インフィニット・ストラトス~異世界に降り立つは魔王と呼ばれし精霊~   作:ガーネイル

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 ようやく、やっとここまで来ることが出来ました。本編の中で一番書きたかったシーンです。上手く書けたのか、正直分かりません。ただ、とりあえず自分が納得できるように書きました。
 鈴と箒の会話ですが、原作通りで特筆する点がないのでカットさせていただきました。同時刻のことで代わりのシーンを入れてあります。

 きっとそれはおかしいと思われる点、批判したくなるような意見はあると思いますがそれはグッと堪えてお楽しみください。それではどうぞ。


20.復活の騎士

 エミルが撃墜されるという思わぬ事態から四時間半経過した。少しずつ日も傾きオレンジ色の光が旅館を照らす。

 亜音速で移動してきた福音も鳴りを潜めた。真耶と千冬は本部で待機している。本部からの連絡はない。あくまで作戦を継続させるらしい。だが、何もできないというのが現状だった。

 一夏が意識不明で運ばれてきた時、指示を出してから千冬は作戦室に引きこもって投影ディスプレイを険しい表情で見つめていた。

 意識のない彼の下に居ても何も状況は変わらない。唯一と言っていい家族の繋がりが目を覚まさない。精神的な痛みから目を背けるにはこうするしかなかったのだ。

 

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 旅館の縁側にある一室を病室の代わりとして使用している。そこには様々な医療機器を付けたまま寝たきりの一夏とその傍らに箒がいた。彼女は一夏が運ばれてからずっとこのような感じだった。

 扉をノックする音がしたが、箒は気に留めない。

 

「篠ノ之さん、貴女も少し休んでください。根を詰めすぎて倒れてしまったら……。皆も心配していますよ」

 

 扉を開けたのは真耶だった。彼女もまた、心配そうな表情を浮かべている。だが、箒は見向きもせず、一夏を見つめながらここに居たいという意思を伝える。だが、生徒思いな教師である真耶がそれを許すわけもなかった。

 

「いけません、休みなさい。これは織斑先生からの要請でもあるんです。いいですね?」

 

 彼女にしては珍しく強い口調でそう言った。だが、浮かべている表情は先ほどとは違い、優しげだった。

 ほんのわずかに無言の空間が生まれる。箒は静かに立ち上がり、分かりました。とだけ告げ、肩を落としながら退出していく。その様子は行き場を無くした、行く場所が分からない迷子のようだった。

 そんな箒が見えなくなるまで見つめていた真耶の瞳は心配そうに揺れていた。

 

 

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 太陽と海が重なり、少しずつ夜に飲まれそうな時。セシリアは浜辺を走り回っていた。もしかしたら運よく流れ着いているかもしれない。その一心でエミルを探し続ける。だが、時間は刻々と過ぎていく。発見する時間が遅くなればなるほど生存率は下がっていく。千冬から聞いた通り、エミルが人間でないとするなら死という概念があるのか分からない。でも、そんなことは些事でしかない。

 

「わたくしはもう失いたくないのです。大切なものを、自らが愛した殿方を諦めるわけにはいかないのです」

 

 セシリアは一度、両親という大切な存在を失っている。幼馴染みであり、メイドである存在に支えられながらここまで来た。

 あの時は完全に失った後だった。だけど、今はまだ分からない。どれだけ少なかろうとも生きている可能性はゼロではないのだ。ならば最後のその時まで足掻き続ける。それが惚れている相手ならば尚更だ。

 再び探しはじめるために足を動かそうとした時彼女の名を呼ぶものがいた。

 

「セシリアちゃん」

「寧さん。どうかしたのですか?」

「大丈夫。エミルは……大丈夫だよ」

 

 大丈夫。何にも確証がないというのにそう言う寧が、今のセシリアの神経を逆なでする。セシリアは叫ぶように相手へ言い返す。

 

「そんなの……そんなこと分からないではありませんか! なぜ、そのようなことを言い切れるのですか!」

 

 本当は寧の言葉に縋りたかった。だが、自身の過去がそれを邪魔する。どうしても両親を亡くしたその瞬間がフラッシュバックし、セシリアを焦らせる。

 セシリアの今にも泣きだしてしまいそうな叫びを聞いて寧はきっと同じことを言われたのであろうエミルがその時抱いたであろう気持ちを理解した。

 やるせない感情をどうすればいいのか分からず、本当だったら信じられるはずの言葉を信じることが出来ない。

 今のセシリアよりその時の寧の方がきついことを言ってしまったのかもしれない。だが、ジェノメトリクスで起きた出来事に近いのがこの状況であった。

 

