奇妙な味のドラクエ1   作:ケット

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第2話

 それが一年ほどして、十歳の時だった。普通に寝ていた未明、突然叩き起こされた。また修業か、と痛む体に命令して起きた。

「メタトロン」両親が、今までの修業とも違う目……あの、ラダトームでの戦いで見せたような目を向ける。

「もう、ルーラも封じられた」

 そう言ってかわるがわる、固く抱きしめてきた。

「忘れるな。ロトの掟を。自分に負けるな」

「重荷を負わせてごめんなさい。愛してるわ、私たちの大切な息子」

 もう一度、固く抱きしめられる。

 それから、いつも枕元にある一番分厚い服と頑丈なブーツを履かされ、小さな荷物と大きめの水袋をかついで、外に出た。

 隣家の鍛冶屋兼武器屋が、彼の家族とともに待っていた。

 太っているのでトルネコと呼ばれているが、本名はゆきのふ。代々伝わる名だ。

「ゆきのふさん、ロンをお願いします」

「時間は稼ぎます。どうか」

 両親の肩には、布に包まれた銃。そして、私の手にも銃が、布でくるまれたまま押しつけられた。

 そして、ふと気がついた。夜なのに、空が明るい。炎。

 遠くから、悲鳴と奇妙な叫び声が聞こえる。

「早く!」

 両親は振り返らず、炎の側に向けて走った。

 ゆきのふさんは私の手を引く。

「いけっ!戦い抜け!」父の厳しい叫び。

「ありがとう、振り返らないで!」母の絶叫。

 引かれる手に従い、銃を負い革でかついで、そのまま走り出す。

 

 無我夢中で、怯えた人びとの中ゆきのふさんの手だけを強く握って、小走りに歩き続ける。

 ゆきのふさんの太った体が汗まみれになり、激しく息をついているのがわかる。

 その奥さんと子どもたちも。

 激しい絶叫があちこちで上がり、火の粉が飛ぶ。

 爆音がする。その中に、いくつか銃声も含まれている。

 混乱。ひたすら私は、小声で歌っていた……「冷静に。ぼうい、ぼうい、くれいじいぼーい、げっくーぼうい。血に負けるな」

 ゆきのふさんの、一つ上の女の子が疲れて座りこむのを、かつぎ上げた。

「そんな小さいのに、なんて力」

 普段の訓練から見れば楽ちんだ!

 小さい子の手を引き、女の子を背負ったまま、砂漠へ。

「ラダトームにいこう」

「メルキドへ、城塞の街へ」

 人びとは混乱している。やばい、というのがはっきりわかる。なにがかはわからないが。

 とにかくゆきのふさんの手に引かれ、朝になるまで歩いた。

 砂漠の昼は歩けない。天幕を張る。

「水を節約しろ」言うが、皆無視した。

「まあ、なんてことないだろ。魔物の群れって話だけど」

「竜王って何だよ」

「何でこんな逃げてるんだ」

 みんな、ちょっとした遠足のような気分に見える。

 あの魔物たちの、邪悪な迫力を感じないのか、みんな?

 ゆきのふさんの子どもたちは、私から極力離れようとしていた。

「こわい、あの子」

「なに」

「こらこら、あの子の両親には前、破産しかけたとき助けてもらったんだ」

 ゆきのふさんが子どもたちを諭す。

「でも、あんな汚い仕事だし、それになんか」

 奥さんが怯えている。

 それで私は少し離れて、黙って従った。

 五十人ほど、半分は顔見知り。いつも私に変な歌を歌いかけ、石を投げる子もいる。子とはぐれた親が何人か泣いていた。

 

 砂漠越えの旅。普通でも危険だ。水も食事も乏しく、小さい子が二人死んだ。

 何日かかったのか、砂漠を出て、古い鉱山の近くへ。

 鉱山町のはずだったが、焼き尽くされ毒の沼地に変わっていた。

「ひどい」ゆきのふさんの奥さんが、旅に汚れやつれた顔を覆う。

 そのときだった。

 周囲を囲む、魔物。

 人間の世界にはない、奇妙な声や物音。

「くる」と私は立ったが、どうしていいかわからない。剣も盾もない。素手のマホイミは使えない……そちらの素質はないらしい。銃と銃剣はあるが、弾薬は弾倉一つ三十発だけ。

