原作ではあらゆる漢字語にアーヴ語のルビがつきますが、全部略します。ご自分で、わかる方は頭の中で、わからなくて興味がおありなら調べて補ってください。
戦旗6終了時。
ケインの故郷時空の星間国家の一つ南米帝国の領星につながったゲートの先は、大規模な星間国家の首都星だった。ノヴ・キンシャス星の惑星カイル・ゴンベと現地の人が呼んでいる。
その星間国家〈人民主権星系連合体〉は、降伏したばかりだった。
霹靂艦隊と称する征服した艦隊がちょうど首都星周辺に駐留していた。
〈アーヴによる人類帝国〉の艦隊だ。
やっと、表から入り裏から出るというゲートの性質を理解した南米帝国は、即座に別時空すべての併合を宣言した。核戦争以前の、どれだけ昔かわからないあらゆる法理を出して。コロンブスに新領土総督を約束した、破られた約束。スペインとポルトガルに、子午線で地球を二分した条約。すべての民の奴隷化と改宗を命じる、カソリック教皇の命令。その他もろもろ。
もともと、ケインの故郷時空の国家は核戦争の影響もあり、すべて残忍な、格差と戦争の邪悪国家である。
挑戦を受けた〈アーヴによる人類帝国〉軍、霹靂艦隊司令長官、帝国元帥、アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・パリューニュ子爵・ラフィール皇太女は大喜びで応えた。
結果は南米帝国艦隊の即時粉砕だった。
兵器はそれほど変わらない。南米帝国は核ミサイルが中心、〈アーヴによる人類帝国〉は凝集光砲と称するレーザー、核融合弾を0.1光速まで加速する電磁投射砲、陽電子砲を用いる。陽電子砲をそらす電磁シールド程度はある。
だが、艦の規模、数、そして戦術の妙が圧倒的に優れていたのだ。
その戦いを、〈シルバーン〉のアンドロイドであるプリシアたちが見ていた。潜在敵国の領土を通過する偵察であり、ステルス性を優先した比較的小型……淡路島ほど、約60キロメートル規模の艦船4隻。
外見がラテン系のプリシアに、アラブ系のシェヘラザード、テュルク系のアイム、ラクーアらがいる。
八つの頭を持つ竜の紋章を掲げる巨艦は、実に優雅に、誇り高く航っている。〈シルバーン〉の同盟者である第四帝国の〈ダハク〉などを彩る三頭龍の紋章との対比がなんとなく興味深かった。
戦いの跡、デブリとなった戦死者の遺体断片を分析した遺伝子工学専門のラクーアが強く反応した。
「徹底した遺伝子操作が行われているわ」
技能型のアイムも反応する。
「この時空で利用されている、超光速航行方法はかなり異質です。あそこにある、この時空間ゲートとはタイプが違うゲートを利用しています。逆に総合的な技術水準は低め、コンピュータも……デブリから入手、解析しています」
「シェヘラザード、ラクーア、現時点の情報を司令に」
プリシアの指示で、高ステルス艦がゲートの裏側から侵入し、ケインの故郷時空に戻る。
確認したプリシアは、コンピュータから多くの情報を得ると同時に多数の、超光速航行可能な高ステルス無人偵察機をばらまいた。
そして情報を整理し、戻ってきたシェヘラザードたち増援も加えてから、ステルスを解除し通信を乞う。
応えた男は、アーヴとはかなり外見が異質で普通の地球人と変わらない、ラフィールの副官リン・スューヌ=ロク・ハイド伯爵・ジント主計千翔長と名乗った。彼自身、軍は降伏したが各星の独立性が高く、さらに各都市まで無茶な要求をしてくる〈人民主権星系連合体〉との折衝、霹靂艦隊そのものの軍政や兵站、その他忙しいにもほどがあるのだが。
「先ほどの、南米帝国とは別の、別時空からの艦隊ですか?」
ジントは深々とため息をつく。頼りなさそうな外見の、壮年になりかかった男だが、征服地からの多くの問題、艦隊内の兵站などを有能にさばいていることを、プリシアたちの情報収集能力はつかんでいた。
「大変に遺憾ながら、我々〈アーヴによる人類帝国〉は自己以外の星間国家・独立星系の存在を認めず、すべて皇帝陛下の領土に編入されるとしています。星間船はアーヴが独占します。また、各惑星には帝国星界軍の募集事務所を置かせていただきます」
ジントの表情は、複雑だった。かすかに、
(申し訳なさ……)
も伝わってくる。
「それは力の差があるから言えることよね?私たちは、硬い拳を持っているわ。それともあなたたちは、現実を見ない人たち?」
