第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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銀河戦国群雄伝ライ/時空の結合より2年8カ月

 練は奇妙な動きをしていた。

〈ファウンデーション〉の、無政府状態の時空を攻め、そして世界連邦の星の一つを蹂躙し……突然、羅候は軍を返し、五丈に襲いかかってきた。

 

 どれほど凶暴な軍でも、勝利が続き占領地から富を得ようとすれば、どうしても生き残りを奴隷としてしまう。奴隷とした女も、共に暮らし子が産まれれば情も湧く。

 二年に及ぶ侵略、侵略者の側も変化なしにはいられないのだ。

 モンゴル帝国はそれを恐れ、宮殿を作らず草原のテントで暮らそうとしたが、結局は都の誘惑に呑みこまれた。

 旧約聖書にも、皆殺しの神命に従わず罰を受けた者がいる。

 

〈世界連邦〉の境界近くにある星で、差し出された奴隷の中にいた、恐ろしく痩せた奇妙な芸人……そのヴィジフォンと曲芸は、最前線に出ていた羅候に献上されるほどのものだった。

 だが、その芸人はいつしか消えていた。彼の演奏、そのあとさきを覚えている者はいない。

 歌が気に入らぬと猛獣の檻に落とされて食われ、煙突の排気に放りこまれて蒸発した捕虜は、数えるのもばからしい。誰も関心すら持たないことだ。

 そのとき、姜子昌は新五丈に攻め入る準備をしていて、別行動をとっていた。のちに彼は、それを痛恨の思いで思い返すことになる。

 

「この時空は、今はここまでだ。変なのも入ってきているしな。

 五丈を攻め落とし、心理歴史学を手に入れるんだ!」

 羅候の叫びに、特に武官たちが喜びの雄たけびを上げる。むろん、心理歴史学など知らないで。

 ヒトデと接触している艦隊の、多くの犠牲と徒労感もある。相手は人間ではなく、食欲だけのテレポーター。対抗のしようもない。

「心理歴史学など儒者の戯言です、今は」

 姜子昌が諫言しようとするが、羅候は激しい怒りを叩きつけた。

「黙れ!誰が主だ」

 親友でありながら忠臣でもある。

 それがどれほど……言葉にできぬ厄介事か。五丈の大覚屋師真も、今はなきジークフリード・キルヒアイスも、知っている。後者は命を捧げ、前者も常に族滅腰断の覚悟はある。

 アレクサンドル・ビュコックは死に際、ラインハルトに、

(専制君主に、友はない……)

 と伝えた。ラインハルトは言われるまでもなく、胸の風穴とともに知っていることだが。

 オーベルシュタインは、ラインハルトに嫌われることを選び、そのジレンマを回避している。

 姜子昌は、忠臣であることを選ぶほかなかったのだ。羅候が聞く耳を持たなくなった今。かすかな疑いは、抑えつけた。考えないことにした。考えてしまえば、すべきことが重大すぎるのだ。

 

 羅候は奇妙にも姜子昌を遠ざけ、竜緒らの言にも耳を傾けなくなり、武断のみの将を愛するように変化していった。

 そして、炎の激しさで五丈に攻めこんでいった。

 

 

 五丈王の竜我雷は、同盟国である西羌を助けるべく出陣していた。

 そこに、報告がなだれ落ちる。

「わけがわからないことになったな。あの毛玉どもに、羅候に……」

「ええ」

 林則嘉と大覚屋師真が目を見合わせ、ため息をつく。

「どこであんな艦隊を手に入れたんだろうな」

「玄偉は、もともと妖魔みたいなもんだって話だがなあ」

 

 星々のない、空虚な方面から奇妙な艦隊が攻め寄せてきた。

 掲げる旗は、玄偉。五丈の母体、比紀弾正の四天王と呼ばれた男だ。弾正の死後、同じく四天王であった骸羅が後継の座を奪った折に一度は斬られたとされる。だが斬られたのは影武者であり、偽帝討伐に起った竜我雷に先んじて骸羅を討ち、雷と対立し、妖術を用いて消え失せた。

 四天王時代持っていた軍は解体され、一兵もないはずの彼。だが現実に艦隊がある。

 新五丈全艦隊に近い数。しかもどの艦も一回り大きく見える。

 兵たちが奇妙に表情に乏しいことも、報告される。

 

「さて、どうする?」

「国をとった時と同じだな。できることを、確実に。失敗は許されない」

 骸羅を討った雷たちは、暴政に破綻した国に愕然とした。だが行政官としても優れる師真は、大風呂敷を広げず優先順位をつけ、民の生活から的確に国の再建を進めた。それによって民の信頼を得たのだ。

「ただでさえ少ない軍を三分するのは愚行だ」

 師真の言葉は恐ろしい意味を持つ。残りの二つには最低限の軍しか送らない、見捨てるということだ。

「並行時空からの援軍も考えられる。あてにするのは愚かだが。〔UPW〕は、一つの時空内での争いには干渉しない、だが別時空からの侵略は止める、だったな」

「つまり、毛玉との戦いには手を貸してくれる、よな?」

 雷の視線に、違う服装の男が身をすくませる。麻薬商人狩りで残っている、レンズマンだ。並行時空とも即時通信が可能な、生きた電話でもある。

「はい、援軍は行動を開始しています。先遣隊としてリプシオール級戦艦2隻、ザーフ級戦艦2隻、バーメル級巡洋艦8隻、スパード級駆逐艦14隻、大型輸送艦2隻。2日以内にこちらに到着できます」

(タクト・マイヤーズ……逐次投入をするバカなのか?太助の報告が正しければ、万単位のはずだ)

 師真は一瞬思ったが、

(ああ、素早く動かせるのを先行させて情報収集か。リプシオール級は最新と聞く、少数精鋭だな。最強戦力のルクシオール級は温存か?)

