第三次スーパー宇宙戦艦大戦―帝王たちの角逐―   作:ケット

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《現実》マイナス{原作}/時空の結合より四年

〔UPW〕の支援を受けた、〈共通歴史〉のままで宇宙進出や異星人の侵略がなかった西暦2021年の地球。

 76億の大人口と混迷の世界は、変わり始めた。

 生みの苦しみ、変革の苦しみは、西洋の侵略に直面した人々と同じだ。技術に優れた側に、悪意と欲望がなかったとはいえ。悪意・経済的搾取がないとしても、文化的真空、社会的諸制度の破壊による精神的な苦しみもなくならない。

 そして、侵入者たちも激しい変革に苦しんでいたことも同じだろう。産業革命など諸革命に直面した人々のように。

 

 産業革命に関して従来のディケンズ的地獄絵図は間違っている、人口も増えているという意見も、経済的自由主義を擁護する立場から多くある。だが、たとえ人口が増えているとしても、従来の共同体が崩壊したことによる精神的な苦痛はそれ以上に大きいという分析もあるのだ。

 

 

 軌道エレベーター網をもらっているのだから、地球側は気密で放射線を防げる厚い鉄の缶だけで宇宙船とし、太陽系を開発することができた。

 地球の自動車会社も、それで膨大な仕事を得た。製鉄会社も、オーディオ会社さえも。

 軌道エレベーターとロケットだけでは火星でも年単位の時間がかかるだろう……軌道エレベーターそのものも投石紐のように宇宙に物を投げられるとはいえ。だが、そのために〔UPW〕は何隻かのタグボートを配置しており、主に元自由惑星同盟軍やゼントラーディの運転士が軌道エレベーターの規格に合う回転楕円体コンテナを何十隻も列車のように曳航して、一日もかからずに土星の衛星や水星まで往復している。

 

 地上では、まず膨大な水を得た世界各地の貧困層は不毛の砂漠を耕し、因習や腐敗した政府の拷問虐殺に苦しむ人たちは助けを求め、宇宙に逃げた。

 徐々に権力構造が変わっている。無理な国民国家から、別の何かに。新しいものが何になるのかはまだだれにも見えていないが。

 

 超金持ちが次々と、月や火星に観光に出かけた。特にアメリカなどの、IT系、自分の力で大金を作り出した人々は新技術、新天地に積極的だった。だからこそ膨大な金で、急速に開発が進んだ。行き場のない金が使われ、多くの雇用が生まれ、地球上の工場も最大稼働を始めた。

 食料や衣類も、砂漠に水が供給されたことで一気に増産が始まった。

 地球には膨大な生産力があったのだ。需要がなかっただけで。貧困な人も膨大にいたのに、その人たちに金がなかったので需要ではなかった。何かが間違っていたのだ……資源の限界があるから、でないのなら。

 

 単純な宇宙開発が膨大な資源を生み出した。地球以外の星々は、手つかずの大鉱山だった。

 まず、月面などには衝突した隕石の残渣という純度の高い有用金属が散らばっていた。地上のものとは違って酸化されていないので、簡単に利用できる。

 

 単純な方法で、事実上無尽蔵の資源を得る見通しもできた。宇宙に出ることさえできれば、波動エンジンなどがなくてもできる。

 どこにでもある水氷や隕鉄で、鏡を作り、太陽光を集める。〈虚憶〉にある人型機がもっとも普及した世界では、連邦の兵器。アルキメデスが青銅の鏡で船を燃やしたと伝説にあるほど単純。

 多数の鏡で集められた光は6000度の高温を生み出し、岩でも鉄でも蒸発させる。温度ごとに沸点が違えば、分留することができる。醸造酒を煮て強い蒸留酒を取り出すように。石油をナフサ・ガソリン・軽油・重油・アスファルトと分留するように。

 また無重力空間ではもっと少ない労力で、十分加熱して液状にしてからピザ生地を回すように円盤状にし、遠心分離する手法もある。

〔UPW〕では分子結合を連鎖的に断つ分子破壊砲(ドクター・ディバイス/リトル・ドクター)を用いて惑星を分解してから分離しているが、別にそれでなくてもいい。必要な資源を得られればいいのだ。できるだけ地球が使い慣れ、生産できる技術で。

