奇・・ドラゴンクエスト1の続き   作:ケット

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満月の党、それぞれの試練

 地下都市から出て、実は影で邪神教団の組織を一掃されたペルポイと、ベラヌール、そしてアレフガルドの交易を回復させたアロンドたちは、また海に出て大きくロンダルキアの崖を迂回する。

 延々と続く巨大な崖。天に届くかに見える、どこにも上陸できない海岸線。

 その凄まじい岩山にも、ヤギやカモシカのように力強く跳ねる角馬を駆る遊牧民の姿はあった。

 それを横に見ながら航海は続き、ローラの腹もゆっくりと、順調に膨らんでいく。ローレルも元気に、歩きマストを登ることを覚えた。

 

 そして、岸は雄大な、底なしの密林となった。

 緑しか見えない。

 海の色も明らかに違い、魚が多い。子供たちは釣りではしゃいでいる。一度うみうしが釣れて、アロンドが慌てて切り倒した。

 そんな光景を見ながら、時に嵐もあるが船旅は続く。

 朝日と共に起き、すぐに船員たちと同じ朝食。宮廷としての訓練を優先すべきか議論はあったが、アロンドが「ハミマもいないし、みんなと同じ食事でいい」だった。

 新鮮なかんきつ類を絞ったジュースと、ポークビッツサイズのレバーソーセージで、まずビタミンやミネラルを摂る。好き嫌いのある子も小さいソーセージを飲みこむだけならできる。

 次いで酸味の強い馬乳酒。何もいれず、そのまま飲むのが遊牧民の伝統だ。栄養豊富で、遊牧民はそれを主食にすらする。

 キーモアの大きな卵のオムレツに、モヤシやカイワレのような生スプラウトがついている。スプラウトは船上でも食べられ、壊血病を予防する。

 肉料理も少々。軽く焼いたベーコン、使い捨ての鉄缶ではなく頑丈な鉄箱でのコンビーフのようなもの。大灯台の島で前から普通に作られ食べられている。

 それに昨日子供たちが釣った魚の一夜干しが少々。

 砕いて粥にした乾パンに、菜種油を垂らしドライフルーツやナッツをたっぷり入れたもの。

 納豆を刻んで入れた味噌汁。

 熱い、小さいカップの茶で食事を終える。

 やや和洋折衷で、瓜生の故郷の基準で正式とはいえないが、ジパングの礼式や発酵食品技術、〈ロトの民〉の母体であるペルポイ・山岳遊牧民の伝統がうまく調和し、瓜生がもたらした栄養学の知識もきちんと活かされている。

「ローラ、大事な体なのだから」と、アロンドが勧めるドライフルーツと、煮干の小魚をローラが感謝の苦笑を浮かべて食べる。

 ローレルがそれに手を伸ばして、父親の咎める目に手を引っ込め、ローラが改めて分けてくれたのを満面の笑顔で頬張る。

「さて、歯を磨いたら、少し本を読んであげよう。それから修行をして、それから仕事を手伝おう」アロンドの笑顔に学齢前の子供たちが喜ぶ。

 食べたら磨く。歯ブラシも、そのための木と使いものにならなかった家畜毛から作られている。

 そんな習慣がなく、大抵は歯がボロボロな王侯貴族や金持ちたちがロト一族を見て一番驚くのが、その歯の美しさだ。

〈ロトの民〉が伝えていたペルポイの古い歌を歌い聞かせ、みんなで歌い、まず準備運動として徒手格闘の訓練。

 これはラファエルが学んだもの。そのいくつかの動きはゾーマから学んだものでもある。

 太極拳を思わせるゆっくりした、螺旋の動きで、深く腰を落とすので見た目より運動量が多い。

 ごく基本的な動きだけを、何十回も丁寧に。アロンドも飽きもせずするし、子供たちも息を切らせながら真似する。

 剣と盾を手に、突きと切り下げの練習を二百ずつ、そして竜馬に乗ったまま槍を投げる練習。

 その単調さに疲れた子には、帆布を縫う仕事も大喜びだった。

 昼食の習慣はないが、思い思いに昼休みを取る。〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉ともに常在戦場をモットーとし、野良仕事に出るときも、必ず一日分の湯冷ましと食物、薬や布を腰帯につける。腹が減ればそれを食べ、すぐに歯を磨く。

 そして、何かを数えたり、文字を書いたりするのもやるし、釣りをする子もいる。

「ウリエル様の世界では、子は生まれて六年してから、学校にやられるそうですね」ローラが言う。

「ああ。複雑らしいけど、どうなんだっけ?」

「ええと、ウリエル様の世界も多くの国があって、国によって違うとか。いまだに女の子を学校に行かせない国もあると怒っていらっしゃいました。多くは、正確には生まれて六年めの、四月一日から学校が始まるとのことです」

 サデルが細かく言う。

「ややこしい世界だな」アロンドが苦笑し、また数学の独習を始めた。

 

 その広大な海岸森の中から、瓜生が作った航空写真を地図がわりに見ながら、一つの川の河口を選ぶ。河口と言っても湾に見える、普通の海岸線とあまり区別はつかない規模の地形で、しかも一面の森と海に方向感覚も狂う。

 ロンダルキアから、何本も長い川が流れ、深い森が広く覆うこの地域は、王国などのない未開の地だ。

 一度船が岸につく。そこには、岩山に隠された森と水田が複雑に並び、ロトの子孫と共通する特徴を持つ人々がいた。

「ここでも、ロト一族がゴムなどを育てているんだ」

 常にルーラでの行き来はあり、皆顔は知っている。

 そこでの夕食はアブラヤシ油で揚げた大きい川魚と木の実、そしてたっぷりの野菜と果物で、船旅に疲れた皆には最高にうまかった。

 

 それから、森の中の川を遡り続ける。

 広い川だが、それでも帆だけで航行するのは大変だった。風向きがいいときはいいのだが、逆風になれば、狭い範囲で鋭い上手回しをくり返さなければならないし、水深を測らなければ危険になる。

 まあ水深はソナーで測れるのだが。

 川を、何日もかけて遡る。人口の少なさが信じられないほど、豊かな森山が広がっている。

 ついに、森と川の奥に、小さな村と、木々よりも高い塔が見えてきた。

 

「テパの村だ」

 その村には、建物らしい建物が見当たらない。根元のほうが非常に太い、大きな木が生えているだけだ。

 村の裏には大きな人造湖がある。

 警戒されないため、少人数での上陸にし、大げさにはせず単なる旅人として訪れることにした。

 村の入口の番人に一礼したアロンドが、山彦の笛を吹いた。こだまは返らない。

「ここは食べものがうまかったな」と、ついてきていた瓜生が言う。

 さっそく宿に入ると、そこには何種類も酒があった。

 甘い酒、泡立ち続けている酒、赤くぶつぶつが浮いた酒。干した果物や揚げた小魚をつまみに。

 淡水で暮らすという蛸の酢の物と、カメのゆで卵を瓜生が、美味と懐かしさに満面を笑顔にして食べていた。アロンドたちもその濃厚なおいしさに大喜びしていた。

 そして、彼らが驚いたのが村の武器屋・防具屋である。小さい村なのに、伝説級の隼の剣・水の羽衣・力の楯が売られていた。

「ベラヌールがどうかなってて、売り先がなくてね」と笑っていたが、皆は呆然としていた。

「この村はアレフガルドの、古い古い技術を伝えてくれているんだ」瓜生の言葉に、店主がにっこりした。

「そうさ、ゾーマが出るずっと前から、ご先祖様がアレフガルドから出て。そしてこの森の奥に隠れて、技を受け継いでいるのさ」

「病人とかがいたら、できる限りの援助はします。それで、これからも武器防具を売ってください」

 と、今売られているのを全部買ったアロンドが大喜びで頼みこみ、さっそく病人や妊産婦の治療に走りまわる。

〈ロトの民〉の海外交易担当もこの村は知っていたが、生産数が多くないので、それほどの関心はなかった。集団騎馬戦法の〈ロトの民〉は、全員が持てる武器防具でなければならない。

「竜王との戦いでは、これらがあれば楽だったろうな」アロンドが言う。

「おれとガブリエラが、頼って努力を怠ったらいけない、と魔法の武器防具を遺さなかったんですが、それが誇大に解釈されてタブーになってたんでしょうね」と瓜生が肩をすくめた。

「ここは買う人の身元を厳しく確認しますし、世に隠れているロト一族にとっては訪れにくかったのです。それに、ある程度の魔法の武器防具は自分たちでも作れましたし、血筋と魔力こそ力です」とアルメラ老船長。

 

 船に村人の長老格や職人たちを招いて、夕食にする。

〈ロトの子孫〉に多いジパングやサマンオサの伝統にアレフガルドの田畑、〈ロトの民〉のペルポイや遊牧民と、多くの源泉が高い清潔・栄養学の知識を背景に、時間をかけて混じり熟成している。

 大きな肉鍋を皆で囲み、炊き込み飯の椀が配られる。

 それにチーズ、豆と臓物の煮物、肉・魚・豆腐・チーズの串揚げや天ぷら、焼き魚、なれ鮨、コンビーフ、油味噌、納豆、漬け物、干し柿、餡菓子、フローズンヨーグルト、抹茶と多種多様な食物が次々と出る。そしてアレフガルドの隠れ里や大灯台の島で熟成された蒸留酒。

 器も素朴な陶器、驚くほど薄い磁器、華やかに輝くガラス、なまめかしい漆器、豪奢な銀器、深みある銅器や鉄器が適切に使い分けられる。どれも瓜生が出した物ではない、〈ロトの子孫〉は隠れ里で、〈ロトの民〉は地下資源も豊かな島々で技術と美を高め、秘かな交易で世界の人々の鑑識眼に磨かれてきた品だ。それも高度な技術を用いる高い農業生産が産む余剰人口と教育、ルーラと信頼による緊密な情報交換があればこそだ。

 舌の肥えたテパの人々も、その珍しい味に嬉しい悲鳴を上げ続け、音楽と、アロンドの語る竜王やベラヌールの冒険話を喜んでいた。

 その楽しみの中も、ベテラン船長のアルメラが互いが必要する物を率直に伝えあい、交易についても細かくまとめている。

 何よりアロンドとローラの、美貌と存在感と暖かさに、やはり村人たちも魅せられていた。

 翌朝、村の許可も得て、村の南にそびえている、古い塔を訪れることにした。

 テパの村にとっても重要で、実は魔力を帯びた武器防具を創るのにも、そこの助力が必要らしい。

 人かどうかわからない、古い何かが住んでおり、それが魔力のある素材をくれる。そのかわりに村から、食物や衣類を提供するのだ。

 木の実が入ったクッキーのようなものと、見た目は悪いがうまい蟻や水生昆虫の揚げ物を弁当にもらって、塔に向かった。

 少し河を下り、対岸が見えないほど広い濠に囲まれた密林の奥にある。

 

