまだしも、わいは握手しただけやで。コレをチカンっちゅうなら世の男はクズも坊主もまとめてブタ箱行きや」

「わかりました。生臭坊主でしょ、あなた」

 

 フレーフレー、フェミニスト。痴漢に負けるな、フェミニスト。宗教に負けるな、フェミニスト。

 

「言い訳がましいのはみっともないよ、セイゲン。ここは紳士としてトモさんに謝るべきだ」

「う~ん……紳士っちゅうんはガラやないんやがな。それにお山からは降りとるんやし、お天道様も見逃してくれるやろ」

「あ、もしかして柳洞寺のお坊さんですか?」

 

 近場で山といえば、まず柳洞寺が建っている円蔵山が思い浮かぶ。

 

「イエス……と言ったらどないする?」

「柳洞くんにチクります」

「ノー! 確かに住んどるけどノー! 堪忍してや、一成くんのお説教はもうウンザリなんや!」

「はい、ギルティ」

 

 お天道様が許しても、生徒会長が許さない。今度会ったら被害者度二割増で報告してやろう。

 

 

 

 さめざめと泣く女の敵を連れた英国紳士と帰り道に別れる。彼らが向かうのは柳洞寺。そこに住む柳洞くんや葛木先生とも同居しているのだろうか。彼らがいったいどんな生活を送っているのか気になる。制裁依頼ついでに柳洞くんに様子を伺うのもアリかも。

 

「ただいま〜、っと」

 

 そして僕も自宅に到着。当然返ってくる声はない。それが五年前からの我が家の常識だ。

 

「ふんふんふふーん、今日はハンバーグ♪」

 

 思えば独り言も増えた。ハンバーグ。切嗣さんがよく僕にせびっていた。健康のためにと豆腐ハンバーグを作ってあげたら、腹いせとばかりにケチャップをぶち撒けられた。甘いものとジャンクフードを好んで食べた切嗣さん。一度背伸びして西洋のコース料理にチャレンジしてみたら、死んだ目をして褒めてくれた。格式高いお料理にトラウマでもあったのだろうか。なんだか思い返してたら涙が出てきた。

 

「うっうぅぅ……」

 

 包丁を手放して冷凍庫をオープン。頭を突っ込んでお目目をアイシング。玉ねぎを切った時に出る涙への処方箋だ。涙腺が冷たさで引き締まる。お料理再開。時間の余裕もあるし、今夜は煮込みハンバーグにしようか。完成は七時を過ぎそうだ。

 

 

 

 今日は思い出すだけで気が滅入る一日だった。男に目をつけられるのは慣れているけど、濃口×3は流石に胃もたれする。こんなカッコだけど、もちろん僕は男の子。そしてソッチの気はない。いくら絶世の美男子のお誘いだろうとノーセンキュー。僕の青い欲求が向くのは女の子だ。身近な桜なんてまさに良い例。最近はキケンでアブナイ兆候だ、主にオトコノコ的な事情で。

 

「なんというか、目のやり場に困ります……」

 

 だから最後の一線を踏み越えないため、僕は予防線を張る。結局僕たちは他人同士だ。大河さんだって、桜だって、切嗣さんだって――――

 

「……一人分、余計に作っちゃったな」

 

 考え事をしながら鍋をコトコト煮込んでいると、今更ながら気付く。いつもの癖で多めに作ってしまったらしい。いっしょに食べる相手なんて誰もいないのに。

 

「あ、そうだっ」

 

 ちょうどハンバーグが食べたい人がいるじゃないか。ヘルシーをかなぐり捨てたハンバーグは彼の好物だ。今ぐらいはワガママを許してもいいかもしれない。付け合せのマッシュポテトをお皿二つに盛って、ケチャップ多めのデミグラスソースを用意する。そうしているうちにメインの完成だ。彼のいる部屋に行こう。

 

 

 

 

 

「……子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」

 

 そんなことを呟いたのは齢三十を超えた中年の男だ。老成したような枯れた姿。そんな彼はたまに容姿に見合わない子供っぽさを見せる。たぶんコレもその一つ。だけどその中でもとびきりブットンだ言葉だ。有り体に言ってドン引きした。

 

「ヒーローになる、だなんて夢か漫画の見過ぎでもあるまいし」

 

 もっと小さい頃、確かに僕もそういう夢を見たことがある。いっしょに公園で遊ぶ女の子がいた。秘密を隠しているのがもどかしくて、正体を打ち明けたのだ。――――結果、すべてが壊れた。逃げるように冬木の街に引っ越して来た。今となっては、あの女の子も、元いた街の名前も思い出せない。記憶に残っているのは、ただただ黒いノロイだけ。

