ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー 作:オーバードライヴ
岬さんは東南アジアの情勢についてどれぐらい理解している?
まぁ、そういう感じか。世の中の関心から言えば十分知っているといっていい感じだろう。その通り、自治国や委任統治領という形で列強各国から支配されている地域。……ありていに言えばそうなるし、私が説明してもそうなるだろう。
ならガドゥリオア協定というのは聞いたことがあるか。 ……名前ぐらいは聞いたことがあるが実質知らないという感じか。一応中等教育校ではやるんだが、まぁいい。
占領地域開発援助政府間協定、英語の頭文字をとって
……意外そうな顔だな。
海外領土も占領地もない日本がなんでガドゥリオア協定に参加しているのか、か。ガドゥリオア協定に日本はオブザーバー参加しているのもあり、ブルーマーメイドという警察に準ずる権限しか持たない組織だけで70年も国を守り続けた。警備とか治安維持とかのシステムなら一家言あるってことだろう。日本としてもフィリピンの鉄やニッケル、インドネシアの油田は魅力的だ。恩を売っておいて損はない。そういう判断で投入された。……少し話がそれた。戻るぞ。
ガドゥリオア協定の最大の目的は世界規模の戦争を回避することだ。植民地の奪い合いによって世界規模の全面戦争に突入する可能性もある。それを防ぐために、各国の利権を整理し、協力できるところは協力しつつ、列強の足並みをそろえること。そのために整備された。経済から軍事まで、いろいろな分野にわたって規定が及ぶし、これを遂行するために様々な条約やら協定が整備された。
2年前のマリアナで行われた西太平洋経済会議もその一環だった。
ニュースになっているのを覚えていないか? マリアナ諸島、テニアン島沖で行われた大臣級会議だ。その時のメインの議題はエネルギー開発関連の支援体制をどうするかとか、それを各国にどう分配するかとか、だったかな? まぁ、それが武装した現地住民の襲撃を受けて、東南アジアの経済相はおろか、各国列強の大臣を巻き込んだ120人を人質として立てこもったわけだ。要求はガドゥリオア協定の撤廃と民族自治の要求、70年に及ぶ不法統治への賠償金としての莫大な補償金。到底受け入られるものではなかった。経済支援を手厚くするぐらいしか妥協点を見いだせなくてね、あっという間に交渉が破断。マリアナ諸島を含むミクロネシア自治州の経済相が見せしめに殺害され、強行突入をすることになった。
これに派遣されたのが、日本国海上安全整備局安全監督隊隷下太平洋法執行グループカウンターテロユニット。高速航洋艦『羅漢』に配置されていた、私の部隊だった。
その時、私は既に国交省からの出向という身分ではなくなっていた。既に背広を脱いで、現場で生きることを決めた制服組の一員だった。もっとも、外部機関への出向が決まった時から事務次官レースからはドロップアウトしていたこともあって、官僚という身分に拘泥する理由も情熱もなくなっていた。出世程度のために真夜中3時まで連日残業をして、書類の山を捌いていくよりは、最前線で船を動かし、犯罪者を取り締まるほうが私にとってよっぽど現実的だった。実際に航海科としての技術はあっという間に体に馴染んだし、ライフルのスキルも活かせた。現場の部隊ではどのように上層部からの命令が下るのかを理解したうえで陣頭指揮が取れる人材を必要としていたのもあって、私が前線指揮官に指名されたのは、正直妥当だったと思っている。少なくとも、2年前のその時まではそう思っていたよ。
その時動かせた部下は24名、全員が腕に覚えのある敏腕の安全監督隊員だった。現場についた時にはもう日暮れが近くてね、夜闇に紛れて飛行船から突入する空挺チームと潜水具をつかって海中から進むフロッグマンチームに分かれて突入。人質の安全確保が最優先でね、犯人逮捕が前提だが、最悪の事態を避けるためであれば犯人の射殺も辞さないとの通達が出ていた。
突入開始時点で犯人グループは推定18人、武装は東側諸国製の武器を中心とした短機関銃や拳銃、手榴弾が確認されていた。対戦車ミサイル等の大型火器は持ち込まれている可能性は低いとされていた。すべては推定。情報はまるで足りていない。こちらも同型の会議船での事前突入訓練を2回ほどやる時間しかなくてね。準備不足なまま投入された。状況はそれほど逼迫していたんだ。
