メルキドには入れない。街を守るためのゴーレムが暴走して、人も無差別に襲う。
犠牲を払ってまで倒す価値はない、と〈ロトの子孫〉たちは判断し、メルキドの周辺の山地で、周辺の人々が避難し自衛・自給自足できるようにしている。
難民たちを集め、大きい木楯と投石紐を用いた集団戦術を訓練したりしていた。メルキド周辺はかなり魔物が強く、厄介だった。
確か、最初の知らせを受けたとき、私たちは産科医の仕事で来ていたベルケエラの指導で、人間・家畜・魔物の死体を解剖し比べていたと思う。そこに知らせが相次いで来た。
混乱していた。
「ラダトーム城が陥落し、全滅した」
「東門が焼かれ、近衛騎士団が全滅」
「ローラ姫がさらわれた」
「ロトの装備が奪われた」
「ロトの鎧は騎士団長が勝手につけて出て、簡単に壊された、偽物だったらしい」
「光の玉も、ロトのしるしも」
……
ドムドーラは陥落し、アレフガルドの外には行けなくなったが、それ以降は大した動きもなかった竜王軍。
詳しい情報は後で知ったのだが、一気に軍勢を集結させ急襲する強さはドムドーラのときと変わらない。
〈ロトの子孫〉の間でも、それまでは竜王がゾーマに予言されたその脅威なのか議論されていたようだが、また議論が沸騰していたらしい。ただし、当時細かいことは、私たち若い下っ端が知ることではなかった。
ただ、ローラ姫が竜王にさらわれた、それが私にとってすべてだった。
おっとり刀で飛び出そうとして、すぐにどこへ?と思った。
「どこに……いや、何しに。いうまでもないな」オサミツが沈痛に言った。
「〈ロトの子孫〉は権力を求めない、ただ悪を倒し、宴から去るのみ」サデルが言うのに、私は強く言った。
「悪は倒す。ローラ姫をさらったのが竜王だったら倒すよ」
「簡単に言わないでよ!メルエヤルもアニエラも、……ベカも、帰ってこなかったのよ」サデルが泣きだす。彼女の、愛による子の父親だ、と直感した。
「おまえの両親も、竜王に殺されたとサキエルに聞いた」オサミツがつぶやくように言う。「あの二人はどちらも、若い頃〈ロトの子孫〉でも桁外れに強かったんだ。今どちらかがいたら間違いなく勇者に選ばれたろう、それが二人がかりでも……」
「『勇者とは勇気ある者!そして勇気とは打算なきもの、相手の強さに合わせて、出したり引っこめたりするのは、本当の勇気じゃない』!」私が叫んだ言葉は、小さいころ家にあった勇者ダイの冒険の絵入り本にあったものだ。
二人がびくっとなる。
「なぜ私が行ってはいけない?」もう、心の中は激しい怒りが、魔力の編み目として暴走しかかっていた。
「あ、あなたの考える事じゃないわ。考えるのはあなたの仕事じゃない、あなたはまだ未熟で、〈ロトの子孫〉の一員よ。命令に従っていればいいの。ラダトームの王女の事なんて考えちゃダメ」
サデルが怯えた目で言う。
考えるな。従え。言われたとおりにしろ。あの、廃坑前の沼地の、骸の山を思い出す。ゆきのふさんの、太った腹にうまそうに顔をつっこみむさぼり食うリカント。毒にどす黒くくずおれる娘。抱いた幼児ごと貫かれた、人間と魔物二組の母。それが目に映り、恐怖と憎しみに、叫びに近い息が口から漏れた。
「考えずに従い、秘密を守って、普通の子供のふりをしたことはある」私は目に力を込めた。「ドムドーラから逃げたとき。両親の、大人の言われるままに逃げ、言われるままに剣も手にせず隠れた。全員死んだ!私が言われるままにならず、剣と銃を手にしていたら、みんなを助けられたんだ!」
「あなたは正しいことをしたのよ。両親の言いつけを守り、〈ロトの子孫〉の秘密を守り抜いた。従うことを学べば、指揮することも」
サデルが、自分でも疑っている表情で言うが、私は激しく首を振って拒否し、叫んだ。
「そのために、同郷の何十人もの女子供を死なせていいっていうなら、〈ロトの子孫〉なんて知るか!ただの臆病者だ!一人の女の子を見捨てる理由なんて、あってたまるか」
