やんでれ×ユウナっ!   作:れろれーろ

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第六話

____おい、聞いたか!海岸に若い男が一人、打ち上げられたらしいぞ。すごかったらしいぜ。

 

 

_____ちょっと、やめてよ!縁起でもない事言うのは!人の死をそんな風に言うなんて、怒るわよ!

 

_____ちげえよ!生きてるって!すごかったってのは、そいつのシュート!!滅茶苦茶格好良いって、聞いたんだよ!

 

_____そうなの?もう。まぎわらしいな。…シュートって言う事はその子、ブリッツボールの選手なんじゃないの?キーリカ・ビーストとかはここからも近いし…。

 

 

_____いや。そいつ、シンに近づきすぎたせいで、記憶が無いっていう話だ。でもキーリカ島をシンが襲ったって話は聞かない。明らかにこの辺の人間の目と違う色らしいから、相当遠くから来たんじゃないのか?

 

 

_____なんか、映画みたいね…興味が出たわ。……私達もあとで「おい。」

 

 

 

「その話、もっと詳しく聞かせろっ!」

 

 

 

私が後ろを振り返った時には既にワッカさんは村の人達に詰め寄って強引な会話を開始していた。

 

今から寺院に入るっていうのに、もう。緊張感ないんだからな、ワッカさんってば。

 

「砂浜にまだいるんだな?よし!ユウナ!ちょっと俺行ってくる!」

 

「え、ちょっとワッカさ…」

 

止める間も無く、ワッカさんは走り出してしまった。

 

・・・・・・・・・もう。

 

「どうしよう、キマリ?」

 

途方にくれた私はキマリの頭についた折れた角を見上げた。

 

「キマリはガードだ。何があってもユウナを守る」

 

「…そっか。そうだよね。私たちだけで、入っちゃおうか?」

 

「それでいい?ルールー?」

 

「あんな馬鹿は放っておきなさい。ユウナ。行きましょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やんでれ×ユウナッ!

 

 

そのろく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくらで?」

 

「……5万」

 

「駄目。安すぎ。俺はある程度まとまった資金が欲しいの。ほら、そこの下手にカモフラージュされた壺とか振ってみ。ジャラジャラいい音がするんじゃないの?」

 

「くぅ!目ざとい奴だな!8万!」

 

「何をやってるの…あんた達?」

 

私はユウナを無事に祈り子様の間に連れて行った後、お花を摘みに一旦村まで戻ってきていた。

 

キマリがいれば安心だとは思うけど、ユウナが頑張って召喚士になって出てきた瞬間に立ち会えないのは私も寂しいし、なによりユウナは残念がるだろう。そうなる前に帰らなくてはならない。

 

いくらユウナが妙に長すぎると思えるほどの時間、祈り子様の元に籠っているとしても。ユウナは必ずやり遂げてから、出てくるはずだ。私はそう信じている。

 

そう思っていた時だった。なにやら財布とにらめっこをしているワッカを見つけたのは。しかもこの家も、ワッカの握っているその財布も私の物だ。

 

「ル…ルー。いや、これはだな…」

 

「何?ガードであるあんたがユウナをほっぽり出してまで、かまかける程の用事って何?」

 

私がワッカに視線をやると天をついた赤髪が「いや…まあ…その、スマン。熱くなっちまった…」と、しおれていった。今更謝ったって遅いわよ。とりあえず財布は机に置きなさい。

 

 

「今、俺の選手契約の為の期間とか料金とか細かい話を詰めてる所なんだけど……なに?なんか忙しいの?」

 

ワッカの向かいに座っていた共犯の男が悠々と私に喋りかけてくる。空気の読めない男だ。そいつも私はぐっと睨み付けてやろうと思った。だけど・・・

 

「チャップ…」

 

少年と視線を交わした瞬間に現れた、そんな一瞬の幻が私の次の言葉を遮っていた。

 

「え?」

 

「いや…なんでもないわ…。ワッカ!先に寺院に行ってなさい!私はこの世間知らずにお灸を据えてから行くわ。」

 

「はい!」

 

ワッカはすぐさま立ち上がると若干嬉しそうな笑顔を浮かべて駆けだしていく。その後ろ姿を私は哀れなモノを見る目で送った。

 

