第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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ネメシスがリトの中にいます。ネメシス分離・クロ引退はなし


ToLOVEる ダークネス/時空の結合より3年3カ月

 ヤン・ウェンリーにとって、ここの地球(別の時空では『デビルーク・アース』と呼ばれる)は、

(まさに、天国……)

 であった。

 

 ラインハルト皇帝が支配する故郷時空では。まず21世紀中盤の全世界核戦争とその後の動乱で、ほとんどの資料が焼けた。それから地球を、いまだに実質居住不適格にしたシリウス戦役もあった。

 とどめにルドルフ・フォン・ゴールデンバウムとその後継者が、帝国の価値観に合わない文化遺産も歴史資料も公的記録も全部徹底的に抹消した。

 それを逃れた自由惑星同盟の祖が持って行ったのは、いやというほどわずかな、隠しやすい電子記録と口伝の記憶ぐらいだった。

 それから密輸などしてそれなりの文化国家は作ったが、それでも種が少なすぎた。

 

 自由惑星同盟が滅びた原因の一つは、

(政治思想のバリエーションの少なさではないか……)

 という仮説も、割と自由に議論できるローエングラム朝の学会ではある。

 旧同盟の人にとって、そんな議論が許されるようになったことを喜ぶのはあまりにも皮肉だが。

 

 そのような破壊が、まあ今のところはまったくない、そのままの地球。

 もちろん第一次・第二次両世界大戦、コンキスタドールやモンゴル、アレクサンドリア大図書館の破壊などは共通歴史のままだが、そこまでぜいたくを言っても始まらない。

 ヤンは、英語とドイツ語が読み書きできる。母国語である自由惑星同盟公用語が英語とほぼ同じ、勉強した帝国語はドイツ語に近いからだ。ただし翻訳機があるのでどの言語でも扱える。

 滞在しているのは日本の彩南町。ギド・ルシオン・デビルーク王の娘が留学していることもあり、宇宙人関係の公的機能が集中しているからだ。

 行こうと思えばバーゲンホルム付きの外見は個人用ヘリで、ロンドンでもダーラムでもワシントンDCでも日帰りできる。

 だがその必要もない。近所の公立図書館・大学の図書館・古本屋・少し離れた大店舗ロードサイド新古書店にある英語とドイツ語の本だけでも、故郷では夢のまた夢、タイトルの断片が残っている程度の本が何千冊もある。古代史研究家が、前70年のアレクサンドリアにタイムトリップしたようなものである。

 というわけで、何万年あっても読み切れないほどの本を、読んで読んで読みまくる生活を続けていた。故郷の部下たちどころか、この時空の銀河王さえ出張して恐ろしい敵と戦っている最中も。

「もう戦争は一生分やったよ、部下を育てられなかったとしたら無能ということだ。ラインハルト皇帝の部下には無能はいない、だろ?有能なら必要ないし、無能でも必要ない」

 などとほざいてはいるが、まあ彼が帰ったら政治的にめちゃくちゃになるので、

(争いを避けるための賢明さ……)

 だと多くの人は理解している。

 少数は、

(ただの怠け者、全権をいいことに自分に引退を許可したな……)

 だと内心では思って口に出さない。

 気まぐれに世界中を飛び回り、借家に何日も閉じこもって本を読みふける行動は、ジェダイの技を覚えた元ローゼンリッターの護衛たちにとって悪夢にほかならなかった。軍人だったころから護衛嫌いで護衛泣かせでもあったが。

 

 フレデリカ・G・ヤンは、多忙であった。

 ラインハルトに、要するにローエングラム帝国の大使など……というより、もう江戸に来たペリーと同様の全権を与えられているのだ。外交も商業も何もかも丸投げされている。

 街角の古家具屋で売られている、ヴィクトリア時代末期英国の木製机30万円をオーディンやフェザーンに売れば、割と豊かな星系が買える。マジカルキョーコの最新シーズンの録画ファイルをゼントラーディに送れば、イゼルローン要塞より大きい船を買える。

 そんなばかばかしい状況で、フレデリカは実に有能にラインハルトとキャゼルヌ双方の負託にこたえていた。

 激務の間隙を縫って、この星で行われている料理教室の類に通い、必死で家事を覚えてヤンの主婦となろうとしているのだから、

(けなげな……)

