奇妙な味のドラクエ1   作:ケット

5 / 10
第5話

 それから、ラダトームに行った。

〈ロトの子孫〉の正体をある程度知る各地の予言者が、「ただ一人の勇者ロトの子孫」として王に会い、勇者と認められて旅立つようにと予言したこともある。

 だが、最終的には〈ロトの子孫〉の幹部たちと話して、私が決めたことだ。あくまでラダトーム王宮と関係を持つな、という人もいたし、オサミツをはじめ勇者の祝福を使えという人もいた。

 王室は竜王が来てから、何度か騎士の子とか腕自慢とか、偽者だろうが勇者ロトの子孫を名乗る者とか、勇者として送り出しては失ってきたそうだ。

 確実に死んでも生き返る、というのがどれだけ有効かは、王宮に忍びこんでいる〈ロトの子孫〉たちにもわからないらしい。死体が王座の前にもどって復活して、そのまま逃げ失せた者もいたという噂もあったが、そのまま戻らないことも多いらしい。

 勝手知ったる、といえばそうだが、正面から王宮に向かうのは初めてだった。

 敵である衛兵を無視し、〈ロトの子孫〉の、商人や下級貴族に紛れている人たちが相談し調達した、「アリアハンの勇者」の正装を複製した服にロトのかぶと。縫い取った紋章はロトの紋章。そしてラファエルの「アリアハンの王位継承権のない王族」、ミカエラの「ネクロゴンド王国」の紋章も。こちらでは知られていないはずだが、あえてつけた。

 従者役の〈ロトの子孫〉が十人ほど従っている。

 私が寝こんでいた間に、何人かが噂をまいたり、貴族に紛れている〈ロトの子孫〉が謁見を担当する貴族連中に根回しをしてくれていて、正門から堂々と入るのに支障はなかった。

 王の謁見、といっても壮麗だった王城は広く焼け壊れ、無惨な姿だ。そして商人は魔物に襲われ、貴族たちの参勤も困難。ローラ姫と同時に光の玉が奪われて以来、魔物の跳梁は桁外れに凄まじくなっているらしい。

 私は、はるか昔から受け継がれた、古さに崩れかけた書簡を私より若い、いや幼い貴族少年に差し出した。前の襲撃で多くが死んで、弟・甥・息子が跡を継いだ間に合わせの宮廷だ。

 ラダトーム王国の、昔の宰相の署名で勇者ロト、ミカエルに出した身分証明・諸国通行状。ゾーマを倒した直後にガブリエラが書かせたものだ。

 ミカエル・ラファエル・ガブリエラ・ウリエル、四人の人相と紋章の写し。ラダトームの王族に準じる敬意ともてなし、安全保証を諸国に求めている。ミカエラたち四人がラダトームの宴から去り、各国を回るのに使っていたものだ。

 儀礼は以前の潜入で、少し見ていた。不安はなかった。

 だが、理由の分からない、激しい動悸がした。

 なぜか普段の、大広間での謁見ではなく、階上の、王の私室に近い部屋での謁見となった。

 国王、ラルス十六世。ローラ姫の父親。

 弱った初老の老人でしかなかった。ローラ姫とも似ていて、若い頃はそれなりの美男子だったろう、とも思った。むしろその弱りように、胸が痛んだ。

(でも、彼がもっと難民たちに心を砕いてくれたら)とも思った。それも、それがどんなに不可能なことか知らなかったからだった。

 豪華な服、だが迫力ならアスファエルやガブリエルなど、〈ロトの子孫〉の長老たちのほうが桁外れにすごい。

「そ、そな、そなたが、勇者ロトの子孫、アロンドとやらか」

「はい」じっと、目を見た。

「おお、まさしくなんと、王室に伝わる絵図に似ていることか」一度、咳をして顔を上げ、震える声で、「おお、アロンド!勇者ロトの血を引くものよ!そなたの来るのを待っておったぞ。

