羅候の回復には、ヴァニラ・Hも驚いた。膨大な怪物相手に戦い抜き、
(体じゅう壊れていないところがありません、意識の回復も絶望的です)
という状態から、数日のナノマシン治療、起きた直後に数十人分の食物を食いつくし、すぐまた41時間眠ったらもう元気だった。
直輸入のトリコーダーも、異常なしと告げている。
襲撃されたラインハルトをロイエンタールたちが守り、さらわれていたロイエンタールの息子も取り戻した激しすぎる白兵戦。
羅候を、ラインハルトが見舞った。
戸が開くと同時に、羅候は床から滑り降り、素手ではあるが身構えた。
猫耳をもつ若き覇王と、金髪の美しき皇帝。
邑峻が夫の羅候にしがみつく。
熱い目と燃えるアイスブルーが、しかと噛み合った。
深い呼吸。
「感謝する。礼をする、道場へゆこう。卿が欲しいものは、強くなることだとうかがっている」
豪奢な金髪がわずかに揺れ、音楽的な声が響いた。
羅候の口が裂けそうな笑顔になる。
「ああ。てめーがラインハルトか」
旅を共にしたロイエンタールから、覇王のいさおしは繰り返し聞かされている。敵対していたシューマッハの立場からの話もだ。
虚飾がなく、本当に自分が欲しいものをくれる、というのが気に入った。
移動帝都、獅子の翼(ルーベンフリューゲル)は今も改造が繰り返されている。
単独でもすさまじい戦闘力になるよう、また行政などの機能も十分果たせるように。
科学や戦闘技術の研究設備も充実している。
近年のラインハルトは、帝国から選び抜かれた才の持ち主と起居を共にし、あらゆる面での向上を目指しているが、その多くがこの移動要塞で行われているのだ。
その設備の一つ、サッカー場ほどもある道場に、親衛隊を率いるラインハルトはいた。
華麗な衣装より、動きやすい服のほうが鍛え抜かれた肉体の美が際立つ。
(ああ、こいつも自分の弱さが許せねえんだ。めちゃくちゃに鍛えてるんだ)
それが羅候に伝わる。
ロイエンタールが話さなかった話。紙に多くの点を描き、空白だけが浮き上がるように、
(それ……)
が浮かぶ。キルヒアイス。
羅候の友は生きている、が、〈虚憶〉では失っている。その痛みははっきりと心に刻まれている。
ラインハルトは、最初は感謝はしつつそれほど関心はなかったが、ヒルダ皇后に雷と羅候のいきさつを聞かされて震えあがった。
自身が、ライバルであるヤン・ウェンリーに勝利を譲られたのだ。ヤン本人が、誰がどう言おうと。
(それでこの悔しさなら、羅候が受けたほどの情けを受けてしまったら?)
狂気じみて強さを求める姿が、これ以上なくわかってしまう。
(「自分は操られるような愚かなことはしない……」と言うような低能こそ、詐欺師や宗教、ヤン・ウェンリーのよいカモだ)
ともわかっている。
刃引きの双剣を手にした羅候は、一人進み出た皇帝に打ちかかった。
裂帛の気合が、ジェダイの歴史を越える刃のようなフォースを断ち切る。
近衛たちは、主君の意を守って動かぬよう身を押さえつつ、言葉にならぬ激しい感情に狂いそうであった。
どちらも〈神剣〉の映像を繰り返し見、修行を積んでいる。ラインハルトは徒手空拳だが、だからこそより危険だ。
滑るように接近し、羅候がすさまじい速度になるのをラインハルトがわずかに弧を描いて歩み、手刀が手首に向かう。
ふわり、と皇帝が浮き、つま先が首をわずかにずらした覇王の頬をかすめる。
キスリングはその先を読もうとして止めた。
(読み合いより先……)
自分にはまだ至れぬそこを見て。
すさまじいフォースと気迫。〈神剣〉の理解度の深さ。
数分間、激しい試合。そののちふたりは言葉も交わさず、一つの動きを繰り返す稽古に入った。
羅候の双剣が、左唐竹・右刺突と流れる。ラインハルトは大きく入り身し両手で描く小さい円で唐竹の手首をそらし、刺突も押しのけ、前進しつつ全身で腕を回す動きを止めず大きい円を描いて素手の手刀打。
何度も、何度も。
十分ほど繰り返し、羅候が刃引き剣をラインハルトに渡すと、交代してまた十分ほど。
休みなく。どちらも地球人とは異質と言える速度で。
ぶっ通しの跳躍素振りにまさる、もっとも激しい運動をぶっ通しでやるほどの運動量であり、汗が水たまりになっては場所を移す。
(倒れる、止めなければ)
とキスリングも邑峻も激しく思うが、二人とも無茶は嫌というほど見ている。無茶をせずにはいられない痛みも知っている。
明らかに、一回一回、どちらもすさまじい気迫を放ち生命をかけている。一回ごとに動きの無駄が減り、より美しくなっていく。二人ともとてつもない天才なのだ。
すべきことを思い出したキスリングは、部下たち、また招いている武術の天才たちの端末を操作、〈神剣〉動画の一部を共有した。
