ハイスクール・フリート・プラスワン・アンド・アザー   作:オーバードライヴ

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真意を糾すに程良い刻に

 

「パーシアス作戦実施から27時間で比叡をはじめとする7隻を奪還……。予想以上にテンポいいね、安全監督隊(やっこさん)は」

 

 そう嘯いて北条は静まり返った艦橋を振り返る。艦長用の赤いカバーのかかった椅子に座ってぼうっとしている影に微笑みかける。

 

「……興味はないかい?」

 

 その影は答えない。ピントの合わない目で虚空を見つめるだけの彼女を見て少しばかり覚えた寂寥感を北条は見ないふりをした。

 

「まぁそれも仕方ないかな。人魚に人は救えない。それでも救えると思い込んで活動しているものたちの集まりなわけだしね。君の意識の外に置いておいても問題ない事物だとも言える。だけど今回はそれを相手どらなきゃいけないわけだしね。しかたない」

 

 嘆くようにそう言って、寂しげに笑う北条。

 

……貴女はここにいる誰より、罪深い……あなたこそ、悪魔の遣いです

 

 ぽつりとそういう影に北条は笑みを深めた。

 

「ブリューゾフ『炎の天使』……いや、プロコフィエフのオペラ版『炎の天使』第五幕からかな。どちらにしても渋いところを引いてくるね」

 

 そう言って北条がその影の前にそっと進み寄り、その足の前に跪いた。

 

「いかにも、私は炎の天使に導かれしもの。それを断罪できるあなたはおそらく大司教。ではあなたはどうする」

 

 そう試すように言うが、ガラス玉のような双眸はどんな答えも映さなかった。それでも彼女は小さく口を開く。

 

……人間の最も高貴な行いは誠実に戦い、弛まず努力を重ねることであり、それこそが真の喜びをもたらすのだ

 

 北条が笑う。

 

ならば皆、炎に還るが良い

 

 そう返して北条はそっと影の頬に手を添えた。

 

「真の魔術は科学の中の科学だというのならば、君たちが行く末は暗い。すべてが数字に換算され、その果てにあるのは絶望に塗り固められた未来だけだ。そこに突き進むだけの行為を高貴だと称えるのならば、その高貴なる称賛はいったい誰の為になる?」

 

 いつもよりもひんやりとした影の髪をさらりと撫でつけ北条は続けた。

 

「我々の炎は万人の幸福を進化させる。絶え間なく続いた狂気と戦乱の中でバージョンアップを繰り返し、引き継いできた炎だ。それがたとえ悪魔の炎であったとしても、この狂った世界を終わらせ、変えていくための炎だ」

 

 そう言って力の抜けたその影の手を取った。

 

「どうかあなたの手で聖別を。願わくば、世界を明るく照らす炎とならんことを」

 

 その影はやはり答えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず比叡関連はこれでなんとかなったな」

 

 柳はそういうと速報版の簡易報告書を電送し、タブレットを置いた。伸びをすると濃紺の突入服が揺れる。艦橋の窓から差し込む夕日が目に染みた。

 

「お疲れ様です」

「岬艦長もお疲れ様だ。船のバラスト排出を始めた時はどうなることかと思ったが、やれやれだ」

「弁天がしっかり追い込んでくれたので何とかなりました」

「こっちを信じてくれた真冬艦長に感謝だな」

 

 そういう視線の先には見事に暗礁に乗り上げて停止している比叡の姿があった。比叡の乗員は一度拘束の上、弁天のミッションベイに収容、そこで鏑木美波医務長の治療を受けている。中間報告を聞く限り、抗体も無事効いており、順調だという。

 

「無事に抗体が効いているようでよかったし、状況的には90点ということかな」

 

 柳はそう言って笑って見せてから欠伸を噛み殺した。

 

「少し休まれます?」

「晩飯食ったらね。それまでは報告書でも書いておくさ。艦内は通常シフトに戻して順次休息をとらせてくれ」

「分かりました」

 

 明乃が頷いたことを確認して柳は執務室へと降りていく。それを見送った明乃に納紗幸子が笑いかける。

 

「柳教官、弁天が合流してから少し雰囲気変わりましたよね。なんというか、肩の力が抜けたというか……」

「ずっと緊張しっぱなしだったのは大きいんでしょう。真冬ねぇ……真冬艦長が合流して仕事を分担できることも大きいでしょうが」

「しろちゃん、わざわざ言い直さなくてもいいと思うよ?」

「公務中ですので、岬艦長」

 