 大灯台に似るが、もっと基部が大きい塔の、最初の開かれた門をくぐる。内部にはいくつも扉が閉ざされていた。

 その広い玄関で山彦の笛を吹くと、こだまがくり返し帰ってきた。

「ここにいる者よ、私はミカエラの子孫、〈竜王殺し〉アロンド。敵意はない、こちらに精霊ルビスより紋章が伝わっているのでしょう」

 叫びに応えるように、扉が大きく開かれた。

 人とは思えない、竜のそれに似た声が響く。

「勇者アロンド、禁断大陸の王よ。道をひらくがよい。月満ちれば欠け、潮は満ちて引く。運命を果たすがよい。風の塔・大灯台・ドラゴンの角それぞれに、今人を送れ。それぞれに待つ敵を倒せ。勇者アロンド、そなたはこの扉より入れ」

 響く深い声と、その奥からの、巨大な気配。

「アダンのリハビリをしたいのですが」という瓜生に、アロンドが「風の塔を。その前に、ゴッサとムツキに精鋭を選ばせ、そしてヤエミタトロンをドラゴンの角に送ってくれ」と言う。瓜生はうなずき、両手剣を手に出すとゴッサを連れて消えた。

 サデルに目を向け「ローラたちを送って、ジジと大灯台を」。

 失った子の名に動揺しつつ、それを押し殺して微笑むローラとローレルの手を、サデルが握る。アロンドが三人に微笑みうなずきかけ、ルーラで消えるのを見送った。

 アロンドは、ほかの〈ロトの子孫〉〈ロトの民〉に「ここで待つように。あとの指揮はフェセが」とだけ言うと、そのまま扉をくぐった。

 

 瓜生はゴッサを連れてアレフガルドにルーラ、夫サラカエルと共に再開拓に勤しんでいるムツキを訪れて雨のほこらに飛んで精鋭を五人集め、また大灯台の島に戻ると〈ロトの民〉のゴッサに命令を伝え、十人の騎兵を選ばせてドラゴンの角の北側に連れていった。

 それから、大灯台の島にまた戻り、無人機につながるコンピューターの画面を見て、電波信号が示す場所にリリルーラで飛ぶ。

 ロンダルキアの人気のない斜面で、ヤモリでも落ちそうな氷の断崖を裸の少年姿で登っている金髪の王子を見つけ、傍らに浮いている竜女を誘ってドラゴンの角の、南側に飛んだ。

 それから、岩山の洞窟の奥に向かった。そこには巨体の、奇妙な肌の色をした少年がいた。

 人間の魔法使いには到底不可能な、複雑な魔法図を周囲の壁に自らの血で描いている。正気の人間とは思えない。

「アダン」瓜生の声に、巨体の少年が振り向く。瓜生が静かに呪文を唱え、壁に描かれた魔法図が奇妙なうなりを返す。

「そろそろ、人間のふりをして人に混じることもできそうだな。思ったより早く安定している」そう瓜生は微笑むと、他の者のように触れるのではなく、呪文で移動先を伝えた。

 二人が洞窟から消え、そして出入り口から風の塔に飛んだ。

 

 ローラ親子を座礁船に送ったサデルが大灯台の前に降り立つとジジと、子供五人が待っていた。

 リレム、〈ロトの子孫〉のラファエラとヘエル、〈ロトの民〉のトシシュ、ペルポイの奴隷だったジニ。

 サデルが驚いているのを見、ジジはにんまりと子供たちに話した。

「いいかい、相手が心の奥底で期待している、けれどまさかと思ってることをやる。すると相手は、こっちを本物の魔法使いだと思う。それが奇術や占いの第一だ。本当に魔法や予言ができても、それができれば効果は大きいんだ、人間ってのは魔法や予言を見たいんじゃない。見たいことを見たいんだ。それを忘れちゃいい手品師にはなれないよ」

「で、でも、ルーラにしても早すぎます。予言ですか?」サデルが呆然とする。

「ウリエルのヘタレバカから電波モールス信号」と、ヘエルとジニが持っている道具を指さした。

「前には無力を教えたけど、今回は力ってのを教えてやるよ」と、ジジが言う。閉ざされている扉は、今大きく開いている。

「ほら、それぐらい着な」と言って、サデルが負っているAK-74の弾倉がいくつも入ったチョッキをサデルに渡し、ジジはさっさと塔に入っていく。

 少年少女たちも、それぞれその体の割には大きな銃を手に従う。

 ジジは銃は持たず、可愛らしい服装に装飾の多い杖。そうしていると魔法少女にも見える。

 

 ゴッサとムツキを中心とした、十七人の人と二十頭の竜馬。十人が〈ロトの民〉の騎兵だ。

 竜王との戦い、ムーンブルクでの穴掘り、またベラヌール解放戦で磨かれた最も優秀な人々だ。

 巨大な竜馬、そして巨大な銃と大量の弾薬。

 全員がAK-74を共通に持つ。

 RPG-7、338ラプアとほぼ同じ338ノルママグナムをベルトリンク・交換銃身で連射するLWMMG (Lightweight Medium Machine Gun)が各四人。

 さらに30kg近い重量がある、バルカン砲と同じ20mm機関砲弾を放つダネルNTW-20、M2以上の威力で歩兵が携行できるKord12.7mm重機関銃と破格な重火器も三人ずつ担いでいる。常の人馬には過ぎた重さだが、アリアハン王家の血を引く怪力ぞろい、馬も竜の血を引くといわれる巨馬だ。

 騎馬の者は愛用の投槍も持っている。

 命令すらなく、馬も人も歩調をそろえて北の塔に歩み入る。

 

 十歳ぐらいに見える金髪の美少年と、美しすぎる女数人が、南の塔の入り口をくぐる。

 次の瞬間、それは何匹かの、巨大な魔物の姿に戻った。先頭を率いるのは黄金の鱗と、人間の両手と瞳を持つ竜神王子。

 

 アロンドを次々と襲う魔物、だが彼は一人で、やすやすと切り倒していく。

 竜王を、そして子を狙った魔を、ベラヌールで下級神を倒し食らった彼の戦力は凄まじい。

 そして、雷神剣とテパで買った力の盾。剣の魔力を剣にまとわせ、わずかな傷も確実に癒せる。

 パペットマンのふしぎな踊りが脅威だが、雷神剣と力の盾があれば魔力がなくてもさして支障はない。毒に犯されるなどしたら祈りの指輪で回復すればいい。

 グールやマミーを雷撃で焼き払い、稲妻をまとう剣で切り倒しつつ、一階ずつ登っていく。

 弾倉二つ分残して撃ち尽くした銃はしまったまま。

 登りつめ、そして別の階段から、群がるウドラーとブラッドハンドを焼き払って下への階段を走る。

 そこに降りたとき、深い声がアロンドに呼びかけてきた。

「選ぶがいい、強大なる勇者よ。精神と時の部屋で半年を過ごすか、ウェスタロスの七王国で三年を過ごすか、ウリエルの故郷地球で六年学ぶか。どれもこの世界では半日じゃよ」

 三つの、黄色・緑色・赤色の扉がある。アロンドは一瞬考えこんだ。

 瓜生の世界でみっちり勉強するというのは、とても魅力的に感じられた。それほど長い間妻子や仲間たちと離れるのは辛かったが。

 ウェスタロスというのは聞いた事がない。精神と時の部屋、というのも嫌な予感がする。

(単純に決めよう。短いほうがいいし、この黄色が気に入った)

 それだけで、黄色の扉に手をかけ、開いた。

 

「別界からよく来た」と、一人の男が出迎えた。「ここが精神と時の部屋だ。普通はうちの時空から修行に入るんだが、特例でな」

(神)一目見て分かる。

 そして、彼が示した別の扉を潜った瞬間、強い違和感を感じ、崩れ落ちそうになる。

(重荷を負ったか)と一瞬思ったが、違う。内臓からこの違和感がある。

「ここは重力が十倍だ。ちなみに大抵の、人が住む世界はほぼ同じ重力だ。そして寒暖の差も激しく、外界の情報は入ってこない。この部屋には生活できる食物などは出てくる。外を見てみい」

 出たとき、何もないひたすらな広さの中の小さな建物に改めて驚いた。

「ただ、そちらの神から伝言がある。『勉強に必要な品は渡すように瓜生に頼まれた』」とその神が言って隅の、新しく作りつけられた棚を示す。

 そこにはノートと鉛筆、小型テレビとDVDプレイヤーとかなりの数のDVD、大英百科事典、日本語での、中学および高校の全科目の教科書・受験参考書、国語・漢和・古語・英和・和英辞典・理科年表、何十冊かの放送大学テキストが収まっていた。

 アロンドはそれどころではなかった。重力十倍、それだけでも過酷すぎる。スカラを唱えて、やっと内臓の痛みや貧血を感じず、まともに立てるようになる。

 常人なら内臓の負担はなくても、体重六十キロなら五百キロ以上を担ぐことになる、立ち続けることも不可能だ。

「ギブアップならこの扉を開けるがよい。二年以上ここにいてはならぬ、閉じこめられる」と細かな注意を受け、修行の日々が始まった。

 過酷な気温の変化、特にマイナス四十度の極低温を、雷神剣の魔力で暖めた岩でしのぐ。

 そして瞑想、勉強、修行をバランスよく配分し、厳しく自らに課した。

 勉強面でも天才にほかならない彼だが、瓜生から最近拾ったジニという子の、桁外れの神童ぶりを聞いている。

 瞑想していると、二度の試練のことを思い出してしまって、絶叫することがたびたびある。

 一人の、若い兵士としての記憶。体験だけでなく、普通教育を受けていたことも記憶として蘇り、統合されていく。

 そして、アドルフ・ヒトラーの全ての記憶。大英百科事典から、ヒトラーやナチスドイツ、ドイツやホロコースト、ユダヤ人など関連項目は何度も詳しく読み返し、放送大学のテキストやDVDから選んで繰り返し学びなおした。

 なぜ。どうしてあんなことに。

 その自問から逃れて、瞑想だけに集中できることもあった。

 また、この人生自体の波乱も。竜王との戦いも。

 勉強でも、純粋に数学や物理学だけを学んでいると、心騒ぐことはなかった。

 剣の一人修行、銃の分解再組み立てや走る・伏せる・狙う訓練をくり返していると、両親と過ごした日々や一人での放浪を思い出し、涙することも多い。

 

 三カ月ほど孤独な日々が続き、突然扉が開いた。

「新しく、われわれの時空から修行したい、という子がいてな」

 と、もう顔も忘れかけた〈神〉…界王神がいう。

 扉を開けて顔を出したのは、二人の少女。二人とも十二歳ぐらい、長いこと顔を見ていないリレムやラファエラを思い出す。

 一人はショートカットで、気が強そうな子。もう一人は柔らかい感じで眼鏡をかけた、髪の長いオーバーオールの子。

 二人の青年に見える人物が、後ろからついてきた。

「先客がいたんだ、おっす!おら悟空だ。孫悟空」にこっと、笑う。

「んちゃ、アラレだよ!」と、オーバーオールのほうの女の子が元気に叫ぶ。

「娘のパンと、その親友の則巻アラレです。ぼくは孫悟空の息子、孫悟飯です。娘が少し徹底的に修行したい、ということで、よろしくお願いします」と、もう一人の青年が物柔らかに言う。

