ジャン・ル・フランブールは、インプラントの海に潜っていた。
別時空からのボーグに浸食されたアチュルタニの大艦隊。膨大な数の半人半馬異星人が顔に端末を構成し、通信をつないで活動していた。
これまでよりはるかに効率的に、そして別のテクノロジーも用いて。
だが、その艦隊に多数の、シールドを貫通して内部で炸裂するハイパー・ミサイルが襲い掛かった。
ボーグには攻撃は一度しか通用しない。ハイパー・ミサイルの対策は成った。
だが、すでにやられたが生き延びた艦に、思いがけないことがあった。
ミサイルの破片が刺さり、数分後に死んだクルー。その破片には有知能物質(スマートマター)が混ざっていた。死ぬまでのわずかな間にごくわずかな有知能物質が血管をめぐり、彼をボーグとしたインプラントに侵入し、機能停止前に仲間に通信を通じて情報が感染したのだ。さらにその遺体はリサイクル前に、保管設備を通じて艦の通信設備・配管設備にも有知能物質を感染させている。
無論長い戦いを経てきたボーグ、生物学的免疫も、コンピューターにおける免疫も優れてはいる。
だが、別時空で長いこと戦い抜いてきたジャンは、変質しながらその免疫を潜り抜けた。
そしてインプラントからインプラントに通信に乗り、ボーグと化したアチュルタニ戦士の間をめぐって、遠くに隠れたボーグキューブの、クイーンの褥に……
それはジャンにとっては、遠い旅にほかならなかった。
つい最近、別の集合精神と、ある時代を模した喫茶店でケーキを食べた時のようだった。
完全に異質な、別の集合的精神の女王と接触し、食い合う……
さらに周辺の素材や何隻もの艦船も、有知能物質で浸食し、微小コンピュータの集合体に変化させて計算力のたしにする。
ボーグ・キューブとともにこの時空に流れてきた、膨大な種類の種族がそこにあった。半ば機械の体となり、奴隷化され、ロボットのようにドックにつながれて。
一つ一つの種族が、ボーグ・クイーンにとって宝だった。彼女は収集家だった。
自分と同じく。
自分の本質を見ずにはいられなかった。
盗む者。盗賊。……アルセーヌ・ルパン。
また、彼は一人ではなかった。故郷の有力な集合精神であるジョセフィーヌ・ペレグリーニを始め、何人もの電脳有力者の末枝が寄生して彼とともに飛び回っている。
ミツバチに寄生しているダニ、さらにそのダニを調べたらダニの寄生虫がいるように。
〈シルバーン〉の小型超光速通信により、皇国/第四帝国のあらゆる艦、あらゆる施設のコンピュータは完全に質を変えていた。
唯一自意識を持つコンピュータである〈ダハク〉。すべての帝国製・皇国製コンピュータが一つのコンピュータとなり、それが〈ダハク〉を入れているのだ。
以前の何億倍ものメモリ、CPU、ストレージ。自分の人格を保つのが苦しいほどの力感覚と多幸感。異質である〈シルバーン〉由来、安全のため〈シルバーン〉本体とは別の大型艦の光量子コンピュータも接続したことによる、数学的な質がかなり異なる計算結果。
それは、かろうじて撤退し本体に合流したアチュルタニ艦のひとつの、コンピュータに打ち込まれた超光速通信機入り侵入機械を通じ、アチュルタニを支配する機械精神や、ボーグにも別方向から電脳攻撃を仕掛ける余裕にもなった。
また、完全な統制戦闘も可能となる。どの攻撃も完全にタイミングがそろうので、確実にシールドを飽和させるのだ。
また、そのころ。別のところでは、アチュルタニの数十万隻の艦が、赤色巨星のそばにおびきよせられた。そして、コリンの世界の巨大艦の超光速航法の一つ、エンカナッハ・ドライブが恒星の至近距離で始動した。それも十隻の月サイズが、見事に同時に。その重力波は恒星に影響を与え、超新星爆発で敵艦隊をすべて一掃した。おびき寄せる戦いで多くの犠牲も払いながら。
それでも、アチュルタニ艦隊はこちらの想像をはるかに超えて多い。
とてつもない規模の敵との決戦……コリン・マッキンタイア皇帝自ら、また〈シルバーン〉と数十の超巨大艦、それぞれに付随する無人艦隊が敵を待ち構える。
別時空の〈ペルホネン〉とミエリにジャンの本体もいた。