――きっと私もこんな感じでエミルに酷いこと言ったんだろうなぁ

 

「約束したから。帰ってくるって言ってたから、私はエミルの言葉を信じる。だってあの人は必ず約束を守ってくれる人だから。いつもそうだったでしょ? セシリアちゃんはどうかな? 彼を信じるの?」

 

 ジェノメトリクスでひどい言葉を浴びせられたであろうにも関わらず、最後まで向き合ってくれた。本当にラシェーラまで来てくれた。エミルがいたからこの世界に帰ってくることが出来た。

 些細な事かもしれないが、その言葉にセシリアの今までエミルと共に過ごした記憶が揺さぶられる。

 あんなに不安だったのに、怖くて仕方がなかったというのに。約束を守ってくれる。ただ、それだけのことなのに、今まで抱えていた負の感情が一気に払拭されていく。

 我ながら現金だと思いながらも、気持ちが前を向いて行くのが分かる。ただ、欲を言うなら約束したのが自分だったのならよかったと思うセシリアだった。

 

「セシリアちゃんも落ち着いたし、丁度皆も来たみたいだね。鈴ちゃん、どう?」

「福音の場所ならラウラの部下たちが確認してるわ。シャルロットと箒の準備はさっき終わったわ。後はあんたたちの準備さえ終われば準備完了よ。セシリアもやるでしょ? 2人の敵討ち」

「と、当然ですわ!」

 

 ここからヒロインズの反撃が始まろうとしていた。

 

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ざぁ……。ざぁぁん……。

 

 一夏は遠くから聞こえる波の音に誘われるまま、ここがどことも分からない砂浜の上を歩き続けていた。

 足の裏から太陽光により温度が上がり、放出された熱気と砂の感触が現実の一つであることを実感させる。

 先程も記したが、ここがどこなのか、今がいつなのか。場所と時間が分からない。ただ分かるのは夏ということだけ。

 歩き続けているとどこからうっすらと歌声のようなものが聞こえ、それに釣られるように歩いて行く。

 そして、波打ち際に歌声の主であろう少女がそこにいた。つま先をほんの少し濡らしてきている白のワンピースをはためかせ、踊りながら歌っている。

 一夏は声を掛けず、近くにあった流木に腰を下ろし、少女のことを眺めていた。

 

 どれくらいの時が経ったのだろうか少女は歌うのをやめ、青空を、遠くを見つめていた。

 一夏は同じ方向を見るがそこに広がるのは青空だけ。

 

「呼んでる。行かなきゃ」

 

 一体どこへ行こうというのか。一夏はそれを問おうとしたが視線を下ろした先には誰もいない。とりあえず元のいた位置に戻ろうとした時。後ろから声をかける者がいた。

 

「力を欲しますか?」

「え?」

「何のために力を欲しますか?」

 

 顔は逆光で見えないため誰か分からない。だが、問われた質問の答えを探す。自分が力を求める理由。それの意味。

 迷うことなどない。答えなど簡単だった。

 

「俺は正直言って学がない。だから難しいことは分からないけど、簡単に言うなら友達、仲間のためかな。俺には目標にするやつがいる。そいつに追いついて、それで一緒に仲間を守りたいんだ」

 

 一夏の目標はエミルに追いつくことだった。同じ時期に入ってISを使った時間だってそんなに変わるわけじゃない。恥ずかしくて正面向かって言うことはできないが、エミルは一夏にとって憧れの存在だ。自分の姉以外に出来た憧れの存在。エミルに追いつきたくて、認められたくて、共に背中を預けて戦える存在になりたいのだ。

 

「共に仲間を?」

「おう。そいつは俺よりずっと強いんだ。単純に力だけじゃなくて心も。今はまだ守られてばかりかもしれねぇけど、追いつけたらもっと多くを助けられると思うんだ」

「だったら行かなきゃね?」

 

 居なくなったはずのワンピースを着ている少女がまた後ろに立っていた。

少女が無邪気な笑みを浮かべ一夏に手を差し出す。

 

「ほら、ね?」

「ああ」

 