サデルが尻もちをついた。そして戦いで追いつめられたときのように悲痛にゆがんだ口から、言葉が漏れる。
「でも、でも勇者になるのは、わたしよ。わたしが勇者、そのためにずっと、ずっと修行を」
「ならあんたも勇者を目指せばいい!どちらがローラ姫を助け、竜王を倒しても構わない。どっちも勇者、でいい」それも、ダイの物語を思いだして、だ。
「四十日ほど後、〈ロトの子孫〉の集会がある。ラダトーム城が落ちたというなら、それもかなり重要な議題になるだろう。そこで言ってみろ」オサミツが沈痛に言う。「それまで、〈ロトの子孫〉を裏切って探しても時間を無駄にするだけだ」
その通りだ。一人では見つけられない。飛び出すのは、拒否されてからでも遅くない。
「なら、それまで一人でも多くの、〈ロトの子孫〉に会わせてください」とにかく情報が欲しい。一人でも多くの話を聞きたい。
「そうだな。これまでお前たちが共に戦った者から、老人たちにも、会っておけ。しかし二人とも、覚悟はあるのか?」オサミツの表情に、強い迫力が混じる。「勇者、ということは〈ロトの子孫〉、いや〈ロトの民〉とガライ一族も含めた、族長でもあるんだ。何万という人数。……ウリエルが残した黄金と宝石、世界の人間を全て殺せる弾薬、膨大な禁断の知識。それを背負うんだぞ」
「勇者になるの。そのため修行してきた」サデルが泣きながら言う。
「ローラ姫を助け、竜王を倒す。それだけだ」私はそれ以外頭になかった。オサミツの言葉は、当時は右から左だった。思い知ったのは、竜王を倒してからだった。
*アムラエルによる注*
サデルさまからうかがったのですが、その時に初めて、アロンド陛下の圧倒的な人をひきつけ従わせる力に直面したそうです。この人が勇者だ、と確信し、それでも無理に自分が勇者になる、と自分に言い聞かせ続けた……とのことです。
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それから集会までの間、焦りはあったが、オサミツとサデルにつれられて、たくさんの人に会った。とてもたくさんの人に。何千人もの、〈ロトの子孫〉全員に会うつもりで。
「あなたは?私はアロンド。本名はメタトロン、ミカエルとラファエラの子。あなたは何が欲しい?私は竜王を倒しローラ姫を助ける、勇者になる。竜王とローラ姫がどこにいるか、知らないか?」そう、たくさんの人に名乗った。
ローラ姫と出会い恋に落ちていることは、隠さなかった。それにはかなりの勇気が必要だったが。出自、駆け落ちした双子の近親相姦の子であることも、隠さなかった。
まず相手が何を欲しいか聞いた。ハーゴンに何よりも相手が何を求めるか知れ、と言われていた。イシュトは、いつも相手の話をよく聞いた。
それから相手の仕事を手伝い、ともに戦い、飲み食いした。
たくさんの人から、たくさんの話を聞いた。
その話の中で、サラカエルに国王の力、勇者の称号の力も教わった。魔物の力を上限なしに食い、死ぬどころか灰も残さず消えても確実に復活する?なんて便利な力だ。
誰からでも、貴族や僧侶からも話を聞くことができるのも重大だ。〈ロトの子孫〉も情報に優れるが、逆に貴族と直接話す事ができない。
ラダトーム城が襲われたときのことも詳しく聞いた。突然、竜王と精鋭の魔物たちが襲い、迎撃に出た騎士団を、激しい炎を吐いて皆殺しにした、それを陽動に空を飛ぶ魔物たちが王宮の宝物庫を襲い、その近くにいたローラ姫もさらって消えたという。
その宝物には、勇者ロトがゾーマを倒すのに使った光の玉もあり、それ以後アレフガルド全土で魔物が一気に増えた。
素手の拳が恐ろしく強い、ムツキに出会ったのはリムルダール近く、死霊とリカントに囲まれた隊商を助けに出たときだ。父の再来かと思ったよ、凄まじい強さだった。
敵の骸骨剣士がとても、筋目の正しい、いい剣士だった……今思うと勝てたのが不思議なほどだ。
