魔砲少女リリカル☆ザミエル   作:結城勇気

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 ヤバい、まだ全然始まって間もないのに書く時間がない。

 四月後半に入ってから急に私生活が忙しくなっちゃって……一か月近くかかってしまいました。ごめんなさい。
 こんな序盤からこの調子じゃ先が思いやられるな……。
 何とか投稿ペースを戻していきますので、どうかご勘弁を。


第五話「寡黙すぎる女も困りもの」

 聖槍十三騎士団とは、かつてナチスドイツが存在したころに創設された組織だ。

 

 時は大戦中。ヒムラーSS長官のオカルトお遊びで結成された聖槍十三騎士団は、後に水銀の蛇(メルクリウス)と呼ばれる一人の男、占星術師カール・エルンスト・クラフトの介入によって、本物の魔人集団と化した。

 

 彼らは黒円卓という魔法陣の霊的加護を受け、歴史や怨念、血でも信仰心でも、人々から膨大な思念を浴びて意志と力を得た器物、聖遺物をエイヴィヒカイトと呼ばれる特殊な術を以て扱い、戦う。その力は、たったの十三人で主要先進国に匹敵すると世界に認識されるほどであり、団員全員が国連の裏ルートで膨大な懸賞金がかけられているほどだ。

 

 文字通り、一人一人が不老で一騎当千。更に幹部の三人は一人で師団規模の戦力であり、首領に至ってはたった一人で総軍レベル。まさしく化け物集団だ。

 

 

 

 

 

 

 ――そして、そんな聖槍十三騎士団が幹部。かつて黒円卓第九位大隊長であったエレオノーレこと、高町なのはは、家族と友人たちと共に温泉へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

「えーっと……」

 

 なのはの乗る車には、運転席に士郎、助手席にアリサ。後部座席には右になのは、中心にすずか、そして……左には彼女たち以外の少女が座っていた。

 

 なのはと似たような髪色の少女だ。髪を肩に触れるか触れないかというところで切りそろえ、前髪をヘアピンで留めている。青い瞳は死魚のようで、かといって死んだ目ではない。

 

 腕を組み目を閉じて、眠っているのか起きているのか分からない少女は、ただただ車に揺られている。

 

 反対側に座るなのはは、つまらなそうに車外を見つめている。

 

 それに挟まれたすずかは、居心地悪そうに肩を小さくしていた。助手席にいるアリサですら、どう切り出すべきか測りかねている。

 

 無言。

 

 ただただ無言。

 

 ひたすらに無言。

 

 出発前に何やら二人で話をしていた辺り、仲が悪いわけではないらしい。この無言が発生するようになったのは、海鳴温泉に向かって発進してからだ。

 

 常に無言、という訳でもなく、アリサとすずかが何か話せば少女は会話に入ってくる(なのはは何故か沈黙を続ける)。……が、少女が寡黙すぎて話が続かない。時折士郎もなのはや少女に話しかけるが、やはり続かない。

 

(これはさすがにキツイなぁ……)

 

 静寂に包まれる車内で、士郎も苦笑いしつつ運転を続ける。いつもなら起こり得ないほどの静寂は、どこか慣れない。数人で車に乗っているはずなのに、孤独感すら感じる。

 

 それで折れてしまうほど彼は弱い男ではないが、家にも店にもない居心地の悪さがあるのは確実で、それによって苦い笑みを溢してしまうのは、仕様の無い事だった。

 

 ふと、士郎は後ろに座るなのはの顔を覗いてみる。

 

 機嫌が悪いのか、調子が悪いのか、はたまた何か難しいことを考えているのか。彼女は若干険しい顔をしながら、ボーっと窓の外を眺めている。

 

 笑顔ばかりの彼女からは、到底考えられない光景だった。

 

 笑っているのはいいことだし、子供がいい子に育つのは、親としては嬉しい事でもある。

 

 だがどこか人間性の欠けた感じが、なのはにはあった。まるで笑顔という仮面をかぶってでもいるような――そんな感覚があった。

 

 親の前では笑顔でいよう、そんな考えがあったのかもしれない。それ故の仮面。気づかないフリをしてはいたが、気にはなっていた。

 