「えーと…俺、何かまずい事しちゃったみたいっすね」

 

「そうよ。これは、あんたにも関係ある話。これからは知らなかったで済まされる話じゃないから、あんたも一応聞いておきなさい」

 

「う…うっす!そういう事なら、自分、お茶汲んでくるっす!」

 

「ありがと…って、妙に手際良いわね…」

 

私は金髪の少年に「お疲れだったみたいなので!」と元気よく手渡された、瓶から汲んだ水にお茶っ葉を香りのつく程度に放り込んだカップを一口すすって一息ついた。少し、休憩してから行こう。

 

「で、とりあえずあんた何者?この辺の人間じゃないんでしょ?」

 

「さぁ…」

 

「さぁ…ってあんた」

 

「いや。俺シンに近づきすぎたせいで頭がぐるぐるらしいんで…」

 

「……村の人間が話してた噂は本当だった、って事ね」

 

「噂?なんすかそれ?」

 

「ブリッツボール。上手いんでしょ?」

 

なにやらそんな様な事を村の人間が話していたような事を私は思い出す。ワッカもこの子がそういう才能を持っていたから熱くなっていたのだろう。

 

「ああ、そういう事っすか。どおりでワッカが到着するの速すぎると思った」

 

「スカウトされてたみたいだけど、いいの?ぶっちゃけウチのチームは史上最弱と名高い貧乏チームだけど」

 

「いや、よかないっすよ。けど今は話受ける以外俺に選択肢が無いっす」

 

「バカじゃないみたいね。試合はルカで行われる。あそこに行けばあなたの知り合いもいるかもしれないし、こんな辺境の島よりもずっと良い医者も、新しい生活のあり方もあるわ」

 

「…まぁ、そんな所っすね。ところで何急いでいたんすか?寺院とか言ってましたけど」

 

「もしかしてあんた…寺院と召喚士の関係も覚えてないの?」

 

「さっぱりです」

 

「・・・・・・・」

 

 

 

私はこの休憩は少し長くなるな、そう思って頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

私が祈り子様の間から出てきたそこには、いつも通りのキマリと、疲れた顔したルールー。何故か頬を腫らしたワッカさん。そして、なにやらポカンとした表情をして私を見上げる同い年位の男の子を見つけた。

 

「ユウナ・・・・おめでとう」

 

「ああ、あめでとう。これでこれからは「従」召喚士ではいられなくなるな」

 

「ありがとう。ワッカさん。ルールー。キマリもずっと扉の前で待ってくれていたんだよね?キマリの気配、伝わってきたよ」

 

キマリは照れたようにも「当然だ」とでも言うような誇らしげな顔にも見える表情を浮かべてくれた。

 

「えっと、それで、キミは?」

 

そして最後に私はとても綺麗な金髪の下に珍しい服を着こんだ男の子に向かって話しかける。

 

「俺はルー姉さんに、連れてこられた使いっ走り。なんか変な光り出す玉を持ってあっちへこっちへと…。まあ、とにかくオメデトさん。えっとユウナ…様だっけ?」

 

「そ、そうなんだ…。えっととにかくルールーを助けてくれたんだよね?私からもお礼を。ありがとうございます」

 

私がそう言ってぺこりと頭を下げると「いいって。元はと言えば俺のせいだとさっきから言われ続けてるし」と、いささかぶっきらぼうな調子で手を振りながら、彼はワッカさんにジトッとした視線を送っていた。

 

よく見れば同じタイミングでルールーもワッカさんに意味ありげな視線を送っている。

 

「いやー、とにかく良かった!ユウナ!さあ早く出て、村の皆に召喚士になった所を見せてやろうぜ!」

 

ワッカさんも妙に焦った調子で私の肩を叩いて、先を施してくる。…なんか変だ。本当になにがあったんだろう?

 

帰りの道中、ワッカさんは金髪の彼とずっと「10万!これで頼む!」「それじゃあ俺の右足は封印される」

「12万!」「それじゃあ俺の必殺技は封印される」「14万!もうこれ以上は!」「それじゃあ俺の…」

 

となにやら謎のやり取りをした後に、ルールーに一喝されてしゅんと大人しくなった。

 

でもすぐにワッカさんは立ち直って、また「期間は…」「もうこの際決勝戦だけでいいから…」とか、会話の口火を切っていた。

 

もしかしたら、お金の話なんだろうか・・・・?

