「見てみて電! 海が見えてきたわよ!」
「わー、本当なのです」
「ちょっと二人とも、静かにしなさいよね。レディーは車でもお淑やかにしないといけないわ」
「レディーかどうかは分からないけれど、静かにしておいた方がいいよ。司令官の為に、自分たちの命の為に……」
「提督さーん、まだ着かないのー? 退屈なんだけどー? 翔鶴姉も退屈そうだぞー?」
「こら瑞鶴、そんな事言っては駄目よ? すみません提督、私なんかもご一緒させていただいて……」
「そんな事ありませんよ。ですよね、提督?」
「お前らちょっと静かにしててくれないか? 死にたくなければさ」
第六駆逐隊、翔鶴と瑞鶴、鳳翔と俺。
合わせて8人は、俺の運転するレンタカーで、かつて所属していた鎮守府へと向かっていた。
「提督、大丈夫ですか?」
「なんせ久々の運転だからな……」
旅行を検討していた矢先に、海軍からの招待状が届いた。
戦後一年を記念して、所属していた鎮守府で同窓会(?)が組まれたのだ。
2泊3日と長めの同窓会。
かつての仲間たちとまた会えるとあって、皆ワクワクしているようだ。
「皆、元気にしているでしょうか?」
「来れる奴、来れない奴もあるだろうな。おそらく、それを考慮しての2泊3日なのだろう。海軍はこういうイベントには寛大だ」
右折すると、そこには見慣れた鎮守府の姿があった。
車内が沸く。
「あ、見て!」
瑞鶴の指す先に、かつての仲間たちが手を振っていた。
俺たちを待っていてくれたようだった。
車を降りると、すぐに囲まれた。
「司令官、お久しぶりです!」
「提督、ご無沙汰しております」
「ご主人様、遅いですよ! 皆もう待ってたんですよ!」
「悪い悪い。瑞鶴が遅れてな」
一同、瑞鶴にブーイングの嵐。
「しょうがないじゃない。目覚ましが鳴らなかったんだもん」
「まあいい。とりあえず、荷物をまとめさせてくれ。終わったら食堂へ行くから、そこで待っていてくれ。ちょっとした挨拶をさせてもらおうと思う」
そう言うと、食堂に向かう者と荷物運びを手伝う者に分かれた。
荷物運びを手伝う者は、我先に話したいのか、駆逐艦が多かった。
食堂へ向かう者は、瑞鶴や翔鶴、鳳翔を連れて食堂へと向かった。
思い出話に花を咲かせるつもりだろう。
駆逐艦たちにもみくちゃにされながらも、何とか荷物をまとめ、食堂へと向かった。
食堂はワイワイと賑やかな雰囲気に包まれていて、俺が食堂へ入ると、皆一斉にこちらへ向き、静かになった。
「皆、久しぶりだな。まず、このような機会を与えてくれた海軍に感謝したいと思う」
後ろで様子を伺っていた海軍連中に敬礼した。
元艦娘達も同じように。
「終戦からすでに一年経っているが、今の平和があるのは、お前たちの活躍があったからこそだと俺は思う。その事に関しても敬意を表したいと思う」
今度は元艦娘達に敬礼する。
同じく、海軍連中も。
「さて、堅苦しい挨拶はこれくらいにして、皆、それぞれ積もる話がある事だろうと思う。2泊3日と限られた時間ではあるが、存分に楽しんでくれ。以上だ!」
拍手に包まれて、食堂を後にした。
海軍連中と一言二言挨拶を交わし、執務室へと向かった。
執務室は当時のままだった。
机の配置から、小物の位置まで。
こまめに掃除をしてくれているのか、机も床もピカピカだった。
「凄いな。あの当時のままだ」
ふと、見慣れない箱が置かれていた。
中を見ると、当時の制服が入っていた。
「こういうサプライズ、結構好きだ」
制服に身を包むと、あの頃の記憶が戻って来た。
窓の外の景色は、少しだけ変わっていた。
お昼過ぎのこの時間は、演習風景が見れるはずだ。
当然、今日は誰も海へは出ていない。
潮風だけは、あの頃と同じではある。
食堂では、まだ皆が喋っている様子で、時々、他の部屋で笑い声がする。
部屋割りは自由にしているが、おそらく、当時のままで皆過ごすのだろう。
俺もこの執務室で寝るようにしよう。
しばらく執務室の懐かしい雰囲気に浸った後、鎮守府を周ろうと廊下を歩いていると、朝潮型が挨拶して来た。
思い出話を交えて、しばらく話し込んだ。
満潮なんかは、一年前と比べてよく笑うようになっていた。
今の環境にとても満足していると言っていたし、恥ずかしそうに感謝もしてくれた。
全く態度が変わらなかったのは――。
「クズ司令官! 相変わらず間抜けな顔してるわ。平和ボケして余計腑抜けて見えるわ。だらしないったらないわね!」
「霞、お前は相変わらずだな……」
「ふんっ……悪い?」
安心していいのか悪いのか。
こいつだけはあの頃と全く変わらない。
「また後でな」