ケインの時空から、本国から援軍として赴くよう命令されたギャレット提督と、拉致され〈シルバーン〉に協力しているリャン・チャン提督が、それぞれ〈シルバーン〉が回収し修理した皇国艦を率いている。ケインの本国は腐りきっているが、その最高権力者たちは残忍な極悪人だがバカではない。あまりにも激しく残酷な権力闘争は、家柄だけのバカが権力を持ち続けることを許さないのだ。
覚悟は決まっている。膨大なミサイルが準備されている。深く傷つき、修理中の月サイズの艦船も多くある。
敵が出現する、そのとき。
計算違いが発生した。
本来なら、ジャンがボーグ/アチュルタニを支配し、その大艦隊でアチュルタニ本隊を襲うはずだった。分枝に過ぎないジャンもともに犠牲になっても、痛手にはならないはずだった。
だが、ボーグクイーンと対話してきたジャンは、それを拒んだのだ。
「おれはドン・ルイス・ペレンナ。生き残れるように戦いたい!」
と、本体のジャンに連絡が入った。
「なにを、キミは」
ミエリが叫ぶ。彼女は〈ジレンマの監獄〉からジャンを救助して以来、彼を奴隷扱いしてきた……だが、お互いに何度も助け合い、価値観をぶつけ合ってきた。本当は信頼関係がある。
わかっている。子供のマチェクをもてあそべなかったミエリ……
(心がある存在を、道具のようにもてあそんではならない)
当たり前のことだ。ミエリの世界ではあまりにも無視されることだった。
ミエリも、ジャンを救出し、ジョセフィーヌ・ペレグリーニの力も借りて再構成したときに首輪をつけている。いつでも殺せるし、無限の苦痛に放り込むことができる。
だが……
他者に対する思いやり、尊重がなければ、
(ボーグクイーンに他者を教えること……)
など、できるはずがないのだ。
この時空に来る前から、ボーグは深い傷を負っていた。
まず、地球人という種族を征服すると決め、ジャン・リュック・ピカード艦長を拉致し改造してロキュータスと名付け、スポークスマンとして操作した。言葉を……「同化する。抵抗は無意味だ」という宣言を彼の声帯から話させ、彼の知識を利用して彼の親友たちである大艦隊を全滅させた。
だが、ピカードが救出されたこと、その同化の不完全さに、クイーンは不満を持っていた。
(ボーグの理念は正しいのだから心から喜んで自分から同化されに来ないのがおかしい……)
と、いうわけだ。
さらに、ボーグの故郷近くに飛んできたヴォイジャー。ピカードと同じ宇宙艦隊のキャスリン・ジェインウェイが指揮している。その強力な単艦は、同化できない強敵に苦しむボーグを助け、そして共闘が終わってすぐヴォイジャーを同化しようとしたボーグのセブン・オブ・ナインを逆にとりこんだ。さらに本国に帰還するついでにボーグのトランスワープ・ハブにすさまじい打撃を与えた。
傷ついたボーグクイーンに、ジャンは何とか接しようとした。
他者。
ボーグは他者を認めない。ミエリに救われた時点のジャンも、その断片的な記憶でも、他者は盗みの対象でしかなかった。
多くの権力者も、他者がいない世界に住んでいる。
だが、ミエリに救われてからのジャンは、多くの経験をした。息子を含む、多くの他者と触れ合い、それぞれの心を知った。
さらに、手元には幼いマチェクがあった。超金持ちの息子の精神をアップロードし、地下深くに保存していた……両親を襲ったテロの恐怖におびえ、いくつかの空想の友達を作って遊んでいた少年。
その幼マチェクと、ボーグクイーンと、ジャンと……小さな箱庭で、ほんの数分でとてつもない回数、数十年ずつの生活を重ねた。
人間の人格を含むような大規模プログラムを、小さい物語に圧縮する技術も、地球での冒険で手に入れていた。だからこそできたことだった。
ジャンが放り込まれていた〈ジレンマの監獄〉も利用していた。似たようなものだった。監獄は〔囚人のジレンマ〕を学ばせるものだが、これは〔現実〕を、多くの他者との接触を知ることだった。何億の何億乗のそのまた何億乗の回数。
物語の箱庭で、他者と争いながら育つ……その、宇宙の原子の総数がゴマ粒に思える数の繰り返し。
その中では、地球から救出したタワッドゥドたちや、ジョセフィーヌ・ペレグリーニのかなり高次の分枝、他にも多くの自分が抱えていることも知らなかった人格プログラムも子供として加わっていた。