 

私はここまでワッカさんが熱中するのを初めて見る気もするし、ルールーもその事に対してなにやら不満げな顔をしている気がした。

 

きっと私のいない間になにやら変な話題が立ち上がっていて、それを中心に今に至ってると私は推理した。うん、きっとそうだ。10万ギルとかすっごい大金なんだし。ワッカさんが目の色を変えてしまうのも頷ける。

 

そしてむくむくと沸き上がった好奇心が自分の中で大きくなっていくのを感じた私は、おもいきって話に混ぜてもらおうと会話の入り込める瞬間を探してみた。

 

「あー、わかったよ。それでいいよ。しょうがないなーワッカは」

 

そう金髪の彼がなにやら根負けしたような調子の声をあげた。でも、声色に反して優しげで、それでいて満足気な表情をしていて、私はこの人の事を不思議に感じた。あっ。今がチャンスだ!

 

「なんの話をしているの?」

 

そう首をかしげて、金髪の彼に尋ねてみた。すると男の子はやっぱり満足気に「いやー。俺をどーしてもスカウトしたいってワッカが言うから、仕方なく契約してあげたんだ」と言って白い歯を見せた。

 

「くっそー。一体これから何匹の魔物を狩ればそんな金に行き着くんだ…」

 

「バカねえ…。私は貸してあげないわよ」

 

ルールーも呆れ顔をして、会話に参戦してきた。ルールーはその時お母さんみたいな表情をしていて、私はこの話し合いはきっと良い方向に進んでいくものだったんだと勝手に予想をした。

 

「えっ?え?やっぱりお金の話なんだ。ワッカさん、いくら払っちゃったの?」

 

「・・・・・・15万ギル」

 

「無利子の無期限だろー?安いもんだって、俺を買うには」

 

「ふふ、頑張りなさいワッカ。たかが公式用ブリッツボール8個分の値段じゃない。それで契約できるなら安いものよ」

 

「そうだぞワッカ。優勝賞金の何十分の一だよ?軽い軽い」

 

「優勝?」

 

私はなにやら途方もない壮大な響きのする単語を呟いた。

 

「そっ、優勝。大会は来週なんだろ?練習期間足りないよな・・・ルー姉さん。相手チームのエースの一人か二人燃やしてきてよ。魔法使いなんでしょ?」

 

「なんで私がそんな事やらなきゃいけないのよ…?」

 

ははっ、笑いあう3人。私もなんだか楽しくなって一緒に笑う。

 

きっとスピラ中のチームが集まる大会。オーラカにとっては苦い思い出しかないあのワールドカップの試合に出る時の話なんだろう。優勝なんてすごい。もし叶ったら夢のような出来事だ。すごいすごい!

 

「ワッカさん!クリスタルカップ、必ず島に持って帰ってね!!」

 

「お、おう!ま、ま、ま任せろって言うんだ!」

 

そんなワッカさんの自信のなさそうな無理矢理な笑顔を尻目に、私たちは「おっ。もう出口か」

 

寺院からでる扉を開いた____。

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

ドンドンッドンドン!そいやっ!ドンドンドドン!はいっ!

 

 

 

村はてんやわんや。村中に火が焚かれて人々が踊り、騒ぐ。そんな晴れて召喚士になった私を祝う小さな宴がしばらく前から始まっていた。

 

そこには幾つもの小さなコミュニティができていて、恋人や夫婦で過ごしたり、親戚と家族ぐるみの付き合いをしている様がたくさん見えた。

 

「まあユウナ様も今日は飲んでくれよ!今夜は無礼講だ!たまには思いっきり騒いでくれ!」

 

私はというと、村の漁師の長の人の作っていた人の輪の中で呑めもしないお酒をさっきからガバガバともらっていて、正直困っていた。

 

「えっと、私は、もう」

 

「まあそう言わんと!今夜の主役なんだからさ!」

 

漁師長の人は私の手の中のおちょこを風のように奪うと、また新しいお酒を注いで突っ返してくる。

 

その手は拒否を許さない妙な圧力のある大きく毛だらけの手で、私は言われるがままにお酒を飲み干していく事を余儀なくされていた。

 