 ぴしゃりとそう言いきられ明乃はどこかバツが悪い。妙な沈黙が落ちたのを破ろうと舵輪を握った知床鈴が声を上げた。

 

「そ、そういえばこの後比叡はどうなるんだろう……?」

「そうじゃのぉ……乗員はこの後横須賀行きの船に乗せられて帰還。比叡自体は消毒してから追って回送になるんじゃないかのぉ」

「比叡の皆さんに処罰とか……ないよね?」

「ウィルスは半ば不可抗力じゃからないんじゃないか?」

 

 それを聞いて胸を撫でおろす鈴。ヴィルヘルミーナもそれを見てどこか優しい目で息をついた。

 

「まぁ、このまま行けば我がアドミラル・シュペーが返ってくる日も近いじゃろう」

「大丈夫! ミーちゃんの大切な人が乗ってるんでしょ? ぜったい大丈夫!」

「……じゃな」

 

 明乃の励ますような言葉ににかりと笑って見せるヴィルヘルミーナ。

 

「さて、なら儂も少し寝るかな。明日の早朝からシフトじゃけぇ」

「はい、お疲れ様でした!」

 

 皆がお疲れ様を言い合って、出ていくヴィルヘルミーナを見送る。それを心配そうに見ていたのは幸子だ。

 

「……ココちゃん、行って来たら?」

「え?」

「心配なんでしょ?」

 

 そう言って明乃がトンと背中を押した。

 

「心配なら心配だって言わないと、言葉にしないと、ね?」

 

 そう言って幸子を半ばグイグイ押し出すようにして明乃が言う。

 

「――――はいっ!」

 

 水兵帽を揺らして幸子が艦橋を飛び出していく。満足げに腰に手を当て鼻を鳴らす明乃にくすくすと控えめな笑い声が響いた。

 

「結構ミケちゃんって強引だよね?」

「へっ!?」

 

 鈴の言いぐさに驚いて見せるとその横でましろが大きく頷いた。

 

「強引でしょう。艦長が最前線に出ていく部隊がほかにないでしょう」

「そっ、それを言うなら柳教官の方が全力全開だよねっ? 比叡に真っ先に飛び込んで拘束作戦開始したの教官だよ!?」

「……なぁ航海長、改めて思うと第一特務艦艇群の司令部は本当に大丈夫なのだろうか……?」

「えっと……」

 

 返事を濁す鈴。トップは元官僚の切れ者だとはいえ、弱装填のプラスチック弾頭を詰め込んだショットガン片手に先陣切って乗りこんで行く人物である。本人がいれば『臨検でまともに動けるのが私しかいないからだ』など反論しただろうが、生憎本人は司令執務室に行ってしまっている。

 

 その司令の補佐官を務める副司令はセクハラ常習犯の厨二病発病中の人物であり、その二人の指揮下に置かれている晴風航洋艦長は自らスキッパーで前線に飛び込み、沈没しようとする船に向けてアクセルを吹かすのである。

 

「この部隊全員攻めに思考が寄りすぎてるし、全員ブレーキ壊れてるとしか思えない……」

「あの、しろちゃん……? 私はそこまで……」

「あなたが言えることですか!? 岬艦長も少しは自重してください! 今回だって潮位を利用するならそう言ってほしいですし! そもそもバラスト抜いて前進一杯は危険すぎますし! 航海長が少しでもミスをしたらこっちが転覆しますよ!」

「だ、だって柳教官には許可とったし、りんちゃんならしっかり舵取りできるし……!」

 

 そうしどろもどろに返す明乃にましろは溜息を返す。

 

「こちらは艦長に命預けてるんです。しっかりしてください」

「――――うん!」

「なんで嬉しそうなんですか」

 

 ましろがどこか戸惑ったような引いたような表情をするが、明乃はお構いなしにましろの腕を取った。

 

「だって、しろちゃんは私を信じてくれてるんでしょ?」

 

 そう言われましろは瞬時に顔を赤くすると、勢いよくそっぽを向いた。明乃の腕を振り払おうとしたらしいが、その動きも中途半端に止まる。それを見て鈴が笑みを浮かべる。

 

「笑うなぁっ!」

「ご、ごめんね……でも、ミケちゃんもしろちゃんも仲いいなぁって」

「だっ……」

 

 ……れがこいつと、と言いかけて、ましろは口を噤む。これを言えばきっと艦長は傷付いてしまう。それをためらったあたり、どうも否定材料はないらしい。

 

「……わ、私は上官として信頼しているだけだ」

「えー」

 

 どこか不満そうな明乃に鈴が笑いかけた。

 