 

「そうだね。だからスッパリと諦めればよかったんだ。それか夢を疑いもせずに追い続けるか。中途半端なのが一番救いがない」

 

 互いに苦笑い。半端モノ同士世を嫉む。ソレはきっと原初の呪いのカタチだ。世界は、呪われている。そんなのが僕たち二人の共通認識だというのが、救いの無さを如実に物語っている。

 

「うん、それなら僕は」

 

 “諦める”と口にしようとするも、先に彼の言葉を被せられた。

 

「夢を追ってくれ。たとえ芽が出なくても、君は歩き続けてくれ」

 

 暗い夜だった。月も星も一向に見えやしない。未来への展望なんてまるで無い。そんな道を、この男は前を向いて歩けというのか。

 

「切嗣さん、僕には――――」

「智ちゃん――――ごめんね」

 

 僕が続きを告げる前に、切嗣さんが眼を閉じた。それきり開けることはない。浮かべるのは苦悶の表情。安らかな眠りとは、口が裂けても言えなかった。

 

 

 

 

 

「いただきます」

 

 居間に虚しく響く声。聞いてくれるのは目の前に置いた写真立てだけ。切嗣さんの遺影を仏壇から持ってきたのだ。もちろん彼の分の夕食も用意している。散々食べたがっていたのだから、遠慮せずに食べてほしい。

 

「ま、後で冷蔵庫に入れるわけだけど」

「ふむ、それは実に勿体無い。では代わりに私がいただくことにしよう」

 

 それはありがたい。どうせなら出来立てを食べてもらったほうが、作った側としても――――

 

「……はい?」

 

 なんか目の前に知らない男が座っている。誰だ、コイツ。

 

「…………不審者サマ?」

「さて、どうかな? 少なくとも、君に対して敵意がないのは確かだが」

 

 この屋敷には実は結界が張ってある。敵意のある人間が近づくと警報がなる、らしい。切嗣さんから聞いた話だし、今まで作動したことなんてないから、実際にあるかどうか怪しいところだけど。

 

「……うむ、よく出来ているな。私も多少は腕に自信があるが、女性相手には分が悪かったか」

「あの、敵意がないからといって110番しない理由にはなりませんよ?」

 

 白髪で褐色という何処かで見た姿だ。もしかしたら言峰くんの兄とかかもしれない。でも、この和久津智、容赦せん。迷いなく携帯に手をかける。

 

「ああ、警察を呼ぶのは構わない。だが、せめて三点ほど私の質問に答えてくれないだろうか」

「…………」

 

 どうして、こんな男ばかり吸い寄せられるのか。呪われた我が身が恨めしい。渋々頷いてやる。毒を食らわば皿まで。彼が満足したら、パトカーでお帰りいただこう。

 

「ではまずは……そうだな、君は何者かね?」

「怪しい人に教える名前なんてありません。っていうか、僕のこと知らないのにここに来たの?」

 

 てっきりストーカーか何かと思っていた。

 

「ああ、私は君のことを何ひとつ知らない。表札には衛宮と記載されていたが、さて」

 

 昨日会ったイリヤという少女と似たようなことを聞かれる。もしかして彼も切嗣さんの知り合いだろうか。怪しい人脈満載の彼に恐怖する。

 

「切嗣さんが目当てなら、残念だけどもういないよ。横に遺影があるでしょ」

「……そうだな。ならば君は彼の娘、ということでいいのかな?」

「……違う。僕は彼に引き取られただけ。親子なんかじゃないよ」

 

 自分で自分の古傷を抉っているような感覚だ。どうやら通報する必要はなさそうだけど、精神衛生上早くお引き取り願いたい。

 

「では二つ目だ。彼は、衛宮切嗣はどんな最期だった?」

「……っ、それ、は――――」

 

 言葉が詰まる。脳裏には何の救いも与えられなかった彼の躯。何も残さず逝ってしまったちっぽけで哀れな最期。看取った僕にはどうすることも出来なかった。だから、この問いに答える資格など、ない。

 

「沈黙するか。まあいい、ならば最後の質問だ」

 

 そう言って近づく男。赤い外套を身に纏う彼の左手には一振りの黒い短剣が握られている。

 

「……何の、つもり?」

「無関係かとも思ったが、少々毛色が違うらしい。少女よ、問おう。――――剣を取る覚悟はあるか」

 