だから、というのはきっと私の言い訳でしかないが、対戦車ミサイルで乗っていた飛行船ごと落とされた時はさすがに上層部を呪った。金属性のハイブリッド飛行船は機銃掃射には耐えてもミサイルが飛んで来たらひとたまりもない。操縦士として乗務していた1士は死に物狂いで機体を操作し続けた。会議船に半ば体当たりをしかけるような形で着艦させ、私達空挺チームを前進させた。その着艦の衝撃で操縦席が圧壊し1士は殉職。検死では着艦の衝撃のせいで操縦桿が肺を貫いたことによる窒息死だった。潰れたコックピットの中で必死にエンジンの停止措置をしようとしたらしくてね、非常用手順の順番通りに計器盤に血の跡がついていたそうだ。全部、後から聞いたことだがな。突入隊は突入隊で射撃に晒されていてそれどころではなかった。私も盾で体を隠しながら100人単位の人質をまとめて監視できる唯一の場所である中央大会議室を目指して船内に入るだけで精一杯だった。
突入した時点でほぼ失敗は確定だった。それでももうやり直しはきかない。前進するしかなかった。撤退したところでもう人質は生きていまい。交渉チームが築いていた信頼関係も意味がなくなっている。もう強行解決しか手段がなかった。
だから、前進した。廊下の角に設置された重機関銃の掃射を受けて隣の2士の首から上が吹き飛んでも、止まるわけにはいかなかった。例えそれが私を庇ってのものでも、いや、私を庇ってのことだったからこそ、止まるわけにはいかなかった。スタングレネードで2士を撃ち殺した犯人グループを気絶させて前進。そいつらを殺すなと部下に命じるのを一瞬ためらった程度には私も頭に血が上がっていた。そんなやつ殺してしまえと思ってしまったところは否めない。
冷静にならねばならないことは身に染みてわかっているはずだった。それでもあの場は……あの船の上では、正気を保てなかった。犯人グループが立てこもるときに殺した警備員の亡骸を飛び越え、壁に血で書き殴られた復讐や呪いの言葉を尻目に、走るしかなかった。私はユニット長だ。犯人を取り押さえる責任がある。人質を救わねばならない。その使命感だけで、カウンターテロユニットに前進を指示した。その義務感に駆られた部隊は前進を続けたんだ。私の指示でね。
3ヵ月前に配属になったばかりの2士は相手が投げた手榴弾から部隊を守ろうとして手榴弾の上に身を投げ捨てて殉職。先任の3正は自爆特攻を仕掛けた男の爆発で吹き飛ばされて右腕を失う重症。……私自身も思いっきり銃撃を受けてね、左手と肩を銃弾が貫通した。左の太ももも撃たれた。その時の後遺症でね、左手の薬指と小指の握力が出ないんだ。動くことは動くし、感覚もあるが、全くもって力が入らなくなった。……これでも軽症の部類だ。
皆、満身創痍だった。それでも足を止めることは許されなかった。許さなかった。状況が許さなかったというのは簡単だが、あの時は私が前進以外の選択をさせなかったという方が正しい。ここで進まなければ120人を超える人員が死んでしまう。それだけは避けなければと思っていた。
中央大会議室までたどり着いた。人質の中に紛れてやり過ごそうとした犯人を正確に撃破、人質ごと自爆しようとした犯人は、起爆スイッチを押させる前に私が撃ち殺した。その時の返り血を浴びてしまった女性大臣が、怯えた目で私を見ていたのをよく覚えている。
やたらと戦い慣れている犯人グループを取り押さえるのにかかった時間は7分弱、あまりに時間をかけすぎた。その間に人質が6人、犯人の自爆に巻き込まれて死んでいた。犯人グループは全部で23人いて、射殺5人、自爆を含む自害が8人、拘束したのは10人いたが、拘束した後に舌を噛み切って自害したのが2人、逮捕できたのは結局8人だけだった。こちらの被害は突入員24名中、殉職3名、重症8名、五体満足で帰ってこられたのはたったの13名だ。会場内に取り残されていた120人のうち、突入前に殺害されたミクロネシアの経済相を含めて死者は7名。
それでも私は絶望的な状況から113名を救ったヒーローとして祭り上げられた。7名を死なせた挙句、部下11名の未来を奪った。その時のトラウマで狂ってしまった人も沢山いる。それでも私は113名を救った英雄らしい。
