艦娘達の戦後   作:雨守学

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※提督の過去編です。


11.5

あれは、まだ俺が鎮守府に着任する前の話。

 

「自分が……でありますか?」

 

「そうだ。君にしか頼めない」

 

「しかし、自分はまだ未熟でありまして……」

 

「謙遜するな。我々は君を買っている。新たにできる鎮守府に君を着任させる計画もある」

 

「本当ですか!?」

 

「その為には、これは必要なことだ。くれぐれも慎重に頼む」

 

「はぁ……。しかし、この艦娘は一体……?」

 

「運用が難しい艦娘でね。所謂、大食いなんだ」

 

「燃料などの事ですね」

 

「ああ。中々出撃させられなくてね。だが、火力は群を抜いて高いのだ。その性能は、海軍の中でもごく一部の人間しか知らないほどだ」

 

「秘密兵器という訳ですか……。そんな艦娘を何故、自分に……」

 

「メンタルケアだ」

 

「メンタルケア……?」

 

「艦娘と言うのはね、とてもナイーブなんだ。日々を戦い抜き、時として残酷な運命を見届ける。いつ自分が沈むかを考えている」

 

「…………」

 

「今度君に任せる艦娘は、とある島に隠居させている。君はそこに向かい、彼女のケアを頼みたい」

 

「分かりました」

 

「艦娘としての使命を真っ当できない苦しみ。彼女はそれを一番知っている。どうか、その気持ちを理解して、彼女と接してあげて欲しい」

 

 

 

数週間して、俺はその島へと向かった。

彼女の情報は、名前とちょっとしたプロフィールくらいしか知らされなかった。

 

「艦娘か……」

 

演習などは何度か見たことはあるが、接したことはない。

話に聴く限りでは、艦娘というだけあって、全員女性らしい。

 

 

 

島に着き、俺を降ろすと、船はそのまま引き返していった。

 

「立派な島だな」

 

一見すると、リゾート地を思わせる。

この島には、その艦娘と俺以外いないらしい。

食料などは船が定期的に運んでくるらしいが、なんとも心細い。

 

「とにかく、挨拶だ」

 

施設のある方へと歩いて行った。

 

 

 

「ごめんください」

 

返事はない。

 

「失礼する」

 

勝手に上がり込む。

廊下には少量の砂が入り込んでいた。

 

「執務室を探さねばな……」

 

廊下のマップに沿って歩いて行く。

窓から潮風が入ってきて、心地よい。

波の音がここからでも良く聞こえるほど海が近い。

水面のきらめきが、壁に反射している。

 

「孤島と言う感じだな」

 

執務室を見つけ、中に入る。

使われている事は少ないようだが、綺麗に掃除されていた。

ここにいる艦娘がやっているのだろうか。

机の上には、提督と書かれた三角の文鎮が置かれていた。

 

「これも勉強だ」

 

深々と椅子に座ると、少しだけ偉くなった気がして気持ちが良い。

 

「ふふふ、良いものだな」

 

上官も言っていたが、いつか俺にも鎮守府を任せていただける日が来る。

そうなったら、こうして……。

 

「○○艦隊、出撃だ!」

 

なんてな。

少しはしゃぎすぎたかな。

 

「あの……」

 

「どわっ!?」

 

「盛り上がっている所すみません……」

 

そこには、すらっとした女性が立っていた。

 

「もしかして……お前が艦娘の……」

 

「はい、大和です。よろしくお願いいたします……」

 

この娘が艦娘……。

とても信じられない。

こんな美人も艦娘に……。

 

「あ、ああ……よろしく……大和」

 

握手をしようと手を出すと、大和はそれを無視するように後ろを向いた。

 

「施設を案内します……」

 

そう言ってつかつかと廊下へと出ていってしまった。

なんだか警戒されている気がする。

艦娘はナイーブだと聞いたが、ここまでとは。

しかし……これは試練だ。

俺の提督としての度量を試されているのだ。

こんなところで躓いては、提督にはなれない。

 

「どうしました……?」

 

「すまん、今行くよ」

 

 

 

