奇妙な味のドラクエ1   作:ケット

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第7話

 ついに、竜王の城に手が届く日が来た。〈ロトの子孫〉の戦える者全員が、このときを待ちかねたように装備を整える。

 戦えない者たちも、手を惜しまず餅に味噌を包んで焼き干し、服を縫い、薬草を大量に集めた。

 何千人分もの、膨大な保存食が積み上げられ、湯冷ましと蒸留酒が竹筒に詰められる。

 食料も水も、〈ロトの子孫〉はいつでも身につけているが、さらに多くがあちこちに分散されて用意される。

 リムルダールの北、人目につかない丘、深夜。

「アレフガルドの人々を苦しめた竜王に、ついに手が届くときが来た。

どうか、命を大切にしてくれ。きみたち、〈ロトの子孫〉一人一人、高い教育を受け信頼できる人は、同じ重さの黄金よりも価値があるんだ」

 そう言って、見渡す。老人たち。男、女、少年少女。どれも戦いで鍛えられ、強大な力を持つ人たち。

 アスファエルが立ち、静かに言った。

「われらが勇者アロンドが、邪悪に挑む日が来た。忘れるな、ロトの掟を。そして、『すべての戦いを勇者のためにせよ』、わしも、誰もが、ただアロンドを無傷で竜王の玉座にたどりつかせるため、戦いぬくぞ」

 老いていながら、堂々とした声が響く。

「まず、魔の島と竜王の城の地勢を把握する。危険な任務だ」

 と私が言って、多くの志願者が出る。

 選び、サラカエルに指揮を委ねた。最も優れた産科医である彼に危険を冒して欲しくはなかった。

 だが、「最後かもしれないから夫婦で戦いたい」と、彼の妻であるムツキに押し切られた。

 

 私の立場も、ちょっと問題になった。私はあの時点で、最強の敵を一対一で倒せる兵であり、同時に総大将でもあった。

 小規模な戦いが多いから何とかなったんだが、前の、沼地の戦いでかなり無理が多く、やめたほうがいいといわれた。

 では、誰かに総大将を任せよう。誰に?

 オサミツとかサデルとか、仲がいい者に任せるのがよくないのはわかっている。ガブリエルのような長老格では、年齢上長期間の無理が利かない。

 ヨムヤエラという女がいた。

 彼女の父親はアレフガルドに来た〈ロトの民〉。魔法も使えないし、生来右足首が歪んでいて、歩くことはできるが戦力にはならない。

 三十過ぎで、ロト一族にしてはとことん醜いが、妙に人を惹きつける醜さだった。

 船長としてはかなり優れていた。義足のように足首を棒に縛り、素早くマストを上り下りした。

 そして、頑丈で頑固で、邪悪な部分があって、正直言って私の、一番嫌いな人間だったと言っていい。何かというと近親相姦の話を出して罵倒してきた。

 だが、彼女の名を挙げる人がいたとき、ほとんど直感で彼女に任せた。

 彼女が船長で、訓練ついでの漁で、魔物の攻撃と突発的な嵐が来たとき、幸運で船が助かったのを思い出したからだ。

 まるっきりの闇で、面舵か取り舵か、と固唾を呑んでいたら、彼女はコインを放った。それが木の隙間にはまったのを見て、そのまま直進。どう考えても無茶だったが、たまたま暗礁の隙間を抜けて外海に出て助かったんだ。

 

 

 アムラエル、あなたは人間の歴史家として、人間の、軍の争いの歴史を学んできた。

 それと、あの時私たちが直面していたことは、極端に違う。

〈下の世界〉では、人間の軍による城攻めは、ゾーマ以前ムーンブルク城の攻略戦や、近くは石像だった頃のジジを巡る小競り合い、またずっと昔にムーンペタをムーンブルクが服属させた戦も。次のときに、詳しい講義を聞かせてくれるか?

 まあ、比較的人と人の戦争は、歴史の浅い〈下の世界〉では少ない。

 反面〈上の世界〉では、いろいろと語り継がれている。サマンオサがロマリア領のビスターグルを破壊した城攻めや、エジンベア海賊がポルトガを攻めた戦も知られていたな。

 また、私はウリエルの故郷の、膨大な戦史を学んでいる。特に二度目のガライの墓で、例の独裁者の人生では猛勉強もしたし実戦もやった。

 魔の島の、竜王の城。攻めるのも守るのも、魔法使いがごく少ない人間の軍だとしたらどうなっていたか、考えてみよう。

 まず魔の島、それ自体での攻防があるかもしれない。

 またはそれがなく、直接城下一帯を焦土化して呼びこむ場合もある。城に充分な水と食糧があり、敵の兵站が弱い場合に、野戦での消耗を避け敵を飢えさせる。

 そう、何よりも大切なのは、敵も味方も水を飲み、食い、大小を出し、眠り、燃料を必要とし、不潔になれば伝染病になる。服も武器も消耗する。買春を含め娯楽すら必要と言っていい。だが、魔物には事実上それがないんだ。

 釈迦に説法だな、勘弁してもらおうか、間違っていたら言ってくれ。

 敵が島の道を突破して、壁に至ったとしよう。壁の上から放つ矢は射程が長くなり、下から放つ矢は届かないから、射程の幅は攻撃側が近づけない。

 壁が弱ければ、投石器で大岩を投げて壊せた。投石器で病人の死体を放り込む、という悪質な攻撃もある。火矢を放れば、市街地のある城都市は火事にできる。城の地下を掘るというのは成功例が少ない。

