全ての元凶との死闘の果てに、封印ノ間の崩壊に巻き込まれたロゼ達。意識を失った彼女が目を覚ますと、そこには…

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※注意事項※
・この小説は、PSVita専用ソフト『ロゼと黄昏の古城』の二次小説になります。
・そして本作のエンディングを、かなりポジティブに解釈及び妄想した内容となっております。
・その為ネタバレ要素を幾つか含んでおりますので、本作を持っていない、もしくはまだエンディングを見ていない方は御注意下さい。


色褪せた世界に、さようならを

「ロゼ、起きてロゼ!!」

 

 目を覚まして最初に映ったのは、懸命に声を掛けてくる自身の片割れの姿だった。

 

「ブラン?」

「ロゼ!!」

 

 身体を起こした途端、ブランは飛びつくように抱き着いてきて、そのままワンワンと声を上げながら泣き出した。あまりの勢いに、そして寝起きの様に半ばぼんやりとした頭ではそれに反応しきれず、ロゼは押し倒されるようにして頭を打ち付けてしまい、ブランの泣き声に混ざってゴッと、鈍くて痛そうな音が薄暗い地下に響いた。

 

「良かった、本当に良かった。折角、仲直り出来ると思ったのに、もう、ダメかと思った…!!」

「ブラン…」

 

 あやうく死んだ回数が増えそうになったが、涙をボロボロと流し、しゃくり上げながら、そう言ってくるブランを目の前にしては、文句を言う気にはなれなかった。

 あの時、茨に襲われるブランを見捨て、自分はその場から逃げ出した。そして、ブランがどのような日々を過ごしてきたのかも、ここへ辿り着くまでに拾い集めた血の記憶の数々で知った。ブランが辛い日々を送っていた中、あろうことか自分は彼女のことを記憶の奥底に封じ込め、のうのうと何の不自由のない幸せな日々を送っていた。再会した途端、この城もろとも呪われ、本気で殺されかける程に憎悪されるのも、無理もない話だ。

 にも関わらずブランは今、自分の無事を喜んでくれた。涙を流し、声を上げて泣きながら、自分が生きていることを心の底から喜んでくれた。その事が、たまらなく嬉しかった。

 

「大丈夫、私はもう二度と、貴方を置いて行ったりしないから…」

 

 そっとブランを抱きしめ、ロゼが囁くように呟いたその時、のっしのっしと重い足音が近付いてきた。顔を上げると、大きくて丸い胴体に渦巻の模様、謁見の間で拾った王冠を頭に乗せた、退魔の巨人が様子を窺う様にロゼ達を見下ろしてた。

 彼を見て思い出すのは、ヴィオラを倒し、ブランを助け出した直後に崩壊した封印ノ間、そして降り注ぐ瓦礫から自分達に覆いかぶさる様にして守ってくれた巨人の姿だ。

 

「巨人さん、また守ってくれたんだね…」

 

 地下の奥底で出逢い、それからずっと自分のことを守ってくれた。彼の過去を見てしまった際、思わず怖がって逃げてしまった時も、旧知の仲でもある筈のヴィオラと対峙した時も、ずっと守ってくれた。きっと自分は彼に出会わなかったら、この場所に辿り着くどころかブランに再会する事も出来ず、永遠に地下牢を彷徨っていたことだろう。彼にはもう、感謝してもしきれない。

 

「ありがとう」

 

 感謝の言葉に対する返事なのか、巨人は一度だけコクリと頷くような動作をした後、背を向けて再びノシノシと足音を立てながら瓦礫の山に向かっていた。そして目の前の瓦礫を手当たり次第に片っ端から拾い、邪魔にならないよう、隅っこへ放り投げていた。どうやら自分が意識を失っている間、付近の瓦礫を片付けてくれていたらしい。良く見ると、自分とブランの周囲にはポッカリと広い空間が、その外側には巨人の手によって積み上げられた瓦礫の壁が聳え立っていた。

 

(そう言えば、どうやって抜け出そう?)