集会は、雨のほこらで行われた。かつてはゾーマが精霊ルビスを封じていた塔で、ゾーマが斃れた後には石づくりの集合住宅となって、〈ロトの子孫〉の祖が隠れ住んだ。それから何年も続いた大地震でほとんどが埋もれ、マイラと地続きになって、小さなほこらが地上に出ているだけだった。かなり広い地下室は、今もある。
地下には膨大な本や薬、銃や弾薬、音楽や映像の装置が隠されていたが、後で知ったがその頃はほとんど壊れていたらしい。
顔を半ば隠した、アレフガルド全土で様々な立場で民に隠れている〈ロトの子孫〉たち。凄まじい魔力が充満していた。
私はイシュトのやり方を思いだし、先手を取った。長老たちの話が始まる前に起ち上がり、いつも何人もの人に言うのと、同じことを叫んだのだ。
「私はアロンド。本名はメタトロン、ミカエルとラファエラの子でドムドーラ出身。私は勇者になる、竜王を倒しローラ姫を、惚れた女を助ける!」と。
サデルも慌てて飛び出し、「わたしはサデル。ウリエラの子でマイラ北出身。わたしも勇者に立候補します」と、少し声は震えたが言った。
その瞬間から、議論は沸騰した。何人もの、初老の人さえ自分が勇者になる、と飛び出した。
私に対する罵声も強かった。
「お前は、ローラ姫を助けたいだけだろうが!私利私欲だ!」
四十前の、剣で知られる〈ドラゴン殺し〉コテツの激しい叫び声に、同調の声が上がった。
「ああ、私利私欲だよ」私は笑った。それに、皆があっけにとられる。「〈ロトの子孫〉も人間なんだ。人間として戦おうよ。自分が守りたい人のために、同時にみんなのために。胸に手を当てて、何のために戦ってきたか、考えてごらん」
すべての偽りを捨てる。便所と戦場には真実しかない。全員が戦いを経験し、自ら地を耕すことを知る〈ロトの子孫〉を信じろ。敵じゃない、戦友たちなんだ。そう自分に言い聞かせる。
「私の両親は、私を守るために戦死した。そして私は、一人の女を助けるため、竜王を倒したい」偽りは言わない。それでだめなら、一人で飛び出す覚悟はできていた。
「それに、みなさん、アロンドが私たちに加わったときに、最初にローラ姫と出会ったときのことを報告しました。憶えていますか?彼女をさらおうとした魔物が、偉大なる王の母、竜王の花嫁を迎えに来た、と言ったと。それが事実なら、彼女が竜王の子を産むのは、人間にとって大きな災いになる可能性があります!」サデルが叫ぶ。
「リムルダールの予言者が、それが事実であると」
「竜王が出る前に、ローラ姫が偉大な王の母となる、という予言が、北のお告げ所であった」
「竜王が脅威だとは限らない!何がゾーマが予言したそれかは、わからないんだ」
「う、うるさいっ!」何人かが叫ぶ。
「近親相姦の子が!」一人が隠れて叫んだ、その周囲から、たくさんの人がざわざわとささやき、怒号のような、一つ一つの言葉が聞き取れないような叫びになる。
その叫びが、魔力の渦になっていくのを感じた。ものすごい恐怖と憎悪、嫉妬など、負の感情が魔力になる。
私自身の、幼い頃からの孤立、人に対する憎しみ、魔物に対する憎しみがその魔力で増幅され、心が砕けそうになる。たとえるなら、ものすごく嫌な思い、それがものすごい大きさになり、幻覚にすらなったとでも言おうか。真っ黒な泥の津波に飲まれたようだった。
だが、戦いで敵の魔力に抵抗することはよくあった。素手武術の練習としてゆっくりと手を触れ合わせ、相手の動きを感じながらゆっくり押し合うことも。両親とも、オサミツとも、ムツキとも。抵抗するな、受け入れろ。捨己従人、そして、勇気。そう自分に言い聞かせることができた。
今叫んでいる人、集団じゃなくその何人かの、個人としての心が魔力で伝わる。共に戦う中伝わる、凄まじい悲しみ。話に出てきた悲しみ。一つ一つ、悲しみと向き合っていると、私も悲しくて、辛くて、それが力になるのが分かる。
「負けるなあっ!」絶叫した。それと共に、魔法での強い圧迫感がすべて吹き飛んだ。
「〈ロトの子孫〉は、なんのために戦ってる!」私の叫びに、多くの人の、暗記している言葉が、魂を、思いをこめて揃った。