 ある程度技術が発達すると、それをどうにかするため装甲を張った車で押し寄せる攻撃手段も出てくる。その装甲車に梯子をつければ、そのまま壁によじ登る。

 うまくいけば、壁から裏に降りて、門のかんぬきを守っている兵を倒してかんぬきを開ければ、あとは攻めこむだけだ。

 逆に、壁からは梯子を潰すのに、熱湯や火矢、石などを放って殺す。

 門はやはり弱点だから、そこに丸太でぶち当たって壊す、というのも狙う。

 まともに城を落とそうとすると、攻撃側は人命を浪費して城内の限られた資材を使い尽くさせ、できれば隙ができることを願う。

 防御側は耐え抜いて、攻撃側が飢えて去るか、または援軍が来るのを待つ。

 逆に攻撃側は、防御側がミスをして壁を乗り越え、門を破壊して攻撃が成功するまでくり返すか、包囲して攻撃を続けて防御側が飢えるのを待つか。

 一番有効なのは、防御側に裏切り者を出させることだ。

 それと、圧倒的な脅し。ウリエルの故郷の騎馬民族では、都市国家をわずかな人数を残して皆殺しにして、わざと残した人間を使者にして次の都市に、降伏しなければ同じように皆殺しだ、と脅すのがあった。

 

 さて、それは全部忘れてもらわなければならない。防御側は魔物で、飢えも内通もない。士気が揺らぐことも、眠る必要さえない。攻撃側は〈ロトの子孫〉、ほぼ全員が魔法使いでルーラ・トベルーラ・リリルーラが使える。兵站の心配もなく、城壁を飛び越えて攻められる。

 だからダーマではトベルーラやリリルーラを禁呪として封印していたんだ。城壁を無意味にするからね。ローレシアもサマルトリアも、城とは名ばかりで壁らしい壁はないだろう?

 そして、当時の〈ロトの子孫〉も大砲はないが綿火薬はあったから、城は無意味だ。呪文でも、重力制御呪文をちょっと応用すれば、城壁なんて一発で崩れる。だからそれも禁呪だ。もちろんメドローアやドルオーラ(笑)。

 ウリエルとガブリエラが組んで禁呪をたくさん解放して、〈上の世界〉ではかなり騒ぎになったらしいな。禁呪と言えばアダンもローレルも存在自体禁呪の塊だし、ウリエルとジジが見出した呪文やハーゴンが残した呪法、ジニが創った魔法技術も、ダーマの基準では禁呪だらけらしい。〈下の世界〉では関係ないことだ。

 脱線したな。逆にあっちは、人が集まっているところがあればどこからでも、地面の影から湧き出すように攻撃してくる。人数が多いほど多くの魔物が出る、上限はないに等しい。

 魔物も魔法を使うから、大軍で攻撃したらマヌーサやメダパニで同士討ち、そこにキメラの群れに空から焼き払われるのがオチだ。

 陽動作戦も効かない。陽動作戦が有効なのは、人数に制限があり、移動に時間がかかる人間の軍だけだ。

 人間とは心のあり方が違うから、包囲の理論も使えない。

 だが、魔物が、竜王が何を考えているか、人間向けの対応方法を取っているのなら、その裏をかける。そう思った。

 

 そして、そのような戦術上の違いはあっても、戦争は戦争だ。戦争は、あくまで互いに意思を押しつけあうことだ。では竜王の意志は何か?

 あのときまでで分かっているのは、光の玉を奪い、ローラに予言された偉大な王を産ませること。ラダトーム側が軍を編成したら潰す。多くの街を皆殺しにし、隊商を襲う、というのが竜王の行動だ。言葉での交渉はほとんどないらしく、ラダトームとも〈ロトの子孫〉とも、戦いながら交渉することもできない。

 ツッセエ家など、悪魔に魂を売ってるような奴らも、竜王側は買ってくれないらしい。

 こちらの意志。目の前で民が殺戮されれば、殺戮者は殺す。ゾーマが予言した邪悪なら、倒す。それが〈ロトの子孫〉の存在目的、使命だ。

 そして私個人には、ローラ姫を守ることという事情がある、率直に言えば女の恨みと、口封じもある。

 考えてみたら、竜王があのことを言いふらしていたら、たまったものではなかった。また〈ロトの子孫〉のこともばらされていたら。どちらもしなかった、頭がいい魔物もいるのに情報戦をしなかった理由も、よく考えておくべきだった。

 わかっていたら、ウリエルがいれば、もっと別のことができたかもしれない。私は最善を尽くしたのだろうか、明日最善を尽くせるだろうか。怖いな。

 まあ、とにかく……魔軍は際限なく出るから、人間、特に人数の少ない〈ロトの子孫〉は長期的には減らされやられる、負けが決まってる。魔王を倒すことだけが、勝利の唯一の手段だ。

 問題が、その魔王が洞窟の奥に籠もっていること……少人数の、人間をはるかにしのぐ力を持つ精鋭でなければ倒せない。そのことはいまも変わらず、ローレシア・サマルトリアはそれを前提にして、火器と集団魔法を中心とし、民の大量生産能力で大軍と戦える軍と、勇者となるため別体系の剣と魔法を訓練される王族を別に育てている。