「司令長官に伝えます」
それは、もうジントが判断していいことではないようである。
「ただ、司令長官との通信までにある程度、アーヴの歴史をお教えしたいのですが、よろしいでしょうか?」
一瞬別の連絡をしたジントは、数%の苦笑が漏れる表情で言葉をつづけた。
「ありがとう」
「不明な歴史も多いのですが、かいつまんで言えば、超光速技術がなかった時代に多世代船の生体部品として遺伝子操作で作られたのがアーヴです。それが、独立して繁栄できるようになり、母船を滅ぼして宇宙を駆けて暮らし、ある時に超光速航行を発見しました。
アーヴは宇宙が戦乱にならないように、と帝国というあり方を選びました。しかし他にも超光速技術を発見した人類がいくつかあり、戦争が続いています」
「ありがとう。あなたはアーヴの特徴とは異質だけど」
何か言おうとしたジントが別の通信に気づき、一言謝った。
数秒後、通信が切り替わる。
通信画面に出た司令長官は、若く見える女性だった。とてつもない美貌、黝(あおぐろ)い長髪、黒瑪瑙の瞳、尖った耳、淡い小麦色の肌。服装も独特だ。ラクーアは、遺伝子操作種であるアーヴは外見と年齢が一致していないことをもう分析している。その頭の飾りはただの装身具ではなく、額に生じる器官を通じて機械からの情報を直接入力し、そのための常人にはない脳内器官で処理できることも。
その顔には激しい怒りと、奇妙な喜び、そして慢性的な焦りが浮かんでいる。
会議画面にはジントも参加している。幕僚のソバーシュ・ウェフ=ドール・ユースと、アブリアル・ネイ=ドゥエール・ウェスコー前王・ラムローニュ司令部附上皇もいる。ただし、ラムローニュはいるだけだとも告げられる。
(指揮権が混乱することは軍にとって愚の極み。助言もしない、最高機密でも閲覧するだけ。だが、未熟な皇族の指揮官を監視し、本当に誤った時には指揮権を剝奪する権限を持つ……)
存在だ。
アーヴの常の制度ではない、極端に皇族が減った非常時ゆえだ。
「時々ひとりごとを大きい声で口にするだけだ、気にしないでくれてよい」
と、とても不満そうにラフィールは言ったものだ。
挨拶もそこそこに、ラフィールは激しく言った。
「そなたがあの南米帝国とか申す、優雅のかけらもない蛮族とは別であることはわかった。とても面白い挑発を聞いたぞ」
「はい。私たちには、あなたがたにとってもやすやすとはつぶせない実力があります。それをご理解いただくために、多くの血を流す趣味はないわ。これだけ見てもらえば……この艦は12秒後、23光分離れた第7惑星のそばにショートジャンプ、直後に今図で示している11光分離れた1300キロメートル級小惑星を破壊する。その周辺にはどの勢力の艦船も基地もないことは確認していますし、破壊の余波で被害を出すこともしないわ」
「……!」
ラフィールの屈辱と怒りはすさまじいものがあった。
プリシアは一礼し、自分の操縦装置を操作する。とてつもなく巨大な艦が、ふっと虚空に消えた。
約45分……そのすべてが、霹靂艦隊のどの艦からも観測された。
巨大すぎる艦の、明らかに光速をはるかにしのぐジャンプ。巨大小惑星がいくつにも砕ける、数秒でそれほどの変化が起きるけた外れの力。ガスが宇宙に尾を引く。明らかに超光速の攻撃。
「あなたがたとは違う超光速航行技術もあります。……私たちが恐れていることをいくつか。
あちこちにこのような時空間ゲートがある。私たちが生じた時空にも、私たちが来た時空にもいくつもゲートがある。
あなたたちの敵国の星に、別のどこかにつながったゲートがあるかもしれない。そのゲートから私たちよりさらに上の技術の侵略者が来て、この時空を征服してそこのゲートから私たちを襲うかもしれない。
あなたたちの敵国が、ゲートの向こうで高い技術を手に入れるかもしれない。あのゲートの向こうの星から離れたところには、滅んだ超文明の遺跡がある。ついでにそれを解放したら、とんでもない敵があふれ出てくる。
あなたたちも、この南米帝国艦隊の船の破片を分析したら、新しい超光速技術などを手に入れることができることはわかるわね?」
ラフィールの顔には、
(認めたくない……)
(不満だ……)
と太い字で書いてあるようだ。
それをラムローシュが、かなりの不満を持って見ていることも伝わる。
