なんとなく書きたくなって書いたルーミアが食事を摂るだけの短編です。

(次作は)ないです。

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宵闇の美食家と食べられたい人間

人を食べたい妖怪がいた。

質素な黒の服を着て、紅いリボンを着けている髪は金の色味。

赤い瞳を闇に浮かばせ、今日も一人獲物を探す。

彼女の名前はルーミアという。

幻想郷と呼ばれるこの世界の中でも、一際ポピュラーな人喰い妖怪である。

 

またあるところには、妖怪に食べられてみたい人間がいた。

彼は特に美しい妖怪に食べられることを望んでいた。

指の一本一本からじっくりと徐々に苦痛を与えられながら、自身の存在を咀嚼されてみたい。

そのフェチズムはある種の破滅願望のようでさえあった。

 

その二人が、ある日偶然にばったりと出会ってしまった。

ある夏の日の夜のことである。

ルーミアはいつものように空腹から逃れるために獲物を探している最中で、そして人間はただの散歩に出かけていた途中で。

 

「あら、人間。

ねえ、貴方は食べてもいい人間かしら?」

 

「よ、妖怪……!?」

 

人間は後ずさり、尻餅をつく。

そんな様子を見てルーミアは御満悦であった。

獲物に恐怖されること、妖怪にとっての矜持とはここにある。

畏怖され、恐怖されて。

そうして妖怪というものの存在は保たれるのだ。

これ以上の快楽はあるまい。

 

ルーミアはその口を三日月のように歪ませ、溢れようとするヨダレを抑えるのにも苦労していた。

 

「それじゃあ人間さん、いただきまぁす」

 

尻餅をついたまま動かない人間に覆い被さるようにして身体を預ける。

そのままいつものように腕や足に力をかけ、食事の最中に獲物が動かないようにと固定した。

重なる胸からドクンドクンと大きくそして早く脈打つ鼓動に獲物の焦燥を感じる。

それに更に機嫌をよくした彼女は口を大きく開いてまずはと肩口に噛み付いた。

じわりと新鮮な血の味が口の中に広がっていく。

人間の肉の匂いと血の匂いが充満していく口内で、最早溢れ出るヨダレを隠すことなどできなかった。

 

だがここでルーミアは焦らない。

一気に肩を丸ごと噛みちぎるようなことはせず、まずはほんの指先程度の肉を前歯で引きちぎった。

人間の肩口はヨダレと血が混ざった大量の液でぐじゅぐじゅに汚れている。

 

口の中の肉を弄びながらゆっくりと咀嚼する。

さあ、人間はどんな恐怖の叫びを、慟哭を聴かせてくれるのだろうか。

 

「あっ、はっ、あぁ……」

 

その人間の反応はルーミアの予想を大きく外し、そして大きな困惑を与えることとなった。

その口から漏れ出る声は恐怖や苦痛のそれではなく、そして蒸気する頰と笑みを抑えられないといった口元は、快楽を感じている人間のものだ。

 

ルーミアという妖怪と対峙し、そしてこのような快楽の反応を示した人間は、流石にこれまでにも出会ったことなどなかった。

 

思わずぽかんとしてしまい、開けてしまった口からはミンチのようになってしまった彼の肉が落ちてしまった。

 

「ちょっと、何よそれ」

 

「ああ!まさか、わたしの悲願の叶う時が来ようとは!ああ痛い!痛い、が!素晴らしく心地よい……!」

 

喜びのせいか声高々に叫ぶ人間にルーミアは素直に気持ちが悪いと感じた。

はあ、と溜息をついて人間の拘束を解く。

つまりは、人間の身体の上から離れたのだ。

 

「どうなさいました、さあ続きを」

 

「……いやよ、貴方は美味しくないわ」

 

地面に落ちたミンチ肉を踏みにじり、森の奥へと消えようとするルーミアに、人間は追いすがるようにして着いて行く。

 

「何故です、あんなにもいい表情をしてらっしゃったではないですか!さあ、わたしの血肉をどうか、どうか」

 

ルーミアは再度大きく溜息を吐いた。

そして振り返ってその奇妙な人間と向き直る。

 

「ダメ、ダメなのよ貴方。全然なってない!」

 

「な、何が問題なのでありましょう。稚拙な頭しか持たぬわたしめにどうかご教授を願いたい」

 

「あのね、貴方は人間だし、美味しく調理されたものを食べたことがあるわよね」

 