 逆に、魔王の側に、こちらがやられて困ることは、勇者を人間側に排除させるための情報戦と、魔王が地下に隠れたまま多数の拠点に頻繁に移動する、または人間には絶対到達できない場所に籠もって遠隔地から魔軍を出し続ける、だ。

 幸い、魔王と呼ばれるような存在は、それができない。特定の地形の魔力に依存しているし、情報戦もできない。

 

 総指揮官はヨムヤエラに任せていたが、長老格として軍儀には出ていたから、あまり口を出さないようによく聞いていた。それが後ですごく役に立ったよ、客観的にみんな一人一人をよく見ることができた。勇者の、総指揮官の立場だと、全然見えなくなることがね。

 といっても、もちろん最後の最後に責任を取るのは自分だ、と自分には言い聞かせていたが、考えてみるとどう責任を取るのか、なんて考えてなかったな。頭の中の言葉だけだった。無責任な話だ。

 はっきりと、総指揮官には目的を命令していた。目的は、魔の島と竜王城全体の地図を作り、罠を解除し最短経路を見出すこと。それができれば、あとは私が、順次交代する四人チームの後ろをのんびり散歩していけばいい、というわけだ。

 まあそれを待つのも暇だし、実際強い魔物が出る場も多いので、私は最前線で、アスファエル長老を含む四人チームで戦い続けた。アスファエルは、これが最後とばかりに何もかも教え、探索のときものべつまくなしに話しかけ続けた。

 シモツキと、まだ11歳と幼いラファエラも連れてきていた。血に酔って暴走しても、私たちなら抑えられるだろう、と。

 四人チームはミカエラの時代から、洞窟などでは最適とされる。〈ロトの民〉は騎馬民族の影響があるので十人を基数とするが、騎馬野戦のためだ。二人一組が二つ、という感じで、互いを援護して前進後退できる。

 四人チームには必ず回復呪文と、ルーラやリレミトが使える者を入れる。一部武闘家以外は銃を持つ。前衛である私とシモツキは対ドラゴン用の大盾を二人で持ち、各自も小さい盾をつける。

 ルーラやリレミトも四人までなら簡単だし、スクルトなど集団補助呪文も全員確実にかかる。分担して四方を警戒するのも、ほかのメンバーの位置を常に認識するにもちょうどいい。

 ラファエラは若いが、ギラ……ウリエルはメラが正しい、と言うが、ギラが定着してしまっている……だけでなくベギラマ……ウリエルはライデインだと言う……やイオラ、もちろんルーラとリレミトも使える魔法の天才。経験を積み、脱出呪文を唱えるのが役目だ。ミカエラに似ていて、それで私にも似ているから、自分の妹のような気もして、死なせたくない。

 シモツキは、私が〈ロトの子孫〉に選ばれて間もなく、水田仕事を覚えた頃共に暮らしていたメンバーの一人だ。実力は、まあガライの墓で地下三階にたどりつくだけはあった、力の強い武闘家だが攻撃呪文も使える。

 そしてアスファエル。最長老でずっと〈ロトの子孫〉を率いてきただけはある、凄まじい剣・銃・魔法の腕だった。もう100歳を越えていて心配を通り越していたが、十二分に戦力になった。

 でも、彼がついてきたのは、私やラファエラを死なせないためでもあった。残り三人を道連れにドラゴンに突進するのはとてもやりにくいし、四人チームの指揮官はあくまでアスファエルだ。

 そして、あらゆる話をすることも目的だった。〈ロトの子孫〉そして〈ロトの民〉とガライ一族が、アレフガルドの、〈下の世界〉の歴史の影に隠れてずっと戦ってきたこと。失敗もたくさんあり、それも話してくれた。

 昔の話をしながら、リカントマムルを大根でも切るように切り倒し、向こうに見えるドラゴンの両目を銃の正確なセミオートで潰すんだからとんでもないよ。

 その動きの全てが、最高の手本だった。

 そして、その言葉も、今も多くは思い出せる。忘れてしまった言葉や聞いていなかった言葉、聞ききれなかった言葉もあるだろう、と思うと辛い。

 両親の若い頃の話もしてくれ、私が知っている両親の話も聞いてくれた。ラファエラも熱心に聞いていた。

「わしが知っているラファエラとはずいぶんと違うな。本当に彼女か?冗談じゃよ。もし彼女が生き返ったら、誰もが勇者は彼女だとするじゃろう」

「一番に私が、です」

「そうなったら、ローラ姫のことは斬り捨てねばならんぞ。彼女は私情皆無と、誰にも思われ畏れられていた。彼女の駆け落ちには、皆が彼女が人間だったことに驚いたぐらいじゃよ」

 そういえば、母にはそんな面があった気もする。でも、私は自分の両親のことも、信じられないほど知らないようだ。

「わしの、若い頃今でも後悔しておることがある。一人の学究僧侶が、ロト一族の秘密を探り当てた。わずかな文献や交易の証拠、魔力の痕跡から見事にまとめたものじゃった。

 わしは、発表せず〈ロトの子孫〉に加わってくれるよう、何度も彼を説得した。じゃが、一言も聞かなかった。現世の秩序、彼自身の忠誠の誓いのため、秩序を乱す悪にほかならぬわれらロト一族をなんとしても日の当たるところに引きずり出し滅ぼす、と硬く固く決意していた。

