艦娘達の戦後   作:雨守学

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※今回は響視点です。


10.5

夏休み。

司令官に買ってもらった夏用の服を着て、私は少しだけご機嫌だった。

 

「暁と遊んでくる」

 

「おう、気を付けてな。門限までには帰ってくるんだぞ」

 

「分かった」

 

「はい、水筒よ。今日は熱いから、水分補給をしっかりね」

 

「ありがとう、鳳翔さん。行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 

暁とは公園で待ち合わせだ。

お小遣いを持って集合! って言われたけれど、一体何をするつもりなんだろう。

 

「あ、来たわね」

 

「おはよう暁。ラジオ体操、今日は来なかったんだね」

 

「ちょ、ちょっとね……。それよりも、ちゃんとお小遣い持ってきた?」

 

「持って来たけど……何するつもりだい?」

 

「ズバリ、向日葵を見に行くのよ!」

 

「向日葵? 向日葵なら、学校にも咲いてるけど……」

 

「あんなの咲いてるうちに入らないわ。昨日、テレビで見たの。一面に咲く向日葵……黄色い海をね……。はぁ……素敵だったわ……」

 

「向日葵畑か」

 

「そうそう、それ。でね、その向日葵畑、電車とバスで行けるのよ!」

 

「それでお小遣いか。でも、私たちだけで行っていいのかな……。電車とバスを使うんでしょ? 遠いんじゃないかな」

 

「大丈夫よ! 私たちは他の子供とは違って、艦娘なのよ? それに、レディじゃない? 電車もバスも乗れないなんてお子ちゃまよ」

 

「そうかもしれないけど……」

 

「ほら、行くわよ? 大丈夫、いざとなったらこの暁が守るわ!」

 

頼もしいんだか危なっかしいんだか。

暁に手を引かれながら、駅へと向かった。

 

 

 

駅で切符を買い、電車に乗った。

夏休みだと言うのに、車内はがらんとしていた。

 

「なんだかワクワクするわね。まるで冒険だわ」

 

「そうだね」

 

きっと、朝のラジオ体操に来なかったのは、寝過ごしたからだろう。

今日の事でワクワクして、眠れなかったとか、そう言う理由だろう。

 

「響のお洋服、可愛いわね」

 

「司令官が買ってくれたんだ」

 

「司令官と仲がいいのね。でも、喧嘩とかしないの?」

 

「喧嘩っぽくなったことはあるけれど……怒られたことはないかな」

 

「司令官が怒った所、見たこと無いものね」

 

他人の子だから怒れないのかなって最初は思ったけれど、よくよく考えれば、鎮守府でも怒ったの見たことないし、ただ優しいだけなのかもしれない。

 

 

 

電車とバスを乗り継いで行くと、段々と建物が少なくなってゆき、やがて野原や牧場が現れ始めた。

遠くには山も見える。

ずいぶん遠くへ来たようだ。

 

「こんなに遠くに来ちゃって大丈夫かな……」

 

「大丈夫よ。向日葵畑を見たら、すぐに帰るから」

 

「……そうだよね」

 

心の奥底に芽生える不安。

司令官と鳳翔さんの顔がちらつく。

 

「もうすぐ着くわ!」

 

 

 

バス停を降りると、向日葵畑までの案内板があった。

徒歩15分と書かれた看板の先は、少しだけ傾斜になっていて、鎮守近くの丘を思い出させる。

 

「もう少し歩くのね。響、大丈夫?」

 

「うん」

 

「危ないから、手を繋ぎましょう」

 

「そうだね」

 

暁の小さい手を繋ぐ。

危なっかしいところが多々あるけれど、暁型一番艦を務めただけあって、頼りになる。

 

「響の手、汗でぬるぬるじゃない」

 

「暁の手だってそうじゃないか」

 

「私のはクリーム! 保湿クリームよ」

 

「夏はいらないと思うけど」

 

「へ? なんで?」

 

「…………」

 

きっと、誰かがつけていて真似しただけなんだろう。

戦時中だって、見よう見真似で化粧して、とんでもないことになったっけ。

 

