ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ

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岐路に立ちて導くものは

 晴風には浴場が備わっている。30人を超える乗組員が生活をするのだから当然だろう。だがあまり大きくないこともあり、各科ごとに時間を決めて入浴することを決められている。決められているのだが、今日はイレギュラーだった。

 

 航海科の入浴時間に間に合わせようとパタパタと浴場へと向かっていた岬明乃艦長は、脱衣室に繋がるデッキの前で立ち止まっていた影を認め、首を傾げた。

 

「あれ、タマちゃんとメイちゃん? おふろの前でどうしたの?」

 

 名前を呼ばれて砲術長の立石志摩と水雷長の西崎芽依が振り返る。二人とも疲れ切った顔だった。

 

「……入りそびれた」

「もー、タマちゃんへの聴取が長すぎるんだもん。砲雷科の時間終わっちゃったよー」

 

 落ち込んだ格好で立っている彼女たちをみて、明乃は目を瞬かせた。

 

「さっきまで続いてたの? 事情聴取」

「何度も何度も同じような質問してたよなー、あの平賀さんってブルーマーメイド。おかげでタマもぐったりでさ、もう大変だったんだから」

「あー、私もやられたあれかな……?」

「艦長もやられてたの?」

「まぁ……うん。と、ともかく、航海科の時間だけど、入っていいよ」

 

 明乃がそう言うと、芽依が拝むように手を合わせた。

 

「ありがと艦長様! 助かる!」

「困ってるときはお互いさまね」

 

 そう苦笑いして、『航海科入浴中』というサインが出た扉を開ける。脱衣室に入ると気温も湿度もぐっと上がる。こぢんまりとした銭湯にあるような脱衣所だ。違うところと言えば、揺れた時に対応するために、服などを突っ込むための籠ががっちりと固定されているぐらいだろうか。何個かの籠には既に服が突っ込まれているところを見ると、何人かは既に入っているようだ。

 

「んしょ……っと」

 

 セーラー服のサイドジッパーを外してセーラー服の上を脱ぐ。脱ぐと素肌同士がぺとぺとと汗で張り付くのを感じる。一日いろいろあったせいだろう。いつもより汗をかいてしまったように思う。

 

「あー、今日も忙しかったー。もう散々だったねー、ほんと」

 

 明乃がセーラーの上着を畳んで籠に仕舞ったころにはもう、芽依は上着もスカートも脱ぎ捨て、靴下を引っ張って足を抜いているところだった。トレードマークのオレンジ色をした猫耳パーカーもセーラー服も乱雑に籠に放り込んだらしい。

 

「ほんとだねー、会議もなんだかわけがわからないうちに終わっちゃったし」

「……疲れた」

 

 ブラジャーを外しながら志摩が溜息をついた。支えを失ったそれを見て明乃は自分の方を見た。もう一度見る。戻す。

 

「はぁ……」

「んにゃ? 艦長どうしたー?」

「ううん! 何でもないっ!」

 

 どこか親近感を感じるたたずまいの芽依にそう言われ慌てて首を振る。なんだかんだ言って、そういうところばかりを見ている艦長だと思われるのはかなりしんどい。

 

「は、早く入らないと風邪ひいちゃうね」

「あとミケちゃんだけだよ」

「わ、わかってるぅ……」

 

 手早く下着を脱ぎ捨てて籠に放り込んでタオルを取り出した。浴室に続く引き戸を開けると、一気に湯気が入りこんでくる。

 

「あ、艦長ー、と、タマちゃん、メイちゃん?」

 

 日に焼けた肌を豪快にタオルでこすりながら内田まゆみが振り返った。湯船に浸かっていた見張り員の山下秀子や航海長の知床鈴も顔を上げた。すでにお風呂で蕩けているのは通信士の八木鶫と電探を担当する宇田慧だ。

 

「砲雷科の時間に入りそびれたんだって」

「あーなるほど、タマちゃん大丈夫?」

 