 彼が仕える貴族……あのリレムお嬢さんの、当時は曽祖父じゃな、今の代と違って腐っていた。教会の上役達も腐っていた。腐っている相手でも、忠誠は変わらない……正義を貫く、と言い続けた。

 経済的に破滅させ、世論を操って何を発表しても誰にも相手にされない絶望を味あわせ、自殺に見せかけてわしの手で殺した。

 そう、わしの手も、血に濡れておる。長老の資格も、〈ロトの子孫〉の資格もあるのかどうかわからん。まあ、ペンで牙をむくのも剣でもかわらない、とみんなも納得してくれたのだが。

 みんなそうじゃよ、小さい頃虫を潰して遊ばなかった子はいない。かといって、掟は何があっても守らねばならん。

 わしは、あの男の顔を思い出し、わびながら死んでいくじゃろう。

 いいか、そのようなことにならぬよう、もっと前から手を打つんじゃ。そして、こうしなければならないとわかったら、後悔するな。後悔するようなことをするな。わしみたいになってほしくない、それだけが願いじゃ」

 

 

 ほぼ全員ルーラが使える〈ロトの子孫〉が魔の島を制覇するには。

 要するに橋頭堡を築く。

 そこから、次の橋頭堡までできるだけ多人数がたどりつき、そこがルーラ拠点になるよう呪紋を刻み、ルーラで一度離脱する。

 行き先の村や町の隠れ家で、傷を治療したり仲間と合流したり物資を手に入れたりする。

 それから仲間を連れ、物資を担いでその橋頭堡にルーラで戻る。それをくり返す。

 途中の部分は放棄していいが、多少の物資が積んであれば逃げこめる。

 ルーラ拠点を作れば、そこは事実上こちらのものだ。

 後に聞かされたこと、当時は総指揮官でなかったため知らされなかったことだが、当時ラダトームやメルキドで傭兵を集め、それが襲撃される、ということもあったらしい。陽動のつもりだろうな。

 そして、当時の資料も見せてもらったが、そのような動きをする大集団の制御、広い区域にまたがる兵站の管理もかなり大変なことだった。リムルダールの総司令部も、とんでもなく大変だった。ヨムヤエラは特に何もしなかったが、補佐のオサミツやガブリエルの手腕が素晴らしかったし、全ての功績はヨムヤエラだ。

 ひたすら、四人チームが四組ぐらいで、沸いてくる敵を倒し、疲れたら後ろと交代しながら前進し、ダメージが大きい者や魔力が尽きた者はルーラでラダトームに飛ぶ。

 例の魔力を回復させる聖なる岩周辺は誰も入るな、と占拠してあるので、そこで魔力を回復させて回復呪文。それから城下の宿で休んで、ベルケエラたち最も優秀な医師団が確保した隠れ家で治療を進め、また一番前の橋頭堡に戻る。その繰り返しだ。

 そんな、単純な戦い続ける生活をしていて、知らなかったことがある。そのために何人死んだのか、だ。

 だが、当時の私はそれどころではなかった。

 人間の軍のふりをして、竜王城の門に、巨大な丸太を用意する。だが、その中身はおがくずに、綿火薬と、石鹸製造の副産物から作ったニトログリセリンを混ぜたのをしみこませ、ウリエル由来の弾薬の雷管を起爆薬とした代物だ。前の、沼地の戦いでも試さなかった新工夫。小さな筒で少し試しただけだ。

 怪力の持ち主が四人、それをかついで一つ前の橋頭堡にルーラ、そのまま前進し、私たち四人が最前線の、門が見える橋頭堡から広い砂漠を突っ走っていた。

 竜王軍に、銃砲はもちろん弓矢や投槍でもあれば、間違いなく死んでいただろう。城壁は高く広く、目の前は広い砂漠で、背後は船を浮かべることも泳ぐこともできない魔の海だ。