 思い直した。

 太助らの調査から、〔UPW〕の戦力もかなり把握している。新五丈は情報収集をきわめて重んじる。

「よし。毛玉どもは〔UPW〕と項武に任せる。玄偉は孟閣を中心に足止め。オレの本隊は練を迎撃する」

「おうよ」

「はっ」

 方針は成った。あとは実行するだけである。

 くろがねの艦が方向転換し、慣れ親しんだ敵に向かう。

 そして雷は、異邦からの援軍を待ち、情報分析を続けた。

 

 

 斉王都がある、五丈の中枢を攻撃してきた玄偉艦隊を前に、孟閣を中心とした守備軍は必死の防御戦を続けていた。

「くそう……」

 孟閣軍は、豊富な実戦経験から冷静に現実を見ていた。

「まともにやって勝てる相手じゃない、敵の足を遅らせるんだ!」

 数が少なすぎるが、厳しい訓練で統制がとれた五丈軍は善戦していた。

 突出し、砲撃し、反撃される前に方向転換で抜ける。

 敵が追おうとすれば、そこに第二の戦列がきていて砲弾をぶちこむ。その間に第一陣は抜け、反転して補給を受け、再び前進の速度を得る。

 

 攻撃力そのものは向上していた。〔UPW〕からの交易で手に入れた化粧品の一つが、五丈原産の樹脂に混ぜると強力な爆薬になるのが判明した……半ば事故で。

 それで、徹甲榴弾の威力は4倍近くになっている。

 また、〔UPW〕から輸入した通信機能がついた携帯ゲーム機も、通信統制を大幅に高めて戦力を増している。シミュレーションゲームのエディットモードで地図を含めて行動を指定し訓練を効率化し、カードバトルゲームで暗号化した命令を出し、計算教育ゲームで下級士官の教育水準を高めた。ほかにも用途は次々と見つけ出された。

 五丈から〔UPW〕には、刀や革武具、書画、手作りの陶器、かすり苧麻布などが高く売れている。

 

 猛訓練と実戦経験。たたき上げの五丈兵は、かなり下の方の兵でも白兵戦だけでなく大砲・機関、操艦も手広くできる。

 新兵も徹底的に教育する。それは除隊後も技術水準・生活水準を高め国力を増す、と林が強く勧めたことだ。

「竜王陛下は必ず助けに来る!希望を持って戦い続けろ!」

 激しい叫びが何度も、疲れた将兵を鼓舞する。

 

 武王都。

 旧都で、骸羅の暴政と遷都で荒れてはいるが、銀河の要衝である。

 守る鄭衆は、敵の大軍におびえて降伏を口にした。

 そこに、一人の衛兵が口を開いた。もとより死も覚悟の上で。

「この武王都は交通の要衝。竜王陛下が母と慕う狼刃将軍の墓所、聖地ともいうべき場です。救援は必ずあります」

「だが、今この時、このわずかな軍勢でどう、あの大軍を防ぐというのだ!」

 晏石は衛兵の身分で、雲の上の将の怒りを静かに受け止めた。

「玄偉は智謀の将、敵城を戦わずに落とすのを得意としていました。

 それがしが玄偉ならば何よりうれしいのは、こちらが内紛の上に内通することです。それを餌にしておびき寄せ、酒と宝物を。

 そして敵を青稜関、巨大水惑星の環と衛星が作る閉所にとどめるのです。あそこはもとより風光明媚の地としても知られます。

 酒には強い蒸留酒を混ぜ、援軍の到着を待って、酒を運ぶといって油を積み火船を送れば閉所での火事となります」

 主君と敵の心理生理、天文地理をも読み切った、見事な理路。

 怒りに流されず耳を傾け、聞きいれた鄭衆も見事だった。

 偽りの内紛と内通の知らせに、かなりの数の敵艦が押し寄せてきた。

 そこにいたのは、古く頭の固い、使えない貴族や不満ばかりたれる悪党、だがその多くは半ば人間を失ったよう。ある者は肉体の一部が肥大し、ある者は奇妙な顔色をし、ある者はわけのわからない生物を表面に寄生させている。

 だがそれでも、欲望は以前より激しく、酒と宝物によだれをたらして食いついた。

〔UPW〕との交易で得た品の一つ、アルコール95%に及ぶ高濃度の蒸留酒を混ぜた酒は、一日、また一日と時を稼いだ。

 

 稼いだ時は報われた。

 一度目は失望に終わったが。

 

