第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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『目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい』の本編には切れ目がないので、#198の終了時点から分岐するとします。
『若き女船長カイの挑戦』は日本語版現時点(三巻まで)。それ以降の原書の展開は無視。

もちろんどちらも、独自の展開や独自設定を多く加えると思います。


目覚めたら最強装備と宇宙船持ちだったので、一戸建て目指して傭兵として自由に生きたい/時空の結合直後

 数限りない時空がつながっている。

 人類が発生していない時空も。知的生命が発生していない時空も。

〔UPW〕は多くの時空とつながりはしたが、そのネットワークから遠く離れて新しくつながりができた時空はそれ以上に多い。またクロノゲートが、人類の銀河から遠く離れた無人銀河につながったことも多い……その場合、観測精度を相当上げない限り無人時空とみなされる。

 今も調査と交渉は繰り返されている。今は、主に自由惑星同盟の膨大な退役将兵や、あちこちの難民の受け皿となっている。

 

 そんな、距離以前に時空のつながりで数えても、かなり遠く。

 テラフォーミングが完了したばかりの惑星があるコーマット星系に、多数の船がハイパードライブから通常空間に出現する。

 かなり巨大な船もある。重武装の軍用艦と思しきものもある。

 

 その一隻の、多目的船……一見非武装、貨物輸送と小型宇宙船母艦と見える船の、さらに内部の小型武装船のコクピットにて。

「星系スキャン開始……アンノウン!」

 画面を見ながら、豊かな胸の美少女、ミミが叫んだ。

「アンノウン、としか言いようがないわね。見たことも聞いたこともないものだわ」

 やや胸は小ぶりだがとてつもなく美しい、エルフの長い耳をもつ銀髪の女、エルマが素早くコンソールを操作する。次々とさまざまな画面を開き、さまざまな計器の情報を見て比較する。

「これとも一致しない……ちがう……ちがう……」

「本隊からも通信が入っています」

 エルマが分析を続け、ミミも通信や索敵に忙しく手を動かしている。

「完全にアンノウンです」

 通信画面が開き、黒髪ロング巨乳メガネでメイド服の美女、メイが告げた。

「なんや、なんなんや」

「やっぱり……」

 別の通信画面。かなり幼い少女にも見える整備士服を着たドワーフ姉妹、赤い髪のティーナと青い髪のウィスカが、なぜか責めるように艦長席の青年を見た。

「トラブルを呼んだ(のでしょうか)(わね)(ようです)(やん)(んでしょうか)」

「お約束か……」

 二十代後半ぐらいの男が頭を押さえ、別の通信画面を開いた。

「アンノウン、何かある。とにかく警戒してくれ!いや、今すぐ引き返すことも検討しろ!」

「はい、ヒロ様」

 画面で、小学校高学年ぐらいの黒髪の美少女、クリス……クリスティーナ・ダレインワルドが激しい緊張を押さえて微笑んだ。深い信頼と、それ以上の情熱を目に乗せて。

 彼女も見ている画面の一つには、母星からやや離れた距離データがついて、奇妙な電磁波を出す木星サイズの『何か』が映っていた。

 

 男の名はヒロ。

 産まれたのは〈共通歴史〉をもつ二十一世紀初頭程度の地球。平凡なゲーム好きの会社員であり、宇宙を舞台に宇宙船で駆け回るオンラインゲームや射撃ゲームのトッププレイヤーだった。

 それがある日、目が覚めたら自分がプレイしていた宇宙ゲームの、特殊な入手法をしたカスタム傭兵戦闘船〈クリシュナ〉のコクピットにいた。外を見ればゲームに似ているが星系の名前などは違う宇宙空間。

 それから主に宙賊を狩る傭兵として、凄腕と船の性能で頭角をあらわした彼は、この世界の常識がなく冷徹さに欠ける性格もあり、ミミとエルマ、窮地に陥った美女を大金で助けた。多くの功績をあげて大金を稼ぎ母船〈ブラックロータス〉も手に入れた。そのときにティーナ・ウィスカ姉妹もクルーに加わった……船を買ったメーカーとのトラブルから。メイは大体趣味で購入した自律人工知能アンドロイドである。