 きっと今目の前にいる、後ろで険しい顔をして車外を見つめるなのはが、仮面も何もつけていないなのはなのだろう。人間味の無いものではなく、仮面の裏に隠れた真の姿。

 

 士郎は苦いものではない笑みを浮かべた。

 

(新しい女の子がそうさせたのか、別の要因があるのか分からないけど……)

 

 ――いい旅行になりそうだ。士郎は何の根拠もなく、ただただそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……と、そんな事を考えている士郎にも気づかず、なのはは窓の外を眺めている。

 

 頭の中でグルグル回る、どうしてこうなったのだっ、という堂々巡りの自問。そんなものを意味もなく続けながら、彼女はトンネルに入ったことで窓に反射し映った、反対側の少女の顔を見る。

 

 眠っているのか、ただ目を瞑っているのか。窓に映る少女は、腕を組みながら目を閉じている。

 

 ――八神はやて。それが彼女の名だ。

 

 なのはとはやてには何の接点もなければ、特別な出会いがあったわけでもない。本来ならば知り合いにもならなかっただろうし、よもや共に温泉へ行くなどあり得なかったはずだ。

 

 そう。ただすれ違って終わりの関係で終始するはずの二人だ。

 

 が、現実として今、二人はこうしている。

 

(面倒なことになった……)

 

 はやてがいては、“仮面”をつけようにもつけられない。あんな姿を彼女に見せるわけにはいかない。彼女も似たような事情があるとはいえ、自分も、というのは彼女のプライドが許さない。

 

 故に親の前で演じる、“小学三年生の高町なのは”が出せず、車内の会話に参加することが出来ない。士郎やアリサ達を無視する形になってしまう。

 

 普段通りに話せばいいだけではあるのだが……それでは今まで何のために、あんな屈辱的な演技をしてきたのか分からなくなってしまう。そう考えると、どうしてもそれは選べなかった。

 

 ――どうしてこうなってしまったのだっ。

 

 何度目かの意味のない自問が繰り返される。

 

 こんなくだらない事で悩む自分が情けない。いつもならこんなにネチネチグダグダ悩むこともないのに。それもこれも八神はやてと出会ってしまったからだ。

 

 ……そうだ。あの時出会う事さえなければ、こんな面倒なことには……。

 

 

 

 

 

 ――なのはの言う彼女(はやて)との出会いは、一週間前に起きた。

 

 

 

 

 

 

      *  *  *

 

 

 

 

 

 

 高町なのはは休日の昼間、珍しく一人で海鳴の街に出ていた。ユーノもいない。

 

 別にアリサやすずかが忙しかった訳でもないし、彼女たちに何か用があったわけでもない。もちろんユーノも。

 

 ならば何故か。それは今回の目的は一から十まで個人的なものだからだ。二人を誘うほどの事でもないし、誘ったら誘ったで、二人にとってはつまらない一日になるだろう(彼女個人としては、目的の邪魔になりそうな気がしたから誘わなかっただけだが)。

 

 その目的とはすなわち、歴史調査である。

 

 この世界の日本には、エレオノーレのいた世界の日本にあった、諏訪原(すわはら)市が存在しない。それが判明したのは、たまたまあるはずの場所を見たらなかっただけなのだが、それはどちらでもいい。

 

 エレオノーレのいた世界にあったはずの街。それが無いという事は、もしかすると歴史に違いがあるかもしれない。そして世界の違いを知れば、もしかすると何かが見えるかもしれない。

 

 希望的観測ではあるが、魔法とジュエルシード以外に目的を果たす(“城”に帰る)希望が見えない以上、可能性があるのならやってみる方が得だろう。少なくとも時間以外に損をする、という事はないはずだ。

 

 そんなわけで、彼女は今図書館へと向かっている。

 

 ちょうどよく大きめの図書館が、近場に存在していることは前から知っていたし、たまに利用もしていたため迷う事もなかった。

 

 家を出て歩くこと数十分。

 

 たどり着いたその建物は、大きさゆえに見つけることは容易かった。

 

