魔砲少女リリカル☆ザミエル   作:結城勇気

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 思いついたサブタイトルに合わせたら予想以上に長くなったでござるの巻。

 あと、プロローグの1の注意書きに書き忘れたけど。

 この作品のザミエル卿は、きっとちょこちょこ壊れています。お気を付けください。


魔砲少女リリカル☆ザミエル
第一話「魔法の出会いと屈辱の涙」


 夜。木々に囲まれる林の中、それはいた。

 

 あえて形容するならば、真っ黒なマリモだ。だがそれはモコモコしているというよりグニャグニャしているというべきか。マリモがモコモコしているかはさておき、それは確実に異質な存在だった。

 

 大きさは一メートルと少し程度。形は前述したとおり真っ黒なマリモのような物。その身を構成しているのは泥のような何かだ。表面は何やらもごもごと(うごめ)いている。凹凸のある丸いその身体からは、触手型の細い腕のようなものが生えていた。さらに言えば、それには生物のように目があった。真っ赤な目だ。

 

 人間的に言わせれば目つきの悪い部類に入るそれは、林の奥、木々に遮られた向こう側にいる少年へと向けられていた。

 

 金髪の少年だ。身長は相対するマリモと同じくらい。民族衣装的な特徴的な服を身に纏い、薄茶色のマントをつけている。彼もまたマリモを見ていた。否、睨みつけていた。

 

 黒いマリモが動く。

 

 軟体動物のごとき身体がバネのように縮み、跳ねる。衝撃で土が舞い上がった。勢いよく飛び出したマリモは、弾丸のように少年に突撃する。

 

「く……っ」

 

 対する少年が取り出したるは赤ビー玉状の宝石ようなもの。それをマリモへと突き出した。

 

 次の瞬間、宝石の前面にエメラルドグリーンの魔法陣が構成されていく。術式は封印魔法。対象は当然突撃してくるマリモ。

 

 構成が完了した。だが足りない。今の僕ではこれじゃ――。

 

 魔法陣が一回り、二回り小さくなる。封印魔法に込められた魔力を強め、圧縮し収束する。

 

 逃せない、負けられない。こいつを逃せばどんな被害が出るか分かった物じゃない。バラ撒いてしまった自分が成し遂げなければならないのだ。たかが一つに手間取ってられない。

 

「ジュエルシード……封印ッ!!」

 

 マリモが木々の向こう側から姿を現し、魔法陣へと突撃してくる。

 

 それを認識すると同時、魔法を解放する。構成した術式に込められたとおりに魔法が発動し、目標たるマリモを封印せんと力を発揮する。

 

 魔法陣とマリモが激突した。

 

 封印魔法がマリモを侵食する。マリモの姿はただの器でしかない。封印すべきはその本体。核となっている歪な願望機である青き宝石。この世界にバラ撒いてしまった二一の災厄の一つ。マリモの奥底にあるそれを鎮めんと、少年の魔力がマリモの身体を食い尽くす。

 

 が、しかし。

 

「ぐっ……うわぁ!!」

 

 衝撃が走った。目の前にいたマリモがその身体を崩し、ベチャベチャとスライム状の己が体だったものをまき散らしながら吹き飛んでいく。同時に少年の目の前に展開していた魔法陣も砕け散った。

 

 マリモは――(いま)だ現存している。

 

 無傷ではない。飛び回る力もないのか、満身創痍気味に呻きながら、体を引きずり林の奥へと逃げていく姿がある。当然、少年はそれを追おうと足を踏み出そうとした。

 

 が、魔力切れの身体は限界を迎えていた。

 

 身体が意思に関係なく地面に崩れる。少年もまた満身創痍だった。あちこちにマリモとの戦闘で出来た傷はあるし、魔力もほとんど残っていない。立ち上がるだけの力も残っていない。黒いマリモを追撃するのは目に見えて不可能だった。

 

「誰か……っ」

 

 最後の手段、と。少年は残った魔力を掻き集めて念話を無差別に飛ばした。彼の気づかぬ間に、少年の身体は省エネモードともいえるフェレット状態へと移行する。

 

「誰か……助けて……っ」

 

 瞳が閉じられていく。彼の意思とは関係なしに、限界を迎えた身体が休眠状態へと入る。

 

 念話を飛ばした彼の意識は、闇の底へと消えて行った。

 

 

 

 

 無差別に飛ばされたその願い。

 

 それを受け取った少女と出会うのは、また少し後の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という夢を見た」

 

 黒円卓第九位大隊長・エレオノーレ・フォン・ヴィッテンブルグこと、高町なのはは屋上にいた。

 

 今は昼食の時間。母親に作ってもらった弁当を手に、なのはは今朝見た夢の話を目の前の(自称)友人の二人に話していた。

 

「また変な夢ね」

 

 サンドウィッチを一口頬張りながら言うのは、アリサ・バニングス。

 

 親は外人らしく、日本人とは違った顔立ちをしている。髪はブロンドで、整った美少女然とした彼女に似合った色だ。学校内でモテるのも当然だが、何よりもなのはも少しばかり関心するほどのカリスマの持ち主である。

 

「……たまには私から話をしろと言ったのは貴様らだ。文句は受け付けんぞバニングス」

「文句なんてないわよ、単なる感想。っていうか、いい加減アリサって呼びなさいよ」

「それは私が決める」

「……頑固め」

 

 言いながらも口元は笑っている。いつものやり取りだ。一週間に一度は行われると言っていい。

 

 小学一年の出会いから約二年間。一年も二年も三年も同じクラスとなった三人は、変わらず仲良くやっていた。少なくともアリサとすずかはそう思っているし、なのはも悪い関係ではないと思っている。

 

 こうして屋上で昼食をとるのもまた、この二年と数か月で習慣と化した。なのは的には、一人で昼を取る寂しい少女、などと見られるのは(しゃく)なので、付き合っているうちにそうなっただけなのだが、今更そんなことは問題ではない。

 

「でも不思議な夢だね。その夢に出てくる男の子、見たことあるの?」

「少なくとも、民族衣装を着た男と会ったことはない」

 