 ものである。

 ある日は臨時講師が近所の小学生の女子で、それがまあ素晴らしい腕だった時にはさすがにフレデリカも深く落ちこんだ。

 だがもともと頭がよく努力家のフレデリカ、その子に、

「料理が苦手な人は、工業と考えればいいんです。

 料理のため包丁を使う、と思うから苦手意識にとらわれるんです。

 化学反応、小さい工業です。製鉄所で適切な大きさに鉄鉱石を粉砕するように材料を成形し、コークスと混合し、加熱して化学反応を制御し、狙った通りの製品を作るだけです。

 化学反応や熱伝導を制御するためには表面積と体積の比を正しくする必要がある。そのために成形する、そう考えれば大したことではないです。ピーラーなど道具を使ってもいいんです」

 と教わってから、急速に上達している。

 その言葉はもう小学生の水準ではないが、彼女は教師すらおびえるほど精神年齢も学力も高いのだ。

 そしてその臨時講師は、頭はいいが料理に苦手意識がある年上に教えることにかなり慣れていた。

 

 

 そんな日々の、ある日曜の午前11時ごろ。いくつものことがほぼ同時に起きた。

 

 フレデリカが、護衛であるデンダリィ隊のタウラ軍曹……マイルズがジャクソン統一星から救出した遺伝子操作超人兵士実験の試作品……と街を歩いていた。

 外見偽装で普通の美女の顔に見せているが、240センチに及ぶ身長と、体操や水泳の選手のように均整の取れた筋肉には誰もが目を奪われる。それが美女なのだから、

(とてつもない……)

 ものがある。

 さらにその隣にいるのが、これまた美女のフレデリカなのだから、目を引かずにはおかぬ。

 

 最初に起きたのは、ナナ・アスタ・デビルーク王女、黒咲芽亜と結城美柑、三人が襲撃されたことだ。

 それは、襲撃とは思われなかった。声をかけた女は、警官の服装をしていたのだから。

 あまりにもすさまじい美女だった……それだけが違和感だった。美柑も見たことがあるナナたちの母親、セフィ・ミカエラ・デビルークとは違い、安心感ではなく恐怖を感じる……ヘビににらまれたカエルのように、極低温の氷壁に突き落とされたように、絶望に硬直するような美しさだったが。

 それ以外の違和感はなく、婦警が運転するパトカーになぜか三人とも乗り、そのまま走っている……そのとき、三人はリトの危機を見た。

 止めてと叫んだ美柑だが、応えは加速。

「ここの警官じゃないね」

 そう言ったメアは運転する婦警に刃に変形した髪を向けようとして、座ったまま真上に銃と化した手を向けて発砲する。

 パトカーの屋根に大穴が開く。ちょうど、男が飛び移ったところだった。

 足元から吹き上げるメアのビーム砲を、男が手にした赤いライトセイバーがリトの方向にそらす。

 ナナは携帯電話を取り出し、光弾に襲われるリトを見て絶望に硬直した。

 

 ほぼ同じ時間。天条院沙姫が数人のならず者に襲撃され、拉致された。

 普通の機動隊員が数人がかりでもあしらえるし、近代兵器でも狙撃手以上の技量がある九条凛がならず者の数人は殴り倒した。だが、最後に残った男にはまったくかなわない。

 相手が持っているのは木の杖のようだが、技量が違いすぎた。

(地球人ではない?)

 と思ったときには遅く、強烈な突きに胸を打ち抜かれた凛が吹き飛ぶ。おびただしい血を吐く。

 返していた剣に、フードの下の有色人種と思える顔が見える。と思ったら、掲げた指から突然青白い稲妻がほとばしり、凛と藤崎綾は声も上げられずにくずおれた。

 瞬間移動のように迫っていた男がいつのまにか手にしていた、奇妙な光の刃が凛に迫る……転瞬、その手が止まった。

 やや短い髪で尾が伸びる少女と、黒い長髪の少女。モモ・べリア・デビルークと、幽霊でありながら、人工的な体に入っている、お静という少女。お静のほうの念動力が手を封じ、モモが絶妙なポジションを取った。