「やっと救援だ!」

「いえ、その……智の旗なんですが」

 孟閣軍はパニックになりかけた。

「おい五丈軍、味方だ!智の趙晋だ!正宗さまじゃない紅玉さまのご命令で、新五丈を助けよと」

「予もいるぞ。幼名は虎丸、正式に元服し、正宗号も継いだ!」

 若すぎる男子の姿に、五丈艦隊は驚きを隠せなった。

「われら、智と連合しているバラヤー艦隊だ」

 先行して到着したのは、智艦隊60隻と、超光速に改装した大型バラヤー戦艦が7隻。メガロード航空隊を乗せたダイアスパー艦一隻と、10隻少々の飛竜艦隊も混じる。

 残る主力はゲート近くで隊形を整え、補給を受けているところだ。

 超巨大艦は、それ自体の速度がいくら速くても、そんなに早く動けるものではない。

「なぜ智が」

「そう聞きたいのはこっちだ。紅玉さまの命令なんだ、これは必要だと」

 趙晋が苦々しげに言う。

「ヴォルの誇りを見せるためだ!敵はどこだ」

 ヴォルたちはたぎりきっている。

「まあ……」孟閣は首を振り、気持ちを入れ替えた。

(智とも何度も戦っているが、向こうもそれはお互いさまだろう。ありがたい、それだけだ)

「感謝する」

 と、玄偉の艦隊を指し、情報を送る。

 驚いたのが、援軍のスピードだ。とんでもない速度で突進し、かなり離れたところから射撃を始めている。

 それがしっかり命中するのだ。

「艦の速度も、砲の威力・射程・連射速度も7倍なのだ!」

「われらのスクリーンは、通常のミサイルやレーザーなど通しはしない」

 確かに、強い。知っている智の艦隊より、はるかに。

 だが、エリ・クインのすさまじさを見ている将兵は、わずかな疑問を持った。

(あの女傭兵は、あんなものではなかった……)

 このことである。

 だが、勇猛でうれしい味方には違いない。

「援軍に笑われるな!」

「智の誇りを!」

「ヴォルの名を!」

 激しい名誉欲、敵を滅ぼしたい望み。

 孟閣の艦隊は日ごろの猛訓練で、かろうじて艦隊の体はなし、そのために少し遅れている。わずかに、飛竜の艦隊も遅れる。

 それが命運を分けた。

 従来の戦闘速度の5倍で、鋭利な艦首衝角が敵艦にぶち当たる。普通ならぶつかった自艦が粉砕され、急減速で乗員も潰れるところだ……だが桁外れの船体強度と人工重力装置がある。

 もちろん、敵は圧倒的な運動エネルギーでものすごいことになる。前方が強烈な衝撃で爆発するように粉砕され、後半も引き裂かれる。

 血に飢えた兵が乗り移り、激しい戦いを始めた。

 バラヤー艦隊も激しく敵に襲いかかる。敵の砲撃をスクリーンで防ぎ、従来よりはるかに長い重力内破槍でぶち抜き、兵員を送る。神経破壊銃、プラズマ・アーク銃、ニードルグレネードで撃ちまくり、殺戮に酔う。

(おかしい)

 イワン・ヴォルパトリルは嫌な予感がした。とある親戚のせいで、彼は嫌な予感にはやたらと敏感なのだ。

 そして孟閣も、歴戦の勘からわずかな不審を感じていた。

 だが、殺戮と勝利に酔う艦隊は、次々と数に勝る敵に襲いかかり、隊列も何もなく艦と艦の混戦、泥沼の白兵戦を繰り広げている……

 輝は飛び出て戦いたくて仕方がないのを、イワンが止めていた。

 そして血まみれの兵が艦に戻る。

「手ごたえのない!」

「勝利は確実だ!」

「見たか、新兵器などいらぬ。この刀と闘志さえあればよい!」

 そう叫んでいる将たちは、コンピュータの警告シグナルなど見てもいない。

 そして足元の、自分の鎧から垂れる血だまりが、静かに動き出すのも見ていない。

 突然。

 血だまりが、ポンと飛んで将の顔を覆い、口鼻をふさぐ。

 占領したはずの敵艦で、倒したはずの敵兵が動き出し、倒した時とは比較にならぬ力で、斬られても刺されても構わず暴れ始める。

「ああ」

 すべての通信が、恐怖の悲鳴に満たされる。

「な、なんだなんだ、ひるむな、戦え!」

 将の叫び声も届かない。最前線は混戦で、ほとんど統制も取れていないのだ。

「罠か……あの艦隊は、アンコウの、魚のふりをした釣り針でしかなかったんだ!人間を引き寄せるために、人間の艦隊の姿をしていたのか!」

 孟閣が叫び、かろうじてとれていた統制を利用して艦隊を引かせ、遠距離射撃に切り替えた。

 だが、戦線はもはや地獄……〈混沌〉そのものと化していた。

「あんな、あんな化け物に斉王都を蹂躙されてはならん!戦え!」

 そう叫ぶ五丈軍も絶望していた。

 おぞましいことに、敵と戦っていた五丈も智もバラヤーも、将兵が次々に艦そのものと融合し、巨大な怪物となって味方に牙をむきだしたのだ。

「うおおおおおっ!」

 その中で、激しく戦い続けるライトニング3の姿があった。

 動く血だまりに追いつかれる直前、輝は脱出ボタンを叩き、席ごと艦橋に直結している可変機に乗った。イワンが智王を抱え、スピードと防御を重視した脱出艇に。

 イワンはスピード狂だ。そういう年ごろのとき、マイルズ・ヴォルコシガンと危険運転で競い合ったものだ。だからフライヤーと操縦系が似た、だが速度は何十倍もある脱出艇で、常人には思いも及ばない機動ができる。