プリシアたちは今も多くの情報を手に入れている。
〈アーヴによる人類帝国〉は、ほかの多くの人類の国と戦争中であり、およそ十年前に首都ラクファカール失陥という巨大な敗北を喫している。
そのときに国土も分断され、国力も減っている。帝都は交通の要衝でもあったのだ。
ラフィール自身、父や弟と連絡が取れていない。祖母である当時の皇帝ラマージュ自身、わずかな時間稼ぎのために近衛を率いて戦い散った。直後、曾祖母をはじめ多くの家族が帝都で戦い抜き、運命を共にした。
ラフィールから感じる焦りと不満、それは、
(〈人民主権星系連合体〉一つ落とすより、首都を取り戻すことを優先したい……)
帝国の大戦略、そのものへの不満なのだ。
首都奪還作戦を研究させ、司令部附上皇ラムローシュの不興を買ったこともある。
まして彼女は帝国の皇太女でもある。それが大艦隊を率いている、潜在的には反乱予備軍でもあるし、危険なのだ。
若すぎ、未熟すぎるラフィールは、むしろ、
(せいぜい巡察艦艦長として最前線で戦うこと、それも首都奪回作戦で……)
を本来は望んでいるのだ。
必死で耐えてアブリアル、皇族の義務として、皇帝の命令に従い艦隊司令官をしているだけで。
ジントやラムローシュは、そんなラフィールを心配げに見守っている。
時空ゲート2つを隔てた第四帝国の時空では、アチュルタニと激しく戦いつつ〈シルバーン〉がシェヘラザードから情報を受け取り、増援もつけて送り返した。
エルと一馬たちが会議に入っている。
「〈アーヴによる人類帝国〉はとんでもない方針ですが、少なくとも……まし、ですね」
エルが苦々しげに言った。
「支配下に置いた惑星の人々に干渉しない。奴隷化して利益を絞る、強姦虐殺自体を楽しむ、心の中からの忠誠を強要する、本や建物を破壊する、などをしない。星間交易の利益で満足する」
メルティが資料を見る。
「ゆがんだ愛がないから、なのでしょう。ゆがんだ愛で虐待するのが、支配者の常でした」
エルが悲しげに言う。
「特に〈人類統合体〉は、どんな理由があろうと遺伝子操作を容認しない。有機アンドロイドも、コリンたち改造された士官も、まして隣の吸い出された人格を入れた巨大ダイヤモンドコンピュータなど、存在そのものが許されない。皆殺しにされる」
ケティが苦々しげに言う。
「つまり、隣の隣の時空でも、最悪が勝たないように干渉したほうがいい」
一馬がため息をつき、エルがうなずく。
「〈アーヴによる人類帝国〉の時空は合計人口が2兆人以上。大人口はいつ、どれだけ進歩するかわからないわ。まして別時空との接触が刺激になれば」
メルティの言葉に、エルが激しくあせる表情をした。その視線を受けたメルティも、何かとんでもないことに気づいてしまった表情をする。
「どうしたの?」
「考えたくないことを、考えてしまいました」
「そうね」
エルとメルティがものすごく絶望的な表情で。
「どんな時空でも、いつ進歩するかわからない。それが敵対的になるかもしれない……」
「先制してすべて皆殺しにしなければならない、という結論に。こちらがそう考えるなら、相手も……」
まさに地獄である。
その地獄、〈暗黒の森〉である時空のことは知らないにせよ、想像できてしまう。
さらにいえば、その地獄は人間同士でも言えるのだ。人の心の奥底など誰にもわからない、先制攻撃と考え始めたら、万人が万人に対して狼になる。
バットマン対スーパーマン、「今はな。」さらにそれは、「どの赤子も邪悪なミュータントとなるかもしれない」となる。
歴史上多くの建国帝がやった功臣粛清。〈強い将軍と強い皇帝〉、ベル・リオーズ将軍。内心がどうであれ、実力がある時点で有罪。逆に将軍も……
自分一人以外すべて殺すことになる。
「〈アーヴによる人類帝国〉も、ある意味それ。皆殺しにしていない、惑星に閉じ込めているだけで」
「西側連合が守った惑星には、消えた古代異星人の超技術遺跡がある。あれは開けたら滅びかねないけど、別時空にもっと安全なのがあれば一気に進歩するかも」
「全力で進歩し続け、同時に救命ボート、最悪を前提にして分散し続けているしかないですね。
普段は〈しっぺ返し戦略〉、攻撃されたら反撃する、こちらからは攻撃しない。協力があるほうが進歩には有利ですから。
第四帝国、またケイン准将との協力は奇跡のようなものです。