皇帝と別時空の群雄の一人が稽古している、それに似た斬り合い。刀での片手唐竹を、前に出ながら両手剣で巻き、引き崩し、柄頭打ち。刀の女も重心を崩されながら逆らわず前進し続け、歩みに低い蹴りが混じる。
主君がやっている動きと、手本を比べ学ぶ。
つい最近も、近衛隊は皇帝その人に戦わせてしまった。自害ものの大恥である。またも、
(生き、向上せよ、泥をすすって……)
と言われている。
(せめてご命令の通りにしなくては……)
皇帝の端末がアラームを鳴らす。
「陛下、お時間です」
シュトライトが勇をふるい、声をかけた。
「ああ……近衛隊の半分、練王陛下と稽古を続けよ。失礼する」
ラインハルトは激しい疲労にふらつきながら、膨大な国務に向かおうとする。
羅候も意識が飛んだように崩れ落ちたが、その次の瞬間目を見開き、爆光を放つような眼光をきらめかせ気合を叫んで汗の水たまりから起き上がった。
「ありがてえ、ごちそう受け取るぜ。……大きい男になるんだ、竜牙の目を、まっすぐ」
その気迫。多くはジェダイの修行もなした近衛の精鋭が圧倒される。
「また繰り返す気か……あああああっ!」
キスリングが自分の太腿を叩き、必死で絶叫し、打ちかかって倒れる。何度大恥をかいたか。前進し続ける以外にない。
精鋭多数の猛攻、だがゆらりゆらり、と羅候の猫耳が揺れたかと思うと、ひと息に数人が倒れるのが繰り返される。
数日後、羅候はヴァニラ・Hらのすすめを聞いてラインハルトや、職務に復帰したロイエンタールに別れを告げ、〔UPW〕に赴いた。
故郷への近い帰り道でもあるし、今知られている中で最高の剣士の一人である、アイラ・カラメルの修行を受けることも大きい目的だ。
〈ABSOLUTE〉はさらに変化が進んでいる。
月サイズの要塞が多数、さらに羅候にとってはある意味見慣れたものでもある、超巨大宇宙生物からなる宇宙建造物もかなりある。南蛮でも巨大生物を艦船として使うのだ。機械と生物が融合した奇妙な存在もある。
複製されたダイアスパーも4つある。より短時間で複製できるように、サイズが10分の1になった小ダイアスパーもいくつも建造されている。
巻貝のように、相似に拡大された部分を付け加えて拡大し、その中に小ダイアスパーを含む巨大要塞がいくつも大きくなり続けている。
膨大に引き込んだ小惑星を、自己増殖性巨大生産機械が食っては巨大設備を生み出し自分も少しずつ改造しつつ複製する、雪だるまが二周分程度だが転がり始めている。
雪玉に、太いベルトのような雪がついている程度。だが転がり始めれば……
多様な子孫、進化。それもまた大きい進歩になろう。予想ができないほど。想像を絶し計画ができないほど。さらに様々な技術が今ももたらされ、複合されている。
それはフェザーン近くでも、また小惑星資源が豊富なマル・アデッタやエル・ファシルなどでも起き始めている。
繁栄を横目で見る羅候は、いくさの匂いをかぎ取った。
いや、ラインハルトの武からもはっきり感じていたのだ。
〔UPW〕は現在、智から移籍してきた前正宗、紅玉が長官を務めている。母体となっているトランスバール皇国よりはるかに上の力がある。
前長官のタクト・マイヤーズが軍関係だが、ダスティ・アッテンボローも多くの軍人を代表しており、力がある。
以前は妻のミルフィーユと、彼女がゲートキーパーだったため半別居状態だったタクトだが、他の五つの時空からもゲートキーパーが来たので普通に夫婦生活ができている。人工子宮の力もあり、子も生まれた。
それは当然女の戦友たちを焦らせている……妹のアプリコット・桜葉は、
「まだしばらくイチャイチャしていたい」
と結婚は急いでいないが。
智の者が多くいるので、羅候たちは表を歩けない。紅玉とは秘密裏に会うことになったが、そこには同時に別の客もいた。
練とはかなり遠い、デビルーク王国の若き征服王、ギド・ルシオン・デビルーク。
軍の艦隊戦力以上に少数の強者の、生身個人の戦闘力が極端に高く、先の大戦でも援軍として総司令のエンダー・ウィッギンを守り抜いている。
その王の娘、ララと、彼女の婚約者の妹である美柑、ララの地球でのクラスメート天条院沙姫の三人が、パルパティーン帝国の手先に拉致される事件が半年ほど前にあった。
それから何度か交渉や暗闘があり、犯人は〈星涯(ほしのはて)〉に至る、時空をまたぐ広さ深さで暗黒の網を築いていることがわかっている。
同じくパルパティーン帝国の手先が、先に羅候たちがアドリアン・ルビンスキーを捕えた戦いにもかかわっていたし、先のラインハルト強襲にも関係していると見られている。
本来なら礼儀に気をつかうところだが、紅玉は羅候の性格はよく知っている。ギドも似たような武人肌だとわかっている。
