あれは、まだ俺が鎮守府に着任する前の話。
「自分が……でありますか?」
「そうだ。君にしか頼めない」
「しかし、自分はまだ未熟でありまして……」
「謙遜するな。我々は君を買っている。新たにできる鎮守府に君を着任させる計画もある」
「本当ですか!?」
「その為には、これは必要なことだ。くれぐれも慎重に頼む」
「はぁ……。しかし、この艦娘は一体……?」
「運用が難しい艦娘でね。所謂、大食いなんだ」
「燃料などの事ですね」
「ああ。中々出撃させられなくてね。だが、火力は群を抜いて高いのだ。その性能は、海軍の中でもごく一部の人間しか知らないほどだ」
「秘密兵器という訳ですか……。そんな艦娘を何故、自分に……」
「メンタルケアだ」
「メンタルケア……?」
「艦娘と言うのはね、とてもナイーブなんだ。日々を戦い抜き、時として残酷な運命を見届ける。いつ自分が沈むかを考えている」
「…………」
「今度君に任せる艦娘は、とある島に隠居させている。君はそこに向かい、彼女のケアを頼みたい」
「分かりました」
「艦娘としての使命を真っ当できない苦しみ。彼女はそれを一番知っている。どうか、その気持ちを理解して、彼女と接してあげて欲しい」
数週間して、俺はその島へと向かった。
彼女の情報は、名前とちょっとしたプロフィールくらいしか知らされなかった。
「艦娘か……」
演習などは何度か見たことはあるが、接したことはない。
話に聴く限りでは、艦娘というだけあって、全員女性らしい。
島に着き、俺を降ろすと、船はそのまま引き返していった。
「立派な島だな」
一見すると、リゾート地を思わせる。
この島には、その艦娘と俺以外いないらしい。
食料などは船が定期的に運んでくるらしいが、なんとも心細い。
「とにかく、挨拶だ」
施設のある方へと歩いて行った。
「ごめんください」
返事はない。
「失礼する」
勝手に上がり込む。
廊下には少量の砂が入り込んでいた。
「執務室を探さねばな……」
廊下のマップに沿って歩いて行く。
窓から潮風が入ってきて、心地よい。
波の音がここからでも良く聞こえるほど海が近い。
水面のきらめきが、壁に反射している。
「孤島と言う感じだな」
執務室を見つけ、中に入る。
使われている事は少ないようだが、綺麗に掃除されていた。
ここにいる艦娘がやっているのだろうか。
机の上には、提督と書かれた三角の文鎮が置かれていた。
「これも勉強だ」
深々と椅子に座ると、少しだけ偉くなった気がして気持ちが良い。
「ふふふ、良いものだな」
上官も言っていたが、いつか俺にも鎮守府を任せていただける日が来る。
そうなったら、こうして……。
「○○艦隊、出撃だ!」
なんてな。
少しはしゃぎすぎたかな。
「あの……」
「どわっ!?」
「盛り上がっている所すみません……」
そこには、すらっとした女性が立っていた。
「もしかして……お前が艦娘の……」
「はい、大和です。よろしくお願いいたします……」
この娘が艦娘……。
とても信じられない。
こんな美人も艦娘に……。
「あ、ああ……よろしく……大和」
握手をしようと手を出すと、大和はそれを無視するように後ろを向いた。
「施設を案内します……」
そう言ってつかつかと廊下へと出ていってしまった。
なんだか警戒されている気がする。
艦娘はナイーブだと聞いたが、ここまでとは。
しかし……これは試練だ。
俺の提督としての度量を試されているのだ。
こんなところで躓いては、提督にはなれない。
「どうしました……?」
「すまん、今行くよ」
「以上がこの施設の説明です……」
「分かった。ありがとう」
「では……」
「どこへ行くのだ?」
「案内が終わったので……自室へ向かおうと……」
「時間があるならば、少し話でもどうだ? さっきの食堂でコーヒーでも飲みながら――」
「遠慮しておきます」
「おいおい……」
「この際ですからはっきり申し上げておきます。大和は貴方と仕事以上に関わる事はしません」
「な……!?」
「今までの人もそうでした。出撃させないで、ずっとこんなところに幽閉するだけ……。そんな人たちと関わりたくはありません」
なるほど、言っていることは最もだ。
だが、俺だって簡単には引き下がれないんだ。
「なら、出撃出来れば俺と話してくれるのだな?」
「え……?」
「待ってろよ。今すぐに出撃させてやる」