 夢とは記憶の整理だとか、意識していない願望を見ているとか、様々な見解があるが、宗教的な捉え方を排除すると、記憶に関係していると言われる説が多いように感じる。

 

 だとするならば、先の夢は記憶にある何かが関連している、と考えられるが、なのはにあんな少年も、黒いマリモの事も記憶にはない。と、いうよりあんなマリモを見たことがある方が異常だろう。

 

「ま、変な夢の話はもういいじゃない」

「……ほう、貴様から聞いておいてそれか」

 

 ギリッ、とアリサを睨みつけると、ひっ、と小さく悲鳴を上げた。

 

「な、なのはちゃん、恐いって」

「ふん」

 

 水筒に入った麦茶を、ふた兼コップに注ぎ、一気に飲み干す。

 

 コップの中に残った麦茶の水滴を見つめながら、なのはは口を開く。

 

「それでなんだ。何の話をしようとした」

「い、いや、その。将来の話……?」

「将来だと?」

「ほ、ほら、さっき先生が将来の事を考えてみましょう、って言ってたじゃない」

 

 いわゆる総合学習と言ったやつだったか。将来の夢について作文を書けという物だったはずだ。

 

「なのははなんかあるの? 将来の夢とか……」

「何故そんなものを貴様に教えなければならん」

「いいじゃない、あたしたちの仲でしょ。ねえすずか、アンタも気にならない?」

「まぁ……気になるといえば気になるけど。なのはちゃんって、自分の事話すの嫌がるよね」

「だから訊かないって?」

「なのはちゃんは頑固だから」

「一理あるわね」

「貴様ら……ケンカを売ってるならいい度胸だ」

「なのはにケンカ売るなんて自殺行為、私達には出来ないわよ」

 

 苦笑するアリサの脳裏には、なのはによってボコボコにされた中学生男子たちの姿が目に浮かんでいた。

 

 いわゆる不良という奴だった。自分からぶつかり、相手にいちゃもんをつけると言う典型的な連中だ。それをやってしまった相手がなのはであり、あまりにもしつこいからと、小学生離れした身体能力を以てボコボコにしてしまった。

 

「なのはちゃんケンカ強いもんね。それに……カッコいいし」

 

 頬を染めて照れくさそうに言うすずかに、なのはは大した感慨も照れもなく素っ気なく言う。

 

「あんなものケンカとも呼べん。殴ると蹴るしか知らん小僧や小娘の相手など、するだけ無駄な労力だ」

「……この前の中学生からしたら、アンタの方が小娘だけどね」

「関係ない」

 

 なのはではなくエレオノーレとして言わせれば、小僧であり小娘なのだから。

 

「それより、貴様らはどうなのだ」

「ん? なにが?」

「将来の夢とやらだ。バニングスが聞いてきたんだろう」

 

 残ったおにぎりを頬張り咀嚼(そしゃく)して飲み込む。中身は(さけ)だった。

 

 うーん、と唸っていたアリサは、なのはが飲み込み終えるタイミングを狙ったように答えた。

 

「……まぁ、父さん達の仕事を継ぐってのが、今のところのビジョンかしらね。夢、って言われると微妙な感じがしなくもないけど」

 

 それにすずかが続いた。

 

「私は……機械系、かな。そういうの好きだし」

 

 なのはは残った最後の一口を口内に放り込む。ふん、と鼻を鳴らした。

 

「子供らしからぬ奴らだ」

「アンタに言われたくない」

 

 

 

 

 放課後。三人は帰路についていた。

 

 いや、正確に言えば、アリサとすずかは塾に向かっている。なのははただの付き添い兼、護衛。

 

 家の者に迎えに来てもらい送ってもらう、というのを嫌った二人が勝手に決めた配役だった。

 

「なのはちゃんも塾に来ればいいのに……」

 

 残念そうに言うのはすずかだ。

 

 なのはは塾に行っていない。というより、行く必要がなかった。生きていたのが戦時だからと言って教育はおろそかにされていなかったし、なにより今は小学三年生。周りの学校よりも高度なことをやっているとはいえ、なのはにはあまり関係なかった。

 

「自宅学習だけで十分だ」

「このぉ、偉そうに言っちゃって……」

「嫉妬するくらいならとっとと追いつけ万年二位」

「追いついてやるわよすぐにっ」

 

 ぐぬぬ……と機嫌悪そうに顔を背ける。これもまたいつものこと。気分を害した訳じゃないので、気にすることはない。

 

(いつものこと、か……)

 

 なのはは二人との他愛ない、それこそ誰々がどうとか、どこの店がいいとか、そんな日常的会話に適当に加わりながら思う。“日常”というものはとてつもなく難しい。

 

 ツァラトゥストラ(藤井蓮)や彼女たちにとっての“非日常”が、エレオノーレの“日常”だった。

 

 元々大戦時に生きた人間である。その後とて、ただ一人の男に忠を尽くし戦い続けてきた。今のように戦争を忌避し、武器を取ってはならんとする日和(ひよ)った世界こそ彼女にとっての非日常であり、今更そんな世界に放り込まれても溶け込むと言うのは難しい話だ。友人(仮)がいるのも運がいいだけだろう、となのはは考えている。

 

 藤井蓮の言う平和で何事もない日常。そんな中にある、時間が止まればいいとすら願うほどに愛した刹那。

 

 彼とでは生きた時代も価値観も何もかも違う。エレオノーレにとっての全てはラインハルトただ一人。それ以上でも以下でもない。

 

 だがその中に個人的興味が無いでもない。

 

 こんな生易しい世界で生きてきた少年が、何故あそこまで戦えたのか。

 

 聖遺物だけなら大隊長を倒すことはおろか、ラインハルトと戦う事すら敵わないはずだ。メルクリウスの介入もあっただろうが、あれは一石を投じるだけであとは傍観する男である。どこまでいっても結局は彼次第。

 

 なるほど、それを探してみるのもまた一興。

 

