第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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ギャラクシーエンジェル2/時空の結合より1年7カ月

 幼いコーデリア・ジェセックが救出され、連合艦隊は大型艦公園内でのピクニックを終えて解散した。

 フラーケンらガルマン・ガミラス帝国艦、ヤマト、ファーレンハイトは、大変なおみやげを持ち帰ることになった。技術だ。

〔UPW〕からは、クロノ・ストリング・エンジンとナノマシンの技術。

 マイルズ・ヴォルコシガンが独断で提供した、レーザーとミサイルを実質無効にするシールドと、それを貫通する重力内破槍。致命傷を負っても脳が無事なら携帯用器具で冷凍睡眠状態にし、後に内臓を培養して治療できるシステム。最高の非致死性兵器スタナーと、絶対自白薬の即効性ペンタ。

 クリス・ロングナイフからは、きわめて高度なウェアラブルコンピュータとスマートメタル。

 レンズマンからもらったバーゲンホルム。

 タクトは、そのすべてを皆に提供した。

「ま、まさか」

「そのまさか。コーデリア救出作戦に参加してくれた戦士たちへの、気持ちだ」

「皇帝直属聴聞卿として、バラヤー帝国を代表した感謝の気持ちです。この程度では、この感謝の十分の一ですらない」

 タクトとマイルズが深く頭を下げた。

 そしてミルフィーユやカズヤのお菓子がたっぷりと用意された、心のこもったパーティで別れを告げ、外交・貿易制度を整えた。

 

〈ABSOLUTE〉のセントラル・グロウブはウィル戦で崩壊しており、今は〈黒き月〉が作った巨大戦艦を集めて仮の設備を作っている。

 パーティ会場も港も、艦船の整備・訓練場もそれらにある。

 事実上無限の虚空に、無数のクロノゲートが浮かぶだけの時空だ。

 資源は無人の時空から小惑星を持ってくれば、あっというまに巨大戦艦・戦闘要塞を次々と作りだす。数年前から、〈黒き月〉のような全自動工場を作る全自動工場の研究が進み、トランスバール皇国を中心に生産力が爆発的に増大しつつある。

 他との連絡が取れなくなる場合にも備え、資源も地球三個分ぐらいは準備されている。

 

「さて、君たち一家にお願いがあるんだが」

 タクトがエレーナ、バズ、幼いコーデリアの一家に語りかけた。

「はい」

 コーデリアが、このパーティの主役だった。戦勝ではないが、任務は成功しているので、『コーデリア・ジェセック誕生パーティ』と強引に名づけてしまった……誕生日とはまったく違う日なのだが。幼い彼女は何百人もの、男女比が男に偏っている人たちに抱きしめられて、囚われていたときより疲れているようだ。

「マイルズとも相談したんだが、君たちには人質としての価値がある。故郷時空で船を動かすのは危険すぎるし、バラヤー帝国に保護されるのも嫌だ、そうだね?

〔UPW〕に就職してほしいんだ」

 エレーナとバズは、その頼みはわかっていた。一瞬のためらいもなく、

「はい、喜んで」

 と手を差し出した。

 タクトは両手で、二人の手を強く握り、にっこりと笑った。

「とても忙しくなると思う。多元宇宙を結ぶ外交、文明のない時空を探検しながらの航海、軍事。それができる人材の育成、教育。凄腕の傭兵で、恒星間船も経営してきた君たちが加わってくれるのは本当にうれしいんだ」