「勇者ロトの子孫、アロンドです」

 自己紹介しながらも、アロンドは腰を抜かしそうだった。

(次元が、違いすぎる)

 アラレ、という子の力は奇妙にも読めない。だが、孫一家の戦闘能力の、とてつもなさが彼にはわかった。

 神々と即座に察した、案内の男と比べても何十桁も上だ。

(竜王を倒した。ウリエルが変じたゾーマや神竜にも、修行次第で勝てるかもしれないとは思えた。だが、この二人……)

 目を見開き、その底なしの力の差が見えてくる。彼らにとっては、惑星を砕くことがたやすいことを直感する。

(私は、小虫にすぎない。どれだけうぬぼれていたんだ)

 二人の青年……実は一方は、孫がいる年齢だが……は少し苦笑気味にその反応を見た。

 目の前の、恐ろしく美しい青年が善人で、真摯な武術修行者だと、二人にはひと目見て分かり即座に信頼した。

 可愛い娘に別れを告げ、孫父子は扉を閉めて去る。

 

 二人の少女に囲まれたアロンドは、とりあえず精神と時の部屋の説明を始めようとするが、アラレという子はもう外に走り出してしまった。

「うっほほい、重い重い!広い広ーい!」と嬉しそうに叫びながら、十倍重力で軽々ととんぼがえりをして、とてつもないスピードで。

「パンよ。よろしく」

「アロンド。よろしく」

 アラレを見守りながら、どちらともなく互いに構える。アロンドは雷神剣を出しているが、女の子相手に武器も卑怯とは思わない。

 それほどの力の差があることは、はっきりとわかっている。だが、実際に始まれば、それは感じたよりはるかに巨大な差だった。

 スピードがまったく違う。元々まともな人間の何倍も速く、さらにピオリムをかけたアロンドの、その目で追うこともできない速さで懐に飛びこまれ、軽く押されるだけで吹っ飛ばされる……竜王の尾より強烈に。

 

 アロンドの剣技はアラレとパンとの修行で、急速に変わっていった。天才なのだ、二人に比べどれほど弱くても。

 勇者ロト、ミカエラ……アリアハン王家ともつながり、独自の、魔法剣の資質を持つオルテガ家。そしてミカエラの母、雷神の血を引くと言われ稲妻の剣を使え、雷電呪文を唱えられるネクロゴンド王家。その双方の血。

 さらに、アリアハン王家直系のラファエル。アリアハン王家は代々、普通でも常人の何倍もの大力を誇る。

 その血筋を引き、天才とされ、そして多くの魔物を倒してその力を食らってきたアロンド。

 剣技はランシール神聖騎士団ともつながる、アリアハン王家武術師範でもあるオルテガ家の技を、主にカンダタから受け継いでいる。極めれば魔法剣にもつながり、素手の技とも共通性が高い。

 そして素手の技。〈上の世界〉で伝えられた拳法で、レベルが上がると烈光拳、伝説の過剰治癒呪文、マホイミの魔力をインパクトで爆発させる魔法攻撃ともなり、またその変形は物体にも高い破壊力を持つ。だがその真の祖はかの大魔王ゾーマであり、ラファエルはゾーマ自らに、失伝していた技も含め源流を直接、比喩でなく生命と引き替えに体に叩きこまれた。

〈ロトの子孫〉として、アロンドは拳の達人だった父親、剣と射撃の名手だった母親から剣と拳の双方を徹底的に教わっていた。

 それに豊富な実戦経験と、それで倒した魔物たちから喰った力が加わり、元からの怪力に加えとてつもない強さになっていた。魔法無しの単なる体力でも、重量挙げで瓜生の故郷の世界記録の百倍にはなる。

 だが、この二人の少女は、そのアロンドから見ても桁外れに強い。

 アラレは、何の武術も知らない。動きはめちゃくちゃで性格は自由奔放、水や食物も口にせず排泄もせず、ロボビタンAという哺乳瓶に入ったドリンクばかり飲んでいる。

 単純に、力が人間に比べ強いのだ。天文学的に。それゆえにスピードも音速を超える。疲れも知らない。

 パンの、単純な体力はアラレほどではないが、常人より何桁も上だ。アロンドよりも何千倍も。だが、魔法に似るが、アロンドたちとはまったく違う源泉から引き出すとてつもない力を自然に操り、時に集中して放てばこれまた惑星破壊級となる。魔法としてそこまで引き出すのは、自己犠牲呪文としても想像すらできないことだ。

 そして彼女の特異な武術流派も、アロンドは徐々に理解した。普通の人間は鍛えても筋肉が肥大するばかりで、それ以上強化できない限度がある。だがその流派では、長い時間の共同生活の間、魔法に似た力を無意識に使って、筋肉の肥大なしに体力を、事実上際限なく強めることができるようにしてしまう。その上で激しい鍛錬により、毎日極限まで疲労して動きの無駄を消し、正しい歩法や拳の出し方ができるようにしてしまう。また魔法とは全く違う生命力の源泉から巨大な力を引き出し、肉体の強度も銃弾で傷を負わないほど高める。さらにパンたち、孫家は人間とも違う何かがあり、その力が元々桁外れに強い。

(これは真似できない)アロンドには、そのことははっきり分かった。何かが違う。

 とにかく桁外れの力、常人が巨大パワーショベルを相手にするようなものだ。

 

 まともな打ち合いでは全く勝負にならない、交通事故のように吹っ飛ぶだけだ。回避だのフェイントだのは問題外。その相手に、アロンドの天才は自らの剣と拳を統合し、深く深く磨き上げていった。斧を研いで針にするように。

 攻撃と防御を一体化する。盾で防いで剣で突く、など不可能……盾で防いだら体ごとはるか彼方に吹き飛ぶだけ、また防御から攻撃に移る間に、アラレもパンも十回は飛び下がって構えなおし再攻撃できる。

 決める攻撃だけ、防御と攻撃を一つの動きで同時にやる。それができるのが、ラファエルがゾーマに学んだ奥義だ。

 オルテガ家に伝わる剣技も、高めれば攻防一致に至る。二の太刀不要の一撃が自然に螺旋を描き、最小限の振りかぶりで摺り上げそのまま斬る。

 150cmもない武術家が、220cm130kg、100m走11秒台のNBA・NHLレギュラーの全力パンチをさばいてカウンターを狙うようなもの、実際の力の差はミジンコと原子力空母。極限まで小さい動きに全身を集中しなければ、触れることもできない。

 アロンド自身の天才も、ほとんど自爆せんばかりに解放し、ダッシュして槍を投げるように全身の力を使い、示現流のように捨て身で叩きつける。それを、綿密なタイミングと間合いで、針の穴を通すように一点に集中する。

 魔法で限界を超えて身体能力を強化し、その上で完全に力を抜いた状態から、(斧を研いで針にする)と自分で言い聞かせ、全身の力を螺旋に沿って、一点に集中。ほとんど動いているとも見えない、無拍子の寸打。

 間合いを綿密に調整して自分に有利な角度を作り、限界まで加速し魔力を極限まで一点集中し、瞬間的に攻撃力を実質無限にして捨て身の相打ち。

 相手の動きを読み、また何手も先から操って、思い通りの動きをさせて追い詰め、打撃から切れ目なくつながる投げ技。

 それらが、十回に一度成功するかどうか。それが毎日のことだ。

 残りの九回はアロンドが吹っ飛んで重傷を負い、力の盾で癒されるだけだ。そして一回の成功ではアラレが一瞬動きを止めて戸惑い喜び、パンは重傷を負って癒されそのたびに何倍にも強くなる。

 遠距離戦でも、アロンドの雷神剣の力や雷電呪文を剣に乗せ放つ魔法剣や稲妻、多様な攻撃呪文と、パンのかめはめ波やアラレのんちゃ砲がぶつかり合う。

 かめはめ波は、集中すればそれこそ惑星破壊級の威力になるが、連射が難しい。連射が遅いのはんちゃ砲も同様だ。

 それに対し、雷神剣を乗せ、剣技の応用で遠距離射撃にするのは連射もできるし、攻撃呪文は実に多彩だ。

 アロンドは一人稽古ではできる限り大きく、全身で、ゆっくりと基礎練習を繰り返す。一日に一つの動きを、一万回。十倍の重力では十回でも地獄の負担になる。それが、組み手での、小さい動きでの一点集中につながっていく。

 パンも才能はあり、その動きを真似て急速に学び、成長していく。

 アラレは、あまりそれらに関心はないようで、奔放に踊っていることが多い。

 

 勉強も、一人ではなく三人だと楽しくできる。パンは翻訳機を持っていたし、アラレはどんな言葉も短期間で習得し、数学の能力がめちゃくちゃに高い。

 そしてパンは魔法も学び始めた。亀仙流とは違う力の使い方は、彼女にはとても珍しかったようだ。アラレは魔力も生命力も不思議と全く使えない。彼女が人間でも、生物でもないとアロンドが理解したのは、十日ほどたってからだ。

 瞑想も変わらずやる。その間は、パンとアラレは次々に新しい遊びを思いつき、楽しんでいた。

 アラレの奔放な、楽しみを見つける天才には、アロンドはいつも驚きながら共に楽しんでいた。彼の、普段他者には見せない奔放で苛烈な部分が彼女の前では平気で出せる。感情のまま全力で叫んでも、彼女は人を笑うが軽蔑しない。

 そしてパンの強さと弱さ、普通の少女としての面には、年長者としてアロンドは自然に接することができる。優れた指導者である彼は、とてもいい教師、兄代わりとして接してもいた。

 パンとアロンドが常人には考えられない大量の食事を詰めこみ、アラレはロボビタンAを飲んでいて、いきなり脈絡なくお芝居を始めたりもする。

 

 朝、極寒が灼熱に変わる地獄の中、アラレの「んちゃ!」という大声と共に三人が起き出し、食事をとる。

 寝る場は、ちゃんと本で壁を作っているので、プライバシーは保たれている。

 まず三人で食事。ちゃんと出てくるのが不思議だ。それを、アロンドも十人前、パンは百人前はぺろりと平らげる。アラレは食事はせず、ロボビタンAを飲むだけだ。

 それから、涼しい時間帯に三人で二時間ほど勉強する。

 アロンドはアラレに数学を教わり、パンは祖母のチチに持たされた宿題に悪戦苦闘している。ただ、アラレはすぐに退屈になり、遊びたがるので、アロンドとパンが新しいダンスを創作して踊ってみたり、何か物語を考えて劇にしたり、と脱線することも多い。

