うちのへしさに(今回はどちらかというとさにへしなのか?)でキスの日短編書いてみました。珍しく伊織さんが可愛らしい。
「知ってる?今日はキスの日なんだってさ。…とはいえ、伊織くんはそんな相手が居ないみたいだからこんな話してもあれかな」
今日のおやつの栗饅頭を食べながら、光忠が私の方を見てからかうように笑う。そういうお前も別にそういった相手がいるわけではないだろうに、と思ったが言うのはやめた。
「そうだな。まあ、私にとってそんな事は別にどうでもいいんだが…」
私の名は伊織。この本丸で審神者として刀剣達をまとめる仕事を仰せつかっている。今日は一軍以外の面々が出陣や遠征に行っているので、本丸は静かだ。一軍の刀剣達も一部はサポーターとして他隊に配属しているので、今ここにいるのは、こうしておやつを一緒に食べている光忠と小狐丸、石切丸だけである。普段騒がしい本丸も、こう人が少なくては真夜中のように静かだ。
「ぬしさまには想い人など居られないのですか?現世に。恋人同士とは言わずとも…」
茶を啜りながら小狐丸が尋ねてくる。
想い人、か。
私には生まれてこの方恋人というものが居たことがない。それどころか、恥ずかしい話だが私には"そういう"感情がいまいち分からない。大切だと思う者なら沢山居るが、それは恋愛的なものとはどうも違うようだし…
二つ目の栗饅頭を手に取りながら、「…居ないな、残念なことに」と、自嘲気味に言ってみる。そもそも興味あるの?と光忠が聞いてきた。……ない、んだろうな、おそらく。
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「ただいま帰りました、主」
執務室の障子が少し開き、そこから長谷部がひょこりと顔を出す。夜戦部隊の隊長を任せていたが、出陣は滞りなく終わったようだ。傷も見られないし、無傷の帰還が叶ったらしい。
「ああ、お疲れ様。手入れは必要無さそうだな。」
「はい!」
今日は早く主の元へ帰りたかったので、と弾むような声で言う。此奴が心配症で私の元に一分一秒早く帰りたがっているのはいつもの事だが、何だか今日はそれに輪をかけているように感じられた。はて、今日は何かあったかな。
「……あの、主」
急に声のトーンを下げて、長谷部がこちらをじっと見てくる。
「なんだ」
「…本日は、何の日かご存知ですか」
「今日?」
……何かあったか?刀剣達には誕生日という概念は無いと聞いているし、私の誕生日はずっと先だ。とすると、何かの記念日とか……あ、
「………キスの日」
「!…主、ご存知だったのですか」
驚いた長谷部が目を見開く。まあそうだろうな。私も今日光忠に言われなくては知らなかったから。
「偶々、耳に挟んだだけだがな。…それで?」
「……その、ですね、今日はキスの日と言われるので……もし宜しければ、手でも足でも構いませんので…………あの……」
顔を赤くして、長谷部が口篭る。鈍感だと馬鹿にされがちな私でも、流石に今回の彼の考えは理解できた。
「…私に、キスをさせろと」
「……………はい」
いつも言っておりますが俺は主を…と言って、また赤くなる。何だか見ていて面白い。少しだけからかってみようかな。
「…長谷部」
「は、はい」
「目を瞑ってじっとしていろ」
「…は……?」
戸惑いながらもぎゅ、と目を瞑る長谷部。此奴の方が年上だろうに、見ていて弟か子供のように見えてくる時があって、此奴を眺めるのは好きだ。しばらくして、長谷部が恐る恐る目を開ける。
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目を瞑って数十秒。何も起こらないことを不思議に思い、長谷部はゆっくりと瞼を持ち上げる。そこには、悪戯っ子のようにくすくすと笑う彼の主の姿があった。
「……主?」口を尖らせながら長谷部が不満そうな声を上げる。少しでも期待した俺が馬鹿でした、と呟く。
そんな彼を見た伊織が、悪かったよ、ちょっとからかいたくなってな、と言って立ち上がる。
「あ、主、ちょっとお待ちを―――」
「私はこういうのは慣れないから、これで許せ」
伊織は長谷部の傍に近づき、その肩に右手をそっと乗せ、屈んで顔を近づける。
ほんのりとした温もりを、右頬に感じた。
「………え」
「…何だその腑抜けた顔は」
一瞬何が起こったか分からなかった長谷部が、ぱっと顔を上げるが、伊織の顔は彼からは見えない。彼の目に入ったのはさらさらとした白磁から覗く耳に見える、朱。
「……照れておられるのですか、ご自分からなさっておいて」
自らも頬を赤に染めながら、緩む頬を抑えきれない長谷部が伊織に問いかける。
「…五月蝿い、黙れ。それ以上口を開くと殴る」
低くも震える小さな声でそれだけ言うと、部屋の主は廊下の奥へとその影を消した。
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05.23 キスの日短編(へしさに?さにへし?)