第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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原作11巻、合本版まで
『銀河乞食軍団 黎明篇』(鷹見一幸)も反映しています
野田節はすみませんがなし


銀河乞食軍団/時空の結合より3年半

 やや老いたがたくましい男が、待っていたヤン・ウェンリー夫妻の前に立つ。

 やわらかな礼。フレデリカが半歩ひっこむ。

 簡素で作りの荒い大型艦の、人間用にしてはかなり高く幅の広い廊下と扉を通り、派手な絵が飾られた応接室だ。殺風景な、急造量産艦を精いっぱい飾っていることがわかる。

(廊下や扉が大きいのは重装甲服・パワードスーツが活動しやすいように……)

 客はそれも見ている。だが、今は目の前の人を見る。

 ヤンのわずかに茫洋とした黒い瞳と、鋭いが限りなく優しい目が、まっすぐ、全力で結ばれる。

(合わせ鏡)

 フレデリカは直感した。どちらも鏡のように、会った相手の底を引き出す。小さい人間が見ればバカにし侮辱したくなる。怯えている者は恐怖し憎み潰そうとする。本人はただ自然体でいるだけなのに。

 そんな鏡が二枚、互いを映したら?合わせ鏡は無限を内包し、魔をも呼ぶ。

〈星海企業〉……貧乏で皆がぼろ服を着て老朽船を転がしているので、「銀河乞食軍団」とも呼ばれる辺境運輸企業の頭目。

 東銀河連邦軍退役中将、ジェリコ・ムックホッファ。

 ふたり、同時に笑顔を浮かべた。なんの曇りもない、すきとおった笑顔を。

 

 この会見は、激戦の末に実現したものである。

 

 東銀河連邦……王国が滅びできあがった星間国家。

〈星京(ほしのみやこ)〉を中心にしている。憲章もある。強大な軍もある。

 だが、多くの大星系のバランスと、参入しようとしたり、近隣を侵略しようとしたりする中小星系の争いや陰謀が絶えない銀河でもある。中央が比較的弱く、多くの強い星系が押し合ってできている。

 少し前の話だが、〈紅天(こうてん)〉から膨大な資源を誇る〈蒼橋(あおのはし)〉が独立しようとし、介入した連邦軍の艦隊が壊滅するほどの動乱もあった。

 技術水準はゴールデンバウム帝国とさして変わらない、高価でわずかな航路しか使えない超光速航行と、近年かなり安くなった即時通信。

 近年、別時空へのゲートが複数発見されている。

〈星京〉からデビルーク王国へのゲート、また辺境星系〈星涯(ほしのはて)〉の勢力圏〈冥土河原〉に、〔UPW〕のハブである〈ABSOLUTE〉クロノゲートが知られている。

 ほかにもあるが、該当星系が隠している……という噂もある。ないことを証明するのは困難だ、特に無数にある無人星系にゲートができたのだとしたら。

 これまで知られていなかった麻薬の問題も出つつある。

 問題は、〈星涯〉政府、正確にはその経済の相当部分を支配しているロペス鉱業がゲートの占有を宣言し、すさまじい通行料を要求したり〔UPW〕に無体と言える要求を繰り返していることだ。

 以前ジェセック夫妻が子を誘拐され、〔UPW〕に商談を装って赴いた時も実はかなりの危険を冒す羽目になったものだ。物を見れば自分のもの、人を見れば奴隷、女と見れば慰み者にしてなぶり殺すもの、と脳が沸き返っている横暴官憲やロペス鉱業の暗黒面担当がわらわらと寄ってきて、撃退してやっとゲートにすべりこんだのだ……

〈ABSOLUTE〉から東銀河連邦、デビルーク王国、そして〈ワームホール・ネクサス〉のバラヤー帝国を経由して、ダイアスパーのある銀河へ。そのルートが確立すれば現在巨道となっている新五丈経由、またローエングラム帝国とガルマン・ガミラス帝国を経由する航路と同じく、〔UPW〕の繁栄にも軍事にも大いに貢献するであろう。

 だが、〈星涯〉の非協力的な姿勢がそれを妨害した……新五丈の竜我雷などはその間に最大の道を整備してもらうことができ、大儲けしている。

 東銀河連邦はもちろん、そのことには大いに不満だ。〈星涯〉を潰すべきだ、という意見も多く出るほど。

〈星涯〉は最近も近隣星系を侵略したり、優れた科学者が行方不明になるなど多くの騒ぎを起こしたり、危険視される行動が多い。あまりにも辺境であるため目立っていない……連邦自体も老朽化しつつある、と警告するジャーナリストもいる。