 早くラインハルトの下に戻らねばならないのも事実だが、原因も分からなければ(個人的にはメルクリウスのせいだろうと思っている)戻る方法も分からないのだ。本題は“エレオノーレ”に戻ることだが、片手間にやってみるのもいいかもしれない。

 

「? なのは、どうしたのよ黙っちゃって」

「なんでもない」

 

 前だったらこんなこと考えなかったかもしれない。

 

 少しこの世界に毒されたか、と頭の隅で思いながら、再び二人の会話に耳を傾けることにした。

 

「あ、ここよここ」

 

 と、唐突に立ち止まったアリサが指差したのは、青青しい林道だ。

 

「ここを通ると、近道なのよねー」

 

 言いながら林道に入っていくアリサに二人は続く。

 

「普段は通らないぞ、急にどうした」

「特別理由なんてないわよ。なんとなくってやつ」

 

 気まぐれなやつめ、というなのはを気にせずにアリサは進む。止める理由もなく止まりそうにもない。そのままついていくことにした。

 

 木々に囲まれた道は心を安らかに、穏やかにする。生憎なのははそう言ったものを感じはしなかったが、人工的な風景を見ているよりは、自然の中を歩き眺める方が落ち着けるのもまた事実だ。

 

 が、しかし。なのはは自然を気にするよりも先に、周囲の警戒に頭を働かせた。

 

 木々に囲まれた林道は一本道だ。挟み撃ちなど容易に出来るはず。塾に行く日程を把握していて、ここを通る可能性を考え人数を割けるならば襲撃の可能性は十分にある。

 

 一年のころのような油断はない。どこからでも来るがいい。

 

 周囲一帯を警戒するなのは。

 

 と、その瞬間だった。

 

 思った以上に予想外なところから奇襲を受けたのだ。

 

 

 

 

 

 

《助けて……っ》

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 それは頭の中に直接叩き込まれた声だった。同時に聞き覚えのある声でもある。

 

 なのはは思わず立ち止まった。アリサとすずかが訝しげにこちらを見ているがそれどころではない。

 

《助けて……!》

「なのは?」

「なのはちゃん?」

 

 頭の中の声と二人の声が合わさった瞬間。

 

「……こっちか」

 

 なのはは直感的にその声の出どころを感じ取った。なんの脈絡もなく、なのはは方向転換し、そちらへ歩みを進めた。

 

「ちょ、ちょっと!? どこ行くのよっ」

「なのはちゃん!?」

 

 二人の声を無視して林道から外れる。草をかき分けて木々の奥へと進み、自分の中の何か特別なコンパスの示す方向に足を進める。引っかかる草木をどけてかき分け奥へ奥へと。背後から追いかけてくる音が聞こえるが、気にも留めずに更に奥へと向かう。

 

 唐突に視界が開けた。

 

 木々と草で囲まれた一種の広場のような空間。若干荒れてはいるが、同い年くらいの男子なら秘密基地でも作ろうとするような絶好の場所だ。

 

 そんな広場の中心に、何かが倒れていた。

 

「ちょっと、どうしたのよいきなりっ」

「何かあったの?」

「あれだ」

 

 言いながらその倒れている何かに近寄る。

 

 無機物ではない。生物だった。

 

「わっ、こ、この子……」

「怪我してるよっ……」

 

 イタチか、もしくはフェレットだろうか。クリーム色とでもいうような薄茶の毛の、胴の長い生物だ。すずかの言うとおり怪我しており、首には何やら赤いビー玉のようなものが、ネックレスのようにくっついている。

 

(こいつ……夢に出てきた……)

 

 なのはは(かが)み、そのフェレットを手に取ってみた。暖かい。息もしている。生きてはいるようだ。

 

「びょ、病院に連れて行かなきゃっ」

 

 珍しく焦っているらしいアリサが、急かすように言う。

 

「このへんの獣医さんって言うと……」

「こっちだ」

 

 記憶の中にあった付近の動物病院の場所を照らしつつ、立ち上がったなのはは走り出した。二人も後を追う。

 

 

 

 

 

 ――これが、なのはが再び“非日常”に足を踏み入れる出会いであったことを、彼女自身もまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

      *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫よ」

 

 包帯の巻かれたフェレットを前にするなのは達に、獣医、槙原(まきはら)(あい)は笑顔で言った。三人は礼を返す。

 

 槙原動物病院に連れ込まれたフェレットは、早急に愛の治療に回された。

 

 三十分ほどで治療は終わったらしく、台の上に寝かされたフェレットは静かに目を閉じている。

 

「怪我はそれほどでもなかったけど、随分衰弱していたわ。ずっと一人だったのね」

「フェレット……ですよね?」

 

 アリサの言葉に、愛は首を傾げた。

 

「だとは思うんだけど……こんな種類いたかしら」

 

 見たことが無い、と愛は言う。

 

 愛がフェレットを軽く撫でると、ひょこっと耳が立った。続くように目を開け、その身を起こす。首に下げた宝石が続くように垂れた。

 

 すずかがいち早く反応する。

 

「あっ、動いた」

 

 なにやら感動した様子のアリサとすずかは、笑顔でフェレットの様子を見守る。

 

 キョロキョロと辺りを見回している。警戒している、というよりは、何かを探しているような動きだ。愛に目を向け、続いてアリサに目を向ける。そのまま、すずかに目を向けて……なのはに目を向けると、そのまま視線を動かすことなく固定した。

 

 目をそらすこともなく、何か言うでもなく、なのははその目を見つめ返す。

 

 エメラルドグリーンの瞳だった。これがいわゆる可愛いという奴なんだろうとは思うが、別に姿形に関しては特別感想はない。

 

 気になったのは首からぶら下げた赤い宝石。そして、不思議なほどに一致するフェレット。思い出される今朝の夢。

 

 つんつん、とアリサにつつかれた。

 

「なのは、見られてるよ」

「……あぁ」

 

 アリサが何を求めているのか、なんとなく察しがついた。

 

 なのははゆっくりと手をやってみる。フェレットはその指先に顔を近づけ、匂いを嗅いでいるのか鼻をヒクヒクさせた。そのままゆっくり、ペロッと指先を舐めた。

 

