気がついたときには、竜王城は存在していなかった。
生き延びた〈ロトの子孫〉全員が、そこにいた。光の玉と精霊ルビスの力か、無傷に回復されて。サデル。ムツキとサラカエル夫婦。幼いラファエラ。
うららかな陽光。広い花園に。
二千人近くの精鋭。読み書きソロバンを学び、田を耕し船を操り水路を計算して掘り、銃、魔法、剣、拳で戦う勇者たち。
その一人一人の、輝く崇拝の目を見て、私は背中と左膝にひっかかっていた竜王の、根元から断ち切られた牙と、足元に転がる角を掲げる。牙は長剣より長い、1m14cmもあり、恐ろしく鋭かった。角は10m近い、巨大な材木のようで、後に試したがダイヤモンドより硬かった。
全員の絶叫が上がった。
そのとき、私は気がついてしまった。
最後のほうで、私が何をしたか。ヨムヤエラの死で、正式な権限委譲もなく全員をまとめ、全部叩きつけた。
逐次投入各個撃破よりはマシだろう、だが、私は情で剣を鈍らせやられた。副官も任命せず。
それで統制が乱れ、そこを包囲された。人間にどれほど包囲が有効かは、魔物たちはよくわかっていた。
アスファエルとオサミツがいなければ、間違いなく全滅していた。卵全てが入ったバスケットを、敵に誘導されて岩に叩きつけた。
私は指揮官として、失敗し敗北したのだ。結果が勝利だっただけで。
打ちひしがれた表情を見て、ムツキがささやく。
「今は勝利の喜びとねぎらいを」
オサミツがいつもそう言ってくれたような、暖かく厳しい叱咤。
私は何度も、「勝った」と絶叫した。
そして、何人もの〈ロトの子孫〉たちが、ルーラで各地に跳んだ。
もう、すべきことは指示されていた。アスファエルたち長老は、必要な手紙を書いていた。ガブリエルたち商人は、祭りの準備をしていた。
「戦いは、終わっていない。アレフガルドを不安に陥れかねない難民たちを助ける。そして、勇者ロトの子孫が存在していたことは公開してしまった……〈ロトの子孫〉そして〈ロトの民〉も、宴から去るのなら新たな安住の地が必要だろう」
そして、ローラの腹の子も。どんなことがあっても守り抜く。
「私情として、ローラ姫も守る。そのために、これからも苦しい仕事は多いだろう。失った人も多い……祈ろう」
と、皆を見回し、目を閉じる。一人一人、思い出す。
「今ここにいない人が、どんなに多いか、初めて知ってしまった……一人一人が、真の勇者だ。ここのみんなも、ここにいないみんなも、後方で補給してくれたみんなも」
全員が、泣き出す。それが自然に号泣になる。
私はそれを、必死で歌に変えていった。
忘れない。忘れない。忘れない。勝ったよ、父さん、母さん。オサミツ、コテツ、アスファエル、ヨムヤエラ、シモツキ、サキエル……
今行くよ、ローラ。
「私は、ローラ姫の、ラダトーム王のもとに行く。皆、それぞれの仕事を始めよう……勝利だ!」
全員の絶叫があがり、私はリムルダール北で壊滅した司令部に残る長老に権限を委譲できるようサデルに伝え、ルーラを唱えた。
ラダトーム城からは、竜王城ははっきり見える。それが消えうせていた。
もう、何かがあったことは人々は知っていた。
そして、先にルーラした〈ロトの子孫〉がローラに、王に知らせていた。
ルーラで門に降り立った私は、正面からまっすぐ、王のもとに歩く。
王よりも、その隣のローラ姫のことしか見えてなかったが。
長剣より長い竜王の牙をかかげ、歩む。王侯貴族や民たちが、騒ぎ始めた。でも私には、何よりローラ姫だった。
悲しみと喜びが混じるその表情は、限りなく美しく輝いていた。
王の前にひざまずくと、王は信じられないような目で、二本の牙の一つとロトの剣、光の玉を受け取る。
私はロトの鎧に、体から離れるよう命じた。
そうしたら、その下衣は全て燃え尽き裸だったので、とても恥ずかしかったが堂々と立っていたら、ローラ姫がキャスレア王女づき女官長が差し出す長い布を受け取り、私を巻くように着せかけてくれた。
そして私の手を握り、決して離れないと寄り添う。
微笑みかけた私は、改めて王の前に立つ。
「アロンド、全ては古き言い伝えのとおりじゃ。
すなわちそなたこそ、勇者ロトの血を引くもの! そなたこそ、このアレフガルドを治めるにふさわしいおかたなのじゃ!」
と、疲れきっていた王は玉座を降りて、右脇にひざまずいた。
驚く私に、王は言葉を続ける。
「わしに代わって、この国を治めてくれるな?」
冗談じゃない!指導者失格を見せつけた、というかアレフガルドなんてもらっても困る。どんなに貴族の間の憎しみと義理が意味不明に絡み合い、そして王侯貴族は実力を失い統治者としての当事者能力皆無。やってられるか!