そう考えると特に〈アーヴによる人類帝国〉もある程度変わってほしいのですが。人口の大半、惑星住民は進歩に参加していません」
「アーヴもかなり長い期間、遺伝子操作ができるのに能力を向上させていないらしい」
「〈人類統合体〉の、遺伝子操作厳禁でもとても進歩は望めません……」
エルが、ため息も出ないほど暗い顔で言った。
「また、精鋭艦隊が全滅した南米帝国の側も、その分弱くなって別の国に攻められることになるわ。ゲートを奪おうとする中央同盟、ほかにも弱体化につけこむ他の国々も」
メルティが話題を変える。
「もうすぐゲートから侵略艦隊が突入してくるかもしれないというのに……見たいことを見る、信じたいことを信じる、ですね」
「できるだけの高ステルス艦をプリシアへの増援にしよう。こちらもきついけれど」
一馬が言う通り、コリン・マッキンタイアの第四帝国とアチュルタニ艦隊の戦い、また技術水準が高すぎる時空での折衝も大変という言葉ではおさまらない状態なのだ。
別時空、新技術を前提とした、前提の変化。
また、このゲートから南米帝国をはじめ別時空を征服できる可能性。
〈アーヴによる人類帝国〉が手に入れた別時空の技術。
(それはあまりにも重すぎる問題であり、自分が判断すべきではない、皇帝とその幕僚に直接伝えるべきだ……)
ラフィールはそう判断せざるを得なかった。
この時空では、遠距離の超光速通信はない。平面宇宙内ではわずかな連絡はできるが、それも短距離。長距離の、内容が多い連絡は艦船を派遣するしかない。
また、上皇に試されていることもわかる。
(帝位を望むのならば、自分でもそれらを考え、そのときには決断できなければ資格はない……)
と。
戦うことだけが好きだった。
だが、もうそれだけではすまない。
アーヴは、変革の時を迎えたのだ。
エネルギーを出し続ける粒子を手に入れて生体部品であることをやめ、母船を滅ぼしたとき。
その粒子を研究し、平面宇宙に出入りする門となる、超光速航行が可能になると知って、帝国を始めたとき。
それに次ぐ変革。
プリシアたちアンドロイドは、一馬の故郷の人類の歴史に通暁している。
だからわかっている。
人類の歴史が大きく転換するときに、交通・通信手段の変革もしばしば伴ったことを。
丸木舟か何かによって、アフリカからユーラシアに行ってホモ・サピエンスは地上の支配者として歩き出した。
針と糸で毛皮を縫う技術などで服や靴を作れるようになり、それで寒冷地でも手足を凍傷で失わず移動できるようになり、ユーラシア大陸とアメリカ大陸を結ぶ氷の道を抜けた。
底が尖った素焼き壺アンフォラ……実は弱点になる平らな底がないから割れにくい……によって膨大な液体を海上輸送できるようになり、ギリシャ海洋帝国、そしてローマ帝国が生じた。
馬の蹄に蹄鉄をつけた。それが日本でも西洋でも武士・騎士を作り出した。
ラクダを家畜化した。それがイスラムの大帝国につながった。
中国からの方位磁石、常に吹く風をつかむ技術、頑丈な船、鋼鉄のタガで締められた水樽、イスラム科学など世界各国の知識や技術を集め、コロンブスが大西洋を渡った。
鋼鉄の船と蒸気機関が帝国主義の時代をもたらした。
…………
技術は変化をもたらす。それについていけなければ、滅びるのみ。
そして今、プリシアたちも、この時空の技術を大量に手に入れたのだ。
プリシアたちとの通信会談の夜、苦慮するラフィールのもとにジントが決裁書類も持って訪れた。
別時空以外にも仕事は数多くある。
だが、その訪れは副官としてのそれではない。長年連れ添った、夫婦同然の仲でもある……アーヴに結婚の制度はなく遺伝子編集の上で人工子宮、どちらも子供を作ってはいないが。奇縁があり、何度も共に戦い互いを助けてきた。
「どの選択が正しいか……」
「そう、だな。そなたの父上も」
ラフィールには選択肢があった。強力な艦隊の司令長官なのだ。
司令部附上皇もその選択肢を、聞こえるようにひとりごとをいった。
別時空を無視し、攻撃されたら撃退して今の仕事を続ける。
霹靂作戦の、皇帝に命じられた目的、父と弟がいるスキール王国への打通に注力する。そのための、命令を受けた時の前提は敵側の政治的事情で大きく変わっているが。
勅命に背き、反乱軍となっても奪われた、愛してやまぬ首都ラクファカールに突撃する。
ゲートを通って、その向こうの手つかずの宇宙を征服する。