紅玉と飛竜がこだわりなく呼んだ小さめの部屋。飾り気はない。隅に大きい机があり、何種類もの食物が盛られている。わかる者が見れば、練・地球の日本・デビルーク本星のやや大衆的な料理だとわかるだろう。客の好みや背景をしっかり調べ思いやる力。
青年というには若すぎる、黒髪の男が二人。ギドは最近の戦いで力を使いすぎて子供に戻り、回復中だ。
羅候夫妻も入ってきた。邑峻は夫にしがみつき、緊張を無理に笑顔にしている。紅玉に人質にされて顔を傷付けると脅され、羅候にも叱られて夫婦げんかになったこともあるのだ。
(戦国のならい……)
今になればわかる。だが、彼女の感情の激しさは簡単には治らない。
羅候は圧倒されていた。
まだ子供と言っていい先端がスペード型の尾の、ギドだけしか見えなくなる。
(ありえねえ……)
豊富な経験と才能は、そのすさまじすぎる力をかなり測った。
にやり、とギドが笑いかける。
実際には個人生身で惑星を破壊できる戦闘力。桁がいくつ違うかわかったものではない。
ぎり、と歯が砕けるほど食いしばり、すさまじい気迫を放出する羅候。
それに邑峻はおびえている。ギドについていたもう一人の少年も。正宗がギドに目くばせし、
「少し話されるといい、羅候、ギド陛下。あまり壊してくれるなよ」
そういって、飛竜に邑峻を助け起こさせ、リトも連れて別室に出た。
死に物狂いで気迫を叩きつける羅候に、ギドはわずかな意地悪と楽しみを混ぜた笑みを浮かべた。
「差はわかる、それでもか」
「大きい……男に、なるんだ。昨日より。誰よりも」
羅候は口を強くつぐんで、机を引き出し腕相撲のポーズをとる。
ギドも笑って応じた。
羅候が武者修行の初め、銀河パトロール隊の時空のヴァリリア星に行った時。すさまじい大重力にもめげず、一言の現地語もわからずに、一番荒れた酒場に入り、一番奥の巨体の持ち主にただ腕相撲を挑んだ。
体重は何倍の差があるかわからない、それでもかるがると勝利。すぐさしつけられた、羅候自身が入れそうな巨大ジョッキの、燃料と言っていい186プルーフの超火酒を一気に干す。
ヴァリリア猿どもの絶叫。怒号。咆哮。
あとは言葉も何もなく飲む食う歌うの大宴会、翌朝から殺人的な訓練にも参加して鍛えぬいた。
もっとも過酷だが楽しい日々でもあった。
別室では……突然、それが起きた。
羅候のすさまじい気迫なのか。
後の調査では、その設備がある巨大人工要塞の研究所で、かなり大きな爆発事故が起きて人工要塞全体が大きく振動したという。奇跡的に死者はいなかったが。
羅候の気迫で半ば気絶していた邑峻と、気分を悪くしていたギドの連れ……ギドの娘、ララの婚約者の結城リトが激しい揺れに崩れた。
床が滑り、邑峻を支えようとした飛竜の手元が狂った。
助けようとした正宗も足が滑った。
結果は、いうまでもない。
一瞬で前をはだけられ、下着もずらされた正宗の胸にリトの顔。
飛竜の股間と邑峻の尻に両手。どちらも服を脱がせて素肌。
四人とも何の怪我も痛みもなく。飛竜は腰に刀があったのに、むしろそれが服に絡んで動けなくなった。
まあ、いつものことである……
その騒ぎから、これまで、
(女は捨てた……)
といさめられても結婚に無関心だった正宗が、急にダスティ・アッテンボローとの結婚話を進めはじめた。
さすがに、
(雷の側室になる……)
のは無理である。
また、正宗は羅候に、姜子昌も〈ABSOLUTE〉に呼ぶよう言った。剣術修行の必要も確かにあるが、彼に恋している飛竜のためである。
そしてなぜか、邑峻はまもなく二度目の妊娠をしたという。
リトの、
(能力の域に達しつつある……)
それに、女を思い出したものか。
ほかにも意外な結婚が結構進んでいる。
パウル・フォン・オーベルシュタインと、ナノナノ・プディングの結婚はローエングラム帝国に激震が走った。
さらにフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトと、ミント・ブラマンシュの結婚も。
八割がた政略結婚ではあるが……
ナノナノは、オーベルシュタインの義眼の治療を何度も申し出て親しくなっていた。
またテレパスであるミントにとっては、裏表が皆無なビッテンフェルトの性格が好ましい、ということである。
メックリンガーは政略結婚の要求をはねのけ、ついにヴェストパーレ男爵夫人と結婚した。
ファーレンハイトやミュラー、妻を失い子はいるが独身であるワーレンも結婚の圧がある。やはりそのあたりを狙うのはトランスバールの新旧エンジェル隊であり、蘭花などは熱心にアプローチしている。
他にもシヴァ女皇、ルシャーティ、シャトヤーンなどどうしようかと思う女がGAには結構いるんですよね。
…ヤマトにも独身多いなあ。