 月面では、深い穴などに水もあった。その穴に空気を運び、技師と労働者、工業ロボットを入れればすぐに大規模な鏡工場を作ることができた。低重力などに苦しみはするが、ラストベルトで絶望死するよりははるかに希望が持てる。

 また、まず高熱で月や水星の表面の石を溶かして多量の鏡を作っておけば、それでまた膨大な資源を得られる。

 

 集めた光は地球にも向けられる。地上にすでにできていた太陽電池設備に一年中強い光を当てることにも使うし、汚染された水域を浄化するのにも使う。カナダ・ロシア・アラスカに広がる高緯度農業地帯を温め日照を増やすことにも使う。風を強化し、風力発電をアシストすることもある。

 月面にも大規模な太陽電池工場ができ、次々と太陽電池パネルを放り上げる。低重力・真空だからこそ超電導磁石などを使わない、比較的低技術の電磁マスドライバーで。地球に近い軌道にも、水星にも、小惑星帯にも。

 水星近くで多数の鏡を浮かべれば、火星や小惑星帯に高密度のエネルギーを送るのも容易だ。

〔UPW〕のより先進的な星では、銀河パトロール隊から買った太陽ビーム……宇宙の真空そのもので太陽の放射全部を集中ビームとする超兵器……を外惑星にエネルギーを送ったり、大規模に小惑星を溶かしたりするのにも用いている。防衛用にも使うが。

 火星は主にH2O氷や二酸化炭素の採取と、超金持ちの観光地として利用する。

 

 被害妄想にとらわれた独裁国は、宇宙からの集束光で焼かれることを恐れ、幹部、特権階級が地下深くに潜った。それは膨大な費用を必要としたし、指導者が表に出ないことで支配にひびが入る結果ももたらした。

 

 

 

 月の石の組成は、半分弱が二酸化ケイ素、酸化したマグネシウム・鉄・アルミニウムがもう半分、他はカルシウムなどがやや少ない割合を占めている。

 マグネシウムとアルミニウムの合金は軽量で使いやすい。

 少ないがチタン、クロムなどがあるのも、特に地球での工業と比較してありがたい。

 ナトリウムやカリウムは、むしろ食塩や肥料として価値が高い。地上では空気中の水分と化学反応してしまうが、宇宙であれば鏡の裏張りに使える。

 

 無尽蔵の資源。

 とりあえず最初に大量に手に入る二酸化ケイ素、石英ガラスで膨大な設備を作る。

 まず鏡・フレネルレンズ。

 また無重力の真空で、圧縮したつるまきばねの形になるように曲がりを入れて吹き出させれば、いくらでも大きな円筒を作れる。ガラスとしては質が悪いままでもいい。

 さらに、そのつるまきばね状円筒は、遠くから見れば針金にも見える。それをさらに巻いて、より巨大なつるまきばねを作ることもできる。それは何段でも繰り返すことができ、ごく単純な装置・少ない資材と人材で大きな円筒を作れる。

 トーラスに近い構造にして回転させれば、容易に人工的な重力を得られる。

 月を周回する軌道、水星を周回する軌道、地球周回軌道に、次々と試験的なトーラス設備が作られる。それは将来農場としても、住居としても用いられるだろう。短期的には工場として、より多くの宇宙資材・宇宙工場を作る。

 

 月の地面そのものを、超高熱で蒸発させ蒸気をのけるやり方で穴をあけ、巨大な円錐に切り取る。そこから切り出し、底を爆破したブロックを加熱し柔らかくして投げる……粘土玉をぶつけ続けて構造物を作るように、解像度の荒い超巨大構造物を作れる。

 

 また、鏡で集中した太陽光で、ほとんど氷でできた充分大きな小惑星に穴をあけ、さらにそれを二つワイヤーでつないでたがいに回転させれば、容易に巨大で疑似重力もある居住スペースができる。

