やんでれ×ユウナっ!
そのよん。
突然だが、さっき俺がリュックに渡された胡散臭い謎の道具。
「スフィア盤」についての説明をしようと思う。
こいつはリュック達が先日またどこか違う遺跡からパクってきた古代の宝で、一種のオーパーツらしい。
思いを込めて触れると自然と頭の中に、誰かの囁きの様なものが聞こえてくるらしく、リュックに至ってはこれに触れてる間に思いついた薬剤の調合はどれも眉唾物の出来映えだったと言う。
船内で、やれイカした技を思いついたとか、彼女の心が分かったとか、チン長が3cm伸びたとかの喜びの声が挙がる内に神聖化されて、大切なミッションがある日は必ずコレをお守りとして持ってくんだってさ。
アホか。
要はマイナスイオンがここの真ん中のヴァギ●ナから噴出されてるって話だろ?アレが3cm伸びたとか言う奴の話聞いて何も思わなかったのかよ。スルースキル高すぎだろ。俺だったらこの穴には絶対触らないね。
まあ、大切らしい物を渡してくれたリュックに対する面子があるから無碍にはしないけど、こんな難物を照れながら男に渡すリュックも「あっ…この人アッチ系なんだ」って思われる類の人だと思う。
「(ティーダ。ねえ、ティーダ)」
「(ん?)」
「(息、大丈夫?)」
リュックは、あっぷあっぷと溺れる様な仕草を取ってから、心配そうに首をかしげた。俺があまりにも静かなのが気になったらしい。
「(苦しい)」
俺は喉に手を当てて、首を真横に振る。
そう。実はさっきから苦しかった。海中で呼吸できる瞬間とはつまり海中に漂う幻光虫に接触した時だけだ。
俺はレディーファーストの精神に乗っ取って、リュックに優先的に吸わせていたのだが、そのツケが今になって回ってきたという訳だ。さっきから幻光虫がなかなか見つからない。
「(えっ!?それヤバいよ!とにかく落ち着いて!今酸素ボンベ出すから!)」
リュックはゴソゴソとポケットをまさぐると、なにやら訳の分からん薬剤をぼろぼろ落としながら、瓶の先にストローみたいな物が刺さった金属を取り出した。
そこまで焦らなくてもいいのにな。ぶっちゃけこの位の状態なら人間はまだしばらく酸欠にならない。ブリッツ選手ならここからあと二個くらいの予備電源を持っている。
「(えーと。これでも無い。あれでも無い…。)」
でもまあ。これはリュックの優しさなんだろうな。
「(あった!ほら、ゆっくり吸って…吐いて。大丈夫。大丈夫だから)」
リュックは俺の背中を包むようにして、ストローを俺にくわえさせてくれた。
気の利く子だ。いわゆる母性を感じた。
アッチ系という先ほどの脳内発言は撤回して、「マリアの生まれ変わり」という称号を与え…持ち上げすぎた。うーん。「仲間由紀恵」…今度は下げ過ぎか。アレよりは胸あるだろ。
「(すー…はー…。)」
そんな無駄でしかない思考をしながら、呼吸していく内に、脳には酸素が行き渡っていく。頭の中に触覚ができる感覚というべきか。
とにかく頭が冴えてきて、周りが見えてきた。そう深海の奥に潜む宇宙の真理とも言える大きな影が…
「っ!!」
大きく触手を広げてこっちに迫っていた____!
「(由紀惠!危ないっ!)」
俺は由紀惠を付き飛ばし、大王イカの正拳突きを体で受け止める。
「がはっ!」
「(ティーダ!!)」
_____。
意識が一瞬消えていた。
吹き飛ぶ。そして壁に叩き付けられる。痛い。すっげー痛い。さっきまでのピラニア共のチクチクした攻撃なんかの非じゃない。腹が消し飛んだかと思った。
「(くそっ)」
腹が立った。猛烈に腹が煮えた。殴られた事じゃない。自分の偽善者的な行動を、俺は責めた。
あの触手がもし獲物を突き刺す針の様なタイプの手だったら俺は今完全に串刺しだったのだ。
腹に大穴をあけて、だらしないヨダレみたいにみっともなく血を流していたはずだ。
そう。あっと言う間も無く、いとも単純にあっけなく死んでいった。死んでいたんだ!
ドクン。
________お、今度は相撲か?いいのか?またビービー泣くぞ。
ドクン。
________ねえ、あなた。今夜は…。
くだらない正義感やら愛情やら友情やら理想やら信念やら!言葉は何でもいい!そんなものに体を動かして、命を掛けるなんて真似は愚行の極みだ!とにかく馬鹿だ!