 まゆみに問われこくんと頷く志摩。それを見たまゆみが、そっか、とどこか嬉しそうに頷いた。明乃はとりあえず体を流そうと空いているシャワーの前に陣取った。手早く体を洗っていく。

 

「そういえば艦長さんっていっつもお風呂早いですよね」

「そ、そう?」

「体を洗うの特に早くないですか?」

 

 秀子がそう聞くとどこか困ったような声を上げる明乃。

 

「まあ、晴風に来る前から、お風呂は大騒ぎでゆっくり入れなかったから。癖かなぁ」

「あれ、ミケちゃんって全寮制学校とか出身? ボーディングスクールとか」

「まあ……そんな感じ」

 

 まゆみの声に言葉を濁している間にも明乃は体中を泡塗れにしていく。こんなもんかな、と思ってシャワーのコックをひねる。このシャワーのコックが曲者で、閉め忘れ防止のためか、捻り続けている間しか湯が出ない。片手を塞がれた状態で上手く湯をかけて泡を押し流していく。

 

「やっぱり艦長シャワーの使い方上手ー」

「そう、かな?」

「コツ教えてよ艦長ー、タマちゃんに」

 

 目をギュッと瞑った志摩の髪を流してあげながら芽依が羨ましそうに言う。めんどくさそうな表情をしているが、当の志摩は意地でも目を開けないように体を縮こまらせているため、見えていないだろう。

 

「あ、あはは……」

 

 その様子に航海科の面々はどこか苦笑いを揃って浮かべるしかないのだった。

 

 

 

 一通り体を洗い終わって髪をアップにまとめた明乃は湯船に浸かる。

 

「あれ、今日は海水風呂じゃないんだ」

「今日は真水風呂ですよー」

「あ、そっか……間宮が横づけできてるから……」

「シャワーだけじゃなくて湯船も真水ですー幸せー」

 

 鈴がどこか蕩けた顔でそう言う。その様子を見て明乃も笑う。入浴時は自然と各科の人が顔を合わせる。そのため何度も一緒にお風呂に入ることになるのだが、鈴はいつも風呂では幸せそうなので、なんだかそれがいつも通りで、どこか嬉しくなった。

 

「……ねぇ」

「岬さん?」

 

 鈴がどこか不思議そうな顔して明乃を見る。

 

「……みんなは、明日からさ。どうするのかな」

「そりゃあ……みんなでそろってブルーマーメイドになるんじゃないの?」

 

 まゆみが何当たり前なことを聞いてるの? と言いたげな表情で聞き返した。

 

「だって、私達ブルーマーメイドの養成校に入ったんだよ? こんなに早くブルーマーメイドの仕事につけるなんて願い叶ったりじゃない? お風呂終わったら書類にサインして持っていくつもりだけど」

「それは……そうなんだけど……」

 

 明乃はそう言って視線を下げた。晴風の乗員には既に部隊への志願表が配布されていた。それにサインをして拇印を押して今日中に柳まで提出すれば、明日にはもうブルーマーメイドになっている算段だ。

 

「なに? 艦長さんは不安?」

「……自分でもわかんないんだけど……なんだか、引っかかるの」

 

 明乃は正直に打ち明けた。

 

「大丈夫だよ。だってあたしたちは猿島の時も、シュぺーの時も、伊201の時も大丈夫だったじゃん。海上安全整備局だってそれを認めてくれたってことでしょ? それに、柳教官がまた指揮を執ってくれるんだしさ」

「……柳教官、私達が任務に就くことにすごく反対してたの」

「え? そうなの?」

 

 八木鶫が振り返る。明乃が口を開く前にコクコクと頷いたのは鈴だ。

 

「なんだか、本当に怒ってたよね……机叩いたりしてたし、海上安全委員会の人に『茶番だな』とか言ってたし……」

「でも全体で話した時はとっても落ち着いていつも通りみたいだったけど」

 

 慧がどこか困惑したようにそう言う。頷いたのはまゆみだ。

 