 

 その聳え立つ壁の遥か上に天井が、そして地上があるのだろう。思えばこの場所に辿り着くまでに、幾つもの階層を降りた。上を見上げても何も見えないのは、きっと周りに明かりが無いだけだからと言う訳では無いのかもしれない。

 このまま巨人が積み上げた瓦礫の山を登り、地上を目指すことになるかもしれいが、果たして体力が持つのかどうか…

 

「ブラン、茨は出せる?」

「……ううん、もう無理みたい…」

 

 しかも先程から薄々と感じていたのだが、ヴィオラを倒してからと言うもの、徐々に茨の呪いの力が身体から消滅していく感覚があった。それを証明するかのように、彼女達の背中に生えた呪いのバラの花びらが一枚、また一枚とゆっくり時間を掛けて散って行く。そう言えば、ヴィオラの日記には悪魔を倒せば呪いが解けるかもしれないと書いてあった。ひょっとすると悪魔を取り込んだ彼女を倒したことにより、その条件が達成されたことになったのかもしれない。長い間この国を苦しめていた黒い茨も、きっと背中のバラの様に次々と枯れ始めているのだろう。

 しかし今だけは、その事を素直に喜べなかった。あの死にたくても死ねない呪いに対して全く良い感情を抱いていないものの、あの不死の呪いがなければ何も成し遂げられなかったのも事実。あの不死を利用し、強引に突破した難所、そして命拾いした場面は一度や二度ではなく、死んだ回数に至っては冗談抜きで三桁に届く。そんな自分が地上を目指して、この天辺が見えない瓦礫の塔を一度も死なずに登り切る自身があるかどうかと問われれば、迷いなく首を横に振る。

 元の死ねる身体に戻れたというのは、非常に嬉しい。しかしブランと和解した今、彼女と話したいこと、やりたいことが山の様にある。それらを何も済ませないまま死ぬんなんて、嫌に決まってる。 

 

(どうしよう…)

 

 ロゼが途方に暮れた、その時だった。どこからともなく、ゴゴゴと何やら地鳴りのような音が聴こえてきた。耳を澄ますと、地鳴りのような音は実際に足元から響いているのが分かった。

 

「な、何…?」

 

 その音にブランも気付いたようで、ロゼと同じように視線が地面に向いた。そして、巨人の方も瓦礫を積み上げる作業を中断し、ロゼ達の元に歩み寄ってくる。

 やがて音は段々と大きくなり、更には地震の様な揺れまで伴ってきた。それはまるで、ブランが茨の力で城を崩壊させた時の様で…

 

―――なんて思った矢先、巨人が積み上げた瓦礫の塔が爆発した 

 

「きゃ!?」

「ひゃ!?」

 

 衝撃で吹き飛んだ瓦礫が、咄嗟に蹲ったロゼ達に襲いかかってくる。が、それらは二人を守るように前に出た巨人が、全て叩き落としてくれたので事なきを得た。その事にホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、瓦礫を吹き飛ばし、代わりに地面から現れた物の正体に気付いたロゼは、驚愕に目を見開いた。

 

「黒い、茨…」

 

 この国を蝕む、悪魔の化身とも言うべき存在。城を崩壊させ、自分の行く手に何度も立ち塞がってきた呪いの茨。巨人の胴体並に太いそれが突如地面から現れ、瓦礫を吹き飛ばし、そのまま勢い良く天に向かって伸びていく。そして遂には激しい衝撃と轟音を伴いながら、天井…もとい地表を突き破ってしまった。そのまま天にまで伸びていきそうな勢いだったが、やがて茨は伸びる速度を落とし、動きを止めた。

 上を見上げると、余程勢いがあったのか、巨大な大砲に撃ち抜かれたかのように、天井にはポッカリと茨よりも大きな穴が空いており、そこから星の輝く夜空が良く見えた。どうやら自分達は、思っていたよりも地上に近い場所に居たようだ。今思えば、ヴィオラと戦っている最中、彼女を処刑道具に放り込む度に部屋の仕掛けが動き、封印ノ間ごと上層へ登っていた気がする。何はともあれ、嬉しい誤算である。茨は触ると死ぬかもしれないので危険だが、お蔭で地上までの具体的な距離が分かった。それだけでも、随分と気が楽になる。

 そうロゼが考えた時、ふと何かの気配を感じて彼女は振り返り、同時に息を呑んだ。そして何か考えるよりも早く、咄嗟に身体が動いていた。

 

「ッ、ブラン!!」

「え…」

 