 いくつもの星系の政府。いくつもの巨大企業。さらに別の時空。

 多くの欲望が複雑な化学反応を起こしている地獄の釜。

 そこを、ヤン・ウェンリーとフレデリカ・G・ヤン夫妻らは訪れた。

 

 デビルーク王国に属する地球に留学していた第一王女ララ・サタリン・デビルーク、下宿先で婚約者でもある結城リトの妹の美柑、ララたちと同じ学校の生徒で財閥令嬢である天条院沙姫の三人が、パルパティーン帝国とかかわりがあると思われる者に誘拐された。

(その目的に、〈星涯〉がある……)

 それがはっきりしてきた。誘拐犯たちの要求は、東銀河連邦の通貨や情報、特権だったのだ。

 ヤンたちは激しい焦りと怒りに炙られているリトやモモ、家族や友人たちを押さえてひたすら情報を集めた。そのような仕事にしては短時間で。

 ヤンの周囲に集まった人々……不正規隊(イレギュラーズ)の名は、〔UPW〕のアッテンボロー艦隊の、公式のニックネームなので使えず、「Y機関」と呼ばれる。

 デビルーク王国の、皇室親衛隊の一部、秘密警察の一部、通常警察広域暴力団科の一部、税務署の一部などから有能な人材を引き抜いて作られた。

 ただし次女・三女・母親らの護衛も必要であり、ザスティンはじめ親衛隊の中核メンバーではない。

 ヤン・ウェンリー。

 その妻で副官、ローエングラム帝国全権大使でもあるフレデリカ・G・ヤン。

 グレー・レンズマン、トレゴンシーもついてきた。

 金色の闇と黒崎芽亜、御門涼子、天上院財閥の暗部らも参加している。膨大な金で殺し屋のクロも引き込まれている。切り捨てられた女殺し屋、暴虐のアゼンダもある種の恩赦とひきかえに加えられている。

 デビルーク王国が全力でバックアップしている。〔UPW〕も、ローエングラム帝国も。

 

 広く、戦乱がおさまったばかりのデビルーク王国には多くの犯罪組織がある。そこから、ヤミやメアの殺し屋としての情報網、多様な種族の犯罪者を含む異星人に優れた医療で隔てなく治療してきた御門のネットワークも加え、膨大な情報を得た。

 ヤミやメアは、殺し屋としてではなく情報屋として活動している。

(そのほうがずっと役に立つ……)

 とヤンに言われての事でもある。

 その情報を精査し、より分ける……多くの断片的な情報から真相を見抜くのは、ヤン・ウェンリーである。同時にトレゴンシーやマイルズも同じ情報を分析している。

「敵ながら見事だね、この短期間で東銀河連邦と、デビルーク王国の組織犯罪層を結んでいる」

 ヤンが見せつけた多くの、様々な企業の買収、株価の動き、犯罪、薬物の流れ……それらから出てきた流れ。

(ジェダイは外交官・交渉人・調停者でもある……)

 そのことをレンズマンも、またデビルーク王国の者も思い知った。

 情報を解析し、政治や経済、犯罪組織の流れを読み操るときのヤンの恐ろしさも……艦隊指揮官としても、摂政宰相としてもすさまじい能力を見せたヤンだが、それ以上かもしれない闇の才能を。

 陰謀の本体は東銀河連邦……そう見たヤンたちは、そちら側にも人脈を作ろうとした。

 デビルーク王国から〈星京(ほしのみやこ)〉をはじめ、大規模星系には多くの人が行っている。商人も外交官も。

 桁外れの美貌を持つセフィ・ミカエラ・デビルーク王妃も自ら赴き、多数の権力者たちを魅了したこともある。

 デビルーク王国は通常の艦船のワープ・兵器技術も東銀河連邦に比べかなり優れており、また多くの種族の個人戦闘力が『人類』しかいない東銀河連邦とは比較にならないほど高い。その高い生産力と戦力も見せ、言葉にならぬ脅しとともに交渉を重ね双方が儲かるようにしてきた。

 