 それからアロンドとパンはストレッチを済ませ、瞑想する。そうしていると、十倍の重力が恐ろしいほど体にのしかかってくる。

 アラレが「遊ぼう遊ぼう」というのに答えて、まず鬼ごっこから。音速の。

 十倍の重力と希薄な大気だが、アロンドもパンも100m二秒かそこらで走り抜ける。ただ、アラレはこの重力でも音速を超える。アロンドはトベルーラ、原理的にほぼ同じだがパンは舞空術で全力を出せば、ある程度勝負になる。

 それだけで、基礎的な運動としては充分だ。

 そして、一汗かいて、パンがたっぷり食事を取ってから、三人での組み手となる。

「今日は、二人でかかってきてくれ」アロンドが言って呪文を次々と唱え、右手の手刀をやわらかく伸ばすと、それが少し伸びて稲光をまとう。もう、彼は雷神剣を、自らの肉体と魂に吸収したのだ。

 彼の呪文は、竜王を倒してから瓜生に習ったこともあり、かなり多い。ギガデインやベホマズンはもちろん、メラ系・イオ系・ヒャド系、バイキルト・スカラ・フバーハ・ピオリム・マホカンタなど僧魔問わない。

 スカラは、この十倍重力で脳と内臓が潰れないためだけにも必要だ。それを重ねてかけ、バイキルト、ピオリムと強化する。それも、瞬間的・爆発的に増幅させた魔力でかけているので、普通の魔法使いが唱える呪文よりはるかに強力になる。

「ベギラマ!」

 一点集中したベギラマのレーザーが、ほぼ同時に何発も宙に生じ、多方向からアラレとパンを狙う。

「うっほほーい、プロレスごっこ」と、アラレが100m以上の距離から、マッハ2=秒速700m、十分の一秒で到達している。

 増幅されたピオリムの認識能力、十倍の重力さえも助けにして、ごくわずかな動きでかわし、アラレの足首を蹴りながら左手をわずかに動かしただけに見える。ちなみに、その蹴りは岩を粉砕できるほど全身の力を集約している。同時に防御の手は部分的なアストロンで強化され、爆発的に魔力を集中させたイオラの衝撃で、自分とアラレ両方に巨大な力を加える。

 アラレが転んで吹っ飛ぶが、アロンドもかなりの距離を吹っ飛ぶ、そのことでパンが放った光球の一発目をかわし、着地点にももう一発が飛んでくるのが分かる。

 それを、右肘が別の光に一瞬、閃光のように輝くと弾き返す。増幅し、一点集中したマホカンタ。

「メラゾーマ!」

 瞬間的に魔力を拡大しての呪文に、普通のメラゾーマの大型火球ではなく、美しく輝く炎の巨鳥が出現する。直後右手刀で狙うと雷神剣の雷光が放たれる。雷光は鋭い矢となってかわしたパンを、ホーミングで狙い続け、よけたところに熾炎の鳳凰が襲う。

「やるわね」

 と、その二発を深呼吸が必要な気弾を両手から同時に放ち、弾き消したパンに、もうアロンドが突撃している。

 空中で方向転換、迎え撃ったパンだがアロンドは急停止する。

 そこに、別方向からアラレ。アロンドは先に、加速呪文を爆発的に高めていた、その最高速度でわずかに動き、アラレの手と腹に超スピードで触れる。合気道に近い、相手の力を利用し重心をかすかにずらす投げ技だ。

 吹き飛ぶアラレに雷神剣の雷撃を一発放った、そこにもうパンが迫り、超音速の拳を突き出してくる。

 だが、アロンドが見せた隙は、わざと。一瞬の間に、反撃するかわりに脱力する。

 数千分の一秒で迫る拳。ほんの一瞬部分的にアストロンをかけた腕で螺旋にそらし、引くこともなくその手で攻撃が延びきった瞬間のわずかな無防備に、ギガデインの全魔力を雷神剣を変形させた金剛不壊の手刀の先端に一点集中、気の鎧の隙間を針のように貫く。

 そらしてはいても、拳も当たる。相打ちはもとより覚悟の上、わずかに角度を変えただけで致命傷は免れる。

 その、二人の力の爆発に二人とも重傷を負って吹っ飛ぶ、がどちらもひるむことなく、また切り結ぶ。

 アロンドは完全に捨て身。防御を一切考えない、死人の剣。そしてかすかな身じろぎにしか見えないほど、全身の力を寸打に集約している。何百倍もの速度の差に腹を貫かれていても、なおもパンの体をとらえ、貫いている。

 アロンドが、最後の意識でベホマズンを唱え、二人とも死を免れる。

 それで体が癒えてから、またしばらく勉強して、アロンドは一万回の基礎修行を行い、パンはそれに混じったりアラレと遊んだり。

 あとはゆっくりアラレ主導で遊び、それから体を洗い食事を済ませ、泥のように眠る毎日だった。

 

 結局、それから二カ月ほどしてアロンドが体調を崩し、ギブアップした。

 毎日瀕死の重傷を負い、魔力で体を強化していないと脳や内臓が重力にやられて数分も生きられない生活には、もう限界が来たのだ。

 もちろん彼は成長したが、それでも核武装した巨大空母を前に蟻が成長したようなものだ。

 スカウターで言えば、174から1300に伸びたぐらい。魔法剣を限界まで集中しても瞬間的に十万程度、惑星破壊は無理で近距離打撃にしかならない。

 二人とも別れを惜しんでくれた。パンは師としての敬意をこめて。そしてアラレは、限りない楽しさを全身で表現し、再会を心の底から信じきって。

 

 

 瓜生とアダンが、広い塔を歩むと次々に魔物が襲ってくる。

 アダンは自分がなにも持っていないことに気がつき、拳を固めて殴ろうとするが、その瞬間に硬直し、動けなくなる。

「お前は本質的に道具だ。自分の意志で戦おうとすれば、自衛であっても破壊の剣の呪いで硬直する」

 瓜生が、悲しげに告げ、魔物を散弾銃で一掃すると、小さく呪文を唱えた。

 アダンの巨体が煙と泡になり、姿を変えていく。床に長い不定形の長剣が転がる。その柄頭から伸びた蛇が護拳となり、そのまま刀身に絡みついている。その蛇が、自らを見て、惑ったように長い毒牙をむきだし液を滴らせた。

「それが今のお前の本性だ。破壊の剣。魔毒」瓜生が語りかける。「今のお前は、破壊の剣と魔毒が、カンダタの血筋からくる力で人の姿をしているだけだ。喜ぶんだな、最強だ。お前の体液は全部猛毒であり、また必要を感じればどんな薬でも作ることができる。暗殺者としても医者としても究極だ」

 そしてまた呪文を唱えると、アダンは人の姿に戻る。

「モシャスとドラゴラムの応用変形で、姿を維持するんだ。ああ、シシュンさんの魂があるからな、呪文も全部使えるよ」

 瓜生が笑いかける。その最中にも、多数の魔物が群がってくる。

「馬が欲しいんだが」アダンが言うが、瓜生は患者に死を宣告するときの冷徹な表情で答えた、

「二度と馬にも乗れない。ラーミアでもお前に乗られれば死ぬだろう。人に触れることもできない。おそらく不老不死だ」

「ふざけんなよ!冗談じゃねーよ、馬に乗るほど楽しいことはねーのに」と、駄々っ子のように泣き叫び、地団太を踏んでこぶしを振り回した。

 それで壁が崩壊し、襲ってきた魔物たちが次々に消し飛ぶ。

「単純に体力だけでも充分戦えるが、戦法の幅も広げておいたほうがいい。少し、かりそめに道具として使わせてもらうよ。だから硬直せずに戦える……命じる、戦え」と、瓜生がまた呪文を唱えた。

 突然足元からマドハンドがアダンの手をつかむが、その瞬間にその手が絶叫を上げ、腐り散った。だが何十、何百といる!

「つばを吐いてみろ」

 アダンがそうした瞬間、無数の手のすべてがもだえ苦しみ、砕け散っていく。

「別の戦い方もあるだろう」という瓜生が見る先には、巨大すぎるアークデーモンの姿がある。

 アダンの下半身がケンタウルスのようになっていく。馬とは微妙に違い、前半は鱗に覆われたドラゴン、だが後脚はダチョウのようにしなやかに。前脚には鋭い鉤爪。その体の上に、人の上半身が乗っている。

「どうすりゃいいか、なんかわかるな」

 とアダンが髪を手ですき、その数本を手に取った。瞬間、毛髪が2mに及ぶ黒い蛇に変じ、蛇が直線に伸びて固まり槍となる。

 そのうちの一本は、異常に長い投槍棒となり、手に納まっている。

「打て」瓜生の声、慣れきった投槍のフォームで、投槍棒で延長された腕から鋭く槍が放たれる。

 鉄蛇は凄まじい速度で、〈ロトの民〉の標準の倍以上飛んでアークデーモンに突き刺さった。

 その表情が、瞬時に激しい苦悶に変わり、全身をかきむしりながら巨体が斃れ、おぞましい泡と化して崩れていく。

 威力に、人間の姿に戻ったアダンは呆然としていた。

「いろいろな戦法を試すんだな。その魔毒体は、さまざまな使い方ができるぞ」と、瓜生が別の呪文を唱える。

 恐ろしく長い、指程度に細い蛇が、アダンの髪から伸びる。

「そっちにのりうつって動かす。自分も行動しながら蛇も動かす練習もしておくんだ」

 みるみるうちに、蛇が凄まじい速さでくねりながら、そこらに転がる壁の瓦礫としか思えなかった岩にまきつき、すさまじい力で締め上げ一瞬で砕く。末期に唱えられたメガンテ、だがそれは瓜生はあっさりマホカンタで跳ねたが、アダンには通じていない。

「魔王級、ってわけだ。ザキ系も効かないだろう」瓜生が微笑み、また塔を上り続ける。

 次の段には、「我を破壊せよ」と書かれた、大きい家ぐらいのサイズの鉄の塊があった。

「今度は、武器としての自分の使い方もやってみよう。こう魔力を編んでおくんだ」と、瓜生が魔力を伝え、自分はエルメスの印がついた馬具を出し、モシャスを唱える。

 アダンの姿が、また変形する。一度、蛇が伸びる剣の姿になってから、下半身の蛇が変形し、美しい黒馬の姿になる。

 そして、尾が長い蛇のように伸び、その先に優美な剣が伸びていた。

 瓜生は、アロンドに姿を変えていた。

「背中の鱗で、自分の毒を遮断してくれ。制御できるだろう?」と瓜生の口調で言うと、出した馬具をその美しい馬につけて飛び乗り、その尾の先の剣を手にした。

「いくぞ!」

 魔馬が凄まじい速さで駆ける。

 瓜生/アロンドが絶叫し、破壊の剣を鉄塊に突き刺す。その突きの延長線がメドローアのように消滅すると、その周囲が、まるで砂になるように崩壊し、音もなく崩れ消え去っていった。

