自称凡人も異世界から来るそうですよ?-『異常な普通』の箱庭活動記録- 作:4E/あかいひと
なお、以降の更新について活動報告を載せました。興味があれば是非。
ちゅうにくさくても、がんばりますから!
「いやぁ、だからそんな拗ねた顔をしないでよリーダー。僕の方がそーゆーの得意なだけだから」
「……拗ねてませんから」
そう言ってそっぽを向くリーダーに苦笑しながら、歩みを進めるは二一〇五三八〇外門前の噴水広場。そこからベリベッド通りを抜けていけば、目的地である『サウザンドアイズ』の支店がある。
僕とリーダーの前を行く問題児三人は、あれやこれやと会話を交わしている。外門の石柱があの虎で悪趣味だの、今日もあの店員は煩いのだろうかだの、本で読んだが箱庭はあまりにも広すぎるため移動も苦労するはずだの、お腹空いただの。……そういや、僕は朝食食いっぱぐれだなぁ。サ店で軽食放り込む余裕もないと見てるので、あまり不思議に思われないように歩きつつ、さりとて寄り道せずに支店に乗り込む必要があるんだが。カードから取り出したおにぎりがとても美味しい。
「ほら、お腹が空いてるから気分も下向くんだよ。ほれ、おにぎり食べる?」
「だから拗ねていません! ……ただ、無力な自分が悔しいだけです」
「無力、ねぇ。……それ僕が聞くと気まずい類の重い話?」
「それ、自分で言っていて悲しくなりませんか……?」
うん、誰かの苦悩に寄り添えない事実はとても悲しいかな。でも基本的に僕は自分が嫌いで憎くて殺してやりたいくらいだからね。被虐趣味はなくても自虐趣味はあるのです。まあそれは口にはしないけれど、景山健太はピエロですので。お捻りほしい!
「あと、黒ウサギから健太さんの事情を少し伺いましたが……そうなるとあなたの飄々とした態度は、態とそうしている様にしか見えてなりませんから」
「割とズケズケ言うよねリーダー。僕の(強化)ガラスメンタルが傷つきそう。……それはアレかな?
「……っ」
ニンマリと、口元に弧を描かせる。僕の傷に触れてくれるな、という脅し。それと、その努力を認めるという労い。
「君が自分を不甲斐ないと感じているのは知っているけれど、何だか今日はそれは顕著だと感じるよ。大方、十六夜クンに何か言われたりでもしたのかな?」
「……それは」
前々から、人の感情の揺れを感知するのは苦手ではなかった。というか空気を読む、流れを気にするという行為は普通の人間なら誰でもやることだ。僕はそれに加えて[変化]には人一倍敏感だった。だから心を見透かす様なことも何度も口にしてきた……事実はともかく。
だけど、『模倣演者』が機能してからヤケに、人の機微が手に取るように分かるようになってきた……ソイツをそのまま自分に貼り付けることができる程に。あまり気分がいいとは言えないね、覗きたくなくとも悪感情が透けて見えるのは。
まあ、だから分かった。そういう話。
「まあ、リーダーとは認めない、みたいな話になったんだと思うんだけどね? 何も考えてないとかその辺を突っ込まれたんじゃないの?」
「…まるで見てきたように言うんですね」
「単なる妄想さ。あとは、僕が『ジン=ラッセル』という人間に抱いた印象でもある。……詳しく聞きたい?」
「……できれば」
悲しそうに顔を歪め、それでも逃げまいと口の端を噛む彼を見て、想像通りのハートの強さだなと微笑む。……実際にどんなことをどんな風に言われたかは分からないけど、単なる凡夫ならあの苛烈な規格外の言葉に心が折れてるはずだ。なのにリーダーは『悔しい』と言った。つまりは、そういうことなんだと確信する。
「詳しい話を君や黒ウサギから聞いた訳ではないから、状況から想像する話なんだけど。そもそも僕ら異世界人を喚んだ時点で『ああ、細かいことは考えちゃいない』とは思ったよ。だってモロに他人任せじゃん。大まかな方針を考えてたんだろうとは思うけど、それって『僕達には出来ないから代わりにやって〜』って風にしか思えない」
それは間違っても、対魔王コミュニティとして再び成り上がるという構想では無かったはずだ。だって、魔王に目をつけられて滅ぼされたんだから、なるべく避けたいところだ。
「『力をつけていずれは旗と名前を取り戻す』……最初に考えていたのはこれだったと思うんだ。……いずれっていつさ? 『名前』と『旗』を持ってると思しき魔王という災害を避けようとしてるのにどうやって取り戻すんだ? ……とまあ、若干ボロクソ気味に言ってるけど、実は僕としてはそうなるのは仕方がないと思っているんだ。むしろ
「……?」
悔しさに震えていたリーダーは、訝しげにこちらを見た。まるでさっきまでと言ってることが真逆だと言いたげだ。