 巨大な黒い茨に気を取られていたせいで、何も気付いていないブランを突き飛ばす。その直後、ロゼの胴に何かが巻き付く感触と、それに引っ張られる浮遊感。見ればロゼの身体には、目の前の巨大な黒い茨とは別の、細い茨が巻き付いていた。慌てて巨人が駆け寄ってくるが茨はそれよりも早く、ロゼを巨人の手が届かない高さにまで引っ張り上げてしまった。

 

「ロゼ!!」

 

 図らずもこの光景は、二人の容姿がそっくりなこともあり、あの時の…ブランが茨に襲われた時に再現に等しかった。ただ、あの時と違い、茨に捕らわれているのは逆で、しかも姉妹は互いに互いを見捨てず、諦めずに手を伸ばし合っていた。だが巨人が届かない場所にブランの手が届く訳も無く、彼女の小さな手は虚しく空を切るだけだった。それでも彼女は、泣き叫ぶようにロゼの名を連呼しながら、手を伸ばし続けた。そしてロゼもまた、届かないと分かっていながら、ブランに手を伸ばす。

 もう二度と、離れ離れにはなりたくない。その思いだけが、二人を突き動かしていた。

 

「……あれ…?」

 

 そんな中、ロゼはふとあることに気が付いた。それを確かめる為に恐る恐る、ゆっくりと、自分の身体に巻き付いた茨に手を伸ばし、しっかりとその手で掴んでみる。すると…

 

「触っても平気だ…」

 

 ほんの少し触っただけで致命傷を与えてくる筈の、呪いの茨。自分は今、城の中で最も自分を殺したそれに巻き付かれ、直に触れている。にも関わらず、その身には何ともない、何も起きない。まだ不死の呪いが残っていたとしても、あの茨に触ったら一度は死ぬし、こことは別の場所に移動している筈だ。

 そもそもこの茨、刺を触っても少々固いだけで痛くない。巻き付く力も、こちらを締め付けるようなものでは無く、むしろ下手に落ちないようしっかりと抱きかかえられている印象を受ける。それに自分を引っ張り上げるスピードも、いつの間にかゆっくりとしたものになっており。良く見れば色も城に蔓延っていたものとは違う気がする。黒でも灰色でも無く、まるで血の様な赤色。この色の茨を見かけたのは確か、封印ノ間。ブランを拘束していたものに近いような…

 そこまで考えた所でハッとしたロゼは、自身に巻き付く茨から刺を一本だけ引き抜いた。思いのほか、あっさり抜けた刺にロゼは意識を集中させ、呪いの力を発動させる。すると赤い茨の刺から色が抜けおち、真っ白に変色して、まるで入れ替わる様にロゼの背中のバラが赤色に染まる。そして呪いの力により、この茨に注がれた赤色の…血の持ち主の記憶と、その時の感情がロゼの頭に流れ込んできた。

 血の持ち主が最後に目にした光景、最後に抱いた思い、その全てを感じ取ったロゼは、自分の予想が正しかったことを悟る。そして彼女は自然と、その血の持ち主の名前を口にしていた。

 

「ヴィオラ、さん…?」

 

 

 

 

 

「これで…良い、わね……」

 

 茨を通して、ロゼに続きブランを拾い上げ、地上へと引っ張り上げた事を確認したヴィオラは、一人そう呟いた。

 ロゼとブランに敗北し、奈落の底へ落ちて行った彼女は、まだ生きていた。しかし、あの小さな姉妹との戦いにより全身傷だらけで、まともに立つ事も出来ず、瓦礫の山に背を預け、力なく座り込んでいた。強引に悪魔と融合した身体で三回も処刑され、とどめに茨の呪いの力を宿したナイフで刺されたとあっては身体への負担も大きく、流石に茨の呪いでも回復できないようだ。それどころか、段々と自分の中から茨の呪いが消滅していく感覚さえある。根拠は無いけれど、その内に自分は死ぬと言う確信がヴィオラにはあった。

 故に彼女は最後の力を振り絞って、茨に血を与え操り、ロゼ達の元に差し向けた。ロゼとブランを、地上へ送り帰す為に。

 

「あの子達には、悪いことをしたわね…」

 

 大事な人達を奪った修道院は、百年前に滅ぼした。この世で最も憎んだ悪魔は、百年掛けて喰い殺した。それでも尚、自分の中に宿った憎悪は消えなかった。もう憎むべき相手は誰も残っていない筈なのに、百年経っても憎悪は消えなかった。やがて怒りと憎しみに呑みこまれた自分は、身も心もあの悪魔と同じになってしまった。そして抑えきれない破壊衝動を満たす為に、ブランを利用した。その過程で姉妹の絆を、彼女達の家を、家族を、何もかも全て壊してしまった。