 また、ヤンの近くにいるレンズマンは唯一時空の壁を貫通する通信であるレンズによって、直接〔UPW〕本部とも銀河パトロール隊本部とも通信できる。

 その結果、おそらく〈星涯〉で、また〈星京〉でも頼りになると思われる協力者が浮かび上がってきた。

 人呼んで銀河乞食軍団こと、星海企業。連邦軍退役中将である頭目、ほかにも会計・ロケット整備など多くの分野で桁外れに優秀だった佐官を何人も引き抜いており、連邦中枢部に深く広い人脈の根を持っている。

 ジェセック夫妻も「乞食軍団」には世話になり、深く信頼している。それからも、〔UPW〕が〈星涯〉に侵入するときには陰に陽に助けてもらい、逆に多くの利益を与えてもいる。

 

 ヤンからある日レンズ通信で、指令が飛んだ。

「〈星海企業〉が危ない、どんな手を使っても守れ」

 と。

〔UPW〕のダスティ・アッテンボロー、エレーナ・ボサリ・ジェセック、リリィ・C・シャーベット、トランスバール皇国のフォルテ・シュトーレンなどが最速で飛んだ。

 まさに間一髪だった。〈星涯〉政府が警察と軍、それぞれの中の縦割りを押し切って〈星海企業〉全員の逮捕・拷問・密殺を決断した直後……

 

 激しい銃撃戦、金平糖鎖地の基地に対する激しい砲撃……

「畜生ッ、ここまでなりふり構わずやってくるとは!又八は、おネジっ娘(こ)たちは!地上の……」

 ロケ松が叫ぶ。

「外道ども、星海(うち)と関係したかもしれない人間すべて九族まで赤ん坊も拷問して殺せ、怪しいもん一人のために町ごと住民ごと焼いていい、だ!」

 会計の年齢不詳美女が通信を傍受しているヘッドセットを叩きつけ、大型ライフルを手にする。

「まあ、あン時のキッチナー……大したことありませんや、ねえ頭目!」

「あーあ、アリのはい出る隙間もなしか。アリ一匹ぐらいでも助けたかったんだけどな……」

 手足のひょろ長い青年が、膝に抱えていたグロテスクな巨大カマドウマの頭をなで、よっこらしょとばかりに立つ。

「〈蒼橋〉の借りは少しでも返さなければ、連邦艦隊の英霊(みたま)に申し訳ないですな」

 老僧がゆっくりと立ち上がる。袈裟の下には極悪な爆弾が多数あるのは見ればわかる。自爆覚悟。

「頭目だけでも」

 二人の美女に脱出をせがまれるムックホッファ、だが頭目は泰然と死を待ち、武器を手にする。

 だがそれをあざ笑うような、〈星涯〉星系にはないはずの大型巡航艦の主砲が基地を狙う……

「ちくしょう……あのゲートで権力が、金が得られるとあちこちに吹いて、あんな最新鋭艦を……」

 ロケ松が歯を食いしばり、それでも戦い続けようとする。

 それらをすべてあざ笑う巨砲……その巨艦に、輝く剣が次々と吸い込まれる。剣、といっても人間が使うサイズではない。何十メートルあるものか……

「みんな!」

「エレーナさん!」

 通信機に飛びこんだ女傭兵の声に、お七が叫んだ。

 巡航艦が爆発する。ルーンエンジェル隊紋章機、イーグルゲイザーの遠距離攻撃。

 

 遠慮も外交的配慮もなにもなく、紋章機が問答無用でロペス鉱業のゲート封鎖設備を粉砕して飛び出したのだ。

「乗って、全員脱出!」

 紋章機の背後から、不可視フィールドがかかっていた数隻の艦艇が出現する。護衛する大型の人型機も。

 人型機は巨大な荷物を背負って飛び出し、素早い姿勢制御で着地すると、荷物であったコンテナが開く。

「さッ、逃げるよ!荷物なんて置いてきな、命さえありゃいいさ!」

「子供は命よりプロマイド一枚が大事だったりするから、しっかり監督すんだよ!」

「書類の焼却、証拠類の爆破、全部準備完了です!」

 中学生ぐらいの若すぎる少女整備見習い……おネジっ娘たちがベテランや和尚に守られ、コンテナにとびこんでいく。

 頭目はゆったりと、最後にコンテナに乗ろうとし……ライトセイバーの剣士が襲う、光刃を紋章機を蹴ってとびこんだ少女のライトセイバーが受け流した。瞬時に数合がはじけ合う。

 リリィ・C・シャーベット。ルーンエンジェル隊の紋章機操縦者、魔を断つ剣の達人であり、ジェダイの技も学んでいる。

 別のところからムックホッファを狙って飛んできた何かを、いつのまにかそこにいた偉丈夫が宇宙斧で受け流す。受け流したのだ、細い針なのに鉄が詰まった大槍を全力で投げるようなすさまじい威力。