 ――風芽丘(かぜがおか)図書館。

 

 それはガラス張りの近代的な建物だった。図書館にレトロなイメージを抱いている人からすれば、本当に図書館なのか疑ってしまうほどだ。

 

 なかなか大きく広くて、老若男女利用者も多い。外から見ても結構な人がいる。

 

 なのはは数段程度の階段を上り、出入り口の自動ドアをくぐって中に入る。

 

 図書館内は、当然のように静寂に包まれていた。

 

 右手には受付があり、正面左では椅子に腰かけ本を読んでいる人々が見える。あとは本棚、本棚、本棚。本棚と本ばかり。

 

「さて……」

 

 なのはは図書館内をぶらつきつつ、歴史書の類を探す。他にも何かあれば、手に取って目を通してみて、興味深ければそのまま持っていく。歴史書もまた然り。

 

 そうして本を探し続けること三十分ほど。

 

 数冊の本を手にしたなのはは、適当な席に座ってそれらを広げた。

 

 ドイツ史と日本史を中心にしたラインナップだ。他の国の歴史は適当に(かじ)る程度で済ませ、この二つを主として歴史の違いを探る。

 

 どこの歴史を見るか、ということで絞った結果がこれだった。

 

「…………」

 

 紙の擦れる音が、坦々と耳に入ってくる。

 

 一冊一冊が、そこそこ分厚いハードカバーであるのに対し、彼女はそれらを一冊十分程度で読破していく。この程度の速読は、彼女からすれば容易いものだった。

 

 持ってきた本を全て読破するのにかかった時間は、二時間もなかった。

 

「……大して変わらんな」

 

 落胆を滲ませながら、なのはは一人ごちる。

 

 速読の上、自分の世界での歴史と照合してみたが、少なくともこれらの本に載る歴史との相違点は、全く見つからなかった。それどころか、カリオストロやトリスメギストス、カール・エルンスト・クラフトの名を見るたびに気分が悪くなった。

 

(前言を撤回だ)

 

 得はしても損はしない――ことはない。

 

「……返すか」

 

 イラつく頭を鎮め、なのはは手に取った本を元に戻す作業を開始する。

 

 本棚の間を歩き回り、記憶している本の元の位置へと向かう。一冊、二冊次々と、寸分違わず抜きとった場所へと戻していく。

 

 何か思う事もなく、ただ坦々と作業をこなすこと数分。

 

「ん?」

 

 最後の一冊を元に戻したなのはは、無意識的にそれへと視線が吸い寄せられた。

 

 なのはからは約五メートルほど離れた位置に、それはいた。

 

 簡潔に言ってしまえば、それは車いすに座った、なのはと同年代の少女だ。なのはと同じ栗色の髪を首回りで切りそろえ、ティーシャツと短パンというシンプルな服装に身を包んでいる。

 

 車いすに乗っていることからして、何らかの理由で足が不自由なのだろう。生憎、なのははそんな彼女へ同情を向けるほど優しい少女ではなかったが、視線が吸い寄せられた理由はそこではない。

 

 なのはは、取りたい本が高いところにあって届かないらしい少女に近づく。

 

 そして取りたいらしい本を取り、手渡した。

 

「これだろう」

「……すまない」

 

 本を受け取った少女は、なのはの顔を見上げてきた。

 

 少女とは思えない目だった。あえて形容するならば、死魚のようだと言える。眠たげに細められた瞳は、光が失せている訳ではないものの、どこか鋭い印象を以てこちらを見つめてくる。

 

 ――それを見て、なのはは確信した。

 

 

 

 

 

「シュライバーに続いて今度は貴様か」

 

 

 

 

 

「……ザミエル」

 

 

 

 

 二人目の同類だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

      *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 少女と共に、彼女の家へとやってきたなのはは、椅子に座り、甲斐甲斐しく動く少女を軽く目で追っていた。

 

 変わらず無表情ではあるが、てきぱきと紅茶を淹れる姿は、まるで女の子のようだ(・・・・・・・)、となのはは思う。

 

 周りの人間からすれば、何を言っているのかと訝しがられるところなのだろうが、なのはとフェイト、二人からすれば彼女がそうしている姿には違和感しか感じないのである。

 