 それを見たアリサとすずかが、感嘆の声を漏らす。が、

 

「あっ……」

 

 まだ起き上がり続けるだけの体力がないのか、フェレットは再び倒れてしまった。

 

「……しばらく安静にした方が良さそうだ」

「そうね、とりあえず明日まで預かっておくわ」

「「お願いしまーすっ」」

「うん。あ、そうだ。出来れば明日、様子を見に来てくれないかな」

 

 元気よく二人が答える。

 

「おい、そろそろ塾の時間じゃないのか」

 

 なのはが言うと、二人は揃って病院内に取り付けられている時計を見た。仲良く肩を震わせる。

 

「あっ、ヤバ!」

「ホントだっ」

「ということなので。私たちはこれで」

 

 三人そろって愛に再び礼を告げ、早足に槙原動物病院を後にした。

 

 

 

 

 

 

 再び塾に向かう途中、急ぎながらもフェレットの事を軽く相談した。

 

 アリサとすずかは、二人とも犬が何匹もいたり、猫が何匹もいたりで無理。というよりフェレットが危険な可能性がある。

 

 なのはもなのはで、飲食店である家で動物を飼うのは、原則としてすべきではない。が、里親を探す間だけでも(安全に)引き取れるのはなのはだけ。

 

 なのは自身、あのフェレットには興味があった。

 

 夢に出てきた少年と黒い巨大なマリモ。魔法陣を展開する赤い宝石。少年の言ったジュエルシード。フェレットになった少年。

 

 所詮は夢、とは思う。

 

 だが、少年がなったものと瓜二つなフェレット。これが偶然ではない、となのはの直感がささやいていた。

 

 もしかしたら、エレオノーレに戻る糸口が見つかるかもしれない。

 

 なのはは家に帰って相談してみる、とだけ告げて、塾に入っていく二人を見送った。

 

 そして夜。夕飯時。

 

 家族全員が揃い、テーブルを囲む時間、なのはは口を開いた。

 

「――という事で、しばらく家で、そのフェレットさんを預かれないかなぁ、って」

 

 なのはは文字通り“仮面”をかぶった上で、事の旨を相談した。

 

 すなわち、小学三年生(こども)らしい高町なのはというなの仮面を。

 

 さすがに家族の前で“赤騎士なのは”はマズイと判断したが故に下した、苦渋の決断だった。

 

 屈辱的以外の何物でもないが、少なくとも中学に上がるまではこの仮面をかぶり続けなくてはならない。全力を以て“赤騎士なのは”を封じ込め、“高町なのは”を演じる――ちなみに参考にしたのはアニメのキャラクター――。

 

 “小太刀二刀御神流”などという武術をやっている、父と兄・姉の三人ですら、未だに気づかないあたり、なのはの仮面は完璧だと言えるだろう。なのはの精神衛生面を考えなければ、の話だが。

 

「ふむ……フェレットねぇ」

 

 父、高町士郎は腕を組んで考え込む素振りを見せ唸る。

 

 若い男である。どう考えても二十代後半、行って三十代に足を突っ込んだ程度にしか見えない。少なくとも子供が三人もいるなどと考えつかない若さだ。独身に見られてもおかしくないだろう、と思えるほどに。

 

 それを言うなら母の桃子も同じく若かった。

 

 なのはと同じ、栗色の髪を背中まで下ろした女性だ。こちらはこちらで、二十代だと言われても疑わずに納得するレベルである。若作りしている訳でもなく、素面(しらふ)でこれなのだから恐ろしい。

 

「なのは――」

 

 目を開け、真剣なまなざしでなのはを見つめ、

 

「――フェレットってなんだ?」

 

 そんなことを言った。

 

 兄妹三人、思わずガクッとしてしまった彼らは悪くない。

 

「イタチの仲間だよ父さん」

「ペットとして人気の動物なんだよ?」

 

 苦笑して言ったのは兄の恭也と、姉の美由希。

 

 父親に似た、黒髪の青年が恭也。同じく黒髪で、首の後ろで髪をまとめ、丸眼鏡をした少女が美由希だ。

 

 冗談でもなんでもなく、本当にフェレットの事を知らないらしい。うーん、と士郎が唸っている。

 

 と、桃子が料理の乗った皿を乗せた盆を持ち、自分の席に向かいながら会話に参加する。

 

「確か、小っちゃかったわよね?」

「知ってるのか? フェレット」

 

 盆に乗せた料理を机に置き、軽く驚いた様子の士郎を見て、桃子はくすりと笑う。

 

「えっと……確か、このくらい、かな?」

 

 なのはが手で大きさを伝えると、桃子は頷く。

 

「かごに入れて、なのはがしっかりお世話出来るなら、しばらく預かるくらいいいと思うわ」

「本当っ?」

「えぇ」

 

 笑顔で肯定する桃子から目を外し、士郎は兄と姉に目をやる。

 

「ふむ。恭也と美由希の二人はどう思う?」

「いいんじゃないか」

「私も良いと思うよ」

「――だそうだよ?」

 

 笑顔で告げられたその言葉を、父も含めた肯定と受け取ったなのはは、「やったぁっ」と声を上げた。一瞬、頭の中で俯く赤騎士なのはが()ぎったが、無視してなのはは笑う。

 

 桃子は盆に乗った最後の皿をテーブルに置き、自分の席に座り、家族全員を見回す。

 

「ふふっ、さ、ご飯が冷めないうちに」

『いただきまーすっ』

 

 文字通り、“日常”となった団らんが、今日も始まる。

 

 

 

 

 

 

 夕食を食べ終え、風呂に入り歯も磨いたなのはは、部屋のベッドに腰掛けメールを打っていた。送信相手はアリサとすずか。内容はもちろん、(くだん)のフェレットの事だ。

 

 フェレットを預かることを許可されたことと、明日迎えに行くということを完結に、そして淡々と書いた文面は、小学三年生の少女が書いたとは思えない代物に出来上がった。とはいえ今までもそんなメールばかりだったし、アリサとすずかも気にしていないようなので変える気もなかった。