 それに、そんなときには普通の子のふりをしていろと、以前から両親には言われていた。

「逃げ」そう叫ぶ奥さんと、抱えていた子が貫かれた。

 ゆきのふさんが、叫びながら私と、年長の女の子の手を引いて逃げた。

 近くの岩、小さな洞窟のようになっていた。そのとき、女の子が倒れた。

「毒」その腕に、どす黒く腫れた傷。

 私はキアリーを唱えようとしてやめた。もう、死んでいた。

「ああああああ」ゆきのふさんの温厚な表情が、感情を失い能面のようになる。

 そして、私を見た。

「あるとき、知りました……〈ロトの子孫〉の秘密を。そしてご両親に助けてもらいました。わが家は、あなたの、ロトの鎧を預かっています。うちの地下に。王室が盗難を防ぐため、王室では偽物を飾り、本物は極秘の保管所に移したのです。あなたのものです」

 心のない声。目に狂気の色。魔物のような。

「でも、もういい。もう……隠れていてください」

 剣を抜き、呆然と魔物たちの中に歩き入っていった。

 私は、ひたすら隠れていた。銃に着剣して。

 そして目の前に出てきたのは、魔物だった。

「ヒーッヒキャ、みつ」

 中心を突き刺し、セミオートで一発、反動で抜く。

 魔物が、ばかでかい剣を落とす。銃に安全装置をかけて負うと、剣を拾い、ギラをかけると魔物の首をはねた。

 そのまま、洞窟から出る。

 血の海。みんなが、食われている。ゆきのふさんの大きなお腹も、ずっと手を引いた小さい子も、名前も知らない女も子も。私に石を投げる子も。

 なにもかもが、真っ赤になる。血。

 歌が、口に湧かない。

 襲ってくる真っ赤な魔物が、とてもゆっくりした動きに見えた。炎を帯びた剣が、剣の行きたいように動く。自分のやってることではない気がする。

 次々と、魔物が二つになり燃え尽きる。

 遠くで呪文を唱える魔物の口を銃で撃ち抜き、背後から襲う魔物を銃剣で貫きその武器を奪って斬り倒す。

 強そうな魔物は、ラリホーやマヌーサで先制し銃撃、弱らせてから斬る。

 それは、別の誰かがやっているようだった。

 つまらなかった。ただ、くり返すだけ。薪の山をひたすら割っているようだった。

 夜の砂漠の、凍らせる風になったようだった。ひたすら穴を掘るようだった。夢の中のようだった。

 

 気がついたら、静かだった。

 魔物も人も、一人も生きていなかった。

 泣き叫んだ。なぜ、最初から誰かから剣を借りて出なかった?両親と肩を並べて戦わなかった?

 言われたとおりにしただけ。でも、これでいいはずなんかない。

 違う。絶対間違ってる。

 そして、これが血に酔うこと。血に負けること。

 こちらに背を向けて倒れている、抱えた子ごと貫かれた、雌のリカント。そのすぐそばに、まったく同じように子を抱えたまま貫かれた母親。

 してはならないことを、してしまった。

 誰も守れなかった。

「何が勇者だ!何がロトの子孫だ!」そう、絶叫していた。

 

 それから、ただ旅をした。

 たった一人で。森の奥、拾った鉄兜で水を沸かして……生水は飲むな。花の根を掘り煮て。

 時々出てくる魔物を倒し、武器や、伝説どおりの魔石をえぐり。食べられる魔物は皮をはぎ、食べて。

 あれからは、父母に言われたように、自分を襲わない魔物は逃がすようにした。

 実は、苦労と思うだろうが、三日ぐらいしか何も食べられなかったことはない。

 一度、子守唄を思いだし、海がちらりと見えた山で岩を掘ってみた。弾薬缶や金塊、宝石もあった。

「金塊や宝石が、何の役に立つんだ?」それだけ言った。食べられないから。弾薬は、すぐに肉と皮になるけれど。

 