 ちなみにミミ、エルマ、メイとは男女の関係でもある。

 今は別の事件で助けた伯爵令嬢、クリスに雇われて植民船団を護衛している。

「こういうのは……どっかへの門、ってのが定番だな」

「ああ、あんたそういうゲームたくさんやってたんだっけね」

 ヒロのつぶやきに、彼の過去を聞いているエルマが返す。

「戦闘準備は完了しています」

 メイの報告。

「どうすればいいでしょうか?」

 クリスが聞いてくる。ヒロは一瞬考えて答え、メイに目顔で確認した。

「最悪を考え、人が多い船はすぐ引き返して情報を伝える。まずダレインワルド伯爵と皇帝、ウィルローズ子爵家、セレナ・ホールズ中佐、あとそっちで思いつく相手に伝える」

「はい」

「この現象はこちらで調べる、あるな?」

 母船側との通信画面を見る。

「あるでー」

「こんなこともあろうかと……ではないのですが」

 ティーナが示した、ミサイルを改造したようなもの。

「クリス、帝国を代表してメッセージを。できたらそれを積んでくれ。終わったら〈クリシュナ〉射出」

「承知しました」

 母船を制御するメイが請け合う。

「ショーコ先生がいたら狂喜乱舞だろうな、これ。あーんなとかこーんなとかとんでもない怪物がいたら逆に」

 ヒロがため息をつき、ある事件で知り合ったマッドサイエンティスト気味の女医を思い出す。

「うちのエンジニアどもも狂喜乱舞やで、別時空の機械や素材、って」

 ティーナが笑った。

「あ、あの、スペース・ドゥエルグ社にも連絡してよろしいでしょうか?」

 ウィスカの言葉に納得した。彼女が雇い主の利益を考えるのは当然のことだろう。

 

 クリス・ダレインワルドは、伯爵家の跡継ぎである。家督争いで両親を失い、当主である祖父に相続に向けた訓練を受けており、この開拓星への旅もその一環だ。

 だからこそ、この前代未聞の非常事態に、グラッカン帝国貴族にふさわしく対処しなければならぬ。多くの意見を聞き、正しい人に任せ、責任を取る。その重任は、彼女の年齢や経験不足を考慮してくれるものではない。

 腕のいい整備士であるドワーフ姉妹は手早く、友好的なメッセージをあらゆる波長で発信するように調整した索敵用無人機を信管と炸薬を抜いたミサイルの弾頭に固定し、ゲートに射出した。

〈ブラックロータス〉は巨大ガス惑星の陰でシールドを全開にし、それ以外の船は超光速で母星の裏にまわりこむ。

(敵が出ていきなりとんでもない大砲ぶっぱされても、超大質量の盾なら逃げる時間ぐらいは……)

 と、いうわけだ。

〈クリシュナ〉が超高速でゲートに接近し、ミサイルをぶっ放して素早く近くの小惑星の陰に逃げた。

 

 しばらく待ち、間もなくミサイルがゲートから飛び出してきた。放ったミサイルに搭載しておいた帰還機。

「予定通りの時間です。最大限の安全措置をして解析します。極めて悪質で高度なコンピュータウィルス、微小機械、生物兵器病原体を前提にします」

 メイが静かに作業を続ける。

 帰還するようプログラムして搭載した無人機が発信するデータを、まず隔離したコンピュータで解析、次いで高性能アンドロイドの頭脳で一文字残らず解析する……ウィルスを仕込まれていてもどうにかなるように。

 無論、帰ってきたミサイルはすぐには回収せず厳重に監視、いつでも〈クリシュナ〉の重レーザーと対艦弾頭をぶちこむ構えでいる。

「映像、ウィルスなどなし。キャプテン・ヒロ、送信します。乗せた小動物、生物組織、培養脳細胞に異常なし……」

 メイの声が響く。

 突然、映像を受け取った〈クリシュナ〉はクリスに一言断り、一気に加速した。

 映像……何隻もの中武装船が宙賊船隊に追われている。ヒロたちには見慣れすぎな状況だった。

 

*若き女船長カイの挑戦*

 