「〈ロトの子孫〉はゾーマの予言を受け、やがてまた現れる悪と戦い、正義を守る勇者を出すために勇者ロト、ミカエラ女王が双子のかたわれミカエラをガブリエラに託し〈下の世界〉に下し、子孫をもうけさせた」
「ならなぜ今、竜王に立ち向かわないんだ?確かに今、私たち〈ロトの子孫〉は魔物から、たくさんの人を助けているよ。私も戦ったし、たくさんの人が私の隣で血を流している」私は訴えた。
「まだ勇者が出ていない!」
「ウリエルが再臨すると予言がある、それを待とう!」
「竜王が、ゾーマが予言した邪悪とは限らない。ロンダルキアの邪神だろう」
「おまえは私利私欲で言ってるんだ、近親相姦の忌み子め!」
「竜王は倒さなくては」
たくさんの声が飛び交う。
「ムツキ!男の子が生まれたね、オサフネ。昨日、初めて立ったね。その子に平和な未来を、そのために戦っているんじゃないのか」その言葉に、彼女がびっくりして飛び上がった。
みんなが黙る。
「〈ロトの子孫〉も人間なんだ。人間が戦うのは、戦友のため、家族のため。親しい人のためだろう。自分のために戦い、みんなのために戦う。どちらもだ。目の前の、無力に故郷を追われ死んでいく人たちを一人でも助ける。大切な人を守る。それが勇者だ。そのために竜王を倒す。みんなが勇者だ」一瞬、全員を見回して、ウリエルの言葉だと両親に伝えられた言葉を思い出す。「自分の手で工夫し自分の頭で考えろ!」
しん、と静まりかえったところで、ゆっくりと心に浮かんだ言葉を語った。
「言葉や権力でばかり遊んで、現実の敵を、守るべき者を見捨てたら、ラダトームの貴族どもと変わらない。いや、近衛騎士団は竜王に立ち向かって焼かれたんだろう?」
それからも、議論は続いた。私はいつでも飛び出せるよう、荷物はまとめていた。
勝負しろと言ってくる者もおり、コテツやムツキと、素手で激しく殴り合った。ムツキはオサミツより強かったし、さっぱりしていたね。
なんとか、議論の末に私たち、十数人手を挙げた候補者に、試練は許可された。
今から思うと、竜王に立ち向かったときより怖いな。〈ロトの子孫〉が分裂し、内で戦う状態になったかもしれないし、私自身も人間に絶望し闇に落ちてもおかしくなかった。
私という、異物を恐れている人がたくさんいて、その恐れが反対になり、攻撃になりそうだった。
陰謀じみた企みもあったらしいが、それはガブリエルやオサミツが止めてくれたらしい。名は出さないが、当時の長老たちの二人が、私を罠にかけようとして……死んだ。後に知ったこともあるが、私が死ぬまで内緒にしておこう、今重要な役割をしている、存命の人も遺族もいる。私が知らずじまいのこともある。
〈ロトの子孫〉も人間だ、でもウリエルやガブリエラが、人間のやりやすい過ちをやらかさないようよく考えてくれてあった……というわけだ。
そして私自身、その……人を従わせる力が、どれほど恐ろしいものか自覚していなかった。ローラを助けること以外、考えていなかった。
*アムラエルによる注*
〈ロトの子孫〉の皆様に、その集会の話をうかがいました。
初めて公の場に出たアロンド陛下に、誰もが圧倒されたそうです。特に若い人たちは熱狂的に支持し、老人は疑い怯えていたそうです。
たくさんの人が若き陛下とともに戦い、また陛下のご両親を記憶されていました。陛下が集会までにたくさんの人と話されていたことが、とても力になったそうです。
また、集会でアロンドさまを魔力で操ろうとした一団がいましたが、お一人の絶叫で数十人がかりの、いや一時はほとんど全員が、悪しき心を魔力として渦巻かせたのをはねのけられたそうです。
〈ロトの子孫〉のありかたが変わることへの恐れ、アロンド陛下の天才への嫉妬など、負の感情がとてもたくさんあったのでしょう。
それそのものが人間じゃない、という恐怖にもなったそうですね。常人ならあれだけの、悪しき心の魔力をぶつけられたらよくて死んでいた、でもそれを飲みつくし、よき心として全員を押し流した、と。