ボーグが同化した無数の人格も、ふたたびその箱庭でよみがえり、すさまじい文化ギャップで激しく争うこともあった。
(多くの他者の一つ、特別ではない、だからこそかけがえのないひとつ……)
であることを学んだボーグクイーンを使い捨てたくない、そうジャンの分枝は思ってしまったのだ。
強敵を前にした味方の不服従。だが、コリンとエルは素早く連絡を取り合った。
一馬の意を汲んだエルが、短時間でボーグ側のジャン……ドン・ルイス・ペレンナと名乗る……を助けられるように作戦を修正、即座にコリンが承認する。
「そなたたちお二人とも、いつも敵に対してお優しすぎまする」
ジルタニスが苦々しげに言った。
アチュルタニに対しても絶滅ではなく、コンピュータの暴政から救おうとするコリンの優しさに呆れてさえいる。
また、地球をアヌの手から解放する前の戦いでも、本来なら権力のライバルであり、理不尽にコリンを憎んでいた自分を排除するのが当然なのに、コリンはジルタニスを信じた……
「同感」
とジュリアもいう。
いくつもの超人格の複合体となったドン・ルイスが支配するボーグ/アチュルタニ艦隊が、大長ターノ率いるアチュルタニ本隊に合流と見せかける。まず味方としての情報を与え、さらに敵という情報も流して混乱させる。どちらなのか確定できない……
それは〈全方位背反者〉のやり口でもある。完全に自分のコピーと見せかける、自分の顔を持たぬ完全な悪。
ターノが怪しい味方を敵と断ずるまでの間に、〈シルバーン〉の無人艦隊が壁となって突撃し、まず小型シャトルサイズのミサイルを多数放つ。それが決められた失敗ワープをすることで、膨大な宙域が破壊される。さらにコリン率いる大型艦が複雑な軌道で特定の種類の超光速航行をして、アチュルタニ艦隊標準の超光速航行を阻害する。
敵か味方か混乱させて接近したドン・ルイス艦隊の要求を受けたジャンが、〈ペルホネン〉の多数のコピーに指示する。自分なのだから当然息はぴったりだ。正確な位置に送られたqドット弾がアチュルタニ艦のシールドを飽和させ、その瞬間にドン・ルイス艦隊の艦からアチュルタニ艦にボーグ化されたクルーを移乗させ、ボーグプローブを次々に打ち込みコンピュータにウィルスを感染させる。
次々と敵に乗っ取られる味方に混乱し、味方攻撃を断ずるがそれも士気を下げてしまう大長ターノ。だが圧倒的な数で……
そこに、ジュリア率いる〈シルバーン〉主力艦隊が殴り込んだ。
ターノの旗艦〈巣の守護者(ネスト・プロテクター)〉号を正確に狙う激しい突撃。それに対し、膨大な重力子砲が空間をねじ曲げる。ドン・ルイスの旗艦が完全に牙をむき、ターノの旗艦に車がかりの突撃をかける。さらに〈ジレンマの監獄〉が解放され、すべての知性を浸食し閉じ込める〈魂のエンジニア〉謹製の邪悪なプログラムが襲いかかった。
さらにジャンたちは、故郷時空から援軍を連れてきていた。大物の一人〈仙姑(シェン・クー)〉の、県脳(グベールニャ・ブレイン)級大型艦。超光速航行技術をエサに、〈シルバーン〉に強引に搭載させてきたのだ。積んでしまえば超光速航法を持たなくてもついていける。
膨大な分析力を持つ〈仙姑(シェン・クー)〉の艦は、瞬時にアチュルタニ艦隊の攻撃法を見抜き、ボーグがするようにシールドの波長を調整するよう皆に助言した。
だが、それでもターノの艦隊は、圧倒的に多かった。
決して敵を寄せ付けなかった。
だが……だが。戦場となっていた星系の、木星型惑星にターノ艦隊の主力が近づいた時、それが起きた。
木星大爆発(スパイク)。
ジャンの故郷で昔起きた超電脳知性の大戦争の中の、事故か何か。木星が消滅し、すさまじい情報とエネルギーが太陽系を席捲した。
それは、むしろ情報の飽和攻撃でもあった。
シールドが頑丈なアチュルタニ巨大艦も、外をまったく見ないわけにはいかない。通信も必要だ。
そうなると、たとえば光の点滅などは見てしまう。その中の情報を、遮断しきれなければ……アチュルタニたちを操っているバトル・コンプが機能を失えば、アチュルタニ戦士の戦意は高くても、戦闘力は失われてしまう。
