「とんでもないことになったものです」
ルフト宰相がため息をつく。
トランスバール皇国。本星は今も再建中である。エオニアの攻撃は本星の環境も深刻に損なう水準だった。
そしてシヴァ女皇は、自らの宮殿などより一人でも多くの、餓死や渇死、窒息死に瀕する民を助けるために資金と資源を注ぐよう、当時から厳しく命じていた。
さらにその後の戦いで、EDENを解放し援助し、次いでヴァル・ファスク領星を多数勢力下におさめたため、確かに技術水準は向上し交易で潤いもしたが、出ていく金も大きい。
そのためまだまだ質素きわまりない宮殿で、ルフト宰相が報告書を女皇に差し出した。
多数の時空をつなぐ〈ABSOLUTE〉をトランスバール皇国が発見して自らの時空を〈EDEN〉とし、間もなく〈NEUE〉を発見した。それがきっかけに〔UPW〕(United Parallel World)が設立され、トランスバール皇国に限らずEDEN、ヴァル・ランダル、〈NEUE〉からも人材が集められた。
しばらくは、四つの衰退した文明以外に、人がいる時空は発見できなかった。
だがウィルを撃退して間もなく発生した奇妙な時空震の直後、いくつも、多数の人間が生存し……高度な文明を持つ銀河と接触してしまったのである。
星京(ほしのみやこ)を中心とする、比較的安定しているが争いもある銀河。
巨大な帝国が崩壊し、多数の群雄が割拠する銀河。
謎に包まれ、交渉不可能なバルマー帝国が支配する銀河。ただ、そこにはトランスバール人に近い人類が生息している……ただその地球は、異常なほど内戦が絶えない。
ゴールデンバウム銀河帝国と、自由惑星同盟が争う銀河。
さらにそれぞれの時空は、また別の並行時空ともつながっており、そこにはもっと激しい侵略性を持つ帝国もあるらしい。
ほかにも見つかってもおかしくはない。
それらは〔UPW〕への加入を拒み、逆にトランスバール皇国に服属を迫る勢力もある。〈ABSOLUTE〉を閉ざすと脅しても見るが、〈EDEN〉銀河の別のところにも門が開いてしまったりする。
今判明している、廃墟と化したローム星の近くに開いた門の先は安定した文明が、強大な宇宙海賊と激しく争っているようだ。
〔UPW〕のリソースにも限界がある。確かに戦力は高いが、実質的に敵に勝利できるのはエルシオールなき今、ルクシオールだけだ。それ以外はいくら数がいても、ほとんど戦力にはなっていない。
だからこそ紋章機の量産が急がれてはいるが、いくらノアが徹夜しても一夕一朝でできることではない。〈黒き月〉の技術を応用した無人艦・少人数艦は多数あるが、戦力としては正直あてにならない。
「そう、いくつもの勢力の、力を均衡させるのが最善と思われます」
ルフトの言葉に、シヴァが思慮深く目を伏せる。
驚くほど若い……まだ少女と言っても差し支えはないだろう。だが、若さと美しさのみではなく、多くの経験を積み苦悩を知り尽くした強靭さがその表情にはある。
「特に、〈星京(ほしのみやこ)〉に属する星涯(ほしのはて)の企業や政府が、『あれを持っているだろう、よこせ』と脅迫してきます。そしてその、『あれ』が何なのかをはっきり言わないのですよ」
「それではどうしようもないな、『あれというのがなにかわからない』と返すしかない」
「まったくです。相手がそれを信じない以上、要求はより激しくなるでしょう。ただ、その『あれ』かもしれないもののヒントがあります。銀河パトロール隊が支配する時空とつながるところでは、細胞活性装置とかいう道具を用い、事実上不老不死になっている指導者たちがいる、という情報が入っています」
「恐ろしいことだな。誰もがそれを血眼に追い求め、多元宇宙そのものが戦乱の巷と化してしまうであろう。むろん、余はそんなものは求めはしない」
「ご立派です、陛下」
(といっても、その美貌に衰えが出たら……いや、そのころにはわしは生きてはおらぬ)
ルフトが静かに人の業を見つめる。
「順番にこなしていこう。〈NEUE〉は?」
「はい、現在のところ特に問題はありません。アライアンスの抵抗はありますが、それも大きな変化はないものと」
レスターがタクトに代わって報告する。
シヴァ女皇はにこりと微笑みかけ、レスターの堅苦しい答礼を受ける。
すぐに次の者を振り向く。
「帝国が滅んだばかりのあの銀河、最大勢力はミュールとやらの〈世界連邦〉。前の報告を受け、確認した。それ以降の進展は?」
「は」
外交官がひざまずいた。
「そことの交渉は?」