「でも、柳教官ってもともとPac-LEGだし、めちゃくちゃ優秀なんでしょ? 大丈夫だよきっと」

「そうなのかな……?」

「大丈夫大丈夫、そうじゃない?」

 

 そう言われても明乃の顔は晴れない。その横に芽依や志摩が合流した。

 

「……柳教官、あたしらのために、教員やめたんだよ」

「えぇっ!?」

 

 芽依が爆弾を放り込んだ。浴場が騒然となる。

 

「どういうこと!?」

「今あたしらがブルーマーメイドになれるかもーって言ってられるのは、柳教官が責任とって教官を辞めたから。そんなこと柳教官は一切言ってないけどさ。教官が海上安全整備局に戻ったのは、えっと、出向? そんなんじゃなくて、学校に入れなくなったからだよ」

「でも、なんで……? 柳教官はなにも悪いことしてないじゃん」

 

 まゆみの言葉に首を振る芽依。方向は縦だ。

 

「でも査問会議になったらその間、晴風のクルーは反逆者扱いになるだろうし、ミケ艦長だけじゃなくて、皆まとめて査問会議に掛けられる可能性があるのを、海上安全委員会の人はちらつかせてた。……柳教官は査問会議に出れば無実だって言えるけど、それを捨ててまであたしたちを守ろうとしたんだと思う」

 

 その言葉に周囲に沈黙が落ちた。それを埋めるように芽依が言葉を続けた。

 

「あたしはブルーマーメイドになれるならすぐなりたい。でもさ、あんな教官を見ると、素直になるって言えないんだ」

「……私、怖い、かも」

 

 そう言ったのは山下秀子だ。

 

「……私ね。撃たれるってことがあんなに怖いなんてわかってなかったんだと思う。航海科だし、私が撃つわけじゃないけど、弾がすぐ横を通った時……初めて、死んじゃうかもって思ったの。今も時々痛いんだ、左耳。もうだいぶ治ってるって美波さんには言われるけど、痛くなって、怖くなる」

「しゅうちゃん……」

「でもね、皆が困ってるのは本当でしょ? 誰かが困ってるんだから、誰かが助けなきゃいけないのもわかるんだ。だから私達が力になれるなら何とかしたいのは嘘じゃない」

 

 秀子はそう言ってどこか儚い表情を浮かべた。

 

「どうしたらいいんだろうね。本当。艦長さんは、どうしたい?」

 

 秀子に話を振られて、明乃は口元まで湯船に浸かった。

 

「……武蔵には、私の親友が乗ってるの」

「親友?」

「もかちゃんっていって、今武蔵の艦長をしてる」

 

 その言葉を聞いて「うわっ」といったのは芽依である。

 

「武蔵の艦長ってたしか入学の時の首席がやるんだよね。主席だから制服も詰襟の別のものになるし」

「うん……晴風が捜しに行くのが、その武蔵なんだ。私は助けに行きたい。困っている人がいるなら、助けたい。でも、武蔵相手に、私は、指揮ができるのかなって……。私は、武蔵を撃てって言えるのかなって……」

「……で、でも撃たなくても止められるかもしれないし」

 

 まゆみが明るく努めてそう言うが、明乃は僅かに語気を強めて言い返す。

 

「それ、晴風の誰かが死んでも言える?」

「それは……」

 

 明らか動揺した顔のまゆみを見て、明乃は素直に頭を下げた。

 

「……ごめん。言い方がひどかったね。でも、柳教官が反対した理由、少しだけわかるんだ」

「……でも、私達がやらなくて、だれがやるの?」

 

 まゆみの言葉にハッとしたように顔を上げる明乃。

 

「晴風を動かせるのは今、私達だけでさ。晴風が必要とされているなら、私は晴風のみんなと一緒に頑張りたいんだ。……そりゃぁ、私はただの見張り員だし、皆を引っ張っていくことはできないけどさ。それでもみんなで頑張ってみたいと思うよ。ブルーマーメイドになってさ」