 魔物は飛び道具を使おうとしないので助かる。

 だが、門にたどり着こうと走っていた私の前に、突然うつろな鎧が出現した。地獄の騎士、いやそれ以上の。

 凄まじい殺気で、斧と盾ではなく、両手剣を二本、二刀に振りかぶっていた。

 一目見て分かった、コテツ。

「爆発の危険がある、全員遠くへ退避しろ!」

 私が叫んだ、実はそれはミスだった。当時の私に指揮権はない。アスファエルも、四人チームの長でしかない。

 軽くアスファエルが私の頭を叩き、それで気がついて、少し迷っていた周辺部の総指揮官が、そのとおりやってくれた。

 この丸太の中身に火がついたら、とんでもないことになる。

 だが、もう私たち四人は、気持ちを切り替えていた。

 私は吹雪の剣を抜き、アスファエルも若い頃外の世界で手に入れた隼の剣を抜く。

「お先に」と、私がすっと進み出て、強烈な一撃をかわし、即座に飛んできたもう一撃を盾で受けて、そのまま力に逆らわず流されまわりこむ。

 振るった剣の凍気に砕かれた鎧の、肩と頭部。そこには、コテツの憎々しげで悲しそうな顔が、半ば腐っていた。

 それに、生前の何十倍もの力で、剛剣が振るわれる。

 激しい怒りに突き上げられ、私は剣を振るい続けた。

 そしてアスファエルとラファエラが、その背後の操り人、魔法使いの上位種族と激しい魔法戦闘を繰り広げている。

 一瞬、コテツのラリホーで気が遠くなり、そこに魔力を帯びた剛剣が振るわれた、それをシモツキがかばい倒して深く切られた。

 私は叫びながら剣を振るおうとしたが、コテツの目が気を落ち着かせてくれた。感情に流されるな。

 静かに、構えを鎮めてシモツキにベホイミ、それから最低限の動きで短く打ち続けた。

 その間に、コテツの口から漏れる言葉が耳に触れていく。

 戦友との、強すぎる絆と激しい恐怖。常態化していた虐待に魂が砕かれた。

 気がついたら幼児を輪姦し虐殺することも楽しんでいた。全員が魔に堕していた。

 そしてそれが、英雄として故国で称賛されていた……

「もういい、許す!人間は、そうなってしまうんだ!」私はそう叫びながら、剣を振るい続けていた。

 同じく、魔力を帯びた剣が繰り返しぶつかり合う。

 そしてアスファエルが大魔道を倒し、コテツの呪縛が解けた、そこに上空からスターキメラが押し寄せた。

《逃げろ》人ならぬコテツの声が言う。

「いや、なんとか、治して」私は叫び、コテツを抱きしめようとした。

「無駄じゃ!」アスファエルが私の首に触れ、傷つき倒れたラファエラを抱き、シモツキには足で触れてルーラを唱える。

 リムルダールからも、その爆発の煙はかすかに見えた。

 コテツが、巨大な爆弾入りの丸太を門に叩きつけてくれていたことは、確認しなくても確信できた。

 

 厳しく言われた。「わしもそなたより辛い。ラファエラにとって、コテツは伯父じゃ。四人チームで戦っておる、一人じゃない」

 その通りだった。

 底知れず深い竜王の城の門が、砕かれ開いた。

 竜王の城で、どうしようもないと思えたのがバリア結界のある床だった。私はロトの鎧があるので平気だが、他の皆はどうしようもない。薬草では追いつかないんだ。

 一階には階段が三つ。二つは言い伝えでダミーだと分かっており、正しいのは玉座の裏。どれも長いバリア結界で行く手を阻まれている。

 ロトの鎧を着た私が先行し、支柱をつけて縄をわたし、滑車をつけてそれで滑っていくことで、最低限のダメージで行けるようにはなった。それでも着いてから、薬草を一人二つ使う程度のダメージは受ける。

 私は主に、バリア床で自在に動けるため、その支柱などを防衛することに専念した。

 本当はより奥の、強大なドラゴンと闘いたかったが、私は一人しかいない。

 しばらくの間、一歩踏みだすだけでも傷つく三人の、掩護呪文と射撃に支えられつつ、ひたすらバリア床を守り続けた。

 下階は、多くの血を吸っていた。私は休めず、軍議にもほとんど参加できなかったので、どれほど下の階で犠牲者が多いかも知らなかった。 

 その犠牲者たちの死体が、どう扱われているのかも。

 どうしようもなかった。オサミツたちは、何も私に知らせなかった。

 

 一度、ローラに会いに行くこともあった。

 順調にいっていることを示すため、巨大なキースドラゴンの牙と角を王に献上した。

 崇拝と憎悪が渦巻く。ローラにも辛い思いをさせてしまっているが、忠実なキャスレア王女付き女官長や、紛れこませた〈ロトの子孫〉たちがよく守ってくれている。

 貴族たちには、相手が望むものを与えるようにしている。嫉妬する者には失敗と笑いを。崇拝する者には栄光と、強大な魔物を倒した証拠を。強欲な者には宝物を。幻想の中に暮らす若い騎士や貴婦人には、現実の腐った内臓の匂いを除いた美しい物語を。

 ただし、リレムの父親は例外的に真実を求めたので、〈ロトの子孫〉の実体がばれない程度に与えた。

 ローラと二人きりでいる時間だけは幸せそのものだが、それ以外ではラダトームの宮廷にはいたくない。竜王城より激しい憎悪と敵意がうずまいている。

 

 戦場に戻り、休むために本営に戻り治療を受けていた。

 その時、総指揮官のヨムヤエラに呼ばれた。

 手に、古びた金色の剣があった。

「サデルのチームが発見した。ロトの剣」

 差し出してくる、アスファエルその人の印象を感じた。かつてのすさまじい力はわかるが、老いている。

 その刀身の金色は曇り、接合したと思える部分には緑青が浮いている。半円の柄は錆び、刃に触れても切れ味は鈍かった。

「ゾーマに砕かれたのを、〈上の世界〉から来たジパングの鍛冶が鍛えたものだ。人と同じく、寿命ある剣。もう、衰えつつある」アスファエルも刃に触れて、沈痛に言う。自分自身を見るように。