 それにお世辞が一片もないのは、レスターやココの表情を一目見ればわかった。

「マイルズ、君もバラヤーに帰るのかい?」

「もう出かけてから、一年近く……帰りたいですが、これから仕事はたっぷりあるでしょう。トランスバール皇国やセルダールにもお礼にうかがわなければ」

「そうだね。ルーク、君たちは?」

「しばらく、ジェダイの技を教える学校の基礎を作りながら『タネローン』の情報を調べて、帰るつもりだ。あと、あのおみやげはいらない」

 ルークは笑顔だが、ハン・ソロはちょっと文句を言いたそうだ。

「そう言ってくれて助かる。内戦の結果を大きく変える、内政干渉になりそうだから。それにジェダイの技術を若い兵たちに教えてくれるのもありがたい。

 クリス、君たちは?」

 タクトがまた目を向ける。

「太助さんと、少し五丈を訪ねてみたいと思っています」

 クリスは、故郷に事実上居場所がない。行く先々で騒動を起こしているからだ。侵略を防ぎ戦争を食い止めたのだが、事なかれ主義者から見れば呪いのような存在なのだ。

「わかった。〔UPW〕からもメッセージを書くよ。あと、よかったらワスプ号の改造を進めておく。太助の貢献に対する感謝も添えておく」

「太助、きみにはバラヤーも心から感謝しています」

 マイルズの礼はよく計算されていた。周囲の貴族を不快にさせないギリギリで、本来雑兵に属する太助が困惑しないよう、水準を合わせて感謝を尽くした。

 大貴族に生まれながら、最下層の傭兵まで広くつきあってきたからこそできることだ。

「いいっていいって」

 と笑う太助だが、酒やごちそうには遠慮をしない。

 太助は五丈からの使者や文官の、彼の重要性を知る者とひそかに接触していた。そして雷が直接の報告を、多くの並行時空の情報を喉から手が出るほど求めていることも知っている。

 

 そしてマイルズ一家は、クロノゲートを通って〈EDEN〉に赴いた。

 バラヤー帝国を代表して、また同じ〈ワームホール・ネクサス〉出身者も頼ってくるので、外交の仕事も多くある。また、ボスコーン=ピーターウォルドの麻薬商人狩りも頼まれた。

 マイルズが知るエオニア戦役から、皇国にも多くのことがあった。

 ヴァル・ファスクの襲撃、それに対応する反撃からEDEN星系ジュノーの発見、そしてヴァル・ランダルを中心としたヴァル・ファスクとの決戦。

 敵の最終兵器を防ぐため、時空のはざまにとらわれたタクトとミルフィーユを救うために〈ABSOLUTE〉を発見し、〈NEUE〉との交流が始まった。

 その後、ヴェレルの乱、ウィルとの戦いを経た〔UPW〕は、突然多数の有文明時空との接触を迎えた……

 歴史を教わり、ルーンエンジェル隊との親睦も深めながら、マイルズはトランスバール本星を訪れた。

 かつて多元宇宙の戦いでタクトたちとともに戦ったときは、常に戦いと旅の中だった。

 じっくりと星を見る時間などなかった。

「いい星ですね」

「あの時は、本当にひどかった」

 迎えに出たシヴァ女皇と楽しく笑いあい、ニッキの気まぐれに従った、予定も何もないツアーがはじまる。

 シヴァにとってもいい気分転換になる。彼女はその美貌と戦いをくぐった実績もあり、民にも慕われている。

 軌道からの無差別爆撃で一度は荒廃したトランスバール本星だが、急速に復興している。

〈黒き月〉の、圧倒的な生産力。エオニア戦役から半年で巨大要塞と無人艦隊を作りだしたほどだ。それを破壊ではなく住居や工場にしたり、恒星近くの軌道に透明屋根のドームを固定して農場とすれば、膨大な力となる。

 人間は自動工場や収穫を助けるだけだが、それだけでも焼け出された膨大な人たちに十分な職があった。

 ブラマンシュ商会を中心として、経済は円滑に動いていた。

 

 マイルズが訪れたのは〈EDEN〉だけではなかった。ウィル戦以前からつながる時空〈NEUE〉、〈PHOS〉、〈RUIN〉、〈ALTE〉、〈SKIA〉を次々と回ることになった。

「この間までは、人がいる時空はこの六つだけだった。ヴァル・ファスクの、クロノ・クエイク・ボムで超光速航行ができなくなり、衰退していた。

 トランスバールもその一つで、剣と馬の時代があった、それがバラヤーと同じだと前にも話したな。

 この〈EDEN〉と、魔法などが残っていた〈NEUE〉はまだ文明があり、成長していたほうだ。ほかの四つはかなりひどい状態で、放っておけば滅んでいたと思われる。

 ウィルにやっと勝利し、〔UPW〕はその四つの支援に力を入れよう、そのときにあの時空震から、いくつもいくつも文明が栄え、クロノ・クエイク・ボムの歴史を共有せぬ時空とつながってしまった……おかげでそなたとも再会できて、うれしい」