「海に生き、海を守り、海を往く――――」

 

 思わずと言った感じで明乃が呟くとまゆみが頷いた。

 

「やらない後悔より、やった後悔の方があとくされもないしね」

 

 そう、なのかな。と明乃が言うとまゆみはうなずいた。

 

「さぁ、そろそろ時間になっちゃうし、長湯のしすぎもよくないし、上がろう?」

 

 まゆみの声に皆が腰を上げた。数人なら広々使える脱衣室も、人数が揃えば、少々窮屈だ。

 

「あれ? 誰か携帯鳴ってない?」

 

 慧がそう言うとみんな籠を漁る。

 

「あ、私だ」

 

 明乃のスマートフォンが通知のLEDを光らせながら着信を告げていた。液晶も光っている。その着信相手を見て驚いた。

 

「もかちゃん!?」

 

 慌てて通話を取る。

 

「もしもし! もかちゃん!?」

『つながった! ミケちゃん! そっちは、晴風は大丈夫!?』

「大丈夫って……?」

『他の船には何も繋がらなくなっちゃって……大丈夫? 他の船から撃たれたり、いろいろしてない?』

「う、撃たれたのはあるけど、もうブルーマーメイドと合流して……って、武蔵は今どこにいるの?」

 

 明乃が空いている右手で何かを書く動作をする。慌てた様子で慧が手帳とペンを取り出していく。

 

「スピーカーモードにして」

 

 鶫がそう言うと、明乃がスピーカーモードにすると耳元から離した。

 

『レーダーが壊れたのか現在地がわからないの、六分儀も今手元になくて……武蔵のコントロールが……いやっ!?』

 

 いきなり届いた声に明乃が息を飲む。

 

「どうしたの!? 何があったのっ?」

『武蔵が……武蔵が……っ!』

「もかちゃん、落ち着いて! 武蔵がどうしたの?」

『おかしいよ、この船……助けて、助けてよ……っ』

「落ち着いて! 助けに行くから! 何があったのか教えて!」

 

 電話の向こうがパニックになったようだった。そのただならぬ空気に明乃の焦りだけが加速する。

 

『助けて、助けてよっ、お願い……! だれも、だれも……っ! ミケちゃんにしか繋がらなくて……っ! 助けてよ、ミケちゃん』

 

 声は既に涙声だ。スマートフォンを握る手に力が入る。

 

『助けて、助けてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたす』

 

 その声がいきなり途切れた。悲鳴。衝撃音。息を詰めたような音。携帯がどこかに落ちたのか、強烈な音。皆が反射的に肩を竦めた

 

「もかちゃん!? 大丈夫!? もかちゃんっ! 返事して!」

 

 返事はない。だが、どこか遠くでもえかの悲鳴が届いた。『ごめんなさい』と謝るような声が何度も遠くで響く。

 

「もかちゃんっ!? なにがあったの!?」

 

 何度呼んでも返事がない。しばらく呼び続ける。物音がしたのは、しばらくたってからだった。拾われたのかマイクが雑音を拾った。

 

「……もかちゃん?」

 

 いきなり音が静かになる。通話終了という表示。こちらから掛ける。

 

『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません。お留守番サービスに接続します』

「そんな……」

 

 背中に氷を突っ込まれたようだった。足が震えてたまらない。

 

「今の、さっき話してた武蔵の艦長さん、だよね?」

 

 芽依がゆっくりと問いかけた。明乃は頷いて呆然と携帯を見る。まだ通話が繋がっているが、相手先は留守番電話だ。お決まりのピーという合図の後に云々という注意がスピーカーから流れてくる。

 

 電話の向こうで彼女が震えていた。

 

「艦長……」

 

 皆の視線が明乃に集中する。手にしたスマートフォンが重い。気を張らねば取り落としそうなほど重く感じる。それでも落とすわけにはいかない。もえかは「他の船にはなにも通じない」「現在地不明」と言っていた。この携帯だけが現状武蔵に繋がる唯一の連絡手段かもしれないのだ。この携帯が唯一の命綱なのかもしれないのだ。

