『真紅の戦場』は邦訳分、2巻終了直後(未邦訳分は無視)。
「宇宙要塞シリーズ」には「戦国時代に宇宙要塞でやって来ました。」「ファンタジー世界に宇宙要塞でやって来ました」旧版の「戦国時代」と多様にあります。
複数の世界に、コピー&ペーストのように転移しているのなら、こちらにコピーが一つあっても……
また、どの作品も独自設定も多くつけます。
その星系には遺跡があった。
かつては、繁栄した星間帝国の首都であった。
廃墟の星系にゲートが生じた。ゲートの向こう側の人々が奇妙な現象に興味を抱き、調べ始めた。
同じ時空にいる、ゲートが生じた星を持つ国に敵対する国は、もちろん奇妙な現象を知り敵国に独占させまいと、奪おうとした。それは戦いを再開させることにもなった。英雄を粛清しようとして、より大きな功績を与える戦いを。
ゲートの発生とほぼ同時に、ゲートができた星系の近くに地球の月に匹敵する……月の直径は3500km近い……超巨大人工物が出現していた。
キャプテン・ヒロたちと同様、宇宙に出ようとしない〈共通歴史〉のVRMMOゲーム、『ギャラクシー・オブ・プラネット』の、巨大要塞シルバーン。
その司令官アレックス……現実では一馬という男が、15年の歳月こつこつと作業を重ね、膨大な時間と課金で手に入れた代物だ。普通はクランで所有するものだ。
彼は中学生のころ両親を失い、ひどい親戚に財産を狙われた。そこを両親の友人に助けられ、人間不信はひどいがゲームに没頭する人生を得た。そして人生の多くを費やしてきたオンラインゲームがサービス終了となったとき……120体の、さまざまな人種の女性型高性能アンドロイドに別れを告げ、現実に引き戻されようとした彼は、ログアウトできなかった。
アンドロイドたち、そして巨大要塞とともに、どことも知れぬ宇宙にゲームのアバター、強化人間の体で存在していたのだ。
司令、戦闘、医療、調査研究、開発製造の部門に分かれたアンドロイドたちは素早く動いていた。
防衛準備。自分たちとアレックスの身体検査。要塞のあらゆる点検。
状況の分析。宇宙各地の超新星、観測可能なパルサーを調べ、一馬の故郷と区別できない銀河系と判断した。
さらに銀河系内の、遠距離から観測できる天体をいくつか観測し、元の太陽系の位置を確定し、そこから見た場合の星座配置も観測した。天体の固有運動から年代を推定するために。
現在地が地球とかなり遠い星の近くであることも、西暦2000年からやや未来であることも判明した。
一馬は、ごく平静にそれらの情報を聞いた。恩人ももう死去し、リアルには家族も知り合いもいない。未練もない。
アンドロイドたちと、何とか生きられる場所を探す……それだけのはずだった。
だが、短時間で大量の情報収集をこなした、有能なアンドロイドの報告は残酷だった。
軍服を着ていても目立つすごく豊かな胸、金髪でスタイル抜群、可愛らしく優しげな顔の万能型アンドロイド、エルが言った。
「司令、ここは安全ではありません。この銀河は、数万年の周期で、すさまじい人為的な破壊が起きています。また、超小型偵察機の観測ですが、近くの星系の木星軌道程度に発見された時空間ゲートの向こうでは、宇宙に進出した地球人同士が争っています。ここから近い二つの星系どちらにも、持ち主がない高度文明の遺跡があります」
「……とんでもない生物兵器で全滅した文明」
胸が小さめでやや小柄な、高校生ぐらいの美少女、医療型のケティが無表情・冷静な声で言う。だがどれほどすさまじい怒りを抑えてかは、つきあいの長い一馬やエルにはわかった。
「全力戦闘の準備はできてるよ、司令」
ウェーブのかかったブラウンヘア、やや好戦的な雰囲気をまとう戦闘アンドロイド、ジュリアが不敵に言う。
「周辺の資源を探査。兵器生産・生産用機械の生産も増やします。最悪を想定して」
ブロンドでスタイルのいいリリーが柔らかく言う。