「・・・・・・んっ・・・・・」

 

「おお、良い飲みっぷり!意外とイケル口かユウナ様は!」

 

さっきまでは、そんな風な調子で私も控えめにもお祭りの雰囲気を楽しんでいたはずだった。

 

「ユウナ様ー!お話しよー!」そう言ってくれる子供の方を行っては、その家族の方達とお喋りをして、また違う家族をはしごする。

 

今はそんな事を繰り返した後の深夜で、村の老人の人達が引いた後の、若い人だけが残ったいささか閑散としながらも熱気だけのある少し荒っぽい祭りに移行しつつあった。

 

「ほら!もう一杯!ぐぐーっとっ!」

 

どうしよう。なんだかもう頭がフラフラなんだけど、こうゆう時どうした方が良いんだろう?

 

私はおろおろしてルールーの方に視線をやった。けど、ルールーは向こうで大きなとっくりを片手に「いいのよユウナ。今日くらい…」とでも言っているような慈愛に満ちた微笑みを私に向けるだけだった。

 

いや、ね、ルールー。私はそういう意味で困ってるんじゃなくてね・・・・・・あ、行っちゃった…。

 

「さあさあ!今日釣れた最高の魚を食って、飲んで、歌う!これ以上の幸福はないよユウナちゃん!ささ!ぐいっと!」

 

完全に酔いの回っていた漁師長は、いささか強引とも言える手つきで私の口元にこれまた大きなとっくりを突きつけてくる。

 

「そうだよ。ユウナちゃん。お祭りなんだから」

 

「最後に俺達の酒も楽しんでくれよ」

 

どうやら今目の前にあるこの太いとっくりは、輪の中で回し飲みされている一番高価でこの場の主役のお酒みたいで、勇気を振り絞らないと気弱な私には断れない大物だった。

 

「いや、私はそろそろお酒は…」

 

自分でももっと大きな声が出たらいいのに、と客観的に思う位なよっとした声が私の喉元から出てくる。

 

明日から長く辛い旅が始まる。その前日の夜にこんなに酔いつぶれてしまっていては、この先が思いやられる。きっと今日私を認めてくれた祈り子様も私の事をよく思わないに違いない。

 

「なーに老人みたいな事言ってるの!若いんだから無茶しても大丈夫だって!ほらっ」

 

だから、断らなきゃ。そう思って、顔を上げた瞬間だった。そこには大きく毛むくじゃらな腕と体が私の近くに迫ってきていた。

 

「さあ!ほら!」「っ!」

 

熱い。そう感じるほど度数のキツイアルコールが私の喉元を通っていく。ごろごろと雷鳴を私の口の中で慣らすような強いお酒の入ったとっくりからは、突き返したくても背中をがっちりと捕まれて申し訳程度に顔を背ける事くらいしかできなかった。

 

「残りは一気に!さあ!」

 

とっくりの口の部分は、何人もの男の人が口付けていたせいでドロドロな舌触り。上を向かされごくごくと動かさらざるを得なくなった喉元に若い男の人達の眼差しが集まっているのを私は感じた。

 

「よっ!ほっ!」

 

酔っぱらった漁師長の私の背中に回った手はなぜか肩胛骨あたりをなで回すような手つきに変わり、輪の対面に座った人達はなにやら内緒話をしているように私には見えた。

 

「っ。っ!ぷはっ!」 バシャッ。

 

私はどうしても続けて飲み続ける事ができず、ついにとっくりから完全に顔を背けて、とっくりを豪快にひっくり返してしまう。しかも、とっくりに残っていたお酒は私の体中、大切な召喚士用の衣装ににかかって染みを作ってしまっていた。

 

「あー、駄目だったか」

 

「けほっ。けほっ」

 

この村の祭りの風習として、主役は一番たくさん飲まなければいけないという暗黙の決まりがある。私は未成年だから許されるとか漠然に考えていたけど、甘かったみたいだ。

 

今みんなの頭の中には祭りを楽しむ事しかなくて、シンの事も召喚士の旅の事もみんな忘れているのだと、私は肌で感じた。

 

「こほっ。・・・こほっ!」

 