 どれだけ旅をしたのかは、思い出せない。

 気がついたら、ラダトームにいた。

 どこかで拾った鎖帷子の上に、古い毛皮を羽織って。鍋兼用の鉄兜をかぶって。布で包んだ銃を背に、大人用の盾と刃の長い槍を持って。光を反射しないよう顔に炭を塗って。

 城が見えたところで、手に入れた物をあちこちに隠した。

 城門の近くに、たくさんの人が群がっていた。汚い服の、焼け出された人たち。みんな、普通の街の人より臭くて、歯もひどかった。

 呆然とその中に混じる。なんとなく、同じぐらいの年の少年たちのところに近づいた。

「おいおまえ」いきなり怒鳴られた。

「なんだよその、毛皮だの槍だの。よこせ」

 放っておいたら殴りかかってきた。痛くない。

「いてえ、鎧着てやがる!」

「生意気だぞ!」

 と何人か集まり、囲む。またか。魔物と同じだ。

「私に牙をむく者は殺す」それだけ警告した。いつも通り。両親から聞いた、ウリエルと同じく。

 それが、数カ月ぶりに人に発した言葉だった。

「なんだ」と言って拳を振り上げた大きい少年を突き飛ばし囲みを抜けて、壁に背を当てた。

「なんて力だよ!」

 マヌーサ、いや人前で呪文はだめだと両親に言われていた。

 そこに、別の少年たちが飛びこんできた。

「おっと!そのケンカ買った」

 声が響く。一人の少年が、前に出ていた。

 十五歳ぐらい。浅黒い顔、いたずらっぽいがきれいな顔つき。一目見て、強烈ななにかを感じた。

「俺はイシュトってんだ。グインの物語のイシュトヴァーンと同じさ。同じように、王になる男さ!」

「また出たよ、おーさまが」「乞食王子」ぼろを着た子どもたちが、苦笑気味にうわさする。

「おれのだ!手を出すんじゃねえよ、お・う・さ・ま」さっきのでかいのが、その少年をにらむ。「今度こそぶっ殺してやる!」

 殴りかかるのを、イシュトと呼ばれた少年は鋭い拳で殴り返した。みんなはやしたてている。

「ロムル!やれやれ」

「イシュトにかなうわけねーよ」

「ジェッツ!」

「ゴーラ!ゴーラ!」

 どっちが上かは、見ればわかる。ロムルと呼ばれた大きい少年は、もう息を切らし足がもつれていた。

 普通なら興味を失うところだが、イシュトの戦いから目が離せない。素早く、鋭い。父みたいだ。

 なぜだか涙が出て、喉が熱い。

「こら、なにしてるのいつもあんたたちは!ロムル、イシュト!」若く張った、女の声。

「やべ、アムラエルが来たぞ」と、何人かの子が浮き足立つ。

「もうまいったろう!」イシュトが叫んで拳を振り回す。

「やめなさい!まったくもう」と、こちらはまともな、でもかなり古い服の女性が、蒸し芋を入れた籠を持ってでてきた。「ケンカばかりしてて、そんな力があったら……あら、誰?」

 その目が、私を見る。そう、アムラエル……覚えていなかったかもしれないが、私はその時あなたに会っていた。

「また新しく来たの?お名前は?」

 優しい声。それに不思議と悲しくなった。

「……ロン」声がぐずる。

「アロン?」女が首をひねる。

「アロンド?俺の親父の名だよ!」イシュトがすごい声で叫んだ。

「親父、ってそんなの自分で言ってるだけだろ。くたばった近衛隊長の」後ろの孤児がからかい、アムラエルも困ったように苦笑した。

「女郎ッ子じゃねえか。だれだかわかんねえからだれでも、てめえがおやじだっていえば」皆まで言わせず、イシュトが蹴り倒す。

「そこだけイシュトヴァーンと同じだな」とつぶやいた奴も蹴る。

「こら!それにあんたたちも、誰の子かなんてどうでもいいの!」アムラエルが叫んだ。「あたしも、明後日にはガライの街に行かなきゃいけないんだから。あたしがいなかったらどうなることやら」

「せいせいするぜ!」と、イシュトが叫んでアムラエルの手から籠をひったくり、身を翻した。「ついてこいよ、アロンド!」

 何となくうなずき、その後を追った。両親に手を引かれるように、ゆきのふさんに連れられるように。

 街の壁の裏、捨てられた瓦礫を積んで穴を掘ったねぐら。そこで、イシュトたちは暮らしていた。

「さあて、歓迎するぜ兄弟!」明るい笑顔と声に、すごく嬉しくなる。はじめてだ、こんなの。

 