「も、もちろん。人間の食生活の基本でありますね」

 

妖怪であるルーミアからの質問に、人間はしばしきょとんとしたのちにそう答えた。

生でも勿論食材というものは楽しめるものであるが、焼き、茹で、時に砕き、塩や胡椒のような調味料で味付けしたのちに食べるのが基本である。

 

「それで、貴方はそうやって美味しくなったものを忘れて、これから先ずうっと味付けもなしに生で食べ続けられる?」

 

「無理ですね。野菜ならまだしも魚や肉を調理も無しになど考えられませぬ」

 

「でしょう。

私もね、貴方達人間を食べる時はそうやって美味しくしないと食べたくないのよ」

 

「ですが、わたしを食べようとした時、焼こうとも何かをかけようともしていたように見受けられませんでしたが」

 

「私にとってね、人間の恐怖、苦痛、慟哭、絶望、そういったものは食材を美味しくするためのとっても素敵なスパイスなの!」

 

ルーミアは両手を広げて宙を仰ぐ。

足はきっちりと閉じており、まるで十字架を模したかのように見える。しかしその口元はすっかり乾いてしまった人間の血がこべり付き、背信感の象徴であるようにも感じられる。

 

「だから、快楽だなんて余計な不純物しか入ってない貴方が、美味しいわけがないじゃない」

 

「わたしは、貴女のような美しい妖怪に食べられたいと望んで生きてきたのです。今更どうして恐怖や絶望など感じられるのでしょう」

 

「知らないわ。他の妖怪にでも出会ってちょうだい」

 

踵を返して歩き去るルーミア。

そしてまたもやそれに追いすがる人間。

それを追い払おうとするルーミア。

そんな構図がしばらく続き、ルーミアにも苛立ちが沸き始め、食べる食べないに関係なく人間を殺そうかと思い始めた頃のことである。

ガサガサと草をかき分けてきた別の男と、ルーミアの目が合ってしまった。

 

「女の……子……?」

 

「今日は二人目か。ついてるわね。

ちょうどいいわ貴方、ちゃんと美味しく調理された人間というものを教えてあげる」

 

そう言ったのと同時に、ルーミアは男に飛び掛った。

彼女は男の背の半分ほどの背しか持たない、ハッキリ言ってまだまだ小さな子供の体躯である。

それなのに、体格のいい青年の体をいとも簡単に押し倒した。

 

「私、妖怪なの。

貴方とっても美味しそうだから食べてもいーい?」

 

「な、何を言ってるんだ。離してく」

 

男が言葉を言い終わる前に、ルーミアは人間の時と同じようにして肩口へと噛み付いた。

血が溢れ出し、ぶちぶちと筋繊維の引き千切れる異音が森の中へ木霊する。

ルーミアはやはりほんの少しだけ肉を噛み千切り、的確に恐怖と苦痛を与えていく。

 

「ああ"ッ!や、やめてくれッ!」

 

「ダメよ、私お腹が空いてるんだから」

 

肉片を咀嚼して、こくんと喉を鳴らして飲み込んだ後は、さらに肩口の解体へと取り掛かる。

獲物を生きたまま、苦しめながら、如何に殺さず食事を楽しむか。

ルーミアは人間の命というものを熟知していた。

何度もこうやって人を食べてきたルーミアには、殺さずにある程度解体することなど造作もなかった。

痛みと絶望の中、喉の奥から絞り出すような悲鳴を上げ続ける獲物にルーミアの機嫌はとても良くなっていた。

 

「おっ、お前ッ!お前も人間、だろッ!?

た、助けっ、助けてくれ!」

 

男が人間へと助けを求める。

当たり前のことだ、死にそうな時に目の前に同種の生き物がいるのだ。

助けを求めない道理がない。

だが、人間の心は同種の死を前にして自分が思っていたよりも冷めていたことに気がついた。

 

「ああ、羨ましいことこの上ありませんな」

 

自身の悲願を達成していながらも、それを否定する目の前の男に対して、彼は嫉妬の心を抱いていたのである。

そして彼はルーミアへと逆らう心など持たず、そのメリットもないのだ。

故に、男の懇願は聞き入れるに値しないものとなっていた。

 

この様相を見て、ルーミアは人間を連れてきて正解だったと思う。

人が希望を抱き助けを求める姿、それもまたヒトを美味しくするスパイスになりうる。

そしてそれが砕けた瞬間、ルーミアの心の中に一種の快楽が生まれるのである。

なんという至高か。

ああ、今宵の晩餐は素晴らしい。

 