「ふふ」

 

「どうしたのよ?」

 

「なんでも。行こう」

 

「えぇ」

 

 

 

緩やかな坂を二人して登ってゆく。

 

「ふぇぇ……どうしてこんなに蚊がいるのよぉ……」

 

「虫よけスプレー、持ってくればよかった」

 

「って、どうして響は刺されてないのよ!?」

 

「それは……暁の血の方が美味しいとか……?」

 

「嬉しくないー!」

 

そんなやり取りをしている内に、遠くに黄色い畑が見えてきた。

 

「向日葵だわ!」

 

「もう少しだね」

 

お互いを励ましながら、少しづつ向日葵畑の方へと向かった。

 

 

 

「ついたわ!」

 

一面の向日葵畑。

黄色い海という表現は、本当に正しかった。

 

「凄い……」

 

「みんな同じ方を向いているわ」

 

「太陽の方を向いているんだ。だから、向日葵なんだ」

 

「し、知ってたわ。それくらい……」

 

「そっか」

 

しばらく、私たちは向日葵に見とれていた。

 

 

 

それから、自分達の身長よりも高い向日葵のトンネルを進んだり、花粉を集めるミツバチを見ていた。

 

「なんだか大きい蜂もいない?」

 

「あれはクマバチだね」

 

「え、ミツバチじゃないの? だ、大丈夫かしら……。刺されない?」

 

「刺す事はないと思うけど、刺激することは止した方がいいかも」

 

「そ、そうね……」

 

それから暁は静かになった。

刺激って、触ったりすることなんだけどな。

でも、ちょっと面白いから黙っておこうかな。

 

 

 

しばらく遊んでから、木陰で黄色い海を眺めていた。

 

「はい、暁。お茶だよ」

 

「ありがとう響。鳳翔さんが作ってくれたの?」

 

「そうだよ」

 

「いいなー。鳳翔さんのご飯を毎日食べれるなんて」

 

そうか。

鳳翔さんのご飯を毎日食べられるって、他の艦娘達からしたら羨ましい事なんだ。

 

「暁も今度おいでよ。鳳翔さんのご飯、一緒に食べよう」

 

「本当? 約束よ」

 

「うん」

 

「指切りげんまん」

 

「嘘ついたら」

 

「ハリセンボンのーます!」

 

「ハリセンボンじゃなくて、針千本だよ」

 

「え!? そうなの?」

 

「ちなみに、指切りは小指を切る事。げんまんは一万回殴る事。針千本はそのままの意味かな」

 

「そんな恐ろしい約束出来ないー!」

 

そんなやり取りをしている内に、いつしかぽかぽかとした陽気の中で、暁はウトウトし始めた。

 

「眠いのかい?」

 

「うん……」

 

「しばらくお休み。私が起こしてあげるから」

 

「でも……」

 

「ちょっとだけさ」

 

「でも……でも……」

 

そのまま暁は眠った。

私は、時折吹く風を感じながら、夏の音を目を瞑って聞いていた。

 

 

 

「ん……」

 

虫の鳴き声で目を覚ました。

黄色い海は、朱色に染まっていた。

 

「……――!」

 

一気に冷や汗が出た。

空はもう夕方だった。

 

「暁!」

 

「ん~……なによぉ……」

 

「もう夕方だよ! 寝過ごしちゃったんだ!」

 

「ふぇ……ふぇぇぇ!?」

 

「どうしよう……急いで帰らないと……」

 

「は、早くバス停まで行くわよ……!」

 

「うん……!」

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

来た道を走って戻る。

昼間と違い、暗くなった道は、より一層私たちを不安にさせた。

 

「うっ……!」

 

木の根に足をとられ、暁は転んだ。

 

「だ、大丈夫かい!?」

 

「うぅ……痛いよぉ……」

 

よく見ると、膝から血がにじんでいた。

 

「大変だ……」

 

周りを見渡すと、少し離れたところに小川があった。

 

「ちょっと待ってて」

 

暁を後ろに、小川へ向かった。

 

「…………」

 