「ゲームでは課金ないと生産できひんかったもんも、いまなら作れるで。シルバーン級要塞かて作り放題や」
長い黒髪の鏡花が楽しそうに言う。
一馬には収集癖があった。アンドロイドたちと協力して、現実のインターネットの情報も、ゲーム上の設定である技術や遺伝子の情報も何もかも収集していた。膨大な現実の歴史文献も、ゲーム上の超技術もそのまま使える。
今は、課金がなければ使えなかった運営限定技術も、すべて。
「そうですね。これまではゲームであり、運営が神でした。ゲームを面白くするために技術の制限もありました。たとえばテラフォーミングが有利になるように設定されていました。また戦争が儲かるよう極端な品位の鉱山も、人為的に設定されていました。
今はもうその制限はありません。どの技術が発達するか、どんな生産方式をすれば効率がいいか、わからないのです。
これまでの常識や経験に縛られず、試行錯誤しましょう」
エルがまとめ、一馬も強くうなずいた。
「あちらの遺跡の調査、できればリバースエンジニアリングも始めます」
ブルネットの髪をショートにしシャギーを入れた、やや大柄なギーゼラ。技術以外には興味が少ないが、だからこそこのような機会には熱心になる。
「リンメイと協力し、生物兵器を調査し、対生物兵器対策を強化する」
ケティも、強烈な決意を込めて発言する。
スレンダーな黒髪黒目、遺伝子方面の技能型アンドロイド、リンメイがうなずく。
「わかった。地球人だろうとなかろうと、こちらからは攻撃しない、ただし攻撃されたら容赦はしない。
遺跡の調査はいいけれど、所有権を持つ相手がいないか気をつけて。人の遺産を奪うのはごめんだから」
一馬の傷。
「はい」
「了解。資源はできるだけ離れた、未開発の自由浮遊惑星から取ることにします。それならいいわよね?」
「生物兵器だけは許さない……」
女性型アンドロイドたちが敬礼し、それぞれの仕事に走る。
「なにがどうやら……とにかく、生きないとね」
つぶやく一馬にとってアンドロイドたちは、自分が作ったゲーム上のキャラ以上に家族同然の、守るべき存在である。
不安はあった。
(どれだけ戦えるだろうか……)
(この時空を何度も破壊した種族。帝国の滅亡。そしてゲートの向こうの、戦乱が絶えない人間)
ふと一馬は、とどまっているジュリアに気づいた。
「司令。言っておくよ……リアルだ。人を殺す覚悟をしておいた方がいい」
彼女の言葉に、エルが息を呑みながら、ごくわずかにうなずいた。
一馬はありがとう、と微笑した。ジュリアはうなずき、自分の仕事に急ぐ。
アンドロイドたちは知っている。転移に付随した異常現象で、自分たちが、超人ではあるが妊娠可能な存在になっているということを。まだそれは、一馬に告げていない。
シルバーンが超光速で迫る巨大艦を探知したのは、その数日後だった。
「この、遺跡がけた外れに多い星系に接近しています。この星系の防衛装置はある程度生きているのですが」
「サイズはシルバーンに匹敵する、地球の月に近い大きさ。超光速航行技術はシルバーンより少し下です」
「交渉しよう。恒星に向かう」
一馬がエルに命じた。
何百という、四国島より大きな戦艦ははちきれそうに武装を積み、戦いを待っている。
巨大すぎる姿が、重力波すら出さぬ高度技術でかき消えた。
この銀河に生じた人類にとって、シルバーンが向かった星系の名は、ビア。第四帝国の艦隊司令部、バーハットがある。
そこに向けて月サイズの超巨大戦艦、〈ダハク〉は旅をしていた。救援を求めて。
途中の星を探査し、見つかったのは廃墟だった。いかなる生物もない。
コンピュータのデータもほとんどが消えていた。外からのエネルギー供給がなければデータが消える、フォース・フィールドを利用したコンピュータに進歩していたからだ。
その時空の地球人は、なんとか月に着陸し、新発明の重力探査装置を試すまでは〈共通歴史〉と変わらない生活を送っていた。その裏も知らずに。