 

 震えが止まらない。親友が、たった一人といえるかもしれない親友が、助けを呼んでいた。明乃を呼んでいたのだ。

 

 合図の音がした。留守録が開始される。

 

 下唇を噛んで、震えを止める。

 

 

 

 

「助けに行くから! 待ってて! 必ず! 必ず助けるから!」

 

 

 

 

 震えそうになる声を必死に抑える。こちらが泣いてどうする。

 

「お願いだから無事でいて! 助けに行くまで生きていて! 絶対ぜったい、私が助けに行くから!」

 

 それだけ入れて通話を切る。

 

「艦長……」

 

 心配そうな表情で皆が明乃を見ていた。明乃はスマートフォンを見下ろしていた顔を上げる。

 

「……大丈夫、艦長?」

「うん。私が冷静じゃなきゃいけないもんね。泣いてる余裕も取り乱す余裕もないし。大丈夫」

 

 明乃は手早く服を着こむ。

 

「とりあえず柳教官に報告に行くね。一応無線とレーダーの監視をお願い!」

「わかりました!」

 

 鶫が返事をして慧が頷いた。それを確認して、明乃は脱衣室を出た。深呼吸、一つ。不純物でいっぱいの思考を切り替える。

 

「……私が、助けなきゃ」

 

 教官執務室の方に向けて、走る。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「……助けるから、か」

 

 機内モードに切り替えた携帯の電池が抜かれていくのを見ながら、彼女は笑った。夜に備えて常夜灯を除いた灯りを全て落とした艦橋は暗く沈み込んでいる。星明りが照らす夜は物事の輪郭すら曖昧にするようだ。

 

「絶対に助ける、健気だねぇほんと。人魚なんかにしておくにはもったいないぐらいの良い子じゃないか」

 

 彼女はそう言うと携帯とバッテリーを受けとる。さっきまで使われていたせいで、バッテリーも熱い。落とした時に画面に小さくひびが入っているのが痛々しいが、彼女はそれを見ても表情を変えることはなかった。

 

無知であること(タブラ=ラーサ)、人は皆、生まれた時には白紙の状態だ。それに経験を重ねることで、知恵と人格を得る。プラトンの『対話篇(テアイトス)』やアリストテレスの『霊魂論(ペリ・プシュケース)』でも述べられていることからわかるように、古くからある考え方だ」

 

 受け取った携帯を防水のパックに入れて、彼女は笑う。

 

「そこから出てくる思いは後付けの知識に依存しない分、強い。それは獣の雄叫びに似て、根源的だ。強く、美しい思いだ。きっとそう言う言葉が、世界を変えていくんだろうね。だが、獣の言葉を解することが難しいように、それを理解することは難しい。そんなものに世界を任せるわけにはいかないが、それを世界は求めている」

「……だからこそ、北条さんはその思いを持つ人を啓蒙して回っているんでしょう?」

 

 名前を呼ばれ、彼女は微笑んだ。同じような笑みを浮かべる女の子に近づいてそっと頭を撫でた。

 

「その通りだよ、知名もえかさん」

 

 頭を撫でられて、はにかんだような笑みを浮かべるもえか。

 

「これで、ミケちゃんも」

「そうだね。これで目覚めてくれるといいね」

 

 北条はそう言うともえかの携帯を自分のチーフポケットに突っ込んだ。

 

「もえかさん、君はパンセを読んだことは?」

「パスカルのパンセですか?」

「そう、そのパンセの中にこんな文面がある。ブランシュヴィック版で言うと第298節だね」

 

 北条は艦橋の窓際にもえかを連れて歩み寄った。まるで歌うように声が大きくなる。

 

力のない正義は無力で、正義のない力は圧制的だ。力のない正義は反対される。なぜなら、悪い奴がいつもいるからである。正義のない力は非難される。したがって、正義と力とをいっしょに置かなければならない。そのためには、正しいものが強くなるか、強いものが正しくなければならない