ルーミアが放蕩するその一瞬の間隙。

男はふいを突いて腰に差してあったナイフを引き抜いた。

ルーミアの方をじっと見つめていた人間は、その彼の行動に真っ先に気がついた。

 

「危ない!」

 

人間の言葉にルーミアははっと気がつくと、顔を少し後ろへと逸らした。

振り抜かれたナイフが頰をさっと掠める。

完全に避けきるには至らず、彼女の頰に一閃の裂傷が現れた。

 

「このッ!」

 

ナイフを持った手を思い切り掴み、そのまま握り潰す。

ぐしゃり、と気持ちの悪い肉や骨のひしゃげる音が響き、ナイフが彼の手から落ちた。

絶好のチャンスを失ったという悲痛と、そして腕を失った苦痛と、二つの痛みを伴った叫びを男は発する。

 

「危なかったわ、まあまともに当たってたとしてもすぐに治っちゃうからいいんだけど」

 

そう言いながら、次はまだ潰れていない方の腕、その五指を一本一本丁寧に噛み砕いていく。

そして、そうだ、と呟いて親指だけは摘んで引き千切り、人間に向かって手招きをする。

 

「なんでありましょう」

 

彼女はわざわざ屈んで目線を合わせてくる男の口へ向かって先程引き千切った親指を思い切り突き出した。

中途半端に開いた口に無理矢理ねじ込むようにして男の肉を突き込む。人間はそれを反射的に噛んでしまった。

ぐに、と固い肉を噛んだような感触がした。

続いて猛烈な血の臭いが口の中を支配する。

 

「うっ、うぐっ!」

 

それを吐き出そうとしたが、ルーミアの手が口を塞いでいるせいで叶わない。

しかし肉を食べようとも飲み込もうとも思わない。

人としての理性はまだしっかりと残っていた。

人間は手から逃れるように立ち上がり、ルーミアから離れて口の中の異物を吐き出す。

それと同時に胃の中のものも一緒に口から出てきてしまった。

 

「勿体無い。

美味しい人間の味を知ってもらおうと思ったのに」

 

彼女は頰を膨らませて子供のように抗議する。

しかしすぐに興味を失ったようで、再度男の解体に戻った。

男はもう殆ど呻き声しかあげていなかった。

身体中が滅茶苦茶になっている所為で、痛みすら感じないほどに麻痺してきているのだろう。

 

 

しばらくして、腕や足、腸に頭と至る所を齧られ殆ど肉片と化したそれを置いてルーミアは満面の笑みで立ち上がった。

もう十分に堪能し満腹になったのだろう。

そのまま立ち去ろうとするルーミアを、やはり人間は追いかけていく。

 

「もう、どうせそうなると思ってたからべつにいいけど。

どうしてまだ追いかけてくるの?」

 

「頰。

傷が残っているであります」

 

人間は何処からか取り出した薬を唐突にルーミアの傷口に塗り込んだ。

じんわりと傷が熱を持つ。

最早何を言ってもついてくるであろう彼に、ルーミアは諦めて好きなようにさせていた。

見れば、いつの間にか人間の肩口、ルーミアが噛みちぎったところは布で止血されている。

 

「これでも医者を志しているであります。

これくらいの傷の処置ならお茶の子さいさいでありますよ」

 

「医者が食べられて死にたいだなんて変な話ね」

 

「それは個人的な性癖の話であります」

 

人間は少し笑ってそう言った。

今まで数多く人を喰らってきたが、こんな趣向を持つ相手を見たことはなかった。

勿論こんな人間ばかりだとルーミア自身が困ってしまうのだが。

 

「貴方どこまで付いてくる気なの?」

 

「勿論食べてもらえるまででありますよ」

 

「もうずうっと?わたしのねぐらに来てまで?」

 

気がつけばいつもルーミアがねぐらにしている洞穴に到着していた。お腹がいっぱいになるまで食事を摂って満足していた彼女の足は無意識の内にここまで向かっていたのだ。

この洞穴は少し前に見つけたものだが、程よく涼しく、かつ他の生き物の縄張りにもなっていないため寝床とするには最適な環境だったのである。

 

「ええ。邪魔だったら食べてもらえるでしょうし。もとより私には身内もありません。いなくなったところで心配する者もいないであります」

 

勝手に居着く宣言をする人間にルーミアは何日間か洗っていない不清潔な頭を掻きむしって唸る。

 