サデルさまのたとえでは、煮えくりかえった油を、全身伸ばして浸かれる風呂桶で三杯も飲み干し、腹ごなしに大地を殴って大地震を起こしたようなものだ、と。まさしく人間にできることではないです。
何よりも、「人を黙らせてはならない」という〈ロトの子孫〉の掟も重要だったのだろう、とサラカエルさまがおっしゃっていました。ガブリエルさまは、当時はそれが不満だったそうですが、結果は善かったとため息をついていらっしゃいました。
他にもあの頃は色々あったが、それを公表し歴史書に書くのはもっと後にしてくれ、と魔法で封印された書類をいくつもお預かりしています。
**
勇者としての試練の内容は、雨のほこらで聞いた。
竜王のいる魔の島に渡るのには、雨雲の杖・太陽の石・ロトのしるしが必要らしい。雨雲の杖は、雨のほこらを管理している〈ロトの子孫〉のアスファエル長老が持っていた。
まず志願者全員、最低限の試しとして七日間の立ちきり稽古をさせられた。一度も腰を降ろさず、重湯を時々すするだけ。
鎖帷子を二重に着たまま何十人もの剣士、それも二人がかり三人がかりと稽古を続けたり、山道を五十キロ走ったり、丸一日泳いだり。
といっても四日ぐらいなら十歳前に両親相手にやっていた……まあ、気が変になりかけはしたが。
それで半分ぐらいは脱落したかな。
それからガライの墓の底にある、銀の竪琴を取ってこい、と命じられた。簡単に見えるが、誰もその試練に打ち勝った者はいない。それまでも竜王が出て以来、十日に一人ぐらい、挑戦しては敗れて出てくる者がいた。
どんな試練があるのかは誰も教えてくれない。経験者と何人か話したが、皆すごい恐怖と罪悪感を負っていた。間もなく自殺突撃して死ぬ者も多いし、剣を捨てる者もいる。
そして試練を受けずに竜王に挑んだ〈ロトの子孫〉たちは、みんな死んでいる。
それでもかなりの議論があった。その試練をやるか、大人数で竜王に挑むか、で。私はどちらでもよかった、とにかく一日でも早くローラを助ける、それしか頭になかった。
ガライの墓。ガライの町の創設者、吟遊詩人ガライ。勇者ロト、ミカエルの同時代人だ。
元から美しい歌で定評があった。それが、勇者ロト、ミカエラによるゾーマ打倒以来、とてつもない人気となった。
実を言えばミカエラたち〈上の世界〉からもたらされたたくさんの歌の力も大きいし、もっと膨大なレパートリーとなったのが、ウリエルが最後に、赤子のミカエルを抱いたガブリエラと〈ロトの子孫〉の元となる〈上の世界〉出身者たちに、彼の世界の歌を鳴らす機械とそれを鳴らす力の源としての風車を置いていったのだそうだ。
完全に使えなくなるまで数十年の間、それは膨大な曲を隠された地下室に響かせ、ガライやその孫まで、尽きせぬ歌の種と霊感を与え続けたそうだ。その歌は莫大な富となったし、ガライ一族はアレフガルドの外でも多くの情報を集めてくれる。
そしてガライの故郷は天然の良港のそばで水源もあったし、近くの山が素晴らしい銅鉱山だとわかった。どうやらゾーマの魔力の具合で、アレフガルドのあちこちに新しい鉱山ができたのだが、その一つだ。
それで、深い深い坑道と、その近くに大きな町ができていった。アレフガルドでも重要な町のひとつとなった、魔物が跳梁しても滅ぼされなかったほどに。
その坑道は間もなく尽きて閉鎖され、いつしか創設者ガライの墓として大切に祀られた。
だが、竜王出現以来、そこは無数の魔物がはびこっていた。扉を封じていれば害はないが。
ただしそれも、魔物を呼ぶ銀の竪琴の力で、ガライの霊が魔物をひきつけ町を守っていた、とも言われている。
私たち、勇者の候補者はその底を極め、銀の竪琴を取ってくるように言われたんだ。
丸一日眠ったぐらいでは立ちきり稽古の疲れも取れていなかったね。それで扉を開けてもらい洞窟に入ったとたん、ほとんど一歩ごとに魔物が襲ってきた。
地下二階はもっと魔物が強かった。とても巧みに剣を使う骸骨が何体もいた。