「ハーレムの一員になる凛さんに、何をしようというのですか……」

 モモのすさまじい迫力。

「私は、いい、沙姫さま、助けてくれ」

 息も絶え絶えになった凛の言葉、だが無情にもすさまじい速度で飛んできたヘリコプターから縄が伸びる。

「きゃあっ」

 お静の悲鳴。念動力に近い力が彼女の念動力を破った。

 沙姫をつかんだフードの男が、ヘリからの縄につかまって飛んでいく。

 同時に、モモと凛を無数の、カラスぐらいあり音速近い速度を出すスズメバチが襲う。

 モモの携帯電話から出現した、高速で動く食虫植物が迎撃するが、中身はどうやら機械のようで食虫植物はぺっとまずそうに吐き出す。さらにモモは上位の宇宙植物を召喚し……

「危ない」

 別の、ユリの花を大きくしたような植物が口をひろげる。

 まったく別の方向から、

「デビルーク正規艦隊の中型対空砲に匹敵する?」

 とモモがあきれたほどのビーム砲が連射される。ユリのような花びらがそれに向いて動いて受け止め、すべて吸いこんでしまった。同時に地面に刺さった地下茎が恐ろしい勢いで伸びる……エネルギーを吸収して成長するタイプの植物だ。

「……行ってしまったようです。申し訳ありません、九条凛さん。デビルーク王家の誇りに賭けて、彼女は必ず救出します」

「……なんでも、なんでもする。頼む……」

「わ、わたしも、おねがいします」

 綾も頼みこんだ。

「それより、お二人とも早く病院に。いえ、御門先生のクリニックでなければ」

 二人とも、今の地球の技術では救命が困難なほどの傷を負っている。

 モモは飛行植物を用い、飛びながら携帯電話で姉妹に連絡した。

 

 その近くの、一瞬人目が途絶えた路上で、

(いつものこと……)

 が起きた。

 結城リトがセリーヌを連れ、ララと小手川唯の四人で歩いていた。ララは最近、ギド王がまた子供の姿になったとかで忙しいらしく、久しぶりのオフにはしゃいで前に走っている。

 リトの目は別の方に向いた。道の向こうで、好きな子……西連寺春菜と目が合ったから。

 瞬時に唯はそれに気づき、嫉妬を抑えこんだのはもちろんである。

 また春菜も、リトと唯、セリーヌの姿に、

(夫婦と子供みたい)

 と、羨望を感じたこともまちがいない。

 それでリトたちは、後ろから早足に歩く美女に気づかなかった。

 二人の女が通り抜けた……そこで、リトがもちろん転んだ。

 転瞬……

 百戦錬磨の女傭兵であるタウラが、絶妙に力を出せないよう封じられた。

 気がついてみたら。

 唯の、パンツもずらされた股間にリトの唇。

 フレデリカは胸をむき出しにされて揉まれている。

 タウラはうつ伏せで膝をついている。地面ではなく、リトの太腿に。いつのまにか脱がされたスカートと下着、むき出された尻をリトに触られている。

 本来なら、大事故に属する。本来なら、唯の外陰部は歯で深い裂傷を負い、フレデリカは後頭部を打ち、タウラも舗装道路に膝と顔をぶつけてかなりの傷を負っているはずだ。だが、奇跡のように三人とも、痛みは皆無。リトの足や肘、腹が四人の体重を受け止めつつ、傷つかないよう精妙にかばっているのだ。

 まさに、

(物理法則もへったくれもない……)

 神業である。

「……………………」

 沈黙がほんの二秒、漂う。

 だが、タウラは瞬時に別の反応を感じた。

 戦場の空気。

(リト、体を借りるぞ)

 体内のネメシスが呆然としているリトに言った。

 いつのまにか近くにいた女が、セリーヌを抱え刃を首につきつけている。

(な、セリーヌを返せ)

「誘拐?」

 フレデリカが服を直して立つ。

「ララ・サタリン・デビルーク王女。抵抗せず同行せよ。スターズ・エンド……星涯(ほしのはて)に向かうための力をもらう」

 男がララに声をかけた。その男の顔は、霊体となったヨーダやオビ・ワンなら知っているだろう。ただし、彼らが知っているよりずっと若い。伝説的なジェダイ、クワイ・ガン・ジンの若いころにそっくり。だが穏やかだった当時の彼とは違う、邪悪にゆがんでいる。