 そんな構造物が地球、月、水星などを周回する軌道に作られ、まず観光地、同時に工場や中継基地として多くの産業が作られる。

 

 地球上にも膨大なエネルギーとレアメタル・レアアースの類が供給される。

 まず金銀の価値が消え失せた。

(あと20年もすれば、屋根材……)

 というほどに。それが経済にどんな影響を与えるかは、想像を絶した。これまでの経済学が、国際経済体制が崩壊した。

 

 また、レアメタル・レアアースの潤沢は、世界各地の腐敗政権・邪悪極まりない武装勢力を不要にした。鉱山や油田を支配し、その利益を独占し、少年兵に家族を殺させ洗脳して戦わせる地方権力者たちを。

 これまで残虐な所業を正当化した資本主義の、利益の論理は、同じ冷酷さで邪悪な権力者たちを切り捨てた。その民たちも。

 民たちの選択は、単純だった。それまでの、自分の属してきた群れ、忠誠……それらに殉じて飢え拷問されるか、それともあちこちで見かける異星人の端末に「助けて」というだけで、宇宙に逃がしてもらえるか。

 

 宇宙に出れば楽に暮らせる。地上、特に腐敗した国の故郷にいる限り、希望はない。

 宇宙に出なくとも、〔UPW〕に与えられた地上の、軌道エレベーター関係の施設も何十万、何億もの人間を必要とするのは知れている。けた外れに不足した人員で強引に動かしているだけだ。

 受け入れるための設備を準備する、それにも人手がいる。多くは難民にもできる。

 言葉の壁はない。端末の翻訳機は、異星人とも、別の母国語の人とも問題なく会話できる。

 自動生産は強力だが、人間の仕事も無尽蔵にある。

 ロボットや異種族と組んでの仕事。

 日本刀など伝統工芸。日本刀の技術で作られた軍刀やナイフはローエングラム帝国やトランスバール皇国の軍人に大人気になり、新五丈でも練でもものすごい需要になっている。

 超田舎の人は伝統的保存食など伝統文化や伝説や歌、遺伝子資源の同定研究分類。

 そして、膨大な人は魔法。〔UPW〕はセルダールから魔法文明を学んでおり、膨大な人がわずかな魔力を引き出されている。それは魔法と関係する、きわめて特殊な素材の生産にも用いられる。軍事的な価値も大きい。

 それらであれば、五丈の貧農やローエングラム帝国の農奴、バラヤー山奥の無教育な村、そしてここなど〈共通歴史〉の非宇宙文明の、後進的な民でも役に立つのだ。

 

 

 進歩した端末と、個人用小型ロボット、手足がある宇宙船。それらは〔UPW〕全体も変えつつある。

 特に、戦力のわりに通信・計算の技術が低かった銀河パトロール隊の時空や、五丈では。

 生産力はまずダイアスパー、イスカンダル、〈ABSOLUTE〉など優れた地域が担当し、ガルマン・ガミラス中枢、デビルーク王国、ベータ植民惑星、セタガンダ帝国、フェザーン、バーラト、星京(ほしのみやこ)など水準が高い地域が追う。

 勇気がある人は脳と端末を直結する。それだけでも有利な職を得られる、貧困層は迷信や因習と、飢えと上昇志向の葛藤の末に。上層の好奇心が強く技術に開放的な層は真っ先に。

 踏み切れない人々も、これまでとは水準の違うスマートフォンやメガネ端末、腕カバー端末を手に入れている。

 

 もっとも楽なのは人類用の、小さく甘いドリンクを飲むと全身に微小機械を含む無害な寄生虫が浸透し、体内で菌糸を組織化してアンシブルすら構築し脳と直結する、というものだが……当然人気はない。飢えた人や逃げた人が決死で飲むぐらいだ。