後ろからオサミツたち、年齢もあり志願者ではない者が三人チームでついていた。彼らは戦わず、見守っている候補者が力尽きたら助勢してリレミトで強制送還、それで失格というわけだ。その三人の分も襲ってくる敵を撃退し続けなければならなかった。
地下三階は、魔物がいなかったが老年の魔力が強い〈ロトの子孫〉がたくさんいて、十何人もまとまって魔力をかけてきた。それを一人の魔力と精神力だけで押しのけなければならない。
地下四階に下りる階段に、たどりついたのは私とサデル・ムツキ・コテツの四人だけだった。その下は、私たちだけで行けと言われた。
疲れきってはいたが、それまでの試練を突破したんだ、たとえドラゴンが出てきても倒す、と意気は上がっていた。
地下四階に降りたとき、いきなり意識が落ちた。後頭部を殴られたときのように。
とつぜん、変なところで目が覚めた。動く巨大な箱に座っていた。バス、だと言うのをなぜか知っていた。
身を探ると、武器もない。ウリエルがもたらした本の絵や写真で見たような、奇妙な衣類を着ていた。
ウリエルとは逆に、彼の故郷に行ってしまったのか? と思ったね。
あれほど驚いたこともなかったが、とにかく冷静にしていた。すぐ近くにサデルたちもいて、同じように奇妙な目で見ていた。
それから、いきなり記憶が押し寄せた。「中元豊治」という名前の、普通に両親のいる、徴兵年齢に達した子の記憶。でも断片的で、不完全で、わけがわからなかった。
そのまま、新兵検査場というところに着いた。日本語と中国語が併用されていて、読めた。
中華人民共和国人民解放軍、九州省第七基地・新兵訓練施設(旧宮崎県)。
それからの日々は、後にウリエルに見せてもらった『フルメタル・ジャケット』という映画を見てもらえば分かる。その前半とほぼ同じだ、変な事件がなかっただけで。自殺者や訓練中事故死者は、まあ百人に二人ずついたが。
渡され訓練された銃は、夢の中で覚えている銃に似ていた。というか、夢の中の銃を資料映像で見た……ソ連の古い、AK-74。
昔の、アレフガルドでのことは全部夢だ……この、軍こそが唯一の現実だ。そう思うようになっていった。サデル……いや、楊たちも、かまをかけたりしてみたが、普通の日本系中国人の記憶を持っている。
こんな風に記憶が混乱しているのは自分だけだ、そう思っていたが、訓練で人格が破壊されていく中、どちらの生活も遠い夢のようになっていた。
永遠にも思えた訓練が終わって、戦場。
そこで初めて死人を見ても、みんなが吐いたりちびったりしても、私はなぜか平気だった。そう、あの夢でいやというほど死を見ていたことが、なんだか役に立ったようだ。
だが、人間相手の、民主化・独立テロリストとの争いは悲惨だったね。
まだよちよち歩きから立ったばかりのような、小さな女の子が花束を抱えて、パトロールをしていた私たちのところに、兵隊さんだと笑顔で駆け寄ってきた。
私たちは一瞬虚を突かれた。
吉田軍曹が撃ちながら私の首を巻きこんで伏せた、その瞬間全身が殴られたようで、しばらく耳が聞こえなかった。
小さな女の子は、あとかたもなく吹き飛んでいた。
そして、柳沢。倒れていた。首が、ありえない方向に曲がって。鼻と目から血が、耳から……ヘンな液が出ている。
あのバスでも隣だった、ずっと共に走り、泣き、軍曹を罵ってきた柳沢が、昨日笑っていたのが今は死体だ。
ここでは、ゲリラ戦では子供こそが敵になる。
「わかったな」軍曹の言葉に、私は耳が聞こえないとハンドサインをした。軍曹はうなずき、指さした。私もうなずいた。
数日後に、銃撃してきた幼稚園に反撃し、私は、そちらの生涯では初めて敵を射殺した……老人だった。
そして、何十人かの、小さな子供たちがいた。
「殺すんだ」
と、吉田軍曹は冷静に、怯え泣き崩れる女の子を射殺した。
頭がぱん、と弾ける。顔半分が砕け、見慣れた、ざくろのような銃創になる。
「兵士になれ!上官命令には無条件に従え」