 笑うシヴァはもう立派な、美しい女皇だった。傷つき張りつめ、性別も偽った子供の面影はもうない。言葉は少し男言葉だが。

「そちらの、グレゴール皇帝陛下はもう結婚したのか?」

「はい、二年ほど前に」

「それは残念だな。今私は、誰と結婚すべきかがいちばん問題とされている。本当は問題は他にも多くあるが」

「あいつがそれを聞いて陛下の写真を見たら、さぞ残念がることでしょう」

「皇后陛下に言いつけますよ」

 エカテリンがにこやかにほほ笑む。

 仲のいい夫婦を見て微笑したシヴァは、

「ラインハルト・フォン・ローエングラム皇帝も、どうやら……」

 と、エカテリンを見る。

「ええ、明らかに腹心のヒルデガルド・フォン・マリーンドルフさまと」エカテリンは楽しげに答えた。「残念ですね、ラインハルト陛下とシヴァ陛下……どれほどの美男美女になったか」

「私は少し若すぎるな。いや、マリーンドルフ嬢も」シヴァが写真を並べ、「素晴らしい美女で、お似合いではないか。デスラー総統閣下はどのような方だ?独身か?」

 など、話は尽きない。

 かつての戦いから今までの歳月、それぞれが経験した戦いも語り合う。

 この上なく率直に、弱さもすべてさらけ出して。

「デンダリィ隊は引退したと聞いた」

「はい。……全部聞きますか?それとも表向きだけ?」

「辛いことのようだな。話したくなったらでいい」

 マイルズにはありがたかった。彼にとっては、今も痛みと恥に満ちたことだ。

 シヴァがふっと震え始めている。

「私は恐ろしいのだ、いくつの時空があるのだ?どれほどの戦力の時空が?〈ABSOLUTE〉は、その中でも重要すぎる位置にある。だれもが欲しがるだろう。

 今も〈SKIA〉に開いた門から、奇妙な敵が攻撃してくる。撃退はしているが。〈ABSOLUTE〉にせっかくつながったのに、一方的に服属を求め攻撃してきたので閉鎖した門がいくつもある。

 それにこれからもあちこちで、ローエングラム帝国で起きたような戦もあるだろう。虐殺を止められないこともあるかもしれない」

 そう、口にしただけで激しく震えている。

 マイルズは黙っていた。

「私は天才ではない」

 その言葉には、生木が割れたような、ぷんと青臭い香りがたちのぼるような痛みがあった。

「アザリン陛下……直接はお目にかかっていないが、ラインハルト陛下や竜我陛下……ペリー・ローダン大執政官、デスラー総統……偉大な帝王が何人もいる」

 マイルズは、言っていいか一瞬迷った。

「グレゴールも、同じことを悩んでいます。あなただけじゃない」

「そうだな」寂しげな、それでいてうれしげな微笑。「そして新しい技術……バーゲンホルム。アンシブル。さらに新しい技術が手に入るかもしれない。マイヤーズたちが直面したように、われらを子供扱いする技術を持つ敵と会うかもしれない。

 どうなるのだ、これから?」

「技術を、変化を恐れるのは、まともです。われらバラヤー帝国は、多元宇宙以前でさえも、新しい技術による社会の激変で誰もが大変な思いをしてきました」

 マイルズ自身、新技術による社会の変化とは縁が深すぎる。彼の祖父ピョートル・ピエール・ヴォルコシガンは、剣と馬の世界からセタガンダに抵抗するため宇宙技術を手に入れて戦った英雄である。待望の孫は、母の胎内にあるうちに両親が受けた毒ガスの解毒剤の副作用で、ゆがんだ体のまま人工子宮で育った。奇形のある子を殺す伝統があったバラヤーで育ったピョートルにとって、マイルズの存在を受け入れるのは不可能ですらあった。

 祖父に命を狙われ、毎日のように最先端の医療を受けてやっと育ったマイルズにとって、技術の変化とその受容は存在そのものにかかわっている。

(〈白き月〉がトランスバール皇国にもたらしていたクロノ・ストリング・エンジンでは、400年で128の星しか統治できなかった……退廃と腐敗で足を止めたのだが、エンジンの性能がもっと高ければもっと広い範囲を開拓していただろう。