 恐ろしく痩せた道士と、グレーの制服を着た偉丈夫がにらみ合う。

 

 地上でも似たような、激しい銃撃戦があった。

 高級住宅街レモンパイで。タンポポ村に近い駅で。貧困層が集まる住宅街で。冥土河原の奥の集落で。

 兵、警官、ならず者たちが高級店を、ぼろい運送業支店を、容赦なく町ごと皆殺しにしようとする。

 だがその暴力男たちは、次々と気絶し倒れる。スタナーを帯びた、恐ろしく速く光学迷彩を備えた、太った人間の子供のようなものが飛び回っている。

 暗黒星団帝国の技術を用いた小型アンドロイド。

 次々と〈星海企業〉の者が救出され、ステルスのかかったシャトルで宇宙に向かう。

 

 そして中型艦の中で、救出されたムックホッファをヤンが迎えた。

 中型艦と言っても、技術水準の高い〔UPW〕の最先端巡洋艦。久々にヤンに会えた〔UPW〕提督ダスティ・アッテンボローが大喜びしているのを振り切ってきている。

 

「ヤン・ウェンリー、まあ肩書はもと元帥とかいろいろあるのですが、今は単なる一私人、むしろ妻のおまけでして……この騒ぎを起こした犯人です」

 ムックホッファに、ヤンはまっすぐに言った。

 

 フレデリカは震え続けていた。

〈星涯〉の大弾圧を起こしたのは、彼女の夫ヤン・ウェンリーである。

 火薬庫にマッチを放った。だからこそ爆発をコントロールし、敵である〈星涯〉警察・軍・諜報+巨大企業暗部すべてのリソースを使って、「銀河乞食軍団」のメンバーを特定し、先手を打って救出できる、という……

 本来検討されていたより極端な、偽の命令が発動するように〈星涯〉上層を動かしている。準備もできていない。あまりに極端で、あまりに標的が多い、あまりにも準備がされていない無茶命令に現場は支離滅裂になっている。

 だからこそ大量殺人命令なのに、実際には動きが鈍い。

 

 シスの暗黒卿でもある敵が〈星涯〉中枢に深く食い込んでいることを突き止めた。両方が、〔UPW〕に信頼され連邦中央と太いパイプもある〈星海企業〉を目障りとすることも読んだ。

 その勢力が作り上げた組織の力と動きを読む。

 できかけの多数の爆弾に、完成する前に点火して導火線網を全部暴く。

 残虐すぎる大弾圧命令が周辺星系、東銀河連邦中枢に与える影響……〈星涯〉政府の味方になる政治家、報道を抑圧する報道企業、その株主。株価がどう動くか。それらから敵の菌糸をあぶりだす。

〈星海企業〉の、裏のメンバーまで連絡する。

 同時に、民間人に被害を出させないため〔UPW〕側の多くの兵力が秘密裏に強行降下した……特殊なパワードスーツで人間のふりをしたバガーが一気に降下制圧した。アンシブルでつながる集合精神、人間の数十倍の出力、人間にはない多くの感覚器官と機械センサー、より強力な白兵戦武器。多人数の感覚器が統合されている、両耳で位置を聞き両目で立体を見るように、遠く離れた多数が敵を三角測量する。人間の兵や警官にはまったく対応できなかった。

 

 一言で言えば、主導権である。マッチを投げたヤンは、完全に主導権を握っている。

 巨大なクモが弱い小虫に食いつこうとする。その瞬間だけ、闇に隠れ時空をまたぐクモの巣全体が震え、全体像を見ることができる。

 敵の資金の流れ全体の要所を監視しつつ、大きい行動を起こさせたのだ。

 フレデリカは、自分の夫がどれほどの怪物か、まだ理解しきれていなかったことを知った。そして彼がどれほどそんな自分を憎んでいるかも知り、どれほどの怪物であってもついていく覚悟を改めて固めていた。

 

「何が欲しくて?」

 ムックホッファの端的な言葉、ヤンも単刀直入に答えた。鋭く優しい視線をまっすぐに受け止めながら。

「知り合いの子供が何人か誘拐されたので、救出するために」

「ああ、わかりました」

 東銀河連邦軍艦船の三分の一を擁する基地を支配した退役中将は、透き通るような笑顔を浮かべた。

(そんなことのため……)