 コトリ、と目の前にストレートティー入りティーカップが置かれる。

 

「……まさか、貴様までいようとはな。ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。いや、マキナの方がいいか?」

 

 家にやって来てから今の今まで黙っていたなのはは、初めて口を開いた。

 

「どちらでもいい」

 

 少女、八神はやては短く告げると、なのはの対面に車いすを移動させ、向き合う。

 

 ――黒円卓第七位大隊長、ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲン。

 

 エレオノーレ、シュライバーと同じ大隊長の一人だ。ラインハルトより黒騎士(ニグレド)を賜った()でもある。

 

 そう。『男』である。

 

 断じて『女の子』などではない。

 

「……とりあえず、だ」

 

 なのはは一瞬、訊くべきか否かを考えたが、あえて聞いてみることにした。

 

「……貴様、紅茶など淹れられたのか」

 

 正直言って、そんなイメージまったくないというのが本音だった。

 

 ゲッツ・フォン・ベルリッヒンゲンという男は、鍛え上げ無駄のない筋肉隆々の身体に、一分の隙もなく軍服を着こなした無精髭の偉丈夫だ。

 

 徒手空拳を以て戦う彼は、素手で戦車を破壊し、戦車の主砲をその身で受けようとも全く動じないような存在である――後者に関しては黒円卓のほとんど全員に言えることだが――。

 

 寡黙で多くを語らず、無駄な戦いや殺し合いを好まず、男の戦いなどにおける矜持(きょうじ)を持ち合わせる、まさしく『英雄』的な男。それが彼(今は彼女だが)のはず。

 

 紅茶を淹れる姿など、黒円卓で言えば精々ルサルカ・シュヴェーゲリンか、先のウォルフガング・シュライバーくらいしか想像できない。

 

 いや、百歩譲って他の団員が紅茶を淹れることが出来たとしても、目の前の男、否、女が淹れられるなど……。

 

「私が淹れては悪いのか」

「別にどうという事はないが……」

「ならば本題に入れ」

 

 無表情故に何を思っているのかは分からないが、少なくとも怒っている訳ではないだろう。

 

 少なくとも、なのはの知る限りこの程度で怒るような男ではなかった。

 

「……まぁいい。とりあえずは現状確認だ。まず――」

 

 なのはが質問し、はやてがそれに答えるという形式をとった状況確認は、(とどこお)ることなく順調に進んだ。

 

 まず、お互いの共通点として、魔人の身体能力と、どういう訳か霊的装甲が展開されていないらしいことが挙げられる。おそらくこれは、シュライバーにも当てはまる事だろう。

 

 後者の霊的装甲とは、彼らの持つ聖遺物を扱う特殊な魔術、永劫破壊(エイヴィヒカイト)による特殊な障壁のようなものだ。簡単に言えば、この霊的装甲によって、彼らは自分たちが喰った魂に比例し肉体的耐久力、すなわち防御力が底上げされるのである。それこそ、現代兵器が一切意味を成さないほどに。ちなみに、魔人の身体能力も似たような理論である。

 

 霊的装甲に隙はなく、例え眉間にデザートイーグル(対戦車ピストル)のマグナム弾を受けようとも掠り傷一つ負わない(ちなみにこれは実例である)。

 

 しかし、今はこの霊的装甲が無い。

 

 聖遺物を持つ者は、聖遺物を(もっ)てでしか倒すことは出来ない。今の彼女たちには、そうして安心できる敵など存在しなくなったという事だ。それが例え、ただの人間であったとしても。

 

 そしてこれは、はやてに限るものだが、身体の女体化(というより生まれた時の性別が女だった)、さらに謎の力によって足が麻痺させられているらしい。

 

「つまり、立てないということか」

 

 なのはの言葉に、はやては首を振る。

 

「全くではない。やれば何とか立てる」

「逆に言えば、やろうと思わなければ立てないという訳か」

「歩行も走行も可能。だが、長時間は無理だ」

「病ではないとすれば、魔法関係か……」

 