 即座に、輝の部下三機も合流した。

「脱出艇を守れ!」

 と輝が命じ、襲ってくる敵に抵抗を続ける。四機編隊、リミッターを解除し、両腕からマクロスキャノンに匹敵する威力の砲を放つ。

 それに四隻ずつ巨艦が消し飛ぶが、それでも数にまさる玄偉の艦隊は押し包もうとする。

 艦隊、というのは適切だろうか。いまや宇宙を駆ける、奇妙な巨大生物の群れといった方が正しい。

 自在に形を変えて動き回るスライムもいた。

 雪の結晶のようななにかもいた。

 長い体のいたるところから長い触手をはやした怪物もあった。

 怪物たちに囲まれ、一機また一機と呑みこまれるライトニング。

「ばかやろう、無理するな!」

 輝が叫ぶが、

「命令違反常習犯の命令は聞けませんねえ?その坊やが死んだら未来ちゃんの命もないんだ」

「そうそう……ぐふ……今だから言いますけどねえ、オレはロリコぐぇっ!」

「無理はしませんよ、一秒でも生き延びて戦い抜いてやる」

「あ……ああ……」

 そこに十隻ほどの小艦隊と、一隻のダイアスパー艦が襲いかかった。メガロード軍の艦だ。

「全制限装置解除!全力攻勢に移る。計算機、敵を分析して、最適の攻撃を選択してくれ」

 飛竜の声とともに、智の標準巡洋艦が変形し、分厚いスクリーンに包まれる。

「全機出撃!リミッター解除」

 何十というライトニング3が飛び立つ。

 そのすべてが自力フォールドし、脱出艇と隊長機を抱え、戻る。

 多数の小さい結晶を置き土産にして。

 それに食いついた怪物艦たちは、奇妙な悲鳴を上げた。

 表面が結晶と化し、そして全体に結晶化が広がり……そして突然、大爆発したのだ。

 さらに飛竜艦隊は、まだ何天文単位も離れているのに、砲塔を動かした。

 砲は反動に後退しているが、砲口炎は出ていない。いや、砲口が消えている。

 ……巨大化し苦悶する趙晋はじめ将兵の額に、突然虚空から大砲の先端が出現し突きつけられた。

 炎を吐く。

 大穴が開いた。

 大したダメージではなさそうだ。

 砲口が消え失せる。

 だが数秒後……その穴の奥で、何かがうごめき始めた。

 黒い炎が噴き出す。

 大量の膿があふれる。

 黒い死。艦の大きさの巨大な生物が、激しくのたうち腐り果てていく。重い病で悶え死ぬ十日間を、数時間に短縮するように。

『敵は〈混沌〉、エントロピーの怪物を中心に人間の悪意や艦船そのものが融合したもの。その融合副産物で高速繁殖して超強アルカリを分泌する、古細菌と極微小自己増殖機械の融合体を放ちました』

 飛竜の艦で、冷淡な声が解説した。

「任せる。敵を滅ぼせ」

『イエス、マーム』

 冷徹な命令、機械音声の無感情な応答。飛竜艦隊が次々と、無声の砲撃を始める。

 多様な……つい今しがた智・バラヤー連合軍を呑みこみ取りこんだ敵は、その敵に合わせた弾を撃ち込まれ、内部から次々に崩壊し崩れていった。

 結晶は正確な打撃で粉砕される。スライムは内部でとてつもない数の線虫が繁殖し、破裂……その線虫は別のスライムに感染し、別の化け物にも襲いかかる。

 その攻撃は、〈混沌〉より恐ろしいものでさえあった。

 かろうじて逃れている孟閣艦隊の艦船は、嘔吐の海になっていた。

 それに追いつこうとする、汚水の洪水のような〈混沌〉に数十機のライトニング3が立ちふさがり、一斉に両腕から砲撃を放った。

 マクロスの主砲に匹敵する熱衝撃砲と、ミニブラックホールが次々と敵をえぐり、呑みこんでいく。

 

 武王都にも大型艦が救援に着いた。

 同時に、人間であった欲の怪物たちが油を積んだ火船に焼かれる。

 遠くに待機していた、引っかからなかった敵も、斉王都で見かけたよりおぞましい本性をあらわにした。

 普段見る生物の論理とは全く異なる、想像を絶する姿だった。

 高貴薬にセミから生えるキノコがあるが、まるでそのように戦艦が変形して腐り、そこから内臓のように不気味な何かが屹立し、おぞましい色の液をまき散らす。

 鉱物・金属・動物・植物の区別がない、すさまじい存在だ。

「〈混沌〉……」

 智者たちは、そういった。

 

 惑星サイズのダイアスパー艦は、怪物に容赦ない攻撃をかけた。

 先に小型無人機を飛ばして膨大な情報を収集し、敵に最適な生物化学ナノマシン兵器を瞬時に合成する超技術。

 敵も、人間ならぬ力、現実の理(ことわり)を越える存在、おぞましい力で反撃してくる。しかも尽きる気配もない。

 

 

 

 ベア=カウ族に襲われる西羌に、信じられないほど早く〔UPW〕軍の援軍が来た。

〔UPW〕もあちこちに戦線を抱え、ごく少数の先遣隊のみ。

 それでも、雷はあつく感謝してから六紋海に向かった。

 援軍を率いるのは元ムーンエンジェル隊の烏丸ちとせ。

 元同盟少佐スーン・スール……元の名はスーン・スールズカリッターがついている。

 パイロットとしてロゼル・マティウス、オリビエ・ポプランと最上級のエースもいる。

 