 

 返ってきた返信で、自分たちも行くという二人に肯定のメールを送ると、なのははベッドに横になった。

 

「……やはり携帯というのは慣れん」

 

 家族や友人との連絡手段として親にもたされたものだが、外面は少女でも中身は何十年も生きた軍人乙女である。エレオノーレのころは携帯など使わなかったし、そもそも大戦中はそんなものを使う余裕どころか存在すらしなかった。その後も“城”にいたり戦ったりと、携帯を手にする暇も必要もなかった。

 

 言い方はあれだが、老人がハイテク機器を持っているようなものだ。率直に言ってしまえば、なのはは現代機器オンチだった。

 

 今でこそ電話帳に登録されたアドレスを間違えて一掃してしまったり、返信しようとしたら、訳も分からず受信したメールをそのまま返信してしまったりという事はないが、携帯を持った初期のころはそれは酷いものだった。

 

「……そろそろ書き始めるか」

 

 言ってなのはは起き上がり、勉強机の下に向かう。格納された引き出しの一つを開け、二重底の下に入れてある日記帳を取り出す。

 

 小学一年のころから始めた日課だった。

 

 どうでもいい事だろうとなんだろうと、印象に残った出来事を書き記す。それと同時にその時点で新しく考え付いたことなどを書き連ねていくのだ。正直、性に合わないとは思っていたが、現状の情報を文面にすることで新しく分かることもあるかもしれないとの考えだった。

 

 とはいえ毎日毎日書いている訳ではなく、とにかく何か印象に残る(頭の片隅に残った)出来事があった日だけ書くのだ。故に三年間続けていても、まだ一冊使い切っていない。

 

 誰かに見られれば精神病を疑われること必至――ドイツ語で書いているから解読されなければまだセーフ、かもしれない――なので、前述したような場所にいつもは隠している。

 

 机上に広げ、椅子に座ってペンを持ち、紙上に走らせる。

 

 

 

 

 

 

『妙な夢を見た。民族衣装を着た金髪の少年と、黒いドロドロした塊の戦闘の夢だ。

 少年にも黒い塊にも見覚えはない。だがその夢はやけに鮮明に、そして綺麗に記憶に残ったのだ。

 結果として相打ちに終わり、黒い塊は逃走し少年は力尽きてフェレットになった。

 最初はこんな夢のことなど各気はさらさらなかったが、放課後、帰宅途中に起きた事件によって書かざるを得なくなった。なんと、ケガをしたフェレットを発見したのだ。それも少年が変身した物と瓜二つの。

 獣医が言うには、フェレットにしてはこんな種類は見たことが無いと言う。

 今日見た夢が、メルクリウスの介入による物か、それとも少年による物かは現状では分からない。だが、あの夢がもし現実だったとしたら。もし、昨晩実際に起こったことを夢として見たとしたら。

 関われば、何か糸口が見えるかもしれない。ハイドリヒ卿の下へ戻る術の糸口が。』

 

 

 

 

 

 

 ひと段落したところでペンを置いた。ふぅ、と一息。

 

 携帯も携帯だが、やはり日記もなれたものじゃない、となのはは思った。こんなのはキルヒアイゼン辺りがやっていればいい。

 

 時計を見た。夜の九時。今の自分は子供、ということで、就寝時間は九時半、遅くとも十時と定めていた。

 

 今の年頃にしては少しばかり遅い方な気がしなくもないが、身体は幼くとも心は大人。心が身体に引っ張られるのではなく、身体が心に引っ張られているのか、せめてその時間帯でないと眠れないのだ。

 

 時間までは本でも読んでいるか、と日記を引き出しにしまい、読み途中だった本を小さ目の本棚から取り出して再び椅子に座った。背表紙に書かれたタイトルは、『北欧神話』。小遣いを貯めて買ったものだ(本屋の店員は軽く驚いていた)。

 

 ちょうど今は『ロキの口論』と呼ばれるシーン。簡単に言えば、ロキが他の神々を侮辱する場面だ。有名なヘイムダルやフレイ、フレイヤ。果ては神々の王オーディンにまで、罪や欠点を暴露してしまうのだ。

 

 ちなみに、なのははマンガなども一応は読んでいるし、アリサの家に行けばゲームもする(めっぽう弱いが)。話題は人間関係を楽しくする手段の一つ。読んだ本に書いてあった故に、キャラじゃないと躊躇(ためら)いつつも手にしている。

 

 まさしくジャンル違いだ、となのはは思う。だが仕方ない。子供が話題とするのはアニメやゲーム、遊びの話と少しの勉強の話。多少は分からなければ話についていけない。

 

 ――とはいえ、交友関係はアリサとすずかくらいしかないのだが。

 

 『ロキの口論』の場面が終わり、ひと段落したところでしおりを挟み、閉じる。読みふけっていては、気が付いたら朝だった、なんてことになりかねない。ひと段落したら閉じる。これもまた日課だった。

 

 立ち上がり『北欧神話』を本棚に戻す。

 

 時計を見れば、ちょうどいい時間だった。ベッドに向かい掛布団を持ち上げて、ベッドとの隙間に体を滑り込ませる。

 

 ――その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

《……誰か……っ》

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 跳ね起きる。周囲を見回し、辺りに家族以外の気配がないことを確認する。

 

《誰か……! この声の聞こえる誰か……っ!》

 

 林道の時と同じだ。頭の中に直接聞こえる。夢の中に出てきた少年の声、林道で聞こえた声、今聞こえてくる声。全て同じ声だと断定できる。

 

 目を閉じ、意識を集中させる。現実的な出来事ではない。だがどんなものかは知っている。かつてルサルカ・シュヴェーゲリンが語っていたのを覚えている。

 

「念話とかいう奴か」

 

 意識を自分の奥底にある“何か”に集中させる。この念話はそれを中心にして受信しているのが分かる。魔力を媒体とし、声と言葉を乗せて送り出されたものが、同じく魔力を持つ者としてそれを受信しているのだ。