宇宙飛行士、米軍人コリン・マッキンタイアは、宇宙船ごと謎の文明にとらわれ、連絡を封じられて地下通路に引きずり込まれた。
案内の音声に従い、深い深い通路を抜けたコリンの前には、人は出てこなかった。話しかけてきたのは、宇宙戦艦のコンピュータである。
それも、月サイズの艦が、周辺の岩をまとって衛星を偽装していたという代物の。
はるかはるか昔から、この銀河には数万年に一度、アチュルタニと呼ばれる凶暴な異星人の大艦隊が押し寄せ、ありとあらゆる生物を死滅させようと攻撃してくる。
わずかな生き残りが銀河帝国を築き、反撃しようとするのが繰り返されていた。
第四帝国は空前の文明水準に達していた。月サイズの巨大戦艦を含め。
巨大戦艦の一つが辺境を航行していた時、機関長アヌが反乱した。
巧妙に、相手によって別の理由をささやいて。人によっては最前線、確実な死から逃れるためと。アチュルタニの存在を信じなくなった人には、その信念を強めて。
同調した将兵も多かったが、艦長は帝国に忠実だった。
アヌたちの作戦が巧妙だったために、戦艦の機能はほとんど破壊された。帝国に忠実な将兵の大半は殺された。だが艦長は乗っ取りを防ぐため、艦全体にくまなく毒ガスをまいたのだ。自らの生命とひきかえに。
結果、乗っ取りは失敗した。アヌたちも、帝国に忠実な士官たちも、皆が近くの生物が住む原始星……地球に逃げた。
味方でない者が接近したら全て撃墜せよ、と艦長の最後の命令を受けた戦艦のコンピュータは、その命令に忠実に従った。
命令する者がいなくなったら、コンピュータにはすることがなかった。自動修理装置で自分を修理し、偽装を保って待機し、帝国側の軍人が来るのを待つだけだった。命令を待つだけだった。
超光速通信機だけは、アヌが持ち逃げした資材がなければ修理できなかった。艦隊司令部に連絡し新しい命令を受け取ることもできなかった。
何万年もの待機。〈ダハク〉の電子頭脳には、いつしか自我が生じていた。帝国技術では決してあり得ないと言われている、電子頭脳の自我が。
地球に降りた帝国の軍人たち……
三派があった。アヌたち、艦長側、改心した反乱者。
アヌたちが最も多くの技術を持ち出し、常に最強だったが、〈ダハク〉に接近したら破壊される。歴史の黒幕として延命を続けながら人類を支配し、邪悪の限りを尽くした。
艦長側の将兵は不利で、現地人に混じり原始人に落ち、遺伝子だけを残した。
アヌの仲間で多くの装備を持っていたが、心を入れ替え、アヌに敵対して科学装備を維持し、子供を作った者もいた。
アヌに敵対した人々と、アヌたちの暗闘は何万年も続いた。
その中、両方の方針変更、技術漏洩があって、コリンの探査が行われたのである。
コリンは何も知らない。だが帝国の、艦長側の軍人の遺伝子を持つ。
だから〈ダハク〉はコリンが、
(最先任士官であり、自分の艦長である……)
と、告げた。
無論コリンは抵抗したが説得され、最新の艦橋士官の改造を受けてアヌを倒すためと地球に降りた。だが〈ダハク〉が地上情勢を知らなかったため、彼は夜のジャングル戦でヘッドランプをつけて歩くような間抜けをして、すぐアヌ一派に攻撃され兄を失い、助けられた。反乱者ではあったが改心し、帝国技術を保持するホルスの、反乱時には幼かった娘ジルタニスに。
それから、地球の軍のかなりの部分を含む味方と提携し、激戦の末にアヌの基地を落としコリンたちは地球を奪い返した。
だが、〈ダハク〉はアチュルタニの攻撃が再び始まることも探知した。
〈ダハク〉の力を公然と使えるようになったコリンは、第四帝国の地球総督の地位につきジルタニスと結ばれた。
そしてホルスたちをスタッフに地球各国に真の歴史を公開し、技術を与え、力で統合した。すぐに自分たちは帝国と再び連絡を取るため〈ダハク〉で旅立った。
地球ではホルスたちが、何も知らなかった地球人の激しい抵抗に苦しみつつ、けた外れの規模の工事を続けている。
その旅の中、いくつもの廃墟を見た。明らかに帝国自身の兵器で破壊された基地。