 ジュエルシードが関わっている可能性は、限りなく薄いだろう。

 

 はやての足の障害は数年以上前からの事。だがジュエルシードは極々最近になって、この世界に落ちてきたのだ。願いを叶える願望機たるジュエルシードが、別世界から彼女の足に悪影響を与えるとは考えにくい。それこそ、誰かがはやてに悪意のある願いを、正確に(もしくはこれが歪んだ結果)叶えた可能性もあるが、現状、その可能性を示唆する情報は存在しないことから、無い、としておく。

 

「……魔法?」

 

 はやてが、(分かり辛いが)訝しげに言う。

 

「ん? あぁ、貴様は知らなかったか」

 

 思い出したように言うなのはは、そっと人差し指をはやてに向けて突き出した。

 

 (分かり辛いが)怪訝な顔をするはやては、ジッとその指先に視線を集中する。

 

「っ」

 

 瞬間。

 

 何かを直感的に感じたはやては、反射的に首を横に反らせる。と同時に謎の光が、反らせた影響で軽く浮いた髪の毛の先端をかすめた。

 

「これが魔法だ」

 

 理解したか、というなのはの問いに答える声はなかった。

 

 驚いて声も出ない、などという訳ではない。元々口を開く方が少ないはやては、ただ黙って示すのみ。

 

 沈黙による肯定を受け取ったなのはは、突き出した人差し指を下げて続ける。

 

「端的に言えば、私とシュライバーは魔法(これ)に関わっている。アイツはどうも違うようだが、少なくとも漠然と可能性を探すよりはマシだろう」

 

 何の、とは聞かなかった。

 

 彼女が求めるものなど、はやてからすれば容易に想像できる。

 

 だから言葉にしたのは、別のことだった。

 

「他にはいないのか」

 

 つまり、マキナとエレオノーレ、そしてシュライバー以外に同じ状況へと陥っている者は。

 

「現状、確認しているのは貴様と私を合わせて三人。すなわち、大隊長だけだ。他はまだ分からん」

 

 そうか、とはやては一言言っただけでまた黙る。

 

 ちら、と時計を見た。時間にして約一時間半ほど経っていたようだ。なのはと共にこの家へ帰ってきたころは、十一時半ごろだったか。既に一時を過ぎ、昼時を迎えている。

 

 はやては車いすのタイヤに手をかけ、軽く移動させながら言う。

 

「昼を用意する」

「……貴様がか」

「私が作っては悪いのか」

「いや……」

 

 だからそういうのはルサルカかシュライバー辺りの……と、考えたところでふと違和感を覚えた。

 

「ん? 貴様、今なんといった」

「?」

「“私”、だと?」

 

 喋り方としてあまり違和感がなかったから、はたまた女の姿だからか今の今まであまり気にしなかったが、よく考えればまったくもっておかしい。

 

 目の前にいる少女は元男(・・)だ。一人称もしっかりと“俺”だったはず。

 

 まさか女になったから“私”に直した、などと考えるような輩でもあるまい。そう考えるとますます訳が分からなくなってくる。

 

「どういうことだっ」

 

 まさかこの世界に来ておかしくなってしまったのか。それとも女になったからおかしくなったのか。そんなに脆い男だったのかコイツは。

 

 なのはの疑問を察してか、はやては――元の人物を考えると珍しく――バツが悪そうに顔を(しか)めた。

 

「親に矯正された」

「矯正だと?」

「少女が“俺”などと言う物ではない、と」

 

 なるほど、自分の娘、それも幼い少女の一人称が男のようなそれであれば、直そうとするのも分からなくはない。元男などと知りはしないのだから。

 

 なのはには、はやての心情など理解は出来なかったが、いくらかつて黒騎士だ英雄だと謳われようとも何か思う事はあったことだろう。

 

「ゆえに……なんだ。親が死ぬまでは“私”で通したが」

 

 親が亡くなったと思ったら今度は主治医が来た。

 

 石田、とかいう医者らしい。原因不明の麻痺を起こす足を持つはやてを、当初から見る者だとか。それゆえに親とも仲が良くなり、当然患者であるはやてにもよく接するようになった。

 