 その昔、勇者ロトが神から光の玉をさずかり、魔物たちを封じこめたという。しかしいずこともなくあらわれた、悪魔の化身竜王が、その玉を闇に閉ざしたのじゃ。

 この地に再び平和をっ!勇者アロンドよ。竜王を倒し、その手から光の玉を取り戻してくれ!」

 そう、何度も言い慣れたような言葉をいうと、王座に倒れるように座りなおした。

 王からはローラ姫の話はなかったが、廷臣が知らせてくれた。

 私は素早く退出した。餞別の援助、ともらったのは、ラダトーム王国発行の、私たち〈ロトの子孫〉には笑うしかないほど低品位の金貨だった。

 それよりも、魔力を回復させる効果を持つ、城が建つ前からあり神々に由来する聖なる岩を使ってよい、と宮廷魔道士に言われたのがありがたかった。

 さっそく、従士に扮している〈ロトの子孫〉たちも使って、情報を集める。宰相からもらった簡易紋章と全権委任状を使えば、貴族からも直接話が聞ける……便所掃除人や町の孤児として盗み聞くのとはまったく別の情報だ。

 

 その話から、竜王の襲撃もある程度わかってきた。その情報を〈ロトの子孫〉たちと共有する。

 どうやら、太陽の石はラダトーム城の、予言者や宮廷魔術師に近い大臣が持っているようだ。だが、どこにいるかわからない。

 そして、ローラ姫がどこにさらわれたか、情報を知る者はいない。

 

 あとは、あちこちの町をルーラで飛びまわった。もう、どの町も何度も来ていた。町の人に、堂々とロトの子孫・勇者アロンドを名乗って話す。あまり信用はされなかったが、それは平気だった。

 以前は顔を隠して助けていた難民からは離れる。

 

 マイラの町の、温泉の南で妖精の笛を見つけた。

 リムルダールの南にほこらがあったが、入れてもらえなかった。太陽の石とロトの印、だろう。

 

 魔物の襲撃から、人々を助ける戦いも激しさを増していた。光の玉が奪われたせいだろう。

 あちこちで、私は指揮をするよう言われ、主に人を選んで任せた。うまくいっていれば人を代えない、いっていなければ代える、戦いでは先頭に立ち、多くの話を聞く。

 それだけを心がけた。

 そうそう、私が小さい頃から、読み書きを両親から習うのに、『指導者は~に気をつけろ』という形の文章がとても多かった。

 うぬぼれとか、都合のいい話を持ってくる者を重用して都合の悪い話を聞かなくなるとか、任せた部下の仕事に指図するとか。

 あとで〈ロトの子孫〉に加わってから聞いてみると、そんなのが教科書になっているってことはなかった。

 両親が、ずっと以前から私が勇者になることを予想し、指導者の心得を考え暗記させてくれていたらしいんだな。

 まったく、とんだ親だよ。

 

*アムラエルによる注*

〈ロトの子孫〉の皆様にうかがいましたが、勇者に選ばれたアロンド陛下の指揮能力は皆を驚かせたそうです。

 誰の話もよく聞き、そして決断したことは決して揺らがない。誰のこともよく知っていて、人心をつかむことがとてもうまい。

 何より、指導者がよく陥る過ちを、決してやらない。それは今も同じなのですが、ご両親の薫陶だったとは……

**

 

 ガライの町で、姫がラダトームの東のほうにさらわれた、洞窟にいるというような噂を聞いた。

 アレフガルドには、西側にはガライの墓、そして私が連れを失った昔の鉱山があるが、東側にあるのは地下トンネルだ。

 その洞窟を探ってみた。一本道に見えるが、水抜きと思える横穴が結構ある。そして、一本道で魔物も弱いのに、〈ロトの子孫〉も含めて行方不明者が最近、結構多い。

「アロンド、あなたがいかなくても」マイラを守っているサデルが言ったが、

「みんな、そのために死ねとは言われたくないだろ」と、そちらに向かった。

 メルキドには入れず、そこでしか手に入らない炎の剣は使えない。〈ロトの子孫〉には魔法の武器は伝えられていないので、魔法の鎧と鉄の盾、鋼の剣、そして形見の銃を手に、長く湿った海底トンネルの、やや上のほうにある横穴に潜った。

 この海底トンネルを掘るのも、大変だったらしい。何度も間違ったほうに掘ってしまい、埋めるのも面倒になったのか。

 そう思いながら、魔物の気配を感じる。メーダ!分厚い殻のある体が突進してくる、鉄の盾でそらす。まともにぶつかったら体勢を崩され、強力な触腕で絞め殺される。それて勢いがなくなった、その腹に、細身で厚く鍛えてもらった刃が突き刺さり、そのまま盾で押し飛ばし、目を貫いてとどめをさす。