「そういうことにしておこうか?」

「……そうだね」

「お前ら二人その生暖かい笑みを仕舞えっ!」

 

 人数は減ったはずなのに艦橋はいつも通りにぎやかだった。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「……みーちゃん」

「なんじゃ?」

 

 わずかばかり時間は巻き戻り、夕焼け照らす甲板でヴィルヘルミーナは名前を呼ばれて振り返った。幸子はその時の顔を見て、追いかけてきてよかったと悟る。その顔はあまりに儚くて、寂しそうにみえた。

 

「……幸子、儂等、どこで道、間違えたんかの。夜中におると、つくづく己がイヤになっての、足を洗うちゃる思うんじゃ。朝起きて、ここのもんに囲まれていると、夜中のことは、ころっと忘れてしまう……」

 

 どこか引っかかりのある科白回し、任侠映画の一場面が頭の中に浮かんでくる。それを聞いて幸子はあえてそれに乗らなかった。

 

「……シュぺーのこと、ですよね?」

 

 明らかに、刺されたような顔。それを見て幸子は確信する。

 

 

 ヴィルヘルミーナは、わたしによく似ている。

 

 

 任侠映画が好きで、ノリが良くて、一所懸命に状況を切り拓こうと足掻く中でも、おどけて見せる。

 

 それは、きっとそうでもしないと自分が壊れてしまうからだ。弱い自分を認めることになるからだ。強い誰の姿を自らに取り込まねば、潰れてしまうような恐怖があるからだ。

 

「……シュぺーの艦長は、テアは……儂の大切な親友なんじゃ。互いに男であったなら、五分の杯を交わしたいほど、テアとならどんなことになっても受け入れられる、そう思える艦長がおる」

 

 ぽつりと語った彼女は、甲板の縁にある鎖の柵に触れてそう言った。

 

「……今日、比叡を追い詰めるのを見て、テアや皆を助けられるのか、不安になっとった」

 

 幸子もそれを聞いて僅かに目を伏せた。

 

 パーシアス作戦の開始と同時に始まった、横須賀女子海洋学校所属艦船の()()()()。それは保護とは名ばかりの強硬臨検だった。相手の足を止めさせて、武装した隊員が突入し、拘束。拘束した乗員は鎮静剤と抗体を注射し事態の沈静化を図る。

 

 相手を石に変える瞳を持つメデューサを刈り取った英雄ペルセウスの名を冠する作戦は、文字通り相手の意識を刈り取り石化させ、それから救うというものだったのだ。

 

「もちろん、ああするしかないというのはわかっとる。マーメイド側が使っとるのは非殺傷性の武器……警棒にフラッシュパン(スタングレネード)、拳銃に入っとるのはプラスチックの弾頭じゃ。普通のゴム弾より安全なのは知っとる。それでも目に当たれば失明するし、プロボクサーの全力パンチ並の衝撃を与えることには変わりはなかろう」

 

 比叡に乗りこんだのは柳をはじめとした大人の臨検員だった。晴風のクルーは柳から接舷中の晴風の防御を厳命され、比叡に乗りこむことは許されなかった。それでも何が起こっているのか、断片的だが確認できていた。何度も爆破音のようなものが響いたのはおそらくスタングレネードを多用していたのだろう。柳がプラスチック弾の補給申請を5発と出していたのは5発分発砲したことにほかならない。

 

「儂は……考えないようにしとった。怖かった。テアが今も狂っているかもしれないと考えるのすら、怖かった。テアがあんなふうにされるのかと思うと心底怖かった」

 

 そう言った彼女の肩は震えていて、幸子は近寄ろうと一歩前に出る。

 

「晴風の皆に心配を掛けたくないというのを言い訳にしとったのかもしれん。そうして目を逸らしとった……どの口が親友と言うかと罵られても仕方なかろう」

 

 そう言ってヴィルヘルミーナは鎖に置いた手を握りこんだ。

 

 この我慢の仕方は、ダメだ。そう思って幸子は歩き出す。

 

「本当に……なにが親友じゃ。危険な状況だとわかり切っていてそれから目を逸らしとる。親友が、聞いて呆れる」

「……自分をそこまで責める必要はないよ、みーちゃん」

「手前に何がわかるんじゃ!」

 

 叫ぶように放たれたその言葉に思わず足を止めた。ヴィルヘルミーナの顔がまるで自が撃たれたように歪む。

 

「……すまん、かった」

 

 沈黙が落ちる。本当に言葉がなくなってしまえば、波音は耳障りなほど声高に主張する。

 