 親を亡くしたという事で、親代わりを務めようと思ったりしたかもしれない。いろいろと親身になって接してくれた。

 

 ――まるで親のように。

 

「戻したら何か言うかもしれない、ということか」

 

 はやては無言で肯定する。

 

 なるほど、それは確かに面倒だ。

 

 本来であれば気にすることはなく、総じて無視してしまえばいいかもしれないが、今の彼女はまだ子供(姿形は)。大人と言う物を排除して考えることが出来ない。

 

 それに、おそらく石田という医者は面倒なほどに絡んでくる可能性が高い。大抵そういう連中は、なんとかしてあげなければ、という善意で動く。子供のころからそんな喋り方では、将来困ってしまうかもしれない。そう考え、必要以上に関わってくる可能性もあるだろう。

 

 それは……あらゆる意味で避けたい、とはやては考えたのかもしれない。

 

「……昼を作る」

 

 あまり触れられたくない話題だったらしい。はやてはそれだけ告げて、逃げるようにキッチンの方へと車いすを走らせた。

 

 ――ちなみに、昼は母親(ももこ)の作る料理と同じくらい美味かった。

 何故か悔しくなった。

 

 

 

 

 

 

      *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 

 はやてとこれまでのこと、そしてこれからのことを話している間に日は傾き、夕焼けが道を照らす時間となった。

 

 適当に別れを済ませたなのはは、まっすぐ家路につく。

 

 家に着くころには、既に日は沈み、月がこれ見よがしに光り輝いていた。

 

 珍しく少しだけ遅い時間に帰ってきたため、少しばかり心配されてしまったが、友人の家に行っていたら遅くなったと答えると納得された。

 

 ちょうど夕飯直前だったらしく、なのははリビングの自分の席に着く。目の前にホカホカご飯が置かれた。

 

「八神はやてちゃん、かぁ。なんだか大変そうな子だねー」

「なのはと同い年で一人暮らしか。事情はありそうだが、力になってあげたいな」

 

 美由希の言葉に恭也が頷き言う。

 

 なのはとしては、はやての中身が中身だけに同情など欠片も抱けないのだが、一応二人に倣って頷いておいた。

 

「その子、学校も行けてないんだろう? 可愛そうになぁ」

「足、早く治るといいわね」

 

 自分の分を置き終えると、桃子は席に着いた。

 

 同情するくらいなら……と思わないでもないが、それは言ってもも仕様のない事だろう。どれだけ想像力を働かせようとも、当人の苦しみも思いも真に理解することなど出来ないのだ。大変だ、可愛そうだ、力になってあげたい。その程度の言葉を吐くぐらいしか、当人に対して言えることなどない。

 

 結局は何も出来ないししない。他人は他人で身内は身内だ。所詮は優先順位が違うのである。

 

 だからこそ、桃子が言い出したことを、なのはは一瞬理解することが出来なかった。

 

「そうだっ、今度月村さんとアリサちゃんと私達で行く温泉旅行に、はやてちゃんも誘いましょうよ」

 

 ――……は?

 

 待て、なぜそうなる。どうしてそういう結論に至ったのだ。というかそれはちょっと困るから勘弁してほしい。

 

「お、良いね。よしっ、後で僕が月村さんとアリサちゃんの家に電話しておくよ。なのはは、はやてちゃんに連絡してくれるかな」

「恭也と美由希も、はやてちゃんも参加していいわよね?」

「もちろん! 大賛成だよっ」

「はやてちゃんが良いって言うなら、俺は構わないよ」

「じゃあ決まりねっ」

 

 (顔には出さないが)唖然とするなのはを余所に、話がどんどんと進んでいく。

 

 気が付いたころには、月村家とアリサからの許可がとられ、なのはは電話の受話器を手に、八神家へと電話をかけさせられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……思えばこの時異を唱えなかったがゆえに、今があるということなのだろう。

 

 キィっ、とバックする車が止まった。士郎の運転する車に乗っていた四人娘と士郎が下りる。

 

 海鳴温泉。今日の旅行地。

 

 なのはの憂鬱な温泉旅行が始まった。

 

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