と、精神注入棒が強烈に頬を張る。
ロトの掟、そんなのは夢の中の話だ。長い長い夢。みんなやっている。命令だ。責任を果たせ。兵士として。
お前は兵士だ。考えるのはお前の仕事ではない。
「さあ、やるんだ!臆病者と笑われたいのか!お前はなんだ!」
「兵士だ!」と、体が叫ぶ。
「兵士のすることは!」
「殺すこと!」
「そうだ、殺すこと!従うこと!」
「殺すこと!従うこと!」腹の底から叫ぶ。
「殺せ。合法的な命令だ、お前の義務だ!お前の責任なんだ!」
全員の、血にまみれたサデルやムツキの目が、私を見ている。
みんなやってることだ。ロトの掟など、夢だ。
上官が法だ。上官は神なのだ。
(「忘れるな。ロトの掟を。自分に負けるな」)頭に声が響く。夢だ。厨二病の、寝不足の悪夢だ。
目の前に、三歳の子供が震えている。目の前で姉を殺され、こちらを見ている。
殺される家畜の目で。
「柳沢を忘れたのか!こいつは彼を殺した奴らの仲間だ」
吉田軍曹の声。凄まじい呪縛がかかる。眠い。
子供を殺して仲間に抱擁され、一人前の兵士と認められたサデルじゃなくて楊がうらやましい。
(「いいか、パパやママであろうと、たとえ勇者ミカエラでも精霊ルビス様でも、虐殺・拷問・強姦を命じたら。どんなにそれがやむをえない理由があろうが。その拷問がなければ仲間や、罪のない人が死ぬのであっても。即座にやるんだ」)
耳の中で、二つの音がせめぐ。
その時、目に浮かぶ。子を抱いて貫かれた、母。同じく、子を抱いて貫かれていた、狼の顔をしあちこちから奇妙なトゲが出ていた、不気味な魔物。自分の絶叫が聞こえる。
「さあ、いつまでもうじうじしているな。冗談や夢で終わることはない、おまえは義務を果たすんだ!兵士として」
吉田軍曹の目が迫る。毎日何度殴られたろう。その、圧倒される感覚が全身を浸す。そして、私の命を三度救ってくれた恩人。兄であり、父であり、神。
戦友たち。みんなが。イシュト、ゴーラのみんな。奴らに殺された。奴らは人間じゃない。
あの長い夢で、父親だった誰かの面影が、かすかに目に浮かぶ。見つめている。
私は、銃口を口に入れた。鉄の冷たさが、舌に触れる。
(ローラ)
美しい少女の面影が、心に弾ける。柳沢。吉田軍曹の拳の熱さ。
引き金を引く、瞬時に全てが暗転する……
目が覚めた。古い坑道の隅。木の支えが朽ちかけている。レミーラの光も尽きているはずだが、薄い光が壁全体から光っている。
「あ……」
サデルが、ムツキが目を覚ます。
そして呆然としていた。
サデルは激しく吐いた。
ムツキは壁に全身をこすりつけて絶叫し、頭をかきむしった。
「あああああああああああああああっ!」
私は真似をして、頭を壁に叩きつけ……そして違和感を感じた。鉄兜の感触じゃない、まるで柔らかい布団にぶつかったように、衝撃がまるでない。
少し遅れてコテツが目を覚まし、剣を自分の首に向けたのを蹴った。ムツキが手足を軽く一撃すると、そのまましびれたように動かなくなる。
四人で、絶叫をくり返した。
どれだけの時が過ぎたのか。深いため息。
「今のこれ、現実なのかしら。また、幻?」
サデルがつぶやき、ザメハやキアリクを唱え、それからいくつか、高度な呪文を唱えた。
「とんでもない魔法ね。わたしたち、人間に使える魔法とは比較にもならない。バギと自然の大嵐みたいに」
サデルが怯える。
「それより、失格したのか合格したのか……」
私の言葉に、サデルとムツキが絶叫した。コテツが頭を壁に激しく叩きつけようとするのを私が止めた。
「何があったか、言えないか?私は……夢を見た。その夢では私は、ウリエルの故郷らしい別の世界の男子で、軍隊に入れられて、小さい子供を殺せと命令され……自殺した」
三人が、衝撃に目を見開いた。
「わ、わたしは……やってしまった。だって、『ウォーターボーディングは拷問ではない』、『誰かが汚い仕事をしなくては国民を守れない』、それに『テロリストは人間じゃない』んだから……核テロを防ぐため、よ、」泣きじゃくるサデル。