いかなる生物もいない廃墟となった星。
自動防衛装置が、あまりにも足りない攻撃を仕掛けミサイルが尽きたら沈黙した星。
アチュルタニが迫る、時間制限。コリンは彼だけができる決断をした。
〈ダハク〉でバーハットに行く。そうしたら、アチュルタニの先遣隊が地球に達するのに間に合わない。その戦いを、〈ダハク〉という巨大戦力のないまま仲間たちに任せる。
調査を進め、恐ろしいことが分かった。とんでもない生物兵器を開発した皇国……どこかで第四帝国から名前も変えた……が、生物兵器を漏洩させてしまったのだ。
問題は、隔離が間に合わなかったことだ。巨大星間国家なのに、タイムラグがなかった。
〈マット・トランス・システム〉という、荷物を持った人が巨大星間国家のどこにでも一瞬で行ける即時移動手段が、完備してしまっていたからだ。
膨大な数の星からなる星間国家が、事実上一つの都市国家になってしまったのだ。それが伝染病に……
幸い、はるかな年月は宿主を失った生物兵器も死滅させていた。
長い旅の末、ビア星系に近づき亜光速航行に入った〈ダハク〉。問答無用で迎撃されれば即座に破壊される……その覚悟で亜光速航行に入り、周辺をスキャンする。
出迎えたのは、艦隊司令部からの誰何(すいか)とスキャン、加えて奇妙な巨大移動要塞だった。帝国最大艦に匹敵する月サイズ。だが紋章はなく、設計思想があまりにも違う。内部スキャンも受け付けない。
またビア星系にも膨大な設備が残っていた。星系自体を防御シールドで守れるほどの規模。
呼びかけに、ふたつ返事があった。
冥王星以上に主星ビアから離れた場所に出現したばかりの、何か。
〈ダハク〉も知る帝国艦隊司令部の信号規則で識別コードを求めるだけの通信。
「両方に返答してくれ、友好的に」
「了解。仮に呼称します。艦隊規則に沿う信号を出す側をアルファ。
主星から遠い、重力波やニュートリノを含む多くの方法で、地球の百以上の言語の挨拶や素数を送信している側を、ブラボー。
アルファの誰何がやみました。
ブラボーよりメッセージがあります。
『こちら宇宙要塞シルバーン、カズマ司令。事故により貴国の領空を侵犯したことをお詫びします。われわれはこの遺棄された文明には所属していません。こちらから攻撃する意思はありません。他人の遺産を奪う意思はまったくありません。できるならば対等な交渉と平和的な交易、拒まれるならばそちらにとって価値のない資源の採掘、それもだめなら平和的に十分離れて共存することをお許しください』
です」
「うむ……アルファから返答は?」
コリンの頭は二つの重大事態に裂かれている。砂色の髪をかきむしった。
「ありません。誰何がやんだだけです」
「ブラボー、以後シルバーンとする、は漂流者か」
「自分の規模をあえて言っていません。探知した、地球の月サイズの艦のみか、もっと膨大か」
「態度は平和的だな……シルバーン、カズマ司令に返答。
『こちら船体番号172291、ウツ級、小惑星クラスの帝国艦隊所属艦〈ダハク〉、艦長コリン・マッキンタイア先任大佐(シニア・フリート・キャプテン)。
カズマ司令、友好的なメッセージに感謝する。こちらも、そちらが攻撃しなければ攻撃しない。われわれはこの遺跡の所有者の子孫だ。
こちらを探知するまで、この遺跡を遺失物と判断した、その権利は尊重する』
それ以上の情報は、今は与えないほうがいいだろう」
「了解しました」
コリンにとってはすべきこと、考えることが多すぎる。叫び出したいほどに。
まずすべきことは、帝国本部の機械にアクセスすること……艦船を、戦力を増やし地球を守るために。
迷いはある。その漂流者に、アチュルタニについて、地球の現況について誠実に話すべきだろうか……もしかしたら助力してくれるかもしれないが、敵になることもありえる……
〈ダハク〉が向かった惑星バーハットには、生物はいた。だが地球とは極端に異質だった。恐竜もいた。
