ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
「……つまり、あなた方晴風には猿島を攻撃する意志はなかったのね?」
「だから、何度もそう言ってます……」
岬明乃は今日だけでも何回目になるかわからない質問にそう答える。今明乃がいる時計も何もない小さな部屋はアニメやドラマで見た『ザ・取り調べ室』といった雰囲気だ。違うのは明乃の前には机がないぐらいだ。取り調べというか、面接といってもしっくりくる。もっとも、明乃に面接を受けた経験はないのだが。
「では猿島が先制攻撃を行ったとして質問します。なんで猿島は砲撃してきたんだと思いますか?」
「だから、わからないんです……」
「本当に?」
「確かに遅刻はしましたけど、なんで攻撃を受けたのかはさっぱりで……教官もわからないと言ってました」
何度も休憩を挟みながら同じような質問を何度も受けるのは正直苦痛だった。本当に犯罪者になってしまったようで、みじめにもなる。一緒に捕まった伊良子美甘や鏑木美波たちも、かわるがわるに事情聴取を受けているようだが、捕まってから会話をすることが出来ていない。休憩時間も個室での待機になるし、スマートフォンやタブレット、電子ペーパーは当然のこと、生徒手帳やパスケース、メモ帳にいたるまで全て回収されていて外部との連絡手段が一切ないのだ。トイレにまで監視のブルーマーメイドが付いてくるレベルである。
「……正直、私もなんで攻撃を受けたのか聞きたいです」
本当に知らないと念を押すようにそう言う。正直顔を上げる気力もない。明乃の耳に軽く笑うような音が聞こえた。
「……いいわ、あなたたち生徒を信じましょう」
そう言われ、何とか顔を上げる。目の前で微笑むブルーマーメイドの制服を着た女性――確か平賀二等監察官と名乗っていた――はこれまでの雰囲気をがらりと変えて、優しい笑みを浮かべていた。
「ごめんなさいね。こんな尋問まがいのことをしちゃって。それでも万が一あなたたちが本当に反抗していた可能性も捨てきれなかったから」
そう言われて、ほっとする反面、どこか納得できない明乃。それが顔に出ていたのか平賀はバツの悪そうな表情を浮かべていた。
「それに、あなたたちは宗谷校長のお墨付きだしね」
「校長先生の……?」
明乃が聞き返すと金色にも見える目を細める平賀。慈愛に満ちた視線だった。
「信じてくれているみたいよ、あなたたちのこと。校長先生直々に連絡があってね。どうかあの子たちの力になってほしいって言われてる」
「そうなん……ですか?」
「そうなの。宗谷校長は私の恩師でもあるし、晴風の柳教務主任補も私の先輩格だしね。そんなすごい大人に囲まれて、あなたたちはその人達から信頼されてるんだもの。反乱なんて起こすとは思えないわ。まぁ、情報調査隊隊員としてのあり方を考えれば、私の考え方は失格なんだけど」
そう言った平賀の言葉に引っかかりを感じ、明乃は口を開いた。
「柳教官と知り合いなんですか?」
「昔ね。2年前のことよ。私が
「へー……」
そう言えば晴風では出港はしたが帰港は一切していない。そう言う姿を見てみたいような気もする。
「まぁでもよかった。本当にあなたたちを逮捕することにならなくて」
平賀はそう言って場を畳んだ。手帳を胸ポケットにしまい込んで、明乃にも立つように促した。
「うわっ!?」
「……と、大丈夫?」
船がそのタイミングで大きく揺れた。バランスを崩したのを見て、平賀が慌てて支えてくれる。
「は、はい。大丈夫です」
「波が荒くなってきたわね。波が荒れてると接舷できないんだけど、大丈夫かしら……」
「でも、そろそろじゃないんですか? 接触」
「……そうね」
明乃の言葉に平賀はなぜか間を取った。その事に明乃は首をかしげるが、平賀はすぐに「なんでもないわ」と続ける。
「そろそろ合流できると思うのだけど」
そう言って平賀は明乃をデッキに連れ出した。雲は重く立ち込め、かなり早く流れている。その波の向こうに小さく航海灯が見えた。目を凝らす。ブリッジ周りの臙脂のラインが見える。艦橋や煙突を見る限り、陽炎型航洋艦。
「あ、晴風ですね」
「さすが艦長さんね」
「だって、私の
そう言って笑ったタイミング―――――。
晴風に搭載された25ミリ単装高角機銃が瞬いた。
「……え?」
†
「誰が撃った!?」