 

 

「はっ、はぁっ、くっ――――」

 

 追い立てられている。場所は今や勝手知ったる屋敷の庭。通り魔事件の被害者になる未来を防ぐために懸命に走っていたら、こんな場所に追い詰められた。ここには外に通ずる出口などなく、唯一あるのは――――

 

「どうした、ここには土蔵があるぞ。逃げ込まないのかね?」

 

 切っ先を土蔵に向けて尋ねてくる。未だソレの直撃は受けてないけど、不格好に避けていたせいで体中擦り傷だらけだ。

 

「だって……鍵、ないしっ」

「そんなもの、壊せばよかろう。そらッ」

 

 男の手から投擲された短剣が土蔵の扉を打ち破る。すごい。どんな馬鹿力だ。とはいえ土蔵には何も無いはず。自分から退路を断つなんて以ての外だ。ここはどうにかして目の前の彼を突破する手段を――――うん、無理。指し示された土蔵に走った。彼からの妨害はないので、問題なく蔵に入れる。中は埃だらけで薄暗い。役立ちそうなモノなんて、やっぱり用意されていなかった。

 

「ふむ、近年に使われた形跡は皆無、か。どうやら君は魔術師ではなかったらしい」

「魔術、師――――」

 

 やっぱりそうか。この男は非日常に生きる輩だったのだ。そして僕の反応を見た彼は、

 

「流石に教わってはいたか。徒労に終わらずに済みそうで何よりだ」

 

 先程放り投げた筈の短剣をまたどこからともなく手に取った。詰み、だ。今朝視た悪夢をもう一度繰り返そうとしている。次も夢オチ、なんて展開はもう期待できないだろう。ここまで来ても尚、警報は依然として鳴りはしない。やはり結界なんて眉唾だったのだろうか。それとも――――僕は彼に敵とすら認識されていないのか。

 

「……いい大人がいたいけな女の子虐めるなんて、ちょっと趣味が悪いんじゃないの?」

「まったくだ。女の子には優しくしろ、と常々説かれた筈なのだが」

 

 男が皮肉気な笑みを浮かべる。そこに含まれる感情なんて知ったこっちゃない。確かなのは、彼は僕を試すつもりにしろ、遊ぶつもりにしろ、今の今まで本気をこれっぽっちも出してないこと。手のひらの上で必死に踊らされていた。その手は誰が持ち主なのだろう。彼か、あるいは世界そのものかもしれない。

 

「まったく……呪われてる」

 

 それは無意識に零れた言葉。

 

「……ほう。君は何が呪われていると考える?」

 

 返ってくると思わなかった反応。彼にも思うところがあるのかもしれない。

 

「僕が、呪われている。今まで散々翻弄されてきた。良いことなしの人生だった」

「それはあくまで主観だろう。君の言葉を借りれば、私だって十分呪われていると自負している」

 

 不幸自慢はやめろと言いたげに、男が咎めてくる。そうか、なら――――

 

「なら、僕たちは運命に呪われてる。僕たちが呪った分だけ、運命は呪い返してくる」

 

 例えば、そう――――今みたいなカタチで。

 このまま屈せざるをえないのだろうか。それもいいかもしれない。待ち受ける絶望をこれ以上見なくて済む。そうだ、このまま諦めてしまおう。そう考えたら、途端に気が楽になった。

 問答はここまで、と言わんばかりに手にした刃を向けて歩いてくる男。その姿は処刑人めいていて、これから先の僕の運命をこの上なく暗示していた。すなわち敗北。死。

 

「やっつけてやる……」

 

 萎びた心に火が灯る。受け入れられない、と腐った性根が悪足掻きしている。その意志は僕のモノか、はたまた彼のモノか。関係ない。全部ごちゃまぜにして、叫びを上げた。

 

「呪われた運命を、やっつけてやる――――ッ!!」

 

 

 

 僕の声に呼応するように、周囲の空間が歪んだ。比喩ではない。錆びついた蛇口を無理やり捻ったような濁流が、僕を襲う。今までの常識を全て覆される感覚に必死に耐えながら、僕らは邂逅した。吹けば飛ぶような、儚い夜の幻。それは厳しい甲冑に身を包んだ小柄な騎士の姿をしていた。

 

「訊いてやる。お前がオレのマスターか」




ケリィはね、士郎を助けなかった場合はなんというか救われてちゃあダメなんだ。独りで、静かで……。
再臨とスキラゲで骨をしこたま要求された私怨じゃないよ。本当だよ。
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