そう言って頭を撫でてやると、ぎゃーぎゃー騒ぎながら、朝潮型の皆に引っ張られて、この場を去っていった。
それから、各場所で挨拶を済ませ、再び執務室に戻ると、響と鳳翔が待っていた。
二人とも、あの頃と同じ格好をしていた。
「司令官、お帰りなさい」
「お帰りなさい提督」
「お前らどうした? 皆の所で過ごさなくていいのか?」
「私は秘書艦だったので、懐かしくなって着てみたんです。あの頃の雰囲気を味わいたくて」
「私も、初めてMVPを取った時の事を思い出していたんだ。あの時、司令官と鳳翔さんがいたんだよね」
「よく覚えてるぞ。お前、緊張してガチガチだったのを覚えてるよ」
「そうだったかな……」
「私も覚えてます。それで、落ち着いてからって、羊羹を三人でいただいたんですよ」
「あー、そうだったそうだった。あの羊羹、まだあるのだろうか」
いつも、執務室専用の冷蔵庫に常備していた羊羹。
その事をふと思い出し、冷蔵庫を開けてみると、なんと羊羹が入っていた。
「ここまで再現されていると、なんだか怖くなってくるな」
「本当ですね。あ、お茶の位置まで同じですよ。ちゃんと茶葉が入ってます」
「再現するために、食べるか。鳳翔、お茶を用意してくれ」
「かしこまりました」
「ハラショー!」
羊羹の味もお茶の味も、あの頃と同じ。
「まさか、こうしてまた一緒に過ごしているとはな。しかも、家族として」
「私は意識していましたよ。いつか、こういう日が来るといいなって」
「私は……」
そこで、響の手と口が止まった。
なんとなく、響の気持ちが分かる。
「なに、これからだろう。まだ一年。人生は長いぞ」
「そうよ。一年でこんなに変わるのだもの」
「そうだよね。でも、この関係は終わらせたくないな……」
「響……」
「響ちゃん……」
「だから、今を楽しもうと思うんだ。こうして、何気ない事の一つとっても」
「そうだな」
「あの子達もそう思ってますよ」
鳳翔の指す先、執務室の扉の向こうで第六駆逐隊がこちらを覗いていた。
「みんな……」
「行ってやれ。今を大切にしたいなら」
「うん、ありがとう二人とも。じゃあ」
何もかもがあの頃と同じ。
響がMVP取った時も、第六駆逐隊は、ああして執務室を覗いていた。
響、お前には、俺たちがいるし、あいつらがいる。
この鎮守府に集まった奴らだっている。
目まぐるしく時は過ぎてゆくけれど、ここで過ごしたみんなは、またこうして集まっているんだ。
それはきっと、いつまでたっても変わらない事なのだろう。
夕食は大広間で振る舞われた。
酒なども用意されていて、宴会のような雰囲気にのまれた元艦娘達は、大いに騒いだ。
酒に酔った者、宴会の雰囲気に酔った者、それぞれが引っ切り無しに絡んでくる。
「提督も飲もうぜー!」
「相変わらずだな隼鷹。少しくらいならいいぞ」
「なら、この千歳が提督さんにお酌させていただきますね」
「千歳お姉がすることないって。はい、提督、自分で勝手に注いで!」
提督であった頃は特に感じなかったが、こうして男と女となった今となっては、なんだか変に意識してしまうものだ。
「提督の飲みっぷり、素敵ですよ」
「千歳お姉、酔ってるでしょ!? もう、提督も鼻の下伸ばさないの!」
「ひゃっはー!」
だが、この無茶苦茶な感じが、そんな垣根を忘れさせてくれる。
それに、今の俺には――。
完全に宴会とかした夕食会は、終わりそうになかった。
何名かは既に抜けていたりしている。
俺も隙を見て、執務室へと逃げた。
「元気だな、あいつら……」
響と生活してから、酒は断っているし、そもそもそんなに飲める方ではない。
艦娘であったから飲めるのだろうと思っていたが、全く関係なかったようだ。
「あっ……」
執務室の前には、霞がいた。
「霞」
「司令官……」
「どうした? 何か用か?」
「…………」
霞は黙ったままだ。
言いにくいことがあるのかもしれない。
「とりあえず、執務室に入れ」
「……うん」
執務室に入って早々、霞が口を開いた。
「ねぇ……昼間の事……怒ってる……?」
「昼間の事?」
「私が悪態ついたこと……。クソ司令官って……」
「今に始まったことじゃないだろ」
「私の事……嫌いになった……?」
何か様子がおかしい。
こんなしおらしい霞、初めて見た。
「霞、お前、何かあったのか?」
「…………」
霞は、あの時の響と同じような顔をしていた。
隠し事をするような、そんな顔。
「霞、何があったかは知らんが、俺がお前を嫌いになる事なんてないぞ」
「……本当?」
「ああ、むしろ、悪態をついてくる方がお前らしい」
「でも……」