 アスファエルがどれほど、竜王が来るのがせめて二十年前であればと思っているか、何度も聞いていた。

「竜王に盗まれたものですね」と、オサミツ。

「持っているといい」とアスファエル。

「サデルにでも」

「炎の剣のほうが上じゃよ。荷物にしかならんが」

「では、誰か最も優れた剣士に、吹雪の剣を」私が言ったが、オサミツは首を振った。

「おまえがバリア床を守っているから、皆が安心して奥に潜れる」

「それに、サデルは死んだ」と、ヨムヤエラが、感情のない声で言った。

 足元が崩れたような感じを覚えた。

「ストーンゴーレムには銃が通用しなかった。魔力を暴走させて、やっと倒したが力尽きた」オサミツの言葉。平静だったが、その中の激しい怒りと悲しみははっきりと感じられた。

 私は黙って戦場に戻ろうとしたが、アスファエルが厳しく止めた。

 ヨムヤエラは関心を失ったように、竜王の城で手に入った別の宝物をいじっていた。

 ほとんど何もしない、奇策をやらないと言えば聞こえはいいが、とことん怠け者。それが前線現場での、ヨムヤエラ最高指揮官の評価だ。

 アスファエルがいるし、彼女を任命したのが私だと知られているので私の耳にも入らないが、前線で戦っていればどうしてもいろいろ聞こえる。

『彼女がどんな戦いぶりをしても、全責任は私にある』そればかり、私は自分に言い聞かせていた。

 だが、思い切った戦力集中をして欲しいと、ずっと思っていた。

 

 感情的になりかかったから、と半日間基礎稽古をさせられ、それから丸半日完全に休めと命じられた。

 アスファエルの動きを手本に、丸半日基礎の動きや魔力の展開をくり返した。そのことが、信じられないほど深く思い出になっている。

 ラファエラと並んで、薬と呪文で強引に長く熟睡させられた。親が子を寝かしつけるように。

 

 翌日、やっと戦場に戻ることを許された。

 今までどおり、玉座の間に張られた結界の、縄橋を襲う魔物と戦い始めた、そこに突然走ってきた男が叫んだ。

「ヨムヤエラが、やられた!」

「ならば、突撃せよ!」アスファエルが、問答無用で叫んだ。命令だった、誰もが即座に服従し、私は初めて、竜王城の下層に飛びこんだ。

 深い、呼吸しているような、じっとりと湿った地下。沼地の洞窟とも、ガライの墓とも、岩山の洞窟ともはっきり違う。

 アスファエルの背を追い、戦士たちの流れに従って、走る。

「何があったんだ」報告してきた男に聞く。男は、行く先々の分岐点で、同じことを叫んでいた。

「リムルダール北にあった司令部のテントに、ドラキーに乗った死神の騎士と影の騎士、魔導師の一隊が襲ってきた。直後にドラゴンとリカントも地上から、異常なほど速く強く、親衛隊が次々に切り伏せられ、投槍にヨムヤエラが貫かれ、首をとられた」

「ちくしょうっ!」サデルに続いて。全部、私の責任だ。痛かった。

「司令部がやられたら、全員少しでも奥に、全力で突進せよ。そう以前から命令されておる!することはあるぞ!」アスファエルの、年齢を思えば信じられない大声が響く。

「さあ、命じるんじゃ」アスファエルの言葉を、私は待っていた。

「行くぞ!ロトの子孫、勇者たちよ、総指揮官の弔い合戦だ!竜王の首を!」絶叫に、人々が応え叫ぶ。

 そしていつしか私は先頭に立ち、突撃していた。敵はほとんど出なかったように思う。

 地下二階。三階。突然出てきたストーンゴーレム、

「あれには銃は効かない」という声に応えて吹雪の剣から凍気を放ち、両足を壁と床に縫いつける。投網を投げる者もいる。

 そして石腕の一撃をかわし、剣に魔力を通わせながら相手の動きを待ち、それで近くに来た首をはねた。

「おおおおおおおおおおおおっ!」

〈ロトの子孫〉たちの絶叫が上がる。

 そして、あちこちで断末魔の声もあった。

 だが、血が沸いていた。

「前進!勝利!」それだけ繰り返し叫び、皆が唱和する。

「逐次投入はしない!全員、一丸となれ。一つのクサビとなって、根株を割るんだ!」

 そう叫んで皆を集め、次の段へと走った。

 そして、階段前を守っていた大型のドラゴンに挑む。

 その凄まじい炎に、盾を構えて前に飛びこんだシモツキが焼かれ倒れる。

 私はロトの鎧のおかげで耐え抜き、ベホイミを唱えながら巨竜の懐に飛び、吹雪の剣を振るった。

 傍らで、ラファエラも私と同じ、戦いに酔っていたのがはっきりわかる。本来彼女に使えるはずのない大呪文を連発し、自らを焼く痛みにも気づかず銃剣に魔力を通わせて突き刺していた。