「支配者であるミュールとの会見はかないませんでした。誰とも会わない君主のようです。最前報告したように、肖像画や写真もありません。
ほかの小国といくつか接触しましたが、〔UPW〕の基本方針上、体制が整っていない宇宙に無理な干渉はできません。
ただ、面白い噂を聞いています。銀河帝国が盛んだった数百年前、ハリ・セルダンという学者が心理歴史学という学問を興し、帝国の滅亡を予言したそうです」
「予言者ならどこにでもいくらでもおる」
ルフトがしかりつける。
「ごもっとも。説明を続けることをお許しいただけるなら、それは数学に裏付けされ、実際に予言通りに帝国が滅び、セルダンが次の帝国となるべく準備していたファウンデーションという勢力が勃興したそうです。ミュールに占領されましたが」
「ふむ」
「その、未来を予測し操る、という技術も注目すべきですな」
「だが、帝国が滅びるのを止めることはできなかったというぞ……よい、よく調べてくれた。これからも争いが起きぬよう、これまでと同じく忠恕を忘れるでないぞ」
「は」
女皇の笑顔と信頼という、何よりの報酬を受けた外交官が引き下がる。
そして次。
「カザリン・ケートヘン一世陛下の代理として、ラインハルト・フォン・ローエングラム宰相閣下からご挨拶があります」
「ふむ」
と、ルフトとシヴァは手紙を何度も読み返す。
「〔UPW〕への加入は拒むが、相互不可侵か」
ルフトが不満げにつぶやく。
「人としての感情は漏らしていないな。美辞麗句、だからこそ」
シヴァはそれに不満そうだ。
「同盟は相変わらずなしのつぶてですが、ヤン・ウェンリー殿から、この加工画像のみ暗号通信です」
別の技官が報告し、それ以上を言おうとせず冷や汗をかいている。
「どうした?見せよ」
「その、それが」
「どのようなものでもよい。真実のみを求める。たとえこちらが十隻の艦を持ち、そなたが敵が万隻だと報告しても、それを罪として斬りはしないし、ルフトが止めてくれるであろう」
ルフトが瞳を輝かせてうなずく。
「事実を」
「は」
と、震えながら技官が、プリントアウトを手渡す。
「ほう」
「おお」
ルフトとシヴァが考え、相好を崩した。
「皆に公開しよう」
シヴァはそう笑って、実行した。
居並ぶ臣下たちは激しい好奇心に身を乗り出して画像を見、一瞬笑いそうになり、慌てて感情を殺した。
「笑ってよいぞ」
と、シヴァがまず大笑いする。
小さい子供が一人食卓についてフォークとナイフを手にしている。その食卓は巨大で、そこには巨大な家畜の丸焼き肉がどん、と置いてある。
明らかにその子の体重の百倍はある。
「戦力もないのに多くの銀河を制しようとは愚かしい、そう言っているのですな」
「まさしくその通りなのだから、怒りもできぬ」シヴァが大笑いを続け、すまなそうにノアを振り向いた。
「そなたが、〈黒き月〉の技術すら封印を解いて戦力を増やしてくれていることは知っている。だが、この事態に対応するのに必要な戦力は、さらに桁外れなのだ」
「わかってるわよ、あ・り・が・と・う」ノアはつんつんと答えた。
「さて、ではどうしようというのかな?」
シヴァの言葉に、全員がしんとなった。
「十分な戦力をそろえて、すべての銀河を平定しよう……というのは誇大妄想であり、いたずらに民を苦しめるだけだ。だが、巨大な戦国を傍目に見て、皇国の国益だけを思って戦えばよい、も、それでは大切なものを失い……これまでの戦役で死んだ英霊たちを裏切ることになる」
シヴァの静かな言葉に、皆がしんと首を垂れる。
「皆、考えてくれぬか?わしも考える」
焦ったようなルフトの言葉に、シヴァとルフトがはっとなった。
「そう、考えればよい。多くの、すでに人がいる並行時空、そのどこにもヤン殿のように、ものを考える人はいるだろう。集めるのだ、頭脳を」
数日後、〈ABSOLUTE〉からつながるすべての時空に、またそこからつながる時空へも、あるいは公式の、あるいは貿易商人を装った使者が飛んだ。
『賢者よ集え。多元宇宙のつながりが戦乱となり民を苦しめることを防ぎたい。知恵を集めよう。
皇国の国益のためにあらず。
「私利私欲・自国の国益を脇に置いて考えられる」、「人間の弱さ、この世は思い通りにならないことを知っているが絶望はしていない」この二つさえ満たせば、学問や地位にかかわらず賢者である』
というメッセージとともに。
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