「……この一年で、何かあったようだな。俺が相手で良ければ、話してはくれないか?」
霞は俺の顔をじっと見つめた。
様子を伺っているような、そんな顔。
「話したくなければそれでもいい。だが、俺が力になれるのならば、協力してやりたいと思っている」
そう言って、優しく微笑んでやると、霞は肩の力を抜いて、ゆっくりと話し始めた。
「学校でね……仲良くなった友達が出来たの……」
「他の鎮守府にいた艦娘か?」
「うん……。それでね……最初はよそよそしくて大丈夫だったんだけれど、段々仲良くなっていくうちに、この鎮守府で過ごした時と同じようなノリを取り戻せる気がして……」
「悪態をついてしまったのか……」
「それで、その子が怒っちゃって……。この鎮守府では、みんなが許してくれたから、私はなんとかやっていけたのであって、他じゃ私は悪い子なんだって、その時気が付いたの……」
確かに、この鎮守府では、霞の性格を理解してくれる者は多かった。
何よりも、それは、霞が真面目で、一生懸命であるが故の厳しさであると分かっていたからだ。
「だから、ちゃんといい子になろうって思ったの……。でも、久しぶりにみんなと、司令官と会って、また悪い子になっちゃったの……。ごめん……なさい……」
ここでの生活が幸せだったが故に、悩む者もいる。
霞がそうだったようだ。
「別にお前は悪い子ではないよ」
そう言って、頭を撫でてやる。
「司令官はそう言ってくれるかもしれないけれど……」
「俺だって、最初は悪い子だなって思った。けど、それがお前の性格であって、お前の良さでもあると気が付いてからは、ちゃんと受け入れることが出来た」
「良いところなんて……」
「お前がそう思うだけで、俺はちゃんと見ていたよ。お前のその厳しい態度は、時として必要となっていた。戦場を甘く見ていた駆逐艦が騒いで、敵に発見されて、危うく沈みそうになった話を聞いたお前は、真っ先に駆逐艦を叱ったな」
「……そんな事、良く覚えてるわね」
「俺はあいつらを甘やかしそうになった。けど、お前のその厳しい態度は、駆逐艦達に事の重大さを認識させた。悪意のある事を言ってしまう時もあるが、相手の事を思った言葉である事は確かだと思う。その事が分かれば、きっとその友達だって、お前と上手に付き合っていけるんじゃないかな。だから、お前はお前らしくていいと思う。少なくとも、俺はそんなお前が好きだ。もちろん、ここに集まった皆もな」
「司令官……」
「それでもいい子になりたいのなら、その友達の前でだけいい子にしてろ。悪い子になりたいなら、いつでも俺の所に来い。いくらでも厳しく当たっていいぞ。全部受け止めてやる」
そう言ってやると、霞は俺に近づいて、そっと寄り添った。
「……ありがとう」
そっと抱きしめてやると、霞は温もりを感じるように、静かに目を瞑った。
霞が執務室を出るのと同時に、鳳翔が部屋に入って来た。
「見てましたよ、提督」
「恥ずかしいところを見られたな」
「霞ちゃん、悩んでいたなんて分かりませんでした」
「お前にはあんな態度取らないからな」
「それだけ提督を信用している証拠ですよ」
「ただ悪態がつきやすいだけだと思うが……」
「うふふ。しかし、霞ちゃんの悩んでいることを引き出せたのはさすがだと思います」
それは、響と同じ表情をしていたからだ。
あいつとの生活が無ければ、もしかしたら霞の悩みに気が付いてやれなかったかもしれない。
「もう夜も更けてきましたね。宴会はまだ続いていますけれど、いかがいたしましょうか?」
窓の外を見ると、大広間の方ではまだ人の影が慌ただしく動いていた。
「お前はどうするんだ?」
「提督のお返事によりますね。でも、提督と楽しみたい子はたくさんいましたよ」
「……そう言えば、なんだかお前、酒臭いぞ」
「私もその一人という訳です」
そう言うと、鳳翔はごきげんにクスクスと笑った。
「最初からそう言え。全く」
「だって、「提督」ですから。貴方の命令を守るのが、私たち艦娘です」
「ふっ、そうだな」
そう言って、帽子を被る。
「今から大広間で飲むぞ。ついて来い、鳳翔」
「はい! 提督」
どんな形であれ、俺たちは変わらない。
変わる必要はない。
艦娘であろうが、人間であろうが、そいつはそいつなのだ。
そいつただ一人なのだ。
「お、提督様がお帰りだー!」
「司令官ー! こっちに座って!」
「クズ司令官、こ、こっちでもいいのよ?」
そして、それを大切に思ってくれている奴らがいる。
「順番に回らせてもらうよ」
だから、俺たちは自分らしく生きられるんだ。
自分を愛してくれるみんなを、愛することが出来る自分として。
――続く。