*アムラエルによる注*

 わたしはガライ出身で、歴史を学ぶためにラダトームに留学していました。

 竜王が出て、混乱がひどくなって、僧院の皆さんと孤児たちの世話をしていました。

 イシュトというのは、その孤児のグループの一つを率いていて、ばくちとかっぱらいで恐れられていましたがかなり強いグループでした。とても印象的な子でした。あのハーゴンや、レグラント王立病院事務長もいらっしゃいました。

 レグラントさまは私を熱心に助けてくれましたね。それはよく覚えています。

 孤児たちは大人の難民とも別に、自分たちを守るために群れを作っていたのです。

 アロンド陛下と会っていた、というのはすっかり忘れていました。たくさんの孤児を見て、その多くは一度見ただけで消えていきました。悲しい時代でした。

 あまり顔を覚えないように務めていたのでしょう。

 ガライにいた叔父から連絡があって、職が見つかったからと帰されました。孤児たちを見捨てていったことは、当時とても辛かったですが……ガライでも似たような仕事で、すぐに忘れてしまっていました。

**

 

『グイン・サーガ』の世界に、赤い街道の盗賊たちやチチアの廓に、《ニギディア号》の少年海賊団に入ったようだった。

 イシュトと、兄弟の契りを結びお互いに血を吸い合った。嬉しかった。あの、カラヴィアではないほうのランのように、イシュトのために死にたかった。

 ゴーラと名乗り、ロムル率いるジェッツなど、別の孤児グループとケンカした。

 ずっと夢みていたことに、やっと気がついた。同じ年頃の子どもたちと遊びたかった。家族が欲しかった。

 その時の孤児仲間で、のちに再会した者もいる。厚生大臣ロムルも、当時は敵だったが、その一人だ。

 あのハーゴン。大陸から伝道に来ていた、秘密教団の見習いだった男の子。あの頃から、犯罪すれすれの儲け仕事を思いつくのがうまかった。アリストートスの話が大好きだった。

 美人ではないけど声も体も大きい最年長の女の子、メルキド出身の、リールと呼ばれていたが本名レグラント。そう、王立病院の事務長だ。あの頃から料理がものすごくうまくて、アムラエルを手伝っていたし、私が加わった数日後にアムラエルがいなくなってからはみんな母親のように慕っていた。

 店から食べものをかっぱらったイシュトにびっくりして、ローラ姫との時のように金を払った。そしたら、持ってる物はみんなに分けろ、と言われて分けた。どうせあちこちにいくらでもある。

 みんな、金塊や宝石、魔法使いに売れば大金になる魔石にびっくりしていた。

 それで食べものを買って、何人か孤児を助けて仲間に入れた。そしてみんなで大宴会をした。

 食べものをかっぱらう必要がなくなったが、ハーゴンがいずれはなくなると知恵を出し、イシュトがまとめて、その金を元手にあちこちで博奕を開いたり、ちょっとしたものを拾って売ったりして儲けた。それで衛兵に追われて逃げたりした。

 イシュトはいかさまばくちも素晴らしくうまかった。それで、金をどんどん増やし、気前よくばらまいた。

 イシュトに習って、つつもたせもした。最後までされることはなかったと思う。私の顔が、イシュトとは違う方向だが美しいのだ、ということも、その時初めて知った。両親と似ているだけだし、ドムドーラでは汚いとしか見られていなかった。

 逆に、金持ちになったと知られたら、ジェッツとかが奪おうと襲ってくるので反撃する。特に大人の難民や衛兵にたちのわるいのがいたが、イシュトと私で撃退した。イシュトは剣もできたが、ナイフ投げが素晴らしくうまかった。

 そう、衛兵は敵だった。国を守り民を守るはずなのに、難民から奪うばかりで、殺すことすら多かったんだ。

 ずっと、貴族や兵のほとんどは民のことなど考えてなかった。竜王などほとんどどうでもよかったんだ。ひたすら勇者が出てくるのを待つばかりで。アレフガルドの体質はロトの頃もいまも変わらない、今後は衰えるだろう。

 そうなるとラダトームの近くが危険になり、離れると魔物が襲ってくることもある。

「まるでグインだな!豹あたまじゃないけど」

 私が魔物を倒したのに驚き、ともに戦っていたイシュトが叫ぶ。

「私はグインのようにでっかくないし、イシュトとケンカしない。でもちゃんと土下座しろ」

「するぜするぜ!おまえはおれの右腕なんだ!」

 そういって、笑い合いつつ魔物の屍から魔石をえぐり、角を伐り皮を剥ぐ。魔物狩りももうけ口だった……そのたびに犠牲者が出るが。

 そう、戦いが多かったことを考えると、『グイン・サーガ』でいうならキタイのホータン、リー・リン・レンの青鱶団に近かったかもしれない。あれほどの規模と戦力ではなかったが。

