※注意! 間接的な表現を使っていますが、猟奇的な場面が含まれます。ご注意下さい。
アルベドは第九階層の自室にて嘆息を
「アインズ・ウール・ゴウンも……もう終わりね」
私達を見捨てた“アインズ・ウール・ゴウン”など不快でしかない。しかし至高にして偉大なる死の王が望むとあれば、嫌な気持ちを保留し、主の命に笑顔で応えてきた。
だがそれも限界……いや、もう応えたくとも応えられないと言ったほうが早いだろうか。
ナザリック地下大墳墓は未だ健在だが、それも風前の灯火だろう。評議国を……世界の調律者
世界の王は一人しか就けない以上、どちらかが席を譲らない限り決着はつかない。そんな話し合いが纏まるわけも無く、互いを頂点とすべく争いに火蓋が落とされた。
最初はナザリックが優勢だったが、ナザリックが得意とする陣形は籠城戦だ。攻め落とされることは絶対にないが、それではナザリック地下大墳墓以上の領土を……世界を手にすることが出来ない。
五百年前、八欲王の手により多くの
――奇跡だった。
かつて八欲王との戦いに参加せず身を隠してきた
世界を
勇敢に散っていった同胞達は姿を取り戻し、八欲王での教訓をバネに互いに協力することを誓った。もう二の足は踏まない。評議国は法国と密を取り、互いが知りゆる限りの情報を共有した。当然ながら両国ともに力の全てを曝け出すことはなかったが、それでも“ぷれいやー”に繋がる情報からナザリックに関する情報まで多くを語ってきた。
その中に墳墓の情報も含まれた。復活した
情報を元にナザリック包囲網が結成された。
閉じ籠ってくれるならそれで良いではないか。何の弊害も無いのだから。
だがナザリックは違った。この世界を――宝石箱を奪取すべく攻め入ることを決意したのだ。
――アインズは思った。
――アインズは思った。失敗は敗北ではない。最後に立っているのが我々ならそれで良いと。
――アインズは思った。
だが現実は非情である。
全てではないにしろ、ユグドラシルの一部を知るスレイン法国上層部から
――えぬぴーしーは死と同時に消失し、ぷれいやーであれば再び生を授けられる。
幾度と無く復活した八欲王を目にしてきた
それはもう激戦だった。戦闘に特化したシャルティアを筆頭にデミウルゴス指揮の元、ナザリック周囲を包囲する評議国・法国の者達に目に物見せる……はずだった。
倒さなければ良い。手足をもぎ、喉奥へと侵入した金棒は魔法の詠唱を封じた。
こちらの犠牲も多かったが、それでもナザリックからの軍勢は数を減らしてきた。
血の狂乱により全力を発揮した戦乙女の支配に成功したことも大きいだろう。
先見の明を強化する
こうなっては最早、為す術もないだろう。ナザリック地下大墳墓を捨て、トブの大森林に作られた第二のナザリックも
切り札は確かに有る。確かにルベドを投下すれば戦況を覆せられる可能性は高い。だがそれは危険としか言えなかった。
今の状況でルベドを失えばナザリックを守りきれない。特殊な創られ方をしたルベドはワールドアイテムによる支配を逃れられるが、それでも王手を掛けられる訳にはいかない。
再びナザリックに静寂が訪れた。空っぽに近いナザリックは文字通り墳墓の様だった。
◆
「
アルベドは瞳をとじて、アインズと二人きりになった自分達の姿を瞼の裏に浮かべた。
だが現実は非情で、アインズは決してアルベドに惹かれることはない。アルベドがどれだけアインズのことを想おうと、
それはアルベドとて気づかないはずがない。アインズのことを誰よりも想うからこそ、今のアインズの気持ちが手に取るように理解できるのだ。
アルベドは鈴を軽く鳴らすと、程なくして扉が数度叩かれた。
ソファーに腰掛けたまま対応しても良かったのだが、この部屋に他人を招くのは
アルベドは立ち上がり、自ら扉を開けた。
「ア、アルベド様!?」
扉の先には一人のメイドが驚きつつも畏まっていた。
本来であれば下の者が――この場合はメイドが――赴き、上の者はどかんと構えているべきだ。にも関わらずアルベドの方から近付いてきたことにメイドは疑問符を浮かべた。だが今のナザリックは非常事態。少しでも時間が惜しいのだろうと自己解決をする。
廊下に出たアルベドはそっと扉を閉めると、目の前のメイドに向かった。
「アインズ様は今、どちらにいらっしゃるか分かるかしら?」
「はい。アインズ様はただ今お一人で執務室にいらっしゃいます」
「そう……ありがとう」
アルベドに軽く一礼をし、メイドはその場を後にした。
メイドが居なくなったことを確認した彼女は再び嘆息を漏らし、意を決したように
「アインズ様、お時間を頂きたいのですがよろしいでしょうか?」
◆
アインズは一人、執務室にて
ナザリックは籠城戦に特化しており、拠点地に居る限り破られることは絶対に無い。だが守るだけでは勝利とは言えない。この世界を手にすることがアインズ・ウール・ゴウンの最終的な目標であるとすれば、籠城戦は敗北でしか無い。
このまま敵が包囲網を固め身動きが取れなくなっては元も子もない。この世界の強者とまだ見ぬプレイヤーが邂逅するやも知れない以上、敵に時間を許すことは負けを許すのと同義だ。
先ほど玉座の間でコンソールを確認したが、やはりシャルティア・ブラッドフォールンのみ文字が黒く染まっている。行方不明となった他の
空白になっていればまだ良かった。戻ってこない
考えてはいるのだが、肝心の戦力が不足している。八階層のあれらを動かせば打破できる可能性は高い。しかし