ドクン。
_______なあ。坊主。「見殺し塔」の上の眺めってのはどんなものだと思う?
ドクン。
俺はクソ親父ともクソババアとも違うんだよ!!
「(このお!)」
「痛み」として這い寄るリアルな死の感触が感情を沸騰させた。
慌ててリュックが水中爆弾を投げると同時に化け物に突進する。剣を振り上げ、触手の一本を思いっきり断ち切って後ろに回る。数瞬遅れて爆弾が起動し、化け物は大きく後ろにのけぞった。OK。そのまま突っ立てろよ!
「(らあっ!)」
<キシャアアアアっ!!!>
化け物が金切り声をあげた。
今度は突き刺した。やっぱりこっちの方が殺傷力が高い。さっきの変な想像をさせたお返しだ!このイカ野郎!お前を部屋で焼く度に女に「また別の女と…」って疑われるんだよ!死ねやコラ!
剣を引き抜きもう一度差し込む。今度はもっと深い。完全に致命傷だ。自分の手並みが鮮やかすぎて惚れ惚れする。どうだ。亀頭野郎?俺のベッドテクにもうたじたじか?
化け物はギャアギャア騒ぎながら、体を揺すった後壁中にぶつかりまくる。
ごすんごすん!ごすんドゴッ!
「(おいおいおいおい!暴れすぎだっての!)」
俺は化け物に突き刺した剣を押し込みながら、必死にしがみついた。振り落とされたら武器がない。その状況はヤバ_____っ!
ドゴオオオオオオオンッ!!
「(……いってえ…)」
俺は壁に突き刺さってビクビクと二三度脈立った後に、ぐったりと息絶えた化け物から剣を抜いた。
最後に錐もみ状に回転しながら壁に激突した際、俺はイカと壁の接触面の間にいた。要は押し潰される寸前までいったのだ。
「(あー…そろそろ…)」
マジで息が苦しい。ささっと奥に行ってサクッと帰っちまおう。奥の方が若干光っているから幻光虫はいるだろ。
「(………)」
あたりを見回す。
…あれ?
「(リュックー!)」
剣で壁をがんがんと慣らしてリュックを呼ぶ。が、反応が無い…って、いた。いた。見つけた。おーい。リュック。はやく____
「(………)」
ぷかり、と力無く浮かんでいる女の体。金髪を力無く揺らめかせ、顔は真っ青に青ざめいた。明らかにチアノーゼの症状だ。
「(………)」
俺は表情を確認してから、リュックのポケットから酸素ボンベを取り出して……リュックが吸えないことに気が付いた。しかももう空だ。
「(……馬鹿か俺は)」
冷静になれ。ブリッツボールでは日常茶飯事じゃないか、こんな事。奥に行けば幻光虫がいる。アレなら接触するだけで生気が満たされるはずだ。そうすれば海上までは持つ。
ぐいっ。
リュックを抱きかかえて進む。イカが暴れたせいで海底の砂が舞い上がって視界が悪い。それでも僅かに漏れる光の方に向かって進んでいった。
「(…いたいた…幻光虫)」
俺はもう目の前に迫った光にリュックの体を触れさせる。
ボウウウン…。
「(………)」
光が消えない。むしろ光が強くなった。………ん?あれ?これってもしかして違う?
ガタン!
「(!)」
そんな音がした後周囲が急に明るくなる。…なんかのスイッチをONしたみたいだった。視界が得れるのだけは助かるが、見間違えた俺もたいがいの阿呆だ。
「(幻光虫……駄目か。いない)」
俺はリュックの顔をもう一度確認する。よーく確認し、それから脈を取る。
「(………)」
………置いていこう。
判断をくだす。人一人抱えて登り切れる深度じゃない。だいたい、この深さから一気に昇った場合、気圧で肺が爆発してしまう。ある程度体を慣らしながら行かなければならない。
「(………)」
俺は壁の窓を足で叩き壊すと、本気の泳ぎのフォームを取って、泳ぎだす。
頭は、冷えていた。
グンッグンッグンッ。
昇る。
昇る。
昇る。
グンッグンッグンッ。
スピードを上げる。
昇る。
もっとスピード出して昇る。
________リュックが、重い。
____________________________
「トシト!キッタリ!(来たぞ!引っ張れ!)」
「シナ!ハタヤマラカラザシ!エラッ!エタアタルッ!(おい!ちゃんと浮き輪を持て!持てっ!流されるぞっ!)」
「クルテテ!アラダマナ!(もういい!俺が行く!)」
「タハナー!!(兄貴ー!!)」
そんなむさくるしい声と、落ちてくるモヒカンを俺は最後に見た気がした_____