「……わたしは、みーちゃんの何を知ってるわけじゃないし、親友の艦長さんにはあったこともないです。でもね、わかるんですよ、みーちゃん」

 

 足を止めたままゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「貴女にとってシュぺーの艦長さんはみーちゃんにとって大切な人で、助けたいひとなんですよね?」

 

 ヴィルヘルミナは、首肯。

 

「艦長さんはみーちゃんを大切にしてくれたんですよね?」

 

 再び、首肯。

 

「今も艦長さんのことが大好きなんですよね?」

 

 時間を置いて、首肯。それを見た幸子は笑って見せた。

 

「だったら大丈夫です。きっと艦長さんも信じてくれているはずです。今はいろいろ大変かもしれないですが、きっと大丈夫です」

 

 先ほどとは異なり、幸子の言葉をヴィルヘルミーナは黙って聞いていた。

 

「みーちゃんはヒーローみたいな人じゃないけど、それでもすごい人です。だからみんながみーちゃんを助けたいと思ってるし、信じてるはずです。少なくとも私は信じてます」

 

 幸子はヴィルヘルミーナに語り掛けるように、同時にそこに被って見える自分の幻影に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。

 

「だから、抱え込まないでください。みーちゃんの味方は、みーちゃんの近くにいますよ」

 

 それを聞いてヴィルヘルミーナは少したじろいだようだった。それでも最後には笑った。消えてしまいそうな笑みではなく、どこかやさしさが滲むような、そんな笑みだった。

 

「……いかんな、枯れ木に山が潰されるわい」

 

 そういうとヴィルヘルミーナは肩を竦めた。その様子を見て幸子も笑った。

 

 その、時だったのだ。

 

 警報が発令された。晴風に緊急出港を知らせる警笛が響く。

 

「……!」

『海上安全整備局本局から緊急治安出動命令です!』

 

 スピーカーから流れてきたのは八木鶫通信士の声だ。同時に幸子のタブレットが着信を告げる。隊内の無線チャンネルが開かれたのだ。

 

『ニューギニア島、蘭領インドネシア沖に国籍不明の大型艦船を確認、未確定ですがアドミラル・シュペーの可能性が大! 蘭領インドネシアの接続水域に向けて航行中!』

 

 ヴィルヘルミーナの表情が凍った。

 

 

 

 

 

 

 

    †

 

 

 

 

 

 

 

「……インドネシア、特にニューギニア島は民族と資源の坩堝だ。故に今の世界の現状を象徴するようような場所と言える」

 

 北条の声は静まり返った艦橋に反響する。日が落ち暗く沈み込んだ空間では彼女はニヤリと笑って見せた。

 

「英国、蘭国、独国……3つの先進国がこぞって乗りこむニューギニア島は金・銀・銅だけでも毎日20万トンを超える地下資源を算出する鉱山の宝庫だ。大不況が訪れたとしても、金本位制の経済が破綻して兌換紙幣が存在しなくなっても、金塊などの貴金属を手元に置いておくことは、大きすぎるぐらいのメリットを提供する」

 

 彼女の講義を聞く影は椅子に座ったまま身じろぎ一つしない。それでも北条は上機嫌に語り続けた。

 

「ここがどこか一つの国のものになればまだよかったのに、どの国も、正確にはどの民族もその利権を放棄しなかったせいで、国境線だったり、民族の居住エリアが絡みあう混沌とした地域が生まれた。ガドゥリオア協定体制下の中途半端な自治権のせいでなおさら泥沼になった。完全な自由も、完全な不自由もないせいで曖昧になった利益や権利を皆が奪い合う。……その結果として70年近く続くニューギニア島の民族紛争に油を注いだことになる」

 

 それが先進国に治安維持の為という大義名分を与え、軍や警察を送り込む口実として使われているのは言うまでもない。意図的に残された抜け穴であり、今でもそれは機能している。

 

「遠いヨーロッパの利権争いが、この東南アジアで燃え上がる。そのおかげでニューギニア島だけで20万人もの人々が虐げられ、死に至った。……愚かだと思わないかい。そのせいで死ななくていい人が死んでいく。たぶんこれからもずっとね」

 

 言い切って北条はくるりと回って、暗くなった外を見る。

 

「だから、この世界を変える必要がある。そのための犠牲を許容しろと言うつもりはないが、それでも変えないことには始まらない。こんなバカげたシステムを変えないことには、ただアンラッキーだっただけで一生苦汁を舐める人が救われない。ここについては、君と同じビジョンに立てると思っているんだ、それがわかるかい?」

 