この人間の体つきを見るにとても好みの味がしそうだけどなあ。勿体無いなあ。

 

ルーミアは口に出さずに考え、はあと一つ溜息を吐いた。

 

 

 

 

それから数年の時が経った。

人間は少しだけ顔つきが老けてきていたが、ルーミアに変わった様子は全くない。

妖怪にとって数年もの時間はかなり短いものなのだ。

 

もとより数百年、数千年を生きる者たちにとって人間と同じ尺度で時間を捉えていては精神が持たない。

故に最早非常食として見ていた人間と数年間一緒に過ごしていたとしてもおかしい話ではなかった。

 

先程狩りから帰ってきたルーミアはあのままずっと寝床にしている洞穴の中で疲れたように大の字で寝転がった。

いつも通り人間が火をつけておいたのであろう焚き火の熱が彼女の体をそっと温める。

 

鳴り響く腹の音は彼女が空腹であることを鮮明に告げていた。

近頃は獲物が中々獲れないのだ。

調子に乗って狩りすぎた時期があったので、それで人間が恐れて無闇に出歩かなくなったのである。

さらに巫女まで動き出したという風の噂も聞いた。

ルーミア自身の行動範囲もかなり制限されてしまっていたのだ。

 

「大丈夫でありますか、ルーミアさん」

 

そんな彼女を気遣って人間が淹れたてのハーブティーを出してきた。

ルーミアが留守にしている間に洞穴の周辺で育てているハーブを使用したものだ。医学の勉強をしている間にそういうこともできるようになったらしい。

 

空きっ腹にはそんなものでもありがたい。

ルーミアは起き上がってそれをすぐに喉に下した。

少し熱かったが妖怪にそれが耐えられぬわけもなし。

空っぽになった湯飲みを脇に置いて、空腹に耐えるように三角座りで顔を腕に埋めた。

 

「しかし何か手を考えねばなりませんな……」

 

人間はいつの日からか自分を食べてほしいなどとは言わなくなっていた。

それがどういう心境の変化によるものなのかはルーミアはよくわかっていなかった。

精々命が惜しくなったのだろう、だとかそういった方向に見ていたのである。

三角座りのままほんの少しだけ顔を上げて人間を伺う。

 

数年前は本当に不味そうに見えたというのに。

ああ、なんて、美味しそう。

 

「何かで里から誘き出すことができれば……。いやしかし……」

 

ぶつぶつと何かを呟き思案する人間。

彼は考え事に没頭していてルーミアの様子に気がついてはいない。

ルーミアの足と尻の間に液体が滴り落ちた。

それは糸を引くように彼女の口元から延びている。

 

彼女はそれを気にせずおもむろに立ち上がった。

液体は垂れ流しのままであり、その黒い衣服を汚していくが、ルーミアはそれも厭わず人間へ向かっていく。

 

そして

 

「うおおっ!?」

 

ルーミアは人間を硬い地面の上へ無理矢理押し倒した。

その衝撃により舞い上がった土煙が炎の明かりに照らされて漂うのが人間の目に映った。

 

「な、何をするのでありますか?ルーミアさん……」

 

人間は呆気に取られたような顔をしてそう問うた。

対するルーミアはほんのりと頬が紅潮しており、潤んだ瞳は何処か愛おしそうに細められている。

吐息は音にして聞こえるほどに荒く、そしてその口元からは決して少なくはない涎が滴り落ちていた。

 

その表情は人間の知る発情のものとほぼ同義であり、ゆえに彼の頬もまた著しく赤みを帯びていく。

 

「る、ルーミアさん。

わわわわたしはあなっ、貴女とともに生活してきて少なからず……いえっ、おお大きな好意を抱いてはありますがそのっ!ここっ心の準備というものがその……っ!」

 

早口でまくし立てる彼の言葉は強い焦りを感じさせる。

しかしそんな焦りも気にせず、否、全くもってと言っていいほどに彼女の目には映らず、ゆっくり、ゆっくりとその涎に塗れた小さな唇を人間へと近づけていく。

 

人間は観念したかのように目を強く閉じた。

唇はしかし、彼の口元を素通りし、耳元へと到達する。

最早二人の体は重ね合わさり密着している。

 

「今のあなた、ほんっ……とうに、美味しそう」

 

彼女の艶かしい吐息が耳を擽るなか、そんな死の宣告と言ってもいい言葉がゼロ距離で耳へと侵入した。

 

