俺の夢にはISが必要だ!~目指せISゲットで漢のロマンと理想の老後~   作:GJ0083

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織斑家のぶらり温泉旅行

 日本のどこにでもあるような山間の温泉街。

 そこを私、織斑千冬は弟の一夏と一緒に歩いている。

 

「千冬姉! 早く早く!」

「一夏、危ないからちゃんと前を向いて歩け」

 

 はしゃぐ一夏に思わず苦笑しそうになる。

 辺りには硫黄の匂いと露店の食べ物の匂いが混ざり合い混沌としている。

 初めてな場所なのに心が落ち着くのは日本人の血のせいか。

 

「千冬姉、あれ、あれ食べよう」

 

 一夏が指差す先には露店の温泉まんじゅう屋。

 蒸したてなんだろう。良い匂いはこちらまで漂ってくる。

 

「宿に着いたら食事だ。あまり食べ過ぎるなよ」

「わかってるよ」

 

 そう言って店に向かう一夏。

 一夏は出来た弟だ。

 我が儘は言わないし、買い食いなどもしない。

 その一夏が自分から食べ歩きしようとするなど今まで無かった事だ。

 癪だが神一郎には感謝しなければならない。

 

 事の始まりは神一郎に渡された電車のチケットとプリントされた旅館までの地図だ。

 剣道大会の時に言っていた一夏へのプレゼント、どうやら本気だったらしい。

 それを私は断った。これ以上アイツの施しを受けたくなかったからだ。

 しかし、神一郎は私の答えを予想していたんだろう。笑いながらこう言った。

 

『千冬ちゃんは一夏の笑顔と自分のプライドどっちが大事?』 

 

 一瞬殴りそうになったがグッと堪えた。殴ってしまえば負けた気がするからだ。

 言われるまでもない、大事なのは一夏だ。

 そんな私を見ながら神一郎は笑っていた。

 正直こいつの笑顔は苦手だ。精神年齢が年上だと知っているが、まるで頑固な妹を見ているかのような優しい目付きをする時があるからだ。

 神一郎が背伸びをして私の頭を撫でる。

 

『借りだと思うなら、『ありがとうお兄ちゃん』って言ってごらん?』

 

 結局私は神一郎を殴った。ついでにチケットと地図も奪い取った。

 何が兄だ。私の家族は一夏だけだ。

 思い出したらイライラしてきた。帰ったらもう一発殴ろう。

 

「千冬姉、買って来た!」

 

 物思いに耽っていたら一夏が戻ってきた、その手には小さな紙袋が握られている。

 

「はい千冬姉の分」

 

 一夏の手には小さなまんじゅうが一つ乗っていた。

 

「いらん、お前が食べろ」

 

 言ってから後悔した、一夏の顔が歪んだからだ。

 私はただ、私の事を気にぜず一夏に美味しいものを食べて欲しかっただけなのに。

 自分はなぜこんなにも不器用なのだろう。これでは束の事を笑えんな。

 

「一夏、私はまだお腹が空いていないだけだ。だからお前が全部食べて良いんだ」

 

 なんて見苦しい言い訳。本当に嫌になる。

 一夏が悲しんでいないか恐る恐る確認する。

 

「千冬姉、これ読んで」

 

 その一夏はなにやらポケットから紙を取り出し渡してきた。

 手紙? なぜこのタイミングで?

 疑問に思いながら手紙を開く。

 

『不器用なお姉さんへ

 実はここ最近、一夏は俺の所でバイトしてました。内容は、部屋や風呂場の掃除、釣った魚の下ごしらえなど、まあお手伝いですね。ちなみに、一夏がお金を欲しがった理由は『せっかく旅行に行くなら千冬姉に何かしてあげたい』だそうですよ。健気な弟だよね? だけど、千冬さんの性格を知ってる身としてはちょっと心配だったので、“千冬さんが一夏の気遣いを断った場合”この手紙を渡すように言ってあります。この手紙を読んでる時点で俺の心配は大当たり。まったく愚姉なんだから、千冬さん、貴女は“一夏が貴女の為に一生懸命働いた気持ち”を無駄にするつもりですか? さっさと一夏に甘えなさい。

                                    by賢兄より』

 

 グシャ

 

 思わず手紙を握り潰してしまった。

 一夏がビクッとして私から距離をとる。

 なんだアイツは、アレか? 全ては手のひらの上なのか? 