「ま、こんなもんだ」

 と瓜生が馬を下り、二人とも変身を解除する。そこは、塔の一番上だった。

「いい景色だな」

 瓜生がアダンに笑いかけた。

「ああ」

 アダンも、かつての少年の笑顔で広野を見回す。

 塔を囲む、長い草に囲まれた野原。その野原が徐々に山がちになり、西や南は山脈になっている。

 その山脈のさらに南には、果てしないロンダルキアが雲を貫いてそびえている。

 東側は細長い湖や、その中の砂島が広がって見える。

 北には森があり、そのところどころからは人の炊ぎの煙もかすかに見える。

 じっと、戦いの中、生きるために人をやめてしまった少年の魔力を感じつつ、瓜生は広い世界を見回していた。

「これで、この塔はクリア、だな。でも、もう少し修行しておくか?それとも、大灯台の島に戻って、人に混じって暮らしてみるか」

 瓜生の言葉に、アダンが泣き出した。

 その涙が、古き塔の不滅の煉瓦に激しく反応し、煙を上げる。

「うああああああああ、うわあああああああああん、ばあちゃん、みんな、アロンド、トシシュ……」何人もの、親しい〈ロトの民〉たちの名、愛する竜馬の名を泣き叫び、塔を叩き続ける。

 何時間も、泣き叫び続けてから、アダンは言った。

「戻る、でも修行もする」

「それもいいか」と、瓜生はルーラを唱えた。

 言った先は、凄まじく急峻な岩山に囲まれた盆地の、広い毒沼。

「ちょっと手伝ってくれ、この強さでメラゾーマ」と、瓜生がメラゾーマを一度岩山に唱えて、そしてマヒャドを唱える。

「メラゾーマ、そんな大呪文使えたことねえけど」

「今のお前には簡単だ」

 こわごわと呪文を唱えたアダン。その炎に、瓜生はマヒャドの火力を調整しながら手を近づける。

 相反する魔力がぶつかり合い、融合し、物質の根源をむき出しにさせる。

「メドローア!」

 巨大な岩山に向けて放った呪文、その光が岩を貫き消し去り、直後に当たった、奇妙な紋様を刻まれた岩に吸収された。

「魔力そのものを吸収する壁、ってわけだ」

 と、瓜生が中をのぞく。底知れぬ、複雑な洞窟が深く深く広がっていた。

「ロンダルキアに至る洞窟だ。とことん広いから修行し放題。もうここにルーラできるだろう、いつでも修行ならここでやればいいさ。魔物もたくさんいるし、いくら暴れてもどこからも文句は来ないよ」

 瓜生が笑いかけて、

「さ、大灯台の島まで、ルーラをしてみてくれ」

 涙で腫れた目で、アダンが呪文を唱え、瓜生と共に消えた。

 

 

 

 ゴッサ率いる精鋭が一階に入ると、そこは広大な山岳地帯だった。

 遠くから、軍勢の土煙が上がる。

「戦闘準備。本隊は待機、ムツキ隊は遊撃。俺は交渉に向かう、俺が死んだら指揮権は規定順」

 最低限だけぼそりというと、アダンは単独で広い河原を選び、馬腹を蹴る。

 選び抜かれた巨大な竜馬が、凄まじい速度で原を駆け、突出した。

「何者だ!話せないか」と、ものすごい大声が小さく頑丈な体から放たれる。

 だが、答えは銃声だった。

 ゴッサは平然と手旗を両手に抜き出し、いくつかの形をとる。敵には幻影を見せていた。

「敵は手旗信号を使っています、ボーイスカウトで習ったものとは違います」と敵兵の一人が叫ぶ。

 幻影に攻撃を続ける敵軍を、横から数発の狙撃が襲い、一人が体半分ちぎれてくずおれる。だが敵はうまく体を隠しているので、確実な狙撃は難しい。

 ゴッサは旗をしまい、機関銃を片手で射撃しながら突進した。

 背後から、騎兵が急峻な岩山を芝馬場のように凄まじい速度で駆け、遠距離射撃で援護しながら追随する。

「敵は対物ライフルを使っている!迫撃砲と対戦車」と、テント脇で伏せながら叫ぶ敵軍指揮官。

 そのそばに、突然姿を現した黒髪の美女が、伏せている膝裏を蹴り砕いて制圧、指揮官が腰にしていた銃剣を抜いてその首に突きつけ「降伏せよ」と叫ぶ。

「私ごと射殺し副官に指揮権委譲、任務を続行せよ!」叫んだ指揮官、銃が構えられた瞬間、ムツキがルーラの呪文を唱え終え、ふっと消えうせた。ゴッサの近くに出現して報告する。

「指揮官は即座に自分ごと射殺するよう命じたわ。士気は高い」

 ゴッサが黙ってうなずくと、突然旗を軽く振る。

 全員が素早く竜馬を滑り降り、馬を窪地に隠して銃を手に岩に隠れる。

 そこに、次々と銃弾が着弾する。敵も機関銃を用意しているし、ゴッサはその射程を正確に見切っていた。

 別の部下がルーラでゴッサのそばに出現し、もう簡単に描かれた地図を見せる。レムオルで姿を消したまま、トベルーラでしばらく高度を維持して描いたのだ。

 その地図を見て、素早くいくつかの指示を出し、何人かがルーラで消え、また出現する。

 騎兵が、敵の射程ギリギリをかすめて方向転換しながら連射を放つ。騎馬民族ならではの、アウトレンジからの飛び道具戦法。

 実際の何倍もの人数が、少しだけ射程外に、長い塹壕線を張っているようなものだ。塹壕戦のように人数を集め浸透しようとした、そこを囲むように騎馬が駆け寄せ素早く馬を下り、馬も姿勢を低くさせて機関銃を連射し、即座に馬に飛び乗って対応できない高速で移動する。

 山岳地帯ではあるが、ロンダルキアの峻険を山羊のように跳ね駆ける角馬にとっては大平原と変わらない機動性を保つ。

 動きが比較的少ないゴッサの本陣に、敵兵が徐々に接近する。最初はAK-74で応戦しているが、突然重機関銃や20mm機関砲弾対物ライフルが発砲され、20mm榴弾が掘りあげた土手をぶち抜きその裏で爆発する。

 そこに、また巨馬に飛び乗ったゴッサたちが、フルオートの圧倒的な火力を注ぎながら一気に前進した。

 敵が準備しようとする迫撃砲が、大口径の狙撃銃で次々と粉砕され、弾薬が誘爆する。

 藪のある曲がり角に向けて突進する騎馬隊。それが突然急停止すると、岩陰に滑りこむ。同時に、その角を覆う藪に向かって、1km以上を余裕で射撃できる中機関銃の338ノルママグナムが三方向から唸り、曲がり角を囲むように隠れていた敵が何人も倒れ、あるいは必死で逃げる。

 悔し紛れのように、爆発が藪を吹き飛ばした。

「なぜわかったの?」ムツキの問いに、

「待ち伏せの適地」とだけ答える。曲がり角に突進していたら、三方向から注がれる弾幕とグレネードランチャー、仕掛け爆弾に粉砕されていただろう。

 ムツキはにっこりと、身軽に飛び出す。

 そこに左側の窪地から轟音と共に戦車が飛び出し、巨大な火砲がゴッサたちに放たれるが、一発目は幻影を貫くだけ。

 無差別に重機関銃を発砲する戦車兵の頭の上に、姿を消した魔法使いがトベルーラで着地してイオラ、戦車は炎を噴いて沈黙した。

 散開して戦い続ける敵兵の中心を、大口径の機関銃の筒先をそろえた騎兵が突っ切り前線を大きく進めて峠を占領する、それを狙う兵の背後、近距離にいつの間にか隠れていた兵のAK-74や火球、奇妙な軌道で土手を乗り越えタコツボの中にも飛びこむ刃ブーメランが襲う。

 騎兵の圧倒的なスピードと、重い大口径弾薬を大量に運搬する機動力。AK-74も、それほどの威力はないが射程が長く、大口径がもったいないと判断すればそちらで弾幕を張る。

 機関銃で迎撃しようとする者を、あちこちから大口径狙撃や重機関銃の連射が正確に襲う。ゴッサの側には魔法がある、上空からの偵察や幻覚を自在に使う。

 音も銃口炎もなくライフルに匹敵する遠距離に刺さる鉄投槍も、特に夜間や薮では脅威だ。

 戦いは、丸3日続いた。敵は多いが、こちらは竜馬が疲れれば乗り換えて駆け続け、うまく隠れ場所を見つけては人馬に交互に仮眠を取らせた。

 敵は赤外線暗視装置を持つが、ゴッサたちはその装置のことを知っている。事前に魔法の明かりで照らし、人体の温度に暖めた人形をいくつか動かしておびき寄せ、夜襲隊を逆に包囲殲滅した。

 そして残る敵がついに降伏したところで、ゴッサたちはぴたりと攻撃を止めた。絶対に虐殺・拷問・強姦はしない。

『何者なのだお前たちは。騎馬の敵を無力化せよとの命令どおりに攻撃したのだが、コミックヒーローたちか?』絶望を怒りにしてわめく指揮官に、

「最初に交渉を求めたはず」ゴッサが日本語で言う。

「日本語か?命令、された無力化、せよ」指揮官が手を挙げたまま怒る。

「その命令自体が、この場を作った」神、と言おうとした間に、広大な山野は消えて、小さな塔の一階に変わり、目の前に階段がある。

「死傷者は?」

「ふざけたことを……あ、死者はなし。負傷者五人、治癒呪文で治療しました」ムツキが、ゴッサの目にびくっとして報告する。ゴッサは神にも部下にも、感情をぶつけるだけの余計な言葉は口にしなかった。

 先進国陸軍の、戦車の支援がある一個中隊を、わずか十七人で壊滅させたのだ。

 ガライの墓の試練に失格した者の多くは軍隊で訓練され実戦を経験し、中には特殊部隊の訓練を耐え抜き一員として戦死した者もおり、彼らを中心に徹底的に、騎馬・銃・魔法・剣を融合させた、近代的な戦術を訓練していたのだ。

『敵軍も元の世界に戻しました。死者も負傷者も無傷にし、記憶も消しています』と、奇妙な人ならぬ声が響く。階段には、ちょうど使った分の弾薬や、三日分の食料が用意されていた。

 食事とわずかな睡眠をとり、階段を登る。

 