そう言って、真っすぐ執務室へと向かった。
電話を取り、すぐに本部へと繋げてもらった。
「大和を出撃させてやってくれませんか? 簡単な任務でもいいので」
『駄目だ。大和の性能は機密であるし、その島に大和を出撃させるほどの資材はない』
「送ってください」
『君は立場を分かってるのかね。とにかく、駄目なものは駄目だ』
「メンタルケアに必要なんです!」
『仮にそうだとして、一回の出撃程度でメンタルが良くなるとは思えんがね。それに、逆に期待させるのもかわいそうだろう。一回きりなんて』
「う……」
『君の気持ちも分かる。だがね、焦ってはいけないよ。時間をかけて、ゆっくりと、彼女と関わってくれたまえ』
「……分かりました。自分が未熟でした……。ご無礼を……」
『分かればよい。健闘を祈る』
電話を切って、反省した。
確かに、焦りすぎた。
大和とのコミュニケーション方法は、まだあるはずだ。
ゆっくり考えればいい。
「大和」
「なんでしょう……」
けだるそうに大和は返事をした。
「出撃の件だが、すまない。無理だった」
「……でしょうね。期待なんてしてなかったですけれど……」
「だが、よい方法を思いついたのだ。出撃の準備をして、砂浜に集合だ」
「え?」
「良い方法って……」
「さあ、乗れ」
大和は怪訝そうな顔をしながら、ボートに乗った。
「あの……なんですか……? これ……」
「俺がボートを漕ぐ。お前はボートの上でバランスを取りながら、俺の言う方向へ砲台を向けろ」
「なんの意味があるんです?」
「訓練だ。海上ではバランスが大切だ。この不安定なボートの上で、しっかりと敵の方向へ向けなければ、出撃した時に役に立たんぞ」
「出撃した時って……。そんなの……」
「いつか来る。俺が保証する」
「…………」
「二時の方向!」
「え?」
「二時の方向に敵だ!」
大和は嫌そうに体を傾けた。
その拍子に、ボートが傾いた。
「きゃっ!?」
「おっ!?」
そのままボートはひっくり返り、俺たちは海へと放り出された。
「がはっ……!?」
必死にもがいて、ボートにしがみつこうとした。
そうだ……俺は泳げないんだった。
「…………」
その手を、大和は引っ張り上げてくれた。
「ここ、足つきますよ」
「あ……本当だな……」
「海軍なのに泳げないんですか?」
「あ、ああ……」
「それなのに、こんな訓練を?」
「……ああ」
俺はなんだか急に恥ずかしくなった。
「――ふふふ」
大和の方を見ると、笑っていた。
「海軍なのに泳げないなんて、初めて聞きました」
「わ、笑うな……。別に泳げなくても、指示は出来る」
「泳げる方が威厳があると思いますけど」
「う……悪かったな……」
「でも……今までこんな事してくれる人いなかったから、嬉しいです。出撃なんてないって人ばかりだったから……」
「大和……」
「貴方は他の人と違う気がします。さっきは冷たい態度とってごめんなさい。貴方を信用します。これからよろしくお願いします。提督」
「提督……俺が……」
大和はボートを戻した。
「もう一度、やってもいいですか? 今度は上手く出来るように頑張りますから」
「――ああ。次はもっと難しいぞ。俺を海に投げ出さないように頼んだぞ、大和」
「はい! 大和、出撃します!」
こうして、俺と大和の生活が始まった。
朝。
朝食を取る前に訓練をする。
例のボート訓練だ。
「6時の方向だ!」
「はい!」
ボートが揺れる。
それでも、前のように転覆することはなかった。
「よし、そろそろ朝食にするか。朝の訓練は終わりだ」
「ありがとうございました」
朝食は大和が用意してくれる。
交代で、との話をしたのだが、提督に作らせるわけにはいかないと、かって出てくれた。
「いかがですか?」
「美味い。まさか、こんな島でこんなに美味い料理が食えるとはな。インスタントを覚悟していたのだが」
「出撃しないので、こういうのばかり上手になっていくんです」
「その努力する精神が、艦娘をより強くさせる。お前はきっと凄い艦娘になるよ」
「だといいんですけど……」
「その時は、俺と共に戦ってくれ」
「是非!」
昼。
各個人、思い思いの時間を過ごす。
釣りをしたり、読書をしたり。
最初こそは、気を遣って、お互いに距離を取っていたが、日数が経つに連れて、二人で過ごすようになった。
話をしたり、釣りをしたり、読書をしたり。