膨大な、動かぬ施設の間をくぐった。
その間もコリンは、シルバーンとの交渉を続けていた。
だが、不信感が互いにある以上、互いにすべてを教えるわけにもいかなかった。
友好的であり、相手もある程度こちらを信じてくれていることはわかる。
〈ダハク〉がこの膨大な兵器を起動しようとしているのに、一目散に逃げるか先制攻撃をかけるかしようとしていないのだから。
三百キロメートルぐらいある特大の艦隊本部。だがそれはあくまで沈黙を守っていた。
〈ダハク〉は、コリン一人だけなら……主要艦艦長ならば、本部に入ることができることを告げた。孤独な、決死の冒険。
そのことを、シルバーンのカズマに告げるべきだろうか?
自分が帰らなかったら、すべてはジルタニスに継承される。では彼女は、カズマにどう対応するだろう?
コリンは鼻梁をもんだ。癖。
コリンの本能は、カズマを信頼していた。なんとなくわかる、軍人ではないこと、だがなぜか戦争や政治を理解していること、きわめて善良な人間であること。
だが、それをどうジルタニスや〈ダハク〉に理解させることができるだろう?
コリンにできたことは、どのような意図でどのような冒険に出るか、ある程度率直に告げておくことだけだった。
「タニ、ダハク。カズマ司令は地球人で、善良な人間だと思う。もしものことがあったら……」
「愛しのわがきみ、どうぞ縁起の悪いことを口にしないでくださいまし!」
タニ、ジルタニスが少女時代を過ごしたのは薔薇戦争時代のイギリスであり、やたら英語が古めかしい。
〈ダハク〉のコードで司令部に侵入できたコリンだが、そのセキュリティに阻まれた。
船体番号172291は事故で破壊されたと記録されており、それ以上の情報アクセスは拒まれる。
その記録を書き換えようとしたが、皇国になって法が変わり、司令部に艦長が昇進することができない……人が一人もいなくても。
コリンは艦隊司令部の指揮権を継承しなければならない。だがだが艦隊司令部の指揮権を授与することができるのは、皇帝だけ。皇帝家も全滅しているのに。そのプログラムは、反乱防止のために徹底的に守られている。
〈ダハク〉が、
「うまい方法があるかもしれません」
といったので、コリンはそれ、ケース・オメガに飛びついた。
直後の一瞬、コリンは司令部のコンピュータに全身も脳も頭の中身も引っ掻き回された。〈ダハク〉に入れられた艦長就任のためのインプラントも詳しく読み、膨大なデータを押しこまれた。
一瞬の苦痛が終わってすぐ、
「皇帝、崩御。新皇帝、万歳!」
というコンピュータの感情のこもらない言葉が聞こえた。
恐怖とも何とも言いようがないめちゃくちゃな事態にひとしきり混乱して、コリンは事態を受け入れた。
地球を軽く破壊できる戦艦の艦長に、また地球総督になった時と同じように。
そして、《コリンマッキンタイア一世》と呼ぶのをやめさせようと司令部コンピュータと長い議論をし、幕僚とも話した。
大半の艦は乗員が死に絶え宇宙をさまよっているが、ここで作業すれば修理できる艦もいくらかはあることがわかった。
コリンは幕僚への最低限の報告の次には、この命令もした。
「カズマ司令へ通信。『わたしは、星条旗に誓って、この遺跡文明の正統な後継者となった』、本部での映像記録、先ほどの幹部会議議事録も添付せよ」
と。
「わがきみ!」
ジルタニスの叫びに、
「いつまでもこうして疑い合っていても、何も変わらない!時間がないんだ」
コリンは強く言った。
決断ができるのは、コリン一人だけ。皇帝となった今、余計に。つい最近、〈ダハク〉でバーハットに行くと決意した時と同じく、誰の意見も聞かない、一人ですべてを背負う決断。
そして単身、廃墟の遺跡に乗り込んだときと同じ、無謀なまでに勇敢な決断。
(この機会に、シルバーンは動かなかった。
こちらから先制攻撃するか……相手のほうが大幅に上、あるいは〈シルバーン〉が先遣駆逐艦に過ぎなければ?