 

 おそらく自分以外に聞こえなかったのはそれが原因だろう。周りに魔力を持っている者がいなかった。なのは以外に魔力を保有している者が存在しなかった故に、無差別に撒き散らされた“これ”を受信できなかった。

 

 なのはは寝巻を脱いで下着姿になり、タンスから適当な服を取り出して素早く身に着ける。

 

 その間も意識を集中させることを怠らず、受信する魔力をたどり、どこから念話が送られてくるのかを逆探知する。予想はついていた、だが万が一という事もある。魔力を使うのは初めてだが、やってみるしかない。

 

《この声を聴いているあなた! 僕に力を貸してください! この世に害をなす災厄が迫っているんです!》

 

 逆探知の傍ら、受信する魔力を鮮明に感じ取ることが出来たからか、念話の声が鮮明になってきた。

 

 そちらに耳を離さず、なのはは部屋から出た。扉を開ける音も閉める音も、階段を下り靴を履いて玄関を出る音も何もかもを漏らさずに家を飛び出す。

 

 音自体は家族に聞こえていないはずだが、相手は武術家だ。油断はできない。魔人の身体能力をフルに活用し、物音も経てずにその場から跳躍する。真上でも斜めでもない。真正面に。

 

 同時に逆探知も成功した。予想通り、槙原動物病院だった。

 

 壁を乗り越え屋根を飛び回り、夜の海鳴を疾走する。久しぶりの気分だった。思わず笑みが零れていることに、彼女は気づかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 フェレットこと金髪の少年、ユーノ・スクライアは逃走していた。

 

 病院内を走り回り、追いかけ突撃してくるそれを避ける。棚が倒れ乗せられていた物があたりに散らばった。

 

 黒いマリモだ。

 

 正確にはジュエルシードという名の膨大な魔力を持った石を核とする思念体である。願いを叶える願望機とされたそれは、その願いを歪ませ、石に渇望した形そのもので叶えることが出来ない。

 

 故に歪んだ結果が形となる。あれはそのなれの果て。石自体が使用者を求めた(・・・)故に形を持ち、思考能力めいたものを持ったものだ。

 

 だからこそ、ユーノが自分を害するものだと認識し、排除せんとする。

 

「ッ!」

 

 避けた先にあった台に着地し、再び跳躍する。思念体は止まらずそのまま突撃し、台ごと吹き飛ばした。吹き飛ばされた台が辺りにある物を吹き飛ばし、壁にぶつかって床に落ちた。

 

 窓から飛び出すと、思念体もそれを追って外に出る。着地すると、地面が潰れた。

 

(大きくなってる……っ)

 

 おそらく時間と共に、その身を構成する魔力量が増加したのだろう。体自体が魔力で構成されているから、損傷を治すときは魔力を必要とする。そのついで――もしくは損傷を治す方がついでかもしれないが――に、自分自身を魔力で強化し、巨大化した。

 

 見れば、形自体は変わっていない物の、昨晩見た時よりも身体がしっかりしている。身体を構成している魔力量が増えた証拠だ。

 

 地面を飛び木に飛び乗る。思念体が追って突撃してきた。飛んで避けると同時、思念体に木が薙ぎ倒され、路上に飛び出した。

 

 もごもごと思念体が動く中、ユーノは地面に着地――、

 

「ほぅ、これはまた」

 

 するまえに、がしっ、と誰かにキャッチされた。

 

「!」

 

 反射的にその主を見上げる。

 

 それは、ユーノをこの病院に運んだ少女だった。栗色の髪を後ろにまとめてポニーテールにし、可愛らしい顔つきに反し、その目つきは鋭い。子供らしからぬ雰囲気の持ち主だ。大人になったころにはどうなっているか、なんとなく想像がつく。

 

 彼女の視線は、ユーノではなく後ろの思念体に向けられていた。

 

 口端が釣り上がる。

 

「夢ではなかったわけだ。なるほど、希望などという言葉は好まんが……」

 

 瞬間、思念体が動いた。

 

 骨も筋肉もない体を弾ませ折れた木を蹴り、なのは達に元へ突撃する。だがなのはは動じない。それどころか、

 

「ふんっ!!」

 

 ユーノの視界がぐるりと回った。

 

 それはなのはが回し蹴りをしたからだと気づいたのは、同時に聞こえた何かが弾ける音と壊れる音、そして視界が安定した瞬間に見えた彼女の白い足と――体が半分以上吹き飛んだ思念体を認識してからだった。

 

「なぁッ!?」

 

 驚きの声を上げるのも無理はないだろう。なにせ自分と同い年くらいの女の子(・・・)が、膨大な魔力で構成された身体を生身の蹴りで吹き飛ばしたのだから。

 

「チッ、思ったより弱体化しているな」

 

 思念体の身体の欠片が、コンクリートを砕き穿(うが)っている。電柱柱などは、半ばあたりで折れていた。鉄のような固さだ。前に見たとき、体の破片は泥のような物だったと言うのに。どうやら思った以上に内包している魔力が増えているらしい。

 

 ずるり、と残った体から触手が伸びた。それらは吹き飛び弾けた欠片たちの元へ伸び、回収していく。

 

「まだ生きてるのか、あれは」

「た、ただ傷つけるだけじゃダメなんです!」

 

 ユーノの声に反応したなのはが、初めて彼に目を向ける。

 

「あれはジュエルシードと呼ばれる石によって生み出された思念体。いくら体を傷つけても、その核であるジェルシードを封印しなきゃ――ッ!」

「どうすればいい」

「これをっ!」

 

 ユーノは首に下げた宝石をくわえ、なのはに差し出す。

 

 なのはが受け取ると、それは桃色に光り出した。暖かい光だ。まるで命が吹き返したかのような感覚すらする。

 

「これは……」

「それを持って、心を――」

「ッ!!」

 

 ユーノの言葉を遮るようになのはは飛び退いた。同時に、先ほどまでいた地面が、体の一部を巨腕のようにした思念体が叩き潰す。地面が砕け破片が散った。

 