一人で出来る事も、何でも二人でするようになった。
夜。
ボートでの訓練をした後、夕食を取り、各自部屋で過ごす。
俺は書類の処理。
大和は休養だ。
最初こそは、その通りだったが、やがて大和が手伝いをしてくれるようになった。
「秘書艦としての訓練ですよ」
「すまん……」
大和が手伝ってくれると、仕事が幾分か早く終わった。
そんな日には、海辺に出て、一緒に星を見た。
この島には明かりがほとんどないので、月が出ていない日には、満天の星空が広がった。
「綺麗だな」
「ずーっと一人でこの景色を見てました」
「流石に飽きるか?」
「えぇ。でも、提督がここに来てから、ちょっとだけこの星空が好きになりました」
「そうか。そいつは良かったな」
その言葉に深い意味を求めなかったが、この頃から少しずつ、大和の心に変化があったのかもしれない。
島に来てから一か月が経った。
この頃になると、俺と大和はもうすっかりお互いを信用していた。
「今日はここまでにしようか」
「はい……」
「どうした? なんだか元気がないようだが……」
「い、いえ……。あの……今日は……少しお休みを頂いてもいいですか?」
「構わないが……。具合でも悪いのか?」
「そうではないんです……ただ……」
大和の様子がおかしい。
「失礼します……」
そう言って、大和は自室へと戻っていった。
一人、釣りをして過ごした。
釣れなくても、釣り糸を垂らしているだけで、精神が落ち着く気がするのだ。
だが、今日に限っては違った。
大和の事が気がかりだった。
今まで、こんな事はなかった。
あいつが訓練を休みたいだなんて。
具合は悪くないと言っていたが、しかし……。
「ええい……」
釣竿を放って、施設へと戻った。
大和の部屋を訪れるのは、何気に初めてだった。
息を整え、静かにノックをした。
「大和」
返事はない。
「大和、大丈夫か?」
何度問いかけても、返事はなかった。
悪いと思いつつ、万が一の事も考え、そっとドアを開けた。
「大和……?」
目の下を赤くして、大和は眠っていた。
枕が濡れている。
泣いていたのだろうか。
「ん……提督……?」
目を擦りながら、大和は目を覚ました。
「すまん。様子が気になってな。ノックはしたんだぞ?」
「すみません……寝てまして……」
「……泣いていたのか?」
その問いかけに、大和は目を伏せた。
「何か、嫌なことでもあったか? 俺の訓練が悪かったか?」
「いえ……そうじゃないんです……」
「では……」
少しためらった後、観念したかのように、大和は話し始めた。
「実は……夢を見まして……」
「夢?」
「提督と……戦場に出る夢です……」
「良い夢じゃないか。それとも、俺じゃ不満だったか?」
「そうじゃないんです……。一緒に戦場に出て……戦って……そこまではいいんです……」
大和は思い出すのも嫌なのか、膝を抱えて座ってしまった。
「そこから……どうした?」
「私が弱いせいで……提督が……」
なんとなく話は見えた。
夢の中の俺は、おそらく――。
「所詮は夢じゃないか」
「でも……私……」
「精一杯頑張ってくれたんだろう? ありがとう、大和」
「提督……私……強くなりたいです……。戦場に出て……戦いたい……。貴方を守れるくらい……強く……」
「大和……」
震えるその体を、俺はそっと抱きしめてやった。
どうすればよいか分からなくて、ただそうした。
「俺もだ。俺も強くならねばならん。的確な指示をし、より安全に航路を切り開いていかなくてはならない。お前ひとりで戦うのではないんだ」
「提督……」
「俺はここにいる。次は、本当の戦場で、俺を守ってくれよ。俺も、お前を全力で守るからさ」
「……はい」
大和は頼もしい瞳を俺に向けた。
その瞳に、俺も真っすぐ気持ちを向けた。
「提督、訓練、お願いできますか?」
「よし来た。行くぞ!」
「はい!」
そして、さらに数か月が過ぎ、島は冬を迎えた。
「今日は冷えますね」
「そうだな」
ここでの生活もなれ、大和との関係もより一層深まっていた。
「提督との生活……いつまで続くのでしょうか?」
「嫌か?」
「いえ……そうじゃなくて……」
暖を取りながら、大和は呟いた。
「この時間が永遠に続けばいいのに……って、駄目ですかね?」
「お前、出撃したいんじゃなかったのか?」
「えぇ、そのはずでした。でも、おかしいですね。今は――」
