やはりあざとい後輩とひねくれた先輩の青春ラブコメはまちがっている。 作:鈴ー風
後、既にキャラ崩壊が始まりつつあります。まあ、ifストーリーということで、ここはひとつ……
では、どうぞ( ゚д゚)ノ
いろはす~
『……私、虐められてたんです』
その言葉を皮切りに、一色は自分のことを語り出した。俺はというと、ただ黙って耳を傾ける。
「最初は普通の中学生活だったんです。適当に友達に合わせて、適当に男子と絡んで、適当に授業聞いて勉強して。それでも、そこそこ幸せだったんです。楽しかったんです。……中二の夏までは」
一色は言葉を切ると、真っ直ぐに俺の方を見る。
「中二の六月…でしたかね、彼が転校してきたんです。さっきの、大場くんが」
「あいつか……」
これで、一色のあの様子があいつ絡みだってことが確定したわけだ。
「で、七月になって…夏休みがあるじゃないですか。夏休みに入っても、クラスメートと集まること自体は結構あって、そこに、大場くんも入ったんです。ごく、自然に」
まあ、見た目はイケメンぽいから男女両方ウケはいいだろうし、取り入り方も上手かったんだろうな。
「それは別に良かったんです。どうせ適当に合わせてただけだったんで。……彼、頭も良くてスポーツもできて、あっという間にクラスに馴染んで、リーダーシップも取り始めました」
クラスで瞬く間に人気者の転校生、か。まあ、口数少ないよりは取っつきやすいだろうし、分からんでもない。
「それで、その、私ですね……彼に告白されたんです。夏休みに、皆の前で」
……なんとまあ大胆なことで。リア充怖いもん無しか。
「ぶっちゃけ私可愛い自覚ありますし、まぁまぁコクられることも多かったんで、慣れてたんですよ。ああ、この人もかーって。ぶっちゃけただカッコいいだけなんで別段好意も興味もなかったんですよ。でも、皆の前でコクられたりとか、断りにくいじゃないですか?だから、OK出すしかなくて、なし崩し的に付き合うことになったんですよ」
成る程、クラスに溶け込んでいればいるほど、その繋がりは深くなっていく。特に一色は贔屓目を抜いても可愛い部類ではあると言える。そんな相手が、同じくクラスの人気者の告白をクラスメートの前で断るのは確かにキツそうだな。多少なりとも角がたつ。
そこで、ふと気になったことが口に出る。
「……なあ、ちょっといいか?そこで告白を断ったとかなら虐めも分からんでもないが、嫌々とはいえ受けたんだろ?ならなんで虐めに繋がるんだ?」
「……せんぱい、本当に恋愛とかに疎いんですね」
「話す相手も恋愛する相手もいなかったからな」
「ふふ……まあ、簡単な話ですよ。端から見たら人気者同士のお似合いカップルだとしても、認めるのと納得するのは別ってことです。せんぱい、誰かいいなぁって思う女の子とかいないですか?アイドルとか」
気になる女性か。アイドルに興味はねぇし……うーむ。
「ドキプリの菱川○花」
「なんでアニメキャラなんですか……まあいいです。じゃあその子が、イケメンの男の子と仲良さげに歩いてたら、あわよくば付き合ってたとしたらどう思います?」
どう思うもなにも、んなもん男の方を……あ。
「同性に敵意を向ける……成る程、嫉妬か」
「そーいうことです。特に女子の嫉妬は怖いですからねーたとえ友達だったとしても別問題、みたいな。休みが明けてからは、まあ、自慢じゃないですけど一通りのテンプレは受けましたよ」
たはは、と苦笑いで乾いた笑みを浮かべる一色は、本当に苦しそうで。……ったく、本当に自慢できねえよ。笑い飛ばせもしねえ。
「で、その程度だったらあーはいはいって感じで流せたんですけどね。バレたんですよ、嫌がらせのことが、彼に。……で、多分彼のとった行動は、最悪のものだったんですよ」
はぁ、と息を吐き出すと、一色は遠い昔を見ているかのような、そんな顔をしていた。
「彼、犯人を探し始めたんです。しかも、また皆を巻き込んで」
「……はぁ?」
流石の俺も思考が真っ白になる。なんだそれは。そんなもので犯人が見つかるとでも本気で思ってるのだろうか。そんなもの……
「……ただの公開処刑じゃねえか」
「ですよねぇ」
仮に事件を起こしたとして、解決法は二つ。犯人の自供か、警察による逮捕。前者であれば探すまでもなく、後者は秘匿されている情報を辿って犯人を炙り出すわけだから、当然秘密裏に捜査は行われる。自供しない犯人は必至で隠し通そうとするのだから、「あなたが犯人ですか?」等と聞いて首を縦に振る奴などいるはずがない。