 重傷を負いながらキースドラゴンを倒し、下の階へ。敵が妙に弱かったことは、私は知らなかった……ずっと玉座の間を守っていたから。

 広大な城のあちこちに散らばっていた、〈ロトの子孫〉が私の氷と稲妻の輝きを、そしてアスファエルの姿に集まってきた。

 広い広い地下空洞。そこが決戦の場か、と、水を最後の一滴まで飲み干し、剣を構えなおした。

 空洞の、出口側には巨大な竜の気配。そして骸の魔物たち。

 恐れはなかった。

「勝利を!」それだけ絶叫し、全力で突進する。

 狭い通路を戦い抜いてきた、何十組もの四人チームがばらばらになり、突進する。

 背後の仲間をまとめるより、私は大型の竜と戦っていた。

「竜王!」絶叫し、竜を切り倒し、出口に向かう……そこに、大ぶりの両手剣を提げた影の騎士と、斧も盾も持たぬ虚ろな鎧。大魔道をともなって出現した。

「どけえっ」叫んで、死神の騎士の面頬を切り飛ばした、その瞬間。

 私の時間は止まった。

「と、父さん」

 次の瞬間、横からの巨大な剣の一撃に、腹をぶち抜かれていた。

「母さん」

「ミカエル、ラファエラ。なんということじゃ」アスファエルの、落ち込んだ冷徹な声が遠く聞こえる。

『フフフ。この二人の骸は、われらが竜王陛下の腹の中で、ずっとずっと戦い続けた。何があっても屈服せぬ魂。

 じゃが、「勇者アロンド」その名に反応した。こやつらの息子と気がつき、それで死霊の魂を誘った……「もう少し稽古をつけてやらないか」と。それだけで、不屈の死魂が堕ちた。人は真に願うものを差し出せば、堕ちるのじゃ』

「だ、ま」

 言おうとした、穴が開いた腹に容赦なく、閃光のような拳が突きこまれ、一瞬で脚と首をぶち折られる。生前と違い輝きはないが、何倍もの力で。

『いでよダースドラゴン!前後を囲め!』

 その影にいた、一人の男の叫び。次々に出現する、戦っていたキースドラゴンより巨大な竜が、そしてその背後のもっともっと巨大な竜が、巨大な地下空洞を一瞬で爆炎に満たした。

 死ぬ。そのことだけはわかった。命が、腹の傷から急速に抜けていた。底なしに寒かった。

 そして、皆が……包囲された。出口も潰され、リレミトも封じられた。

 凄まじい炎に、地下空洞が溶鉱炉と化す。岩が溶け、蒸発し、有毒なガスが広がる。目の端でラファエラが、ムツキが倒れるのが見える。

「勝利は、われらだ」遠く遠く、なぜかはっきりと竜王と分かる声が聞こえる。笑いが。底なしの軽蔑が。憎しみが。

 傷よりも、その底なしの邪悪と憎しみが、私の魂から血を吸い取り続け、力を失わせていくのがわかる。

「かかった、な」そこに、小さな声が聞こえた。アスファエルと、オサミツが私の傍らに立っていた。

「おまえたち、竜王軍の得意な戦法はわかっている。わざと負けて追わせ、指揮官を狙い殺して混乱させ、包囲殲滅。何度も、人間の軍や、何年も前の戦で壊滅した〈ロトの子孫〉たちの、《最も勇気ある者》が報告してくれた」

 オサミツが沈痛に言う。その横のアスファエルが、傷つき動けない私に、語りかける。

「《最も勇気ある者》このオサミツもそうじゃ。味方が全滅するときだけ、一人離脱して全てを報告する、臆病の汚名を恐れない者」

 それで、はじめて腑に落ちた。オサミツは最も有力な〈ロトの子孫〉の一人なのに、なぜか妙な陰口を叩かれるところがある。私と組むことが多かったのも、それでだ。

「そして邪悪を宿す〈ロトの子孫〉の暗殺も、《最も勇気ある者》の役目」オサミツが静かに言った。「そう、もしものときは君を殺すために、そばにいた。ガブリエラがミカエラとウリエルに対して、そうだったように」

 衝撃に叫びたいが、その力すらない。全身から、生命が流れ出していくのがわかる。

『また逃げて報告しろ、もうそなたたちは全滅と言っていい。より大きな恐怖がもたらされよう。そして、この若き勇者が、その両親のように死神の騎士となれば、竜王陛下の野望も』

 全身を奇妙な服で覆う、魔力のオーラで沸き立つような影が哄笑し、魔力を解き放つ。

 死にかけた体が、すでに倒れたムツキと共に別の形に癒され、闇の魔力が崩れかけた魂に侵入するのがわかる。

「…狙い通りじゃ」アスファエルがつぶやき、呪文を唱え始める。

 オサミツも唱和した。

『ザオリク?復活呪文を唱えられる者はいないし、そして世界樹も焼いた』

「だから、一度しかできないんだ」と、オサミツが手を挙げる。

 そこに、何十人かの怪力を誇る〈ロトの子孫〉が、一人一人たくさんの樽を転がし引きずって、入ってきた。

「戦いが激しくなってからの、戦死者を全員氷漬けにしておいた。コテツのようになったらたまったものじゃないからな」オサミツが微笑む。

「失われた呪文の一つ。メガザル……オサミツ、そなたは生きよ」アスファエルが私に、そしてオサミツに目を向ける。

「その呪文は一人では無理ですよ。それに長老殺しは、どの道許されはしない……どんなに、この時を待っていたか」オサミツが微笑み、呪文を唱えきる。

 やめろ、と言葉にする力はなかった。

 すさまじい光の力を、私は砂漠を歩いたものが水をむさぼるように、飲み干し続けた。

 生命を。

 立ち上がり、絶叫してできたことは、その怒りを敵に叩きつけることだけだった。

 この大広間で倒れた、そしてサデルを含め最近戦死し氷漬けになっていた、合計千人近くの仲間たちも。

 あれがなければ、戦い続けられなかった。勝ったとしても、〈ロトの子孫〉のほとんどが死んで、組織を保てなかった。それだけだ。

 実は、私が玉座周辺のバリア床を守っていた間に、〈ロトの子孫〉の戦える者の三割以上が死んでいた。その全ては氷漬けになっていて、復活した。

 