そこまで言うと、大和は黙ってしまった。
俺は書類を処理しながら、大和の言葉を待っていた。
「ねぇ、提督……」
「なんだ?」
暖められ、赤くなった顔を――しかし、真剣な目をして、こちらへ向けていた。
「艦娘が……提督に恋をしたら……いけませんか……?」
時計の針が、とてもうるさく執務室に響いた。
「どういう意味だ?」
その問いかけに、大和は答えなかった。
「……もし仮にそんな事があったとしても、ここは戦場だ。それを忘れてはいけない」
「ですよね……」
それから大和は、しばらくストーブの炎を見つめていた。
何も言わずに、じっと。
翌日から、大和が少し余所余所しくなった。
訓練の時も、なんだかぎこちない動きを見せた。
「調子が悪いな。寒いからか?」
「かもしれませんね……」
「冬の訓練は、また別に考えないといけないな。風邪をひいたら元も子もないしな」
「そうですね……」
返事もどこか、浮ついている。
昼休憩も、夜の時間になっても、大和は自室から出てくることはなかった。
いつもなら、一緒に何かをしているはずなのに。
――「艦娘が提督に恋をしたらいけませんか?」
あれから、その言葉がずっと、胸の中でグルグルと渦巻いていた。
あれはどういう意味だったのだろうか?
大和自身が、そういう気持ちを持っているという事だろうか?
だとしたら、俺に対しての気持ち?
大和が、俺に恋をしているということなのだろうか?
「……ありえないな」
そう、口に出しては見たものの、その言葉から大和の態度が変わってしまったのも事実だ。
もし、俺に対しての気持ちであったのならば、俺は大和を傷つけてしまったのかもしれない。
だが、戦時中である事は事実だ。
その最中で、恋などと――。
「…………」
否定すればするほどに、大和の顔がちらついた。
大和に言われて気が付いたのだ。
俺も、大和の事が好きである、と。
「恋……」
大和への気持ち。
大和からの気持ち。
提督と艦娘。
戦争。
「駄目だ……。このままでは……」
俺たちは、深くかかわりすぎたのだ。
それから何日かして、俺はある決心をした。
「大和」
廊下を歩いている大和に声をかけた。
「なんですか?」
「話がある。執務室に来てくれ」
いつになく真剣な俺の表情に、大和は只ならぬものを感じたのか、何も言わずについて来た。
「話って何ですか?」
「この前の話……艦娘が提督に恋をしてはいけないか……と言うものについてだ」
「…………」
「あれは……お前の気持ちなのか……?」
「え……?」
「正直に言ってくれ」
大和は、少し驚いた様子を見せた後、弱弱しく笑って見せた。
「……はい、大和の気持ちです。なんだ……。提督、気づいてないのかと思ってました……」
「ずっと考えていたんだ。その意味を」
「すぐに分からないなんて……提督失格ですよ」
「すまない……」
謝る俺に、大和は静かに近づいた。
「もちろん……貴方に対してです……。大和は……貴方が好き……。貴方に……恋をしてしまったのです……」
まるで大切なもののように、慎重に、そして、丁寧に、そう口にした。
「貴方が好き……大好き……。恋人のように……ぎゅってしてほしい……。キスしてほしい……。大和の全てを……貴方の色に染めて欲しい……。貴方でいっぱいにしてほしい……」
「大和……」
「貴方に愛されれば……大和は艦娘でなくてもいいです……。永遠にここに幽閉されたっていい……。貴方さえ……いてくれれば……」
「…………」
「提督……」
近付く大和の肩を掴み、そっと放した。
「大和……俺とお前は提督と艦娘だ……。それ以上にも、それ以下にもなれない……」
「提督……?」
「すまない……」
その言葉に、大和は弱弱しく、お茶らけるように、笑った。
「あ、あはは……振られちゃいましたね……」
「…………」
「そうですよね……。えぇ……分かってました……。うん……この話は忘れてください。暗い空気だと、今後の訓練にも支障が出ちゃいますもんね。大和は大丈夫なので、明るく行きましょう!」
「…………」
「あはは……は……。提督……?」
心配そうに見つめる大和に、俺は意を決して言った。
「俺は……この島を出る……」
「え……」
時間が止まった気がした。
それほどに、長い静寂が続いた。
「どういう……ことですか……?」
「…………」
「あ……上層部に帰って来いって言われたんですか……?」