 普通なら怒り狂うところだろう。

 だが当のムックホッファも、似たようなことをしている。パムという故郷を失った少女に故郷を、家族を返してやろうと〈星涯〉政府や巨大企業と戦い抜いた……

(新技術を手に入れるかもしれない、辺境星系とさげすまれる存在から東銀河連邦をひっくり返してやる。

 そのためであれば、たかが数千人の犠牲なんということもない……)

 と、少女を密殺しようとし、村周辺を封鎖し近隣の山菜取りの村人と胸の赤子すら容赦なく即決処刑した権力者たちに歯向かって。

 奇跡的に犠牲は少なかったが、覚悟はあった。〈紅天〉の大艦隊に、軽巡二隻で立ち向かった現役時代と同じように。

「ただ、我々を助けてくれたのはありがたいのですが、我々の力はほぼ消えています。市井に混じり、人々とつながることが我々の力だったのですが」

 ムックホッファの言葉に、ヤンは静かに口を開いた。

「〈蒼橋〉義勇軍については調べさせていただきました。普通に暮らす宇宙生活者たちが、星系構成上非常に多い隕石と戦うように、自覚的に故郷を守って戦う。それと今の〈星海企業〉のシステムの共通性。

 ですが」

 ヤンは存在しないベレーに手をやり、気づきもせず言葉を継いだ。数倍の艦隊に立ち向かう作戦を、いつもと変わらぬ微笑を浮かべ平然と告げるように。

「民を皆殺しにすれば、それは無効です」

 ムックホッファは、目の前の若すぎる退役軍人を見ていた。その巨大さを正確に見ていた。だからこそ驚きはしていない。

 また、わかっていることがある……

(銀河乞食軍団に、わずかでもつながる者を全員拷問虐殺する)

〈星涯〉政府が今回踏み切ったやり方は、義勇軍と共通する手法を完全に殺す唯一の手段なのだ。ジェノサイドは、人の網による抵抗を破壊できる。

 義勇軍とは、ムックホッファが連邦将校だった時の功績だ。〈紅天〉の資本で開発され、その支配下にあった鉱山星系〈蒼橋〉住人が重税に抵抗して決起した。鉱山開発と裏腹の隕石との戦いから、自分たちを守る、戦う意識が強い住民たちは以前から義勇軍を作っていた。普通に仕事をして暮らすことと戦うノウハウを一体化させて抵抗する姿を、ムックホッファは見て学び、ともに戦った。その姿から、政府と民の中間団体としての星海企業を構想し、退役後作り上げたのだ。民の間に深く根を下ろし、情報を集め、高官たちを不殺でひっかきまわす銀河乞食軍団を。

 ヤンはそれを調べ、評価しつつも否定した。

「いくつもの宇宙が結びつき、技術が組み合わさったとき、民が不要になることもありえます。

 少しずれた話ですが、故郷も数百万年前、開拓が停滞し民主主義が衆愚と化して選挙で選ばれた指導者が皇帝となり、数百年で人口は一桁減りました……服従させる制度や技法によっては、いくらでも絞り壊せるのです。

 別の時空では『アールグレイ、ホット』というだけで原子を組み上げてカップ入りの熱い紅茶が出てくる機械があり、それで貨幣がないとか。しかしその技術は、民のない国も可能とします」

「あなたは、民主共和制のために戦ったとうかがいましたが」

 ムックホッファの穏やかな声。かすかに妙な音がする……フレデリカとお富の歯が鳴っている。

「前提」

 そういったきり、ヤンは長い沈黙に入った。

 ヤン自身はずっと、技術がすべてではないと思っていた。

(ハードウェアより、ソフトウェア……)

 それが持論だった。イゼルローン要塞も巨砲や装甲を見ず、人の心を突いた。ガイエスブルク要塞が飛んできても、アルテミスの首飾りを見ても、恐れることはなかった。

 人類の歴史を見ても、スペインの新大陸征服のように一見銃というハードウェアと見えて、先住民帝国の内紛というソフトウェアが重要であったことが多いとも学んでいる。

 だが……人類以外の知的生命体もない、人類の技術そのものが停滞していた時空での話だった。

 