 それが、圧倒的な速度を誇るバーゲンホルム航法と、さらに桁違い……無限速度であるジェイン航法、さらにアンシブルによって一変するだろうな。

 それだけでなく、普通の人の生活だって、クリスの使いやすいコンピュータが普及したらどうなることか)

 マイルズには、見えていた。

 六つの時空ではもう、何百という無人機がジェイン航法であちこちの恒星を探査し、アンシブルで情報を送り返してきている。その何百はすぐに何百万となる。一つの時空に、恒星は千億の千億倍あるのだ……新しい航法では銀河間距離も無視できる。

 新技術による変化は、ローエングラム帝国でも予想されている。

「こちらで聞いた、あなたがしてきたこと……戦ったのはマイヤーズ長官やナッツミルク准将ですが、彼らを信じぬいたあなたの功績ですよ。それだけで、十分にラインハルト陛下にも肩を並べられます」

 シヴァは、ほんの数秒沈黙して微笑した。

「こう、気持ちが沈んでいたらそなたは、すぐに山登りに連れ出してくれたり、厳しいトレーニングを課したりしてくれたな。そして楽しい話を聞かせてくれた。

 そうそう、何度も話してくれたな、グレゴール陛下が家出されて、半ば売られて電気の仕事をさせられて喜んでいた、そなたは毎年二週間ほど塩鉱山で重労働でもさせればいいと思った、と。私もどこかで重労働でもすれば、気分よくなるだろうな」

 マイルズはすっかり恐縮し、エカテリンは目を丸くしていた。彼女は、グレゴールの「家出」の話は初耳である、当然極秘事項だ。今の彼女ならあらゆる機密が許されているので問題はない。

 シヴァもマイルズも、かつて多元宇宙の旅で、ともに敵の手から逃れ名もない森と鉱山の星で、数人の仲間と狩りで生き延びつつ鍛治を手伝って船を修理したこと……またシヴァたちを幼年学校式に教育しながら銀河鉄道で旅をしたことを思い出し、なつかしさに胸があふれそうになっていた。

「エカテリン、そなたにも話したいことはたくさんあるぞ。昔の旅でマイルズが……」

 悲鳴を上げながらも、彼にはシヴァとエカテリンの笑顔がまぶしく、うれしかった。

 

〈ALTE〉をマイルズたちが訪問していた時、そこでちょっとした噂が入った。

 人類が生きていた星は一つだけ……自力では宇宙にも出られず、資源枯渇や環境汚染によるじり貧を待つ星があるだけだったが、〔UPW〕の支援で急速に復興している。

〈黒き月〉ばかりでなく、白・赤・青・緑・黄の六色の月が次々と技術を出し、冥王星程度の星を短期間で多数の船・スペースコロニーに変え、農業や工業の生産も増やし続けている。

 虐殺はさせない。誰も餓死しない。働けば豊かになれる……それを徹底している。

 過剰な人口はそのまま労働力として、広い時空の開拓に回っている。

 そのうえで、ウィルのように先進文明を押しつけることはしない……ある程度住民の自主性、時空ごとの文明の成長を尊重するため、とても神経を使う仕事だ。

 

 さらに最近手に入れたバーゲンホルム、ジェイン航法、アンシブル。それらを用いた時空全体の探査も進んでいる。

 昔のクロノ・クェイク・ボムで孤立し滅んだ星も多くあり、遺跡が次々と発見されている。

 そんな探索担当者のあいだに、『蜃気楼の都市』のうわさが流れてきた。

「恒星も何もない星間空間に、ふっと二万キロメートルはある豪華な都市が見えて、そのまま消えるんだってよ」

「ん、んなばかな」

「予兆波は?」

「何もなし」

「ひょっとしたら、それがタネローンかもしれない」

 そう思ったマイルズは、ジェダイ学校を作っているルークを誘ってみた。リリィの母で師でもあるアイラ・カラメルもおり、剣術とフォースを教え合っている。

 彼女は迫害されている赤い眼の一族の生き残りであり、セルダールでは正直肩身が狭いのだ。

 その剣術は、ルークやシェーンコップですら足元にも及ばない。ヨーダでも勝てるかわからないほどだ。フォースを習得するのもあっという間だった。

 トランスバール皇国やセルダールの軍人も習いたがる者は多く、資質が高くダークサイドに落ちにくい者を選ぶのに苦労している。

 霊体であるヨーダとオビ・ワンも、文句たらたら手伝っている。ヨーダはルークどころかアナキンの訓練にすら反対したほど、幼児期から訓練する掟の時代の人だったので、特に文句が多い。