 コンクリートの外壁に着地したなのはを追撃するように、完全に再生した思念体が突撃してくる。さらに飛び退いてそれを避ける。

 

「おいっ」

 

 空に滞空しながらなのはが叫ぶ。

 

「この宝石を持ってなんだ!」

「こ、心を澄ませてください! それで、僕に続いて!!」

 

 着地したなのはを押しつぶさんと、思念体が飛びついてくる。

 

「邪魔……だッ!!」

 

 真っ白な左足が空に掲げられる。それを思念体が目の前まで落ちてきた瞬間に振り下ろした。

 

 ドッゴォ!! と、思念体の頭(?)に踵落としが叩き込まれる。コンクリートで固められた地面が砕けた。痛覚があるのか、それともまた別の要因か、思念体はもがき苦しむように蠢く。

 

「続けろ! 私は問題ない!」

「は、はいっ!」

 

 再び視界がぐるりと回った。今度は縦方向だ。宙返りをして思念体の突撃を避けたらしい。

 

 まるでジェットコースターにでも乗っているようだ、とユーノは思った。

 

「わ、我、指名を受けし者なりっ」

 

 体を鞭のように振り回し、家々の外壁やら電柱やらをなぎ倒しながらなのはを襲う。なのははそれをローキックでそれを引きちぎり、後退しながらユーノの言う詠唱を復唱する。

 

「契約の元っ、そ、その力を解き放てっ」

 

 視界が回りに回る。その上飛んだり跳ねたり、身体が宙に浮いたりなんなり。ジェットコースターどころか、それにフリーフォールやらトランポリンやらまでもが混ざってきた。

 

 正直、恐くて口がうまく回らない。

 

 だがどうやらうまくいっているらしい。なのはが復唱するたびに、胎動を開始するように魔力が膨れ上がる。同時に赤い宝石、レイジングハートの放つ光も強くなっていく。

 

「風は空にぃ!? ほじッ……ほ、ほほ、星は天に……」

 

 竜のような(あぎと)を形成した思念体とぶつかった衝撃で、思い切り舌を噛んだ。血が(にじ)んできたのが分かる。とてつもなく痛い。

 

「そひて、ふくふの心は――」

 

 しかし幸いと言うべきか。うまく口が回らずとも、舌が痛くてうまく言えずとも。彼女はそれを正確に理解し正しく復唱してくれる。

 

 出来ればもっと穏便というか、そんな状況になるようなことをしないで欲しいのだが、直感的に言っても仕方ないと理解していた。

 

「「――この胸に!」」

 

 キィン、と魔力が振動する。なのはからレイジングハートへと送り込まれる魔力が増大し膨れ上がる。

 

「「この手に魔法を! レイジングハート――」」

 

 それは極限にまで高まり強くなって――、

 

「「――セットアップッ!」」

 

 ――爆発した。

 

《Stand by ready. Set up》

 

 解き放たれた魔力が光の柱となった立ち上り、雲を掻き消す。それだけでなく、あまりにも膨大な魔力故に、魔力の嵐ともいえる桃色の風が辺りに吹き荒れた。爆発の衝撃で思念体は吹き飛ばされ、電柱をなぎ倒して落ちる。

 

 ユーノも吹き飛ばされそうになるが、なのはの腕にしがみつき何とか耐えしのぐ。

 

「ぐ……ぅっ! これは――っ!」

「な、なんて魔力だ……ッ!!」

 

 資質があるとは思ったし、自分よりも魔力があるとは思っていた。

 

 だがこれは予想以上に予想以上だ。自分よりも魔力があるとかそういう問題じゃない。レベルが違う。

 

「おいっ、ここからどうするんだ!」

 

 はっと我に返り、ユーノはなのはの手の中から飛び降りる。

 

「イメージしてください!」

「イメージだとっ?」

「君の魔法を制御する魔法の杖、そしてその身を守るバリアジャケット(強い衣服)を!」

 

 瞬間、なのはの身が桃色の魔力に包まれた。

 

 杖が形成され、防護服が魔力によって編みこまれる。

 

「――な、なんだこれはッ!?」

 

 光が晴れ、彼女の姿が再び現れるのと、そんな悲鳴じみた声が聞こえたのは同時だった。

 

「ど、どうしたんですかっ」

「こ、ここ、こんな……ッ!」

 

 現れた彼女は、その手にしっかりと変形した状態のレイジングハートが握られている。真紅の宝石をコアとし、三日月状の金色に輝く穂先。棒状の柄と合体する付け根のあたりから冷却用の噴射口が二つ設置されている。

 

 さらに防護服、バリアジャケットも問題なく形成されていた。

 

 白と青を基調としたものだ。形としてはセーラー服に通ずるものがある。スカートはロングスカートで、裾にフリルがあしらわれている。胸のリボンに当たる部分は、金色の鋼鉄で作られており、両手にオープンフィンガーグローブをはめ、袖にはハンドガードらしき装甲が取り付けられている。

 

 正常だ。なにもかも正常に機能している。

 

「あ、あの、なにが――」

「これだバカモノっ。こ、こんな……こんな!」

 

 びしっ、と指差したのはバリアジャケット。

 

「こんな魔法少女みたいなもの着ていられるかっ!!!!」

「えぇ――ッ!?」

 

 そ、そんなことぉ!? と、ユーノは思わず叫んだ。

 

「杖は……まだいい。まだ許容できる。だがこれはダメだ、これだけは許せん! 変えろ、今すぐ変えろ!!」

「で、でもイメージしたのはあなたじゃ……」

「た、確かに一瞬聖祥の制服がチラついたのは事実だが! なにもそれをアレンジしたものを選んだわけじゃないぞっ」

 

 それともまさかこの前見た魔法少女アニメに洗脳されたのか!? などと訳の分からない事を叫びながら頭を抱え始めた。

 

 そうしている間にも思念体は復活し、こちらを睨みつけ今にも突撃しようとしている。

 

 焦った。とにかく焦った。まさかバリアジャケットが気に食わないなんてことで躓くなんて!