 電気が落とされたその空間で彼女の周りは沈み込んで見えた。

 

「疑問なのかな? なぜアドミラル・シュペーが蘭領インドネシアに飛び込むことがなぜその革命につながるのか」

 

 そう問いかけるが、影は答えない。北条それでも上機嫌に鼻を鳴らした。

 

「ガドゥリオア協定体制を崩すには、協定に迎合した国々に目を覚ましてもらわねばならない。手っ取り早く状況を覆すにはこれが一番効果がある」

 

 北条はそう言って肩を竦めた。

 

「世界は変わるよ、ここから。それを誰かが悪魔的と言ったとしても、変えないことには何も進まない。そうして終わりなき混沌に背を向けねばならない。永き平和を享受するために」

 

 北条の笑みにその影は初めてピクリと反応した。

 

 

 

「……あなたはせいぜい人生を馬鹿にしているつもりでいるが、人生が悪戯っ子をゆるすように微笑を以てあなたを恕していることに気づかないんです

 

 

 

 さらりと飛び出した言葉に、北条はピタリと動きを止める。その双眼を()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……三島由紀夫、北条さんならご存知なものだと思いましたが……当てが外れましたか?」

「……驚いたね、まさかラードーンの影響下でここまで明瞭な意識を保っていられるとは、完全に想定外だ。てっきり君は昏睡一歩手前の酩酊状態にあるものだとおもっていたよ……体までは自由に動かせはしないようだが、どうやら君はアルジャーノンとことごとく相性が悪いらしいな」

「生憎私はネズミと迷路実験で勝負する趣味はありません」

「……指をもち上げる余力もないのに、よく口が回るものだ。しゃべっているのは半ば意地かな?」

 

 そういうとくつくつと笑い、北条は彼女の前に歩み寄り、しゃがみ込んだ。

 

「珍しい症例だ。大抵は体の自由より先に精神の強制的な統合が発生するんだが、君の場合は順序が逆ときている。なにが君をそこまで執着させるのかな?」

 

 一切の電気が消えた艦橋に薄い三日月の影が落ち、その輪郭だけ何とかあぶりだした。

 

「……やっとあなたの本質を理解できた気がします」

「理解には必ず主観が介在する。私ではない君が理解する余地を残すものなどないよ」

「だとしても、シーザーを理解するのにシーザーになる必要はない。違いますか?」

「マックス・ウェーバー『理解社会学のカテゴリー』ね。高校一年とは思えない知識量だとは思っていたけど、どこまで底がないんだか」

「あなたの本質は、()()()ですよね」

 

 北条の軽口には取り合わず、もえかはそう言いきった。

 

「自分がこうなったのは世界のせいで、まわりのせいで、誰かのせい。そこに北条さん、あなたはどこにもいない。すべての責任を他人に押し付けて、転嫁した相手を皮肉り、見下して、自分にだけ都合のいい世界を作ろうとしている。それが貴女の本質、違いますか?」

 

 それを聞いた北条は肩を揺らして笑った。そのまま立ち上がりもえかを見下ろす。

 

「素晴らしい仮説だ。実に素晴らしい仮説だ。ぜひともご高説いただこう。他者から見た自分という視点はなかなか得にくいからね」

 

 そういうと北条は彼女の顎に指を当て、視線を合わせた。

 

「……長い夜になりそうだ」

「私との問答を続けたかったんでしょう?」

 

 それを聞いた北条が獰猛な笑みを浮かべた。

 

「……いいだろう。君の思うようにやってみろ。すべて話を聞いたうえで叩き潰して見せよう」

「そう簡単に潰れるとは思わないでくださいね」

 

 もえかは見下ろしてくる北条を見返した。月が隠れ、その輪郭すら曖昧にする。

 

 

 

「……では聞こうか、知名もえか。……君にとっての正義は、なんだ?」

 

 

 




……いかがでしたでしょうか

比叡編をまさかの大胆カットで第二次アドミラル・シュペー編に参ります。なお、お察しの通り、またオリジナル要素の大量投入でヒッドイことになってますが、どうぞお付き合いくださいませ。

今回もかちゃんが引用しているブリューゾフの『炎の天使』ですが、日本語訳の書籍が見つからず、ネット資料に寄るので正しい記載になっているか保証ができません。何卒よろしくお願いいたします。

さて、アドミラル・シュペーの行く末は、どうなるみーちゃん。そしてがんばれもかちゃん!

――――――
次回 天地の いずれの神を 祈らばか うつくし母に また言問はむ
それでは次回もよろしくお願いいたします。
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