アチュルタニ戦争の終わり。メインコンピュータを制した〈ダハク〉とドン・ルイス・ペレンナ、そして世界の現実を知ったアチュルタニ=アク・ウルタンたち。
コンピュータに支配され、
(昔恐ろしい〈雛殺し〉に絶滅寸前まで追い詰められた。やられる前にやらなければ滅ぼされる、戦い抜かなければ……)
という世界観を、雄だけで叩きこまれてきたケンタウロス型異星人。
メスは最小限の生殖細胞が成熟したら殺され、その卵子で子を作る道具でしかなかった。
この恐ろしい真実に耐えられる者は多くなかった。耐えられなかった者は、ボーグを内包するペレンナの手によりプローブを与えられて心の一部を固定されたのちに、タイラーが自作自演で作っていた半ば宗教である犯罪組織に加えられ、心を破壊されて道具とされた。
そのほうがずっと残酷だ、とピカード艦長などは言ったが、代案は安楽死しかなかった。
(ボーグ・ドローンとして生き続けるよりはましだ……)
このこともある。
心を奪って休ませ、そして別のアイデンティティ・物語を強引に与える……
それ以外に、生かす方法すらなかった。
それほどにアチュルタニとしての生は洗脳と戦いに満ちており、そこから理性だけで離脱できる者は少ないのだ。
他にもやることは多い。母性の、合計数千万の、十キロメートルを超える巨大艦隊を可能とする超巨大工業力の編入。
さらにゲートを通じて三国に分かれたタイラーの時空との連絡も密にする。消費した軍需物資の補給もある。
政治。外交。
そして、きわめて広い範囲の交通。
重要なところだけでも、アチュルタニ母星近くに生じたタイラー時空へのゲート、エンタープライズEが来た無人時空を通じ惑星連邦に至るゲート、皇国首都バーハットとその近くの、〈真紅の戦場〉時空に通じるゲート、〈量子怪盗〉時空へのゲート、この時空の地球。
四つのゲートと三つの首都惑星。膨大な人口と情報。
この時空の地球は前の戦いで相当大きな被害を受けている。さらにそれで一人でも助けるためもあり、極端な技術による生活の急変も起き、それがまた軋轢にもなっている。
〈真紅の戦場〉時空からはそこの人だけでなく、〈星界〉時空へのゲートがあり、〈星界〉時空には〈銀河連合日本〉へのゲートさえある。
多くの敵国、可能性が莫大な交易。
その調停のために、多くの人材が使われる。
これは昔からあったジレンマだ。
アレクサンダー大王は、次々と勝利しつつ征服し、前進し続けた。そのたびに多くの戦利品をばらまき、勝利を分け合い、味方の団結・アサビーヤを強めることができた。
だがそれを繰り返すと、まず都市を征服して次に行くとき、前に征服した都市に有能な将軍と軍=軍曹と兵を置いていかなければならなかった。自分と同じ言葉を話す、故郷からの友を。
無限ではない。故郷からの友が、都市を征服して次に行くたびに減る。
そのジレンマを克服したのが白色彗星帝国であり、略奪破壊して統治しなかったことが多いティムールでもある。
ほかにも様々な形で、このジレンマは出る。
スペインやポルトガルは遠くの植民地を統治するのに、本国で運河や製鉄所を作れるであろう人材を送り出した。しかも航海と現地の伝染病で死ぬリスクも高かった。
豊臣秀吉は天下統一後、豊臣秀長とその養子秀保、堀秀正、蒲生氏郷、毛利秀頼(中国の毛利家とも豊臣秀頼とも別の信長子飼い)など大大名が急死し、嫡子が若すぎる・いない・問題を起こすなどでその領土の大半を秀吉自身が手に入れたことが多発した。その代官として多くの、秀吉の手元の優秀な者が地方に離れてその領土管理の仕事に専念、結果として大阪城で豊臣秀頼を鍛える有力者がいなかった。
〈シルバーン〉の120人のアンドロイドも、かなり広い範囲に散らばっている。
超光速通信の存在はある程度それを克服している。しかしどうしても限度がある。
事実上不死の、機械の身体を得たジャスティ・ウエキ・タイラーは、二つのことを要求した。
愛妻、ユリコを若く不死の身体にすること。
そして、颱宙ジェーンの追撃。
タイラーは、何百年も惑星連合とラアルゴン帝国が争っていた世界で生まれ、ひょんなことから軍人となりとてつもない運で出世した。
提督の茶坊主・ゴマすりの達人だったのが、とてつもなく不利な戦いで、老朽駆逐艦一隻と二階級特進の前払いで堂々と敵艦隊の前に出て、混乱した敵を一発で壊滅させたこともある。
一時ラアルゴンの捕虜になり、当時の幼君アザリンと絆を結んだ。
ラアルゴンで権力闘争に敗れ地方に遠ざけられていたアシュラン家が策謀を尽くして一時銀河を統一し、そこからタイラーやアザリンが逆転して和平を得た。
タイラー夫婦はそれで最高位に立った瞬間逃げ出し、賭博予想屋として市井にまぎれ、妻と娘キサラをいつくしんで幸せに暮らしていた……だが、宇宙はそれを許さなかった。
