以前も、時系列が離れた話は何度か投稿していますし。
むしろ一発ネタ、外伝短編に近い、思いつきと衝動で書いてしまったものです。
〈ABSOLUTE〉にはつながっていない、つながりのつながりを数えてもはるか遠い時空。
その人類星間文明は、決して弱いわけではなかった。
十分に戦える相手と戦い、敗れ、滅ぼされた。
人類星間文明が開拓を続けていた時空と、別の時空がつながった。
つながった先の時空には、はるか昔に作られた生物兵器があった。
その時空のどこかに、その兵器と必死で戦い、あるいは兵器化しようと研究している人類もいるらしいが、連絡は取れぬままだった。
その生物兵器が、なんであれ生物に接触したら。
まず甲殻類のような見た目の怪物が犠牲者の顔にしがみつき、間もなく死ぬ。
しがみつかれた犠牲者は体内に卵を産みつけられており、その卵は犠牲者に寄生して成長、犠牲者の体を食い破って死なせ、体外に脱出する。
脱出後は生物を捕食し、独立でも繁殖する。それは犠牲者の遺伝情報を得ている。
さらに強酸の体液・卓越した体力や生命力など、どんな生物にも大きな優位性を持っている。加えて女王を中心とする、社会性動物の行動もとる。
たまたま、そのエイリアンと呼ばれる生物兵器によって滅ぼされた地域に、ゲートがつながった。
ゲートの向こうを探検しようと訪れた船は食い荒らされた。そして人類の知能を得たエイリアン・クイーンに操縦された探検船は、逆にゲートを通って、探検船を送った人類の時空に侵入した。
探検船の情報機器すべてを理解していた高知能エイリアンは、しばらく時間を稼いだ。
そしてその間に、エイリアンの故郷の側にあった技術を用いて、超小型の宇宙船を多数放った。
そのいくつかは、ゲート現象を調べるための艦隊の、大型母艦にも侵入したのだ。
白兵戦では無敵で、大型艦に侵入されたら短期間で艦の制御をのっとる知能。
短時間で有人惑星を皆殺しにできる繁殖力・白兵戦能力。
確かに強かった。
だが、その数は少なかった。
理解し、適切な戦術を選べば、勝てない相手ではなかったのだ。
(何が足りなかったのか……)
考えること。学ぶこと。自らを変えること。
それだけだ。
以下、その戦いについて調べた歴史家の言である。
彼らの敗北は、四十年前のある事件によって定まっていた。
名も知らぬ辺境星に、ワクチンを運ぶ救命艇に密航した少女がいた。
その救命艇は、無事に惑星に着陸できるためには、ごくわずかな許容誤差以内の質量でなければならなかった。
ゆえに、いかなる理由があろうとパイロットは、密航者を船外投棄するのが任務だった。
兄に会いたいだけの少女であっても、それは変わらない。
船外に投棄された少女がなぜか復活したといううわさもあり、大きな話題にはなった。
だが、その悲劇にもかかわらず、
「許容誤差を大きくしよう」
「救命艇の出入口に監視カメラをつけよう」
「救命艇の出発前に、エンジン出力と加速を比べ、質量をチェックしよう」
など、再発防止策は一切取られなかった。
その後もずっと、救命艇は誤差を許容しないままであり、一定の確率で密航者船外投棄の悲劇は起き続けた。
関係者は誰もが、「それを考えるのは私の仕事ではない」と判断したからだ。
曰く、
「辺境は厳しいところだ。人命よりコストの方が大事だ」
曰く、
「すでにコスト計算はなされている。監視カメラをつけたら、赤字になってしまう。再計算?冗談じゃない。お前は誰のおかげでこの仕事をしている?マグヌ派に何か言われたのか?」
曰く、
「悲しいことだが、仕事だ。一杯飲んで忘れよう」
曰く、
「それをこなしてこそ一人前だ。悪夢はこの仕事につきものだ」
曰く……
そのありかたは、時空間ゲートから出現した敵との戦いでも、変わらなかった。
人命を軽視した。
脱出装置・救命ボートの類を、かたくなに作ろうとしなかった。
ゆえに、情報を得られず、高いコストをかけて育成した士官・熟練兵を無駄にした。
汚染された艦船・惑星などをいたずらに無差別殺戮し、自らの戦力を減らした。
同胞の大量虐殺を任務とする部隊、その命令系統の通信・コンピュータ網にエイリアンが侵入した時、勝負は決まってしまったのだ。
技術も古いままだった。
百年前の実験で否定されたという理由で、機動装甲服を否定した。
十年前にできた新素材を使えば実現可能だ、という技術者はすべてつぶされた。
コストにこだわり、侵入感知装置や、自動侵入防止付きドアをつけようとしなかった。
勇敢ではあった。だが、徹底的に自軍を、無駄に死なせた。
何百万人死んでもかまわず鉄条網と機関銃に兵を行進させた、第一次世界大戦の、両軍の将のようでもあった。
万の将兵を餓死させた、インパール作戦を指導した日本人将校のようでもあった。
マルチ隊形で波動砲を斉射する地球防衛艦隊のようでもあった。
家ごとに整然とまとまり、整然と美しい隊形を崩さず順番に各個撃破されてキルヒアイスをあきれさせた、リップシュタット戦役の門閥貴族艦隊のようでもあった。
ファルコ大佐に指揮され鼓舞され、突撃したアライアンス艦隊のようでもあった。
どれほど多くの部下を死なせても、伝統と命令に盲従し続けた。
「再発防止」、「反省」、「マニュアルの見直し」……「考えること」は、反逆より重い罪だった。だれひとりそれはしなかった。
その時空の人類の、最後のひとりが死ぬまで三年かからなかった。
船外投棄され、奇跡的に生還した少女は、植民星の過酷な生活で早死にしていた。
彼女やその家族が再発防止を訴えたために、その植民星の扱いが悪くなった……そのための早死にともいわれる。
彼女の叫び、
「再発防止」
もしも、その時空の人類が聞いていたら。
だが、
(歴史にもしもはない……)
と、ヤン・ウェンリーなら言うであろう。
起きたことは起きたこと。
その時空から人類は根絶され、よりふさわしい種族のものとなったのだ。
冷たい方程式
エイリアン
僕が「冷たい方程式」に心底腹が立つのは、「再発防止」という発想が皆無であることです。
そんな人類は、生きるに値しない。