 セリーヌを抱えた浅黒い女が嬉しそうに、それでいておびえているように嘲笑する。

 リトは見たことがある。金色の闇を狙った、『暴虐のアゼンダ』という女殺し屋。

 振り返って足にすさまじい力をためていたララが、セリーヌを奪い返そうとすさまじい速度で加速する。

(刃より、自分の方が速い……)

 絶対の自信を持って。

 だがララに声をかけた男が、セリーヌとの間に割り込む。普通なら、地球人とは隔絶した力のララ、男は吹き飛ぶはずだが……まるで巨大な壁のように、ララの突進を受け止めた。

 その間にタウラが、四つん這いの姿勢を利用してクラウチングスタートでアゼンダを襲った。

 同時に、

(許可はあとでとるぞ、どうなろうとかまわない、というのはわかっているからな、お前なら)

 ネメシスの心の声より早く、リトの体は人間の限界を超えた速さで動いていた。

 ぶちぶち、と近くにいる人にも、筋肉が切れる音がする。

(まったく地球人は、筋力も骨強度も話にならん)

 ぶつぶつ言いながら、ネメシスはリトを操る。

 チンパンジーが、同じ体重で腕の長さもさほど変わらない人間を素手でバラバラにできる……わずかな遺伝子の違い、前頭葉の違いだ。人間の大きな前頭葉は、言葉や高い知能を与える代償として、痛みを強く感じ記憶してしまう。だから人類は痛くないよう、常に強く筋力を抑制している。それを解除すれば、それなりの力は出る。

 代償は痛みと傷。だがネメシスが言うまでもなく、リトが家族を守るための代償を拒むことなどない。

 ララを食い止めた男が振り向きもせず、腕をふるう。手の短い棒から赤い光がほとばしり、刃となってリトを斬りつける。

「ライトセイバー!」

 護衛にはジェダイの修行を終えて追いついた者もいるフレデリカが悲鳴を上げる。

 斬りつけた男も、フレデリカも驚嘆した。

「何?」

 ライトセイバーを、少年が素手で受け止めたのだ。普通ならば焼けた切断面と化しているはずなのに。

 その手には、奇妙にも黒い霧のようなものがたゆたっている。

「ダークマターは光では切れぬよ……面白い力を使うな」

 少年の肩から、ぬっと突き出た色黒な少女……猫のような瞳をきらめかせ、興味深そうに相手を観察していた。

「宇宙に満ちている力、フォースに細胞共生微生物を通じて働きかけ、物や精神を操作し、未来を見、自分の体や、普通なら制御しきれないその光線剣を制御する、か。

 だがその力、暴走しやすいだろう。精神に対する働きが強すぎる」

 すさまじい速度でリトが動き出し、アゼンダに牽制をかけた。

 その隙に、タウラがアゼンダを殴り倒しセリーヌを奪回していた。

「おのれえっ!」

 アゼンダが叫び、近くにいた何十人もの人が、理性を失ったように襲ってきた。精神操作能力。

 タウラとフレデリカがスタナーを抜き連射するが、効果が薄い。神経破壊銃とブラスターを抜こうとして、フレデリカが止めてビルの隙間に飛びこみ難を避ける。

「人を殺すな、か、厄介な縛りだ」

 ネメシスは舌打ちしつつ、またリトを操ってよける。同時に地上に黒いたゆたいが多数生じると、そこから触手のようなものが操られた人々の足を縛り上げた。

 ダークマター生物兵器であるネメシスは、どこの空間からでも刃などに変形した自分の一部を突き出させることができる。

 

 人々が全員動かなくなったとき。

 ララが、首を絞められているようにのどをひっかき、もがいていた。触れられていないのに。ララに、白人男性が手を伸ばしている。赤いライトセイバーを提げたまま。

 アゼンダが唯に刃を突きつけている。

 ララが、すさまじい力を発揮して見えない手を吹き飛ばした。周囲に爆風が広がるほどの力。

 赤いライトセイバーの男が、ちょうど走ってきたパトカーの屋根に飛び乗る。屋根の下から放たれたビームが打ち返され、リトに伸びる……ダークマターを集中させた、リトの手が受け止めた。