 ヤンにとって、故郷時空……旧同盟も帝国も問わず、他人事だからこそおそろしいほど透明に見えていた。

 はるか遠く。わずかなレンズマン通信の報告のみ。

 静かに考えてきた。

 鍋に入れる材料はたっぷりある。

 いくつもの時空で学べる歴史と比べる。

 ラインハルト皇帝の病中ヤンがローエングラム帝国を支配したとき、ゴールデンバウム帝国や滅びた巨大門閥貴族、フェザーン、さらに征服した旧同盟からも膨大な極秘資料を全部吐き出させ、整理させた。無論公の仕事としてそれを管理公開するシステムも命じたが、自分のためにも別時空の技術でできた小型ディスクにコピーを詰めた。

 連邦末期や帝国についても、同盟軍中将でも手が届かなかった資料を多く手にした。

 いや、統治すること自体が、これ以上ない歴史の勉強だった……計算ドリルと、漂流船で太陽を測り緯度を計算する努力のように。

 

 ラインハルトが全領民から、様々な才ある者を見出し、ともに学び向上している。それは膨大な科学技術の発展や素晴らしい文化を生み出している。

 公正な法、治安、最低の食は守りながら。本当の弱者はアンネローゼにゆだねて。

 だがそれは、

(もしルドルフ・フォン・ゴールデンバウムとその後継者が、その理念のある部分を正しく運用していたら……)

 それを考えさせてしまうのだ。

 ルドルフは、弱肉強食を標榜した。優れた遺伝子を持つ者が支配すべしと身分制を導入した。

 それは徐々に狂気を増し、ゲルマン系が優れた遺伝子であり、ルドルフに忠実で功績を立てた者が優れた遺伝子の持ち主である、という帝国のイデオロギーと化した。

 だが。

 本当に能力と遺伝子だけを見ていたら。

 小さいうちに、あらゆる能力を検査する。優れた子は公費で教育する。そして優れた者どうし、馬や作物を改良するように交配させる。

 さらに遺伝子の、四つの文字でできたDNAの文章にも手を入れる。

 徹頭徹尾、能力を高めることだけをやったら。

 いや、まさにその近くを通ったのだ、バラヤーの敵国だったセタガンダ帝国……功績を挙げた優れた者の最大の名誉は、自分の遺伝子を使ってもらうことだという。

(歴史的には、正しく優生思想をやることは不可能と言っていい。人種、民族、指導者の自己神格化でゆがんでしまう。人に欲があり、普通の感情がある限り。

 だが、正しくそれをやってしまったら……)

 民、という言葉の意味が崩壊してしまう。法の下の平等が根拠を失う。

 さらにサイボーグ技術、脳=コンピュータ直結による知能増強。遺伝子編集、交配管理、薬物による知能増強。人間以上の知性が、さらに自分より上を作る。それに生産力の指数関数増大が加わる。……

 ルドルフが科学技術に、正しい優生学に背を向けたのは、そのためではないか。自分の子孫が支配する、秩序。秩序を文明全体の向上より優先したからではないか。

 

 深い深い思考の淵に潜水しているヤンを、ムックホッファたちは黙ったまま、長い間見つめていた。

 フレデリカは少し非礼におろおろしかけたが、相手の様子を見て銅像となった。

(わずかな情報と、一目見ただけで、ここまで夫を理解してくれるとは……)

 ムックホッファもまた英傑である、と理解した。

 

 

 やっと再起動したヤンが、実際的なことを言い始めた。

「さて、申し訳ありません。東銀河連邦中枢の、お知り合いとの連絡をお願いします」

 ムックホッファらは中央で恐れられ、〈星京〉には近づかないと誓約している。だが間違いなく膨大な人脈はある。それを利用されるのは相手にとって不快だとヤンは理解している。それでも言っている……子供たちを助けるために。

「敵の目的は、まったく別の時空から離脱した船の、歴史を計算する技法を伝える人々と判断しています。それを手に入れるために〈星涯〉の政府を掌握する……そのためにデビルーク王国の力を利用しようと、王女を誘拐したんです」

〈星涯(ほしのはて)〉。スターズ・エンド。第二ファウンデーションのありか。

 相手が何を求めるか……ヤンはただ、それだけを洞察した。

(身代金で人質を取り戻せるなら、それでよい……)

 とさえ思っていた。悪を倒す、という正義感ではなく、人質の無事さえあればいいのだ。

 だが、さらに問題が出てくる。

 第二ファウンデーションからの難民も、〈冥土河原〉からさらに離れた地獄の鉱山で奴隷労働をさせられている、という情報もあるのだ。

 そしてどれだけの身代金を払えば、敵は人質を解放するだろう。人質をどこに置いているだろう。


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