確かに状況が悪かったのはある。情報は絶対的に足りていなかった。時間も待ってはくれなかった。それでも、どれだけ言い訳をしたとしても、部下3名の生命と任務に復帰できないほどの重傷を負った8名の未来を犠牲にした。その結果がどれだけ輝かしいものだとしても、それを割り切れずにいる。今でもそうだ。よく夢にも見る。
怪我の療養中に部下の遺族に殺されかけたことがある。頭が吹き飛ばされた2士の婚約者だった。泣きながら私の首を絞めながらなぜ彼が惨い死にかたをせねばならなかったのかと問われたよ。その問いは至極もっともだし理由も至極単純だった。私を庇って彼は死んだ。それだけだ。彼女には復讐の理由があった。……なんで岬さんが傷ついたような顔をするんだ。
撃ち殺したのは犯人グループだが、彼をその場に飛び込ませたのは私の指示だ。私が隊に前進を命じたからだ。だから彼は死んだ。私を殺した罪で収監されることは向こうも重々承知だろう。それでも私を殺さずにはいられなかったんだろうさ。最も、看護師に見つかって羽交い絞めにされて殺人未遂になった。
左手の握力が規定値に満たないことを理由に、私は前線を退いた。残っていられなかった。生き残った部下も、上層部も皆、私を引き留めた。柳昂三でなければもっと死者が出ていたと言われた。柳昂三の指示だったから生き残れたと言われた。柳昂三が折れたら、そのために死んだ部下が報われないだろうと言われた。
それでも、無理だった。その悲劇を超えていくために、私はいくつ鋼鉄の魂を持てばいい。いくつの死に無関心でいればいい。
だから私は前線勤務を辞め、後方に移った。その後方が横須賀女子海洋学校教務部への出向だった。艦艇勤務は女性教官が行うのが原則だから、本校で教鞭を揮うだけになるはずだった。それがまさか、艦艇勤務になっただけではなく、現場指揮官として返り咲くことになるとは思ってもみなかった。
なぁ、岬さん。
切り捨てていい人なんていない。君のいう事はその通りだと私は思う。人として正しいあり方であり、絶対的に正しく、真理だ。だが、それは
だからこそ、安全監督隊の隊員は人ではなく人魚であらねばならないんだ。時に人理を超えて、命に優先順位をつけていかねばならない安全監督隊は、人ではないナニカでなければ到底耐え切れない。例え部下を犠牲にしても、守るべき市民を守るための行動は推奨されなければならない。あの時任務に忠実に従い、殉職していった部下3名、任務で腕や足を無くした部下8名、その指揮を執った柳2正。全員人魚として正しい行動をとった。それは称えられ、推奨されるべきことだ。そうでなければ113名の命は守れなかった。各国VIPが殺されたことによる損害を考えれば、その行動に疑問を差し挟む余地はない。あってはならない。そうでなければ守れないものを守るために、安全監督隊が存在するからだ。
そうでなければ守れないものを守るために、即ち、日本という国の安全保障、日本国民の生活を保障するということを愚直なまでに行うために安全監督隊は誰かを切り捨てることを容認する。安全監督隊の隊員になるというのはそういうことだ。
その中で誰も切り捨てないというのは、そのすべての犠牲を背負うということだ。自分の命一つだけではなく、目の前で死んでいく人、自由を奪われる人が放つ怨嗟や慟哭や絶叫をその身ですべて受け止めるということだ。
岬さん。
君にその覚悟があるのか。
†
「私は……」
3本目の煙草を灰皿に押し付けた柳の方を見て、明乃は震えそうになるのを堪えて、口を開いた。雲を通した陽の光が目まぐるしく光量を変えるなか、彼は明乃の方を見ていた。
「その覚悟ができるか……わかりません。それでも、誰も見捨てたりしたくはありません……」
きっと柳は見捨てられなかった人なのだろうと、明乃は思う。だからボロボロになって、今目の前にいる。だから明乃に誰も見捨てない覚悟があるのかと問うたのだ。人の身のまま人魚の世界に足を突っ込み、泳ぐことが出来るのかと問うている。ヒレのない人の足のまま、無様に泳ぐことが出来るのかと問うている。――――捨てられなかった末路がどれだけ無様であるかを知ってもなお、見捨てないと叫べるのかを問うている。
「子供のわがままなのかもしれません。甘い考えなのかもしれません。それでも、あきらめたくないんです。信じたいんです」