 一夏は差し出された手を取る。その手を取った瞬間世界が変わり始める。空が、大地が、全てが輝き始める。そんな眩い世界に包まれながら一夏の意識は薄れていく。

 夢の終わり。そう表すのが正しそうな現象だった。

 

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 ヒロインたちが銀の福音に攻撃を仕掛けた時に一夏が夢を見ていたように、エミルもまた夢を見ていた。

 そこは彼にとって全ての始まりであり、旅の終着点となった場所。ギンヌンガ・ガップ。エミルは入り口に背を向け、異界の入り口と向かい合うように立っていた。

 

「戻ってきた?」

「ううん、違うよ」

 

 聞こえないはずの声。いや、正確にはもう二度と聞けるはずのない声だった。エミルは声の主と向かい合う。

 

「マルタ……」

「久しぶりだね、エミル」

 

 久しぶりという時の長さではない。エミルは思いがけない再会に声が出せないでいた。話したいことはたくさんある。だが、それ以上に様々な感情があふれ出して声が出ない。そして一歩ずつ近づき、マルタを抱きしめる。

 

「エミルからそうして来てくれたのはいつが最後だったかな?」

 

 そう言ってマルタも優しく抱き返す。千年以上離れていた夫婦が夢の中とはいえ、触れ合えた瞬間だった。

 どれくらいそうしていたのだろうか。ゆっくりと離れる。

 

「ねぇ、エミル。いつまで逃げるの?」

「マルタ?」

「今、エミルはびっくりするくらいモテモテだよね」

 

 その言葉を聞いたエミルは背筋に冷や汗を流す。これから小言が始まる可能性すらある。何て言おうかと脳内で言葉を探す。だが、マルタの言葉はそうではなかった。

 

「私もびっくりしちゃったけどさ。見て見ぬふりをするのはダメだよ。エミルが私に後ろめたさを覚えているのも知ってる。だってエミルは優しいから。でも、あの子たちは今を生きている子なんだよ?」

「僕はあの世界の人間じゃない。彼女たちはあの世界で相手を見つけた方が幸せなはずだよ」

 

 そうではない。マルタが言いたいのはそういうことではないのだ。しっかりセシリアたちの想いと向かい合ってあげて、とそう言いたいのだ。

 旅が終わる前の夜。パルマコスタで二人の想いは通じ合った。その時にエミルは言った。

 自分は精霊だからこの世界にずっと存在する、と。存在し続ける限りずっとマルタのことを想い続ける。いつか、マルタが大人になって他に好きな人が出来ても、と。

 そう言われたとき、マルタは後半の言葉を否定した。そんな人は出来ないと。それは彼女たちも同じなのだ。好きになった人が違う世界か同じ世界かというだけの話。マルタが好きになったのも人間か精霊か。種族が違うだけの話。ベクトルは違えど、根本的なことは変わらないのだ。

 

「じゃあ、エミル。私はエミルじゃなくて普通の人を好きになった方が幸せだったの?」

 

 エミルはそれに答えることは出来ない。黙り込むことしか出来ない。

 

「ごめん、意地悪だったね。でも、そういうことだよ。私はエミルと一緒になれて幸せだった。きっとそれはあの子達も同じことを言うはずだよ。それに私は何も心配してないから。だっていつになるか分からないけどすぐに取り返しに行くもん」

「マルタ……」

「皆もエミルに言いたいことがあるんだって」

 

 皆? エミルは首をかしげる。何故ならこの場にはマルタしかいないはずなのだ。すると音もなく、マルタのさらに後ろから彼らが現れた。

 

「よっ、エミル!」

「ロイド……、皆!」

 

 ロイド含め、かつて、共に旅をした仲間がそこにいた。

 

「エミル、約束は守らなきゃな。寧って子としたんだろ? 必ず戻るって」

「これからが正念場だ、派手に決めろよ?」

「エミルなら大丈夫! 絶対に勝てるよ」

「いい子たちじゃないか。泣かせるんじゃないよ?」

「あんな奴に負けちゃだめだよ、エミル」

「そうね、私の生徒ならあの程度何とかしてみせなさい」

「エミルさんなら出来ると信じています。あなたは一人ではありませんから」

「お前は以前の旅で多くを学び、体験した。これくらい楽に乗り越えられるだろう」

 