判断は皇帝にゆだねる。
……
監視している司令部附上皇が否と判断すれば、ラフィールの指揮権のみならず、皇位継承レースからの脱落も意味している。
変化にどう対応するか。決断する時間もない。情報も不足している。
これは皮肉にもジントの亡き父親、ロックが迫られたのと同じだった。ラフィールもそれはよく知っている。加害者の側として。
ジントの故郷惑星ハイド伯国は、本来の名をマーティンという星系である。
はるか昔、低技術で半ば棄民され忘れられた移民が開拓し、長く人類世界から孤立していた惑星。それが突然、〈アーヴによる人類帝国〉の侵略を受けた。
事実上のファーストコンタクト。
交渉も尊重もない、言葉の膨大な飾りを除けば、
(服従か皆殺しか……)
という通告。自転3回というわずかな時間しか与えられなかった。
その作戦を指揮したのは現在の皇帝、当時の皇太子ではあったが、別に光栄には思わない。
相手の実力もわからない。国民の意思を統一することなどできはしない、抗戦派も多くいた。
当時の政府主席ロック・リンは、一人で決断した。自分を領主にしてもらうことで帝国にマーティンを編入させたのだ。
そのため、帝国の奇妙な制度に合わせて……できるだけマーティンの自治と利益を守るため、でもあった……自らをアーヴ貴族とされた、そのことがマーティンのすべての人にとって、
(裏切り……)
と感情を爆発させた。
母を幼くして亡くし、父も多忙だったためその秘書に預けられて育っていた幼いジント少年は、突然すべての人に石を投げられ、一人きりで遠い星に留学した。
その学校を卒業し、アーヴ貴族の義務として軍の学校に行くことになり、軍艦〈ゴースロス〉に便乗したとき世話をしたのが見習い時代のラフィール。
旅は、突然の開戦で狂った。敵艦隊に追い詰められた〈ゴースロス〉からジントは連絡艇で逃がされ、その連絡艇の運転・護衛、そして〈ゴースロス〉の日誌を託されたラフィールと、二人きりで敵となった星々をめぐり敵に占領された惑星に潜伏し、ついに味方に救助されたのだ。
アーヴ帝都で軍人となるべく学ぶ少年、彼の耳に敵に占領されたハイド伯国=惑星マーティンで、ロック・リンは処刑されたことが伝わる……
ロックには、従うべき皇帝もいなかったのだ。従うべき主権者は国民、だが国民はバラバラで、期限内に意思をまとめることなど不可能。
今も、彼の決断が正しかったかどうかはわからない。ロック自身は処刑されたのだから誤っていたかもしれない。
もっと上の話、ジントの故郷惑星が、
(皆殺しになっているか否か……)
すら、今のジントには知るすべもないのだ。今は再び敵の手中に落ちているのだから。
「まあ、何を選んでもついていくさ。あのときみたいに」
「ばか」
そう、書類とともに茶も受け取ったラフィールは、孤独な苦悩に立ち向かった。
(アブリアルのあまりにも激しい感情を押さえ、理性に、軍人の本分に従う……)
それが、彼女の決断である。
アブリアルは思い出さなければならない。何のために帝国であるのか。
生き延びるため。アーヴが全滅しないため。
そのために、帝都陥落の際に膨大な老いたアーヴたちが散り、ラフィールたち若者を逃がした。
アーヴの未来のために。
帝国も、首都も、手段でしかない。
あれほどの、家族の犠牲を忘れられるはずがない。忘れてはならない。何が守るべきものか。
ラフィールは知らない。彼女が心配している父と弟が戦い続けるスキール王国にも異変が起きていることを。
父、クリューヴ王ドゥビュースは、帝国から切り離されたアーヴで最高位であったため副帝となり、その地域と集団をまとめることになった。多くの領星を切り捨て、事実上一つの星にすべての戦力と生産力を集中して、〈ハニア連邦〉に囲繞されつつ外交交渉も続けている。
弟のウェムダイス子爵ドゥヒールは、未熟すぎる身で、自分にふさわしい仕事ではなく遺伝子のみによるお飾り仕事を多く押しつけられ、耐えている。
その星にもゲートができ、その向こうから…
また別時空のアンドロイドとともにアーヴの暫定首都に戻りゆくラフィールには、運命を知るすべもなかった。
アーヴの歴史でも四番目の大変革を、未熟すぎる自分が決断しなければならない時が迫っていることを。
だが彼女は、運命に流される女ではない。アブリアルは歴史を作るのだ。