 うまくいかなかった。

 スロッター・キー星の私掠戦となった〈ヴァンガード〉、もとはヴァッタ一族のはぐれ者オスマンの宙賊船〈フェア・カリーン〉のカイ……カイラーラ・ヴァッタ船長は瞬時に決断した。

 宙賊の、八隻を二手に分け、細かいマイクロジャンプで追い詰める連携攻撃。こちらは惑星に落下ギリギリのスイングバイ加速、機雷をばらまいて一方を足止め。そして加速を利用してハイパー・スペースに突入しどこかに逃げる……

 犠牲はあったが、かなり思い通りにはなっていた。宙賊船を何隻も破壊した。

 だが、嫌なところに敵の新手が出現した。多勢に無勢……四時間、持ちこたえるのは無理だ。

 自分が犠牲になるしかない。誇りのために離脱したが誇りのために敵の接近を知らせ、奮戦し死んだシウダッド星のザバラ船長や、この私掠船団の指揮者であった、無能だったが勇敢ではあったアンダーソン船長のように。

 自分のみならずクルーを犠牲にする……自分を見つめるクルーには、理解と受容の光があった。だからこそ痛みはすさまじい。

 そのとき、突然敵船が火を噴いた。

「新しい味方?」

 カイの目に、異質な船が見えた。流線形の美しい姿から、四本のかなり長い腕があり、腕の先端には大型のレーザー。

「速い!」

 宙賊船がミサイルを発射したが、流線型の船は機敏に回避する。

 通信がつながる。

「あー、あー。通じてるか?こちら傭兵ギルド所属〈クリシュナ〉船長キャプテン・ヒロ。宙賊に追われてるなら加勢するぞ。悪いな、ミミ。オペレーターの仕事だが、言葉の問題だから。よくこの短時間で通信を傍受し解析したな、エルマ」

 宙賊船のレーザー、が〈クリシュナ〉を名乗る船のシールドは余裕で耐えている。

「ありがとう!こちら〈ヴァンガード〉、船長カイラーラ・ヴァッタ。反撃します!」

 カイが決意し、敵船団を分断にかかる。〈クリシュナ〉も巧みにフォローする。〈ヴァンガード〉を阻止するため砲火を集中したら、〈クリシュナ〉がその陰に隠れて武装腕を出して攻撃する。

(やりやすい)

 深い喜びがカイの腹から沸く。

〈ヴァンガード〉のシールドが限界に近付く前に、カイは僚艦に指示し、敵を弱い横腹から撃たせた。

「限界まで加速、残りの機雷を」

 急加速に〈クリシュナ〉はぴたりとついてくる。

 ばらまかれた機雷が追跡をためらわせる。足を鈍らせた宙賊艦に、〈クリシュナ〉が鋭い機動で反転、機雷を回避しつつ飛び出し、激突ぎりぎりの至近距離ですれ違いざま艦首の実体弾散弾砲をぶち込む。ほぼ同時に柔軟な武装腕で、分断されて他の船を襲っていた宙賊船の、射出される瞬間のミサイルを狙撃する。爆発に巻きこまれた宙賊船が大ダメージを受ける。

「なんて腕……射撃を集中!」

 カイも負けじとクルーを、残った僚艦の〈シャーラズ・ギフト〉と〈バスーン〉に指示を出す。

 士官学校(アカデミー)で習った通り、簡潔で短く、誤解の余地がなく、単純な動きを命じる。

 それで敵を迷わせ、〈クリシュナ〉の性能を活用してひっかきまわし、自らも危険を冒して急襲する。

 

 気づけば宙賊が全滅していた。

 激しい疲労に、カイは倒れそうだった。だが、しなければならないことは多い。

 まず自分についてきて、生き残った僚艦に感謝を告げる。それで限界が迫った。

 左腕が奇妙なサイボーグの、ヒュー副長が支えてくれた。

「船の雑務はします。新しい船との交渉に専念してください」

「わかったわ。〈クリシュナ〉、救援を心から感謝します」

 通信が確立し、はっきりと映像が見えるようになる。通信担当は、プロトコルに共通点がまったくないことに苦慮していた。いわゆる転生特典かあらゆる言葉が通じるヒロが、別の誰かと技術に関する会話をしながら補助しているのが聞こえる。