 やっかいな匂いに気がつく。そして、ローラの匂いがした気がする。

「アロンド、後ろは任せて」〈ロトの子孫〉が二人、背後についてくれた。

 私は銃を肩から下ろし、盾と共に左手で持って、いつでも使えるよう初弾を装填し安全装置をフルオートに押し下げた。

 銃と剣を、いつ切り替えるか。それとも魔法。その使い分けが、〈ロトの子孫〉の戦いだ。

 軽くつばを飲み、深呼吸する、それだけで凄まじい匂いに、むせる。

 よく知っている腐臭も混じっている。人間が生きながら内臓まで焼かれる匂いも。

 そのまま、静かに進むと、突然かなり広い空間になった。

 正面の地形かと思った、巨大な塊がのそりと動き出した。

 もう、足腰が立たないほどの恐怖だった。巨大すぎた。わけの分からない言葉、でも、なぜか口は、「ローラ姫!」と絶叫していた。

 その呼吸で体が落ち着いた。

 巨大なドラゴンを見据え、叫ぶ。

「話せないか!」

「ここ…に…入った…、わが…姿を見た…もの…全て…逃がさん…殺す命令…命令…使命」

 その目は澄んでいた。だが桁外れの魔力が、心を押しつぶしているのが伝わる。激しい怒りすら感じた。

「私たち〈ロトの子孫〉は、牙をむかない者は殺さない、牙をむく者は殺す。すまない」

 そう言って、銃のグリップを右手で握る。

 瞬間、巨体が信じられないほど早く、一気に膨れあがり、気がつくともう目の前。

 体を横に投げ出してかわした、つい一瞬前までいたそこに、激しく鋭い牙が噛みあうのが分かる。

 ライフルを向け、左手の盾を金具に引っかけ左腕を抜き、銃を両手で握りフルオートを全弾ぶちこむ。空弾倉を捨て、次をはめ、ボルトを引く。

〈ロトの子孫〉が使う盾は、伝説上の〈ロトの盾〉と同じ、帯に腕を通して握る小さめの盾。腹帯についた金具を使うと、素早く腕から外すことができる。

 ただし、多人数での戦いでは両手で大きな盾を持つ者も多くいる。

 スカラを唱え、その巨体が目の前に膨れ上がるのを見る。呪文は体が勝手にやったこと。恐怖で、全身がしびれていた。

 その腹が膨れ、炎と悟った。盾の握りをつかみ、顔と上体をかばうのが精一杯だった。

 まぶしい光が過ぎ、熱すぎる盾を左手が勝手に投げ捨てていた。普通の倍以上の厚さの、全部鉄の盾が、地面に転がってゆがむ。赤く光っていた。

 そして、腹から下が燃えるのを感じたが、それよりも次の炎を吐こうとする竜に、私はもう一度、AK-74をフルオートで全弾発砲した。喉から口を狙って。

 その穴から噴出した、液状にすら見える炎が竜の巨体を内部から焼く。

(動け)足に叫び、銃を背の袋にしまうと、剣を抜いて突進し、全身で突いたが……岩の塊を突いたように、厚い剣が折れた。

 尻尾をかわし、ライフルに着剣しながら飛びこむ。

 父が何度も言っていた……刃の下こそ地獄なれ。ただ踏み込めよ先は極楽……実際に、私の木剣や木銃を紙一重でそらしながら素手で懐に飛びこみ、瞬時に一撃食って投げ倒される、何千度やられたことか。

 同じように、巨大な爪が振り下ろされるのを、よけるより前に踏みこむ。銃剣にギラの呪文を通わせ、全身で下から首を突き上げた。

 魔力に赤く輝く刃が、銃弾のあけた穴に突き刺さる。銃剣が首の、何か恐ろしく頑丈なものを斬り、魔力に耐えられず消滅したのがわかる。

 すさまじい力に、瞬時に吹っ飛ばされた。

 何が起きたかも分からないほど。

 だが、起き上がる。(ローラ!)心が絶叫すると、勇気が湧き上がる。そして腰に差していた長柄剣鉈を抜いた。

 よく見かけるだろう?ウリエルも愛用していたそうで、〈ロトの子孫〉は小型ナイフと共に、常に身につけている。刃渡りは30cmぐらいだが、見ての通り幅20cm近くと広く、柄が40cmある。だから両手でテントの設営や穴掘りにも使える。手斧のように叩き切ることも、突き刺すこともでき、ナイフにも剣にもなる。