 その時は意識していなかったが、ヨムヤエラは殺されることを知った上で総指揮官をやっていた。

 何もしないこと。そして死ぬべき時に死ぬこと。オサミツの描いたシナリオを受け入れること。それだけだ。

 それだけだからこそ、あの人は語り伝えられる以上に、真の英雄なんだよ。

 

 そのときの、死や死の淵から復活したみんな、異常なほど強かった。魔物が死神の騎士として取りこむために与えた闇の魔力と、ロト一族の光の力が変な反応を起こして、一時的にとてつもない力になったようだ。

 怒りで血に酔った状態になったこともある。

 でも、とても危険だった。全員が魔物に復活していてもおかしくなかった。同じことになっても同じことをやる気はない。

 オサミツが、死体を保存せず焼いた者もいた。彼は、選んでいたのだ。邪悪でない者、私に忠実な者を。

 

 怒りに燃えて大魔道を切り倒した、その瞬間だけ〈ロトの子孫〉の骸たちが解放され、巨大な竜を何匹も倒し、消えうせた。

 だが、別の魔力に支配されたか、私の前に両親の骸が立ちふさがる。二人で、ダースドラゴンを一匹倒してから。

《何をしている》《心乱れてるわ》と、鋭い叱声と共に父の拳が横面を殴った。

 それに、一瞬心が定まり、平静を取り戻した。

 今だけ。最後の稽古。

 感情を全て解放し、魔力に注ぐ。そして、魔力を補助呪文に変える。

 心そのものは平静に。全身の力を抜く。

《そうだ》《そう、姿勢と呼吸よ》

 数年前までの、毎日。激しい、切迫感を帯びた稽古。

 ただ、剣を振りかぶり、踏みこみ振り下ろす。

 剣に酔うでもない。意識するでもない。稽古と実戦の成果、それだけだった。

 圧倒的な強さが迫る。

 ミカエル。〈ロトの子孫〉でも随一の拳士。

 ラファエラ。畏れられさえする、剣・魔・銃万能の勇者。

 その、鮮やかな連携攻撃が襲う。

(ただ踏み込めよ、先は極楽)

 父の、鋭く一片も無駄がない、美しい拳に、限りない敬愛をこめて身をゆだね、力を抜いて受け流し、袈裟に断ち返しで首をはねた。

 母の、全身で円を描く鋭い剣。防御を考えず踏みこみ、胸を貫いた。

 吹雪の剣の凍気が、うつろな鎧を、影となった骸を凍らせ、粉砕していく。

 最後の最後まで、二人とも笑顔で。言葉よりも雄弁な。

 その雄弁な笑顔こそが、私に命じていた。立て。戦い続けろ。

 

 今、しかなかった。アスファエルに、最後の最後だけ使えと言われた、祈りの指輪を握る。〈上の世界〉で、変化の杖の力を借りてエルフから勇者ロトが買い入れた、この上なく貴重な宝物。

「すべての戦いを、勇者のためにせよ!」生き返ったサラカエルが絶叫し、その妻ムツキが同じことを叫ぶ。サデルも叫び、私に迫る魔物と戦い続けた。

 シモツキが、私に迫る竜にサデルと共に立ち向かう。

 迷うな。すべては、竜王を倒してからだ!

 階段を下りると、そこは明るい、広い海の中の島だった。

 半ば異界だとも感じられる。

 その荘厳な城を、私は奥に走った。前を守る、サデル・ムツキ・サラカエル・シモツキの四人チームが惜しみなしに発砲する弾幕、呪文と剣に守られ、逃げまくり、私自身は敵と切り結ぶことなく。

 すべての戦いを、勇者のためにせよ。私が無傷で竜王のもとにたどりつく、ただそれだけだ。

 ひたすら、戦い傷つく仲間を横目で見ながら走った。

 最後に橋を守っている、巨大すぎるダースドラゴン。ムツキとサデルがその前脚に強撃を入れ、サラカエルの狙撃が喉を打ち抜く、私は迂回できず正面から、吹雪の嵐を展開させて突進した。

 サデルの氷呪文が、炎を軽減する。そして私に、四人のホイミが同時にかかる。回復呪文が必要なのは、ロトの鎧をつけていない彼らなのに。

 全身焼かれながら突撃したシモツキが、巨大な牙に一瞬で上体を食いちぎられ、下半身だけが倒れるのが見える。

 回復した体に鞭打ち、巨大なダースドラゴンの呪文に魔力を封じられながら、ひたすら懐に飛びこんだ。

 巨大な牙が私の、すぐそばで噛みあわされる。

 着剣した銃で目をえぐり、全弾発砲。弾倉を交換し、全弾フルオート。もう一度、手持ちの全弾。

 苦痛に暴れる、その動きだけが狙いだった。抜いた剣の冷気を解放し、喉の急所だけを正確にはねる。

「いって!あとは任せて」サデルの絶叫にうなずき、暴れ続ける巨体を乗り越え、返り血に染まったまま走る。

 豪華で、恐ろしく品のいい謁見室に。

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