 呪いの力から解放され、正気を取り戻した今、後悔と罪悪感で心は埋め尽くされていた。自分の犯した罪に比べたら、こんなもの何の償いにもならないだろう。しかし、それでも、せめて生き残ったあの二人だけは、他でも無い自分自身の手で助けたかった。自分の時には、あれだけ祈っても何もしてくれなかった神にだけは、あの二人のことを任せたくなかった。

 

(これで、やっと眠れる…) 

 

 無事に姉妹を地上に引き上げたことを感じた直後、ヴィオラの身体から一気に力が抜けた。身体はピクリとも動かせなくなり、瞼もやけに重くなった。もう、時間のようだ。間もなく、自分は死ぬのだろう。

 けれど死ぬことに対し、恐いと言う感情も無ければ、不安も無い。だって今から自分が向かう場所には、大切な父と彼が居るのだから。この時を、ずっとずっと待っていたのだから…

 

(やっと、会いに行ける…)

 

 棺の中で経験した百年の眠りとは違う、心地よい安らかな微睡み。周りの景色が殺風景で少し寂しいが、逆に眠りを妨げる者も存在しない。やっと死ねるし、やっと二人の元に逝ける、それだけで充分だ。

 そもそも、今更こんな自分を看取ってくれる物好なんて居ないだろうに。心の中で自嘲気味に呟き、少し悲しげに、苦笑いにも似た表情を浮かべて、ヴィオラは静かに目を閉じた。

 

(やっと、これで私、も……えッ?)

 

 深い微睡みに身を任せ、意識を完全に手放す寸前、唐突に感じた浮遊感。ヴィオラは何が起きたのか分からず戸惑ったが、目を開ける力さえ残っていない今の彼女には、″自分が何かに抱きかかえられている″と言う事ぐらいしか把握できなかった。 

 

(誰?)

 

 自分を抱える大きな腕はやけに固くて、ヒンヤリと冷たい。けれど同時に、その腕からは力強く、そして優しい気配を感じる。まるで、幼き日の父に、そして思い出の中の彼に抱き締められているようで、懐かしくて、愛おしくて、不思議と心が温かくなってきて…

 

「……悪くない、わ…」

 

 

 

 

 百年振りに再会した彼女は、もう昔の彼女では無かった。いつも泣いてばかりで、それでも必死に自らの運命に抗い続けた彼女は、悪魔の力と憎悪に食い尽くされ、己が倒すべき存在、悪魔そのものへと変わり果てていた。

 だから、己の存在意義の為、己が守るべき少女の為、自分は彼女と戦った。そして戦いの果てに、彼女が奈落の底へと落ちていく姿を見届けた。もう彼女は死んでしまった、百年前に共に過ごした彼女の心死んでしまったのだと、そう思った。

 

 だけど、それは違った。あの少女達を地上へと引っ張り上げた茨を通して、己は懐かしい気配を感じ取った。間違いなく、自分の知る彼女の気配だった。それが分かった途端、もう居ても立ってもいられなくなった。

 

 あの少女達には、お互いが居る。もう己が側に居なくても、きっと大丈夫だ。けれど、今も昔も彼女は独りぼっちだ。もう、己しか居ないのだ。

 

 姉妹が無事に地上へと上がれたことを確認して、短く別れを告げた己は、限界ギリギリの高さを何度も飛び降りた。そして、飛び降りた衝撃で身体に罅を増やしながら、辿り着いた地の底に彼女は居た。瓦礫の山の上に座り込む彼女を、己はそっと抱き上げた。すると、彼女は何か小さく呟いた。本当に小さな声だったのでよく聴こえなかったが、怨み言の類では無かったと思う。

それを示すかの如く、腕の中の彼女が浮かべた表情は、まるで本当に眠っているかのように、とても穏やかなものだった。

 

 やはり彼女が眠るのに、この薄暗くて寒い場所は相応しくない。もっと明るくて、温かい場所こそが、彼女には相応しい。

 

 どれだけ遠くても、どれだけ時間を掛けてでも、見つけてみせよう、辿り着いてみせよう。

 