「ああ、いい腕だった。それより、その船から、恒星とその惑星と今の針路を基準に……この座標を見てほしい」

 ヒロの言葉に、カイはそこをスキャンし……驚く。

 見たことも聞いたことも、データを見たこともない木星大の何か。

「な、何これは」

「多分、時空を超えるゲートのたぐいだ。〈クリシュナ〉は別の星系にできた、その丸いのに飛び込んでこっちの丸いのから飛び出した。

 ここはグラッカン帝国領土か?ベルベレム連邦にも覚えはないよな?……地球には?」

「……グラッカン帝国、ベルベレム連邦は知らないわ。地球生まれではないけど、みんな地球人の子孫よ」

「地球……やはりな。並行時空だ」

 カイが衝撃に打たれる。ヒロは別の形だが並行時空の間を移動したからこそ、その概念に抵抗はない。

「俺は傭兵だ。ある惑星の入植を護衛することになって、行ってみたらこのゲートがあった。無人機を送って情報を調べたら、宙賊に追われてる傭兵がいたから助けに来た」

「そ、それより、なぜ言葉が通じているの?」

「俺はなぜかどこでも言葉が通じる」

 と、画面のヒロが肩をすくめ、画面の隅を見る。別の誰かと細かく会話しているようだ。

(いい参謀がいる?)

 カイは必死で分析する。

「まあ、とりあえず俺は征服したりする気はない。面倒だからな。

 帝国がどうするかは知らないが。

 とりあえず、ゲート自体は安全みたいだが……え?まず体制を聞け?ああ、庭にUFOが降りたらまず誰に連絡するか、誰が地球号の船長か、ってことか。どうなってる?」

 カイは呆然と口をつぐんだ。考えたことすらなかったことだ。

 考えない。

 ラフェも必死で星間通信局(ISC)の独占がすでに崩れている現実を否定した。

 サリヨン星系の当局は私掠戦が徒党を組むことを議論したりすることも禁じ、カイを望ましからぬ人物として追放した。どんなことについても、カイが間違っている方向の希望的観測にしがみついた。

「あ、あたしたちの、世界は……たくさんの星系、そちらも恒星のまわりを惑星が回ってる?」

「ああ。コロニーも結構多いがな」

「その、星系ひとつひとつが独立国よ。あたしの故郷スロッター・キー航宙軍は、自分の星系だけを守ってる。航路は、私掠船。

 宇宙通商法は、あるわ。それを守って船が行き来してる。領事館もある。

 人類全体の、国際的な……星間通信局(ISC)。星と星の間の、超光速通信(アンシブル)を管理してる。でも……」

 はっと口をつぐんだ。どこまで、キャプテン・ヒロに言っていいのか。

 別時空の、侵略者の尖兵かもしれない凄腕船長に。

「営利企業。軍事力も持ってる」

「アホか、それじゃどの星にも勝てる戦力を集めた奴がすぐ全人類領域を征服するだろ。星間通信局とやらだっていつだって世界征服できる」

 カイは、その別の視点からの言葉で、今起きていることを電光に打たれたように理解した。

 自分が生まれ育った世界、星々に広がる人類。目の前のコンソールと同じく、隣の副長と同じく明白に存在しているのに見ていなかった「こと」。

 

 カイラーラ・ヴァッタは、多くの星々を回って交易する血族重視の大企業、ヴァッタ航宙の社長令嬢である。商売より軍にあこがれ、故郷星スロッター・キーの士官学校に入った。

 だが優秀な成績を取り卒業寸前、自分が監督する後輩が懺悔のため外部と連絡したい、という頼みを聞き、その後輩が裏切って騒ぎを起こし大問題になり退学。両親は家業を継がせると決め、マスコミ除けも兼ねて船で旅立せた。

 だがその寄港先でアンシブル……大型設備での星間通信が破壊され星系内の内戦に巻き込まれ、故郷との通信がほとんどできないまま恐ろしいトラブルに巻き込まれた。

 さらに間もなく、宇宙各地でアンシブル網が寸断され、同時にカイの両親や兄も含めヴァッタ一族が片端から殺された。宇宙のあちこちを航行するヴァッタ航宙の船がいくつも爆破され、本社ビルも屋敷も爆撃され、地下シェルターも破壊された。