「以上がこの施設の説明です……」

 

「分かった。ありがとう」

 

「では……」

 

「どこへ行くのだ?」

 

「案内が終わったので……自室へ向かおうと……」

 

「時間があるならば、少し話でもどうだ? さっきの食堂でコーヒーでも飲みながら――」

 

「遠慮しておきます」

 

「おいおい……」

 

「この際ですからはっきり申し上げておきます。大和は貴方と仕事以上に関わる事はしません」

 

「な……!?」

 

「今までの人もそうでした。出撃させないで、ずっとこんなところに幽閉するだけ……。そんな人たちと関わりたくはありません」

 

なるほど、言っていることは最もだ。

だが、俺だって簡単には引き下がれないんだ。

 

「なら、出撃出来れば俺と話してくれるのだな?」

 

「え……?」

 

「待ってろよ。今すぐに出撃させてやる」

 

そう言って、真っすぐ執務室へと向かった。

 

 

 

電話を取り、すぐに本部へと繋げてもらった。

 

「大和を出撃させてやってくれませんか? 簡単な任務でもいいので」

 

『駄目だ。大和の性能は機密であるし、その島に大和を出撃させるほどの資材はない』

 

「送ってください」

 

『君は立場を分かってるのかね。とにかく、駄目なものは駄目だ』

 

「メンタルケアに必要なんです!」

 

『仮にそうだとして、一回の出撃程度でメンタルが良くなるとは思えんがね。それに、逆に期待させるのもかわいそうだろう。一回きりなんて』

 

「う……」

 

『君の気持ちも分かる。だがね、焦ってはいけないよ。時間をかけて、ゆっくりと、彼女と関わってくれたまえ』

 

「……分かりました。自分が未熟でした……。ご無礼を……」

 

『分かればよい。健闘を祈る』

 

電話を切って、反省した。

確かに、焦りすぎた。

大和とのコミュニケーション方法は、まだあるはずだ。

ゆっくり考えればいい。

 

 

 

「大和」

 

「なんでしょう……」

 

けだるそうに大和は返事をした。

 

「出撃の件だが、すまない。無理だった」

 

「……でしょうね。期待なんてしてなかったですけれど……」

 

「だが、よい方法を思いついたのだ。出撃の準備をして、砂浜に集合だ」

 

「え?」

 

 

 

「良い方法って……」

 

「さあ、乗れ」

 

大和は怪訝そうな顔をしながら、ボートに乗った。

 

「あの……なんですか……? これ……」

 

「俺がボートを漕ぐ。お前はボートの上でバランスを取りながら、俺の言う方向へ砲台を向けろ」

 

「なんの意味があるんです?」

 

「訓練だ。海上ではバランスが大切だ。この不安定なボートの上で、しっかりと敵の方向へ向けなければ、出撃した時に役に立たんぞ」

 

「出撃した時って……。そんなの……」

 

「いつか来る。俺が保証する」

 

「…………」

 

「二時の方向!」

 

「え?」

 

「二時の方向に敵だ!」

 

大和は嫌そうに体を傾けた。

その拍子に、ボートが傾いた。

 

「きゃっ!?」

 

「おっ!?」

 

そのままボートはひっくり返り、俺たちは海へと放り出された。

 

「がはっ……!?」

 

必死にもがいて、ボートにしがみつこうとした。

そうだ……俺は泳げないんだった。

 

「…………」

 

その手を、大和は引っ張り上げてくれた。

 

「ここ、足つきますよ」

 

「あ……本当だな……」

 

「海軍なのに泳げないんですか?」

 

「あ、ああ……」

 

「それなのに、こんな訓練を?」

 

「……ああ」

 

俺はなんだか急に恥ずかしくなった。

 

「――ふふふ」

 

大和の方を見ると、笑っていた。

 

「海軍なのに泳げないなんて、初めて聞きました」

 

「わ、笑うな……。別に泳げなくても、指示は出来る」

 

「泳げる方が威厳があると思いますけど」

 

「う……悪かったな……」

 