「違う……俺が自ら上層部に申し出た……」
「……!」
「…………」
「……どうして? なんでですか……!?」
「すまない……」
「提督っ!」
「俺たちは……!」
聞いたこともない俺の声に、大和は身を縮ませた。
「俺たちは……深くかかわりすぎたんだ……」
一瞬の静寂。
「……大和が……提督を好きになったからですか……?」
「…………」
「艦娘が……提督を好きになっちゃいけないんですか……? 恋をしちゃいけないんですか……!?」
「――ああ、いけない」
「……っ!」
俺は突き放すようにそう言った。
そうでなければ、きっと俺は――。
「……そうですか。よく分かりました……」
大和はそう言って、執務室を後にした。
それから、大和が俺の前に姿を現すことは無くなった。
船に揺られ、島を見ていた。
あの島には、まだ大和がいる。
なんだか、それが信じられなかった。
「大和……」
俺は、大和に申し訳ないことをしたと思っている。
それは、冷たく当たったことにではなく、恋をさせてしまった事に対してだ。
あいつは、艦娘として、出撃することを夢に見ていた。
俺は、その夢を奪ってしまったのだ。
艦娘としての存在を否定してしまったのだ。
「すまない……大和……」
遠ざかる島を、俺は、いつまでもいつまでも、見つめていた。
それから、鎮守府を持つことが決まり、俺は本当の提督になった。
夢中で戦い、自分を押し殺すようにして、生きた。
この鎮守府の艦娘達だけは、大和と同じ気持ちにはさせたくなかった。
それでも、月日は流れて行き、やがてそんな気持ちも和らいでいった。
そしていつしか、自分自身を取り戻すように、大和と出会う前のように、振る舞っていった。
あれからもう数年が経っていた。
「提督、元上司を名乗る方からお電話ですよ」
「ありがとう、鳳翔」
「どうぞ」
「もしもし」
『おお、久しぶりだな。覚えているか』
「その声……! えぇ、覚えていますとも!」
それは、俺に鎮守府を任せるよう推薦してくれた元上官だった。
「どうしたんですか? びっくりしました」
『君の噂を聞いてね。ふと、声を聞きたくなったのだ』
それから、昔話に花を咲かせた。
時折、響と鳳翔が、こちらをのぞいていた。
俺が敬語で話しているのが珍しく思っているようだった。
『積もる話はあるな』
「えぇ、もっとゆっくり話したいです」
『そうだな。ところで……大和という艦娘を覚えているかね?』
大和……。
「……えぇ、覚えてます。忘れるわけありません」
『実は、彼女が君を探しているようなんだ』
大和が俺を……?
『私は君の気持ちを知っていたから、黙ってはいたんだがね……。もう年数も経っているだろう? どうだね、会ってみては……』
大和はなんの為に俺を探しているのだろうか。
俺は、大和に会っていいのだろうか。
そんな事ばかりが、頭をよぎった。
それと同時に、俺の中で、大和との思い出が、まるで走馬燈のように蘇って来た。
忘れようと、頭の片隅に置いたはずの記憶だった。
『君の気持ちもある。もし、会ってもいいと思ったら、私に連絡をくれないか?』
「……えぇ、分かりました」
それから少し、世間話をしてから電話を切った。
何を話したかは覚えていない。
「提督?」
電話が終わってから、鳳翔が心配そうな顔をして近づいて来た。
「大丈夫ですか? なんだか、途中から急に元気がなくなってましたが……」
「いや、大丈夫だ……」
大和の事は言えなかった。
「司令官が敬語で話すの、なんだか気持ちが悪かったよ」
「気持ち悪いって、お前な……」
響のお陰で、なんとか平生を取り戻した。
しかし、大和の事が頭から離れる事はなかった。
夜。
俺は考えていた。
会うべきか、会わざるべきか。
会って何を話せばいいのだろう。
大和は何故、俺を探しているのだろう。
よもや、昔話をするためでもなかろう。
「…………」
何よりも、俺は謝らないといけない。
冷たくした事、恋をさせてしまった事。
よく考えれば、ちゃんと謝ってはいなかった。
ただ、「すまない」「深くかかわりすぎた」とだけ言って、ちゃんとした理由を言わなかった。
もしかしたら、大和は、その理由を聞きたいのかもしれない。
過去の未練を、断ち切りたいのかもしれない。
「ならば、俺は――」
欠けた月が、吸い込まれそうな闇の中で、不気味に輝いていた。
――続く。