 ルークがそちらをやっていると、ハン・ソロたちは暇になる……が、彼らはひたすら、ミレニアム・ファルコンを新しい技術を全部つっこんで改良するという楽しみがあった。

 クリス・ロングナイフのワスプ号とファルコンの二隻は、あらゆる文明のテストベッドとしてひたすら強化改良が進められている。

〔UPW〕のタクトは、マイルズたちの探査のために巡洋艦を一隻動かしてくれた。ロゼル・マティウスとナツメ・イザヨイがつく。ルーク用にも戦闘機が用意された。

 ルークは、せっかくだからと学校ぐるみ連れていくことにした。

 

 

 そのころ、太助に先導されたクリス・ロングナイフのワスプ号は〔UPW〕からクロノゲートで金洲海に出た。

 全権大使としてランファ・フランボワーズも同乗している。

 斉王都に着いた太助は、王宮とはまったく別のぼろ寺に一行を案内した。

 やぶれ板の影から、いくつもの目が一行を見ているのがわかる……そして、太助が仏像の頭のぶつぶつを、いくつか順に触ると、突然足元の床が開いた。

 そこから、柔らかく照明された長い地下通路が通じていた。

 光が見えて、出ると、そこは明るい王城の真ん中だった。

「いざというときの脱出路も兼ねるのね、でも」

 それを教わっている、深い信頼を意味している。

 光に満ち、木々と池の中のあずまやの、大きいかまどに見せかけた出口から出た一行を、竜が待っていた。

 若い男。右脇には柔らかな印象の美女。左には、魁偉な巨体の僧侶と、柔らかな羽扇を持つ優男。

「兄き!」

「太助、よく帰ってきてくれた!」

 満面の笑顔で、覇王は雑兵時代からの親友、年齢より若く見える凄腕の密偵を迎えた。

 クリスたちが目を丸くしているのを見て、雷も太助も大笑いしていた。

「お姫さん、やっぱり全然信じてなかったろ!」

 兵募集の張り紙を見て応募し、雑兵から雷・太助、破戒僧で今は近衛隊長の雲海和尚はともに戦ってきた。

 雷が小隊長から師団長、王と出世しても絆は変わらず、雲海と太助は主に裏から助けてきた。太助は敵の軍師を陥れたことがあるし、雲海は雷の側室の一人、旧主の娘である麗羅を保護した。

 クリスたちは、その話は話半分に聞いていた。だが、目の前にあるものを先入観で否定するほど愚かではなかった。

 新王の笑顔には、へだてがない。

 そして、その瞳が使者たちを射抜く。百戦錬磨の二人が圧倒された。

 明らかに、前線で戦いぬいてきた兵士の迫力。クリスの曽祖父レイ王をしのぐ圧倒的なカリスマ。

(ラインハルト・フォン・ローエングラム皇帝やデスラー総統と……比べられるほど、わたしの物差しは大きくないわ)

 クリスはその目を見るだけで、吸いこまれそうだった。

 ランファも呆然としていた。いつものように、いい男と騒ぐ余裕などない。

「〔UPW〕のランファ・フランボワーズさまに知性連合のクリス・ロングナイフさま、斉王都にようこそいらっしゃいました」

 雷の正室、紫紋がしとやかに一行を迎える。深い気品のある優しい微笑に、使者たちはこれまた圧倒されていた。

「素晴らしい美女をお迎えでき、うれしいですなあ」

 軍師の師真が、こちらは遊び慣れた優雅さと、綿中の恐ろしく鋭い知性で客を測っている。クリスもランファも、その針を見落としはしなかった。

「タクト・マイヤーズ〔UPW〕長官は、太助殿の功績に大変感謝しております」

 ランファが圧倒されながら、必死で感謝を伝える。

「何かやったんだな。どんな旅だった?」

 雷の声と目配せに、衛兵たちや忍びの気配が消える。残った者は機密を聞くことを許されているようだ。

 そのまま、長い冒険談が始まる。

 太助は話しながら次々と、デスラーやラインハルト、シヴァやタクト、レイ王からの手紙……高度な技術で作られたホロビッドやタブレットを渡し、使い方を教えて見せている。

「こりゃすげえ。これが将兵にいきわたっていたら、いくさはまるっきり変わるぜ」

 雷はにっと微笑する。

(頭もいいようね)

