やんでれ×ユウナっ!
そのいち。
「まったく。女って奴は、みんな馬鹿ばっかだな」
とりあえずそう呟いて、強がってみた。
フォースの暗黒面落ちした俺も格好良いだろ?そう考える事で、俺は節操無しの自分を早々に慰めた。
後悔は何も産まないからだ、うん。
「ちょーろいぜっ♪つよーいぜっ♪ゼーットMA-NN♪」
ハミングしながら俺はパンツをいそいそと履いて、迅速にホテルから出た。
ベッド脇に三万ほど置いといたが足りるだろうか?
というかまず、今考えると口止め料という意味で捉えてくれない気もする。
でももうスキャンダルはごめんだ。先月の月刊誌みたいに、また記事にされたら今度こそ刺されかねない。その内アーロンに護衛を頼もう。
俺はパパラッチを警戒しながら試合会場へ向かった。
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「ごうっ!ごうっ!ゆう・あん・ぼげ!」
試合会場に流れ続けるBGMを口ずさみながらプレイするムサイ男と対峙する。目の前の男はパスを回したいらしい。
ブリッツには力は要らない。とか何とか昔の人は言っていたけど、嘘だと思う。ほら、こうやって「ふんっ!」タックルしなきゃいけない場面とか多いじゃんか。痛いの嫌いなのに!
瞬間、観衆がワッとはじけるように騒いだ。
俺が相手から弾いたボールが宙に舞ったからだ。どうやらスーパープレイのオカワリを期待されてるらしい。ヒーローの身分は困る。
「ふっ。ふっ」
水に満たされたフィールド内を昇る。昇る。泳ぐ。場外に飛び魚の様に飛び出すだけのスピードを乗せないといけない。
場外になるボールを追う。何でそんな無駄な事してるかって言うと、前回新しいシュートを見せると公言してしまったからだ。この前調子乗ってそんな様なコメントをしてしまったのが原因だ。酒の力が憎い。
バシャッ!
飛び出す。外気に触れたブリッツボールは水の粒子を散りばめて、一粒一粒がスポットライト反射して、黄金色に輝いているように見えた。
会場のライトを背負ったボール。空中でオーバーヘッドシュートのフォームに入る俺。
このツーショットは格好良過ぎる。超キマッテル。きっと今この瞬間会場はカメラフラッシュの嵐に違いない。これでシュート決めたらイケメンすぎる!絶対決める!
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最近金髪にしたジェクトの息子は、フィールドから飛び出したボールを追いかけて、勢いよくプールから飛び出した。
舞い散る水滴を身に纏って、本当に気持ち良さそか面でスポットライトの光を一身に受ける金髪の小僧_____ティーダと俺は古い付き合いだ。
あいつが鼻たれだった頃から知ってるが、今のあいつは自信過剰な生意気なガキという言葉がピタリとはまる。
重力制御の機械を使って作られた球体のプール。
その外に飛び出した場外ボールで放つシュートを決めるつもりなのだろう。
無謀とも言える行い。過去に類を見ないスーパープレイ。そんな物を積極的に狙いに行くのは、自分は何でもできるとでも考えているヒーロー気取りの若者しかできまい。自信過剰な所は親父にそっくりだ。
とっくりを傾け酒を一口飲み込んだ。海の向こうから迫り寄る巨大な怪物の向かいに立ち、杯を返す。
「そうは思わんか?」
とっくりを持った手を空に高く掲げる。怪物となった友に最後の問いを答えを聞くために。
「いいのかジェクト。お前の息子は…幸せそうだぞ?」
違う選択もあるのじゃないか。という言葉は胸に秘めることにした。
夜の海を走る巨大な生物は何も答えず、海面を不自然にめり上げてザナルカンドに迫ってきていた。
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外せない。真顔になってゴールに意識を集中する。
遠く離れた相手キーパーと視線が交差する。水の屈折でキーパーの表情はぐにゃりと歪み、情けない顔になっていた。
それを見て肩の力が抜けた。シュートを打った足から伝わる好感触。「勝った」と、そう確信したはずなのに____そこで意識が途切れた。