柳はそれを聞いて自分の前で手を組んでいた。明乃を眼鏡越しにじっと見ながら、続きを待っている。
「助けられないこともあるのはわかってます。自分は本当にちっぽけで、弱いです。それでも私は強くなりたい。みんなで生きて、手を取り合って生きてみたい」
「……その
柳はそういって、四本目の煙草に手を伸ばした。
「安全監督隊は皆の生活を守るために誰かの自由を奪うんだ。妬まれることも多い。昨日の日置さんみたいに、守ったはずの人からの理不尽な暴力に晒されることも日常茶飯事だ。誰かを守れる自分に酔うだけでは、到底乗り切れないぞ」
「それでも、信じてみたいんです」
柳にそう言いきって、明乃は彼の様子を見やる。安いライターで火をつけて、ゆっくりと吹かして、口元から紙煙草を離した。俯いた彼の表情は、手に隠れて窺い知ることができない。
「……その結果、切り捨てられるかもしれなくても、か」
絞り出すようにそう言った柳の声に、明乃はそっと笑みを浮かべた。
「切り捨てられるようなことにならないように、一生懸命に頑張ります。それでも切り捨てなきゃいけないようなことになったとしても、それは私のせいで、柳教官のせいじゃない」
柳は弾かれたように顔を上げる。明乃はそっと立ち上がって柳の前に歩み寄った。だらしなく机にもたれた彼はいつもより背が低く見える。真正面から彼を見て明乃は言葉を選ぶ。
「頑張りますから、大丈夫です。柳教官に誰かを切り捨てさせるようなことは柳教官が晴風に乗っている限り、させません」
「……あのな、さっきの今の会話でなんでそれが出てくる」
「柳教官が言わせたい言葉なんて知りません。知ってたとしても言いたくないです」
そういうと柳は溜息をついて頭を抱えた。左手に持った煙草がゆるゆると燃えている。どこか甘いバニラのような匂いが小窓から入り込んだ潮風に乗ってふわりと香った。
「前に教官言ってたじゃないですか。艦長の条件は悩んでも前を向けることだって」
「……言ったな」
「きっと同じなんです。切り捨てなくてもいい方法を必死に考えて、探してみる。艦長も艦隊群司令も、考えなきゃいけないのはきっと同じなんです」
柳は明乃を戸惑ったように見る。
「だから、一緒に考えてみたい……って、おかしいですか?」
「……知らん」
柳はそう言って煙草をもみ消した。
「そんなんじゃいつか潰れるぞ」
「それでもそれは今じゃない、違いますか?」
返事は溜息で帰ってきた。
「どうなっても知らんぞ、艦長」
「それでも頑張りたいんです、教官」
笑って見せれば、柳もつられたように笑みを浮かべた。柳の笑みを、初めて見た気がした。
†
「おかえりなさい、教官」
「ん、ただいまモカちゃん」
艦橋に入ってきた北条に知名もえかはそう言って笑った。北条もまた笑みを返す。
「やれやれ、ほんとうに骨が折れたよ」
「首尾はどうでした?」
「何とかなったかなーって感じ」
そう言って肩を回す北条。左手に持っていた重そうなバッグを床に置いた。
「それって……」
「ん? 商店街船から回収してきた鼠の山。とりあえずこれを回収できたから御の字かな」
晴風が容赦なく沈めてくるから危なかったんだよー、と呑気にそういう北条にもえかはどこか冷や汗を浮かべた。
「それ大丈夫だったんですか?」
「結果的には五体満足で脱出できたから
「ミケちゃんと!?」
「うん、無線越しだったけどねー。こっちの正義は認めないって言われちゃった」
「そうですか……」
しゅんとする彼女の頭にぽんと手を置いて、北条はそっと笑った。
「でもミケちゃんも気が付いていると思うよ。今のブルーマーメイドのシステムが間違ってるって。その一つの解決方法として、我々の計画があることもきっとわかってもらえる。ただ、時間がかかるだけだ。大丈夫」
「そう……ですよね」
「もちろん。私を信じられない?」
「い、いえ! そんなわけじゃ……」
「大丈夫、怒ってないよ」
そう言って撫でていた手を止める。
「きっとわかってくれる。正義はこちらにあるんだから」
こくりと頷くのを確かめて、北条はもえかが使っているタブレットを取り上げた。中身を軽くチェックして笑う。
「うん、よく運用できてる。やっぱり君は優秀だ」
「あ、ありがとうございます!」
時間を確認するように懐中時計を見てから頷く。
