〔UPW〕と、クリス・ロングナイフの故郷を結ぶ無人時空。
クリス・ロングナイフは里帰りの寄り道で、ふとした気まぐれからそこの、地球に当たる座標を調べた。
バーゲンホルムとジェイン航法という、桁外れの速度があったからこその余裕だ。
とんでもない当たりがあった。
「これは……ダイソン球殻ではないか!」
「信じられない。太陽全体を、覆っているの?金星ぐらいの軌道で」
「地球が……凍りついている」
「中の面積は……」
科学者たちも、クリスも、茫然としていた。
真空に浮かぶ、巨大すぎる銀の玉。
イゼルローン要塞を初めて見た時も、その数倍の大きさのゼントラーディ要塞にも圧倒されたが、その何倍の大きさか。数字はすぐネリーが計算したが、現実感はない。
巨大は、それ自体が魂を打ちひしぐ。
大急ぎで、アンシブルで〔UPW〕に連絡し、エレーナ・ボサリ・ジェセックを中心とした調査団が押し寄せた。
「侵略の意図はありません、話せないでしょうか」
返答はすぐに来た。
人類の子孫であることはわかるが、異様な姿のヒューマノイドから。
明らかに、このダイソン球殻の質量は、木星や土星を含めた全惑星より圧倒的に大きい。
それについて聞いた答えは、恐ろしいものだった。
「太陽を……絞った?」
見せられた映像も驚嘆させられる。
強力な電磁場で、太陽そのものの物質噴出をある程度操作し、オレンジを握ってジュースを絞るように物質を絞った。
核融合を利用して絞られた水素の原子番号を変え、素材とした。
地球全体の、何億倍もの量。
「この技術と、自己増殖性全自動工廠があれば」
何人かがすぐに思いつく。
数千億の、不安定な変光星だろうと三重星だろうと、使い物にならない恒星の相当部分……今自己増殖性全自動工廠が食べている、地球の半分までの大きさの星屑の、十の何乗倍か計算するのもばかばかしい質量が艦船・機械となる。
モーロックと名乗る人類の子孫は、太陽系に閉じこもっていた。
そして遺伝子レベルで自らから暴力性を排除し、そしてひたすら数学を研究していた。生殖すらも完全に制御し、それ自体がレプリケーターであり欲しい物はすべて出てくる広大な、球殻の厚みの中に暮らして。
争う必要はない、無限の内部容積がある以上、気に入らなければどこにでも出て行けばいい。
ただ球殻の内側、太陽光にさらされ人工生態系がしつらえられた部分では、遺伝子が古いままの人間が今も争っている。時たま核の炎に、惑星間距離の遠さの彼方が輝くことすらある。
その姿は、今も争いが絶えないクリスたちには胸が痛むものだった。
だが、今のクリスたちにはわかる。争いを完全に捨てたモーロックたちのありかたは、外から敵がやってこないことを前提にしている。
信じられない外からの敵、〈法〉と〈混沌〉の永遠の争いに参加した皆は、その誤りははっきりとわかった。
ただし、地球表面の面積の、計算がばかばかしいほどの広さがありながら、宗教だのなんだので核戦争をやっている遺伝子が古い人類にあきれ、戦いのむなしさに思いをはせることはあったが。
モーロックたちに、今から戦いを学ばせようとしても無駄だ。
無論、遺伝子設計自体を変えて戦闘種族を新しく産ませることはできるが、それは弊害も大きいし……全員が天才で凶暴でとんでもない技術水準など恐ろしすぎる……心理的にも問題が山積する。
ならば、この技術を提供してもらい、そのかわりに〔UPW〕艦隊の一部でこの太陽系を守る……そう決めた。
また、モーロックからダイアスパーに数学を学び、かつ教えに行きたいという希望者も多くいた。特に古くからのダイアスパー人と、モーロックはとても精神構造が近い。どちらも闘争欲と支配欲を遺伝子レベルで削除し、ひたすら数学能力を高めている。
その両種族の交流、超高度な純粋数学でもかけあわせることは、ダイアスパー技術やロストテクノロジーを真に理解するという〔UPW〕の目標にも大きく貢献するものと思われる。
超科学の根本は数学なのだから。……今の〔UPW〕文明には魔法もかなり侵入しているとはいえ。
さらに、モーロックの一部にいざとなれば切り離せる無人時空に移住してもらい、その技術と様々な超絶ロストテクノロジーをかけあわせてみる、という実験も行われた。
超絶に進歩し争いを捨ててはいるが、モーロックにはまだまだ進取、好奇、向上の気性がある。
現在かけあわせが進んでいるダイアスパー、ウィル、シャルバート。敵からの戦利品であるバルマー、アルコンなどの技術に、また重大な技術が加わろうとしている。
それはノアの睡眠不足と頭痛をひどくすることになるが、それでも、
(人類を守り抜くための兵器……)
であるノアにとっては、新しい技術は喜びでしかない。
この無人時空全体にも当然、銀河系だけでも二千億、時空全体にはその何兆倍の星々がある。特にクリスの故郷は、その無限の星々に野心を持つ者がいた。
とはいえ、クリスの家族たちは慎重だった。
慎重さを欠いた冒険からイティーチ族をつついて人類が滅ぼされかけたトラウマは、その戦争の英雄だからこそ深いものがある。
第一、〔UPW〕からの交易品の処理や、クリスが見つけ出した『三種族』の遺跡の解析だけでも〈知性連合〉の人材リソースはいっぱいいっぱいである。
そう、この多元宇宙には、物量は無限にある。
特に指数関数が動き出したら。
将棋盤に最初は米1粒、次は2粒、その次は4粒、その次は8粒……81番目にはとてつもない数になっている、それが指数関数。
だが指数関数は、暴走が始まるまでは実に長いこと、なだらかなのだ。
その間の生産ギャップはあるが、〔UPW〕所属の無人……クロノ・クエイク・ボムで滅亡した文明跡地や、ダイアスパーのあった時空で放棄された施設・船のサルベージである程度フォローできている。
すでにある全自動工場も、短期間で多数の艦船を生産できる。
だから第一次タネローン防衛戦も、圧倒的な物量で戦い抜けた。
だが、人材そのものは有限だ。多数産んでも、育つには20年、最高等教育を加えれば30年かかる。
人倫を蹴飛ばして遺伝子改良をしたり、さらに薬物や機械脳直結を加えたとしても、15年ぐらいかかってしまう。
バガーやペケニーノは繁殖が人類に比べて早い。
が、バガーは集合精神(ハイブマインド)であり、優秀ではあるが人間とは異質な面が強い。
ペケニーノは、特に知的能力を高めるには成長した優れた個体を植えて樹木に変態させ、時間をかけて大木にしなければならない。
どの国も、将来の人材こそ肝心だ、とあらゆる手段を尽くしている。
ラインハルト皇帝は400億+ゼントラーディ全員の身体知能を検査し、天才の子を集めてともに学んでいる。
トランスヴァール皇国は、まず貴族政から平等にして、義務教育を充実させている段階だ。
智の前正宗(紅玉)は庶民の第二子以降を、ウィルスを用いて遺伝子をいじり高度なコンピュータに触れられるようにした。
セタガンダ帝国は根本的に、自分たちの遺伝子を高めることを目標にしている。
それは〔UPW〕に敵対する国々も、変わるものではない。
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