少しためらった後、洋服の端を思いっきり破いた。

その布を水に浸し、暁の元へと戻った。

 

「ちょっと染みるかもしれないけど、我慢して……」

 

傷口をそっと拭いてやる。

 

「うぅ……」

 

汚れが取れた後、もう一度洋服の端を破り、傷口に巻いた。

 

「これで大丈夫。歩けるかい?」

 

「うん……。ごめんなさい……お洋服……」

 

「いいんだ。さ、行こう。今度はゆっくり」

 

暁の手を握り、ゆっくりとバス停へと向かった。

 

 

 

太陽が山へと沈んでゆく。

辺りは暗くなって、街灯が私たちを照らしていた。

バスは一時間に二本しか来ないようで、幸いにも十分後には来るらしかった。

 

「ごめんね響……こんな事になるなんて……」

 

「ううん……私が悪いんだ。起こすから寝ていいだなんて……」

 

「私たち……帰れるのかな……。お父さんとお母さん……心配してるかも……」

 

「……そうだね」

 

今にも泣きだしそうな暁の手をぎゅっと握った。

正直、私も不安だった。

 

「足、痛むかい?」

 

「ちょっとだけ……。けど……そんな事より……」

 

そう言って、暁は破れた私の洋服を見た。

 

「司令官に買ってもらったお洋服なのに……ごめんなさい……」

 

暁は我慢できなくなったのか、ぽろぽろと涙を流し始めた。

 

「暁……」

 

ぎゅっと抱きしめると、暁は声をあげて泣きだした。

私も泣きそうになったけれど、ぐっと涙を堪えた。

 

 

 

バスを降り、駅で電車を待っていた。

 

「お腹……空いたな……」

 

「うん……」

 

暁はハッと何かを思い出すように、バッグの中を探り始めた。

 

「金平糖があったわ。食べましょう?」

 

「ありがとう」

 

二人して金平糖を食べた。

 

「金平糖ってね、飴と違って、夏でもベトベトになりにくいんだって」

 

「そうなの?」

 

「テレビでやってたの。水分が少ないからなんだって」

 

そんな話をしている内に、段々と不安が和らいでいった。

お腹は膨らまなかったけれど、暁の金平糖はほんのりと甘くて、安心できる味だった。

 

 

 

電車に揺られながら、帰った時の事を思っていた。

帰りが遅くなった事、暁が怪我をしてる事、洋服を破いた事……司令官は許してくれるかな……。

 

「響……」

 

そんな私を心配してくれたのか、暁は手を握ってくれた。

 

「大丈夫……」

 

「そうよね……。司令官……優しいものね……」

 

「うん……」

 

そんな不安をよそに、電車は駅へと着こうとしていた。

 

 

 

電車を降りて、急ぎ足で家へと向かう。

 

「走れるかい?」

 

「うん、大丈夫」

 

その時だった。

 

「響!」

 

「響ちゃん!」

 

司令官と鳳翔さんがこちらへ向かって来た。

 

「司令官……」

 

「うわぁぁぁん……しれいかぁぁぁぁん……」

 

暁は真っ先に司令官の胸に飛び込んだ。

 

「馬鹿……心配かけさせやがって……」

 

「ごめんなさいぃぃ……」

 

「響ちゃん、大丈夫?」

 

「うん……ごめんなさい……」

 

「……とりあえず、家へ戻るぞ。暁のご両親にも連絡しないといけないからな……」

 

家へ向かう間、司令官は暁をおぶったまま、何もしゃべらなかった。

私の顔も見なかった。

怒ってるのだと、すぐに分かった。

 

 

 

帰ってすぐに、司令官は暁の傷の手当てをして、両親に電話した。

その間、私は鳳翔さんとお風呂へと向かった。

 

「響ちゃんは怪我してないのね」

 

「うん……。ごめんなさい……」

 

「ううん……無事でよかったわ。さ、頭洗っちゃいましょう」

 

いつも以上に、鳳翔さんは優しかった。

その優しさが、少しだけ心に染みる。

 

「……司令官、怒ってるよね……」

 

「少しだけね……」

 

そのニュアンスには、やはり優しさが残っていた。

 