 ごく、とクリスののどが鳴った。

 短い話だけでも午後いっぱいかかり、そのまま酒食を持ちこませて話をつづけた。

 クリスも、あちこちでさまざまなものを食べてきた。珍しいごちそう……熱した油をかけた大魚、香辛料の強い細肉と野菜の炒め物、太い麺、熟成期間が非常に長い酒なども、おいしく食べた。

「その麻薬商人や海賊の話は前も出たな、師真」

「ああ。ものすごくしっぽをつかみにくい。それほど高い技術があり、下手に戦ったら全艦隊でも返り討ちにされかねないとは……総攻撃をしなくてよかったな」

「その件は、レンズを持った人に任せるのがいいでしょう。あの人たちは心を読めます、心の中に伝えたいことを浮かべていれば、それで伝わりますよ」

「しゃくにさわるな。宮廷にも入ってると思った方がいいな、気をつけておいてくれ」

「はい」

 紫紋の厳しい表情に、使者たちはあらためて見直した。

(戦国の女ね)

(ただのお姫さまじゃないわ。太助が尊敬しているわけね)

「あちこちの薬物の、症状のリストです」

 クリスが渡した紙束を、紫紋はふたたび柔らかな雰囲気で受け取る。

「ありがとうございます」

 三人それぞれから話を聞くだけでもかなりかかった。

 クリスが改めて驚いたのが、太助の報告だ。彼女と何十人もの一行は全員、録音録画つけっぱなしですべてを記録している。それを総合できる彼女より、太助は細かいところ、重要なところをよく見、しっかりと記憶している。

 服装、歩き方、庶民の飲食物。どんな商売が売れているか。交通機関、その運航の安定度。政府に対する人民の不満、公務員の腐敗。貧困層の暮らしぶり、麻薬中毒患者がどれぐらいいるか。どんな娯楽が流行っているか。

 また下層の、使用人層のうわさを通じて、どの時空でも有力者たちの人間関係をよく知っている。誰が誰を嫌いか、どの奥方が誰と不倫しているか、誰が本当は同性愛者や禁止された宗教の信者か、誰の好きなものが何か、誰が危険思想を読みその弱みを誰に握られているか、誰が本当に忠実か……恐ろしいほど広く知っている。

(この話を、オーベルシュタイン元帥やケスラー憲兵総監が聞いたら絶叫するわね)

 何よりクリスが恥ずかしくてならなかったのは、自分が何も知らないグリーンフェルド本星の内情も地理も軍事配置も、ひと月足らずで調べ上げていたことだ。

(至急マクモリソン、いやトラブルおじいさまに送らないと!いいえ、これは私に聞かせていい部分。本当のところは主君だけに話すつもり)

 クリスの口はふさがらなかった。

 それから、ランファはいくつか貿易に関する話をまとめて〔UPW〕に帰った。

 クリスは太助とともにしばらく新五丈で麻薬売人(ズウィルニク)狩りに精を出し、また旅立つことになった。

 

 

 半年近く、虚空を駆け回ったマイルズたちが見つけたのは、光り輝く蜃気楼のような都市だった。

 時には別の時空に戻り、巡洋艦は艦隊に返して戦いを遠くから見守ることもあった。

〈EDEN〉の星々で、麻薬商人を調べ出す仕事もした。

 

 マイルズはどうしようもない長逗留になっている。〈ABSOLUTE〉でもトランスバール皇国でも、頼られては仕事を引き受けてしまった。

 傭兵隊を率いていたマイルズの、軍を管理し教育する能力は、〈ABSOLUTE〉軍の増員・ジェダイ学校の基礎づくりに大いに重宝された。

〈ABSOLUTE〉で活躍しているエレーナ・ボサリ・ジェセックを助けても、幼馴染で元上官であるマイルズ以上に息が合う者もいない。

〔UPW〕長官のタクトもシヴァ女皇も、これ以上なく頼っている。

 レンズマンの銀河、ローエングラム朝銀河帝国、〈百世界〉と、すでに伝統と高い国力がある国々との貿易・外交でも、故郷銀河の全域で豊富な経験を持つマイルズの精力と経験は恐ろしく重宝される。