「あたしも。竜王を倒した、でもその後ろに、卵とか、小さい、手足もない……あれが大きくなったら、たまったものじゃない。それに、放っておいても死ぬだけだし、第一、みんなやって、みん……」ムツキが、もう吐くものもなく痙攣をくり返した。
コテツは、ひたすら絶叫し、歯を噛み鳴らしていた。
「メタトロン……アロンド、あなた、あなたは、拒むことが、自殺ができたのね。ロトの掟が命じるとおりに。そんなもの夢だ、って何年も暮らしていても」
人間ではない何かを見る目で、ムツキが言った。
サデルも、目をまんまるに見開いていた。
「私は、実際に幼児の魔物を殺したんだ。後ろから、リカントの母親に抱きかばわれているのを。血に負けて」私の口から、人の声とは思えぬ音が絞りだされた。「目をつぶされ終身幽閉になっても当然だな。いくらでも私をさげすむといいさ、さあ、立て。今は前進しよう」
「え、その、兜」
いわれて頭を探ると、いつの間にか、ずっとかぶっていたのとは別の兜だった。今までの鉄兜が、そこに転がっている。
アレフガルドにはありえない、ウリエルの遺産でも見たことがない奇妙な透明感がある金属のような素材と、アレフガルドでもウリエルの絵本でも見たことがない動物の、尖った角でできている。
強力な魔力と、懐かしさを感じてかぶり直すと、それは私の頭にぴったりと合った。
「責められない。誰だってああなればやってしまうだろう。私が自殺したのも、おかしかったからじゃないかな」
そう言って水を飲ませ、洞窟を這う。降りたのとは違う、上に行く階段……そこを登ろうとすると、目に見えない壁に他の三人が弾かれた。サデルの魔力でもまったく破れない。コテツは、何かできる状態ではなかった。
「あ、アロンド、おまえだけが……勇者」サデルが言う。
「そ、それ、オルテガの兜。小さい頃に見た」と、ムツキ。
私は、階段にしがみついて立ち、階段を登った。
神聖な香りが漂っている霊堂……中央には空っぽの柩があり、そこに銀の竪琴が安置されていた。
リレミトで地上に戻って、すぐに四人とも倒れた。何日も、記憶も心も混乱し疲れきり、魔力は暴走し、肉体もボロボロで、拘束衣と点滴が必要だった。
身体が動くようになり、やっと……私は、ローラ姫を助けることを思い出して起き上がった。
すぐ、緊急の集会が開かれた。まだ身体は完全ではなかったが……
何人もの長老が、私を壇上に上げると裸にし、香る油を注いだ。〈ロトの子孫〉全員が呪文を唱え続ける。
そして、アスファエル長老が私が持ってきた銀の竪琴を受けとり、雨雲の杖をくれた。
そのまま、全員で〈ロトの子孫〉のもう一つの聖地、勇者の洞窟に向かった。
かつて、ゾーマがそこから出たという、底なしの割れ目があり魔王の爪痕と呼ばれた。
勇者ロト、ミカエラによりゾーマが倒され、その割れ目がある部分は神々によって封印された。
その洞窟では一切魔法は使えないが、浄められていて魔物も出ない。
地下一階に全員集まり、地下二階には一人で行くように言われ、レミーラの光を頼りにあちこち迷った。
崩れかけた人工の壁を見つけ、その奥にあった宝箱から一ダースのメイプルリーフ金貨と、二カラットぐらいのダイヤを数個手に入れた。
そして、大きな石の板にたどりついた。そこには、昔の勇者ロト、ミカエラが刻んだメッセージがあった。伝説通り、三つの品を使って魔の島に渡ったという。その一つ、雨雲の杖は今手にある。
ふと古い魔力を感じ、自分自身の魔力を放出すると、言葉にはできない何かを感じた。まるで自分が全部溶けるような。
そして地下一階に出ると、〈ロトの子孫〉全員が私にひざまずいた。
「勇者ロトの子孫、われらが族長、勇者アロンド!」アスファエルの言葉を、全員が叫んだ。
本来なら、権力に酔ったり恐怖したりするところだっただろう。でも、当時の私には、そんなことよりローラ姫を助ける、それしかなかった。その儀式と、その後の飲み食いすらすっぽかしたいぐらいだった。