私はとっさに、慌てて舌を滑らせた。このことは、かけらも予想もしてなかったのだ。奇襲だった。
「いいえ、私の治める国があるなら、それは私自身で探したいのです」
宴から逃げろ、それがロトの掟だ!そう、心の中で叫び続けていた。
『勇者、ということは〈ロトの子孫〉、いや〈ロトの民〉とガライ一族も含めた、族長でもあるんだ…………背負うんだぞ』
オサミツの言葉を思い出す。いや、今始めて思い知る。
私は、なんてものを背負ってしまったんだ。そして、さらにアレフガルドの王だなんて、今思えば手足を縛られ、黄金でできた分厚い鎧を着せられて海に放り込まれるようなもんだ!
全くあの時とっさにそういったのが、自分でも不思議でならない。助かった、危なかった。まあ、神々が手を伸ばしたんだろう、今思えば。そしてイシュトの野望と誇り高さのおかげもあったのだろう。
そこに、ローラの「まってくださいませ」という言葉があって、我に返った。
「その、あなたの旅に、ローラもおともしとうございます。このローラも連れて行ってくださいますわね?」
「無茶な」と、とっさに口から出た。危険だ。
「そんなひどい……」そして、その目が、金剛石の硬度と輝きを帯びる。
「連れて行ってくださいますわね?」
「……かしこまりました。一命にかえても、姫は守り通します。あらためてなにとぞ、姫をたまわりますよう」
「無論、約束でもあるし、許す」と言った王が、のろのろと玉座に戻った。
正直同情した。どれほど王が疲れていたか、はっきり伝わった。同じく王となった今ならよりよくわかる、王といわれながらできることが何もない、でも演じ続ける、あれは疲れる。
「では、結婚式を」王の言葉に、初老のキャスレアが弾かれたように立ち上がった。
「結婚式を!」ものすごい、船長にスカウトしたくなるような大声が響き、そして式典が始まった。
丸二日間、私もローラ姫も、王も、ただの衣装掛けであり、キャスレアの言いなりに動くパペットマンだった。
ローラと愛を語らい、〈ロトの子孫〉に指示を出す余裕は一瞬もなかった。
数日後。各地は祭りだったようだ。そして私は、次に何をすればいいかわからなかった。
やることは無数にある。〈ロトの子孫〉を率いて、難民たちを助けさせる。荒れ果てた農地を開拓させる。
そのためには王侯貴族を操らねばならない、竜王出現までのように。
また〈ロトの民〉との連絡も取り戻す。テパやベラヌールのゴム農場や、元鬼が島に散っている人々。あちこちで歌っているガライ一族。
長老や有力者の多くが死んだ〈ロトの子孫〉で、若い人が新しい権限と職務に慣れなければならない。オサミツのように、後任を探すのが難しい仕事もある。
そして、アレフガルドの外に、新しい王国を探す……
遠い世界に旅立ちたい、そんな思いが湧き上がってくるが、今は結婚式の後始末と、城外で難民とやっている祭りだけでもやることは寝る暇ないほどありすぎる。
〈ロトの子孫〉から小さな報告が入った。奇妙な僧侶が、リムルダールの難民を助けている、と。
次の報告、彼とリムルダールの支配層との会話。何のためらいもなく、金塊を放り渡している。
そして、その医療現場に、〈ロトの子孫〉しか知らないはずの、否今は〈ロトの子孫〉の間でも使われていない、ウリエルの遺産としか思えない技術の産物がある。
なんとなく、私はその調査に志願した。強引に、今やらされている城の仕事……着飾り化粧してバルコニーから手を振る仕事から逃げるように。
もし、そうだとしたら、ことは重大すぎる。誰かに任せていい仕事でもないと判断した。
難民たちが集っていた、世界樹の若木が焼かれた広場。破壊されつくしていたのが、少し移動して、しっかり秩序を持ってまとめられていた。
ペンキで塗られた太い鉄柱に支えられた、防水厚布のテントが何十も並ぶ。
巨大な、ゴムの風呂設備。
ウリエル、直感した。
その僧侶を訪ねようとしたら、入り口での普通の人に言われた……金はくれるし技は教えてくれるが、こきつかわれる、と。
望むところだ。
ローラはリムルダールの有力者たちを訪ねさせた。
そして、一つのテントに案内される。そこで、人々には奇妙だが〈ロトの子孫〉にとっては写真で見慣れている白衣を着てマスクをかけた男が、手術をしていた。
「新しく手伝って学びたいって」と、助手の一人が乱暴に言う。その助手も、一般人よりずっと清潔だ。
「ああ、何か呪文は使えるか?これまでの経験は?」
「ベホイミ、ラリホー、べぎらまなど」
「ベホイミまで使えるのか。じゃ、とりあえずこの二人を癒してくれ」
と言いながら、その目が一瞬だけ、私の顔をじっと見た。そしてさまざまな表情が、結構雄弁に走った。