 カイも何度も殺し屋に狙われながら生きのび、襲ってきた一族から追放された犯罪者オスマンを殺してその船を奪った。元はヴァッタ航宙の船なのだから彼女に言わせれば、

(取り返した……)

 だけである。

 従姉妹で故郷からの使者ステラと合流し、さまざまな冒険を経て、なぜか故郷から届いた敵船拿捕免許状、私掠船免状を活かして宙賊団と戦う……復讐のため、同じ私掠船を組織しようとした。

 だが年上のアンダーソン船長が組織を指揮することになり、無人星で訓練していたら組織をかぎつけた宙賊に襲われたのだ。

 

 ヒロの言葉でわかる。単純。単純なこと……士官学校で最初に習ったこと。戦力の集中。分断。各個撃破。

 ……それぞれの星が、星の経済規模に応じた軍を持って自分の星だけを守る。星間通信局は宇宙全体に散らばる。

 なら、野心のある宙賊が、自分がオスマンの船から手に入れたような船に乗せられるアンシブルを用い、十分な数と戦力をそろえてどの星にも勝てる戦力を得れば。

 まずあらゆる星で同時多発的にアンシブルを破壊する、それ自体はわずかな戦力で可能。

 それから星間通信局の戦力……半年以上たつのに復旧は進んでいない。結構長く組んでいた、星間通信局幹部の放蕩息子ラフェが心配していたように、星間通信局の中枢を何らかの方法で機能不全にしてどうしても人類領域全体に薄まっている戦力が集まらないようにする。

 星間通信局の機能を奪ったら、孤立した主要星系を順番に脅す。ヴァッタ家を見捨てたスロッター・キー政府のように、買収でも脅迫でもなんでも。

 ばらばらの私掠船を、宙賊側は数を集めて撃破し、航路を支配する。

 そこまではわかっていた。戦う気でいた。だが、それに名前をつけることをしていなかった。

 帝国。全人類を支配する、国々をまとめる超国。

 キャプテン・ヒロの世界は当然のように、多くの星々をまとめる帝国や連邦がある。

 なら、この世界もそうなってもおかしくない。

 士官学校の戦史の授業では、宇宙進出以前の歴史もあった。

 士官学校で学んだ自分さえ、考えていなかったのだ。航路の安全。星間通信。それぞれの星。それは何も考えなくても、忠実であれば、考えずに従って戦えば守れると。航路、通信、星々……全人類。それは現実に存在しているのだ。

 考えたこともなかった。

 また、なぜ連合艦隊という概念を、皆あれほどまでに恐れるのかもわかった。現実に帝国で暮らしている人間を見てしまったからだ。頭の中ではなく、現実に。

 ある寓話が思い出される。

 馬も人も狼に苦しめられた。

 馬が馬具をつけ、人を乗せたことで、狼は退治できた。

 馬がもう終わったから降りろ、と言ったとき、人は「バカが」と笑って拍車を入れた……。

 キャプテン・ヒロの帝国はどのように、艦隊を制御しているのか?自分がなろうとしたスロッター・キー航宙軍、それは文民統制……全人類の軍隊に、どんな文民統制がある?「文民統制」など、頭の中の考えでしかなかった。

 

 敵は……宙賊ガミス・トゥレックは。両親の、兄の、多くの家族や親戚、従業員たちの仇は。

 全人類の支配者になろうとしている、帝国を築こうとしている……

 

 それが見えたのも、彼女がヴァッタ家という商人の目と、卒業できなかったとはいえ士官学校の、軍人の目の両方を持っていたからだ。それに短い間だが多くの経験を積んだからでもある。

 そして今話しているキャプテン・ヒロも、別の形だが並行時空を移動した経験があるからこそ、この異常事態を受け入れることができている。

 

「で、こっちの時空から本格的に使者が来たら、誰と交渉するんだ?……そうだな、ミミ。そっちはもう限界だろ、休めよ。こっちも一度戻って報告する。キャプテン・ヒロ、アウト」