 残りの魔力を爆発させる。呪文が、私の魂から、体と血から吹き上げ、武器に流れこみ編みあがっていく。

 竜は、堂々と牙をむきだし、私を見ていた。喉から、激しい炎が噴出し自分自身を焼いていたが、その苦痛にもかかわらず、誇り高く立っていた。

「神々、なんだな」体も、心も大きい。果てしなく。

 潰されそうになる心を振り絞り、長柄剣鉈を両手で構え絶叫した。

「べぎらま!」

 勇者ロト、ミカエラが得意としたという雷電呪文。その子孫たちでも、素質があるのは十人に一人。〈ロトの子孫〉全体でも、使える者は百人いるかどうか。それを魔法剣にできる者はいない。

 それが、自然にできた。無論私も初めてだった。

 体と、長柄剣鉈。そして稲妻が、一つになるのがわかる。

 まっすぐに見た、そのドラゴンの目は澄んでいた。

 巨大な牙が、真正面から私を食いちぎろうと襲う。

(ただ踏み込めよ、先は)

 腰を落とし、倒れるように加速する。防御は一切考えない。

 全身が、剣鉈が稲妻に変じるのが分かる。ドラゴンの、灼熱の心臓を貫いたことも。

 絶叫とともにまた吹き飛ばされ、崩れながらも闘志だけで暴れ続ける竜。私も、全身が砕けるような痛みを覚え、剣鉈も失い、地面を手で探った。

 折れた剣の、刀身。

 握り、もう一度、もう魔力は尽きていたはずだが、呪文が口から漏れた。普通の呪文と違う、別の力が刀身に流れこんだ。

 そして、襲ってくる竜に、力の抜けきった体で切り下げる。

 

 気がついた時には、オサミツたちが私に、回復呪文をかけ続けていた。下半身は魔法をかけた金属も皮も蒸発し、骨が見えるほど焼けた肉が回復呪文に輝いている。

 そして、目の前には、一度たりとも忘れていない、ローラ姫がいた。

 涙に崩れ、それでも熱い目が、私をひたと見つめている。

「生きて……」

「ろ、ロト、ロト様」

「アロンド。メタトロン、です」

「あ、アロンド……」

「もう、大丈夫です。すぐに、お父上のもとにお返し」と言うと、彼女が私にしがみついてきた。その冷たい肌と目の色から、強い恐怖が伝わる。

 その目が、ちらりと背後を見て、声のない絶叫になった。

「あ、何を」

 仲間たちがドラゴンの巨大な死体を、剣鉈で切り裂いている。

「ああ、せっかくの戦利品ですから。鱗も皮も、角も牙も、肉も骨も貴重な」というオサミツに、また声のない絶叫が上がる。

「その、ドラゴンは」混乱して言葉になっていない。

「大丈夫、言ってください」私の言葉にうなずき、息を深くついた。

「そのドラゴンは、わたくしの前では女の子の姿で、わたくしのことを大切に世話してくれたのです」

 ローラの言葉には驚いたが、なんとなく納得した。

「そこの裏にあった地下牢は、きわめて清潔で温度・湿度ともに快適でした。水も清潔で、保存食も石鹸も充分にあり、布の類も清潔なものがありました」オサミツが報告してくれる。

「そうか、ありがとう。そうだな」と、ローラ姫の血色を見る。「あなたは健康に見える。無事にこれまで生かしてくれただけでも、感謝するべきだ。命令されて私を襲ったので倒したが、敬意を持って戦ったつもりだ」

「このまま置いても下級の魔物に食い荒らされるだけ、地上に持ち出して火葬したりするのは無理です」と、オサミツ。

「そうだ。何かの形見を、ローラ姫に。そして、家畜同様に、敬意を持って扱おう……姫。われら〈ロトの子孫〉は、自らの手で家畜を殺し、肉や皮を得ます。そのときは常に、われらを生かしてくれる生き物に、敬意と感謝を忘れません」