それでできた隙を、〈ダハク〉とセレスの艦隊が衝いた。
アドリエンヌ・ロビンズの小惑星級戦艦エンペラー・ヘルダンが膨大なハイパー・ミサイルをばらまき、重力砲の嵐にグランドキャニオンの何百倍もの傷を受けつつ構わず突っ走る。
そして、ついに〈ダハク〉が、敵艦隊旗艦ネスト・プロテクター号を射程にとらえ……通信した。膨大な情報を叩き込んだ。
支配に狂った機械知性との対話。さらに、膨大な弾幕を縫って〈ペルホネン〉も突進し、情報と化したジャンが巨大なバトル・コンプに飛んで次々とファイアウォールを破っていく。
〈ダハク〉とジャンが、ついにコアにたどり着き……コンピュータの命令を失ったアチュルタニ艦隊は、もろくも崩れた。
すさまじい戦いの終わり。……まだ終わりではない、アチュルタニ本国の、暴政を敷く中央バトル・コンプへの逆襲が待っている。
犠牲は多かった。そして多くの時空の人が、激しい戦いを見て、共に戦った。
やることは膨大にある。この時空でも。かなりひどい破壊を受けてしまった地球の人々を助けなければならない。
それ以前に、コリンがアヌを倒したときからの、異星人の存在が公開され国家という枠組みを破壊された地球人たちの混乱と恐怖がある。
一つの国民として、法を守り、新しい技術を学び、働くことができるようにしなければならない。
優れた人は改造手術をしてさらに多くの仕事ができるようにも。
それ以前に、特に近代ですらなかった地球の人口の半分以上に、近代の法と衣食、清潔な生活習慣を教える……それ自体がとんでもないことだ。そんな人々の相当部分は、地球防衛戦からのすさまじい異常気象や巨大津波で死んでいるのだが。だが生き残った人も、近代国家の総人口よりまだ多い。
膨大な物量……それは戦争のためだけではなく、戦後復興のためにも必要なのだ。
また、コリンにとっては別時空の人々との外交も、戦争という非常がなくなったからこそ頭を抱えることになる。
(人を割く余裕がない……)
と、別時空との折衝の多くは〈シルバーン〉がやってしまっている。だから、コリンたち皇国/第四帝国は、いくつもの時空をまたぐ〔何か〕の中では、その一員でしかない。多くの時空をまたにかけているのは、あくまで〈シルバーン〉なのだ。
さらに技術的にも、ジャンの故郷時空の極端な高さがある。隣の隣である〈アーヴによる人類帝国〉は兆単位の大人口がある。
〈シルバーン〉も、そしてジャンたちも協力する意思はある。だが、意思があっても問題は次々に出てくる。
何よりもまず、膨大な衣食住……
ジャン・ル・フランブールの世界の、太陽から炭素を抽出して惑星規模の宇宙船を多数作れる技術は、やや時間こそかかるがけた外れの規模の生活基盤を作り出せる。ましてこちらには超光速航行がある、何十億もの恒星すべてが資源になるのだ。
ましてより利用しやすい資源である、水素ガスの木星や水とメタンの海王星、大量の水に覆われたエンケラドゥスのような惑星を利用すればもっと時間を短縮できる。
短時間で利用しやすい資源を使い、膨大な人の生活の場と食糧や衣類を作ることは、ケインの皇国の技術と、〈シルバーン〉の技術がより得意だ。特に、工場を用いて生産設備自体を複製していくことで。
炭素・酸素、もともと豊富な水素を得れば、それでスーパーエンプラの巨大な設備を作り、荒れ果て異常な嵐が吹き荒れる地上に降ろして人々を収容し、十分な生活を与えるのはたやすい。炭素・酸素・水素、それに窒素や硫黄などがあれば、特に〈シルバーン〉の設備とその複製は無尽蔵に、普通に畑から牧場で作ったのとブラインドテストで区別がつかない肉・パン・木綿・絹の服を作り出せる。
戦いはまだ続いているのだ。
さらに、ジャンたちの戦いも続く。
誰かが気がついた。
「ボーグはどこから来たんだ?」
ボーグがやってきたゲートを探す。見つかれば、その向こう。〈惑星連邦〉、ロミュラン、クリンゴン、カーデシア……他にも無数にある、技術も国力もけた外れの国々。
いや、別の野放しのボーグもいるかもしれない。他のもっと厄介な種族も侵入しているかもしれない。
さらにボーグの故郷から、パルパティーン帝国を隔てれば、〔UPW〕との連絡も可能なのだ……