 ベア=カウ族の巨大戦艦と、五丈・西羌の連合艦隊が対峙している。

「竜我雷だ。援軍に感謝する」

 覇王からの通信に、ちとせは思わず圧倒されかかった。

「〔UPW〕の烏丸ちとせです。時空間の侵略を防ぐのが〔UPW〕の方針です。

 ただし先に交渉をさせてください」

「わかった。任せた」

 と、雷は素早く主力を六紋海に向かわせる。

 ちとせは軽く息を整えて仕事にかかる。

 自らのリプシオール級戦艦を前進させ、

「ラウールさん」

 グレー・レンズマンが軽くうなずく。

「前方スクリーン最大。あらゆる波長で、休戦・友好、停戦条件を求めるメッセージを。攻撃されたら反撃できるよう、無人戦闘機も準備しなさい」

 人数は最小限の半自動艦が鋭い加速でベア=カウ族の巨大戦艦に肉薄する。

 もちろん、猛烈な攻撃が撃ち込まれるが、スクリーンを抜くことはできない。

 

 ひたすら敵の攻撃に耐えつつ、ベア=カウ艦の兵器とエンジンを破壊し、交渉しようとする。

 言語の問題はない、レンズマンがいるのだ。

 だが、報告は芳しくなかった。

「だめですね。遺伝子によるプログラミングが非常に強い。単純なロボットのようです。

 ひたすら自分たちと、自分たちが許す生物以外、すべて捕食者だから皆殺しにして土地を奪え……その命令、感情が圧倒的に強い。

 自爆も辞さない狂信者と、本能で動く昆虫の中間といえばいいでしょうか。

 どうやっても交渉はできません」

「せめて侵略を止めることは?」

「わずかな合理性はあります。攻めた軍が何度も全滅したら、侵攻を止めて妥協するかもしれません」

「なら、そうしましょう」

 ちとせの言葉にスーン・スールがうなずき、全面攻勢が始まる。

 

〔UPW〕の艦隊は、トランスバール皇国軍を母体としている。

 それに〈黒き月〉、ヴァル・ファスク、そして〈NEUE〉のナノマシンや魔法の技術、解析できた範囲だがウィル艦隊の技術も加わっている。

 さらに時空の結合以来、ほかの時空からの技術流入もある。

 名前こそ、機密保持のために従来の皇国軍艦のものだが、別物だ。どの艦にも、両脇に大きな筒がついているように見える。

 

 エンジンは従来のクロノストリングエンジンに加え、レンズマンからバーゲンホルムと、(本来はボスコーンの)近くの恒星のエネルギーを受け取るシステムを手に入れた。

 さらに、両脇の筒……ヤマトからイスカンダル式波動エンジンの技術を手に入れ、改良して大量生産した、160メートルの小型無人艦である。

 ついでに言えば、ヤマト式の小型無人艦とは、完全には一体化していない。柔軟なホースと牽引・圧縮ビームでつながっているだけ……噴射方向を変えることができ、高い機動性につながる。

 エネルギーも何百倍にもなっているし、推進剤も必要としていない。

 しかもバーゲンホルムにより、桁外れの速度で、しかも重力が不安定な場所での超光速航行も可能だ。

 

 攻撃は波動砲とショックカノンが主となる。ショックカノンは従来のレーザーやレールガンより大きいエネルギーを叩きつけられるし、実弾兵器も発射可能だ。

 そして分子破壊砲(リトル・ドクター)……惑星、要塞、接近しすぎている艦隊、すべて光速の連鎖反応で分子のつながりを断たれ、完全に破壊される。

 波動砲に匹敵するクロノ・ブレイク・キャノンもかなり小型化され、リプシオール級に搭載されている。

 特筆すべきなのが、多くの艦に積まれている魔法兵器。それは物理攻撃が通用しない相手にも有効だ。

 

 速度が速く、自分を仮想敵とすれば攻撃力が強すぎるので防御は重視されていない。が、バラヤーから手に入れたスクリーンはレーザー・ミサイルとも事実上完全に防ぐ。

 加えてネガティブ・クロノ・フィールドを瞬間的に、特定の方向にだけ張ることもできる。逆位相相殺のリスクもあるが、どんな攻撃も別時空に流してしまう絶対防御だ。

 バーゲンホルムで無慣性状態になることも、多くの攻撃を無効にする。

 

 内部のコンピュータも恐ろしい水準だ。

 アンシブルにより光速の壁さえ打破され、クリス・ロングナイフがもたらしたネリーの技術が加わる。

 さらに三種族の技術も、〈青き月〉〈白き月〉が解析できた範囲で加わっている。

 

 どの艦も、12メートルほどの小型無人戦闘機を積んでいる。戦艦で20機ほど。

 ベースはX-ウィングだが複雑な変形機構はなく、ラグビーボールのような形だ。

 紋章機の圧倒的な戦力と比べれば、そんな小型機は無力……そう思う者もいるだろう。だが、一種のテストとして、必要十分な機能の無人機が試されることになった。

 クロノストリング・エンジンは一本も積めない。だが、バーゲンホルムとハイパードライブがあって超光速航行可能、波動魚雷を4基と分子破壊砲を搭載している。あとは自衛用の機銃だけ。