 ラインハルト・フォン・ローエングラム皇帝は、

「データを見れば安全とわかる、素晴らしいではないか」

 と率先して飲もうとして周囲に止められた。抵抗していた皇帝だが、姉のアンネローゼが瓶を手にし飲もうとした、それをとっさに叩き落とした。

 自分の手を見て呆然とする皇帝は、

「それが、人というものです」

 と岳父のマリーンドルフ伯に諭されやっと納得した。

「人が人であることを否定する、それがルドルフへの道の入り口だ、とヤン・ウェンリー閣下がおっしゃっておりました」

 アンネローゼの言葉に、ラインハルトはさらに小さくなっていた。

「わたくしをはじめ多くの人は陛下を、陛下がグリューネワルト大公妃殿下を思われると同じように思っております。そして誰も、それぞれにそのような人があるのです」

 とヒルダも言った。

 さらに話がアンネローゼとデスラー総統の結婚話にもなってラインハルトを慌てさせた。やはり決断力に優れた獅子帝もそれだけは思い切れない。……アンネローゼだけでなく、ミュラーをはじめ上級大将の独身組などと、別時空の女性との縁談はいろいろと検討されている。

 いくら人工子宮があるので高齢出産の心配もないし、寿命も長く見込まれるとはいえ、いつまでもというわけにはいかない。

 とはいえ、皆忙しいので先延ばしにしてしまう。

 

 ユリアンのレンズを通じてつながっている、ミレニアム・ファルコンとクロガネを中心とした隊との連絡も待たれている。009たちサイボーグ戦士、宇宙空間や深海で長期間活動できる、脳や感覚器の増強も可能なサイボーグ技術は〔UPW〕にとってぜひ欲しいものなのだ。本人たちやギルモア博士などはとても嫌がる話だが。

 ついでにそれは不老不死に関わるので危険技術である。

 不老不死は、ダイアスパーでやろうと思えばできる。

 ジャクソン統一惑星の、クローンを栽培し老人の脳を若いクローンの頭に移植する、という悪魔の技術は、暗黒星団帝国の技術を入れたローワン姉妹とマーク・ピエール・ヴォルコシガンが時代遅れにした。

 他にも不老不死につながる技術はある。

 

 逆に体内の、神経に直結された端末は、オーディオという産業を無意味にする。

 だが、何千万円もするオーディオシステムのほうが、神経と端末が直結されて生演奏を聴いているのと区別できない状態よりよいという人も多くいる。

 そこを修正する……さまざまなオーディオを再現するために情報をゆがめるという、ある意味本末転倒なプログラムすら需要がある。

 

 さらに、様々なインプラントは宇宙空間などでの生活も大幅に便利にする。

 痛みがほぼない、膀胱内のインプラントひとつで、砂漠で何十日も水を飲まずに行動し続けることも可能になるのだ。

 

 

 個人用小型ロボット、それも〔UPW〕の切り札技術だ。

 R2-D2の技術を応用し、一人に一つ配布する。内蔵アンシブルを通じ、ジェインと接続することでかなりの会話も可能。

 それが一人一人を護衛し、配給を補助することで、生まれた共同体から離れた人が生活できるようになった。

 難民キャンプで、武装集団の長が援助食糧を独占し味方だけに配って人々を支配するようなことが、それで防がれる。

 共同体から離れても、法に従うことで生きられる。

 家族を暴力で守らなくても、個人用小型ロボットのスタナーに守ってもらえる。

 そうなれば、アメリカに移民したのと同じく新しい社会に順応できる。

 その小型ドロイドの、大きい部品だけでも作るのも膨大な産業需要になる。

 

 

 パワードスーツの類、それもできるだけ安価なものも、宇宙でも地上でもいろいろと社会を変えている。

 それこそ、パレットとフォークリフト、クレーンとコンテナなどが物流を変えたように。

 

 宇宙開発では、内部で生活が完結し手足もある宇宙船が必要とされ、大量に生産される。

 いくつかの部品は、この地球では作れない。

 だが多くの部品は、この地球で作ることもできる。

 非常に質が低いものなら、多くをこの地球で作り、基幹部品だけを輸入することもできる。

 クレーンやショベルカーのアーム、低水準の工業用ロボットなら作れる。それのいくつかの部品を輸入もので性能増強すれば、なんとか太陽系開発に使えるものになる。

 ショベルカー工場を増やすことは簡単にでき、猛烈な景気浮揚になる。

 指導を受けて、高度な工業生産を学ぶことも多くの人がしている。

 西洋に接触した国々のように。中でもいくつかの、高度工業国になることに成功した国々のように。

 