われわれをだます気なら、われわれが地球に戻った時に空き巣をされるのを防げない……先制攻撃しなければ。
地球を捨ててここにとどまってにらみ合い続ける?それはできない。
なら、信じるしかない!カズマ司令は善良な地球人だ……そう感じるんだ)
「支持します!」
チュルニコフが、小さいが強い声で言った。
一馬たちにとっても、この連絡は重いものだった。
多くの情報を含む、本部の映像記録と会議議事録。コリン側からの大きな歩み寄りだ。
「コリン・マッキンタイア。決断力に優れた指揮官のようですね」
エルも高く評価した。
「これが全部嘘なら、手を挙げたほうがいいネ」
リンメイがつぶやく。
一馬は、
「誠意には誠意を」
と言う。エルが整理する。
「ならば通信を……『ご厚意に感謝します。
この銀河が数万年周期で大規模に破壊されていること、生物兵器で大規模星間国家が滅んだことは調べています。
選択肢を差し上げます。
このシルバーンなら、数億人と、冷凍生殖細胞・文化アーカイブを積んで別の銀河までも逃れることは可能でしょう。
また、対等に取引をすることもできます。あなた方が必要としていると思われる、漂流している艦船も多数発見しており、こちらで回収しそちらに渡し報酬を受け取ることも。
同盟し、共に戦うこともできます』
……司令、こちらの正体についても加えますか?」
「うん」
一馬はとんでもない決断を、あっさりとした。
客観的には、のんきすぎ、甘すぎで危惧しそうなほど。だが、アンドロイドたちはゲームでの一馬を知っている。仕事をうまくアンドロイドに任せ、育て、布団が刃も銃弾も通さぬようにどんな事態も受け止め決断することで、これほどの戦力を構えるトッププレイヤーであり続けた彼を。
(もし裏切ってきたら……絶対に司令を守り切り、復讐する)
アンドロイドたちはその覚悟をしっかりとしていた。
コリンは通信を受け、即座に同盟を求めた。
ゲーム、アンドロイド……それは想像を絶する話にもほどがあったが、だからこそ。
どちらも知らない。どちらも、「暗黒の森」を回避したということに。
「暗黒の森」。ある時空(『三体』三部作)の、多数の異星知的生命を支配している心の在り方。
星の間が遠く、超光速通信・超光速航行が発達しない時空では、すべての文明同士が深刻な疑心暗鬼になる。
相手が本当に信用できるのか。隙を見せたら攻撃してくるのではないか。
相手が友好的な態度をとっていても、嘘ではないか。
その時空の地球人の、数隻の宇宙戦艦が地球から離反し、別天地を求めた。その時、近い方向に飛んだ二隻の艦は、殺し合った……正確には一方が先制攻撃で中の人だけを皆殺しにし、資源を奪い、死体も食料にした。資源が不足していたからだ。
両方、自分だけでは資源不足で、二隻合わせればなんとかなることを知っている。相手も同じことを考えるに決まっているから、先制攻撃しかない。
あらゆる、異星文明がその時空では同じことをする。相手が何を考えているかわからない、「猜疑連鎖」。そして今は弱く見える文明でも、いつとんでもない技術を発達させて攻めてくるかわからない、「技術爆発」。
相手も、こちらが相手の技術爆発を恐れて先制攻撃するのでは、と疑うだろう。