明らかな砲撃音を聞いて、柳は機関室から上階層に繋がるラッタルを4段飛ばしで駆けあがる。機関室に差し入れのラムネを届けに行くついでに簡単な整備の確認をしていたのだが、それどころではなくなった。点検で使っていた
《た、タマちゃんがいきなり暴れ出して……!》
「砲撃対象は!?」
《あ、明石と間宮です!》
「明石と間宮に緊急打電! 距離を取るように伝えろ!」
《りょ、了解っ!》
腰のケースに突っ込んだままのタブレットのスピーカーががなる。これは航海長の知床鈴の声か。通話モードはオンのままトランシーバー代わりに使える分、タブレットケースは案外使い勝手が良い。
デッキ層まで駆け上がると文字通り扉を蹴破った。夜風に近い時分では南の海といえども、風は涼しくなる。頭に上がった血をそれで冷まし、砲撃音がする方向へと駈ける。
「間宮! 明石! お前なんかにやられるタマじゃねぇんだ
砲術長の立石志摩の怒鳴り声がする。いつもはあまり自己主張をせず、怒鳴ることなどなかった彼女らしくない。そう思いながらも煙突の角を回り込んだ。機銃台座を見上げれば、爆炎が見える。少なくともまだ発砲していた。爆発音は散発的。
左手に握りしめていたフラッシュライトを逆手に持ち変え、点灯。二回スイッチを押して
「っ、せいっ!」
25ミリ単装高角機銃から鉛玉を押し出す
右腕を振りかぶる。走り込んだ勢いを左足で溜め、その勢いを乗せて右手に握ったラムネのガラス瓶を投げつけた、そのガラス瓶は
稼いだその数瞬のタイムラグは柳にとって十分だった。魚雷発射管の防護盾を足掛かりに機銃台座の足元に取り付く。この位置まで近づければ機銃は俯角をとれない。
防護盾を蹴りつけ空中に身を躍らせる。左手を振り上げ彼女の足元の右側を狙って点灯しっぱなしのフラッシュライトを投げつけた。ガツンという音を残してフラッシュライトが明後日の方に跳ねていく。
志摩は混乱しているだろう。強烈なフラッシュによって引き起こされた残像効果のせいで、視界には影がちらついている。その直後に周囲で立て続けに何かが壊れるような音が響いた。それは
銃座の落下防止柵に手をついた。防護盾を蹴った直線的な動きが、右手をついた柵を中心にした円運動に変わる。そのまま飛び越え、目の前の足場に着地。銃座は煙突の脇に張り出すような足場は鉄板一枚だ。それを盛大に鳴らした。志摩は機銃をあきらめたのか柳に飛びかかる。
「おらぁっ! 落ちろぉ!」
普段の志摩なら絶対にしないであろう言葉遣いで罵声が飛び出す。同時に飛び出したのは大きく振りかぶった右ストレート。柳はその突き出された拳を、左足を半歩引くことで避ける。僅かに腰を落とし、右足を前に擦りだした。
この時、志摩は決定的なミスを犯した。
「遅い」
殴りかかった右手を伸ばしきってしまったのだ。力任せに振り抜かれた拳はそこから次撃のためのアクションが遅くなる。そしてそれは殴り合いの距離では致命的だ。
彼女が腕を退き戻そうとしたタイミング、その手が逆に引っ張られた。彼女の手を柳が引っかけたのだ。相手の動きを制限するだけならば相手の腕を掴む必要はない。親指の付け根を相手の手首に引っかけるだけで容易に相手をロックできる。手袋に包まれた左親指の付け根を志摩の手首に引っかけてバランスを崩す。そもそも志摩は体重をかけて殴ろうとして、重心が極端に前に寄っていた。そこで振り出した右腕を持っていかれては、修正不可能なまでに重心を崩されてしまう。
バランスを崩した志摩に止めを刺すかのように彼の右手が空いての肩に回った。そのまま体幹を強く引き倒す。鉄の台座に人が叩きつけられる鈍い音が響いた。右腕のロックを解除していなければ志摩の右肩は脱臼するか骨折するかしていただろう。
「誰か縛るものを出せ!」
マウントポジションを取ったのは当然柳だ。うつ伏せのまま抑えつけられた志摩は彼を払いのけようと右手を出たらめに振り抜く。それを右手一本で受けた柳はそのまま抑え込み、後ろ手にして体重をかけた。
「離せゴラァ! 退けっつってんだよ!」
「おいおいどうした砲術長、ここまでアグレッシブだとは聞いてないぞ」
銃座にヴィルヘルミーナが飛びあがってくる。手元には彼女の赤いネクタイがある。柳はそれを一瞥。
「腕を押さえてろ」
「
ヴィルヘルミーナと二人掛かりで抑えつけながら後ろ手に拘束する。手首をガッツリと縛り上げてもなお志摩は抵抗をやめない。
「タマ、どうした。何にそんなに興奮してい――――っ!」