〔UPW〕の人々も、より宇宙に順応するためにさまざまなライフスタイルを試している。宇宙生活者であるゼントラーディの影響も大きい。

 その上で文化的に……ゼントラーディは何よりも文化を求め、それは多くの〔UPW〕参加国に感染している。

 

 

 手足のある宇宙船、たとえば……直径最小で約6メートル、半径約3メートル、最大面積約30平米の球が、一人の生活部の最小単位。2階に不均等に区切られている。

 高価であれば人工重力で風呂・トイレ・洗面の三点セットとキッチンがある。

 安価であれば無重力用シャワー・トイレ設備がある。別のカウンターウェイトとワイヤーでつながれて振り回されれば疑似重力は得られる。

 洗濯は不要、不織布でできた服をプリンターが印刷された紙を出すように出力し、汚れたら分解廃棄する。

 共通して最低限の運動設備がある。無重力でも。

 余剰スペースでエネルギーを作り、水・食料・酸素を作り、計算をする。

 球は規格化されており、同じような球を連結させることで、より広い面積で活動することもできる。

 居住半径は3メートルだが、装甲が任意に追加される。宇宙空間ではメートル単位が求められる。ニッケル鉄、低品位ガラス、水氷などでがっちりと固められている。水氷などは予備の生存資材にもなる。

 そして5本の腕がある……人類が脳=コンピュータ直結をしていれば、頭・両手両足と対応する。

 すべての腕が同じ能力。三本指マニュピレーター、交換ツールアタッチメント、フック付きワイヤー発射・巻き取り機、カメラアイ・レーザー測距儀・レーダー・人工鼻などセンサー類、推進剤が必要ないローザー線推進機。

 

 かなり窮屈だが、人間の生活範囲のかなりの部分で行動できるある種の人型機……

 大きいリュックを背負った登山家のよう、その胴体・頭・リュックが一つのスペースとなり、リュックの厚みもかなりある。

 そう思えるような存在。

 さらにそれが、しゃがんだまま歩くことで高さ2.5メートル、幅1.6メートル、前後幅1.8メートルに強引に収まる。

 潜水艦など狭いところでは活動できない。だがある程度広い廊下や階段でも行動できる。

 角が大きく丸まった直方体から細い手足が出ている。その直方体の中に、座棺のように人が入り、生命維持装置で固められ、脳直結で活動している。分厚い装甲で守られている。

 排泄・清潔も処理され、栄養と酸素を供給され、筋肉心肺全部が必要なだけの運動負担を意識とは別に電気信号で与えられる。

 余裕があるところで普通に立てば、身長4.5メートル前後の人型。

 

 そんな機体に乗った人々が太陽系のあちこちの惑星で開発をしている。

 あるいは、〔UPW〕側から、太陽系から遠く離れたゲートのある星系とその周辺を。

 

 

〔UPW〕は、自らのこの星系での根拠地としてまたテストケースとして、金星の本格的なテラフォーミングも始めた。

 それ以外の星系では、金星のような分厚い高温高圧大気に覆われた惑星は、まず分子破壊砲をぶち込んで全分子結合を解体する。原子同士が再結合する前にデスラー砲を撃ちこみ、そのエネルギーで原子を密度順に分離し、資源として採取する。

 だが、人類が前から暮らしている〈共通歴史〉の太陽系では、それはやらない。ローエングラム朝でも、デビルーク・アースでも、〈ワームホール・ネクサス〉でも。

 地球人の感情もあるし、分子破壊砲の影響で出る膨大な電磁波などが地球にも危険だからだ。

 