だから、先制攻撃、皆殺し以外にない。同時にやられないよう隠れる。
暗い闇の森の中、うっかり光を漏らした相手を狙撃し、隠れ続けるあり方。
〈共通歴史〉の地球人も、特に別の文明同士は疑心暗鬼があった。コロンブス以降、一つの強大な文明がほかのすべての文明を残虐に侵略することで、疑心暗鬼を無意味にしてしまったが。
だが、あえて協力すれば力を何倍にもできるのだ。逆に疑心暗鬼は、分断統治という形で侵略者を助け自分を苛むことすらある。
コリンと一馬が協力を決断できたのは、アチュルタニの脅威、共通の文化、また〈ダハク〉には地球がありシルバーンにも遠くに味方がいないことを証明できないこと(先制攻撃をしたら恐ろしい復讐者に徹底攻撃される恐れ)、超光速航行と超光速通信の存在などもある。
地球では、残されたホルスたちが敵の先遣隊……敵の数百万隻の艦隊から見れば、ほんのわずかな偵察部隊……を相手に絶望的な戦いをしていた。
ビア星系の、〈ダハク〉とシルバーンも膨大な仕事をこなしていた。
多数の艦を復帰させる。シルバーンの中央工場はそのために、膨大な数の低水準の作業用バイオロイドや、大規模な工作機械を作り、送り出す。
とにかく人が足りなかった。
そんなときに、救いになるかもしれないが敵になるかもしれない存在が探知された。
ビア星系の隣、ゲートが出現した星系……そのゲートから多数の無人機が少し前から出ている。
「あのゲートは、表から出て裏から入るタイプね」
とアンドロイドの春が言ったように、無人機はうまく帰還できていない。いくつかは、シルバーンで捕獲し分析している。
「無人機が放つメッセージはひどいものです。あちらは地球人ではありますが、精神構造が、中南米を征服したスペインと、コンゴで大虐殺をしたベルギー王国と、ナチスドイツとスターリンのソ連を足して4をかけたようです」
と、いうことだ。
それは一馬はともかく、コリンにとってはひたすら頭が痛い。戦力も人材も割く余裕などないのだ。
というわけで、少し余裕があるシルバーン側から何人かが対応している。
そちら側にもそれなりの規模の遺跡がある。艦船は回航されているが、動かせない遺棄工場は修理すれば使えるのだ。
そんなとき、ついにゲートから有人艦が出現した。
エリック・ケイン准将と名乗る指揮官は、明らかに船乗りではなく陸戦系の将校だ。
その傍らには、研究者だというアレックスというとんでもない美女と、奇妙にケインや乗艦の艦長より上のような態度をとる、ウォーレン大尉と名乗る男もいた。
(政治将校です。英雄を粛正するための作戦です。恋人を人質にして)
シルバーン側で情報が共有される。
「ゲートのこちら側であっても、ありとあらゆる世界のすべての人間、兵器、生産設備、物資は『西側連合』のものだ。すべてわれらのものだ。お前たちは奴隷である、絶対服従せよ」
ウォーレン大尉は、開口一番そう言ったのだ。
ケインが後ろから注ぐ憎悪の目、アレックスの宝石のような、完全にいかなる感情も出さない瞳を知ることもなく。
一馬が、
「人の遺産を奪おうとする輩……」
をどれほど憎んでいるか、知らず。
まだプロローグ。
なぜか『三体』のネタも。
階級ミスを修正しています。