「別に子供とか関係無くね、侮蔑や差別をされたら、人間容易く心が折れるものだよ。そして簡単に自死を選ぶ。逃げる方が楽なんだからね。……名無しと旗無しに向けられる悪意を、ここ最近ようやく理解したんだ。実際に『ノーネーム』に加入することでね」
あのクソ虎が侮蔑たっぷりにリーダーを弄ってたからまあ酷いとは思ってたが、想像の100倍は酷かったね。ゲームにはまともに参加させてもらえない、仮に参加させてもらえても報酬はあれやこれや理由を付けて接収する(ご丁寧に契約書類に反しないように先に渡してから、だ)、少ない報酬を換金しようと店に向かおうとする前に路地裏に引きずり込まれて殴る蹴るの暴行、そもそも同じ人間扱いをせずに下等なものとしての扱い、認識、罵詈雑言。普通以下だと蔑まれたのは、生まれて初めてだったよ全く。
「僕は多少の慣れがあったから耐えられる。十六夜クンと春日部サンは興味が無ければ何処吹く風だろう。久遠サンはプライドがクッソ高いからそんなことで折れることを自分が許せないだろう。でも君はどうなんだいジン=ラッセル。プライドもへったくれもない底辺に落ち切って、矢面に立たされて、あんな悪意を一身に受ける。まぁ僕には無理だね、色々と見限るよ」
「で、ですがそれは想定して然るべきものです。そうすると決めたのだから、無様を晒してでも初志を貫くのは当たり前のこと、」
「その当たり前ができることが凄いんだよ。そらね、自業自得でしょうよ。自分達でイバラの道に突っ込むんだから。どんな狂人だよと。理解も同情も共感もできるけど、普通じゃないことしてるし、普通じゃないことを成し遂げてるんだ君達は。そのハートの強さは、手放しで賞賛して然るべきだ。誰もそれを認めないなら、たった16年ぽっちしか生きてはいないけど、国に戦争を吹っかけられて勝ちきったこの僕が褒めよう。……ここまで強い人間を、僕は今まで見たことがないよ。僕に立ち塞がってきた誰よりも、僕の背に立った誰よりも、僕の隣に在った相棒よりも、絶対に強い」
そう言って笑い、彼の背中を強く叩く。
「うっ」
「それにそれだけじゃないぞ。稼ぎは黒ウサギにおんぶにだっこだったとはいえ、子供達を纏め、虫の息のコミュニティを限界まで維持し、そして僕らという戦力が来るまで耐え抜いた! これらは歴史に書かれるような大きなことではないのだと思う、だけどもこうして『ノーネーム』が繋がっているのは君の尽力も大きいと僕は確信している! 十六夜クンだって、認めないみたいなこと言いながらそれでも君を上に置いてるのは、その努力を認めてるからの筈だ。……だから僕は君を、敬意を以て『リーダー』と呼ぼう、ジン=ラッセルくん。悔やむのはいい、及ばないことを嘆くのもいい。それは僕らで幾らでも補えるし、君にはまだ成長の予知があるんだから。だから、事実に関しては胸を張ろう。君は僕にとって最高のリーダーだ、しょげてられると困っちゃうぜ」
「……ありがとう、ございます」
その目に光るものがあるのを見ないふりをして、僕は視線を前に向ける。十六夜クンがこちらをチラリと見て、ニヤリと笑った。……アイツ、どんな思惑で自分を鞭、僕を飴にさせたんだろう。この手のひらの上で踊らされてる感覚は、あまり好きになれそうになかった。
◇◇◇
「ところで、健太さんにお聞きしたいことがあるんですが……」
元気を取り戻したリーダーが、おずおずと僕にそんなことを言ってくる。とりあえず話を聞かないことには始まらないので視線で先を促した。
「健太さんは、箱庭に来るまでは学生をしていたと聞きました。僕よりも歳上ですが、それでもまだ子供と呼べる年齢でしょう。それなのに、ヤケに交渉や口が上手いのは何故なんですか?」
「単純に場数を踏んだから、だと思うなぁ。ああなるまでに痛い目にも沢山合いましたし? え、なに、僕のやり口でも真似ようっての?」
「はい。僕に今必要な力は、そういう面での力だと思うんです」
そう言って彼はそこに至るまでの経緯を説明した。
なんでも彼(あと黒ウサギとレティシアさんも)としても、僕らの様な戦力を遊ばせておくのは惜しいとは思っていたらしい……まあ当然だわな。
当面の目標としては、箱庭の南側で行われる収穫祭で僕らに結果を残してもらうことだった様だ。コミュニティの農園を復活させ、収穫祭で得た作物を育て、自分達の手で備蓄を増やせるまでに回復することが狙いなのだとか……確かに組織の地盤を固めるのは大事なことよね、分かる。
ただ、遠くに行くのには勿論それだけ費用がかかる……外門と外門を繋げる『