志摩の顔を覗き込もうとしたヴィルヘルミーナの顔が歪んだ。柳を振り落とすように急激に飛び出し、彼女にタックルをかましたのだ。柵にぶつかって息を詰めるヴィルヘルミーナ。闘牛のように突っ込もうとする志摩を取り押さえようと柳が彼女の腕を掴む。
志摩は右足を軸に体を回す。彼の脛に左の回し蹴りを叩き込んだ。反射的に足元を守ろうとした柳は志摩から手を離した。その隙に志摩はヴィルヘルミーナに飛びかかろうとする。
「こんの……分からずやが!」
息を荒くしたままだったが、ヴィルヘルミーナの方が一枚上手だった。飛びかかってきた勢いを利用して、志摩を投げ飛ばしたのだ。
だが――――それが後ろ手に縛られたままの志摩を海に叩き込むということと同義だと気が付いた瞬間、青ざめる。
「しまった……っ!」
大きく水しぶきが立つ。黒い海面では彼女の姿を見分けることが出来ない。
後ろ手に縛られたままの着衣水泳など到底素人にできるものではない。浮くだけならできるかもしれないが、それもプールのような穏やかな水面での話だ。この荒れた海ではまず波をかぶってしまう。濡れた服を脱ぐことすらできなければ、あっという間に水底に向け体は引きずりこまれる。
「くそっ」
柳は教官服のジャケットだけ脱ぎ捨てると同時、落下防止柵の上に飛び上がった。そのまま柵を蹴り海に飛び込む。
「教官っ!?」
綺麗に飛び込んだのか先ほどよりも小さな水柱が立った。そのまま数秒が過ぎ、十数秒が過ぎ、二十秒が過ぎようとしていく。
「おい! だれか浮き輪投げろ!」
ヴィルヘルミーナが艦橋の方に叫べば慌てた様子でましろが艦橋から駆け下り、救難索付きの浮き輪を海面に投げた。その直後に海面に何かが顔を出す。咳き込んだ志摩を支える柳だ。
「よかった……!」
投げられた浮き輪に志摩を引っかける柳を見ながらヴィルヘルミーナがそう呟いた。それと同時に思うのだ。
「なぜ、なぜタマが……」
引き上げられた志摩はどこかくたっとしており、どこか呆然としているようにも見える。そのポケットから出てきたハムスターを大艦長扱いのいそろくが追いかけ始める。
「なにが、あったんだ」
†
やってきた明石や間宮との合流、接舷は波が収まってからということになったのだが、それは結局日没寸前までずれ込んだ。高速警備艇から連れ出された買い出し組4人と一緒にブルーマーメイドの制服を着た女性が何人か乗りこんでくる。並行して明石や間宮との接舷も行われているため、艦上はかなりあわただしい。
「えっと、こちらは海上安全整備局情報調査隊の平賀二等監察官」
明乃はそう言って、出迎えに来たましろに紹介する。
「本当に申し訳ありませんでした!」
ましろが文字通りの平謝り。それを平賀は軽く笑って許した。
「あの……情報調査隊って……」
「あなたのお姉さん、宗谷真霜一等監察官の率いる部署であってるわ。私がここに来たのも宗谷監察官の指示よ。先行していた明石と間宮と合流して晴風に接触して真偽を確かめよってね」
そう言うと明石艦長の杉本珊瑚と間宮艦長の藤田優衣が並んだ。学年章を見ると2年生、先輩に当たるのを見てましろは慌てて頭を下げた
「しろちゃんのお姉ちゃんって、ブルーマーメイドだったんだ」
明乃が素直に驚きを表すと、どこか居心地が悪そうな顔をするましろ。それをどこか微笑まし気に見ていた平賀だったが、すぐに顔を引き締めた。
「……我々情報調査隊は晴風が主体的に離反した可能性は低いと見ています。ですが海上安全整備局ではそれに懐疑的であり、晴風の乗員を疑問視する声が多数派なのが現状よ」
「そんな……」
ましろがショックを受けたような顔をするが、明乃が務めて明るく声をかけた。
「でも、平賀さんたち情報調査隊がちゃんと調書をとって、違うって言ってくれるって! だからきっと、大丈夫!……ですよね?」
「そうなるように全力を尽くすわ。えっと……宗谷副長、教官は……」
「呼んだか?」
平賀はましろに向かって問いかけていたが、その答えはましろより早く帰ってきた。砲塔の影を回り込むように歩いてきていた。夕方で伸びた無精髭のせいなのか、海水に潜ったりしたせいなのか、はたまた両方なのか、どこかくたびれた雰囲気を纏った柳がどこかラフに敬礼をした。左手をスラックスのポケットに突っ込んだままだと本当に慇懃な敬礼に見える。
「っ! 傾注!」
その影を認めれば、平賀は弾かれたように向き合い、敬礼の姿勢をとった。それを見たブルーマーメイド隊員が同様に敬礼。それに遅れること数瞬で杉本艦長と藤田艦長が敬礼。いきなりの展開に明乃もましろも付いていけない。