このまま辛そうな表情をしていれば、もしかしたら許してくれるかもしれない。私はそう考えて少しおおげさに咳き込んでいる様を見せた。

 

だけど漁師長は本当に残念そうな顔を一度うかべた後、すぐにまた「まあ、次の酒があるさ!なあ皆!もう一本続けてイケルな!?」と拳を高々と突き上げる。

 

「ヒュー!」「もちろん!」「いよっ!今日はとことんいっちまおう!」

 

周りの男性達もそれに乗じて、大きく騒ぎ出す。きっと今騒いでる人達には悪気はないの。ただ祭りの雰囲気に飲み込まれて少し制御が聞いてないだけだ。私は自分にそう言い聞かせて、必死に熱くなった胸のあたりを押さえつけた。

 

だけど、私がもうろうとなった目で見上げた先にいる、対面に座った人達の内緒話はやむ気配が無くて、自分でも訳も分からないけど、ぞっとした恐怖を感じた。あの人達は昔、私の目が両方違う色をしている事を理由にして髪を引っ張ってきたり、糸で作ったぬいぐるみを壊してきた男の子のグループだ。

 

もしかしたらまた悪巧みを考えているのかもしれない。そんな昔の恐怖が私の胸の内にふつふつとわき起こった。

 

「ほら!次はユウナちゃんが飲みきれる位の量にしてあげなよ!」

 

私がそんな邪念をふり払うように、空いたおちょこでお水を飲んでいたら、次の大きなとっくりは既にフタを空けられていて次々にごくごくと男の人が喉元を濡らしていた。

 

息をこのまま整えていたら、またすぐに私の番に回ってくる。もうこれ以上は駄目だ。少し強引でも逃げなきゃ。

 

「っ!」

 

だけど足も、腰も立たなかった。私は初めて飲んだお酒に体が動かし方を忘れさせられてたみたいだった。

 

「(どうして?)」

 

まただ。私はここぞという時に限っていつも運がない。おばば様は否定するけど、私という人間はきっとそういう星の元に生まれてしまっているんだと、どうしても考えてしまう。

 

「……っ。」

 

私は唇を噛みしめた。こういう時にはいつも側にいてくれるキマリはいない。人間のお祭りに馴染みがなく、苦手な上に自分が村の人間に嫌われていると思っているからだ。この時間はきっと今は森の奥深くで眠っているはずで、同じような理由でルールーも皆から少し離れた場所にいるに違いない。

 

「ほーら、もうちょいイケルっしょ!?ぐいぐい飲んでユウナちゃんを助けろお前ら!」

 

甲高く夜空に響く漁師長の声。いつもは優しい人なんだけど、こうゆうお祭り事では人が変わったように騒ぎ出し、そして村の人を巻き込んでいくのだ。

 

お祭りというバカ騒ぎでは必須のお調子者という役を先導しているのだけども、間近で関係するとこんなにも強引なのかと私は圧倒されて、声もでなかった。

 

「よし!よく頑張った!次の次で最後だ!お前の飲み込む量に全てがかかっているぞ!さあ一気!」

 

「っ。っく」

 

漁師長が立ち上がって、再びこっちに近づいてきた時、私は人知れず涙をこぼした。

 

自分一人では結局私は何もできないのだ。そう改めて実感した。いじめっ子件もそうだし、召喚士としての旅もそう。本当の本当は私も知っているのだ。ワッカさんは私のためにブリッツボールを止めようとしている事を。

 

ガードの職業を生業にしている人なんて探せば幾らでもいるのに、それでも私はワッカさんという身近な存在が着いてきてくれる事を単純に喜び、他のことは見ないフリをしていたのだ。もっと必死になって私が動いていたら、こんな事にはならなかったはずなのだ。

 

「さあ、次はいよいよユウナちゃんだ!」

 

漁師長の腕が迫る。もう逃げられない、と私は悟った。とっくりの中にはまだまだたっぷりお酒の量が残っていて、こんなに飲んでしまったら私は一体どうなってしまうんだろう、と恐怖に身を固めてられてしまった。

 

ぐいっ。

 

そうだ、これもあれも皆私にいつも勇気が無いから巻き起こしている事。

 

「さあ!お待ちかねだ!ユウナちゃん!」

 

ぐいっ。

 

強くなりたい。もっと強くなりたい。私の身だけじゃなくて、私が大切だと感じる皆を守りたい。それは私なんかの両手じゃ抱えきれないものかもしれないけどそれでも私はそうありたい。お父さんみたいに___。

 

「ほらっ!」

 

 

 

 

 

でも・・・・でも・・・・・怖くて、勇気が出ないんだよぉ・・・・キマリィ・・・・・!

