奇妙な味のドラクエ1   作:ケット

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第8話

 そこには、男がいた。地下の広間で倒れる直前、ちらりと見た姿。

 王の装束だが、アスファエル以上の凄まじい威圧感を感じる。顔はよく見えない。

 静かに私を見ると、こう言った。

「わしは待っておった。そなたのような若者が現われることを。もしわしの味方になれば、世界の半分をやろう」

 私は呆然とした。何を言っているのだ?

 ロトの印を、そしてローラ姫に愛の証として贈られていたメダルを握る。

 そして、力の盾で体力を回復させ、祈りの指輪をはめて魔力を回復させた。

「どうした? 世界の半分をほしくはないのか?」

「世界の半分が、何になる?食えるのか?森では宝石も黄金も食べられなかった。孤児たちの間では拳だけ、隙を見せたら奪われるだけだった。

 私は、ローラを守るだけだ。

 世界の半分が欲しければ自力で手に入れる、イシュトだってそうだ。ロト一族がその気になれば、いつだってできたことだ」

 竜王の顔が、見えた。背筋が寒くなるほど美しい顔に。

「世界に何があるか、そなたは知らぬのだろう?」

「知らなければ見にいく。両親の仇、そしてローラを……」

「わが花嫁をあずかっていてくれるようじゃな、礼を言うぞ。そしてそなたの種によって、わが魔王子は真の形を得て、この世界はおろか〈上の世界〉も天界も征服できるであろう」

 私は黙って、銃弾の尽きたAK-74を負いなおし、吹雪の剣を抜いた。

 竜王は……おぞましいほど、恐怖するほど、圧倒されるほどに美しすぎる男は、不敵に笑った。

「ではどうしても、このわしを倒すというのだな……愚か者め。思い知るがよい」

 と、言いながらふわりと、杖を手に玉座を降りる。

 広い謁見室。天井は見えないほど高く、周囲の壁は頑丈な閃緑岩。

 見えている。呼吸は、ちゃんと腹から。今、戦った両親の骸を思う。

 速い!いきなり盾ごと強打され、吹き飛ばされる。強い。力は完全に、人間の力ではない。

 だが、アスファエルほど正確じゃない。オサミツほど虚実が巧みじゃない。父ミカエルほどの寒気じゃない。母ラファエラほど大胆豪放ではない。

 読める。ついていける。

 杖と、剣と盾が激しく打ち合っていると、何かが伝わってくる。凄まじい、のろうべき邪悪。圧倒的な大きさ。そして悲しみと、神そのものの神聖さ。心を、じっと敵と通わせ、イシュトがそうしたように操る。

 両親に、最後に教わった……幼い頃から教わり続けた、奇妙な螺旋の動きの意味が、やっとわかった。

 父のように相手を操り、体の前に作った球で攻撃をそらし、足を踏みしめて力を伝える。腕の力は抜き、一番楽に円を描く。 

 母の豪放な一撃と同じ円が首をはねる、瞬間的にだけ吹雪の剣の魔力を解放し刀身に通わせて。

 倒れる竜王、油断はしなかった。サキエルに聞いていたから。

 

 竜王の、美しい男の姿が薄れ……とてつもなく巨大な影が形となっていく。

 全長は20mは軽く超える。肩高も10m、それ以上?

 生き物として存在しうるとは、想像できないほどでかい。

 それが咆哮し、それだけで魂が凍りついた。

 動けない……だが、目にローラ姫の面影。凍りつき消えていく両親の骸。食いちぎられるシモツキ。アスファエルとオサミツの微笑。

 立て、勇者。

 動く、ただとびこめ……先は極楽!