だから今は南の収穫祭に焦点を絞って、力と蓄えとお金を貯める、ということにしたかったんだとさ。……まあ話は分かるけど、それ僕らに言ってくれよとは切に思う。別に子供達飢えさせてまで我儘を通す程悪辣な問題児はいないし、なんなら対策だって考えられたのに。
「というか、黒ウサギが白夜叉サンに相談することを思いつかない筈がないと思うんだけれど……」
「今までの我々は『サウザンドアイズ』、ひいては白夜叉様のご厚意に大きく依存していました。それは黒ウサギがプレイヤーとして活動できなかったというのが大きなところだったんですが……」
「ああ、一応ゲームプレイヤーが四人増えたから事情が変わったのか。だから自立をしていこうと……」
「はい、その通りです。……あとは単純に、僕にはまだそういったやり取りは難しいという判断です」
ははぁ、なるほど。だから、そういうのも手馴れていそうな僕に教えを乞う、と。
「なるほどまるっと理解した。となると、多分僕が教えるのは良くないな。基本的に僕のやり口って、自陣がどれだけ被害を蒙っても相手を貶める為に手を尽くす、悪意に塗れた外道外交だし」
「そんな恐ろしいロジックで交渉してたんですか!?」
「うん、僕ってば僕をコケにしたやつは死ぬほど後悔させたい類の根に持つ人間だからね。そもそも人間、楽しいことは通り過ぎるけど怨みは溜まっていく生き物よ普通普通」
「断じて普通ではないと思います、断じて」
「そんなー(´・ω・`)」
まあなので、死んでも僕のような真似はさせられないということ。『ノーネーム』はこれ以上傷付いてもいい場所はないんだから、そんな特攻覚悟みたいな交渉を組織のトップにさせるわけにはいかないわ。
「……まあ、話の舵の取り方ぐらいは話せるかもしれないね」
「それ、本当に大丈夫な中身ですか……?」
「おう、実はその口の悪さって虚勢じゃなくて素だったりするのかいリーダー」
ちゃんと傷つく心は存在してるんだからね? 普通に健太さん泣いちゃうからね?
「……まあ、あくまで僕は、なんだけど。基本的には『悪意を善意で制御する』ってのを意識してるかな」
「悪意を、善意で……」
「この場合の悪意とは、欲とかそういったものを含む感じ。相手を出し抜いて自分の欲を徹したい……、何としてでも相手をぶち負かしたい、倒したい、殺したい……みたいな、強い意志」
こう強くそう思うことで、相手の言葉だったり、行動だったりに突破口を見つけやすくる汚く言うと弱味を握る……みたいな感じなのかなぁ。感覚でやってるからその辺はよく分からないけど。
「ただ、そんな悪意全開だと相手も強く反発してくる。流れを奪われるとまずいと感じて、向こうも流れを掴もうと悪意を押し出してくる。だから、弱味を見つけても、それを強く握ればいいってことじゃない。その力加減を自分の中の善意で制御するんだ」
この場合の善意とは『どこまでが許されるか』、つまり許容範囲を探る感じなんだな。『こうされては嫌だろうから、あまり強く出ないでおこう』みたいな感じ? この辺も感覚でやってるから言語化が難しい。
「んで、この許容範囲は状況によってはだいぶん変わってくるもんで。お互いの利益を追求する話なら、欲張ると遺恨を遺しかねないから全力で善意で舵取りをする必要があるし、逆に互いに叩き潰すことが目的であれば、まあ痛い目を見ることは織り込み済みになるから、多少善意の紐を緩めても舵取りが上手くいったりする。……ああ、これ所謂『引き際を見極めろ』っていうのを僕風に言い換えただけかもね」
「それでも、なんだか分かったような気がします」
「そう? ならいいんだけれど」
そう言って、彼は何かを思い出すようにブツブツと何事かを口にし、そして顔を上げた。
「例えば先程の書庫の場合、健太さんは僕に対して罪悪感を抱かせ、十六夜さん達三人の側に立ち精神的不利を僕に見せつけることで、善意の紐を緩めても問題ない状況を作り、『火龍誕生祭に参加する』という
「まあ、だいたいはそうだね」
「辛うじて残っていた善意は、十六夜さん達の動きをある程度縛るという、僕や黒ウサギ達に対する譲歩……だと思うんですが」
ありゃ、そこを見抜かれてたか。だってあのままいってたら無軌道な逃避行になりかねんかったし、コミュニティ脱退みたいな話になっても困るからねぇ……
「なんだ、普通に僕より優秀じゃねぇか憎らしい。僕がその境地に達するまで6年は掛かったぞ……」
「え、ええっ!?」
いやほんと、これだから才能マン共は……!
本日の嘘→健太は時間を止められる、即ち…?
あまりジンくんに触れてなかったなーと思い、まさかのサシでの対話。
普通に考えて、黒ウサギがいたとはいえ普通に有能でハート強いんだよなぁ彼……。