 ボスコーン=ピーターウォルドの麻薬商人(ズウィルニク)狩りでも、それこそ今の本業である皇帝直属聴聞卿と同じく、調べかぎつける能力が高く評価される。

 もともと桁外れのエネルギーを持てあまし、膨大な仕事がなければ生きられないマイルズと、多元宇宙の膨大な仕事の山……離れるタイミングがつかめない。

 造園デザイナーである妻のエカテリンも、いくつもの仕事を引き受けて忙しく働いている。トランスバール皇国でも仕事を得た。特にローエングラム銀河帝国で彼女のデザインが流行し、ミッターマイヤー元帥の、いまだ現役植木職人を誇る父親とも意気投合している。その縁を通じて皇帝代理であるアンネローゼ・フォン・グリューネワルト大公妃やヒルデガルド・フォン・マリーンドルフとも、また多くの高官の妻や母たちともすっかり親しくなった。

 

 ルークの、フォースに目覚め始めた生徒が、戦闘機や省力艦を操縦し、戦場に出て活躍することもあった。その成長度の高さに、ますます入学志願者は増えて、選ぶルークは大変になる。

 

 そんな生徒たちとともに、やっと見つけた謎の都市。百光年にわたり星ひとつない暗黒星雲に浮かんだ都市は、ちょっとした惑星ほどもあった。

 全体像を測ることはとてもできない。別の角度から飛ばした無人機は、まったく別の映像を送る。波長によっては何も存在していない。

 重力波は、星系規模の巨体を感知していた。

 見える形だけでも、無数のひらめく輝きが、たまらなく美しい交響曲のように響き合い、絡み合っている。

 大艦隊が激しく入り乱れて戦うようでもある。

「これが、タネローンか」

 マイルズが呆然とするのに、集中したルークが首を振った。

「これは違うな」

「コンテナを取り付けるついでに次元潜航艇技術を調べておいたおかげでわかったわよ。あれは、半径……0.4光年ぐらいあって、次元潜航艇でもある生き物の、潜望鏡ね」

 ついてきたノアが肩をすくめる。

「潜望鏡で、あれ?」

「生き物というのも正確じゃないわね。何なのか、人間の言葉には近いものもない」

「そんなのが襲ってきたら大変だな」

 ハン・ソロがつぶやくが、

「いや、あれに敵意はない。というより、人類やその産物なんてあれには、見えてすらいない」

 ルークが首を振った。

 

 多元宇宙は、いや一つの宇宙でさえも、どれほどさまざまな驚異に満ち人は何も知らないか……そのことを思い知るほかなかった。

 

〔UPW〕に戻ったマイルズが報告して、何か言い出しにくそうにしているのを、レスターは敏感に見取った。

「そろそろ一度帰りたい、か?」

 マイルズは苦笑した。

「ここも素晴らしく居心地はいいですよ。ニッキも教育してもらっているし、エカテリンも専門の造園や、それ以外のこともたくさん教わり、いくつかの仕事をもらっています。

 ただ、やはりヴォルコシガン卿としては、復命して報告すべきことがたまっています」

「それはそうだろう。ただ、〈ABSOLUTE〉から最短距離になる五丈経由は、バラヤー行きの門が封鎖されているそうだ。ミントがエレーナ夫婦を連れてきた道は、戦争中の時空を通る上に半年はかかる」

「そう、多元宇宙が広いのはわかっています。ですがそれも、バーゲンホルムとジェインを使えば、今後は狭くなるでしょう」

「それはそれで、大変そうだな」

 実務を一手に引き受けているレスターは深くため息をついた。

「そういえば、あのパルパティーン帝国包囲作戦はどうなりました?」

 タクトたちはルークやクリスから話を聞き、多元宇宙にとって最大の脅威になりうる侵略的帝国についての対策も考えていた。簡単に言えば、複数の時空が協力した包囲網である。

 

 新しい大戦勃発の知らせと、エリ・クインらバラヤーからの使者が訪れたのは、ちょうどその時だった。


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