「そろそろ頃合いかな」
「なにが、ですか……?」
「あれ、話してなかったっけ? ヘスペリデス計画の今後について」
「え? ……このまま離反してホモンホン島に隠れるんじゃないんですか?」
「うん、まぁその通りなんだけど、陸の方で進んでいる計画があってね、そろそろ公に動き出す頃なんだ」
「陸で進んでいる計画、ですか」
「うん。ヘファイストス計画って呼ばれてるんだけどね、それと連携して動くから、そっちとの兼ね合いもあるのよ。今日の午後発表があるだろうし、このままホモンホン島で一時休憩を取れるはず、向こうからの追加連絡もないしね」
「ヘファイストス……?」
もえかが投げかけた疑問符に北条は頷く。
「モカちゃんはギリシア神話に詳しかったっけ?」
「えっと……あんまり……」
申し訳なさそうな表情を浮かべるもえかに大丈夫と微笑みかけて北条はすらすらと答えていく。
「ヘファイストスとかヘーパイストスとか言われることが多いかな。ギリシア神話の鍛冶の神だ。ローマ神話だとウゥルカーヌス、英語読みのヴァルカンの方が有名だね。あとはインドの火の神ヤヴィシュタと同一視されたりする。昔は火山と雷の神だ」
「はぁ……」
「オリンポス十二神が使う武器の鍛造を一手に引き受けていたりするすごい神様だったんだよ? アイギスの盾も作ったしアルテミスの矢もそうだ。まぁブ男で両足が曲がった奇形児だったせいで愛されなかったことが超コンプレックスだった男性神。まぁこれはそこまで関係ないか」
神話で出てくる固有名詞がどんどん飛び出してきて、もえかはその言葉をゆっくりかみ砕いていく。それを待ってから北条は続きを語った。
「鍛冶の神だから当然火をつかう。人間に火と文明、そして戦争を与えたプロメテウスもヘファイストスの鍛冶場から火を盗んだ。火は人間に武器を与え、肉を安全に食べる手段を与え、夜闇を駆逐する術を与えた。ヘファイストスは現代文明の根源と表現することも可能だろう」
そう言って北条は朗々と語る。
「今私たちが行っているヘスペリデス計画はこのヘファイストス計画を守るためと言っても過言じゃないんだ。ヘファイストス計画を実行するにあたり、必要な状況や人材の確保。そのための計画の一つだからね」
北条はそう言ってもえかの胸にそっと触れた。航海科員養成課程の首席たる武蔵艦長のみが着用を許される詰襟の制服に取り付けられたバッジに触れる。
「君も件のミケちゃんも我々金鵄友愛塾にとって、必要な人材だ。君たちはいつか、東南アジアはおろか、全世界のシステムを変え、それを守る防人として皆に歓待されることだろう。君たちが命を預けるに足る武器をヘファイストス計画は提供してくれる。最高の盾にして、最高の矛、アイギスの盾とはくらべものにならないほどに強力なものを、我々は作っている」
「それって……」
北条はニヤリと笑って、窓の外を見上げた。もえかも釣られるように外を見た。きらきらと太陽光を乱反射させる海が見える。その上にぽっかりと浮かぶ入道雲が見える。さらにその上、窓の上辺すれすれに燦々と輝く太陽が見える。
「この世界のエネルギー地図を一新する、切り札だよ」
そう言ったきり、北条は黙ってしまった。もえかはどこか期待と不安が入り混じったような高揚感を感じながら、北条をじっと見ていた。
……さて、そろそろ北条さんたちが何をしたいのか、見えてきた方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。答え合わせの時はそう遠くはない(はずな)ので、ゆるりとお待ちいただければ幸いです。
北条さんが少し話していますが、今回出てきたヘファイストス計画はヘスペリデス計画の親計画にあたります。やっとここまできました。これでやっと北条さんたちの着地点に向かっていけます……! 風呂敷を畳める気がしないですが、頑張ります。
最近さすがにオリジナル用語が多くなってきたので、用語解説集を準備中です。ハーメルンに実装された特殊タグのオンパレードですでに編集吐きそうですが、頑張ります。近日中に公開できるといいなぁ。
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次回 水面に揺れる陽炎の源は
それでは次回もどうぞよろしくお願いします。