 二階。そこは、まるで深い廃坑の奥のように暑かった。

 ゴッサは、何か言おうとして全員の手を見、腰の水と梅干を軽く叩く。全員がうなずいた、水分補給と塩分補給を忘れるな。

 その洞窟の奥に、巨大な蛇がわだかまっていた。

 巨大すぎる。いくつもの首、一つ一つの太さは人の身長以上。

 進み出ようとしたゴッサが、その凄まじい邪悪を感じて、即座に旗を振って絶叫した。それで硬直が解け、大量の大口径射撃が、巨大すぎる肉の塊に襲いかかる。

 竜馬が叫ぶのを抑えた騎馬の民が、鋭く突進して針路を変えつつ、鋼の細槍を次々と放ち、それが巨体に深々と刺さる。

 騎馬を追い、炎を放とうとする首の一つに、ムツキが駆け寄ると全身から放つ一撃が閃光を放ち、硬い首が溶け崩れ炎が自分の喉を焼き、激しく暴れる。

 そこに、また巨大な大口径弾の嵐が叩きつけられ、あっという間に長い肉と魔血の塊にする。

 銃口炎に照らされた洞窟で、巨大な蛇が動きを止めた。

「先祖からの伝説にある、勇者ロトも苦戦したというオロチを、こんな」ムツキが、自分たちの戦力に呆然とした。

 それだけではなく、ゴッサの存在もあった。神々に属するオロチは、重火器があっても人には恐怖で動けない。

 そのことで、あらためて皆がわかった。ゴッサにも勇者の資質があることに。

 

 三階。バラモスがいた。

 巨大な体躯に、クチバシのような長い顔。優美ともいえる仕草で立ち、そして凄まじい速度で駆け、襲う。

 数人、軽量なAK-74に持ち替えた者がいて、その銃弾が数十発は命中したが、ろくなダメージもなく馬群に飛び込まれる。一頭の竜馬が一撃で、肉爆弾のように血の噴水となる。

 その一瞬の間に、狭いが充分な空間に、馬のスピードを使い三箇所にがっちりと陣を固め、ムツキが拳で応戦した。

 かつての、勇者ロトことミカエラとバラモスの戦いのように、力と技の激しい戦いが巻き起こり、同時に炎と呪文が次々にゴッサたちを襲う。

 だが、ゴッサの率いる精鋭はひるまない。巨大な大口径銃を二脚でしっかりと据え、充分距離を取って、高速で戦っているバラモスとムツキを狙い、数人はしっかりと周辺を警戒する。

 何度も輝く拳が決まっているが、それ以上にバラモスの動きは速く強い。

 竜王軍との、〈ロトの子孫〉の戦いで戦術は磨かれている。ムツキは特定の準備動作から体を床に這うように低くする蹴りを放つ。その瞬間、高速の銃弾がその頭上の高さを飛びぬけ、バラモスの胸を打ちぬく。

 それにつながる準備動作もいくつもあるので、同じ動作を二度やって読まれることはない。むしろ合図をフェイントとし、下段攻撃と銃撃に対抗しようとして転がりながら飛び退ったバラモスに、大口径機関砲がぴたりと追随する。

 竜馬に飛び乗り全速で、ゴッサが突進した。

 反応し、ムツキを蹴り飛ばして高い天井にまで飛び上がり、三角蹴りで飛びこむバラモスを、ゴッサの馬上剣が迎え撃つ。

 鮮やかに馬が跳び、空中で有利な位置をとって突き上げた、と思ったが炎に人馬が深く焼かれる、だがフバーハと背後からの治癒呪文で動きを取り戻す。そして着地して即座に横から襲う、そのバラモスの腹を刃ブーメランがえぐる。

 別の騎馬が、重傷を負い倒れかかっていたムツキを救い上げ、加速する。

 さらに別方向から別の二騎が怪力に任せ、馬上で中機関銃を肩づけで構え、馬を駆けさせつつ指きりバースト。数発が正確にバラモスの体に命中し、それで一瞬ひるんだ隙に50口径重機関銃が正確に足元を狙う。

 馬の速力で車がかりの波状攻撃。まるでプロバスケットボールのトライアングルオフェンスのように、息もつかせず攻め立て、バラモスのスピードを潰す。激しい炎とイオナズンの連打にも、強力なフバーハとベホマラーなどの呪文で守り、どうしようもないダメージにも厳しく訓練された彼らの一体感が崩れることはない。

 集団を襲おうとすると、軽く取り回しのいいAK-74のフルオートが、ホースで水をまくように素早く正確に注がれる。一発一発のダメージは小さいが、積み重なれば、特に膝などの関節に当たった銃弾は動きを一瞬止め、その瞬間に大口径がヒットする。

 そして飛び込まれても、ムツキとゴッサが一時的に切り結び、隊を整えることは充分にできる。他の者も選ばれ鍛えられた精鋭たち、二人がかりでほんの少し斬り支えるぐらいはでき、その間に体制を整えた騎馬が弾幕を張りつつ襲う。

 全員深く傷つきながら、ついにムツキの一撃と別の魔法剣がバラモスの両足を一瞬壊し、ゴッサが至近距離から放った20mm機関砲弾が頭を吹き飛ばした。

 

 連続のパーフェクトゲームに、ゴッサ以外は傷の痛みを魔法で癒し、疲れに膝が笑いながら、笑みを抑えきれない。

 ゴッサが、次の階段を上る前に一人一人、じっと目を見つめたことで、笑いと傲慢が危険でよくないことにそれぞれ自分で気がつき、深呼吸して激しく叫び、闘志を再確認する。

 そして次の階段を登った瞬間、全員の意識が混濁し、倒れた。

 常に十七人全員そろって。いくつもの人生を断片的に走った。その一部だけを、鮮明すぎる悪夢の、チャンネルをぱぱっと切り替えるように、その悲劇の全体を体で体験した。時に女の身で、時に男の身で。生身の常人の肉体で、魔力を持たず、記憶は鮮明に持って。

 いくつかは、〈ロトの子孫〉がガライの墓の試練、別の人生で経験した戦いだった。アレフガルドを、ロトの掟を夢だと思い込んで訓練に洗脳され、自ら虐殺・拷問・強姦・略奪に手を染めた罪の記憶を、そしてそれまでの激しい訓練を全員で共有する。

 世界最高級の特殊部隊の、ほとんどは脱落する地獄の選抜訓練も、十七人全員が鋼の意志で突破した。何日もの、過酷さを増す運動と猛勉強、睡眠不足と栄養不足、激しい苦痛と疲労に耐えて耐えて耐え抜いて、戦い抜いた。

 第一次世界大戦、『西部戦線異状なし』。砲弾に、次々と理不尽に消えうせる生命。栄光などどこにもない、騎兵隊など機関銃と鉄条網の前に、ただの的に過ぎない。それでもひたすら真鍮の輝きにこだわり、行進や騎兵突撃など古い戦術に固執する、愚かな指導部。塹壕戦が確立すれば、それはまた地獄。繰り返し襲う砲弾の爆風に鼓膜は破れ、毒ガスの極限の恐怖と、ガスマスク訓練の辛さ。不潔。不潔。不潔。不潔。欠乏。退屈と恐怖。不潔。肥溜めより臭い泥をすするように、腐った足の苦痛に絶叫しながら、今日一日生き延びたことに喜ぶよりも悲しみ、ただ死だけを求めつつ恐れ、狂気すれすれで戦い続ける、終わりなき日々。

 韓信ら前漢建国の功臣たち。源義経。ロンメル。ハンニバル。忠誠を捨てず名誉を守り、苦しい戦いを戦い抜き勝利を重ねた、その報酬は死。何度もそれを経験させられた。

 ガダルカナル。インパール。硫黄島。Uボート。テラー。この世の地獄、絶望の戦いを前進し続けた。特にゴッサはどこの世界でも、決して弱音を吐かず、諦めることも歩みを止めることもなかった。だがその金剛石の意志も、誰もが奮い立つ叱咤も、誰もが絶対の忠誠を誓う軍人魂の模範も、勝利には結びつかず味方の苦しみを長引かせるものでしかなかった。仲間全員が力尽き息絶え、ただ一人骨と皮に痩せ衰え無駄だと知り尽くしながら、最後の一息まで前進し息絶えるのを、何度もくり返した。

 ドレスデンで。広島で。東京で。空からの爆炎の嵐に、野火の中の虫より無力に焼かれた。

 アウシュビッツ。シベリア。あちらこちらの強制収容所で、餓死し病死し、ガス室や餓死室で死んでいった。

 拷問に信念を、忠誠を、仲間を、自らの魂を裏切った。下手くそな、ただの暴力ならば十七人とも死ぬまで耐えるのは、火あぶりにされつつ息絶えるまで笑い続けることはできた。だがどんな意志も、磨きぬかれた拷問技術の前では脆かった。ゴッサの金剛石の肉体も精神も、持ちこたえる時間が少し長いだけ、見せしめに目の前で拷問される仲間の苦しみを激しくさせるだけだった。睡眠を奪われ大量の薬物を注がれ、人間の弱点を知り尽くした恐怖と屈辱と芸術的な苦痛に、英雄の頑強な精神も脳神経から崩壊し錯乱した。どれほど鍛えても生身の肉体は脆く、簡単に粉砕された。

 全員が女の身に生じ、ルワンダで、サラエボで、ベルリンで集団で強姦され、なぶり殺しにされることもくり返した。

 ポトシ銀山で、ベルギーチョコを生み出すコンゴで、カリブの砂糖きび畑で、家畜以下の奴隷として売られ、鞭打たれ働き殺されていった。

 虐殺することもされることも、くり返した。疫病と餓死、魔女狩りも。数を思い出せなくなるほど。

 どこであっても、ゴッサが英雄だということは、誰にも分かった。

 ついに目覚め、狂乱するのをゴッサの叱咤が叩きつけるように治めた。

「ガライの墓」ゴッサがつぶやいた。

「似てる、けどあれは一つの人生だけよ」ムツキが、また頭を抱えうずくまる。十七人が、苦しげに抱き合い、そしてゴッサが上げた声に従い、全員が歌いだす。

 言葉にならない歌を。魔力のこもった歌を。人のあらゆる悲しみと苦しみ、愚かしさを叫ぶ歌を。

 ドラゴンの角の屋上は穏やかに晴れ、美しい海峡を見下ろしていた。

 

 

 南側のドラゴンの角で、金鱗の竜神王子とダースドラゴンら強力な魔物の配下は、次々と出現するゾーマ時代の強大な魔物を食いちぎり、爆炎をぶつけ合い、単純に力で殴り合って戦い続けた。

 まさしくそれは、爪と牙のみ。強い者が食い、弱いものは食われる。

 そして、精神力の争いでもあった。巨大な力を持つが心幼い王子を支配しようとする邪悪。王子そのものの、人の心の名残を捨てて獣に、魔王に落ちてしまいたい激しい衝動と、その衝動と同じほどに大きな、アロンドとローラを、ローレルを恋い慕う心。

 激しく戦う中、見えてくることがある。

 竜の女王が、生命を落とし一つの卵を産んだ。

 その卵は竜の子となり、母を求めた。母の力をこめた光の玉の存在を知り、それを求めて〈下の世界〉に降りた。

 本来ならば、正統に光の玉を手に入れ、かの禁断大陸の王となるはずだった。

 だが、当時の……四十年前、ラルス16世の先代のラダトームで、予言者の報告がねじまげられた。当時の先王も嘘を見抜けず、光の玉を竜王の先触れとして訪れたエルフに渡すことを拒み、殺した。