「でも……今までこんな事してくれる人いなかったから、嬉しいです。出撃なんてないって人ばかりだったから……」

 

「大和……」

 

「貴方は他の人と違う気がします。さっきは冷たい態度とってごめんなさい。貴方を信用します。これからよろしくお願いします。提督」

 

「提督……俺が……」

 

大和はボートを戻した。

 

「もう一度、やってもいいですか? 今度は上手く出来るように頑張りますから」

 

「――ああ。次はもっと難しいぞ。俺を海に投げ出さないように頼んだぞ、大和」

 

「はい! 大和、出撃します!」

 

こうして、俺と大和の生活が始まった。

 

 

 

朝。

朝食を取る前に訓練をする。

例のボート訓練だ。

 

「6時の方向だ!」

 

「はい!」

 

ボートが揺れる。

それでも、前のように転覆することはなかった。

 

「よし、そろそろ朝食にするか。朝の訓練は終わりだ」

 

「ありがとうございました」

 

 

 

朝食は大和が用意してくれる。

交代で、との話をしたのだが、提督に作らせるわけにはいかないと、かって出てくれた。

 

「いかがですか?」

 

「美味い。まさか、こんな島でこんなに美味い料理が食えるとはな。インスタントを覚悟していたのだが」

 

「出撃しないので、こういうのばかり上手になっていくんです」

 

「その努力する精神が、艦娘をより強くさせる。お前はきっと凄い艦娘になるよ」

 

「だといいんですけど……」

 

「その時は、俺と共に戦ってくれ」

 

「是非!」

 

 

 

昼。

各個人、思い思いの時間を過ごす。

釣りをしたり、読書をしたり。

最初こそは、気を遣って、お互いに距離を取っていたが、日数が経つに連れて、二人で過ごすようになった。

話をしたり、釣りをしたり、読書をしたり。

一人で出来る事も、何でも二人でするようになった。

 

 

 

夜。

ボートでの訓練をした後、夕食を取り、各自部屋で過ごす。

俺は書類の処理。

大和は休養だ。

最初こそは、その通りだったが、やがて大和が手伝いをしてくれるようになった。

 

「秘書艦としての訓練ですよ」

 

「すまん……」

 

大和が手伝ってくれると、仕事が幾分か早く終わった。

そんな日には、海辺に出て、一緒に星を見た。

この島には明かりがほとんどないので、月が出ていない日には、満天の星空が広がった。

 

「綺麗だな」

 

「ずーっと一人でこの景色を見てました」

 

「流石に飽きるか?」

 

「えぇ。でも、提督がここに来てから、ちょっとだけこの星空が好きになりました」

 

「そうか。そいつは良かったな」

 

その言葉に深い意味を求めなかったが、この頃から少しずつ、大和の心に変化があったのかもしれない。

 

 

 

島に来てから一か月が経った。

この頃になると、俺と大和はもうすっかりお互いを信用していた。

 

「今日はここまでにしようか」

 

「はい……」

 

「どうした? なんだか元気がないようだが……」

 

「い、いえ……。あの……今日は……少しお休みを頂いてもいいですか?」

 

「構わないが……。具合でも悪いのか?」

 

「そうではないんです……ただ……」

 

大和の様子がおかしい。

 

「失礼します……」

 

そう言って、大和は自室へと戻っていった。

 

 

 

一人、釣りをして過ごした。

釣れなくても、釣り糸を垂らしているだけで、精神が落ち着く気がするのだ。

だが、今日に限っては違った。

大和の事が気がかりだった。

今まで、こんな事はなかった。

あいつが訓練を休みたいだなんて。

具合は悪くないと言っていたが、しかし……。

 

「ええい……」

 

釣竿を放って、施設へと戻った。

 

 

 

大和の部屋を訪れるのは、何気に初めてだった。

息を整え、静かにノックをした。

 

「大和」

 

返事はない。

 

「大和、大丈夫か?」

 

何度問いかけても、返事はなかった。

悪いと思いつつ、万が一の事も考え、そっとドアを開けた。

 

「大和……?」

 

目の下を赤くして、大和は眠っていた。

枕が濡れている。

泣いていたのだろうか。

 