 要塞どころか惑星すら破壊でき、密集した艦隊も一掃できる分子破壊砲がある以上、攻撃力は十分とされた。

 何よりも極超光速と、通常状態での高機動性がある。

 無人なので失っても惜しくないし、小さいので安価ですぐたくさん作れる。

 むろん、艦そのものが高速で接近し、多数のミサイルをばらまいてもそれほど変わらない。だが危険なところを攻撃したり偵察したりするのに、高価な艦を使いたくない局面もある。

 

 次々と、巨大要塞が分子破壊砲で破壊されていく。

 だが、ベア=カウ族はとにかく数が多く、圧倒的な数の巨大有人ミサイルで攻撃を続ける。

 それが次々とショックカノンに撃墜され、弾幕を抜けて艦に迫り……標的となった艦は瞬間移動と思える速度でかわし、数秒後には元の場所に戻る。

 

 

 

 

 羅候との対決にはやる雷は、練軍にふと違和感を感じ、探りを入れてみた。

 本来なら殺戮で手間取るはずの南京楼にも、ほとんど時間をかけていない。まるで狂ったように、六紋海の、ニセ心理歴史学研究所に向かっている。

 ベア=カウ族との戦いで手に入れた巨大艦などは隠したまま、前哨戦を始める。

「おかしい」

 何度も雷はそういいながら、丁寧に艦隊を動かす。

 数と物量に勝る練が相手だが、何とか総崩れは免れる。

 従来の艦砲が通用しない帝虎級巨大艦だが、五丈の炸薬強化と、昔の要塞砲を使うことで打撃を与えることはできるようになっている。

 そして旗艦同士の接近戦となり、大将同士の一騎打ちにもなる……だが、雷は一合剣を交えて驚き、身を引いた。

 雷の怒りの表情は、誰も直視できないほどだった。

 

 一度引いた五丈軍は、六紋海の複雑な地形に練軍を引き込んだ。

 そこで雷は奇妙な命令をした。

「敵が鶴翼でこちらを包囲するよう仕向け、その背後から敵旗艦に奇襲を?」

 林が首をひねる。

「こちらには、毛玉から奪った艦がある。桁外れの速さがあるんだ」

「確かに、敵から見れば正統派の用兵でこちらを殲滅できる機会、食いつくな……待て、敵が机上でしか兵法をやっていないバカだっていう前提だ。カンで気づかれちまったら終わるぞ」