 

 それを聞いたもえかは、優しい笑みを浮かべた。

 

「――――正義は論議の種になるが、力は非常にはっきりしてる。そのため人は正義に力を与えることができなかった。なぜなら、力が正義に反対して、それは正しくなく、正しいのは自分だと言ったからである。このようにして人は、正しいものを強くできなかったので、強いものを正しいとしたのである……ですね?」

「その通り。君は優秀だな、知名艦長」

「北条教官に褒めていただけるとは光栄です」

 

 星明りが照らす武蔵の艦橋で北条は肩を竦めてそれに答えた。そして言葉を続けた。

 

「……今の日本の正義は力を欠いている。だからこそこの日本の正義は正義たりえない。正義たるには正義の心を持つ者が、強くならねばならない」

「だから……」

「うん。強くならねばならない。私も、もえかさんも、君の親友のミケさんも。君もミケさんも正義の心を持っている。だからこそ眠れる力を叩き起こさなきゃいけない。君にもできるはずだ。知名もえか艦長」

 

 そう言って北条はもえかと寄り添った。

 

「私も、あなたの力になれますか?」

「もうなっているさ。すまなかったね、親友にあんな電話をかけさせてしまって。辛かったろう?」

「いえ、それでミケちゃんも目を覚ましてくれるんです。そのためだったらいくらでも。ミケちゃんもあとでちゃんとごめんなさいをすれば、きっとわかってくれます」

「そっか」

 

 そう言って北条はもえかに向かって手を差し出した。

 

 

 

「……ようこそ、知名もえかさん。これで君もヘスペリデス計画の一員だ。ヘスペリデスの巫女の一人として、君を心から歓迎しよう。これからも力を貸してくれることを期待する」

「私でよければ、喜んで」

 

 

 

 もえかは躊躇うことなくその手を取った。それを星空が照らしている。静かな波の音がゆっくりと武蔵に寄せる。

 

「さぁ、次のステップに進もう、もえかさん。日本を、この世界を守るために。私たちが正義になるために」

「はい。北条沙苗司令」

 

 二人は手を取って武蔵の艦橋を後にする。それを星空だけが照らしていた。

 

 

 

 




……今回が大きな分岐でした。ここからストーリー展開がアニメ原作と大きく変わっていきます。いろいろ酷いことになってますが、どうぞよしなに……

原作が終わってない状況での執筆になっているため、原作との乖離が激しくなりますが、こんな感じでこれからも話が続いていく予定です。こんな展開が苦手な方はここでブラウザバックすることをおすすめします。

それと、遅くなりましたが300お気に入り突破、ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

―――――
次回 力を得ること、心を得ること。
どうぞ次回もよろしくお願いいたします。




追記:06/22

深夜テンションで書いた結果あまりにひどかった没案(概略:台本形式注意)


航海科の面々がギャグマンガ日和を見ていたら

メイ「炊烹所がカメムシみたいなニオイした。床ギシギシ言うし大丈夫なのかこの晴風。あ、フロまである! なんで炊烹所とかフロがあるの晴風。どんなんだろふー、お風呂はいろ」

まゆ「イリザキ……メェン」

メイ「艦長艦長艦長艦長! なんかお風呂に変な人居るぅ!」

艦長「あぁ、スカイハイ南雲さんだよ」(withヒゲメガネ

メイ「DA☆RE!?」

艦長「南雲さんには君のこと伝えてあるよ」

メイ「名前間違えられたんですけどぉ! メェンって言われましたよメェンって! なんで性別男性にされてるんですか!」

艦長「ごめーん、教える名前間違えちゃった」

メイ「はいふりの中で5本の指に入る名前が憶えやすい人だと思ってますよ! 出番多いし!」

秀子「おいやめ」


……。さすがにひどいなということでカット。執筆仲間の人とのSkypeって怖いね。
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