 そして、私は低く、家畜を殺すときの歌をハミングした。〈ロトの子孫〉たちも、それに唱和し始める。

「見たくはないでしょう、とりあえず地上に行きますか?何か、持って行きたいものは?」私の言葉にうなずき、小さな笛を取り出して抱きしめた。

「人間に、退屈が苦しいのだ、とやっとわかってくれて、どこかから盗んでくれたのです」と、涙をこらえる。

「ありがとう」と、ドラゴンの死体にあらためて一礼し、ローラ姫の手を握る。そしてオサミツに、「あとは頼む」と指示し、リレミトで毒の沼地の中にある、トンネルの入り口に戻った。

「では、どこに行きましょう。失礼します」と、沼地の毒にやられないよう、細い体を抱き上げた。

「リムルダールへ」

 彼女の心がとても傷ついているのはわかった。

 戦いで、ひどく心を病んだ仲間と話すこともあった、自分や他人を傷つける心配がなければ、みんなで何かできる仕事をさせていたが。今はとにかく休ませよう、と思っていた。

 

 リムルダール。古くからある、湖に浮かぶ島の都市。水豊かで天然の要害、そして農業・漁業もさかんだ。古くからメルキドと並ぶ学問の町でもある。

 ルーラで着いた直後、見回していた彼女が、恐怖に怯える表情を見せた。

「変装して庶民に混じりますか、それとも公式に領主を訪ねますか?」問いに、

「へ、変装させてください」

 彼女の、宮廷での服はぼろぼろになり、後にオサミツに聞いたら本来シーツやカーテン用の布を縫い直したものだったとか。それを、女たちが庶民の服に着替えさせたそうだ。

「あのドラゴンである少女がかいがいしく裁縫をしていた、奇妙な眺めだったでしょうね」

 竜王を倒した後、〈ロトの子孫〉のみんながそれを想像しては大笑いしていたものだ。

 だが、その言葉はそのときは、ローラ姫を泣かせるだけだった。

 ハーゴンに習った、美貌を落とし平凡に見せる化粧。私自身もやる。

「お、化粧もできるのですね、キャスのように」

「城下の孤児だったこともありましてね」と、仕上がりを確認する。

 本当はこうしてはいられない、仕事は山積している。

 竜王に怯え、そして難民の流入に苦しんでいながら、リムルダールはやはり豊かで雑然とした街だった。

 あのとき、すぐ私と共に歩くまでのラダトームでの冒険以来の、身分を隠して群衆に混じる……怯えてか、私の手に強くしがみついてきた。

 それだけで頭が舞い上がってしまう。

 変装させたローラ姫を連れて、予言所を訪ねると、それまでボケているとしか思えなかった老人が、「ラダトーム城の外を回り、三つ目の石を押せ」と教えてくれた。

 昔を思い出し、屋台で熊肉の串焼きを買って共に食べようとしたが、彼女はにおいを嗅ぐだけで吐いてしまった。

「すまない、私の傷口も、ドラゴンの死体も見ていたんだった。それにこれは元々においが強いな」

 と謝ったが、

「もったいない、ですね」と彼女も謝り、痛々しくも微笑む。

 宿で二人部屋を取り、ルームサービスで柔らかな粥を頼んだが、彼女がまた食欲を出さず、つけあわせの匂いの強い干し貝を多く食べ始めたことが、気になってしまった。

 つい魔法を使ってしまった。両親がよく唱えていた、妊娠を診断する呪文。

 私の、最悪の衝撃を受けた表情に、彼女も悟ったのだろう。

「なんとか、ごまかさなければ」私はそう、口から出していた。

「どう、か……」

 その目と表情に、私の理性が切れた。私が襲ったと言っていい、が、彼女からも激しく求めた。

 強力な媚薬をかけられたように、呪われたように。避妊もしないで。

 戦いの昂りも残っていた。罪悪感と嫉妬と憎悪、恐怖と悲しみ。全部強烈な媚薬だった。

 狂ったように……そして朝の光で、我に返り……

 お互い、罪悪感と恐怖に押しつぶされた。

「どうか、あなたの手で斬り倒してください!」

 と、ローラ姫がひざまずき、首を差し伸べた。

「わ、わたくしは、悪の化身竜王に、この身を許し汚されたのです」

 剣を抜くことを、考えもしなかった。