「でも、響ちゃんが無事だったのだもの。提督も安心してると思うわ」

 

「…………」

 

「……大丈夫。私からも言ってあげるから」

 

「ううん……。ちゃんと自分で謝るよ……」

 

「そっか。偉いわね」

 

偉くなんかない。

皆に心配かけて、偉いわけがない。

でも、そんな事よりも、今はただ、司令官を怒らせちゃったことばかり考えていた。

 

 

 

お風呂を出ると、夕食が準備されていて、鳳翔さんに見守られながら、静かに食べた。

 

「美味しい?」

 

時折、私を安心させるように、鳳翔さんは笑顔を見せた。

 

「うん……。暁は?」

 

「ご両親がお迎えに来て、帰ったみたい」

 

「そっか……」

 

司令官は自室にいるようで、私が食事している間、出てくることはなかった。

 

 

 

夕食を済ませ、司令官の部屋を叩いた。

 

「入れ」

 

執務室の扉を叩いたときと、同じ返事だった。

扉をゆっくり開けて、中へと入った。

 

「…………」

 

司令官の厳しい目が、私を見ていた。

 

「まず言う事があるだろ……」

 

「……ごめんなさい」

 

「暁から聞いたよ……。行くのは構わない。だが、相談はしてほしかった」

 

「…………」

 

「夏だからって、少しはしゃぎすぎたな……」

 

私は泣きそうだった。

でも、それは、自分のしたことにじゃない。

司令官が怒っている事にだった。

 

「こっちへ来い、響」

 

俯きながら、司令官の傍に立った。

 

「お仕置きだ」

 

そう言うと、司令官は私の頭を優しく、拳骨で叩いた。

 

「…………」

 

「お仕置きはおしまいだ……」

 

「ごめんなさ――」

 

司令官はしゃがむと、そのまま私を抱きしめた。

体が震えている。

 

「馬鹿……俺がどれだけ心配したと思ってるんだ……」

 

「司令官……」

 

「無事でよかった……本当に……よかった……」

 

それを聞いて、私はとうとう泣いてしまった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい司令官……」

 

全ての不安が、涙となって流れて、その分だけ、私は司令官の胸の中で泣いた。

 

 

 

私が泣き止むのを待って、司令官は話し始めた。

 

「暁が凄く謝って来たんだ。響の洋服を破かせてしまったってな」

 

「私が悪いんだ……。せっかく買ってもらったのに……ごめんなさい……」

 

「服はまた買えばいいさ。お前の判断は間違っていない」

 

「司令官……」

 

また泣きそうな私をなだめるよう、司令官は私の手を握った。

 

「次気を付ければいいんだ。今日の事、忘れるなよ。俺との約束だ」

 

そう言うと、司令官は小指を出した。

 

「指切り、拳万、嘘ついたら針千本のーます」

 

随分と物騒な約束だけれど、それよりも何よりも、私は、司令官が怒るほうが怖いと思った。

愛想尽きる事が怖かった。

だから、心の中でそっと、「嘘ついたら司令官が愛想つーかす」と、唱えた。

 

 

 

司令官と部屋を出ると、鳳翔さんが不安そうな顔をしていた。

 

「もう大丈夫だ。ピリピリしてすまなかったな」

 

そう言うと、鳳翔さんはぽろぽろと涙を流した。

 

「よ、よかったですぅ……本当に……うぅぅ……」

 

私以上に、鳳翔さんの方が不安に思っていたようだった。

そんな鳳翔さんを司令官と二人でなだめた。

司令官が怒るのは怖いし、愛想尽かされるのはもっと怖い。

けれど、怒られている時、私はちょっぴり嬉しかった。

本当の子供のように、私を叱ってくれた。

他の子にはしない、私だけを。

 

「司令官、私が悪い子だったら、また叱ってね」

 

「ん? あ、あぁ……。変な奴だな……叱ってほしいのか?」

 

「ふふふ」

 

私たちは本当の家族になれたんだって、改めて感じた。

怒られるのも、たまには悪くないかな。

――なんてね。

 

――続く。


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