 今思えば、孤児たちにとって金を手に入れたことが……私が与えたのが、良かったのか悪かったかわからない。金と私の剣がない頃と、それを手に入れてからと、どちらが多く死んだのか。餓死やそれに近い病死、かっぱらいでの処刑、売春で殺されることは減ったのだろうが、戦いで死ぬ人数は増えたんだ。

 後にもウリエルに、無闇に与えることの危険は聞いた。当時の私に、それを理解しろと言っても無理だっただろうが。

 

 イシュトにだけは、〈ロトの子孫〉の秘密すら明かした。当たり前のように、負傷した衛兵をよってたかってなぶり殺しにしようとしたのを止めたとき。

「す、すげえ……」

「絶対に、絶対に秘密だ。兄弟だからだぞ。だから私は、絶対に拷問も強姦も虐殺もしない」

「わ、わかったよ。絶対に、絶対に絶対に絶対に秘密だ。ゴーラの誰にも」

 と、また唇を噛み切ってくちづけてきた。『グイン・サーガ』の、イシュトとランのように。

 夜は、グインの物語を覚えている限り語ることも多かった。イシュトヴァーンが不幸になっていくところは話したくなかったが、イシュトはそんな話も聞きたがった。なんとも言えず悲しかった。

「ああ……そうだよな。生きてるって最高だよ。生きてるって。一滴の水が、ものすごくうまいことってあるよな。イシュトヴァーンも、よく知ってたんだ」何度もそういっていた。

 イシュトは、読んだ本のイシュトヴァーンそのままだった。明るくて、悲しそうで、抜け目がなくて。笛は下手だったが。

〈ロトの子孫〉の秘密すら明かしたイシュトだが、一つだけ秘密のままだった事がある。『グイン・サーガ』が、ウリエルの故郷の栗本という人が書いた、架空のお話だ、ということだ。

 この世界の人の大半は、あれは海の向こうか〈上の世界〉であった、実際の話だと思ってる。〈ロトの子孫〉も半分はそう思っていて、ウリエルが後に来たとき確かめたら彼は大笑いしていた。

 

*アムラエルによる注釈*

 レグラントさまのお話では、イシュトは確かに明るく優れたリーダーだったようです。しかし、「後に読んだ『グイン・サーガ』のイシュトヴァーンとは全く違う人だった」とのことです。

 また、アロンド陛下は、初めて加わったときから圧倒的な力を放っていたそうです。レグラントさまはある日イシュトが、「イシュトヴァーンがグインを片腕にしてたらこんな気分だったろうな。いや、アキレウスがこんな気分だったのか。いつ首領の座を奪われ殺されるかわかんねーや」と怯え泣いていたのを見たとか。

**

 