「けど彼はやりました。『いろはが虐めを受けている。こんなことをしたくはないけど、もしこの中に犯人がいるなら名乗り出てほしい。誤解があるなら、話し合えば、きっと分かり合える筈だから』って」
「何だそれ……性善説でも語るつもりか?」
性善説とは、人は生まれながらにして善とする、という定説である。つまり、根っから悪い人間はいない。故に、全ての事柄は思い遣りと話し合いによって解決できる、と。
……ヘドが出る。
「彼は『善人』を演じたかったんですよ。美男美女のお似合いカップル、虐めを話し合いで解決して、彼女を守った頼れる俺アピールがしたかったんですよ。……そんなこと、私は頼んでもいなかったのに」
……彼は間違えたんだ。いや、知らなかったんだろう。人の醜さを、人間の業の深さを。もしかしたら、知った上で信じたくなかったのかもしれない。
人は所詮自分が一番大切な生物だ。簡単に命や正義の尊さを美化して語っても、それらをいざ実践できるものなどそうはいない。自分の保身のためなら、いとも容易く人を裏切り、切り捨て、蔑む。一色が受けた仕打ちが最たるものだろう。そういう点では、俺は性善説など微塵も信じちゃいない。寧ろ性悪説を推奨するまである。
「結局、虐めは無くなりませんでした。それどころか、余計に酷くなって、最早私の手に負えるものではなくなってました。先生にも相談しました。直接的な危害を受けてないなら気のせいだって突っぱねられましたけど」
所詮、教師もそんなもんだ。結局は自分達のことを第一に動く。虐めなんて厄介事、一人を救うためにリスクを負うより一人を犠牲に押さえ込んだ方が何倍も楽で、合理的だ。学校のブランドに傷がつくこともない。一人の生け贄で他の誰もが笑顔の
……しかし、そんなものは真っ赤な「偽物」だ。
「……それで、あいつはどうしたんだ?」
「結局、彼は何も変わりませんでした。ずっと『話し合えば』ってそればっかりで。……それで、日を跨ぐごとに酷くなっていく嫌がらせが怖くなって、学校に行くのを止めました。病欠とか、外をぶらついて時間を潰したり、色々。端的に言えば逃げたんですよ、私。学校から、クラスメートから、彼から」
話していくうちに思い出しているのだろう、一色の表情がだんだんと曇り始めていく。それでもなお、一色は話すことを止めようとはしない。
「でも、流石に始業式は親も来る手前行かないわけにはいかなくて……本当、嫌だったんですけど、何とか行ったんですよ」
そこまで話して、一色は頭を下げる。まるで、自分の顔を俺に見られたくないとでも言いたいかのように。
「でも、ですね。やっぱり何も変わってなくて、寧ろ酷くなってて。それで、もう無理だって、心が折れて。帰ろうとしたら、ですね」
「階段の踊り場から背中を押されたんです。……押されたのは、私が友達だと思ってた子達でした」
……何も、言えなかった。それは、今までは無かった明確な暴力。
明確な、悪意。
「これ、見てください」
そう言って、一色は自分の両手の裾を捲り上げた。
その両腕には、びっしりと包帯が巻かれていた。
「その時の怪我です。幸い、骨は折れませんでしたけど、ひびが入って入院です。まあ、打ち所が悪かったのか、一週間前まで意識も無くなってたんで、こんな時期の入院になっちゃいましたけど」
その怪我からは、嫉妬、激情、憎悪……あらゆる「負」の感情が手に取るように感じられる。寧ろ、こんな悪意に晒され続けてよくも壊れなかったものだと言わざるを得ない。常人なら間違いなく壊れていただろう。
「……ねぇ、せんぱい。私、何か悪いことしたんでしょうか?何か失敗、しちゃったんでしょうか?何で、こんなことに、なったんでしょうかね?私…私……」
一色は、自分の体を抱くようにして震えている。手が痛いはずなのに、それすら忘れて。そうして、彼女の着ている患者用の簡素な服に、小さな斑点の染みが刻まれていく。
泣いている。一色は、頭を垂らしたまま泣いていた。
(そうだよな……何だかんだ言っても、こいつはまだ中学生、なんだよな)
ここまで強い悪意に晒され、こんな小さな少女が平気なわけがない。きっと、普段からいっぱいいっぱいだったのだろう。他ならぬ、俺だから、同じように悪意に晒されてきた俺だからこそ、この苦しみ、辛さは理解できる。
本当なら、ここは優しい言葉の一つでもかけるべきなのだろう。
だが、俺はそんな柄じゃないし、何より、そんなものは、一色の求めるものではないから。甘い言葉など、いくらかけたところで何の解決にもならん。
だから、敢えて
「それで?」
「……ふぇ?」