「ん……提督……?」

 

目を擦りながら、大和は目を覚ました。

 

「すまん。様子が気になってな。ノックはしたんだぞ?」

 

「すみません……寝てまして……」

 

「……泣いていたのか?」

 

その問いかけに、大和は目を伏せた。

 

「何か、嫌なことでもあったか? 俺の訓練が悪かったか?」

 

「いえ……そうじゃないんです……」

 

「では……」

 

少しためらった後、観念したかのように、大和は話し始めた。

 

「実は……夢を見まして……」

 

「夢?」

 

「提督と……戦場に出る夢です……」

 

「良い夢じゃないか。それとも、俺じゃ不満だったか?」

 

「そうじゃないんです……。一緒に戦場に出て……戦って……そこまではいいんです……」

 

大和は思い出すのも嫌なのか、膝を抱えて座ってしまった。

 

「そこから……どうした?」

 

「私が弱いせいで……提督が……」

 

なんとなく話は見えた。

夢の中の俺は、おそらく――。

 

「所詮は夢じゃないか」

 

「でも……私……」

 

「精一杯頑張ってくれたんだろう? ありがとう、大和」

 

「提督……私……強くなりたいです……。戦場に出て……戦いたい……。貴方を守れるくらい……強く……」

 

「大和……」

 

震えるその体を、俺はそっと抱きしめてやった。

どうすればよいか分からなくて、ただそうした。

 

「俺もだ。俺も強くならねばならん。的確な指示をし、より安全に航路を切り開いていかなくてはならない。お前ひとりで戦うのではないんだ」

 

「提督……」

 

「俺はここにいる。次は、本当の戦場で、俺を守ってくれよ。俺も、お前を全力で守るからさ」

 

「……はい」

 

大和は頼もしい瞳を俺に向けた。

その瞳に、俺も真っすぐ気持ちを向けた。

 

「提督、訓練、お願いできますか?」

 

「よし来た。行くぞ!」

 

「はい!」

 

そして、さらに数か月が過ぎ、島は冬を迎えた。

 

 

 

「今日は冷えますね」

 

「そうだな」

 

ここでの生活もなれ、大和との関係もより一層深まっていた。

 

「提督との生活……いつまで続くのでしょうか?」

 

「嫌か?」

 

「いえ……そうじゃなくて……」

 

暖を取りながら、大和は呟いた。

 

「この時間が永遠に続けばいいのに……って、駄目ですかね?」

 

「お前、出撃したいんじゃなかったのか?」

 

「えぇ、そのはずでした。でも、おかしいですね。今は――」

 

そこまで言うと、大和は黙ってしまった。

俺は書類を処理しながら、大和の言葉を待っていた。

 

「ねぇ、提督……」

 

「なんだ?」

 

暖められ、赤くなった顔を――しかし、真剣な目をして、こちらへ向けていた。

 

「艦娘が……提督に恋をしたら……いけませんか……?」

 

時計の針が、とてもうるさく執務室に響いた。

 

「どういう意味だ?」

 

その問いかけに、大和は答えなかった。

 

「……もし仮にそんな事があったとしても、ここは戦場だ。それを忘れてはいけない」

 

「ですよね……」

 

それから大和は、しばらくストーブの炎を見つめていた。

何も言わずに、じっと。

 

 

 

翌日から、大和が少し余所余所しくなった。

訓練の時も、なんだかぎこちない動きを見せた。

 

「調子が悪いな。寒いからか?」

 

「かもしれませんね……」

 

「冬の訓練は、また別に考えないといけないな。風邪をひいたら元も子もないしな」

 

「そうですね……」

 

返事もどこか、浮ついている。

 

 

 

昼休憩も、夜の時間になっても、大和は自室から出てくることはなかった。

いつもなら、一緒に何かをしているはずなのに。

 

――「艦娘が提督に恋をしたらいけませんか?」

 

あれから、その言葉がずっと、胸の中でグルグルと渦巻いていた。

あれはどういう意味だったのだろうか?