 師真が慌てて止めた。

「ああ、そうだ。羅候は、今別人なんだ。あいつだけどあいつじゃない……」

 雷の意味不明の言葉に、師真は苦々しげに考えこんだ。

「確かにお前は、正宗の場所をかぎ当てたり、合理じゃはかれないことをやってる……ああ、俺たちみんな、お前に賭けたんだ。お前がそうだと言うんなら、命を賭けてやるさ」

「ああ、ありがとな。

 この戦は、いつも以上に統制が命になる。わずかなミスが全滅に直結することを忘れるな」

「はっ!」

 諸将の声とともに、くろがねの巨艦が次々と動く。

 敵が追い詰めようとする動きに、わざとミスをして追い詰められる。

 総大将の雷が、流れ矢に傷ついたように甲板から落ち、姿が見えなくなる……五丈軍の士気は下がり、潰走すれすれで簡単な罠にかかり、方向を変える。

 六つの星が至近距離で交わる美しき地獄、背後には巨大な濁流が荒れ狂う地獄に、五丈軍は追い詰められた。

 練軍は整然とした鶴翼で囲み、要所を補強する帝虎級が動く鉄壁のように逃げ道をふさぐ。

 どう見ても絶体絶命だ。

「あとはないぞ。戦え!水で死ぬか、鉄で死ぬかじゃ!男なら鉄で死ねぇ!」

 項焉の叫びとともに、死の恐怖だけで絶望的な抵抗が始まる。

 その乱戦の中、信じられない速さで敵味方を抜ける一隻の小型艦に、気づく者はなかった。

 遠ざけられたとはいえ姜子昌がいる。魚鳥目もある。そしてふんだんな兵力がある。

 伏兵が隠れられる場所は、徹底的に探索されていた。

 だがその岩場は、遠すぎた。

 帝虎すら小さく見える超巨大艦が、目を覚ます。その表面はベア=カウ族から奪われた時とは全く違う、黒いハリネズミのような姿になっていた。

 人間には低すぎる天井や操作室。いくらマニュアルをもらっていても、操作は難しい。

 燃料電池が咆哮し、慣性補正装置の限界が近づき船殻がきしむ。

 0.2光速……0.4光速……

 すさまじい加速が続く。星々がゆがむ。

「0.7光速」

「加速やめ。撃て、鉄をぶちまけろーっ!」

 広大な艦表面に強引に積んだ、とんでもない数の機銃や、釘を詰めた大砲が無数の鉄粒をぶちまける。針路とは垂直方向に。

「弾切れです」

「こちらも」

「敵艦隊まで、あと……」

「撃ちかたやめ、減速開始」

 慣性補正装置に負担がかかる。

 いくら巨大であっても、0.5光速の艦に反応できる者などいなかった。

 止まって見えるような敵艦隊の、わずかな隙間に巨艦が減速しつつ滑りこむ。

 鉄の衣が先に、等速度運動をした。

 銃弾の速度など、光速に近い速度……毎秒何万キロメートルに比べれば止まって見える。弾丸からみれば横向きに0.7光速で飛び、練艦隊を襲ったのだ。

 横一列で並んで包囲している歩兵隊の、横から散弾を、大砲でぶっぱなしたようなものだ。

 無敵を誇る帝虎級も含め、どの艦も何にやられたのか分からなかった。

 分厚い装甲、普通なら蚊でも刺したかという威力の小銃弾……それが、核弾頭以上の爆発となり、装甲もその内部も深く切り裂く。

 弾薬は誘爆し、パニックはパニックを呼ぶ。

「いけえっ!おれは元気だ!」

 雷の絶叫は、輸入品の通信機を通じて五丈艦に響き渡った。

 背水の戦いを続けていた兵は奮い立った。

 練軍の混乱は倍増した。

 混乱は、練旗艦をも露出させた。

 必死の減速……

「ふとんに体を押しつけろ」

 命令が響く。

 ハッチ近くで、大量のふとんに勇士たちが身をゆだねる。

 すさまじい衝撃!

 常識を外れた速度での激突。

 両軍とも、衝撃で死んだ者も少なくなかった。

 ベア=カウ族の巨大戦艦も、帝虎も、大きくひしゃげていた。

 血を吐きながら雷は立ち上がり、あえて愛刀ではなく、ベア=カウ族から奪い人間向けに改造した機関銃を手にする。

 衝撃に死にかけてる敵兵をほとんど無視して、ひたすら艦橋に走る。

 崩れかけていた艦橋に飛びこむと、雷は撃ち尽くした銃を捨て、刀を抜いた。

「羅候!」

「竜……」

 いつもの、若虎のような、白熱した鋼のような、はつらつした激しい怒りとは違う、ぼうっとした反応。

「お前は何のために攻めてきた」

「心理……歴史学、ああぅっ」

 羅候が苦悶しつつ突きかかる、その剣を雷の刀が叩き落す。

「じゃま者は殺す、殺す」

「馬鹿野郎!」

 左手に刀を持った雷の鉄拳が、容赦なく羅候を吹き飛ばした。

「おまえが、そんなわけのわからないもののために戦うやつか?お前が求めるのは天下だろ!」

 胸ぐらをつかみ、炎のような目が曇った目を貫く。

「あ、ああ……心理歴史学、み、」

「み……ミュールか?」

 雷の声は、鋼鉄の固さと冷たさに変わっていた。

「ミュール……さまに、心理歴史学を」

 刀の柄頭が振り下ろされ、羅候が倒れ伏した。

 反応もできなかった姜子昌が、初めて状況に気づいた。

「竜我雷……あ、操られていたのか?わが王が」

「おまえら、なにをやってるんだ!気づかなかったのか?勇気がなかったのか。それでも忠臣か!」

 雷の厳しい告発。

「……ああ。なかった。反逆の汚名を着る勇気が。医者に、診せる勇気が」

 姜子昌が突然土下座し、激しく頭を鋼鉄の床に叩きつけた。何度も、何度も。

「頼む……竜我雷……お願い申し上げる。どうか、どうか……わが主を、正気に……」

「頼まれなくてもやるよ」

 雷は平然と答え、羅候を縛り上げて担いだ。

「操られているふりを続けろ。両方の犠牲が最小になるよう。そっちの影武者に、これを使わせればいい。これで連絡しろ」

 雷が姜子昌に渡したのは、〔UPW〕では普通に使われている、外見を似せるための装置と、小型の通信機だ。

 雷の厳しい目に、額から血を流す姜子昌は打たれたように目を伏せ、死力をしぼって見返した。

「は……」

 

 戦いは終わらず、変化した。

 圧倒的に多い練軍、奇妙な攻撃に混乱したとはいえ戦力は大きい。

 それが、姜子昌の命令によって軍を引き、両軍とも地形を活かした、ちょうど塹壕戦のような状態を作って対峙を続けた。

 動いた方がやられる、動きがない、犠牲者もほとんどいない戦いに……

 だが、激しい混戦は奇妙なことも起こしていた。

 妊婦の適度な運動と称し、前線で戦っていた練皇后・邑峻が捕虜になったのである。

 その彼女も、夫の変化を心配していた。

 

 

 引き分けにも見えるが、実質は勝利している竜我雷は、奇妙な行動をとった。

 捕虜にした羅候と邑峻を連れて、智の辺境にできたゲートに向かったのだ。

 そこには、正宗が待っていた。コーデリア・ヴォルコシガンもいる。

「久しぶりだな。こちら、コーデリア・ネイスミス・ヴォルコシガン国主夫人共同総督」

「ああ、よろしく」

 宿敵が静かに見つめ合う。奇妙な超常現象で銀河の距離を越えて床を交わし、一児もいる仲でもある……だが、ここでは敵国の主どうしだ。

「要件は?」

「まず、援軍に感謝する。グレゴール帝にも。あと、こいつを頼みたいんだ」

 と、縛り上げた羅候を突き出す。

 正宗の隻眼さえ、驚きを宿した。

「このバカ、あっちの……ミュールとかいうやつに操られてるみたいなんだ。天下のことも忘れて心理歴史学のことばかり言いやがる。

 バラヤーには密偵が入れない。なにか、心を読むようなやつと同盟したんじゃないか?なら、治療もできるだろ?」

 正宗は、わかってはいたが雷の勘と推理の鋭さに呆れかえっていた。

「わかっていますか?あなたが敵の首領を治療することで、味方も敵も、何万もの生命が失われることを」

 コーデリアが冷静に言った。

「ああ、わかってる」

「それどころか、次の戦であなたが敗北し……臣下も、家族もあなたの目の前で、残酷に殺されるかもしれないことを」

 冷静に、容赦のない言葉になる。

「知っている限りの戦力比では、おまえが滅びる方に誰もが賭けるだろうよ」

 正宗も容赦がない。

「わかってる」

「いいか、国を率いる者は、通常の道徳に従う必要は無い……おまえも、下剋上をしたろう。骸羅の政府に、一度は忠誠を誓約し、破ったのだろう」

「ああ。破っていい約束と、守らなければならない約束を見極めることが、覇者の道だ。そう俺は思っている。それで約束を破り非難されることは、俺は受け入れる。天下を望むということは、そういうことだろう」