 一気に走り、頭上に渦巻く炎を無視して、吹雪の剣の魔力を刀身に通わせ、喉を狙って放った。

 竜と戦うセオリー、まず飛び道具で喉を潰し炎を封じろ。そしてマホトーンを唱える。

 ラリホーも唱えてみたが、期待してはいなかった。

 超巨体、だが恐ろしく動きは俊敏で、正確だった。

 瞬きすらできない一瞬、わずかに体が動いていた隙に、左腕の肘から先が盾ごと食いちぎられる。

 ショックに足が崩れそうになるが、体の別の部分が勝手に、目の前にあった目を突くが、巨体が素早くかわす。

 この巨体で、ムツキのように俊敏に動く。ロトの鎧が勝手に、失われた左腕の重傷を癒し、血は止めてくれた。

 そして、凄まじい痛みが全身を駆け巡る。

 反撃、と考える暇もなく、後ろに吹き飛ばされていた。抱えきれないほど太い尾の、鞭のような一撃だ。

 気がついたら壁に叩きつけられていた。もちろんロトの鎧と兜がなければ即死だった。

 ベホイミで自らを癒し、凍気の槍を投げつけるが、それを炎が迎撃した。

 おもいきり飛び離れていたから助かった。岩が深く広く溶けている。伝わる熱だけで、髪が、まつ毛が燃え上がる。とてつもない、桁外れの熱量と威力。

 神。

 人とは次元の違う、大嵐や大波と同じ、戦うことなどできない相手。

 自分がどんなに小さいか、弱いかはっきりわかる。

 だが、私はたくさんのものを、皆に与えられていた。両親に。イシュトたちに。〈ロトの子孫〉たちに。そして、生きる理由を、ローラ姫に。

 たくさんの難民たちが、吉報を待っている。

 剣にすがって、ただ突進し、地面すれすれまで降りて焔を吐き続けている首に、魔力を通わせた一撃を叩きつけた。

 と、思った。

 魔力を通わせた剣に斬れぬものはないはずだが、竜王の角はそれをがっちりと受けていた。

 首を一振りすると、食いこんだ魔刃が折れ、右腕だけの私の体は遠くに跳ね飛ばされ……空中で焔の直撃を受けた。

 吹雪の剣の、刃を半ば失った柄だけに残る魔力を暴発させ、マヒャド以上の氷の嵐を起こしたが、神焔はそれを軽くぶち抜いた。

 時が止まる。痛いなんてもんじゃない。全身が、溶け砕けていくのがはっきりと、意識が保たれたままわかる。

 ロトの鎧のおかげで、意識が保たれる程度の生命力は残ってしまうのが逆にきつかった。

 半ば溶岩となった壁に叩きつけられ、ベホイミとロトの鎧で自らを癒す。吹雪の剣は、柄も消滅していた。

 巨体が、目の前にあった。

 大きすぎる。強すぎる。吹雪の剣も、力の盾もない。弾薬も尽きた。

 わずかに残る魔力で、ベホイミをもう一度。だが、それで何ができる?

 いや、アスファエルやオサミツを、サキエルが語った両親を思い出せ。命があれば、生きている限り戦い続ける。父も母も、命を失ってさえも私に最後の稽古をつけてくれた。

 決意をあざ笑うように、もう一度、熱すぎる炎が私を焼く。

 私は生きていた。私の残された右手が、何かを握っていた。

 ロトの剣。老いて朽ちかけた、人の手で創り直された神剣。

 苦笑しそうになったが、瞬間すさまじい力を感じた。

 アスファエルが老いた体で鮮やかに戦い続けたように、この剣も力を解放している。いや、違う……老い錆びた姿は見せかけで、その中には本来の姿が隠れていたのだ。

 それが、周辺の岩を溶岩にしている凄まじい炎から、私を守ってくれていた。

 戦おう、剣が、鎧がそう言ってくれている。神々と戦うための武装が。

 ああ!

 巨大な竜が絶叫を上げる。そして、体ごと襲ってきた。

 雷電呪文を全力で唱え、神剣にまとわせて、全力で切りつけた。

 先ほど吹雪の剣を折った角が、一撃で両断される。

 あとは、そう……足首を枷で固定し、一発殴っては手を後ろに組んで殴られる、そんな戦いだった。

 回避も防御もなかった。魔力をかけて斬る。切られ焼かれる。回復呪文はかけっぱなし。

 どちらが先に力尽きるか、今思えば竜王は巨大すぎたが、考えもしなかった。

 ただひたすら、全身で攻撃を続けた。

 そうしていると、はっきりわかった。竜王がどんなに偉大な存在か。どんなに激しく母を求めているか。どんなに邪悪で、それでいて偉大な神か。美しく、神の域に善である魂もあることが。

 助けてくれ、という絶叫が聞こえる。

 ローラ姫が人の姿の竜王を愛したのは、偽りの美しさゆえではなかった。

 お互い、身も心も深く傷つき、そしてお互いを深く知って、最後に向き合う。

 そして残りの魔力全部をこめた雷電呪文に、無数の稲妻が唱和した。

 今も竜王城で戦い続ける、〈ロトの子孫〉全員。伝説の失われた呪文、ミナデイン。

 人間の、正義を求め、目の前で殺される人のために、愛する人のために戦う思い。森と海を愛し、木を植えた心がエルフたちと通い合い、大地の力ももらう。そして、竜王に家族を殺されたアレフガルドの人々の怒りも、魔力となり稲妻になる。

 ロトの血筋を通じて、ロトの剣に集約されていく。

「竜王よ……今、助ける。心からの敬意で」

 全ての魔力を集約した神剣が、雷電にはじけそうになる。だが暴れることなく、私の心と一体となっていた。

 信じられない、あれほどの力を私の魂が、受け止められるなんて。

 竜王の魂そのものも、私の中に入るのがわかる。

 別の、敵対する存在とは言えない。ただ、剣だけがある。

 真上を指した剣とともに、残りの力すべてで駆け寄る。

 抱きしめるように、その巨大な牙をむき出す口に、自分から飛びこむ。その動きが、振り下ろされる爪をかわしていた。

 剣の、膨大な雷電が、全身での一撃とともに放たれる。

 

 気がついたときには、私は謁見の間に倒れていた。巨大すぎる死体に寄りかかって。

 広間は壁も床も焼かれ、岩が溶けているが、それも冷え固まっている。

 目の前に転がるロトの剣は、前と同じく錆び朽ちかけていた。

 私の手には、宝玉が握られていた。

 光の玉。

 それをかざすと、光が放たれる。

 竜王城を、そしてアレフガルド全土を洪水のように洗っていくのがわかる。

 そして、私の失われた左腕も、考えたくないぐらい焼かれ砕かれた全身も、完全に回復していた。

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