 でも、そんな日々も、短かった。半年もなかったと思う。

 三重だった。夜だった。ジェッツの長ロムルが、仲間の一人を裏切らせ、私が肌身離さない布包み……銃を奪った。

 銃を〈ロトの子孫〉以外に見せるな、それは至上命令だった。イシュトもついてきて、スピード重視の二人だけで襲った。背後からの作戦はハーゴンに任せて。

 私はとにかく、銃を奪い返すか破壊する、そのことしか考えていなかった。人間相手に手加減する余裕もなかった。

 そのとき、私たち二人がいない隙にと衛兵が襲ってきた。それにつられて魔物の、かなり多くが襲ってきた。

 城の外、激しい乱戦になった。逆に、銃を奪って私たちを殺そうとしたジェッツの孤児たちが、魔物に一方的に殺されていた。

 私は銃のことしか頭になかった。両親の形見。〈ロトの子孫〉の秘密。

 魔物が右から襲えば、ベギラマ……今は、ライデインが本当の名と聞いた稲妻の呪文……すら使った。

 時間がなかった。触られる前に、見られる前に。

 銃を掲げ、逃げるロムルの膝裏に、イシュトの投げナイフが突き立つ。

 絶叫をあげて倒れながら、ロムルは銃を抱きしめていた。欲しい、欲しい、これだけは欲しい、これさえあれば、と全身から沸き立っていた。

 そのとき。どこかから飛んできた槍が、私をかばったイシュトを貫いた。

「え」

「ア……ロン……」

 イシュトが膝をつく。嘘だ。

「ち、違うだろ。おまえをかばって死ぬのは、わた」

「そん……」呆然とした目が、突然強烈に私を見た。「おまえ、おまえが……王になれ。俺が……俺の、野望」

「わかった!死ぬな。魔戦士だろ、不死身なんだろ」ホイミ。だが、生命が手から抜けていく。あのときのように、猛毒の槍。キアリーを唱える。

 イシュトが、私の唇に口づけてきた。口移される血を飲んだ。

 唇に、はっきりと死を感じる。生気にあふれた体から、力が抜けて崩れる。その手は、奪い返した銃を握っていた。

 私は銃を手にとり、布をはいだ。弾倉は別にしてあったので、別に取られていても、ロムルには使えなかったんだ。うっかりレシーバーを開けていじればばらばらになって二度と戻せない、わけのわからない木と鉄でできたおもちゃでしかない。

 弾倉をはめる。

 その瞬間、あの後悔がよみがえる。誰も守れなかった……でも今は、ゴーラの仲間がいる!今度こそ。

「集まれ!」叫んだ。

 全員がこちらを見る。敵だったジェッツも、衛兵も。

「一点突破だ。元気な者は負傷者を担げ!」と、敵だった、私の銃を盗ませたロムルを担ぎ上げた。

 そして銃を連射し、大型の魔物を二体倒す。そこに稲妻を落とし、

「こっちだ!」叫んで走った。

 人間は誰もがついてきた。私に、イシュトが乗り移ったように。

 そう、私はあのとき、魔物を倒してその力を食うように、イシュトの魂を食ったんだと思う。あの明るさ、人を引きつける力、生命力を。王になる夢を、ある種の呪いとして。

 彼が生きていたら、彼が王だったはずだ。そう信じたいのかも。

 先頭に立って銃に着剣、大型のリカントマムルの一撃を受け流して飛びこみ、銃剣にギラをかけて貫き一発撃って反動で抜き、頭にもう一発。

「こっちだ!」

 稲妻を落として皆を集め、ロムルをおろす。瓦礫。魔物も集まって追ってくる。

「瓦礫を拾って投げつけろ!」

 孤児たちにはいつもの戦法。衛兵も慣れない手でやる。

 魔物は怯まないが、つまずいて倒れるのはいる。

「つっこめっ!突撃だ!」

 叫んで、レミーラを帯びた銃剣をたいまつのように、先頭に立って突撃する。孤児たちもついてきた。

 突然の反転突撃に魔物たちが浮き足立つ中、皆が絶叫しながら武器をたたきつける。私もいつしか銃は背に負い、剣に魔力を注いで切りまくっていた。

 そのときだった。

 突然、まっくらになった。雲が月を隠したのだ……魔法の雲が。ラナリオン、と名前だけは聞いていた。

 戦っていた魔物が、銃特有の死に方で倒れる。周囲に次々と魔法の火球が着弾する。

 突然、目の前が暗くなった。ラリホーをかけられている、とわかる。

 抵抗したが、魔力はどんどん強まる。術者は一人だけじゃない、二人、三人……

 

 気がついた。そこはどこかもわからなかった。

 何人かの、両親に似た人がのぞきこんで、吸い飲みをあてがった。

 喉が渇いていたので、激しく飲んで、後悔した。

「ベギラマ、稲妻の呪文。銃と魔法剣。〈ロトの子孫〉以外ありえぬ」

 どれほどぶりの日本語だろう。人影のないところで、両親とだけ話す言葉。

「ミカエラの写真に生き写しだ。なんという血の濃さ」

「だが、我らのなかで知られておらぬ」

「普通は家族を失えば、幼くても別の〈ロトの子孫〉を頼ったであろう。このサデルのように」

「その場合の連絡先も、物心つく前から言い聞かされているのが〈ロトの子孫〉のしきたり」

「何者だ!誰の子だ。どこで生まれた。この言葉はわかっているのか」

 口を閉ざしていると、一番年上に見える人が言った。

「我らロト一族は拷問は絶対にしない。『拷問は無能のあかし、手段としても正しい情報は得られない。ただ努力していることを見せるだけ、下劣な欲望』とウリエルが言っていた」