 賢兄とか喧嘩売ってるとしか思えないな。よし、買ってやろう。

 そういえば、脚力は腕力の約3倍らしい。次会ったら蹴ってやろう。

 いや、アイツはアニメや漫画が好きだったな。壁に減り込ませてやろう。

 蹴り込ませると言ったところか。ふふふ……。

 

「ち、千冬姉?」

 

 おっといけない、最愛の弟を怖がらせるとは姉としていけない。

 

「なんだ?」 

「えっと、手紙になんて書いてあったの?」

「なんでもない、気にするな―ーそれより一夏、やはり一個貰っていいか?」

「うん!」

 

 一夏が笑顔でまんじゅうを渡してくる。

 一口齧る、しっとりした皮に包まれた優しい甘みの餡、一夏が私の為に働いて買ってくれた物だという事がさらに美味しさに拍車を掛ける。

 

「美味いな」

 

 思わず口から漏れた言葉を聞いて一夏が満面の笑みになる。

 この笑顔を見れただけでも来たかいがあったな。

 神一郎は許さないが。

 

 それから先が大変だった。宿に着くまでの道のりで、一夏は事あるごとに何か買おうとした。しかも断ると悲しい顔するのだから怒れない。

 

「千冬姉! 次はあれ食べよう!」

 

 またも露店に向かって行く一夏。

 流石にそろそろ止めないと不味いな。神一郎は恐らく大金を渡したりしていないはず。このペースだと一夏の小遣いはすぐに無くなってしまうだろう。

 

「一夏、宿に着いたら食事だと言っただろ。宿の人達が一生懸命作った料理を残すのは許さんぞ?」

「うっ……」

 

 一夏の動きがピタッと止まる。

 生真面目な一夏は出された料理を残す事を嫌う。こう言えばもう買い食いはしないだろう。

 だが、その顔には不満そうな表情が残っている。

 それも私の為だと思えば嬉しいものだ。

 だから

 

「帰りもここを通るんだ。その時でいいだろう」

 

 せめて、ここにいる間は一夏の好意に甘えるとしよう。

 

 

 

 

 

「うぉぉ~」

 

 一夏が初めての旅館に感嘆の声を上げる。

 

「一夏、行くぞ」

 

 一夏を連れてロビーに入る。

 ロビーに従業員の姿がなかったので、フロントのベルを鳴らす。

 

「大変お待たせいたしました」

 

 奥から初老の女性が姿を見せた。

 

「予約していた織斑です」

「はい、織斑様ですね。只今ご案内致します」

 

 中居さんに案内された先は旅館の奥部屋。

 部屋を見て驚いた。広さが十二畳ほどの大きな和室だったからだ。正直もっと小さな部屋を想像していた。

 隣では一夏が目を輝かせている。

 

「こんな広い部屋を良いんですか?」

 

 二人で使うには広すぎる気がする。

 

「織斑様は当旅館の家族プランでご予約されてますよね? ですのでお部屋もご家族用のお部屋になっております」

 

 家族プラン? 最近はそんなものがあるのか。

 

「すみません。予約を入れたのは別の人間でして、詳しく聞いてませんでした。何か違いがあるのですか?」

「お部屋が家族用の内風呂付き大部屋になります。料理の方も家族プランですと通常宿泊されているお客様より品数が多くなっております」

 

 予想以上の高待遇だな。

 

 宿について一通りの説明をして仲居さんが部屋から出ていく。それと同時に。

 

「うぉぉぉぉ~~~~」

 

 一夏が叫びながら畳の上を転がり始めた。

 そのまま転がり続け壁に当たる。

 

「一夏?」

 

 弟が奇行を始めた場合どうすれば良いのだろう。殴れば治るか?

 一夏はガバッと立ち上がり。

 

「千冬姉! 温泉行こう!」

「おっ、おう」

 

 どうやらテンションが上がり過ぎているみたいだ。

 

「一夏、私は内風呂を使う」

 

 中居さんの話によると、内風呂は露天風呂で、こちらも立派な温泉らしい。風呂は静かに浸かりたい派の私には有り難い。

 

「え~、大浴場だよ? 大きなお風呂だよ? 行かないの?」

「なんだ一夏、私と入りたいのか?」

 

 ふむ、年齢的にはまだセーフか?

 

「それでは一緒に行くか? 女風呂になるが」

「行ってきます!」

 

 顔を赤くして一夏は部屋を飛び出して行った。

 その後ろ姿見て、一夏の成長を喜ぶと同時に寂しく思う。

 どうやら一緒に入りたかったのは私の方らしい。

 

 気を取り直して露天風呂を確認する。

 すでに湯が張ってあり何時でも入れそうだ。

 一夏は長風呂だ。私もゆっくり楽しませて貰おう。

 

 

 

 

 テーブルの上に並ぶのは豪華な料理。

 刺身、山菜の天ぷら、鮎の塩焼き、そして鉄板の上でジュウジュウと音を立てるステーキに、一人一つ用意された猪鍋。

 はしたないと思うが、喉の奥から唾液が出てくる。

 一夏の方は驚きすぎて逆に冷静になったようだ。ただ一心に料理を見ている。

 そんな私たちを見て中居さんが頬を緩ませている。

 