 瞬時に、刃でパトカーが解体され、道に髪を刃にしたメア、ナナ、結城美柑の三人が放り出される。

 時速100キロに達しようとしていた車から落ちた衝撃、美柑はそのままでは死にそうだが、柔らかく巨大な手が受け止めた。黄色い、髪が変形した手。

 金色の闇。

「何者か……」

「動くな」

 赤いライトセイバーの白人男性が静かに言う。

 すっ、と、何かが浮いて、闇たちのところに宙を滑ってきた。

 彩南町で買える水準のタブレット。

 数枚の写真が同時に表示される。

「この地球人の、水爆。ここは学校の」

 闇が息を呑む。

「あっちの雑居ビル、そっちの山の給水設備」

 メアが悔しそうに言う。

 七か所。全部瞬時に解除することなど不可能。

 気がついた時には、赤いライトセイバーの男は光剣を引っこめ、デッドマンズ・スイッチを握り締めた。

 さらに、タブレットには別の動画……

 宇宙空間に浮かぶステルス船に、太った男がいる。

 力士の格好をしているが、顔立ちが白人っぽく、力士の標準よりはるかに長身で極端に肥満した男が、デッドマンズ・スイッチを構えた。

「…………」

 男は再びライトセイバーの光刃を出し、動けないララの腹と、美柑の左ふくらはぎを貫く。

「美柑!」

 リトが叫んで飛び出そうとするのを、フレデリカが押さえた。

 すさまじい美女の婦警のところに別の車が走り寄り、それに美柑を抱えた美女が乗る。

 ライトセイバーの男がふたたび見えない力でララを縛り上げ、上空から飛来した小型ヘリコプターにつかまる。そのヘリは、ありえない速度で飛び去る

「ま、まて、あたしは」

 アゼンダの叫びに、答えはない。

「切り捨てられましたね」

 闇が静かに言う。

「ちくしょう……」

「動かないで」

 メアの髪が一筋、アゼンダの後頭部に触れると彼女は崩れ落ちた。

 唯がおびえた表情で立っている。

「こ、こんな……結城くん」

「美柑……ララ……」

「結城くん」

 春菜がかけつけてきて、悲鳴を上げた。

 リトの服は操られた暴徒にちぎられ、見える素肌は青黒く染まっている。右腕はあり得ない方向に曲がっている。

 激痛を感じないほどの激情。

「絶対に助ける……どんなことをしても。戦う」

 リトの口から、潰れたような言葉が漏れた。

 春菜と唯が目を見張った。

 静かに金色の闇が進み出、リトの頬を張った。

 衝撃が広がる。

「結城リト。あなたは、自分が何を言っているか、わかっているのですか?」

 金色の闇の目は、限りない悲しみと平静な怒りに満ちていた。

「ああ。彼女たちを助け出す、それだけだ」

「それだけ?」

 メアも、疲れ切ったような声で言う。

「なら、これで」と、その髪と右腕が巨大な光線砲に変わる。「あのマンションを撃って」

「ば、ばか、人が住んでるんだろ」

 リトが慌てる。

「そうです」闇が、一瞬目を細める。「赤ん坊が21人、小学生が13人、中高生が8人、大人が43人、65歳以上の老人が25人。犬が32匹、猫が18匹。殺しなさい」

「な、何を言ってるんだ」

「センパイ。戦うっていうのはね、そういうことなの。人を殺す、ってことなの。嘘もつく。罪のない子供でも拷問する。どんなことでもする」

 芽亜がいつも通りの口調で言う。道端に花が咲いてるよ、ぐらいの。

「彼女たちの言葉は、真実です」

 フレデリカ・グリーンヒル・ヤンが涸れた声を出す。

「通りすがり、結城美柑先生に一度お世話になっただけです……でも、あなたにある程度の力があること、どれほど戦いたいかはわかります。

 この私も、夫を救うためこの手で、人を一人、殺しています。あの兵も、ご両親にとっては自慢の大切な息子でしょう。恋人や家族がいたかも……調べ向き合う勇気は今もありません。