 

 ド――ッ!! という爆音がした。思念体が弾丸のごとく飛んできている。

 

「わーッ! じゃ、じゃあ早く変更を!! 今度こそ正式(?)な防護服をぉ!!」

「変更っ、変更だッ!!」

 

 形成されたバリアジャケットが桃色の魔力に戻される。先の形から変形し、新たな防護服の形を形成していく。

 

《Protection》

 

 バリアジャケットが再構成される中、既に目の前まで来ていた思念体が、レイジングハートの電子的な女声と共に展開された防壁に衝突した。あまりの固さにそれは壊せず、その上反射された衝撃と、プロテクションの“弾き返す”効果よって、自分自身が吹き飛ばされ再び地面に激突する。

 

 それと同時、バリアジャケットの再構成が完了した。

 

「お、おぉ……っ!!」

 

 なのはがなにやら感嘆の声を漏らした。

 

 再構成されたバリアジャケットは、まさしく軍服だった。それも漆黒の軍服。左腕には真紅の腕章が取り付けられ、首からはルーン文字らしきものが刻まれた、紅いたすきのようなものを下げている。オープンフィンガーグローブをはめていた両手には、剣に巻きつく双蛇の描かれた白い軍用手袋が代わりにはめられていた。

 

 そしてそれを身に纏った少女は――何故か泣いていた。

 

「え、えぇ!?」

 

 ――今度はなんだ、泣くほどの問題が起きたのか!?

 

 思わず頭を抱えそうになったユーノだったが、なのはは泣き続ける。泣き続けながら笑みを浮かべていた。

 

「まさか……まさかこんなにも早く、再びこの軍服に袖を通す時が来ようとは……っ!」

 

 何が何だか分からないが、どうやら感涙しているらしい。問題があったわけではないようだ。

 

「あ、あのー……」

「あぁ……すまない。封印だったな」

「は、はい」

 

 微笑みながら言うなのはに、思わず戸惑ってしまった。

 

 心なしか、若干優しくなった気がする。

 

「どうすればいいんだ」

「僕らの魔法は、いわゆるプログラムのようなもので、防御などの簡単な魔法は、最初からレイジングハートの中に入っているんですが……」

「封印の魔法は別、ということか」

 

 なのはの言葉にユーノは頷く。

 

「より大きな魔法を使うには、呪文が必要になるんです」

「呪文?」

「心を澄ませてください。あなたの呪文が浮かんでくるはずです」

 

 言うと、なのはは目を瞑り黙り込んだ。

 

 思念体は地面に激突した衝撃ではじけ飛んでいる。今は再生途中だ。時間はある。

 

 すると、キッ、となのはは唐突にユーノを睨みつけた。

 

「ひっ、な、なんですか……?」

 

 また何か問題が!? ユーノは冷や汗が垂れるのを感じた。

 

「……私に、これを言えというのか」

「は、はい?」

「私にィ……こんなフザケタ呪文を言えというのかァッ!!」

「ひぃいいいいいいいッ!!?」

(今度は呪文に文句が!?)

 

 ぐぬぬぬぬ……と、なのはは青筋を浮かべながら悔しそうに歯を噛みしめる。

 

「私は……私は魔法少女じゃないんだぞ……ッ。こんな、こんなバカげた呪文なんぞをォ……!」

「で、でもそれを言わないと……」

 

 ギリギリッ、と歯が音を立てた。

 

(そんなに嫌なの!?)

 

 が、急にガクリ、と俯きだした。

 

「……フェレット」

「は、はい」

「私にこんな物を言わせるのだ、きっちりしっかり後で説明してもらうぞ……」

「は、はい……」

 

 なのはは一歩踏み出す。その顔は青ざめ、エレオノーレを知る者からすればびっくり仰天とも言うべきほどに諦めに満ちていた。

 

「……カル……マジ……」

「?」

 

 怪訝な顔をして見守っていると、振り上げるようにその顔を上げた。

 

 

 

 

 

「リリカルマジカルッ!! ジュエルシード封印んん――ッ!!」

 

 

 

 

 

《Sealing mode Set up》

 

 なのはの叫び呼応し、レイジングハートが稼働する。封印に特化したシーリングモードへ移行し、穂先の付け根から桃色の翼が展開される。

 

 再生を完了し、再び起き上がった思念体が突撃してくる。それに対し、なのはは涙さえ見せながらも、レイジングハートを思念体に突き付けた。

 

 穂先の中心に輝く赤い宝石から、桃色の帯が数本放たれ伸びた。それは真っ直ぐに思念体に向かい、その巨躯を縛り上げる。

 

 その額に浮かび上げられるローマ数字。番号は二一。

 

《Stand by ready》

 

 準備が完了した、と告げるレイジングハートに、なのはは未だ歯をかみ合わせながら続く。

 

「リリカルマジカル……ッ!! ジュエルシードシリアル二一ッ、封印!!」

《Sealing》

 

 コアから光が放たれる。思念体の表面に浮かび上がらせたジュエルシード()を撃ちぬく封印の光。

 

 十数と放たれたそれは、なんの狂いもなく思念体を貫いた。

 

 思念体でも痛みを感じるのか、その真っ赤な目を見開き悲鳴を上げる。その体内から桃色の光を漏らし、内側から侵食され体ごと桃色に光り出し――光の粒子となって消滅した。

 

「くっ……こんなもの、ハイドリヒ卿になど見せられん……ッ」

 

 粒子は膝をつき涙を流すなのはを無視して、その場から消え去っていった。

 

 

 

 

 




 気分によってあっち書いたりこっち書いたりと、浮気しまくってるわけですが。とりあえず書き溜めてた三つはこれで投稿完了。

 次は守護執事かこっちか。できた方を先に投稿するけど……はたして。

 ていうかセリフに関して“これ危ない?”って危惧するのがいくらかあるんだけど……大丈夫かな? 怖いんだけど。

あ、ちなみに。
バリアジャケットとリリカルマジカルに関しての少佐は、個人的イメージなので、「こんなのザミエル卿じゃねえ!」というのはご勘弁いただきたいです。
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