直後、鮮血が地面へ飛び散った。

 

「へっ?」

 

間抜けな声を出した人間は自らの身に何が起こったかを十数秒経ってから気がついた。

 

「あっ……あが、あああぁぁぁぁぁッ!」

 

左耳がまるで熱された鉄を押し付けられたかのような強い熱を持ち、痛いという思考よりもまず熱いという言葉が脳裏を駆け巡った。

その熱から逃れるために手足をじたばたと動かす人間。

しかし彼の上には体を密着させたルーミアがいるのだ。

その手指は地面に幾多もの曲線を描き、足は何度も何度も土煙を巻き上げた。

 

そんな人間の様子を口づけを交わしそうなほどに近い位置からルーミアは堪能する。

 

何年だったか前の彼とは全然違う。

とても美味しそうな悲鳴をあげている人間に対し、彼女の空腹は更に大きくなっていた。

昔、肩口を噛み付いた時の味とはうって変わって、とても芳醇で旨味のある耳をゆっくりと咀嚼しながら、しかし空腹に耐えかね胃の中に押し込むようにしながら、彼女は次に二の腕に浅く噛み付いた。

柔らかい肉に牙を突き立て皮膚を裂き、溢れ出る血を啜りながら咬みちぎる。

 

「や、やめっ、やめてください……!ぐっ、ルーミアさん……!」

 

「だってあなた、食べられたいって言ってたじゃない。嬉しくないの?」

 

「そ、それは……ぁぐうぅっ……!

わ、わたしはもっと貴女と一緒に……」

 

言い終える前に更に強く肉を引きちぎる。

ぶちぶちと筋繊維の断裂する音が響き、二の腕からは骨が見えてきていた。

苦悶に顔を歪める人間は、死の間際にある生物が見るという所謂走馬灯というものを見ていた。

 

人間にとってルーミアと過ごす数年の間は長いようでかなり短く感じていた。

最初はかなり邪険にされてはいたが、いつしか隣にいることを許され、時には添い寝をすることもあった。

彼女にしては珍しく彼を気遣ってか人間が食べられる木の実を拾ってくることもあった。

故に心を通わせていたものだと思っていたのである。

 

対するルーミアの方も実際のところ人間のことを嫌ってはいなかった。

怪我をしても治療をしてくれるし、洞窟周りの管理もしてくれる。雑用を自ら進んでこなしてくれる彼の存在は最早生活の中の一部になっていたと言っていい。

 

しかし彼女は妖怪だ。

それも人食い妖怪である。

人という種族とは結局のところ相入れることは出来ず、できたとしてもこうやって食欲を優先させてしまうのである。

 

 

気がつけば彼の片腕は殆ど無くなっていた。

いつもなら生かさず殺さず少しずつ苦しめながら食べるというのに、今の人間は時折顔を歪め呻き声を上げるだけのただの肉塊だ。

しかしルーミアは大いに満足していた。

彼の顔から伺うことのできた絶望は今までに食べてきた人間達のものとは少し違っていたのである。

その新しい味を知ったが故の充足感であった。

 

「あなた、とてもよかったわよ。今までで一番かもしれないわ」

 

意識を失い、周りの声も聞こえているかどうかという人間に対しルーミアはそう囁き、そして本格的な解体に取り掛かる。人間の目のふちからはそっと一筋の涙が流れていた。

 

 

 

「はあっ、お腹がいっぱい!久しぶりに気持ちよく食事ができたわ」

 

洞窟の真ん中でルーミアは一人、花の咲いたような笑顔で座っていた。

顔も体もどこかしこも血に塗れた彼女は猟奇的でいて美しい。

彼女は周囲に散らばっている骨の内の一本を掴むと、骨に残った小さな肉片を名残惜しそうにしゃぶる。

そしてふと思いついたように肉片の付いた骨をもう一本拾い上げると、それを後方へと差し出した。

 

「あなたもどう?今回はきっと美味しく食べられると思うわ」

 

しかし洞窟の中には彼女一人しかいない。

時折小さな虫や動物が駆け回っているが、それだけである。彼女と言葉を交わせるような存在はもうここにはいない。

 

「ああ、そっか……」

 

呟いて、残った一本に付着した肉片を歯でこそぎ取ると、彼女は再び大の字になって寝転がった。

今の彼女の中にある感情は一体どういうものなのか、それは自身にもわかることはなく、ルーミアはゆっくりと目を閉じて眠りの中へと落ちていった。

 


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