そうだ。「え?」という間には風景は一変していた。年中活気に溢れ「眠らない街」の代名詞を担う街ザナルカンド。夜でも轟々と眩しいスタジアムライトは全て壊され、途切れる事の無かった試合の歓声は、絶叫と悲鳴に変わっていた。
ガララッ
体を起こすと、スタジアムの瓦礫に足が挟まっている事に気が付いた。骨が折れてるんじゃないか?抜けないんじゃないか?とゾッとしたけど無理やり引っ張った所で何とか抜けた。足も軽い捻挫程度で済んだようだった。「よかった」思わずそう呟いた。
近くで大きな衝突音がした後、蚊の鳴くような小さな悲鳴が上がり、すぐに消える。正直、嫌な予感がした。
振り返ると、コンクリートの塊が道路に突き刺さっていた。スタジアムゲートに配置されていた巨人の石像よりも巨大な客席の欠片だ。その下に滴る謎の赤い液体が、地面に染みを作っている。
「ひあ」
思わず声が上がった。自分でもビックリする様な情けない声。頭の中は真っ白だった。尿道に変な刺激を感じた事だけがリアルだと感じた。あっけない。なんてあっけない。現実感が迷子になっている。
「いや、これくらい起きるだろう。こんなでかい地震起きたんだから」そうだ。だから安全な場所に逃げなきゃ。いや救急車が先?怪我人優先。あれ?なにを考えているんだ。頭がフワフワする。
深呼吸をするが意味は無かった。自分の体に載っかった瓦礫をゆっくりどかした。腰とか痛めてたら洒落にならん!とか考えてたけど大丈夫らしい。あの高さから落ちたのに、五体満足だ。自分はきっと神様に愛されてるんだと思う。
「おい」
そんな事を考えてたら頭上からムサい声がした。聞こえないフリをする。この大惨事だ。聞き覚えのありすぎる声だが無視して、今すぐ避難所に駆け込もう。駆け込むべきだ。俺は走りだした。
ガッ!「待て」
「怯えるな」
「捕まった。オッサンに捕まった。やっぱりこのオッサンはいつも厄介事を運んでくるらしいよ!」
「助けてやったのにその言い草か。良いから黙って着いてこい」
「知ってるよ馬鹿!ロリコンの癖にすましてんじゃねえ!今までどこ行ってたんだっつーの!この二ヶ月俺がどんだけあんた探したと思う!?ああん!?こんな時だけ颯爽と登場とかあんた狙ってるだろ!俺が女なら濡れてるぞ!」
「ふっ」
アーロンはやっぱりスカした笑いを浮かべた。この年齢で未だにニヒルに格好付けてるオッサンはやはり痛い人だと思う。
「ちくしょう。このオタンコナス」
俺はしぶしぶアーロンの背中を追った。
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突然の大災害。人間が目の前で死んでいく光景に怯えて一目散に逃げ出す。恐怖の色を瞳に乗せて、死という現象から逃避する事しかできないその様子は、あまりに普通の人間らしい当然の反応だ。
こちらの世界では、年頃の子供が他者や身内の死に慣れているなんて事は、そうそう無い。死との関わり方を知らず、また拒否しているのがこの世界だ。
それは町にたかが一匹の魔物が入り込んだだけでオロオロしだす大人に、へっぴり腰の警察官ばかりを生み出したが、その生温さは社会構造としては、本来褒められるべきものなのだろう。
だがこれからは違う。
そんな甘えた事を言っていられる場合では無い。俺も。こいつも。
「使え」
万感の思いを乗せて、ティーダに剣を持たせる。
突然ザナルカンドに現れた巨大生物。そこから生み出されるエイリアンと突然戦え。と言われる。
コイツの目から見た今の状況はそんな夢物語の類の物だろう。理不尽だと感じているはずだ。突如自分の日常を奪い取られた怒りすらも感じていられる余裕もないまま、剣を手に取る。
「お…思ったよりも軽いな」
約束を守る為に、俺はこいつを死地にやる。俺がティーダにこれからやろうとしている事を。こいつも、こいつの母もきっと俺を許しはしないだろう。この罪はいずれ償おう。
「ジェクトの剣だ」
「親父の!?ばっちい物持たせんな!」
「いきなり剣を持たせた事より、そっちに驚くとはな」
「うっさい!前だ!ま、魔物が来るぞアーロン!」
「いきがるな」
「楽勝だっての!見てろ!」
だが、まあ。
こいつなら何とかするかもしれない。
と思うのは親バカという奴だろうか。