 それには、邪神教団の企みも絡んでいた。

〈下の世界〉に降りた竜王だが、本来ならば光の玉の導きでザハンに降りて祝福を受けるはずが、アレフガルドの魔の島に降りてゾーマの残した邪悪に染まり、ひたすら光の玉を求めて暴走したのだ。

 だが、外からの力だけではない。巨大な力そのものが、激しい感情に引きずられて暴走したのでもある。

 それを知ったヤエミタトロンは、たちまちのうちにドラゴンの角を征服すると、魔の島に向かった。

 ドラゴンの角の南側に立ち、光り輝く鳥のような翼を生やして飛び立った、巨大な黄金竜の伝説は、ずっとドラゴンの角周辺の港町周辺に伝えられたという。

 

 

 大灯台の一階。〈ロトの民〉にとっては年中見上げ、礼拝しているが、禁断で入ってはならないとされている。

 儀式で一階の一部や、地下にある広大な魔物の避難場を見ることはあるが、その時には敵意のある魔物は出ない。

 だが、今は強大な、敵意にあふれた魔物が次々とサデルとジジ、そして子供たちを襲ってきた。

 ジジに言われて、サデルが〈ロトの子孫〉でも指折りの強さを見せつける。

 アロンド・ムツキと並んで勇者の試練を受け、多くの魔法を復活させアロンドの背を守って戦い抜いた、エリート中のエリートといえる彼女の強さは凄まじかった。

 扱いなれたAK-74を、腰からもう一本の剣のように抜き打ち敵の目を狙い、ひるんだ瞬間に大呪文が炸裂。素早く銃をしまって剣に持ち替え、盾も持つ骸骨剣士と鮮やかに切り結び切り伏せる。

 剣・銃・魔法を自在に使い分ける、魔法使い寄りの万能型。

「すごい」トシシュが呆然とする。

「やるわね」ジジがにやにやと笑っている。

 巨大で俊敏なボストロール。その巨大な棍棒にも焦らず、ボミオスをかけて膝と頭を銃撃し、それでも動くのを、魔力を通わせた炎の剣で首をはねる。

 背後から強烈な炎を吐こうとするドラゴンフライの一団、先に唱え終えた呪文が完成すると、強烈な氷の嵐が巻き起こり、吐いた炎を吹き飛ばしながら赤い体が次々と凍りつき、砕けていく。

「わたしだって、アロンドさまのチームで竜王と戦ったんだから!」とラファエラが戦線に飛び出し、「ヒャダイン!」上級呪文でウドラーの群れを引き裂き、子供も扱い慣れているAK-74でフルオート射撃を注ぐ。

 援護射撃に、サデルが振り返って微笑を浮かべ、剣に集中した。

「おれたちも」と、ヘエルは.50BMGだが軽量なボルトアクションライフル、トシシュはガリルACEの7.62mmNATO版を手に飛び出した。

 だが、ラファエラもそうだが、敵の殺意に触れると恐怖に硬直してしまう。一度恐怖を刻まれ、どんな抵抗も無駄だと叩きこまれた肉体が、恐怖を覚えてしまったのだ。

「撃たなきゃ死ぬわよ!」サデルの、歴戦の戦士の咆哮に、三人の体が動き出す。

 竜王軍と戦い抜いてきた彼女も、恐怖はよく知っている。

「恐怖に罪悪感を持つな!乗りこなすべき武器。危険を教えてくれる。恐怖の中でも動きなさい!勇気を振り絞って!あたしの真似をしなさい!」サデルが叫び、戦い続ける。

 ヘエルが、呪文を唱え始める。トシシュが、震える手で銃を構え、魔物にフルオートで連射し、強い反動に蹴られた。

「いいか、ペルポイの、あいつらはあんたたちを、壊して支配したんだ。野生の馬を乗りこなすみたいに。といってもやつらは、したいようにしただけさ!相手がどんな技を使ったか理解したら、同じように自分の心を操って、戦いな。その行動が、逆に心を作り変えてくれる。こんなふうにマヌーサを応用しな!」

 ジジが丁寧に、悲しみをこめて言い、魔力の手本を見せる。

 子供たちも少しずつ戦えるようになる。まず実戦経験のあるラファエラが。そしてトシシュが。ヘエルも、二人を見て怖がりながら。

 ロト一族に加わって日が浅く、訓練を積んでいないリレムも、丁寧に銃を構えて飛び出そうとした。

 その時、「なんでそんな、無駄なエネルギーの使い方をしているんですか?」ジニの一言に、皆が固まる。

「あ、ご、ご、ごめんなさい」雪片のはかなさを思わせる、恐ろしいほど整った美少女のジニが激しく怯えるが、リレムが抱くように励ます。

「大丈夫、ここには、何か言ったからって殴る人はいないわ。ペルポイとは違う、ウリエルさまが、絶対大丈夫だ、っていろいろしてくださったでしょ」

「は、はい。何枚もキメラの翼、それに私が決めた数字を入れないと空かない金庫にいっぱいの金貨や絹。ええと、場所を明かすなといわれた山奥の洞窟、燃料と農機具。それにこのAK-74」と、少女が銃を抱きしめる。彼女はすっかり銃に惚れこんでしまい、少しでも時間があれば常にいじっている。

「それだけあれば、どんなことがあっても大丈夫」と、リレムが励ます。

「でも、文句を言うときには代案を言って欲しいわね。〈ロトの子孫〉は人を黙らせてはならない、でも嵐の船では船長に絶対服従だし、あと反対のための反対も人を黙らせるものだから……それを分別できる良識を求めてるのよ」と、サデルが戦いながら言っている。

 この程度の敵では、彼女にとっては嵐の海ではない。

「あ、はい。では、代案を言います。魔力も広い範囲に拡散していますし、銃弾も火薬のエネルギーの数%しか使われていません。熱力学第二法則は習ったので、銃の熱機関としての効率限界は計算できますしどうしようもありませんが、銃口から標的までの空気抵抗損失がとても大きいのです。

 魔法は、このように」と、ジニが軽く手を振る。

「あと銃も、真空呪文を応用して」と、また別に手を振る。「銃口から標的までの大気を排除すれば、減失しません」

 その、とてつもなく精密な編み方に、全員が驚嘆した。サデルやジジでさえも。

 彼女たち上級魔法使いの編み方が高級デパートのブランド服だとしたら、それこそ超極細の絹糸で一針一針精密に手縫いした、国宝級文化財や皇太子結婚式に使われる芸術品の領域である。

「できたら、人間に可能な代案にしていただけないかしら?そんなむちゃくちゃに細かな編み方、ガブリエラでもアロンドでも無理よ」ジジがかなり怒って、それでいて可愛い魔法少女姿のまま言う。

「ご、ごめ」

「謝んなくっていいってば。人間にできるように、工夫してくれたらいいの。それにあんた、魔法は編めるけど発動できないでしょ?」

「あ、でも……ローレル様なら」と、リレム。

「そうなのよね。ローレルは魔力が人間より強すぎるし、編んで制御するのがムリだから……そう、編むのをこの子がやれば、とんでもない魔法が使えるかもね。ダーマからクレームが来るような」ジジが困ったように言った。

「今回は、おれが魔力を入れてみる」と、ヘエルがジニの編んだ魔法に力を込める。

 一瞬で集中したジニが、素早く長い呪文を唱え続ける。

「うわ!」と、魔力を吸われて悲鳴を上げた少年。そして、遠くから襲ってきた、巨大で鉄球を持つ魔物の、頭だけが一瞬で爆発した。

「え、でも魔力は」見たサデルが驚いた。

「メラ、メラしか使ってない」ヘエルが呆然とする。「でも、全然違う使い方」

 ジニは、当然のようにつぶやく。「皆さんの呪文は、時空の制限をろくにしていません。熱量のごくごく一部しか攻撃に使えていませんよ。そうですね、軽油を、ディーゼルエンジンに入れてハンマーを動かすのではなく、火炎瓶に使うようなものです。エネルギーは減りませんが、常にエントロピーを計算しなければ実際には膨大なエネルギーを無駄にするんですよ。

 ウリエル先生に教わった、プランク定数・光速・重力定数・クーロン力定数・ボルツマン定数を基準にした単位系なら、魔法言語に翻訳しても厳密に位置および時間を指定できます。発動時空をおよそ七億分の一秒・五万分の一立方ミリメートル範囲に、極微の時空の不連続性をルベーグ測度で処理し入力、メラの熱量を集中させました。範囲内の原子核が高温高圧で核融合を起こし、魔法によるエネルギーより大きい威力を出し、敵の急所である脳髄だけを破砕しました。手榴弾の倍程度の爆発力となったようです」

 全員が彼女を怯えて見た。まあ、彼女の天才に畏怖させられるのは、珍しいことではない。

 彼女の両親は神官だったが、もちろん女子を教育したりはしないので本を盗み読んでいた。一家が山賊に襲われ奴隷に売られ、懸賞問題に答えた罪で生贄とされそうになった……拾われて三カ月、まだ乳歯すら残っているのに、瓜生の出した東大模試問題集を全問正解している。

「だから人間にできる魔法にしなさいっての……そんなのゾーマだってやりゃしないって」ジジが呆れて頭を抱えていた。深くため息をつき、「でもま、普通の戦いに無駄が多いってのは賛成だね。じゃ、ちょっとあたしも、お手本見せるかな」

 と、ジジが奇妙な形の杖を軽くバトンのように舞わして、別方向から向かってくる多数の魔物のほうに向かう。

「伝説のデルコンダルの魔女……光栄です」と、サデルが目を輝かせる。

「そう、戦闘に魔法を使うのは、というか魔物を殺すの自体、あたしはまるっきりムダだって思ってる」ジジが笑う。「あたしたちは、ただこの塔の一番上に行けばいい」

 そう言って、無造作に懐から広いシーツのような布を取り出し、呪文を唱えつつ舞う。

「ついてきな」

 突然高速で襲う魔物がジジを食いちぎるが、別のところで平然と魔法少女が派手な杖を舞わせている。

「うわあ」ジニが、目をらんらんと輝かせている。

「なに、何をしてるの」ラファエラが聞く。

「ものすごく高度なマヌーサ」それだけ答え、ジニ自身も呪文を編み、発動はできないので霧散させる。

「それだけじゃないよ。もし魔法を封じられても、ほとんどあたしの大魔術は壊れない。あたしは魔法少女、何も真実はない」ジジがにっこり笑う。

 気がついたときには、魔物たちが激しく同士討ちをし、その中をジジは平然とバトンを舞わし、歩いていた。

「え、トロルキングB、糸で足を絡めて動きを止め、それを引きちぎって痛がる瞬間に、メダパニをかけて混乱した、さらにその攻撃方向……見える範囲を一瞬プリズムにした冷気で操って、スカルゴンCを襲わせた。その襲う動きでジジさま自身は自分の体を隠して」リレムが必死で見ている。彼女は観察力と記憶力も高い。