 それこそが、人々を悲しみから救う為に造られた、己の役目。そして何より、大事な友への手向けなのだから…

 

 

 

 

 崩壊した古城の残骸を吹き飛ばし、まるで天に昇る勢いで出現した、一本の巨大な漆黒の茨。大樹の如く聳え立っていたそれは今、苦手とする月の光に晒されたことにより、徐々に枯れ始めていた。少しずつ、少しずつ、まるで花びらを散らすように、所々崩れ始め、その巨体をゆっくりと傾かせ始めていた。常に禍々しい雰囲気を放っている茨だが、この瞬間に限っては、どこか儚さを感じさせる。

 この国の殆どの人間が見たことが無いであろうこの光景を、ロゼとブランの二人は城から少し離れた場所で静かに眺めていた。 

 

「巨人さん、行っちゃったね…」

「うん…」

 

 ヴィオラの茨により、ロゼとブランは地上へと戻る事が出来たのだが、巨人は彼女達について行こうとはしなかった。彼はヴィオラの茨を拒み、ロゼの呼びかけにも応えず、二人が地上に戻るところを見守る様にジッと佇んでいただけだった。そして、彼女達が無事に地上に戻ったところを見届けた彼は、ロゼに小さく手を振り、背を向けるように踵を返して、どこかへ行ってしまった。

 

「きっと、ヴィオラさんの所に行ったんだと思う…」

 

 城を巡る過程に幾つか拾ったヴィオラの日誌には、彼女が巨人と行動を共にしていた時期があることを示すものもあった。きっと昔のヴィオラにとっても巨人は、今の自分のように、大切な存在だったのだろう。そして巨人もまた、彼女の事を覚えていたのかもしれない。

 ずっと自分の事を守ってくれた巨人が、自分の元を去ってしまった。そのこと自体、寂しくないと言ったら嘘になる。けれど、気のせいかもしれないけれど、去り際に彼に言われた気がするのだ、『君はもう、独りじゃない』、と…

 

「そうだね、今の私には…」

 

 ふと横に目をやると、隣に佇むブランが静かにジッと、崩れていく黒い茨を見つめていた。正確には、黒い茨を通して、ヴィオラの事を思い出しているだろう。この茨の呪いをかけたのも、家族と我が家とも言うべき城を破壊したのも、自分からロゼを奪おうとしたのも、全てヴィオラだ。しかし例え、全ての元凶であり、目的の為に利用する為だったとは言え、あの牢獄で優しくしてくれた一匹のコウモリを、ブランは忘れる事が出来なかった。それに、今もこうして綺麗な月と星空を眺める事が出来るのも、彼女のお陰だ。故にヴィオラに対するブランの胸中は、とても複雑なものになっていた。

 その彼女の気持ちを察したロゼもまた、黙って視線を前に戻した。巨大な茨の崩壊はまだ続いていたが、ロゼが視線を向けた瞬間、大きな塊が一気に崩れ、茨全体の形が変わった。偶然か、はたまた誰かの意思が働いたのか、奇しくもその形は、十字架の様にも見えた。まるで巨大な墓標のようなそれを前に、ロゼとブランは祈る様に、そっと目を閉じた。そして二人は同時に、心の中で呟く。

 

 

―――ありがとう、そして、さようなら

 

 

「……行こう…」

「うん…」

 

 その場に背を向け、二人は歩き出す。目指す場所は、ロゼがお世話になったシスターの居る教会。ここから大分距離があるし、巨人さんも茨の力も無い。けれど今の自分達の目の前には、血を分けた大切な姉妹が居る。だから、何も不安がることは無い。

 

 互いの存在を確かめ合うように、そして二度と離すまいと意思を込め、硬く手を繋いだロゼとブラン。

そんな二人の歩む道を、赤から白色に変わった三日月が見守るように、優しく照らしていた。

 

~fin~

 

 

 




 その後、教会を目指す途中に茨の呪いが完全に消滅、そして目的地の教会が見える所まで来たことにより、テンションが上がったロゼとブランは、駆けっこしながらラストスパート。壁の裏で墓参りしてたシスターに気付かず、到着してもはしゃぎまくってた二人は数分後、二人の事を死んだと思っていたシスターの度肝を抜きましたとさ。



嗚呼、これでやっと、あのゲームとお別れできる…


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