大和自身が、そういう気持ちを持っているという事だろうか?

だとしたら、俺に対しての気持ち?

大和が、俺に恋をしているということなのだろうか?

 

「……ありえないな」

 

そう、口に出しては見たものの、その言葉から大和の態度が変わってしまったのも事実だ。

もし、俺に対しての気持ちであったのならば、俺は大和を傷つけてしまったのかもしれない。

だが、戦時中である事は事実だ。

その最中で、恋などと――。

 

「…………」

 

否定すればするほどに、大和の顔がちらついた。

大和に言われて気が付いたのだ。

俺も、大和の事が好きである、と。

 

「恋……」

 

大和への気持ち。

大和からの気持ち。

提督と艦娘。

戦争。

 

「駄目だ……。このままでは……」

 

俺たちは、深くかかわりすぎたのだ。

 

 

 

それから何日かして、俺はある決心をした。

 

 

 

「大和」

 

廊下を歩いている大和に声をかけた。

 

「なんですか?」

 

「話がある。執務室に来てくれ」

 

いつになく真剣な俺の表情に、大和は只ならぬものを感じたのか、何も言わずについて来た。

 

 

 

「話って何ですか?」

 

「この前の話……艦娘が提督に恋をしてはいけないか……と言うものについてだ」

 

「…………」

 

「あれは……お前の気持ちなのか……?」

 

「え……?」

 

「正直に言ってくれ」

 

大和は、少し驚いた様子を見せた後、弱弱しく笑って見せた。

 

「……はい、大和の気持ちです。なんだ……。提督、気づいてないのかと思ってました……」

 

「ずっと考えていたんだ。その意味を」

 

「すぐに分からないなんて……提督失格ですよ」

 

「すまない……」

 

謝る俺に、大和は静かに近づいた。

 

「もちろん……貴方に対してです……。大和は……貴方が好き……。貴方に……恋をしてしまったのです……」

 

まるで大切なもののように、慎重に、そして、丁寧に、そう口にした。

 

「貴方が好き……大好き……。恋人のように……ぎゅってしてほしい……。キスしてほしい……。大和の全てを……貴方の色に染めて欲しい……。貴方でいっぱいにしてほしい……」

 

「大和……」

 

「貴方に愛されれば……大和は艦娘でなくてもいいです……。永遠にここに幽閉されたっていい……。貴方さえ……いてくれれば……」

 

「…………」

 

「提督……」

 

近付く大和の肩を掴み、そっと放した。

 

「大和……俺とお前は提督と艦娘だ……。それ以上にも、それ以下にもなれない……」

 

「提督……?」

 

「すまない……」

 

その言葉に、大和は弱弱しく、お茶らけるように、笑った。

 

「あ、あはは……振られちゃいましたね……」

 

「…………」

 

「そうですよね……。えぇ……分かってました……。うん……この話は忘れてください。暗い空気だと、今後の訓練にも支障が出ちゃいますもんね。大和は大丈夫なので、明るく行きましょう!」

 

「…………」

 

「あはは……は……。提督……?」

 

心配そうに見つめる大和に、俺は意を決して言った。

 

「俺は……この島を出る……」

 

「え……」

 

時間が止まった気がした。

それほどに、長い静寂が続いた。

 

「どういう……ことですか……?」

 

「…………」

 

「あ……上層部に帰って来いって言われたんですか……?」

 

「違う……俺が自ら上層部に申し出た……」

 

「……!」

 

「…………」

 

「……どうして? なんでですか……!?」

 

「すまない……」

 

「提督っ!」

 

「俺たちは……!」

 

聞いたこともない俺の声に、大和は身を縮ませた。

 

「俺たちは……深くかかわりすぎたんだ……」

 

一瞬の静寂。

 

「……大和が……提督を好きになったからですか……?」

 

「…………」

 

「艦娘が……提督を好きになっちゃいけないんですか……? 恋をしちゃいけないんですか……!?」

 

「――ああ、いけない」

 

「……っ!」

 

俺は突き放すようにそう言った。

そうでなければ、きっと俺は――。

 

「……そうですか。よく分かりました……」

 