「わたくしの前では、竜王は、お、恐ろしいほどに美しい男の姿。指一本動かせず、心砕け……殺して、どうか殺して」

 そして、あのドラゴンの、圧倒される恐怖を思い出した。あの、ガライの墓の試練も。

「責められるはずがない。神々なのだ、竜王も。神々に求められれば、人には拒めない」

 そういいながら、心が裂かれるようだった。

 今まで感じたことのない、凄まじい憎悪と怒りに、目の前が真っ赤になり全身が砕けそうになった。

 怒りを静めたのは、あの光景だった。抱いた子ごと貫かれた母、人と魔物二組の。

 私が、感情に押し流されたらどんなことになるか、わかっていた。

「わたくしは、このけがれた身で」という姫の唇をキスでふさいだ。

「穢れているのは私だ。私の両親は、駆け落ちした実の双子なんだ」今度は姫が、私の唇をふさぐ。

「私が、姫を抱いた。私の子として押し通そう。姫だけは、あなただけは、全世界を敵に回しても守りぬく」と、姫を抱きしめ、けれど激しい嫉妬に、叫んだ。

 姫が、なぐさめのために抱きしめてくれるほど。

 二人抱き合って、激しい不安と恐怖に震え、また……

 もう夕方近くにチェックアウトして、「ゆうべはおたのしみでしたね」と宿の主人に、「ゆうべ」に力を入れて言われたときはきまり悪かったよ。

 そして、〈ロトの子孫〉のみんなの目ときたら……

 

 

〈ロトの子孫〉の何人かと合流して、ムツキに問答無用で死にかけるほど殴られた。サデルが姫に、避妊したかどうか聞いて、その倍蹴られた。

 ローラ姫にどう説明するか、そのときになってやっと思い当たった。

 なにしろ、私が多人数の、よく似てるけど人種特徴が多様な人に、命令しているのをはっきり見られてる。

 嘘はつきたくなかったし、嘘はいつかばれる。というわけで姫をガライの町に運んで、アスファエルとガブリエルの前で打ち明けた。

「ずっと、アレフガルドの人々を、あなたがた〈ロトの子孫〉たちが、守ってきた……」

 長老たちがうなずく。豪商でもあるガブリエルは、姫と会ったことはあるが、その時とは全く違う雰囲気に彼女は驚いていた。

「それって、わたくしたち王侯貴族は、なんなのですか?騎士たちは?」

「ただ贅沢して威張ってるだけ」私がぼそっと言ったのを、ガブリエルが杖で殴った。

「その通りじゃが、言葉にすべきことではない」

 姫は呆然としている。自分たち王家が代々守ってきた国、と当然のように思っていたのが、根こそぎ崩れたのだ。

「王侯貴族には、アロンドの親戚が何人かいて助けている、という程度の話にしていただけますか」

 ガブリエルが言うのに、ローラ姫が呆然とうなずく。

「私たちは、いつでも人の間から消えてどこにでも移り住むことができます。今はアレフガルドが結界で封じられていますが、アレフガルドの中にも隠れ里は作れます。しかし、恐ろしいのは、人々の間であいつが怪しい、と噂が密告になり、罪もない人が殺されることです」

 私が力をこめる。何より魔女狩りやホロコーストを恐れよ、がロトの掟だ。

「ええ、時に魔物が化けている人を処刑するとか、処刑されそうな家族を助けてくれと頼みに来るとかはあります。わたくしはそのようなことに関わるな、といわれていますが、頼まれることはあります」

 姫が辛そうにいろいろと思い出している。

「それも人のさがというもの」アスファエルが腕を組みうなずく。

「それよりも、私は彼女と結婚しますが」断固とした口調。ローラ姫がはっとして、それが泣き笑いに変わるのが可愛くてならない。「今からすぐ王宮に連れて行くのがいいと思います。助言をお願いします」

 アスファエルとガブリエルが考えこむ。

「そう、このまま姫君を隠していくのも無理がありますな」とアスファエル。

「それにアロンドはもうロトの子孫、勇者として王宮に披露されているのですよ」ガブリエルも苦慮の表情で。

「マイラの予言者も、『アロンドとローラ姫が結婚し、魔の島にとこしえの平和、またかたわれは偉大なる……』と、そこまで言って気絶していました。結婚自体は、いやどんなに反対しても、無駄ですな」アスファエルが肩をすくめる。