 そして、後方の仕事ではあっても殺した何百万人もの血が、この手にべっとりとついているんです。父の、血も。

 この血が見えませんか?」

 静かな声。震えも何もない声。フレデリカがリトの目に突きつけてくる、白く美しい手。

「あたしだって、この手で直接、何百人も殺ってる」

 タウラ軍曹がそういって自分の手を見つめ、拳に固める。

「……人質救出に、家族が加わることは禁止だ。ネイスミス提督も、それで一度死んだ」

 フレデリカがタウラにうなずきかける。

「私は、死に至る飢えに怒って暴動を起こした非戦闘員を撃つ命令書を清書しました。死者合計百万人以上、負傷者推計四百万人以上。三十万人以上が失明・四肢欠損以上の重傷、帝国領では安楽死させられたはずです。

 私たちのせいで……クーデターをしてでもノーと言わなかったせいで餓死した、一千万以上」

 自分の手を見つめ続ける。タウラがその肩に手をかけた。

 フレデリカが、じっとリトの目を見つめた。

「私にも、……義理の息子がいます。私は、彼には人を殺させてしまった。あなたにまで、人殺しはさせたくありません」

 フレデリカは震えながら、自分の白い手を見つめている。彼女の目には、それは血に染まっている。

 ふっと、メアの髪が一本、リトの後頭部に触れた。

 リトは見た。

 切り殺される人間を。

 略奪と凌辱、虐殺を。拷問を。いじめ・魔女狩りと同じ心理構造の悲劇を、人数の大小を問わぬ絶対権力者のサディズムの限りを尽くした支配を。

 戦を。

 細かく描こうと思えばいくらでも細かくできる。だが、それに何の意味があるだろう……現実の地獄から見れば、そんなもの笑い種でしかない。

 そして、同じ戦争でも、人によって見た地獄は実に多様だ。皮膚には傷一つなくても、仲間や村人の冷たい目がどんな拷問より辛かった、という人もいるだろう。

 それに写真や記録なら、平和祈念館の類でいくらでも見ることができる。体験者の手記もある。

 交通事故でも、死体を見たことがあるなら、少しはわかるかもしれない。

 大きいけがをしたことがある人は、そのほんのさわりを知っているかもしれない。

 苦痛を。死を。恐怖を……多くの新兵は、大を失禁するほどの。

 戦いの高揚そのものを知っているのは、実戦を経験した者だけだろう。

「戦いは、任せてください。美柑も、ララ姫も……必ず助け出します」

 闇が真剣な目で、リトの手を取り、いとおしげに春菜と唯の腕に託した。

「あたしたちは、兵器なんだから」

 メアは、もう動き出している。

「あたしも、兵器だ。あんたたちほどの性能じゃないだろうけどね」

 タウラ軍曹がさみしげに笑い、闇の肩に手を置いた。

「聞いてくれ。モモから連絡……」

 ナナが出した携帯電話。それで皆は、天条院沙姫も拉致されたことを知った。

 リトはそのまま病院に運ばれる。

 

 闇とメアが動き出そうとするのを、フレデリカが止めた。

「この時空の支配者である、デビルーク王家……そちらにも警察力があるはず。使いましょう。

〈コーデリア同盟〉そのものも動かせるでしょう。あの敵の背後に、パルパティーン帝国やボスコーンもあるかもしれない……

 私を、ひいては……ヤン・ウェンリーを敵に回した彼らは、生まれてきたことを呪うことになるでしょう」

 ヤン・ウェンリーは、武器を手にしなくても恐ろしい存在だ。フレデリカは、そのことを確信していた。夫に再び、人殺しをさせるかもしれない……

(それでもその血は、今まで通り少しでもともに担う……)

 覚悟も決めた。




ToLOVEる ダークネス
銀河英雄伝説
スターウォーズ
ヴォルコシガン・サガ

本来、リトと凛を特訓して…の流れにするつもりでした。
が、某Fateクロスを読み、大きく考えが変わりました。
フレデリカが、少年に人殺しをさせたいはずがない。そしてヤンも……使えるものは、銀河警察でもなんでも使いこなす、と。

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