間抜けな声を上げながら顔を上げた一色は、透き通るような涙を流していた。きっと、中学のままの俺なら一目惚れして告白して振られちゃうまである。いや振られちゃうのかよ。
ともかく。
「それで、お前が過去に何をされてきたのかは分かった。だがな、暴力を除けば多分俺の方がずっと酷かったね。お前が受けた精神的ダメージなんかまだまだだ。男子に話しかければ比企谷箘が感染すると言われ、肩がぶつかっただけで女子には泣かれ、告白をすればフラれた上に次の日黒板の号外仕込みの公開処刑ときた。名前すらまともに覚えられず、教師からは点呼を忘れられるまであったな。まだまだあるぞ、存在そのものを否定される辛さをとことん話してやろうか?」
「い、いや、もういいです……」
俺の黒歴史大放出に、一色は明らかに引いていた。ぐ、何故か俺の心が痛いよぅ。だが……
「ほらな。止まったじゃねえか、涙」
「え?あ……」
いつの間にか、一色の涙は止まっていた。俺は後にも先にも、この時ほど自分の黒歴史に感謝したことはないと思う。
「人間が善人だなんて嘘っぱちだ。誰だって自分が大事だし、狡いこともするし、どこまでだって卑怯にもなる。それほどまでに人間は、今の社会は『悪意』で腐ってるんだよ。俺も、勿論お前もな」
「私、も……」
「そうだ。完璧な人間なんていやしない。人間なんてもんは、どう足掻いたって認めたくないもんは認めねえし、自分こそが正義だと思ってやがる。偽善的で差別的で、そのくせ自己意識だけは立派な保身と
そう。誰もが自分の価値観を持っていて、それを互いに押し付け合う。誰もが自分を善だと信じ、そりが合わない奴等は敵認定。俺だってそうだ。勝手に押し付けて、勝手に期待して、何度も傷ついてきた。一色は、勝手なイメージを押し付けられて、見せ掛けの
立場や状況が違っても、誰もが同じ人間で、誰もが皆歪んでる。
でもな。
「たとえ紛い物だろうと、歪んでいようが、真っ暗な闇から光を見つけられるんだったら、そいつは『本物』なんだと、俺は思う」
俺は諦めてしまったから。本物など掴めるはずがないと、諦めてしまったから。
だが、目の前の少女は違う。初めて感じた悪意にどうすればいいか、受け入れ方を知らないだけだ。
ならば、俺が伝えれてやればいい。一色、お前を覆う深い闇に、俺が薄汚く濁った、でも確かな光を差してやるよ。
「俺がお前を手助けしてやるよ、一色。逃げたっていいじゃねえか。逃げることは負けでも間違いでもないし、そうして救われることだってある。どんな方法をとるにせよ、お前が望むなら、お前は『本物』になれる」
切っ掛けさえあれば、お前は『本物』になれる。
一色は、呼吸を忘れたかのようにぽかんとした顔をしたかと思うと、弾かれるように顔を伏せた。
「おい、一色……」
「……ですか」
「え?」
「……何なんですか、何なんですか何なんですか何なんですか!何でせんぱいはそうなんですか!変な言い回しや難しい言葉使うようなかっこつけなくせに!生理的に受け付けないキモい目のくせに!オタクなくせに!キモいくせに!何で分かっちゃうんですか!何で分かってくれちゃうんですか!何で察してくれちゃうんですか!知られたくないから、せんぱいには、弱いところを見せたくないから、必死に強がって、空元気だして、頑張って……なのに、なのにぃ…何でなんですかぁぁ……」
もう一色は声を我慢できなくなっていた。俺のように悪意に晒され続けたわけじゃない彼女は、その小さな体に溜め込んだ悪意を全て吐き出すように、感情を爆発させた。
「うわああぁぁーーん!!」
俺の体にすがり付き、声も憚らずに感情を剥き出しにしたまま、一色は泣き続ける。
「せんぱぁい!せんぱいせんぱいせんぱいせんぱい!うわああぁぁーーん!!」
「……よく頑張った。全部吐き出しちまえ」
辛い気持ちも苦しい気持ちも、全部俺に吐き出していけ。底の見えない闇は、お前の苦しみなんか全部飲み込んでやる。そうして、吹っ切ってしまえ。
そうすれば、お前はきっと、強くなれる。
第三話終了です。いやあ、中々ハードな内容になってしまいました。何故こうなった(´・ω・`)
何だかこの作品に関わらず、私の作品には暴力が多い気がします。何故なのか。
と、まあ徐々に暗くなり始めましたが、よろしければお付き合いください。
それと、早くもコメントをくれる方、評価してくれる方もいました。ありがとうございます。評価は高低関わらずモチベーションの糧とさせていただきます。続き書くぞー!
では次回。
第四話 そして、比企谷八幡は自ら闇に歩き出す。
いろはす~( ´∀`)