「ああ、無駄だ。私はローラ姫を、絶対に守りぬく。たとえロト一族とラダトームの王侯貴族、全部敵に回しても。意見は聞く、だが決めるのは私だ」

 

 ローラ姫をラダトームに送った。事前に知らせは出していたから、かなり盛大な歓迎の宴となった。

 父親の前に出たときも、彼女はぎゅっと私にしがみついていた。

「わたくしの油断のため、父上ならびに臣民一同にご心配をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます」ローラ姫が気丈にひざまずく。

「何を言うか、それはわしの……」前に会った時より白髪が増えた王が、苦しげに言う。

「我ら一同の油断のため、姫君の御身御心を危険にさらしたこと、伏してお詫びいたします」騎士団がひざまずく。

「たくさんの犠牲者が出たこと、ここでこうして見回しても分かります。どれほど勇敢に戦ったか、恥じるには及びません。そしてわたくしは、こうして傷一つなく無事であり、素晴らしい夫をも得たのです」と、ローラ姫は気丈で、それでいて深いところに桁外れの恐怖を秘めた目を私に向けた。

 私はにっこり笑って姫を抱き寄せ、大きく息を吸って、半ば怒鳴った。

「この場を借りて、姫さまとの婚約をお許しくださるようお願い申し上げます。婚儀は、わが愛する女性を苦しめ、わが両親の命も奪った仇敵、竜王を倒したそのときに!」

 先手。体中で、「ええ抱きましたよ。何か文句でも?」と訴える。

 その衝撃で、姫が竜王に抱かれたことをごまかせるなら、そう祈るような思いだった。

 さっそく切りかかってきた貴族の若君がいたので、腕を軽く切らせてやって、謁見の間の反対側まで突き飛ばした。

 そして、微笑しながら皆を見回す。一人ずつ、視線で脅したわけだ。目がまず恐怖に、そしてへつらいや憎悪に染まっていく。私には全てなんでもない。

「持参金・王位継承権・生得権の類は一切無用」私の言葉に姫もうなずき、

「すべてを放棄いたします。すべては民のために。アロンドさまは、わたくしや子を充分に養える力はお持ちですわ」と微笑んだ。

 それで文句の過半を叩き潰した。あとはプライドの問題だけ。

 そして、王が、思わずという感じでうなずき、目は少し後悔しながら、祝福を言ってくれた。それで表向きの文句は、誰も言えなくなった。

 私の出自のことは、〈ロトの子孫〉の長老達も苦慮していた。近親相姦の子であること、さらに、〈ロトの子孫〉の誰もがだが、便所に関する仕事や農作業をしてきたこと。孤児として犯罪集団の一員だったこと。

 貴族は自らの手を汚さないことを貴族の証とする。剣を取ることすら下等だと思う貴族集団もいる。

 皆でいろいろ話して、先に噂を流し、他の噂も同時に流して、多数の噂の中に隠す手を使った。私の出自は、あまりにも噂が多くて何がなんだか分からない状態になった。

 そして一人一人、信じたいことを信じているようだ。私が高貴だと信じたければデルコンダル貴族だムーンブルクの王族だとか。逆に私を貶めたければ、ドムドーラの便所だとかラダトームの孤児だとかガライの甲板走りだとか、まあそっちは事実だが。

 とにかく、ローラ姫の救出と婚約で、私はこれまでと同じ有象無象の勇者から、一気に重要人物となったわけだ。

 婚約したローラ姫は父王の宮廷に任せたが、その近くにも〈ロトの子孫〉が何人かどさくさまぎれに潜入している。

 そして、私は彼女の妊娠を知っている。それが大事になるより前に、何より竜王の側からばらされたり噂が広げられたりしないうちに、竜王を倒さなければならない……そう判断していた。

 そして、姫を送って婚約を強行したついでに、リムルダールで受けていた紹介状を用いて、ラダトームの地下に隠れていた、身分は高貴だがあまり表に出ない賢者から、太陽の石を受け取った。

 あとはロトのしるしだけ。だがその位置を知るには、メルキドに行かなければならない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。