「おまえに、わかるのか?……見極めることが」

「できる!」

 三人の目が、激しい火花を散らす。

(まさしく、天下人ね)

 コーデリアは圧倒される思いだった。

「わかった」

「頼む」

「あの、バラヤー帝国としては、〔UPW〕とも通行したいのです」

「ああ。金州海への道は開けてやる。斉王都も危ないから、もう行くぜ」

「ああ」

 それだけの、あっさりした別れだった。

 

 

 羅候を引き取り、リスの者にゆだねた正宗は、壊滅から逃れてきた少年王を迎えた。

「よく生きて帰ったな」

「あ、姉上……申しわけありません」

「人には、できることとできないことがある。生きて帰っただけでもたいしたものだ。

 だがその、理不尽なことの責任も負うのが、主というものでもある」

「おい」

 智王が引き下がった時、声がした。一条輝が、すさまじい怒りを目に正宗に向かっている。

「何をする、御屋形様に」

 飛竜が正宗をかばい刀を抜く。

「この女は許せねえ」

 正宗の隻眼が、鋭く光る。はっきり理解している目だ。

「そう。わたしは許せないことをした。必要なことをした」

「こうなることを読んでいたな?死ぬ人間を選んだな?」

「そのとおり」

 正宗の隻眼は、輝の視線をがっちりと受け止める。輝は強い圧迫感を感じた……中学生が横綱にぶつかったような人格の差だ。

「あんたに忠実な勇将もいたじゃねえか。勇敢な男ばかりだった!」

「新しい技術を受け入れない、現実を見ない、勇敢なだけの将は、何千万も味方を殺す。技術進歩のない戦国では、彼らが必要だった。進歩してしまった今は、巨大な害になる」

 病中歴史を学んだのは、ラインハルト・フォン・ローエングラム帝だけではない。

 第一次世界大戦。ひなげしの花畑。

 鉄条網と機関銃に、横一列で行進しなぎ倒された兵。絶対確実な犬死を知りつつ命令のまま、指先を伸ばして歩いた一千万。

 命じた将に言い訳の余地はない。日露戦争を見た観戦武官の報告があったのだ。見たくない事実を無視し、変化を拒んだ結果、千万を殺し、その家族を破壊したのだ。

(これをやってたまるものか)

 正宗は決め、おこなった。グレゴールも承認した。

「何も知らない、何の罪もない兵だっていたんだ!」

「そのとおり」

 飛竜は、輝に斬りかかろうとする。それを正宗が止めた。

「彼は一言も間違ったことは言っていない」

 飛竜の歯が、激しく噛みならされる。

 輝が、突然意識を失った。コーデリアの手にスタナーが握られている。

 

「気がつきましたか?」

「コーデリア……未沙」

 コーデリア・ヴォルコシガンと、妻の未沙、飛竜もいた。

「いいか」

 飛竜が輝の服の胸を締めつけ、激しい怒りをこめて叫んだ。

「お前が言いたいことぐらい、御屋形様は百倍も千倍もわかっているんだ!わからないのか、『なぜ、戦いや病で死なせてくれなかった』と、心で叫んでいるのが。むしろ殺してくれたらありがたい、というぐらいなんだぞ!!」

(「飛竜。死よりつらい役を引き受けてくれ。味方を見捨て、王、一条輝、イワン・ヴォルパトリルの三人を助け、敵の情報を得るのだ」)

 正宗の平らすぎる、だからこそ深い痛みを秘めた声が、彼女の耳に今も鳴り響いている。

「殺された兵士、その家族にそんないいわけが何になる!」

「紅玉公は、それがわからない人ではない。だから何倍も辛いのよ」

 未沙の言葉にも、輝は激しく苦しんでいた。

「一条輝隊長。あなたも部下に死を命じましたね。脱出艇を守れ、と」

 コーデリアの言葉に、輝の表情が凍りつく。

 長い沈黙。

「あなたも、士官なのです。敵も、味方も殺す側。殺される側の痛みをわすれないようにしつつ、命を無駄にせず前進し続けるしか、ないのです。

 わたしも、紅玉公も、一条提督も、飛竜もそうしています」

 輝は突然号泣した。はらわたを吐き出すような激しい号泣が、いつまでも続いた。

 三人の女士官も、いつしかともに泣いていた。

「泣け、泣けえっ。これほどに、泣ける男のために兵は死ぬものだ。御屋形様は、グレゴール皇帝も、泣けぬのだ。おふたりの分も泣いてくれえっ」

 飛竜は、そういいながら泣いていた。

 イワン・ヴォルパトリルと智王が、茫然と見守っていた。




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