 だから利用しようと考えると、膨大な大気と熱がまず邪魔になる。二酸化炭素を排除しても窒素だけでも多い。

 水素が不足気味だ。水蒸気は大気上層で太陽光に分解され、軽い水素は飛び去ってしまった。

 大気を地球と同様にして海を作ってさえ、金星は自転周期が遅いなどがありそれほど使いやすくはない。

 力技で、巨大隕石をいくつも撃ちこんで自転周期などを調整するぐらいやらなければならない。

 それをやらない、それほど時間がない今は、とりあえず地球から見て裏になるところに、ベスピンのクラウドシティに似た浮遊都市を設置する。

 同様の浮遊都市は木星や土星にもある。

 資源そのものは、別の星系からバーゲンホルムで運ぶ方が早い。

 金星の大気、二酸化炭素と硫黄と窒素は太陽系全体で必要とされている。

 

 

 

 戦争が終わったからこそ必要となる、できるだけ早く作れて安く、できれば信頼性・整備性が高い軍用艦と艦載機・作業機。そして、自己増殖性がある、低品位資源を利用できるできるだけ無人の工場。

 その大量生産に、いくつもの時空が全力を挙げた。

 当初は完全なやっつけ。何よりも新しい時空の技術、さらに技術を掛け合わせて生まれる技術が次々と入ってくるのだ。技術の使い方すら見当もつかない、江戸時代の武士や商人が現代の日本から機械と本を輸入したように。

 人類とは異質な文明の産物もある。

 また、生物の自己増殖性を模倣・利用することにも血道をあげている。敵である〈混沌〉が、生物と機械の融合物のサンプルを無数に提供してくれたのだ。

 また、レンズマンの力を通じ対話も進んでいる、知性を持ち遺伝子を融合させる病原体デスコラーダ・ウィルスも似たようなことに協力を始めている。

 

 ウィル素材その他の技術を集めた……

 まずジーニアスメタルが試作され、ユリアンやロイエンタールの別動隊などが少量試作品を用いた。

 膨大な計算力とエネルギーを秘めた、水銀にしか見えないが任意の形に固まり、変形で力を出すこともできる金属。

 任意の形に固まる金属自体は、クリス・ロングナイフの世界がスマートメタルとして実用化していた。普段は薄く広い船殻でゆっくり暮らし、戦闘時には分厚く狭くなる。

 さらに、クリスを暗殺するために作られた、変形回数が限られる金属も、より廉価なのでそれなりに用途が見出されている。

 ジーニアスメタルほどの性能ではないが、同じように廉価で扱いやすい、オナーマッドと呼ばれる製品の開発が、ラインハルトが寝食を共にする天才たちの研究で進んでいる。

 低性能スマートメタル以上の生産性、変形速度が遅くコンピュータ・発電機としての性能は低め。

 液状のスマートメタルとは全く違う、

「アリの群れ」

 というべきもの。やや大きめの、アリのように汎用性が高い生物と機械の融合体が大量に集まり、スマートメタルのように自在に形を変える挙動をする。

 

 鋼龍戦隊が鹵獲している、バルマー帝国のズフィルード・クリスタルも研究が進んでいる。別時空を旅するユリアンたちは、それを第二段階レンズマンの力で制御し、短期間でとんでもない規模の艦隊を複製することに成功している。

 

 

 

 豊穣が目の前にある。指数関数的な生産力の増大が、爆発する時が。この未開に近い時空に限らず、〔UPW〕、〈コーデリア盟約〉の輪につながるあらゆる時空の人々の前に、すぐそこに。

 2のn乗……2,4,8,16,32,64...

 nの3乗……8,27,64,125,216,343...

 最初のうちは下の方が大きい。だが、指数関数は気がついたら追いつき、はるか彼方に抜き去る。n=10で追い抜き(2の10乗=1024、10の3乗=1000)、n=20、2の20乗は1,048,576、20の3乗は8,000でしかない。nの100乗だろうが、nの千兆乗の千兆倍だろうが、那由他だろうが、グーゴルやグラハム数など天文学的どころではない数だろうが、そんなに違わない。

 

 信じられない船腹量・トン数の実現が。

 どう見ても無限と言える食料と衣類が。

 目の前にある。多元宇宙を飲み込む最大の怪物が。水爆の爆風すらしのぐ爆発が。

 