 ロイド、ゼロス、コレット、しいな、ジーニアス、リフィル、プレセア、リーガルが思い思いの言葉を告げていく。

 そして、マルタがエミルの名を呼ぶ。

 

「帰ったらあの子たちを見てあげること。あと、私はずっとキミの味方だからね。エミル、大好きだよ」

「ありがとう、マルタ。僕も大好きだよ」

 

 エミルは一度頷いてこの場にいる全員を見渡す。

 

「ありがとう皆。会えてうれしかった。約束を果たすために行ってきます!」

 

 エミルは異界の門へと走り飛び込んでいく。本来なら魔界へと繋がる扉だが、ここは違う。現実世界へと変えるための扉だ。

 そして飛び込んだ先にはどちらが地面か分からない空間があった。エミルはこの場所に憶えがあった。

 

「数日ぶりだな。時間もないから早速、本題に入らせてもらう。あの世界に行けるのは俺かお前のどちらかだ。これ以上、本物の扉を放置するわけにはいかない。どちらかが戻る必要がある。どうするかはお前が決めろ」

 

 紅い瞳がエミルを貫く。だが、お前が決めた事なら反対しない。ラタトスクはそう言っているのだ。

 

「僕があの世界に戻る。寧と約束したから」

「そう言うと思っていた。ISの方は安心しろ、今までと同じように起動するはずだ」

「うん、ありがとう。キミと過ごした時間は楽しかったよ」

 

 一つだった存在が二つに分かれていく。これから先、お互いが進むのは別々の道だ。

 光の下へ走っていくエミルの後ろ姿をラタトスクが見つめる。その瞳は少し揺れている。そして誰にも聞こえないような小さな声で呟く。

 

「お礼を言うのはこっちの方だ。お前と過ごした時間、IS学園で過ごした時間は悪くなかった。ありがとな、頑張れよ」

 

 エミルが夢の世界から出て行ったのを確認してからラタトスクは逆の方へ歩いていく。かつての仲間たちの元へ。

 エミルはただ真っ直ぐ進んでいく。一夏が、寧が、箒が、千冬が、代表候補生たちが待っているであろう場所へ。

 お互い振り返ることはしない。これから会えることはなくたって同一の存在。意思疎通は出来なくとも、心のずっと奥深く。魂で繋がっているのだ。心配などしない。進む道は違っても二人は繋がっている。永遠の別れではない。二人にとってこれはただの分かれ道なのだから。

 

************************

 

 

 一夏が戦線復帰したことで士気が上がる。一度は福音を退けたが二次移行してから速度がさらに上がった。それにより、全員どこか攻め切ることが出来ないでいる。少しずつ日が昇っている。

 一夏と箒がメインで接近戦。他のメンバーは遠距離からの援護という形を取っている。この場にいる全員がボロボロだった。残っている体力もそう多くはない。福音の操縦者の安全を確保できるか分からないくらい時間が経過している。

 高速戦闘の中で見せた一秒にも満たない一瞬の隙。それを狙って福音はセシリアへと接近する。福音の翼に包まれたあと、傷を負って落下してく。セシリアに意識はない。だが、セシリアが海面まで落下することはなかった。それを受け止めるものがいたからだ。

 それはこの場で戦っている全員が待ち望んでいる人の姿。ようやくだ。これでようやく全員揃ったのだ。

 

「エミル! 無事だったんだな!」

 

 一夏の言葉に頷き、腕に抱いているセシリアに呼びかける。少し身じろぎしてから、ゆっくりと瞼を開く。

 すると、そこには彼女が何よりも待ち望み、求めていた姿がそこにあった。

 

「エミルさん!」

「間に合ってよかった。皆、お待たせ。遅くなったけど帰ってきたよ」

 

 第二ラウンドはたった今終了した。これより先はファイナルラウンド。そのゴングが今鳴った。

 




 きっと今までの中で一番やりたかったシーンですが、皆さまにとって満足できるかどうか分かりませんが……。それに正直シンフォニア勢が本当にこういうのかどうか分かりません。それでも自分の中でこう言ってくれたらいいなというのを想像しながら書きました。どうでしたでしょうか?
 前書きでも言いましたが、批判、異論あると思います。ですが、どうかグッと堪えもうしばらくお付き合いください。
 ただ、ひと段落まであと少しです。どうかあと、ほんの少しだけお付き合いの方をよろしくおねがいします。
 それではまた。

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