「そこで、布を人形代わりに使って一瞬敵に錯覚させ、香水でキラーリカントに敵味方を区別できなくした」ジジが素早く注釈する。「相手が見たいことを見せ、自分はその影に回る。相手にゲームをさせるのが、奇術師やスリの基本だよ」

 そう言うと、平然と岩のところまで歩いて軽く一礼した。

「何より、目の前のものの、本質を暴く。魔物は、見ている通りの、骨の怪物なんかじゃない」

 ジジが言って奇妙な呪文を唱えると、スカルゴンが暴れていたところにあったのは無数の、魔力の糸で動く、ふわふわしたような冷たい火だった。

「これも魔物の本質の一つ。どちらも真実なんかじゃないよ」ジジが軽く笑って、杖をバトンのように放る。

「その中心に糸を絡ませて、ちょっと働きを狂わせてやれば、操れる」と、ジジはまた杖から糸を投げ、細かな呪文を次々と唱える。

「す、すごい……な、なぜあなたとカンダタが、ゾーマを倒せなかったの」サデルが驚いた。

 ジジが軽く杖で、大木を叩くと上階にいく階段が出現する。

「一度、お目にかかったことはあるんだよ。カンダタやゴルベットと。手も足も出なかったね、ありゃ強すぎたし、幻術も上手すぎた。あの大魔王ゾーマって、えらい邪悪に攻撃するけど教え魔でもあってね、いろいろと教えてくれた」

 苦笑いしつつ、ジジは次の階に足を踏み入れる。

「さ、次の階は、子供たちだけでどうにかしな」と、にこっと笑った。素晴らしい美貌で、たまらなく意地悪な魔王の笑みを。

 

 次の階は、頑丈な巨石でできた、人工の建物だった。ほとんど一歩ごとに、全身を包帯で覆ったミイラ男の類が出る。

「イシスのピラミッドだね」〈上の世界〉出身のジジが微笑む。彼女はサデルも下がらせ、子供たちだけで戦わせた。

 もうトラウマも抜けたようで、ロト一族として積んでいる訓練、銃と魔法が閃き、戦いにも慣れた様子だ。

 ラファエラは、アロンドと共に竜王の城で戦ってもいる。

 ジニが魔法を編み、ヘエルが発動させることで、凄まじい威力をわずかな魔力消費で実現できる。

 トシシュはジジの戦法が気に入ったようで、マヌーサやメダパニをうまく使う。それも含め、リレムが指揮に専念することで、皆が安心して戦える。

 ピラミッドを抜けると、次は大灯台そのもの。ドラゴンフライの炎が、次々と放たれ、ラファエラのフバーハが軽減する中、一匹一匹集中銃火で潰し、止める。

 そんな中、ふとリレムが、何かに気がついた。

 そしてラファエラとジニに囁き、ジニが編んだ呪文を使わせてみる。

「あ」子供たちが気がついて、呆然として、激しくジジを睨んだ。

「お、よく気がついたね」彼女はケラケラと、悪びれもせず笑っている。

「操っていたんですか、あたしたちを。この塔に入る前から」リレムが激しい怒りを見せる。

「でなきゃ、あんなめにあって戦えるわけないじゃないか。そう、最初に恐怖を増幅した。次に、その恐怖を扉として体を操って、恐怖に心が固まったまま訓練通り戦わせた。その、体の動きが心に働きかけ、心を癒し、上から塗り直してるよ」ジジは嬉しそうに笑っている。そして目を強める。

 子供たちは怒り狂っているが、体が動かない。目を逸らすこともできない、圧倒されて。

「いいかい。一時たりとも、自分が操られていない、って思うな。操られてる。自分自身に。空腹の胃に。世間に。恐怖に。掟に。親に。友達に。敵に。いつだって。どんなときでも。塗り直されてないと思うな。体は心に働きかけてる。見ても見ていないところが、心を変えてる……左手の花で目を引き、右手がコインを持ち替えるように、人が望む方向に」と、手が素早くちょっとした手品をやってみせる。「何がどう自分を操ってるか、常にチェックし自覚しな。考え続けるんだ。いい方向に操られるように自分を操り直すぐらいはできる……自分も自分以外も、操る側になるんだね」

 悲しげな笑みと軽く回る杖に、子供たちは怒りが逸らされ、それも操られたのかと疑心暗鬼になって、心を集中したり呪文を唱えたりしていた。

「あとは、一つ、ヒントをやるよ。とことん楽に戦う方法は、もっとある。反則が。できるはずだよ、ラファエラ」

 そう、ジジはいって目を細め、無造作にイオナズンで残りの敵を消し飛ばすと次の階に向かう。

 そこにいたのは、キングヒドラ・バラモスブロス・バラモスゾンビの三匹だった。

 巨大な多頭蛇。恐ろしい迫力と魔力を漂わせる魔王。そして、骨だけだが心が凍えるような、怪物。

「む、無理」子供たちは、そうつぶやいた。

 サデルが必死で剣を抜こうとするが、その体がジジの呪文で硬直する。

「あんたたちだけで、あの三匹を簡単に倒せる。やってみな。頭を使うんだ、頭を」ジジの言葉に、リレムが必死で考える……恐怖に目を見開き、涙を流しながら。

「あたしたちでかなわない、なら……誰かに戦ってもらえばいい」と、ジニの手を引きジジとサデルの後ろに逃げこむ。

「よーし、それもありだ」ジジが微笑み、メラゾーマを放つ。サデルも微笑んで剣を抜く。

「サデル、あたし達は今後リレムの指揮で動くよ」

「はい!」サデルが鋭く声をかけ、バラモスブロスの高速の爪を盾で弾いて切り抜ける。

 敵が動き出す。

「でも、ジジ先生だけでは、それに弾薬も尽き……あ」と、リレムが、ラファエラにいう。「ウリエル先生にモシャス。その間サデル先生、護衛」

 ジジがにっこりと笑い、時間稼ぎにヒャダインを、霧を放つのに使う。

 ラファエラが呪文を唱え瓜生に変身。その呪文を唱える間を、サデルがバラモスゾンビの強烈な一撃と切り結びつつ稼ぐ。

 瓜生に変身したラファエラが目の前に巨大なボフォース40mm機関砲を出し、その隣に三脚つきの14.5mm重機関銃を出す。それからジジの横まで走り手を重ねると、メドローアがほとばしって二人を襲おうとしたキングヒドラの首の大半を消し去った。

 ジニとヘエルがボフォース40mm機関砲に、重機関銃にトシシュが飛びつき、操って連射を始める。三人とも瓜生にさまざまな重機の扱いも学んでいる。

 凄まじい破壊力の40mmと、軽快だが強力で連射・追随性能が高い重機関銃の間断ない砲火が、次々と強敵に命中する。

「トシシュ、何とかバラモスブロスを騙して」リレムの命令に、トシシュがラファエラ/瓜生とジニにいくつか命じ、二人が複雑な幻術を次々にかける。

 ラファエラ/瓜生がヴィーゼルに飛び乗り、見当違いの向きに走る……マヌーサが示す方向。だが、「幻術など」とおめくバラモスブロスがリレムを襲った。

「今よジニ、膝を!」リレムが叫び、ジニとヘエルが機関砲を残りのキングヒドラに叩き込みながら唱えた呪文。バラモスブロスの左膝が砕け、高速で駆ける巨体がおもいきり転んだ。

「ボミオスも何も効かない、でもピオリムなら効く。足の骨と筋肉の一本だけに範囲を限定し極端に加速したら」ジニが軽く笑って、機関砲の操作に戻り、バラモスブロスの右脚から腹もずたずたに粉砕する。

「マヌーサが効かないのはわかってた、読み合いはこっちの勝ちだ」トシシュが勝ち誇り、サデルを吹き飛ばして迫るバラモスゾンビに撃ちまくり、それでも動き迫る一撃に、トリガーを紐で縛り撃ち続けさせたまま飛び離れる。

 重機関銃をバラモスゾンビが粉砕した瞬間、「今!」リレムの声。

 ラファエラ/瓜生と、その傍らにいたジジのメドローアが、バラモスブロスとバラモスゾンビの半身をまとめて消し去る……敵二匹もリレム自身とトシシュの重機関銃という固定された目標に誘導し、ジジから見て同一射線に並ぶようにしていた。

「ジジ先生、アロンドさまに!ラファエラ、勇者ロト、ミカエラ女王さまに」ジジと、ラファエラ/瓜生が素早く呪文を唱える。双子のようによく似た研ぎ澄まされた美貌の、二人の勇者が剣に神雷をまとわせ、バラモスゾンビの残りの半身をずたずたに切り刻み消し去った。

 ボフォース40mm機関砲と、トシシュが飛び乗ったヴィーゼルの20mm機関砲がバラモスブロスの残った体を完全に粉砕する。

「そう、あたしは弱くても、あたしより強い人を使えばいい」リレムが微笑む。

「そういうこと、さ。もう、怖いなんてぶっ飛んだろ?伝説的な、ゾーマの最強の部下三匹を倒したんだから」

「はい!」と子供たちは笑顔で叫び、次の瞬間警戒の目でジジを見る。

「よし。ここで満足はさせないよ、これからも頭を使ってもらうから。頭を使って、考えることをやめなければできることはたくさんあるよ」と、ジジが軽くリレムの頭をなでた。

 いつしか、大灯台の最上階だった。遠くロンダルキアすら見渡せる高さ。

「さて、と……ちょっと勉強が遅れたね。アムラエルがおかんむりだよ、今日やる問題は、わかってるね」ジジが笑っているのに、ジニがちょっと口をすぼめた。

「もっと勉強したいんです。ずっと勉強を禁じられてきたんですから。まったく、無駄な時間を使わせてくれて」

「じゃ、取り返すんだね」と、ジジは笑っていた。「あんたたちに学ばせるためなら、あたしたちはなんでもやるよ」

「魔女……悪意じゃないからたちが悪いんですよね……」サデルは、半ば呆れたようにジジを見ている。

 

 満月の塔から出てきた、わずか一晩で憔悴し、病んでさえ見えるアロンドが、誇らしげに月の紋章を掲げた。

 ローラは何があったのか聞いたが、アロンドは軽く首を振るだけだった。そして、「やましいことは何も。ずっと兄として接してきたよ」と、聞こえないように言っていた。

 だが、実力がある者には、その圧倒的な実力は感じられ……もはや呆然とするほかなかった。

 

 それから、ルーラで大灯台の島に帰り、ドラゴンの角の間を通ってデルコンダルに向かうことにした。

 ちなみに、ラファエラはその後、またモシャスを使おうとしたが、使えなかった。

「本人の許可がなきゃできないよ」とジジが笑っていた。瓜生の能力を私用できれば、無限の富が手に入ってしまう。

 さらに、整備してハンマースペースに入れておいた兵器を使い捨てられた瓜生が、五人に出したての新品からすぐ使える状態まで整備し、機関銃の弾薬をベルトリンクにする作業もやらせた。それも授業である、戦車を整備すれば近代工業について多くのことを学ぶことができる。

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