だがシステム“アリアドネ”が発動しないと確証が持てない以上は考えを保留としたほうが良いだろう。
「はぁー、これじゃあ嘗てのメンバー達に顔向けができないよ」
両手で頭を抱える中、
『アインズ様、お時間を頂きたいのですがよろしいでしょうか?』
一人で悩んでいても仕方がない。それはアルベドとしても同じことだろう。
「ああ、私も相談したいことがあるんだ。執務室にいるんだが……私から向かおうか?」
『アアア、アインズ様が!? そんな、いけません! お手を煩わせるなんてとんでもないです。私が今から向かいますわ』
「そうか。そうだよな。うむ、待っているぞ」
『では失礼いたします』
ぷつんと糸が切れるように繋がりが解除され、アルベドとの会話が終了した。
◆
「失礼します。アインズ様」
「誰だ?」
「アルベドと申します」
「入室を許可する」
「畏まりました」
扉が数度叩かれ、女性の声が向けられた。声の主は当然知っている。しかし物事には順序があり、当然理由もある。
通常であれば当直のメイドがアインズを呼ぶのだが、アルベドが直接アインズを呼びかけた。支配者として慣れてきていると自負するアインズであったが、こういった細かい状況の違いまでは把握しきれていない。
「ああ……アインズ様……いえ、モモンガ様。何時見てもお美しい。そして……」
アルベドが発している言葉がいまいち理解できないアインズは反応に困り、困惑した表情を――頭蓋骨のままだが――浮かべていた。
「
よほど重要な話があるのだろうか。ナザリックの智謀が一人は伊達ではないと言ったところだろう。
「
至極色のコールタールのような液体がコポリと音を立て床に染み出した。粘度の高いドロリとした溶液から一人の女性――
「モモンガ様ぁぁぁぁああああああ!!!」
不思議そうに召喚する様を見つめるアインズを他所に、アルベドは一つのリングを持ちながらアインズに飛び掛かった。
アインズの腕に装備させたリングは
「な、何事!? 何をするだァーッ!」
「もう……誰にも……誰にもモモンガ様は触れさせませんわ。
「畏まりましたぁ」
男を……いや、女ですら魅了されかねない甘ったるい声で反応した。
「
第二階層で以前見たとある器具を想像しながら呪文を唱えたアルベドは、創造した器具に跨がり
「意味がわからないぞアルベド! 一体何が始まるんだ!?」
「…………」
微笑するのみで、その先を言わない。
アルベドが魔法で創った物の一つを
するりと紐を解き、アルベドの思考を受け取った
「なっ……なんだ……この……落ち着く
アインズは知る由もないが、自室のベッドで穂の香に漂うそれの正体。それこそがアルベドから発せられたフェロモンだった。その昔、脇に挟んだリンゴをプロポーズとして渡す女性が居たように、自身の匂いが染み込んだ下着を渡すことは求婚のそれと同義。
親しんだ香りに思わず和らぎを感じてしまったアインズは、思考が追いつかない怒涛の展開に考えることを放棄した。
滑らか
「んっ……くっ……うぅ……
何人足りともその侵入を許してこなかった内門は破られ、奥の院へと到達した。
限界までナットは回転され、貝のようにピタリと合わさったコック。その反面、奥底まで晒された姿はまるで蒸し焼きにされ
次に
注射器
解錠された祭殿へと到達した長細いバネのような物。持ち手として使われた留め金を外すと、捻りを加え細くされたバネが解放され空洞となった小部屋を外気に晒した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーー!!!!」
日常では決して味わうことのない激痛を感じたアルベドは喉奥から太い声を漏らした。
呼吸は荒くなり、棚引くように吐息を漏らし、
未だに放心状態から抜け出せないアインズ。
一時的に世界との接続を断絶し、片足を取り外した
一つ、また一つと骨を取り外し両脚が小部屋で形を成した。
胸元で輝く神の如き珠は、途中アインズの肋骨に付与されるように小部屋の本体へと合流を果たした。
未だに荒い吐息を漏らすアルベドは小部屋を拡げるバネのような物と、アヒル
時間経過とともに契約は解除され、
◆
アインズはもう……どうでもよかった。なにもかもが皆懐かしい。どう足掻こうと仲間たちには会えない。こんなにもアインズ・ウール・ゴウンの名が轟いても、
分かっていたつもりだった。頭では理解できるそれは、心で必至に否定を続けている。それを認めてしまうことが何よりも怖い。
アルベドの理解し難い行為など最早どうでもよかった。身を任せたアインズは、その体を落ち着かせる母なる大地へと心を休め、
◆
慈悲のある笑顔でアルベドは膨れ上がったお腹を擦り、ギルドメンバー捜索で知ったある場所に向けて魔法を唱えた。
「
アインズから非常時に使うようにと、渡された
深い呼吸を数回繰り返し、意を決したアルベドは重い足取りを進めた。
海上へと投げ出され、重力に身を任せた肉体はそのまま水中へと飛び込んだ。太陽の光により透き通る青さだった一面は次第に暗い青――
力を開放し、ただただ沈みゆく肉体を自然に託している。アルベドは本来であれば呼吸を必要としない。反射的に息を吸ってはいるが、吸わないからといって死ぬことはない。
「これで……これでやっと、二人きりになれましたね」
マリアナ海溝よりも奥底――この世界の深淵へと降り立ったアルベドは体を丸め、眠るように瞳を閉じた。