「料理は以上になります。どうぞお楽しみ下さいませ」

 

 二人で手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 刺身―ーマグロも然ることながら海老が素晴らしい。ねっとりとした触感に海老特有の甘みが舌を喜ばせる。

 天ぷら―ーミョウガ独特の苦味が癖になる。タラの葉はサクサクと香ばしい。

 鮎の塩焼き―ーほくほくとした身にかぶりつけば、口の中一杯に広がる繊細な美味しさ。

 ステーキ―ー今まで食べた事のない柔らかなお肉、肉に歯を立てても抵抗なく噛み切れる。噛むたびに肉汁が口の中に溢れ噛むのを止められない。

 猪鍋―ー猪肉は初めてだが、少しクセのある肉が辛味噌ベースの出汁と良く合い、ご飯がすすむ。

 

 私と一夏は夢中で食べた。ふと我に返り互いに目が合った瞬間二人で笑ってしまった。

 

「一夏、全部食べれそうか?」

 

 流石に小学生の一夏には量が多すぎるだろう。

 

「大丈夫。残したりしないよ」

 

 そう言う一夏だが、無理しているのは明らかだ。

 昼間の一件を気にしているのだろう。

 ここは姉としてフォローせねば。

 

「一夏、私には少し物足りない。お前のを寄越せ」

 

 うん? この言い方は乱暴すぎか?

 

「じゃあこれ」

 

 一夏が半分ほど食べたステーキを寄越してきた。

 結果が同じなら問題ないか。

 

 

 

 

 

 

 

 食後、二度目の温泉に入ったり、卓球をしたりして過ごした。

 そして就寝。これだけ広い部屋なのに、なぜか並んで布団を敷く。

 横を見れば一夏がこっちを見ていた。

 

「寝れないのか?」

「千冬姉、今日は楽しかったね」

「そうだな」

「また来たいね」

「あぁ」

「千冬姉」

「うん?」

「いつもありがとう。俺、千冬姉の弟で幸せだ」

「ーーーー急にどうした?」

「本当は内緒って言われたんだけどね。神一郎さんに言われた」

「神一郎に?」

「うん―ー千冬姉に感謝しているなら言葉にするべきだ。って、その方がきっと喜ぶからって。だから千冬姉、いつもありがとう」

「そうか、なら私も礼を言うべきなんだろうな。一夏、いつも家事をやってくれてありがとう。家事が苦手な私には本当に助かっている」 

 

 クスクスと二人の静かな笑いが部屋に響く。

 

「明日は朝風呂に行くんだろ? 早く寝たほうがいい」

「そうだね。お休み千冬姉」

「お休み一夏」

 

 そうして姉弟は穏やかな眠りに就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻・某所

 

 薄暗い部屋で、空中に映し出された映像を眺める二人の人間がいた。

 

「ちーちゃんちーちゃんちーち~ゃん!!! 束さんはちーちゃんの寝顔だけで丼三杯はいけるんだよ!!!!」

「はい、白米」

「米! 食べずにはいられない!」

 

 むしゃむしゃがつがつ

 

 親友の寝顔を見ながら白米を食べているのは、ご存知、“天災で変態”篠ノ之束。

 そして

 

「しかし千冬さんもまだまだ甘いね。旅館は俺が予約したもの。つまり敵の陣地に侵入したも同然なのに隠しカメラに気づかないとは」

 

 クックックッと、笑いながら丼にご飯をよそい、ラスボス感を出しているのは、“転生者”佐藤神一郎。

 

「わざわざ家族プランで予約を入れて、束さん製の隠しカメラのある部屋に誘導し、一夏に入れ知恵して注意力を散漫させる」

「いや~上手くいって良かったよ」

 

 いえ~い、と言ってハイタッチする二人。

 

「それにしても千冬さんは寝相悪いな。布団蹴っ飛ばして浴衣が捲れちゃってるよ。太もも丸見えじゃん。誘ってるのか? 誘ってんだよね? もう我慢できないぞ俺は」

「ちーちゃんの太もも!? 舐めたい触りたいしゃぶりつきたい!」

「束さん、最高画質で録画しているよね? 抱き枕作るよ。無論、今の千冬さんの映像で」

「まじでか!?」

「こちとら暇を持て余した学生だからね。布にプリントする所だけ頼むよ」

「まっかせろーい!」

 

「「わ~はっは」」

 

 今日もIS世界は平和でした。




 ※千冬入浴シーンカットの理由

「しー君、目を開けたら抉るからね?」
「束さん、俺から見たら千冬さんも子供みたいなもんですよ? 少しは信用してください」
「ちーちゃんの白い胸、ほどよく引き締まったお尻」
「っーー」
「ギルティ」
「あべしっ!」

 主人公が気絶していたから。

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