驚き、懐かしさ、悲しみ、迷い。そして、決意。感情を隠すことが下手な、正直で率直な人だ。一目で私が誰か見抜いて、とぼけてるつもりだ。だだ漏れだ。
ベホイミを患者に向けて唱え、包帯の下の深い手術跡が消える。両親がやっていた手術と同じ、近代的な器具。
ちらりと、その男の手元を見る。傷口を切り開きながら、次々に手に、注射器やメス、へらや糸のついた針、奇妙な器具が出現し、次々と傷口を縫っては瞬時に消えていく。助手にいろいろ説明しながら。
「何をしている、清潔な服を着て、体を清潔にしてからでなければ手術に近づくな」
「はい」
「それから、魔力が切れるまで必要なところで呪文を使い、あとは患者の清拭」
「はい」
彼の矢継ぎ早の、それでいて演じきれていない命令に従うのは、楽しかった。
清潔な服。入浴。手の消毒。〈ロトの子孫〉の中では当然のことだった。
そして、全身がただれ、傷ついた患者の膿んだ体や、手足が動かない患者の汚れた股間をぬぐい、洗い、汚物を捨てに行く仕事が半日続いた。
抵抗よりも、懐かしさのほうが強かった。私は元々、ドムドーラで公衆便所を整備していたのだ。それに、難民を助ける仕事や傷ついた仲間のために、汚れ仕事もよくやっていた。
汚物の悪臭すら、両親が……骸として私に斬りつけ、この手で消滅させた両親を思い出させ、涙ぐみさえした。
そして体を清潔にした、夜。
再び、その男に会うことができた。
「いい仕事をしてくれたようだな。さっきのベホイミの、魔力を少し展開してくれ」
私の魔力は何人にもベホイミをかけて尽きていたが、編んでみることはできた。
「この編み方を真似てみろ」
と、マスクを取った男の喉から複雑な音が出て、手ぶりと共に恐ろしく精妙な魔力の編み物が拡がる。
驚き、確信しながら、その編み目に自分の魔力を重ね合わせ、学んだ。母から魔法を学ぶように。
次々と、恐ろしく高度で複雑な魔法を教わる。失われた呪文を。全回復のベホマ。多人数を回復するベホマラー。死者を復活するザオラルとザオリク。そして、多人数を全回復する、伝説の呪文ベホマズン。
「ベホマズンは、おれには使えないが、使えるだろう?」
「多分」使える、そのことははっきりわかった。私の血が、反応している。
「よし。明日魔力を回復したら、一度展開して安定するようなら、患者にかけてみるんだ」
それだけ言って、彼はまた次の手術に飛び出した。ためいきに、いつ寝ているんだ、という疲れが感じられた。
私はベホマズンを、そしてギガデインも使いこなせるようになった。ベホマズンは膨大な数の患者を一気に回復させた。
それから、彼はあらためて私と、そしてローラと会ってくれた。
私の目を、医者と助手とは違う目で見る。
「ミカエラの子孫、ですね」
その言葉に、ぞっとする。ついにその時がきたのだ、と。
「オルテガとネクロゴンド王家、そしてラファエルより伝わるアリアハン王家の」伝説以上のことを、知っている。「見せていただけますか、アブトマット・カラシニコヴァを」
その発音。〈ロトの子孫〉以外には伝えられていない。
緊張に震えながら、布で厳重に包んだ包みを解き、渡す。〈ロトの子孫〉以外に見せるのは、二度目。イシュトだけだ。
自分が、銃剣に左手に手をかけていたのは、意識していなかった。
白衣を地面に広げた男の手が、銃口を安全方向に向けて受け取る。ちゃんと銃の扱いをわかっている。
そして手早く通常分解、見ていく。
バネが、銃身が、虚空に消える。次の瞬間、新品が男の手に出現し、並べられる。
そして、手早く銃が組み上げられ、その手に出現した弾倉がはめられる。
「あ、あなたは」
「瓜生」
彼の胸に輝く紋章。〈上の世界〉で定められ、実際に通用する。奇妙な葉に、異界の二つの道具が交差している。その葉は、私が持っている〈ロトの子孫〉のメイプルリーフ金貨にも刻まれている。桁外れに純度が高い純金、貴重な宝物だ。
「これが、私の王国を探す道の、始まりとなるでしょうか。大きいことを言ったのはいいですが、どうしていいかわからないのですよ」
ウリエルに、率直に伝えた。彼は当然のように、ロトの掟だけは守るよう言った。
そう、偽物とは全く違う。難民のために無数の物資を出し、寝る間も惜しんで治療する。惜しみなく魔法を教え、ロトの掟だけは譲らない。
ウリエル。私の先祖、勇者ロト、ミカエラ女王とともに大魔王ゾーマを倒した、伝説の賢者。
異界からの旅人。時も越えて、また来てくれた。
これこそ、旅の始まりだ。新しい王国を得て、ローラを幸せにする。〈ロトの子孫〉と〈ロトの民〉を率いる、族長の責任を全うし、一族に安住の地を。
新しい私の使命、戦いが、長い旅が、始まったんだ。
【TO BE CONTINUED TO 「奇…ドラクエ1の続き」】