観測所が恐ろしいものを見た。銀河いくつもの遠くから、次々と銀河をのみながらとてつもなく速い超光速で旅をする、銀河規模の超巨大ブラックホール。颱宙ジェーンと名づけられた。
銀河系のすべての、わずかな居住可能惑星を破壊しつくす自然災害。それは、
(タイラー自身のように……)
予想を上回る速度に加速し、予想を外し、想像を絶する動きをする。まさにタイラーが数々の戦場で世界をひっくり返したように。
呼び戻されたタイラーの動きはすさまじかった。ラアルゴンへの大使としてラアルゴンに赴き、そこで全権を与えられるや故郷の惑星連合をラアルゴン軍を駆って征服し、銀河を統一した。
すべては、
(キサラに未来を……)
ただそれだけのため。
その後の研究で、赤色巨星だった恒星ラアルゴンを超新星爆発させ、その力で銀河系そのものを傾けることでジェーンをかわした。とてつもない、光速よりはるかに速い速度で飛んでいたジェーンは巨大で高速ゆえにすぐには引き返せない、数百年の時間を得た。
ジェーンを潰せる兵器は、兵器開発の天才ヒラガーの力で手に入った。
だが、数百年、統一され平和な世界が続けば、
(確実に文明は崩壊している、人類絶滅か、石器時代ならいいほう……)
という計算予測が出た。
それを知ったタイラーは、まさに非情残忍の限りを尽くした。ただ、ジェーンに勝つために。
娘キサラが強くなつき憧れた人を含む、多人数のとても優秀な志願者を、冷凍睡眠カプセルで宇宙に飛ばした。長い長い彗星の軌道でずっと未来に地球に帰り、指導者となるように。その大きい割合が故障や衝突で死ぬのも承知で。
また、
(ウナギを輸入する時、ピラニアを入れて追わせる方が、食われる分を引いても生きて着く数が多い……)
ことから、犯罪組織を自作自演で作り、息子のカッツをその長とした。
そこにタイラー自身の研究用精子を盗ませ、何万という実験体を作らせ、それが最後の一人になるまで殺し合うというおぞましいことも起こした。
その勝ち抜いたスレイと、ラアルゴン帝国が地球人との混血に苦しみ追われた皇太子バグジーが逃げて一つの国を作った。同性愛者や異性装者など、優れているが変わっていて順応できない人たちの国。
そして100%のクローン、ベルファルドも作った。それに贅沢ではなく傍流の養子として苦しい育ちをさせ、そこから自力で這い上がらせた……彼は巨大な企業を作り、その延長として独立国を作った。身体障がい者をはじめ、居場所がない弱者の国を。
本国は、多くの貴族の血を集めた超美形が支配する。
銀河三分。
三つに銀河を分け、永久的に戦わせる。その膨大な血を知りつくしながら。
ジェーンに勝つ、銀河の生命を生き延びさせるため。
その罪をよく知っていながら。
それがタイラーだった。
そのタイラーは、別時空と接し、若く不死の身体を手に入れ、多くのことを知って即座に求めた。
ジェーンに追いつけるエンジンを。自分たちの遅いワープより速い超光速を。
追いつければ、ヒラガーの兵器で倒せる。
反論はあった。
(ゲートがあるのだから、その時空の人がすべて別時空に避難すればいいではないか……)
だが、問題は、
(そのジェーンは、どこから来たのだ?)
このことである。
アチュルタニがボーグにやられていたのを見たコリンたちが思った事。
実際に、ボーグを追ってエンタープライズEが、多数の別時空があった。
ジェーンも誰かが作ったものであれば?
そしてどの時空も、いつかジェーンと同じような颱宙に襲われるのでは?
〈シルバーン〉〈ダハク改〉を中心とする超超極光速巨大艦が、ジェーンを追って航った。翔けた。
そして追いつき、超兵器を向けた時……
ジェーンは、多数に分裂した。そしてその多くが、虚空に消えた。
いくつかの破片は消滅させた。だが……
「別、時空に……」
「どの時空を襲うかわからない……」
「シュプール!どこかわからない、超技術がこの事態を起こした気配が!」
「見えない、知らない敵!超技術……」
誰もが呆然とした。
タイラーは絶望のどん底から、目に輝きを取り戻した。
「……戦い抜くさ」
永遠に続く、どれほど多くの時空を経めぐるかわからない。
その戦い……同時に、いくつもの時空はひとつとなり、交易と協力、援軍で文明水準を高め続けるしかない。
いつ、想像を絶する、とてつもない脅威が迫るかわからないのだ……
そのすさまじい戦いを直視した、〈真紅の戦場〉のケインたちも、〈アーヴによる人類帝国〉の反逆皇太子ラフィールの弟や家臣たちも、自分たちが生きている多元宇宙のすさまじすぎるスケールと危険の大きさ、戦い抜いたタイラーの戦いの巨大さに、ただ茫然とするしかなかった。自分の故郷での戦いや小さな正義や怒りなど、どれほど小さい小さいことか……