 思わずうなずく。両親にも聞いた言葉だからだ。

 また呪文が唱えられる。言わなければならない……そう心から思う。

「父はミカエル。母はラファエラ。私はメタトロン……アロンド!」そう叫んで、汗だくで起きていた。

 ざわざわ、とさわぎ。

「あの、禁断の」

「双子が会うことすら禁じられるのに、実の姉弟で駆け落ちした」

「ペルポイへ逃げたと聞いていたぞ」

「ドムドーラにいたと聞いたこともある」

「貴重な、ミカエル直系の血筋が二人失われた。掟に従っていれば何人の子になっていたか」

「そういえば、去年ラダトームで、公衆便所に隠された銃が使われていた」

「そのときも、ミカエルとラファエラではないかと」

「はぐれた〈ロトの子孫〉と思える公衆便所や、産婦人科医の仕事の情報もあった」

「その二人と思える、明らかに〈ロトの子孫〉が、ドムドーラで激しく戦い戦死したとも」

「サキエルが見ていたな。最後まで町の人々を一人でも多く逃がそうと、難民を追う魔物を減らそうと戦い抜いたと」

「我らは信じなかったが……事実だったか。カメラが残っていれば」

「二十年前にフィルムが尽きた。我らには作れぬ」

「ドムドーラには近づけぬ。確かめることもできないな」

 父が、母が?

「うわああああああっ!」絶叫した。「父さんと、母さんが、死ぬはずがない。あんなに、あんなに強いのに」

 泣き叫ぶのを、誰か暖かい女性が抱きしめてくれた。母さんのような、リールのような腕。

「おかえりなさい。勇者ロトの子孫、メタトロン」

 激しい、なにかが沸き立ってくる。

「アロンドだ」そうだ。イシュトの弟。ゴーラ。ミカエルとラファエラの息子。

「そう、アロンド。おやすみなさい」

 また、ラリホー。

 

 目覚めたとき、若い女と男の老人が私を見ていた。

「サデル。ウリエラの娘、あなたのいとこよ」抱きしめてくれた女性。彼女が、二枚の紙のようなものを渡してくれた。若い頃の両親の、写真。

 じっと、ひたすら写真に見入った。

「ガブリエル、今〈ロト一族〉をまとめておる。ミカエルとラファエラの伯父で、ガブリエラの血も引いておる」と、老人が静かに言った。

「ゴーラの、孤児のみんなは」

「……魔物はみんな倒して、人は眠らせた。孤児たちの生き残りは、マイラに運んで治療したわ。見てはならないものを見たし、ラダトームに置いておくわけにはいかないから」サデルが私の手を握る。

「仕事や里親も探させる」ガブリエル老がうなずいた。「おまえをあの子たちの間に戻すわけにはいかん。もしおまえが戻りわれらがおまえを忘れたら、あの子たちは間違いなく死ぬ。おまえが金を与えたために、彼らはより多くの敵を作り、襲われたのではないのか?」

 そのときは、生き残りがどんなに少なかったか、知らなかった。まして、それからの苛酷な日々を生き延びたのは……

 孤児たちは大人を信じない。仕事や家を与えられてもすぐ逃げて……もっと悪い、魔物や大人の餌食になることが多いのだ。

「いいな、絶対に大人を信じるな」イシュトが何度も言っていた。

 どんなに大人が、ひどいことをするかも聞かされていた。目の前で仲間が衛兵に殺されたこともある。

「誰の、どんな子と言えど、そなたは他の子とは違う〈ロトの子孫〉だ。ゾーマの予言通り魔が跳梁する今、そなたも宿命に従い勇者を目指し、アレフガルドを救うために戦わねばならん」

 老人の言葉。

「戦い抜け。それが父の、最後の言葉でした」

「私も同じようなもの。ともに戦いましょう」サデルがじっと目を見て、銃を手渡してきた。

 銃をなでる。まったく同じ大量生産品が無数にあるのはわかっているが、それが自分の、両親の形見だとは一目でわかった。

「銃床のメンテナンスキット入れに……あ、こちらの木で交換した銃床ね」

「写真は板にはさんで、身につけておくがいい」

 

 そこはガライの街、ガブリエルの商館の、秘密の地下室だったと後に知った。

 彼には表の、ガライの商人としての顔と、裏の〈ロトの子孫〉の顔があった。そのような〈ロトの子孫〉も必要なのだ。

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