「おいおい、そんな堅苦しくなくてもいいんじゃないですか、平賀3正……いや、もう二等監察官ですね。出世なされた」
「ご無沙汰しておりました、柳1正。お元気そうでなによりです」
「「1正!?」」
明乃とましろの驚愕の声が被った。
「い、一等海上整備正って、普通に航洋艦の艦長と同じ……だよね?」
「大和とか紀伊の首席航海士レベル……!?」
二人の驚きに柳は肩を竦めて苦笑いを浮かべた。
「よしてくださいよ平賀監察官。いつの話を引っ張りだしてるんですか。それも1正は退職時にもらったものですし、今はもうただの予備正ですよ」
「たった2年前の話をしているんですよ。柳い……予備正」
平賀がどこか懐かしそうに目を細めた。柳はどこか居心地が悪そうだ。
「……復帰、されたんですね。海上職」
「無茶いわないでくなさいよ。教員の欠員の穴埋めですよ」
「……柳教官って、そんな偉かったんですか?」
ぶしつけな質問をしたと言った後で気が付いたのか、慌てて手で口元を隠す明乃。その様子を見て噴き出した柳は笑った。
「運良くな」
「……話されていないんですか? あなたのこと」
どこか残念そうな表情を浮かべた平賀はそう言う。柳は笑みを浮かべたまま平賀に向き合った。
「話すほどのことでもないですし、彼女たちには必要ない情報です」
そう言われれば平賀は引き下がるしかない。柳の目が一切笑っていない。それを見れば、何も言えなくなってしまうのだ。
そのタイミング、高速警備艇からかけられたラッタルを上がってくる人影があった。柳の目が鋭くなる。海上安全整備局の艦船から背広の男が降りてくるのは稀だ。柳の声のトーンが下がる。
「あの方たちは?」
「……紹介します。海上安全委員会の
そう言って紹介されたのはどこか赤茶けた色の背広を着た丸眼鏡の男だった。男性としては背が低いほうだろう。その分恰幅がよく、印象が薄いなんてことはなかった。
「近江です」
「お会いできて光栄です、近江参事官」
差し出された手を見て柳は愛想の良い笑みを浮かべて掴む。数回振って握手をする。
「近江参事官、こちらは……」
「柳昂三、一等海上整備正だろう。噂はかねがね聞いている」
どこか挑発的な声で近江が平賀の声を遮った。
「海上安全整備局警備救難部安全監督室直属、太平洋法執行グループ、通称PacLEG、カウンターテロ即応ユニットのユニット長にして、主席情報分析官」
「パックレッグって……あの黒づくめで鉄砲持ってるホワイトドルフィンの、あれ!?」
明乃が驚きの声を上げる。それを見た柳がどこか苦々しそうな笑みを浮かべる。
「……よくご存知で」
それを見て近江はどこか面白そうに笑みを浮かべた。眼鏡が夕陽を反射するため、明乃たちからは彼が本当に笑っているのかはわからなかった。
「立ち話も何です。海上安全委員会の方がわざわざいらしたんです。今後に関わるお話があるのでしょう? 集会室にご案内します」
「お願いしようか」
「岬艦長、立石砲術長を除いた各科長と納沙書記を招集してくれ、10分後に集会室に集合。宗谷副長は会議の間、艦の取り纏めを」
「わかりました!」
「了解しました」
二人の返事を聞いて、柳が歩き出す。
「では、ご案内します」
柳の声に近江が頷く。どこか不穏な空気が晴風に立ち込め始めていた。
はい、戦闘回(対人)でした。格闘描写ですが超自信ないです。普段は超絶インドア系な作者なので、物理的におかしい動きをしているかもしれません。対人戦闘とか格闘戦とか、武術系の動きは本当に聞きかじり。なにか「ここがおかしい」などありましたら遠慮なくおっしゃってください。参考にさせていただきます。
ちなみにですが、一等海上整備正と1正と漢数字とアラビア数字が混用されてますが、略称の方はアラビア数字を使う、自衛隊方式の表記法に準拠しています。1正って自分でも違和感あるんですけど、とりあえずそんな感じでお願いします。
さて、タマちゃん豹変回か終了しましたが、アニメの次回に入る前にオリジナルシーンが入ります。次回は……既に作者のSAN値がピンチです。それでも書かないと進まないつらさ……お付き合いいただければ幸いです。
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次回 守護者たろうとした愚者の末路を
それでは次回もよろしくお願いいたします。