 

 

 

 

 

 

 

パシッ!

 

「んっ……んっ……んっ……」

 

 

 

あれ・・・・・?

 

 

 

「んっ……んっ……んっ……ぶはあっ!ひゃー!うっめえ!」

 

 

え?と思う間には私の目の前にあったとっくりは移動していて、私の頭上で金色の髪が風にたなびいていた。

 

「なんだてっめえ!」

 

「優勝だ!優勝だ!優勝優勝優勝だ!」

 

「ああ!?なんだおめえ!」

 

「優勝だ!優勝だ!優勝優勝優勝だ!」

 

「余所者が勝手にこんな所まで……」

 

『優勝だ!優勝だ!優勝優勝優勝だ!』

 

「なんだてめえら!最弱ブリッツチームの野郎達じゃねえか、この島の面汚し共が!って、こっちに来るんじゃねよ!おい!座んな!飲むな!増えるな!」

 

『優勝だ!優勝だ!優勝優勝優勝だー!』

 

ウワァー!と叫びながら、お互いに肩を組み合った大量の男の人達が祭りの席になだれ込んできた。そしてしばらくの言い合いの末に結局みんなで飲み出した。言い合いと言っても、オーラカの人達は優勝としか言ってなかったけど。

 

「(悪かったな、ユウナ。気がついてやれなかった)」

 

そんな中にワッカさんもいてくれて、私の隣にそっと座ってくれるとそう申し訳なさそうな表情を作った。

 

ワッカさんの手には大きなコップに水がたくさん詰められていて、私はそれをせっつくように飲み干した。

 

「(あいつら、荒っぽいからな。こうゆう事も起きると予想しておくべきだった。許してくれユウナ)」

 

ワッカさんはそんな私をイヤな顔一つしないで、ただ見つめてくれた。

 

ううん、いいの。ワッカさん。そんな顔しないで、私が悪いんだし。それにこうやっていつも私を気遣ってくれるじゃない。それだけで本当に十分なんだから。

 

「(気持ち悪いんだろ?ここは俺らに任せて、遠くで休んでろ)」

 

「(でも…)」

 

「(いいっていいって。ほら、金髪のアイツ。ティーダのクソ野郎は人をノセるの神がかって上手いから…ってアイツ、どこに行きやがった)」

 

周りを見渡すともう金髪の青年の姿は見えなくなっていた。夢だったんじゃないかな、と思うくらいあっさりと私の目の届く場所から自分の痕跡を消していく。そんな予想とも言える印象が私の内にもやもやと残った。助けてくれたお礼を言いたかったのに・・・・。

 

「(まあいいや。とにかく任せてみろって)」

 

ワッカさんはポンと優しく私の肩を叩いて押すと、漁師長と飲み比べのような物を始めだす誰も私を見ていない。確かに今がチャンスみたいだ。

 

「んっ」

 

私はようやく反応してくれた足腰を奮い立たせて、コテコテとした千鳥足でお酒の輪から外れていった。

 

森へ。森の方向へ。足をゆっくり運ばせた。森の先の海岸の風に当たれば、少しは気分が直るとそう感じて。

 

 

 

______________

 

 

 

 

 

「えっ、ほっ、えっ、ほっ…」

 

チョロチョチョロ・・・・と流れる小川を越えようとして、蹴つまずいて、服をまたビショビショにしてから、私は海に至る小さな道に出た。細い道はまだ綺麗に踏み固められていなくて、ところどころで大きな石が私のつま先に引っかかった。

 

「うん…っしょ…んっ…」

 

ぐにょぐにょとした視界を泳ぐように、私の足はすり足で歩を進める。頭の中でパラパラと砂で作ったお城みたいに言葉を失っていくのを、喉元にせり上げって来る酸っぱい味覚と共に感じた。

 

ずりずり。

 