大和はそう言って、執務室を後にした。

それから、大和が俺の前に姿を現すことは無くなった。

 

 

 

船に揺られ、島を見ていた。

あの島には、まだ大和がいる。

なんだか、それが信じられなかった。

 

「大和……」

 

俺は、大和に申し訳ないことをしたと思っている。

それは、冷たく当たったことにではなく、恋をさせてしまった事に対してだ。

あいつは、艦娘として、出撃することを夢に見ていた。

俺は、その夢を奪ってしまったのだ。

艦娘としての存在を否定してしまったのだ。

 

「すまない……大和……」

 

遠ざかる島を、俺は、いつまでもいつまでも、見つめていた。

 

 

 

それから、鎮守府を持つことが決まり、俺は本当の提督になった。

夢中で戦い、自分を押し殺すようにして、生きた。

この鎮守府の艦娘達だけは、大和と同じ気持ちにはさせたくなかった。

それでも、月日は流れて行き、やがてそんな気持ちも和らいでいった。

そしていつしか、自分自身を取り戻すように、大和と出会う前のように、振る舞っていった。

あれからもう数年が経っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「提督、元上司を名乗る方からお電話ですよ」

 

「ありがとう、鳳翔」

 

「どうぞ」

 

「もしもし」

 

『おお、久しぶりだな。覚えているか』

 

「その声……! えぇ、覚えていますとも!」

 

それは、俺に鎮守府を任せるよう推薦してくれた元上官だった。

 

「どうしたんですか? びっくりしました」

 

『君の噂を聞いてね。ふと、声を聞きたくなったのだ』

 

それから、昔話に花を咲かせた。

時折、響と鳳翔が、こちらをのぞいていた。

俺が敬語で話しているのが珍しく思っているようだった。

 

『積もる話はあるな』

 

「えぇ、もっとゆっくり話したいです」

 

『そうだな。ところで……大和という艦娘を覚えているかね?』

 

大和……。

 

「……えぇ、覚えてます。忘れるわけありません」

 

『実は、彼女が君を探しているようなんだ』

 

大和が俺を……?

 

『私は君の気持ちを知っていたから、黙ってはいたんだがね……。もう年数も経っているだろう? どうだね、会ってみては……』

 

大和はなんの為に俺を探しているのだろうか。

俺は、大和に会っていいのだろうか。

そんな事ばかりが、頭をよぎった。

それと同時に、俺の中で、大和との思い出が、まるで走馬燈のように蘇って来た。

忘れようと、頭の片隅に置いたはずの記憶だった。

 

『君の気持ちもある。もし、会ってもいいと思ったら、私に連絡をくれないか?』

 

「……えぇ、分かりました」

 

それから少し、世間話をしてから電話を切った。

何を話したかは覚えていない。

 

「提督?」

 

電話が終わってから、鳳翔が心配そうな顔をして近づいて来た。

 

「大丈夫ですか? なんだか、途中から急に元気がなくなってましたが……」

 

「いや、大丈夫だ……」

 

大和の事は言えなかった。

 

「司令官が敬語で話すの、なんだか気持ちが悪かったよ」

 

「気持ち悪いって、お前な……」

 

響のお陰で、なんとか平生を取り戻した。

しかし、大和の事が頭から離れる事はなかった。

 

 

 

夜。

俺は考えていた。

会うべきか、会わざるべきか。

会って何を話せばいいのだろう。

大和は何故、俺を探しているのだろう。

よもや、昔話をするためでもなかろう。

 

「…………」

 

何よりも、俺は謝らないといけない。

冷たくした事、恋をさせてしまった事。

よく考えれば、ちゃんと謝ってはいなかった。

ただ、「すまない」「深くかかわりすぎた」とだけ言って、ちゃんとした理由を言わなかった。

もしかしたら、大和は、その理由を聞きたいのかもしれない。

過去の未練を、断ち切りたいのかもしれない。

 

「ならば、俺は――」

 

欠けた月が、吸い込まれそうな闇の中で、不気味に輝いていた。

 

 

 

――続く。

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