 優れた指導者たちは、それが恐ろしいことを知っている。

 歴史家たちは、必死で学び警告した。

 なんだかんだいって強大な力を持つヤン・ウェンリーの警告や、去ったエンダー・ウィッギンが残した文書には、権力者も耳を傾けた。

 何も考えず、信仰や身分意識・人種意識が古いままその変化を受け止めたら、どんな地獄になるのか。理性で受け止めようとしても、その理性とは何かわかっていなければもっとひどい地獄が生じる。

 かつての、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの即位に至る銀河連邦の破局。あれも、社会の変化に誤った対応をしたのではないか、と。その警告を、ルドルフを誰よりも憎むパウル・フォン・オーベルシュタインは真剣に聞いた。

 師真をはじめとする、新五丈の賢者たちも別の面から智慧を貸した。

 第二段階レンズマンたちの、超絶な知性もそれを理解した。

 ジェインやバガー窩巣女王の、人間とは異質な知性も別の形でそれを警告し、ヴァル、ピーター、ミロらはその警告を人間語に翻訳する能力があった。

 

 産業革命……機械化よりも、それを可能にした社会の構造変化。

 法。市場……土地を商品とし、人を労働者にした。狂信的な熱情があった。

 イギリスで、囲い込みで農民が都市に追われた。

 そのとき労働者を保護するため作られた福祉法を知識人たち、身分の高い人たちは激しく憎んだ。ダーウィンの進化論を邪悪にねじまげた社会進化論によって理論を強めた。

 拷問・絶滅収容所と言ってよい救貧院、また餓死の恐怖で人々に残虐な労働を強制した。労働者が集まり組合を作り議席を求める運動を容赦なく軍隊で弾圧した。

 労働者に対するすべての惻隠の情、憐憫を徹底的に消し去った人々が知的階層・権力の中枢を独占し、後進に残虐な心を叩き込んだ。

 狂信的な自由経済。狂信的な、労働者階級に対する憎悪と軽蔑。

 その背景には、先住民が、有色人種が、非キリスト教徒が持つすべての土地と鉱山を奪い開拓しつくさなければ神の怒りが世界を滅ぼすと狂信した熱情があった。

 それは十字軍の延長にある、異端や異教徒と戦う狂信の延長であった。

 なによりも、人間が持つ圧倒的な憎悪であった。

 

〈共通歴史〉にはその、経済的自由主義の呪いが色濃く残っている。

 ある形でマルクス主義の用語を読み書きできなければ会話し論文を受理されることが不可能な人々がいるように、知的・権力階層に入るには、その考え方がなければならない。

 ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが弱肉強食が天界の法則であるとして福祉を全廃したこと、また自由惑星同盟の救国軍事会議が福祉撤廃を主張しヤンにルドルフと同じと断じられたことなど、その時空の両方の知識層にもその呪いはルドルフの呪いと化して根深く染みついている。

 

 だが、第一次世界大戦後に金本位制に象徴される自由貿易、財政制限、福祉否定が大恐慌を深刻にさせ、多くの国でファシズムを生み第二次世界大戦の惨禍を招いたように、経済的自由主義だけで工業文明を保つことはできない。

 共産主義で皆を幸せにすることができないのと同じく。

 

 自覚はある。戦える。

 ヤン・ウェンリーをはじめ、より多くの歴史から客観的に自分の思想を分析し、俯瞰する知識人もいる。

 ルドルフの思想、ゴールデンバウム帝国の教育の多くを疑問なく受け入れていたラインハルト皇帝やオーベルシュタインらも、主にヤンに学んでいる。自由惑星同盟の思想をはじめ様々な他者の思想と比較し、客観的に見るように、と。

 トランスバール皇国や新五丈をはじめ、〈共通歴史〉と無縁な文明人もいる。

 人間ではない異星人もいる。人間をはるかにしのぐ知性も、コンピュータ内の新しいラマンも多くある。

 知的な武器はある。

 新しい世界に挑むための、波動砲以上に必要とされる兵器でもある、哲学が。


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