スカートも水を吸って重くなってしまっていて、地面の砂をたくさん食べ混んでいた。まだまだ重くなるぞ、そう言ってにやりと笑うようにシワを作っては消えていく自分のスカートを見下ろして、私は意味もなく笑った。駄目だ。歩いている内に、お酒が完全に回ってきたみたいだ。

 

ずるずる。

 

 

「んっ…んっ…っしょ…」

 

 

ずるずる。

 

歩いて行く内に私の頭の中で思考が消えていって、漠然としたイメージの様な頭の中を占めていく。

 

最初に見たのは、押しつけられるとっくり。その姿は太い蛇みたいに変わっていた。次に見えたのはルールーの安心する微笑みに、私の肩を叩くワッカさん。

 

それに小さな頃にお花の冠を作ってかぶせてくれた時のお父さんの笑顔。そして最後にブリッツボールを脇に抱えて、私の頭上で豪快にお酒を飲み干すライオンのたてがみ。

 

いくつもの出来事が夢みたいに妙に象徴化されて浮かんでは消えていく。お酒を飲むとはこうゆう事か、とこれまた漠然に思ったのだけど、なぜかお酒の席の真ん中に焚かれた変な香りのするお香が原因だと私はなんとなく悟った。もしかしたら全然関係無いのかもしれない。

 

 

「えっほ…えっほ…」

 

 

ずるずる・・・ずるずる・・・

 

歩く。暗い夜道を私は一人でひたすらに歩いた。海に出るにはこんなにも歩かなきゃいけなかったっけ?そう思いながら歩いた。

 

ずるずる。

 

体の平衡感覚が薄れていって蹴躓く回数がだんだん多くなってきた時、私はもしかしたら前に歩いているようで、本当は途中から後ろの方を向いて歩いているんじゃないか、と不安になった。

 

そう思い出したら、だんだん夜の森の暗闇が怖くなってきた。木々に生える枝の全てが私に向かって手を伸ばしている、そう感じながらも私は歩いた。時間が止まっているんじゃないかと思う位、自分の足跡は増えなくて、私は途方もない気持ちにもさいなまれた。

 

 

「ひ・・・・ひマリィ・・・・いる?」

 

 

思わず、弱音を吐いた。小さすぎて誰が聞いたとしても独り言に聞こえるような呼びかけ。おかしいな。舌が上手く回らないや。筋肉が弛緩したみたいに血液が体の中でカラカラと笑っていて、止まっている。それでいて頭の中はぽわーんとしてきた。なんだか・・・・変な気分だ。

 

 

「き・・・・ひまりぃ・・・・」

 

 

動く。動く。木の陰が大きくうねうねと動いている。その踊る動きは私の連想力を強く刺激して、いくつもの思い出したくない記憶と、こわーいこわーい魔物の顔に変わっていって、私の肌を音もなく触れていく。

それはとてもとても冷たくて、私の体温を奪っていく。いけない。体がぞくぞくとしてきた。

 

 

「ひまり・・・・あっかさん・・・・うーうー・・・・。こあいよぉ・・・・」

 

 

途端に私は泣き出した。迷子になった子供みたいにその場にうずくまって、私はピクリとも動けなくなってしまった。足が棒になったみたいに動かない。くすん、くすん、と泣き声を上げてこれから森の魔物達の一人に自分も変わってしまうのだ、という変な想像の影に背中を預けてしまった。

 

 

「っく・・・・・ひっく・・・・」

 

 

「おーおー、やっべ。やっべ。マジで効いてるよ」

 

「うっわー。アレは完璧にどつぼにはまってるな。でろでろだぜ」

 

「ばっか。はめるのは、俺達だろ?ぎゃはははは!!」

 

 

ふと、そんな魔物の声を聞いたと思って私は後ろを振り返った。だけど、誰もいない。どうして?

 

 

「違う。違うよドジユーナ。後ろじゃなくてこっち」

 

え?

 

「真横」

 

ドン!