 そう言って、ヒロは通信を切り〈クリシュナ〉は恐ろしい速度で、その巨大なゲートに向かった。

 カイは衝撃に打たれ動けなかったが、

「今は、これとこれだけ承認して、眠ってください」

 副長に言われて呆然と、ゾンビのようにそれをこなしてベッドに倒れた。

 激しすぎる興奮、だからこそ脳内に入っているインプラントに睡眠強化モード、『緊急連絡がない限り三時間の熟睡』を指示しようとして、膨大な思考と感情の奔流に動けなくなる。

 敗北。失敗。そして並行時空。全人類帝国。ガミス。航宙船アンシブル。自分とラフェの頭に入っているインプラント・アンシブル。

 全人類から税を取り軍事力を……

 並行時空。その技術や知識。どれほど莫大な金になるか。逆になすすべもなく征服され踏みにじられる可能性も。

 この無人星は、今や宇宙で一番貴重な場所だ。どうやってわずか三隻で守る?それにシウダッド星に、ザバラ船長の勇気と名誉を知らせなければならない。故郷?いやスロッター・キー政府はヴァッタ家に背を向けた。

 誰に、この金鉱のありかを伝えることができる?在りし日のヴァッタ航宙でも食べきれない。

 もし宙賊船がやられながら連絡していたら、ここの重要性を理解して襲ってくるかもしれない。

 いや、ゲートはほかにもあるかもしれない。

 自分の脳にあるインプラント・アンシブル。これはインプラントを持つ者と特殊なつなぎ方をすれば複製できる。自分の故郷は星間通信局が厳しいから広まらないかもしれないが、あちらにはそんな柵(しがらみ)がない。古い技術で成功している古い企業が新技術を潰す、新興企業が新技術を生かして古い企業を倒す。

 誰に連絡できる?インプラント・アンシブルでラフェに?ステラに?

 これほど小さな手。これほど小さな戦力。しかも敗北者。それが、これほど大きいものを背負うなんて。

 脳がぐちゃぐちゃになる……眠れ、というヒロや副長が正しいのはわかっても……




今回を書いていて思ったのは…『カイの挑戦』原作にも随所にあったせいでしょう…「概念」「考え」というものの恐ろしさです。
それ自体が悪質伝染病並みに怖い。

「今自分がいるこの世界は、どうなんだろう」そう思っただけでも、恐ろしいことが起きる。
目の前にあるのに無視していた、肝心なことに気づいてしまう。
自分は、みんなが、落とし穴だらけの野原を目隠しして歩いているも同然だと気づいてしまう。

その気づきは体制を破壊する。だから、原作中のサリヨン星系当局のように、活動すること、言うこと……存在すること、考えること自体許さない。

ラフェも、船に乗せられるアンシブルという技術進歩で、星間通信局の時代は終わったことをどうしても認めようとしない。
ステラもヴァッタ家への忠誠ばかり考え、カイを裏切り者扱いする。
カイでさえも三巻まででは、人類全体、宙賊のボスは全人類の支配者にふさわしい存在だということまでは考えない。
星系政府、星間通信局、ヴァッタ一族などの、「自分が忠誠を誓った集団」しか考えられない。全人類が見えない。

では今の、この『現実』の我々が、目の前にあるのに見ていないものは何でしょうか?

脱原発?温暖化?太陽光はラビットリミット?銅や燐が尽きたら終わりだ。
宇宙船地球号に救命ボートはない。すべての卵を一つの籠に入れている。
民主残党を捨ててゼロから、現実的で、無条件に役立たず階級を食わせる野党を作る。
沖縄米軍基地?メガフロートでいい。ニューヨークの地価も、沖に巨大船でいい。難民も豪華じゃない巨大客船でいい。
職場のパソコンのスピーカーから、今家で遠隔操作リモートワークをしながら聞いてるエロゲソングが大音量で、家にいる自分だけが知らない、ってことは…
今ポケットに入ってるUSBメモリは、どこで落とし誰に見られても問題ないか?
わが子の部屋のオーディオもパソコンも、渡している小遣いではありえない高級品。
娘の腹がふくらんでいる。
コンセントにたまってる埃から火事。

ほかにも、いくらでも目の前にあるのに見ていないこと、「概念」でぶっ壊れることはあるでしょう。

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