 

「きゃっ!!」

 

押し倒された。私は今誰かに思いっきり付き飛ばされて押し飛ばされて、地面に頭を打った。

 

思考がぐるぐると混濁して砂嵐の視界が一週回ってグァンと波打つ。こみあげる吐き気と痛み。打ち付けた背中の衝撃が肺に伝わって、呼吸ができなくなった。

 

「さあ、お楽しみターイム」

 

「はあっ。はあっ。」

 

「うっわー。やっぱり近くで見るとよく育ってるなー。食べ頃の果実とはこうゆう事言うんだな」

 

そう言って下卑た笑いを浮かべる、幼馴染み。荒い息を吐くよく私の髪の毛をひっぱてきた乱暴な男の子、お酒の輪で対面に座っていたはずのいじめっ子達が魔物の衣装を着て、私に覆い被さってくるのを最後に、私の意識は___「あ……こわいよ……うーうー」___消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザザーン・・・・ザザーン・・・・・

 

 

 

 

私が目を覚ました時は、まだ夜の真っ最中だった。

 

思考はクリアだ。まだちょっと頭が重いし、なんだか意味もなく怖かったり、面白かったり、変な幻想が見えたりするけど・・・・あ、駄目みたいだ。ぜんぜん頭に思考ができてこない。

 

「・・・えっと・・・・」

 

それでも舌が重力に負けて這いつくばる、なんて事はなくなったみたいで、私は周りの状況を見てここがピサイド村の海岸だということを何とか把握できた。

 

 

「・・・・・あっ!いやっ!」

 

私は慌てて立ち上がり、自分の衣装を確認する。怖い想像が私の中で山びこして、私は体中を自分の手であちこち触った。だけど、予想を反して、服にはどこにも綻びもなく、また乱れてもなかった。

 

「・・・・・・・・あ・・・・ああ・・・よかった・・・あっ」

 

私は再び腰から力が抜けていくのを感じてどしん。後ろにふらりと倒れ込んだ。

 

「あれ」

 

嘘だ。倒れ込んだと思ったけど、椰子の木が私をしっかりと支えてくれていた。どうやら私はこの木のふもとで眠るこけてしまっていたらしい。

 

 

ぽんぽんっぽーん

 

 

そんな時、そんな軽やかな音が向こうから聞こえてきた。

 

 

ぽんぽんぽーんぽん。

 

 

ブリッツボールがそこで踊っていた。中心にいたのは金髪の男の子。たしか、ティーダという名前だったと思う。

 

 

ぽんっぽんぽーん。

 

彼の足に磁石が着いていて、そこにボールが吸い付いているんじゃないかと思う位優雅に、男の子はボールをトラップしていた。

 

 

なんでだろう?なんで私はここいるんだろう。

 

そんな光景を見て、私はそもそも自分はなんでここにいるのかという疑問を頭に浮かべた。

 

 

 

ぽんぽんっぽーん

 

 

 

なんで私はこんな風にキレイな服を着て今まで横たわっていて、こんな風に穏やかな気持ちでボールを見続ける事ができているんだろう。

 

私はたしかあの時あのグループにひどい事をそれはもう酷い事をされてたはずで、そのはずで。

 

 

ぽーん。ぽっぽっぽっぽーん。

 

 

一際高くボールが空に舞いあがり、まるでブリッツボールが彼に求愛しているように、元の位置に戻ってくる。月を背にしたブリッツボールの動きはとても幻想的で、私のまとまりそうな思考と視線を誘うように散漫にさせる。けど、それでも私は必死に考えた。

 

自分が一体どうなったのか?一体何が起きたらこんな風に無事な体でいられるんだろうか?

 

そう必死に考えた。

 

 

ぽんっぽんぽーん。

 

「よっ。ほっ、っと、」

 

 

でも駄目だった。そんなどこかの平和な島に行き着いた、こんな日でもブリッツボールをやっている様なお気楽そうな青年の声を聞いてしまったら、推理はいつまでたってもまとまりそうにない。

 

 

 

そう。本当になんでだろうね___?

 

 

「なんでなんだろうね・・・・なんか・・・安心して涙が・・・でてきちゃったよ・・・・・・」

 

 

 

 

 

ありがとう。

 

きっと、ううん。絶対。君がなんとかしてくれたんだよね。

 

 

 

「ひっく・・・・・っく・・・・ひっく・・・・・」

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

ぽんぽんっぽんぽーん…

 

 

 

 

「ひっく・・・・っく・・・・」

 

 

 

_______ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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